「姫狩りマスター」(2013/01/04 (金) 13:17:22) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
自宅から最寄りの駅で電車に乗り駅を幾つか挟んで降りた先、そこから数分歩くとその店はある。
ホビーショップ・エルゴ。ホビーとは付いているけれど神姫関係の品物しか置いてないので実質は神姫専門玩具店だ。個人経営に関わらず神姫センターに呑まれない理由はそこでの売り物と店長にある。
そのラインナップは狂気の域。十年以上前に作られ今は生産されていない化石武装、強過ぎた為に封印されたと伝説の武器、オフィシャルに焚書された神姫雑誌など神姫に関わるものでその店で手に入らないものはないと言われている程。
そして店長、日暮夏彦は神姫に対し並々ならぬ情熱を注いでいて忙しくとも親身になって神姫オーナーの相談に乗ってくれる。神姫事件専門探偵という裏の顔を持ち神姫関係職員や警察ともコネを持っているので一人では解決出来ない問題に直面した時には心強い味方になってくれるだろう。
長々と書いたけど要は今から僕達が向かうのは神姫オーナーにとっての理想郷だと思ってくれればいい。毎日でも通いたいんだけど電車代が厳しいから月に一度。アルバイトが出来るようになるまでの我慢だ。
目的は第一に修理。イシュタルには特注の部品を使ってるけど予め注文済み。第二に取り寄せた本の引き取り。頼んだのは僕の夢の為になることが書かれている書籍だ。実を言えばこっちがエルゴに行く本当の目的だったりする。
…。
…。
…。
「よ、白太くん。いらっしゃい」
「こんにちは店長。売り上げの方はどうですか?」
「アニメの御蔭で少し伸びたよ。…っと、これが部品でこっちが本だ」
予約していたから引き渡しも会計もスムーズに終わる。小さなビニール袋に小分けにされた素体部品と同じく大きな袋に保護されている本を受け取ってちょっと名残惜しいけど本の方は鞄に片付けた。
外出用の鞄の中には必要な物の他に神姫用の応急処置道具と急速バッテリー充電器、予備のクレイドルと手動式充電器と愛用の工具を常備させてある。部品さえあれば何時でも何処でも作業が出来ると言う事だ。部品は手に入れたから早速換装しよう。
「早速なんですが修理室、借りていいですか?」
「構わないよ」
神姫専門店で客が神姫の整備をするなんて非常識な話ではあるけれどエルゴで僕はフリーパスになっている。数年前にイシュタルが僕以外に身体を分解されたくないと言い張るようになった所為だ。その我が儘に多くの職員が困惑したけど日暮店長だけは「愛されてるねぇ」と笑って修理室の使わせてくれた。
イシュタルを肩に乗せて店裏へと移動する。倉庫には所狭しと在庫が並んでいて中には神姫オーナーなら喉から手を出して欲しがりそうな品もあるけれどグッと抑えた。
倉庫を通り過ぎていくと開いた場所に出る。そこが修理室だ。正義の味方の秘密基地的な造形美がされていて男の子としてここにくるといつもドキドキしてしまうのだけど、感傷は一旦捨てて置いて先ずはイシュタルの整備だ。
作業用テーブルの前に座り工具とクレイドル、新しい部品、黒一色のシンプルなストップウォッチを広げる。肩から降りたイシュタルもクレイドルの上にちょこんと座った。
「これよりオペを開始する」
「宜しくお願いします、ドクター」
ノリの良い受け答えを最後に休眠。僕はストップウォッチを動かして整備作業を始める。設計図は必要ない。今のイシュタルの構造は完全に頭の中に入っていた。
息を吸うように解体する。計算を解く要領で正しい手順と程良い力加減と必要な工具工程とを導き出し現実を処理する。慣れてしまうと最早作業だ。必要最低限の解体を終えると使えなくなった部品は片付けてから買ったばかりの部品を手に取った。息を吐くように組み立てる。
終了。ストップウォッチを停める。掛かった時間は30分02秒06。30分を切れなくて、ちょっと残念。
「イシュタルー、終わったよ―、起きて―」
指で頭を軽く揺り動かすと休眠状態は解除された。工具と部品を鞄の中にしまいながら機能向上を確かめるイシュタルを眺める。両手を握り開き握り開き右肩を回して左肩を回して右方向に蹴り左方向に蹴り右斜め後ろを回し蹴り左斜め後ろを回し蹴り右向き対空必殺技を決め左向き対空必殺技を決め右向き地上弱攻撃始動コンボを始め左向き地上弱攻撃始動コンボで終えた。
「パーフェクトだ、マスター」
「お褒めに預かり光栄です」
そして僕達は工房から倉庫を通り店舗へと戻ってきた。お礼を言おうと思って日暮店長を探し始めると店長の神姫であるジェニーさんを先に見つける。…好い加減、あの空飛ぶ胸像のデザインは何とかならないものか。分かっていてもビックリする。
「あ。いらっしゃいませ。御久し振りですね、黒野くんに、イシュタルさん」
「久し振り、ジェニーさん」
「久し振りだな、うさ大明じ…ェニー」
「イシュタルさんまでその名前で呼ぼうとしないで下さいよっ」
「すまない。ついうっかり」
不満げなジェニーさんをイシュタルはクールに受け流す。穏やかで優しいジェニーさんと冷静に見えて激情家なイシュタル。一見正反対に見える二体だけど根は真面目同士だから気が合うらしい。少し前に「駄目なマスターを持つ同士だから」とか言ってたっけ。僕は訓練されたオタクじゃないと訂正を求めたけど。
「ジェニーさん、店長さんを知らない? 工房を借りたお礼を言いたいんだけど」
「マスターなら今レジの方に」
「分かった。ありがとう」
「マスター。私は少しジェニーと話をしていたいのだが、構わないか?」
「いいよ。でもジェニーさんの仕事の邪魔をしない程度にね」
「分かっている」
ゆっくり話させたいのは山々なんだけどジェニーさんはまだ仕事中なんだから雑談も弁えなくちゃいけない。
だから少し早足でレジに向かうと、言っていた通り日暮店長はレジの傍に居た。レジ横の小さな作業机で何かを作っている。僕は神姫以外のサブカルチャーに詳しくないんだけど、多分、神姫サイズの特撮物の武器を作っているんだろう。…その姿勢はコンビニにエロ本を買いに行く時の僕に似てるなと不覚にも思ってしまった。
「店長さん。修理室を貸してくれて、ありがとうござました」
「もう終わったのか。相変わらず早いな」
「伊達に鉛筆より先にプラスドライバーを握っていませんよー」
日暮店長からの褒め言葉を心地良く受け取る。
「…あ、そうだ。白太くん、ちょっと頼まれてくれないか」
「頼み? 店長さんが?」
「ああ。イシュタルのAIを検査させて欲しい」
「AIの検査なら毎日家でしてますけど」
「俺は今、初期の神姫と現在の神姫のAIの違いを調べててな。昔の神姫を何処から取り寄せるか悩んでいたんだが、確かイシュタルは神姫草創期に造られたストラーフだったろう?」
「そうですけど」
イシュタルの中身は旧ストラーフ。全体的な能力向上の為に素体や武装は別物に換装したりメモリやCPUと言った内面的な部分にも手を加えては居るけどCSCは変わって無い。
「軽くでいい。記憶は調べないから直ぐに終わる」
ほんの一瞬その顔に陰りが出来た、ような気がした。
けれど深く問い詰めるのは止めておいた。日暮店長にも日暮店長の事情がある。彼の裏の顔を知っていれば尚更だ。全く知らない訳でもないんだし、ついさっき修理室を借りた恩返しとして何も聞かず協力してあげていいんじゃないかと考える。
「いいですよ。イシュタルはジェニーさんと雑談してる筈ですから連れてきますね」
「悪いな。恩に着るぜ」
「困った時は御互い様です」
ちょっと臭いかなと思える台詞を吐いて僕は来た道を戻る。楽しそうに談話しているイシュタルを見つけて検査を頼まれたことを話すと文句も無く引き受けてくれた。
ジェニーさんと別れてまた来た道を戻る。日暮店長はカウンターの奥にあるスペースに移動して三つのディスプレイをそれぞれ眺めながらキーボードを叩いている。指示された通り傍に置かれたクレイドルにイシュタルを休眠させるとそれまで以上の勢いでキーボードを叩き始めた。
その勢いの激しさにちょっと気圧されながらも僕は日暮店長の後ろからディスプレイを眺める。ディスプレイにはイシュタルの内面的なデータが次々と表示されていく。最初の約束通り記憶されているものに関する表示されていない。
「こりゃ凄い。旧型なのに今の神姫よりも性能が高いとは」
「武装よりもハードウェアに力を入れて改良しましたから」
「CSCの反応も方も今の奴と殆ど大差無い…こりゃ杞憂だったかな」
「杞憂? 何がですか?」
「何でもない」
日暮店長はまたぞろキーボードを叩くと今度はデータ表示が閉ざされていく。そしてキーボードから手を離して振り返った。
「はい、終わり」
「もう?」
「直ぐ終わるって言ったろ。スキャニングに掛けたわけじゃないからな」
「それだけで何か分かるんですか?」
「ああ。今も昔も大して変わってないって事が分かった」
「なんですかそれ」
「依頼主にはそう説明するさ」
やっぱり誰かからの依頼だったようだ。依頼を秘密にする義務があるのは分かるけど何も説明してくれないのはちょっと悲しい。
「礼と言っちゃ何だがバグチェックやエラーの取り除きもやっておこうか?」
「遠慮しておきます。今度僕が困った時にということで」
まぁそんな状況は滅多に無いだろうけど。…そんなふうに考えた時期が僕にありました。
…。
…。
…。
それに気付いたのはエルゴを出てから少し経ってのことらしい。初めに感じた視線は一つ。例えそれが敵意を含んだものであっても有名人であるマスターを持てば珍しい事でもないので無視していた。しかし視線は遠ざかるどころか二つ三つと数を増やしてきたとなれば無視は出来ない。これは何かあると確信を以て僕にその事を告げた。
ネット上にはバーグラーなる有名神姫オーナーを狩る輩が存在する。ランク順位を上げる為、または強力な自作武装を奪う為に徒党を組んで闇打ちするのだ。
今僕を追っているのはその輩と見るのが妥当だろうけど簡単に決めつけるのは危険である。もしかしたらもっと悪いヤのつく人かもしれないしもしくはただの愉快犯で追っかけるだけ追っかけて何もしないという楽観的な見方もあるけど、何者であろうと後を着けられているのなら身構えなくちゃいけない。
「向こうは三人か…特徴は分かる?」
「歩幅からして160と168と173。一人は地面の踏み締め方がしっかりしているから恐らく武術経験者だ」
「神姫の数と種類は?」
「一人二体で計六体。紅緒型、ジュビジー型、エウクランテ型、フォートブラッグ型、ムルメルティア型、ストラーフ型だ」
「合計九人か。団体様だね」
何て軽口叩けるけど今の状況は結構マズい。犯罪者の神姫なんだから僕を攻撃出来るよう改造されているだろうし人間の方も危ない物を持っている可能性がある。例え僕が武術の達人であったとしても多勢に無勢、神姫とナイフは拳より強し。正面突破は無理っぽいからどうしたものか。
向こうは気取られた事に気付いていない。けれど何も仕掛けられていないという事は、向こうには何かしらの計画があって現在進行形で僕達はその計画通りに動かされていると考えるべきだ。先手のアドバンテージは早めに使いたい。
「エルゴまで逃げる」
「駄目だ。一人が退路で待ち伏せしている」
「二手に分かれて混乱させる」
「マスターを人質にするだろうな。奇声を上げながら逃げると言うのはどうだ?」
「一番無難だね。…ネガティブキャンペーン中じゃなければ」
敢えて奇抜な行動をして注目を浴び不審者に手が出し辛い状況を作るというのは確かに有効だ。けれど悪い噂に纏わり付かれている今にこれ以上話題になるような真似は避けたい。となると残る手段は後二つ。
実行に移すべく軽く足の屈伸運動を始めてから、
「イシュタル、計算よろしくね」
「任せろ」
走り始めた。三十六計逃げるに如かず。武術家曰く「危険に会えば速やかに離れ人を呼び武は振るわぬが中策」。それも闇雲に逃げているのではなくイシュタルに帰りの電車にギリギリで滑り込めるように脚を動かす速度と逃走経路を計算してもらっている。これぞ神姫の有効活用、近代科学的な逃走。
「マスター、来るぞ!」
人通りの無い路地に差し掛かったその時、空からエウクランテが降りてきた。流石に神姫は早い、機械だから全力疾走しても疲れないし人間じゃ通れない近道も出来る。
相手の目的を図る為にイシュタルは僕の頭の上に登った。エウクランテは少し悩んだ後でイシュタルに襲い掛かる。僕じゃなくてイシュタルを狙うのなら目的はイシュタルの戦闘データだと見て間違いない。エウクランテは公式の純正装備とは桁違いのスピードで僕を追い掛けながらも僕の頭の上に居るイシュタルにエウロスでの刺突を繰り出す。
ちょっとビックリしたけど心配されるまでも無くイシュタルは攻撃を捌き切ったようだ。業を煮やしたエウクランテが僕の目玉をゼピュロスで抉ろうとした寸前で、何とか腕の防御が間に合って乱暴に振り払う。ならばと僕を見据えながら後ろ向きに飛んでいると思えば今度はボウガンを連射し始めた。矢は服を破って肌に突き刺さる。けれど立ち止まるわけにはいかない。立ち止まらせようと執拗に矢を放ってきたけど痛みを堪えながらも走り続ける。
「前に障害物!」
弾幕の合間を縫って一瞬だけ目を開き看板を避けた。路地を抜けるとそれ以上エウクランテは追ってこなかった。オーナーの命令であってもMMSが人目につく場所で襲うのは不味いと判断したようだ。有り難く今の内に逃走させてもらおう。
「次の角を右に曲がったら少し速度を上げろ。信号に引っ掛るぞ」
指示通り脚を動かす速度を早め信号の下を突っ切った。
「いいぞマスター、これで逃げ切れる!」
イシュタルはさっきの路地が山場だったと言う。そして踏破したのだから後は僕が体力配分さえ間違わなければ逃げ切れると確信していた。僕の方も余裕を持って走っているので何十分でも走れる。不測の事態が起こらなければだけど。
「!?」
けれど現実と言うのは意地悪なもので、降って湧いた不安に応えるように不測の事態を起こしてしまう。通り過ぎた道の隅でマオチャオが倒れているのを見掛けたような気がしてそれに気付いた瞬間、僕は足を止めて逆走していた。 気の所為でも何でもいい。僕は傷ついた神姫を見ると治さずにはいられない困った病気を持っていた。
「なっ、君は何をしているんだ!」
「イシュタル、ごめん、本当にごめんっ!」
気の所為じゃなかった。ぐったりしているマオチャオを拾って軽く触診する。コアやCSCに不具合は見られない。となるとバッテリー保護の為の強制休眠状態か。マオチャオに急速バッテリー充電器に繋ぐと瞼を開いて動き始めた。
「にゅや…あんた、誰にゃ…?」
「通りすがりの武装紳士さ。君、オーナーはどうしたの?」
「あたしマスターと逸れちゃって迷子になってたの…」
「よし分かったじゃあもう少しだけ眠っていて直ぐにオーナーに会わせるから!」
「マ、マスター!?」
何も考えず発作的にマオチャオを鞄に突っ込んで走る。マオチャオのオーナーを探す為ついでに僕自身を守る為にエルゴに戻った。 幸い車は通って無かったから赤信号の横断歩道は無視してさっきの路地にまで戻ってきた。
「そこは駄目だ、マスター!」
曲がり角に差しかかった時、建物の角の死角から眼鏡を掛けた男が、見えた瞬間に腹部に鈍い痛み。木刀で殴られたんだと気付くと同時に足を払われて転倒。立ち上がろうとしたけれど背中を踏みつけられた。せめて犯人の顔でも憶えていようと見上げたけれど泣きっ面にエウクランテとフォートブラッグが襲い掛かる。
「これ以上マスターに傷を付けてみろ、私は自害を選ぶ!」
相手の目論見を予知した上でイシュタルがそう言うと眼鏡の男は自分の神姫に攻撃を止めるよう指示を出した。但し「こちらの指示した以外の動きをすれば直ぐに黒野白太の両目を潰させて逃げる」と脅し付き。
オーナーの無事を引き換えに出して神姫には自らの意思で身を捧げ出さざる得ない状況を作る。ハッタリの可能性もあるけどオーナーを第一に考える神姫には有効な手だ。背に腹は代えられないとする観念は反骨心を奪い抵抗する力を萎えさせる。実際にそういう状況に遭っているけど神姫狩りは神姫の特性を良く理解出来ているなと感心していた。
しばらくして近くでナンバープレートを隠した車が停まる。この後で僕が日暮店長に通報するのは織り込み済みなんだろう。眼鏡の男は自分の神姫達とイシュタルを連れて乗り込むと車を走らせて何処かへ行ってしまった。
「…ったぁ~」
立ち上がって服に付いた砂を落とす。不幸中の幸いにも鞄の中のマオチャオは無事だった。助けたところを見られていなかったからなのか単に計画外の物は必要無いと判断したからなのかは分からないけれど、とにかく助かってよかった。
けれど安堵している暇は無い。誘拐されたイシュタルの件も迷子になったマオチャオの件も僕一人じゃとても解決出来ない問題だから神姫狩りの計画通りエルゴに電話を掛けよう。
『はいもしもし。こちら、ホビーショップ・エルゴです』
「もしもし。僕だけど店長に替わってくれるかな」
「黒野君? マスターに何か御用ですか?」
「神姫狩りにイシュタルを攫われた」
「えっ…分りました、直ぐに替わります」
電話越しでもジェニーさんの態度の硬化がありありと伝わってくる。友神姫の危機を聞いても取り乱さないのは本当に有り難い。
「もしもし。イシュタルが攫われたと言うのは本当か」
「本当です。相手は三人神姫は六体。白の軽自動車で…すいません、車種は分かりません」
「車のナンバーは見なかったのか?」
「ナンバーは隠されていました。犯罪行為に慣れているようです」
「そうか…白太くん、自分を責めるなよ。人数が分かっただけでも大助かりだ」
「それと、神姫狩りとは無関係な件があるんですけど」
「何?」
「逃げている途中、オーナーと逸れたマオチャオ型を見つけました。そちらも任せていいですか?」
「じゃあ白太くんは店にマオチャオを届けてくれ。後は俺達に任せて一旦家に帰るんだ」
「分りました。お願いします」
通話を閉じると次は地図機能を開くこの近くで出来るだけお金を掛けず時間を潰せそうな場所を探した。マオチャオを届けたら何処かで終電まで待ってみようと思う。
「にゅや」
鞄の中からマオチャオがもぞもぞと顔を出す。
「さっきから騒がしいにゃ。ぐっすり眠れないにゃ」
「あ、ごめんね。じゃあ今から神姫ショップに行こうか。そこで君のオーナーを探そう」
「あれ? ストラーフのお姉さんは何処に行ったんだにゃ?」
「ストラーフのお姉さんは…ちょっと遠い所に行っちゃったんだ。大丈夫、すぐ戻ってくるよ」
「お兄さん、どうしたんだにゃ?」
「えっ?」
「今、凄く怖い顔をしてるにゃ」
「あぁ、何でもないよ」
まずいまずい、クールで不敵なキャラで通すつもりなのに崩れていたみたいだ。自分の心と言うのは本当に手強い。
自宅から最寄りの駅で電車に乗り駅を幾つか挟んで降りた先、そこから数分歩くとその店はある。
ホビーショップ・エルゴ。ホビーとは付いているけれど神姫関係の品物しか置いてないので実質は神姫専門玩具店だ。個人経営に関わらず神姫センターに呑まれない理由はそこでの売り物と店長にある。
そのラインナップは狂気の域。十年以上前に作られ今は生産されていない化石武装、強過ぎた為に封印されたと伝説の武器、オフィシャルに焚書された神姫雑誌など神姫に関わるものでその店で手に入らないものはないと言われている程。
そして店長、日暮夏彦は神姫に対し並々ならぬ情熱を注いでいて忙しくとも親身になって神姫オーナーの相談に乗ってくれる。神姫事件専門探偵という裏の顔を持ち神姫関係職員や警察ともコネを持っているので一人では解決出来ない問題に直面した時には心強い味方になってくれるだろう。
長々と書いたけど要は今から僕達が向かうのは神姫オーナーにとっての理想郷だと思ってくれればいい。毎日でも通いたいんだけど電車代が厳しいから月に一度。アルバイトが出来るようになるまでの我慢だ。
目的は第一に修理。イシュタルには特注の部品を使ってるけど予め注文済み。第二に取り寄せた本の引き取り。頼んだのは僕の夢の為になることが書かれている書籍だ。実を言えばこっちがエルゴに行く本当の目的だったりする。
…。
…。
…。
「よ、白太くん。いらっしゃい」
「こんにちは店長。売り上げの方はどうですか?」
「アニメの御蔭で少し伸びたよ。…っと、これが部品でこっちが本だ」
予約していたから引き渡しも会計もスムーズに終わる。小さなビニール袋に小分けにされた素体部品と同じく大きな袋に保護されている本を受け取ってちょっと名残惜しいけど本の方は鞄に片付けた。
外出用の鞄の中には必要な物の他に神姫用の応急処置道具と急速バッテリー充電器、予備のクレイドルと手動式充電器と愛用の工具を常備させてある。部品さえあれば何時でも何処でも作業が出来ると言う事だ。部品は手に入れたから早速換装しよう。
「早速なんですが修理室、借りていいですか?」
「構わないよ」
神姫専門店で客が神姫の整備をするなんて非常識な話ではあるけれどエルゴで僕はフリーパスになっている。数年前にイシュタルが僕以外に身体を分解されたくないと言い張るようになった所為だ。その我が儘に多くの職員が困惑したけど日暮店長だけは「愛されてるねぇ」と笑って修理室の使わせてくれた。
イシュタルを肩に乗せて店裏へと移動する。倉庫には所狭しと在庫が並んでいて中には神姫オーナーなら喉から手を出して欲しがりそうな品もあるけれどグッと抑えた。
倉庫を通り過ぎていくと開いた場所に出る。そこが修理室だ。正義の味方の秘密基地的な造形美がされていて男の子としてここにくるといつもドキドキしてしまうのだけど、感傷は一旦捨てて置いて先ずはイシュタルの整備だ。
作業用テーブルの前に座り工具とクレイドル、新しい部品、黒一色のシンプルなストップウォッチを広げる。肩から降りたイシュタルもクレイドルの上にちょこんと座った。
「これよりオペを開始する」
「宜しくお願いします、ドクター」
ノリの良い受け答えを最後に休眠。僕はストップウォッチを動かして整備作業を始める。設計図は必要ない。今のイシュタルの構造は完全に頭の中に入っていた。
息を吸うように解体する。計算を解く要領で正しい手順と程良い力加減と必要な工具工程とを導き出し現実を処理する。慣れてしまうと最早作業だ。必要最低限の解体を終えると使えなくなった部品は片付けてから買ったばかりの部品を手に取った。息を吐くように組み立てる。
終了。ストップウォッチを停める。掛かった時間は30分02秒06。30分を切れなくて、ちょっと残念。
「イシュタルー、終わったよ―、起きて―」
指で頭を軽く揺り動かすと休眠状態は解除された。工具と部品を鞄の中にしまいながら機能向上を確かめるイシュタルを眺める。両手を握り開き握り開き右肩を回して左肩を回して右方向に蹴り左方向に蹴り右斜め後ろを回し蹴り左斜め後ろを回し蹴り右向き対空必殺技を決め左向き対空必殺技を決め右向き地上弱攻撃始動コンボを始め左向き地上弱攻撃始動コンボで終えた。
「パーフェクトだ、マスター」
「お褒めに預かり光栄です」
そして僕達は工房から倉庫を通り店舗へと戻ってきた。お礼を言おうと思って日暮店長を探し始めると店長の神姫であるジェニーさんを先に見つける。…好い加減、あの空飛ぶ胸像のデザインは何とかならないものか。分かっていてもビックリする。
「あ。いらっしゃいませ。御久し振りですね、黒野くんに、イシュタルさん」
「久し振り、ジェニーさん」
「久し振りだな、うさ大明じ…ェニー」
「イシュタルさんまでその名前で呼ぼうとしないで下さいよっ」
「すまない。ついうっかり」
不満げなジェニーさんをイシュタルはクールに受け流す。穏やかで優しいジェニーさんと冷静に見えて激情家なイシュタル。一見正反対に見える二体だけど根は真面目同士だから気が合うらしい。少し前に「駄目なマスターを持つ同士だから」とか言ってたっけ。僕は訓練されたオタクじゃないと訂正を求めたけど。
「ジェニーさん、店長さんを知らない? 修理室を借りたお礼を言いたいんだけど」
「マスターなら今レジの方に」
「分かった。ありがとう」
「マスター。私は少しジェニーと話をしていたいのだが、構わないか?」
「いいよ。でもジェニーさんの仕事の邪魔をしない程度にね」
「分かっている」
ゆっくり話させたいのは山々なんだけどジェニーさんはまだ仕事中なんだから雑談も弁えなくちゃいけない。
だから少し早足でレジに向かうと、言っていた通り日暮店長はレジの傍に居た。レジ横の小さな作業机で何かを作っている。僕は神姫以外のサブカルチャーに詳しくないんだけど、多分、神姫サイズの特撮物の武器を作っているんだろう。…その姿勢はコンビニにエロ本を買いに行く時の僕に似てるなと不覚にも思ってしまった。
「店長さん。修理室を貸してくれて、ありがとうござました」
「もう終わったのか。相変わらず早いな」
「伊達に鉛筆より先にプラスドライバーを握っていませんよー」
日暮店長からの褒め言葉を心地良く受け取る。
「…あ、そうだ。白太くん、ちょっと頼まれてくれないか」
「頼み? 店長さんが?」
「ああ。イシュタルのAIを検査させて欲しい」
「AIの検査なら毎日家でしてますけど」
「俺は今、初期の神姫と現在の神姫のAIの違いを調べててな。昔の神姫を何処から取り寄せるか悩んでいたんだが、確かイシュタルは神姫草創期に造られたストラーフだったろう?」
「そうですけど」
イシュタルの中身は旧ストラーフ。全体的な能力向上の為に素体や武装は別物に換装したりメモリやCPUと言った内面的な部分にも手を加えては居るけどCSCは変わって無い。
「軽くでいい。記憶は調べないから直ぐに終わる」
ほんの一瞬その顔に陰りが出来た、ような気がした。
けれど深く問い詰めるのは止めておいた。日暮店長にも日暮店長の事情がある。彼の裏の顔を知っていれば尚更だ。全く知らない訳でもないんだし、ついさっき修理室を借りた恩返しとして何も聞かず協力してあげていいんじゃないかと考える。
「いいですよ。イシュタルはジェニーさんと雑談してる筈ですから連れてきますね」
「悪いな。恩に着るぜ」
「困った時は御互い様です」
ちょっと臭いかなと思える台詞を吐いて僕は来た道を戻る。楽しそうに談話しているイシュタルを見つけて検査を頼まれたことを話すと文句も無く引き受けてくれた。
ジェニーさんと別れてまた来た道を戻る。日暮店長はカウンターの奥にあるスペースに移動して三つのディスプレイをそれぞれ眺めながらキーボードを叩いている。指示された通り傍に置かれたクレイドルにイシュタルを休眠させるとそれまで以上の勢いでキーボードを叩き始めた。
その勢いの激しさにちょっと気圧されながらも僕は日暮店長の後ろからディスプレイを眺める。ディスプレイにはイシュタルの内面的なデータが次々と表示されていく。最初の約束通り記憶されているものに関する表示されていない。
「こりゃ凄い。旧型なのに今の神姫よりも性能が高いとは」
「武装よりもハードウェアに力を入れて改良しましたから」
「CSCの反応も方も今の奴と殆ど大差無い…こりゃ杞憂だったかな」
「杞憂? 何がですか?」
「何でもない」
日暮店長はまたぞろキーボードを叩くと今度はデータ表示が閉ざされていく。そしてキーボードから手を離して振り返った。
「はい、終わり」
「もう?」
「直ぐ終わるって言ったろ。スキャニングに掛けたわけじゃないからな」
「それだけで何か分かるんですか?」
「ああ。今も昔も大して変わってないって事が分かった」
「なんですかそれ」
「依頼主にはそう説明するさ」
やっぱり誰かからの依頼だったようだ。依頼を秘密にする義務があるのは分かるけど何も説明してくれないのはちょっと悲しい。
「礼と言っちゃ何だがバグチェックやエラーの取り除きもやっておこうか?」
「遠慮しておきます。今度僕が困った時にということで」
まぁそんな状況は滅多に無いだろうけど。…そんなふうに考えた時期が僕にありました。
…。
…。
…。
それに気付いたのはエルゴを出てから少し経ってのことらしい。初めに感じた視線は一つ。例えそれが敵意を含んだものであっても有名人であるマスターを持てば珍しい事でもないので無視していた。しかし視線は遠ざかるどころか二つ三つと数を増やしてきたとなれば無視は出来ない。これは何かあると確信を以て僕にその事を告げた。
ネット上にはバーグラーなる有名神姫オーナーを狩る輩が存在する。ランク順位を上げる為、または強力な自作武装を奪う為に徒党を組んで闇打ちするのだ。
今僕を追っているのはその輩と見るのが妥当だろうけど簡単に決めつけるのは危険である。もしかしたらもっと悪いヤのつく人かもしれないしもしくはただの愉快犯で追っかけるだけ追っかけて何もしないという楽観的な見方もあるけど、何者であろうと後を着けられているのなら身構えなくちゃいけない。
「向こうは三人か…特徴は分かる?」
「歩幅からして160と168と173。一人は地面の踏み締め方がしっかりしているから恐らく武術経験者だ」
「神姫の数と種類は?」
「一人二体で計六体。紅緒型、ジュビジー型、エウクランテ型、フォートブラッグ型、ムルメルティア型、ストラーフ型だ」
「合計九人か。団体様だね」
何て軽口叩けるけど今の状況は結構マズい。犯罪者の神姫なんだから僕を攻撃出来るよう改造されているだろうし人間の方も危ない物を持っている可能性がある。例え僕が武術の達人であったとしても多勢に無勢、神姫とナイフは拳より強し。正面突破は無理っぽいからどうしたものか。
向こうは気取られた事に気付いていない。けれど何も仕掛けられていないという事は、向こうには何かしらの計画があって現在進行形で僕達はその計画通りに動かされていると考えるべきだ。先手のアドバンテージは早めに使いたい。
「エルゴまで逃げる」
「駄目だ。一人が退路で待ち伏せしている」
「二手に分かれて混乱させる」
「マスターを人質にするだろうな。奇声を上げながら逃げると言うのはどうだ?」
「一番無難だね。…ネガティブキャンペーン中じゃなければ」
敢えて奇抜な行動をして注目を浴び不審者に手が出し辛い状況を作るというのは確かに有効だ。けれど悪い噂に纏わり付かれている今にこれ以上話題になるような真似は避けたい。となると残る手段は後二つ。
実行に移すべく軽く足の屈伸運動を始めてから、
「イシュタル、計算よろしくね」
「任せろ」
走り始めた。三十六計逃げるに如かず。武術家曰く「危険に会えば速やかに離れ人を呼び武は振るわぬが中策」。それも闇雲に逃げているのではなくイシュタルに帰りの電車にギリギリで滑り込めるように脚を動かす速度と逃走経路を計算してもらっている。これぞ神姫の有効活用、近代科学的な逃走。
「マスター、来るぞ!」
人通りの無い路地に差し掛かったその時、空からエウクランテが降りてきた。流石に神姫は早い、機械だから全力疾走しても疲れないし人間じゃ通れない近道も出来る。
相手の目的を図る為にイシュタルは僕の頭の上に登った。エウクランテは少し悩んだ後でイシュタルに襲い掛かる。僕じゃなくてイシュタルを狙うのなら目的はイシュタルの戦闘データだと見て間違いない。エウクランテは公式の純正装備とは桁違いのスピードで僕を追い掛けながらも僕の頭の上に居るイシュタルにエウロスでの刺突を繰り出す。
ちょっとビックリしたけど心配されるまでも無くイシュタルは攻撃を捌き切ったようだ。業を煮やしたエウクランテが僕の目玉をゼピュロスで抉ろうとした寸前で、何とか腕の防御が間に合って乱暴に振り払う。すると僕を見据えながら後ろ向きに飛んでいると思えば今度はボウガンを連射し始めた。矢は服を破って肌に突き刺さる。けれど立ち止まるわけにはいかない。立ち止まらせようと執拗に矢を放ってきたけど痛みを堪えながらも走り続ける。
「前に障害物!」
弾幕の合間を縫って一瞬だけ目を開き看板を避けた。路地を抜けるとそれ以上エウクランテは追ってこなかった。オーナーの命令であってもMMSが人目につく場所で襲うのは不味いと判断したようだ。有り難く今の内に逃走させてもらおう。
「次の角を右に曲がったら少し速度を上げろ。信号に引っ掛るぞ」
指示通り脚を動かす速度を早め信号の下を突っ切った。
「いいぞマスター、これで逃げ切れる!」
イシュタルはさっきの路地が山場だったと言う。そして踏破したのだから後は僕が体力配分さえ間違わなければ逃げ切れると確信していた。僕の方も余裕を持って走っているので何十分でも走れる。不測の事態が起こらなければだけど。
「!?」
けれど現実と言うのは意地悪なもので、降って湧いた不安に応えるように不測の事態を起こしてしまう。通り過ぎた道の隅でマオチャオが倒れているのを見掛けたような気がして、それに気付いた瞬間僕は足を止めて逆走していた。 気の所為でも何でもいい。僕は傷ついた神姫を見ると治さずにはいられない困った病気を持っていた。
「なっ、君は何をしているんだ!」
「イシュタル、ごめん、本当にごめんっ!」
気の所為じゃなかった。ぐったりしているマオチャオを拾って軽く触診する。コアやCSCに不具合は見られない。となるとバッテリー保護の為の強制休眠状態か。マオチャオに急速バッテリー充電器に繋ぐと重たげに瞼を開き始める。
「にゅや…あんた、誰にゃ…?」
「通りすがりの武装紳士さ。君、オーナーはどうしたの?」
「あたしマスターと逸れちゃって迷子になってたの…」
「よし分かったじゃあもう少しだけ眠っていて直ぐにオーナーに会わせるから!」
「マ、マスター!?」
何も考えず発作的にマオチャオを鞄に突っ込んで走る。マオチャオのオーナーを探す為ついでに僕自身を守る為にエルゴに戻った。 幸い車は通って無かったから赤信号の横断歩道は無視してさっきの路地にまで戻ってきた。
「そこは駄目だ、マスター!」
曲がり角に差しかかった時、建物の角の死角から眼鏡を掛けた男が、見えた瞬間に腹部に鈍い痛み。木刀で殴られたんだと気付くと同時に足を払われて転倒。立ち上がろうとしたけれど背中を踏みつけられた。せめて犯人の顔でも憶えていようと見上げたけれど泣きっ面にエウクランテとフォートブラッグが襲い掛かる。
「これ以上マスターに傷を付けてみろ、私は自害を選ぶ!」
相手の目論見を予知した上でイシュタルがそう言うと眼鏡の男は自分の神姫に攻撃を止めるよう指示を出した。但し「こちらの指示した以外の動きをすれば直ぐに黒野白太の両目を潰させて逃げる」と脅し付き。
オーナーの無事を引き換えに出して神姫には自らの意思で身を捧げ出さざる得ない状況を作る。ハッタリの可能性もあるけどオーナーを第一に考える神姫には有効な手だ。背に腹は代えられないとする観念は反骨心を奪い抵抗する力を萎えさせる。実際にそういう状況に遭っているけど神姫狩りは神姫の特性を良く理解出来ているなと感心していた。
しばらくして近くでナンバープレートを隠した車が停まる。この後で僕が日暮店長に通報するのは織り込み済みなんだろう。眼鏡の男は自分の神姫達とイシュタルを連れて乗り込むと車を走らせて何処かへ行ってしまった。
「…ったぁ~」
立ち上がって服に付いた砂を落とす。不幸中の幸いにも鞄の中のマオチャオは無事だった。助けたところを見られていなかったからなのか単に計画外の物は必要無いと判断したからなのかは分からないけれど、とにかく助かってよかった。
けれど安堵している暇は無い。誘拐されたイシュタルの件も迷子になったマオチャオの件も僕一人じゃとても解決出来ない問題だから神姫狩りの計画通りエルゴに電話を掛けよう。
『はいもしもし。こちら、ホビーショップ・エルゴです』
「もしもし。僕だけど店長に替わってくれるかな」
「黒野君? マスターに何か御用ですか?」
「神姫狩りにイシュタルを攫われた」
「えっ…分りました、直ぐに替わります」
電話越しでもジェニーさんの態度の硬化がありありと伝わってくる。友神姫の危機を聞いても取り乱さないのは本当に有り難い。
「もしもし。イシュタルが攫われたと言うのは本当か」
「本当です。相手は三人神姫は六体。白の軽自動車で…すいません、車種は分かりません」
「車のナンバーは見なかったのか?」
「ナンバーは隠されていました。犯罪行為に慣れているようです」
「そうか…白太くん、自分を責めるなよ。人数が分かっただけでも大助かりだ」
「それと、神姫狩りとは無関係な件があるんですけど」
「何?」
「逃げている途中、オーナーと逸れたマオチャオ型を見つけました。そちらも任せていいですか?」
「じゃあ白太くんは店にマオチャオを届けてくれ。後は俺達に任せて一旦家に帰るんだ」
「分りました。お願いします」
通話を閉じると次は地図機能を開くこの近くで出来るだけお金を掛けず時間を潰せそうな場所を探した。マオチャオを届けたら何処かで終電まで待ってみようと思う。
「にゅや」
鞄の中からマオチャオがもぞもぞと顔を出す。
「さっきから騒がしいにゃ。ぐっすり眠れないにゃ」
「あ、ごめんね。じゃあ今から神姫ショップに行こうか。そこで君のオーナーを探そう」
「あれ? ストラーフのお姉さんは何処に行ったんだにゃ?」
「ストラーフのお姉さんは…ちょっと遠い所に行っちゃったんだ。大丈夫、すぐ戻ってくるよ」
「お兄さん、どうしたんだにゃ?」
「えっ?」
「今、凄く怖い顔をしてるにゃ」
「あぁ、何でもないよ」
まずいまずい、クールで不敵なキャラで通すつもりなのに崩れていたみたいだ。自分の心と言うのは本当に手強い。
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: