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「第10話 御狐様の悩み事」(2014/04/13 (日) 01:35:41) の最新版変更点
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土曜日っていうのはいいものだ。ゆとり教育の弊害がどうたらテレビなんかではうたわれているが、俺からしてみれば翌日もまた休みだという安心感につい長寝をしてしまう。
しかしそれも3カ月ほど前までの話だ。神姫を始めてからはヒルダが(ここ1カ月ほどはヒルデもだが)毎朝きっかり七時に起こしてくれるので、最近は自然と目が覚めるようになってしまった。健康には非常にいいのだが、学生の一人暮らしとしては時間を持て余す。
そんなわけで、俺は簡単な朝食(ホットケーキとウィンナーソテー)を食べた後、食後にコーヒーを飲むとかいう、なんかこう【優雅っぽい時間】をすごしながら、TVでニュースを見ていた。
今日はヒルダの日だが、彼女は世界情勢についてとても興味があるらしい。ニュースを見ようと言い出すのは大抵彼女だ。
まあここで大きいお友達向けアニメを見ようとでも言われたらそろそろメンテナンス時期かもしれないな、と思うが。
「マスターマスター、見てください。新型の神姫ですよ!」
言われて目を向けると、そこには二体の神姫の姿があった。グループK2社が神姫メーカー最大手のフロントライン社と手を組んで作り出した新型らしい。
グループK2のベストヒットといえば忍者型フブキとそのマイナーチェンジ機であるミズキだが、その後継機という扱いのようだ。
フロントライン社独特のデザインフォルムをした2体の神姫がカメラに向かって手を振っている様子が映し出されていた。
「なんというか、えらくFL色が強い神姫だな……。K2は買収でもされたのかね」
「フブキ、ミズキ共に割と古い神姫ではありますから、新しい風を取り入れたかった、というのが公式見解のようですね」
ヒルダが俺のつぶやきに答えてくる。その間にもテレビは次へ次へと新しいニュースを吐きだしていった。
「あ、また政治家の汚職ですよ。なんでこう政治家って不正が好きなんですかね」
「中国、日本の領海に侵入ねぇ。またかよ。日本の弱腰外交もいい加減にしないとなあ」
「お野菜相場1割上昇ですか……。マスター、今のうちにキャベツとか買いだめしとくほうがいいでしょうか?」
「どうせ消費しきれないからいいさ。相場が上がったら仕送りの額も多分あがるし」
「だといいですけど。もうじき春ですし、お花見行きたいですね、愛さんやリーヴェさんと一緒に」
「花より団子を地でいくあいつと言っても、風情なんてあってないようなもんだけどな……。お、新理論型AI、開発に成功だってよ。これでヒルデの思考ルーチン、もうちょっとまともになったりしねーかな」
「えーと、彼女には内緒にしときますね、マスター……。神姫を使った空き巣増加、防犯対策グッズ紹介ですって。まあ、我が家の備えは私がいるので問題ないですよね? マスター」
「だとしたらしょっちゅううちの台所漁って帰るあのバカに対して発砲か通報の一つもしといてくれよ、ヒルダ」
「あ、あはははは……」
こんな調子の会話が続く。二杯目のコーヒーでも飲もうかと、席を立った時だ。
携帯電話が鳴り響く。すわ話をすれば影が差すとはこのことか、と思ったが、表示を見れば愛ではない。
「――ようキツネ。お前が俺に電話してくるなんて珍しいな」
『やあおはよう幸人。もしかしたら寝てるんじゃないかと思ったが。意外と健康的に生活してるようだね』
「ヒルダのおかげだよ。まあ時々もうちょっと寝てたいと思わんでもないがな」
『君らしいね。ところで。本題に入らせてもらおう。少し家に来てくれないか? 頼みたいことができた』
「また新しい武器のテスターか? 構わんが、うちのヒルデガルドばっかりじゃデータは偏るんじゃないか?」
『来たら説明するよ。A.S.A.Pで頼む』
「……なんじゃそりゃ」
『As Soon As Possible。 可及的速やかにってこと。君はもう少し英語を学ぶべき』
「おあいにくだが、一生日本から出る予定はねーよ」
そう言って電話を切る。そして何事かとこちらを見るヒルダに訪ねた。
「……なあ、可及的ってどういう意味だっけか」
ヒルダのこちらを見る目が可哀想なものを見る目に変わる。なるほど、もうちょっと俺は語学を学ぶべきかもしれない。とりあえず日本語から。割と重点的に。
◆◇◆
「で。彼女は一体だれだい?」
「キツネすまん……。途中で捕まって振り切れなかったんだ…………」
「いやまあ。別に連れてくるのが悪いとは言わないが。メールぐらい欲しかったかな」
「連れてきたというか、勝手に付いてきたというか……」
ため息をつく俺に苦笑しつつ、クズハは俺の後ろにいる女に目をやった。
「すごいすごいすごーい! これがあの伝説のミラージュフォックス社のオフィスなのね! というか工場なのね! 初めてきちゃった! きゃー!」
俺の後ろでらしくない黄色い声をあげているのは、もはや改めて紹介するまでもなく、愛である。
クズハから連絡があった後に「可及的速やかに」家を出た俺とヒルデだが、運悪く俺の家に侵入しようと企んでいた愛をいつぞやと同じく勢いよく開いた玄関ドアで撃退することに成功した。
しかしその一方で「どこに行くのか」としつこく問い詰められ、説明をするのもめんどくさいので逃走を開始したのだがあっさり見つかり、追いつかれた。
まったく、体力と胸だけは無駄にありやがって……。
「愛ちゃん愛ちゃん、これファーストランカーが使っていた武装にそっくりですよー。クズハさん、でしたっけー? ファーストランカーの【銀弾のエーリカ】という神姫をご存知ですか―?」
「ああ。知っているよ。それは彼女に渡した武装のマスターピースだ。実際に彼女が使っているのはそれではないけれど。使われている武装は彼女の希望に合わせて外装と内装に手を加えてある」
「おおー、ますます本物ですよー! ……ちなみにこれ、買うとなるとお値段おいくら万円するのですかー?」
「そうだね……。それの内部機構に必要なレアアースの相場が最近やや落ち着いてきているから。今の値段は十五万ってところだろうか」
時価かよ。
「愛ちゃん愛ちゃん、大学いくのやめてそのお金でこれ買いましょう。あっという間にファーストのトップに行けそうなのですよー」
「いやリーヴェ、流石に武装一つのために人生棒に振れないわあたし」
「愛ちゃんの頭でこれ以上大学行っても、お金の無駄ですよー?」
「自分の神姫に真顔で毒吐かれたッ!?」
「……そこまでにしとけよ、お前ら。静かにしてろ」
愛とリーヴェの漫談を聞きに来たわけじゃないので、俺はそうそうにツッコんだ。愛からぶーぶーと文句が出るが黙殺。クズハへと向き直る。
「で、用って何だよ。こっちに来たら話す、つってたが」
「うん。まあ具体的にいえば探し物を手伝ってほしいんだ」
「探し物? 何を探せばいいんだ」
「新型の武装が入ったアタッシェケースさ」
……なんですと?
「……家の中で何かを失くしたとか、必要な資料を探すのを手伝え、という話ではなく?」
「話ではない。どうやらボクの持ち歩いていたアタッシェケースを誰かが取り違えて持って行ったらしい。それを見つけるのを手伝ってほしい」
「あの、それでしたら、専門の方にお願いした方がいいんじゃないでしょうか……?」
ヒルデが意見した。もっともである。こちらもテストが終わり、あとは消化試合気味な科目がいくつか残っているだけの暇な年度末の生活を送っているとはいえ、幾らなんでもどこにあるかわからないアタッシェケースを探せというのはちょっと無理がある。
「……というか、取り違え? お前はお前で、何か別のものを持って帰ってきちゃったって事か?」
「そういうこと。これなんだけど」
そういうとクズハは机に置いてあったアタッシェケースをこちらに見せた。
神姫を持ち運ぶ際に用いる武装バッグよりやや小さめな、どちらかと言えばバンドマンが使うエフェクターケース程の大きさだ。
外装自体は割とどこにでもあるようなものだ。確かに、似たものが二つあったら取り違えは起きるかもしれない。
「中には何が入っているのですかー?」
「これの中には一本のUSBが入っていた。中身は何かのプログラムのようだったよ。流石に動かしてはいないが」
「プログラムなんかをなんでUSBに入れてさらにアタッシェケースに入れて運ぶのよ。そのままぽいって手渡ししちゃえばいいじゃない」
愛の疑問はもっともである。それに答えたのはヒルダだ。
「……中身がとても重要なものは、厳重に管理されて運びますよね。そのプログラムがよっぽど大事なものなんでしょうか」
「おそらく。その見方が正しいだろう」
クズハも首肯する。
「幸い。ボクのアタッシェケースには盗難時追跡用のビーコンが入っている。だからそれをたどればなんとかなる。だけどもしそれがある場所に他の人がいなかったら」
「そのアタッシェケースの持ち主を探す必要が出てくるって事か。……というかビーコンあるなら自分でいきゃいいだろうが」
なんでアタッシェケースにビーコンを仕込もうと思ったのかもよくわからんけども。
「もし。神姫オーナーがボクの作った武装を拾ったとして。普通はどうすると思う?」
「んー、そりゃ付けて試してみるんじゃない? だってミラージュフォックスの武装でしょ? あたしならそうするわ」
多分俺もそうする。というか、見たことない武装ならばどんなものなのか試してみたくなるのは事実だろう。それがたとえクズハが作った武装ではなくても。
「あれはまだ未完成でね。外装内装は完成しているんだが。デバイスドライバに不備がある。下手すると暴走しかねない」
「暴走するとどうなるんだよ。たかが神姫の武装じゃねーか」
そう大した被害が出るわけでもあるまい。
「いや。下手すると人死にがでるうえに。警察程度の装備では対処できない結果になりかねない」
ぶふぅ、と思わず噴き出す。大したことないと達観していたら蓋を開けてみたら大事だったとはこのことだ。
「お前は一体何を作ったんだよ!? ええ!? なんで神姫の装備で人死にがでる事態が起きるんだ!!」
「あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあう」
思わずクズハの肩を掴んで揺すぶる。N2兵器でも作ったってか!?
「ちょ、幸人、落ち着きなさいよ。それじゃ喋れないって!」
「マスターストップストップ!」
ヒルデと愛が俺をクズハから引っぺがす。一瞬パニックに陥ったがなんとか俺は冷静さを取り戻すことができた。
クズハはと言えば少しのあいだ俺に揺すぶられた慣性のままふらふら揺れていたが、そのうちいつものようにすっと背筋を伸ばした。
「だから参ってる。もしあれを神姫がすでに装備し。暴走していることを考えると。止めることができるのは神姫しかいない」
「お前の他のテスターはどうした。俺なんかよりよっぽど高位のランカーがいるはずだぞ」
「彼らの何人かにも頼んではみたけれど。都合がつかなかったようだ。それに。【カンダタ】の仕様からして。ヒルデガルドなら割と戦いやすいはずだ」
【カンダタ】ってのが武装の名前か。全く、前回の袖状パーツの時と言い今回と言い。こいつの作る武装はトラブルメーカーか。
「しょうがねえ。幾らなんでもそれ聞いた後に放置は寝覚めが悪いから手伝ってやる」
「感謝するよ。幸人」
「ねえねえ、あたしも手伝ってあげようか? ランクだったら幸人より上よ?」
愛がでしゃばってきた。まあ来るとは思ってたが。
「是非お願いしたい。場合によってはうちの武装を貸しだそう。君の神姫の名は?」
「あ、はい。リーヴェですよー。改めまして始めましてなのです」
「はじめまして。そこの棚にあるやつから気に入った武装を二つ三つチョイスしてくれ。軽く君専用に調整するから」
「お、おおおおおおお! ついに、ついに私の手にミラージュフォックス製の武装が手に入るのですよー! 愛ちゃん愛ちゃん、やっぱりこれ買うべきだと思うのですよー!」
「お金ないから却下」
「にべもないですよー……」
しょぼんとした様子で棚へと向かうリーヴェ。クズハはこちらに向き直ると、
「ヒルデ。君からもらったバトルログから完成した【エンノオヅヌ】の拡張パーツを渡す。ちょっと来てくれないか」
「拡張パーツ……ですか?」
俺とヒルデは顔を見合わせた。
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土曜日っていうのはいいものだ。ゆとり教育の弊害がどうたらテレビなんかではうたわれているが、俺からしてみれば翌日もまた休みだという安心感につい長寝をしてしまう。
しかしそれも3カ月ほど前までの話だ。神姫を始めてからはヒルダが(ここ1カ月ほどはヒルデもだが)毎朝きっかり七時に起こしてくれるので、最近は自然と目が覚めるようになってしまった。健康には非常にいいのだが、学生の一人暮らしとしては時間を持て余す。
そんなわけで、俺は簡単な朝食(ホットケーキとウィンナーソテー)を食べた後、食後にコーヒーを飲むとかいう、なんかこう【優雅っぽい時間】をすごしながら、TVでニュースを見ていた。
今日はヒルダの日だが、彼女は世界情勢についてとても興味があるらしい。ニュースを見ようと言い出すのは大抵彼女だ。
まあここで大きいお友達向けアニメを見ようとでも言われたらそろそろメンテナンス時期かもしれないな、と思うが。
「マスターマスター、見てください。新型の神姫ですよ!」
言われて目を向けると、そこには二体の神姫の姿があった。グループK2社が神姫メーカー最大手のフロントライン社と手を組んで作り出した新型らしい。
グループK2のベストヒットといえば忍者型フブキとそのマイナーチェンジ機であるミズキだが、その後継機という扱いのようだ。
フロントライン社独特のデザインフォルムをした2体の神姫がカメラに向かって手を振っている様子が映し出されていた。
「なんというか、えらくFL色が強い神姫だな……。K2は買収でもされたのかね」
「フブキ、ミズキ共に割と古い神姫ではありますから、新しい風を取り入れたかった、というのが公式見解のようですね」
ヒルダが俺のつぶやきに答えてくる。その間にもテレビは次へ次へと新しいニュースを吐きだしていった。
「あ、また政治家の汚職ですよ。なんでこう政治家って不正が好きなんですかね」
「中国、日本の領海に侵入ねぇ。またかよ。日本の弱腰外交もいい加減にしないとなあ」
「お野菜相場1割上昇ですか……。マスター、今のうちにキャベツとか買いだめしとくほうがいいでしょうか?」
「どうせ消費しきれないからいいさ。相場が上がったら仕送りの額も多分あがるし」
「だといいですけど。もうじき春ですし、お花見行きたいですね、愛さんやリーヴェさんと一緒に」
「花より団子を地でいくあいつと言っても、風情なんてあってないようなもんだけどな……。お、新理論型AI、開発に成功だってよ。これでヒルデの思考ルーチン、もうちょっとまともになったりしねーかな」
「えーと、彼女には内緒にしときますね、マスター……。神姫を使った空き巣増加、防犯対策グッズ紹介ですって。まあ、我が家の備えは私がいるので問題ないですよね? マスター」
「だとしたらしょっちゅううちの台所漁って帰るあのバカに対して発砲か通報の一つもしといてくれよ、ヒルダ」
「あ、あはははは……」
こんな調子の会話が続く。二杯目のコーヒーでも飲もうかと、席を立った時だ。
携帯電話が鳴り響く。すわ話をすれば影が差すとはこのことか、と思ったが、表示を見れば愛ではない。
「――ようキツネ。お前が俺に電話してくるなんて珍しいな」
『やあおはよう幸人。もしかしたら寝てるんじゃないかと思ったが。意外と健康的に生活してるようだね』
「ヒルダのおかげだよ。まあ時々もうちょっと寝てたいと思わんでもないがな」
『君らしいね。ところで。本題に入らせてもらおう。少し家に来てくれないか? 頼みたいことができた』
「また新しい武器のテスターか? 構わんが、うちのヒルデガルドばっかりじゃデータは偏るんじゃないか?」
『来たら説明するよ。A.S.A.Pで頼む』
「……なんじゃそりゃ」
『As Soon As Possible。 可及的速やかにってこと。君はもう少し英語を学ぶべき』
「おあいにくだが、一生日本から出る予定はねーよ」
そう言って電話を切る。そして何事かとこちらを見るヒルダに訪ねた。
「……なあ、可及的ってどういう意味だっけか」
ヒルダのこちらを見る目が可哀想なものを見る目に変わる。なるほど、もうちょっと俺は語学を学ぶべきかもしれない。とりあえず日本語から。割と重点的に。
◆◇◆
「で。彼女は一体だれだい?」
「キツネすまん……。途中で捕まって振り切れなかったんだ…………」
「いやまあ。別に連れてくるのが悪いとは言わないが。メールぐらい欲しかったかな」
「連れてきたというか、勝手に付いてきたというか……」
ため息をつく俺に苦笑しつつ、クズハは俺の後ろにいる女に目をやった。
「すごいすごいすごーい! これがあの伝説のミラージュフォックス社のオフィスなのね! というか工場なのね! 初めてきちゃった! きゃー!」
俺の後ろでらしくない黄色い声をあげているのは、もはや改めて紹介するまでもなく、愛である。
クズハから連絡があった後に「可及的速やかに」家を出た俺とヒルデだが、運悪く俺の家に侵入しようと企んでいた愛をいつぞやと同じく勢いよく開いた玄関ドアで撃退することに成功した。
しかしその一方で「どこに行くのか」としつこく問い詰められ、説明をするのもめんどくさいので逃走を開始したのだがあっさり見つかり、追いつかれた。
まったく、体力と胸だけは無駄にありやがって……。
「愛ちゃん愛ちゃん、これファーストランカーが使っていた武装にそっくりですよー。クズハさん、でしたっけー? ファーストランカーの【銀弾のエーリカ】という神姫をご存知ですか―?」
「ああ。知っているよ。それは彼女に渡した武装のマスターピースだ。実際に彼女が使っているのはそれではないけれど。使われている武装は彼女の希望に合わせて外装と内装に手を加えてある」
「おおー、ますます本物ですよー! ……ちなみにこれ、買うとなるとお値段おいくら万円するのですかー?」
「そうだね……。それの内部機構に必要なレアアースの相場が最近やや落ち着いてきているから。今の値段は十五万ってところだろうか」
時価かよ。
「愛ちゃん愛ちゃん、大学いくのやめてそのお金でこれ買いましょう。あっという間にファーストのトップに行けそうなのですよー」
「いやリーヴェ、流石に武装一つのために人生棒に振れないわあたし」
「愛ちゃんの頭でこれ以上大学行っても、お金の無駄ですよー?」
「自分の神姫に真顔で毒吐かれたッ!?」
「……そこまでにしとけよ、お前ら。静かにしてろ」
愛とリーヴェの漫談を聞きに来たわけじゃないので、俺はそうそうにツッコんだ。愛からぶーぶーと文句が出るが黙殺。クズハへと向き直る。
「で、用って何だよ。こっちに来たら話す、つってたが」
「うん。まあ具体的にいえば探し物を手伝ってほしいんだ」
「探し物? 何を探せばいいんだ」
「新型の武装が入ったアタッシェケースさ」
……なんですと?
「……家の中で何かを失くしたとか、必要な資料を探すのを手伝え、という話ではなく?」
「話ではない。どうやらボクの持ち歩いていたアタッシェケースを誰かが取り違えて持って行ったらしい。それを見つけるのを手伝ってほしい」
「あの、それでしたら、専門の方にお願いした方がいいんじゃないでしょうか……?」
ヒルデが意見した。もっともである。こちらもテストが終わり、あとは消化試合気味な科目がいくつか残っているだけの暇な年度末の生活を送っているとはいえ、幾らなんでもどこにあるかわからないアタッシェケースを探せというのはちょっと無理がある。
「……というか、取り違え? お前はお前で、何か別のものを持って帰ってきちゃったって事か?」
「そういうこと。これなんだけど」
そういうとクズハは机に置いてあったアタッシェケースをこちらに見せた。
神姫を持ち運ぶ際に用いる武装バッグよりやや小さめな、どちらかと言えばバンドマンが使うエフェクターケース程の大きさだ。
外装自体は割とどこにでもあるようなものだ。確かに、似たものが二つあったら取り違えは起きるかもしれない。
「中には何が入っているのですかー?」
「これの中には一本のUSBが入っていた。中身は何かのプログラムのようだったよ。流石に動かしてはいないが」
「プログラムなんかをなんでUSBに入れてさらにアタッシェケースに入れて運ぶのよ。そのままぽいって手渡ししちゃえばいいじゃない」
愛の疑問はもっともである。それに答えたのはヒルダだ。
「……中身がとても重要なものは、厳重に管理されて運びますよね。そのプログラムがよっぽど大事なものなんでしょうか」
「おそらく。その見方が正しいだろう」
クズハも首肯する。
「幸い。ボクのアタッシェケースには盗難時追跡用のビーコンが入っている。だからそれをたどればなんとかなる。だけどもしそれがある場所に他の人がいなかったら」
「そのアタッシェケースの持ち主を探す必要が出てくるって事か。……というかビーコンあるなら自分でいきゃいいだろうが」
なんでアタッシェケースにビーコンを仕込もうと思ったのかもよくわからんけども。
「もし。神姫オーナーがボクの作った武装を拾ったとして。普通はどうすると思う?」
「んー、そりゃ付けて試してみるんじゃない? だってミラージュフォックスの武装でしょ? あたしならそうするわ」
多分俺もそうする。というか、見たことない武装ならばどんなものなのか試してみたくなるのは事実だろう。それがたとえクズハが作った武装ではなくても。
「あれはまだ未完成でね。外装内装は完成しているんだが。デバイスドライバに不備がある。下手すると暴走しかねない」
「暴走するとどうなるんだよ。たかが神姫の武装じゃねーか」
そう大した被害が出るわけでもあるまい。
「いや。下手すると人死にがでるうえに。警察程度の装備では対処できない結果になりかねない」
ぶふぅ、と思わず噴き出す。大したことないと達観していたら蓋を開けてみたら大事だったとはこのことだ。
「お前は一体何を作ったんだよ!? ええ!? なんで神姫の装備で人死にがでる事態が起きるんだ!!」
「あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあう」
思わずクズハの肩を掴んで揺すぶる。N2兵器でも作ったってか!?
「ちょ、幸人、落ち着きなさいよ。それじゃ喋れないって!」
「マスターストップストップ!」
ヒルデと愛が俺をクズハから引っぺがす。一瞬パニックに陥ったがなんとか俺は冷静さを取り戻すことができた。
クズハはと言えば少しのあいだ俺に揺すぶられた慣性のままふらふら揺れていたが、そのうちいつものようにすっと背筋を伸ばした。
「だから参ってる。もしあれを神姫がすでに装備し。暴走していることを考えると。止めることができるのは神姫しかいない」
「お前の他のテスターはどうした。俺なんかよりよっぽど高位のランカーがいるはずだぞ」
「彼らの何人かにも頼んではみたけれど。都合がつかなかったようだ。それに。【カンダタ】の仕様からして。ヒルデガルドなら割と戦いやすいはずだ」
【カンダタ】ってのが武装の名前か。全く、前回の袖状パーツの時と言い今回と言い。こいつの作る武装はトラブルメーカーか。
「しょうがねえ。幾らなんでもそれ聞いた後に放置は寝覚めが悪いから手伝ってやる」
「感謝するよ。幸人」
「ねえねえ、あたしも手伝ってあげようか? ランクだったら幸人より上よ?」
愛がでしゃばってきた。まあ来るとは思ってたが。
「是非お願いしたい。場合によってはうちの武装を貸しだそう。君の神姫の名は?」
「あ、はい。リーヴェですよー。改めまして始めましてなのです」
「はじめまして。そこの棚にあるやつから気に入った武装を二つ三つチョイスしてくれ。軽く君専用に調整するから」
「お、おおおおおおお! ついに、ついに私の手にミラージュフォックス製の武装が手に入るのですよー! 愛ちゃん愛ちゃん、やっぱりこれ買うべきだと思うのですよー!」
「お金ないから却下」
「にべもないですよー……」
しょぼんとした様子で棚へと向かうリーヴェ。クズハはこちらに向き直ると、
「ヒルデ。君からもらったバトルログから完成した【エンノオヅヌ】の拡張パーツを渡す。ちょっと来てくれないか」
「拡張パーツ……ですか?」
俺とヒルデは顔を見合わせた。
[[進む>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2840.html]]
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2768.html]]
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