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「『マッドサイエンキャット』-3/3」(2012/10/02 (火) 22:41:04) の最新版変更点
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天気が悪いわけでもなく、まだ正午を少し回った土曜日だというのに、城尊公園のだだっ広さは空きベンチの数に比例するように寂しいものだった。
公園の北端にある水飲み場から見渡す限り子供の姿はなく、弓道場へ向かうご老体が一人とマラソンマンが一人いるだけだった。
マラソンマンは、貯めこんだストレスを振り切るかのようにかなり速いペースで周回している。
薄い長袖の白いシャツにショートパンツ、刈り上げた髪の下で輝くサングラスという格好がサマになっていた。
年齢は四十を過ぎたくらいだろうか。
日焼けした太股に年季が入っている。
コースに沿って遠ざかっていくマラソンマンを目で追っていると、ふと、自分が【走る】という動作をほとんど行ったことがないことに気がついた。
私はマスターに起動された時から飛ぶためのストライカーを買い与えられていた。
両足にレシプロ機(を模したハイテク機)を付けることになるため普通の飛鳥型よりさらに飛行に特化して、代わりに地上では歩くだけで精一杯になってしまう。
バトルで地に足を付けるのはバトル開始と終了の時、物陰に隠れてじっくり狙撃するとき、そして撃ち落とされた時くらいだった。
普段の生活の中にしても、何かに追われることもないし、すると必然的に私には走る動作が必要なくなってくる。
もしかすると、CSCを起動させてからまだ一度も走ったことがないかもしれない。
私が忘れているだけで走ったことがあったとしても、回数は片手の指で十分数えられるだろう。
走り方を忘れてしまってはいないだろうか。
さっき忍者二人に捕まった時、もし走って逃げる場面があったら私はうまく走れただろうか。
いざという時のためにも走る練習をしておいたほうがいいかもしれない。
そんなことを考えている間、私の隣に座ったマオチャオはしゃべり続けていた。
「ワガハイもさー、こう見えてもちょっとは名の知れた神姫にゃんよー。『キャッツアイ』っていうネコアイドルユニットのリーダーにゃんだが聞いたことにゃい? ――全然? ああそう、まあそれは置いといて、こないだのバトルはワガハイ感動したにゃあ」
◆――――◆
助けてもらい民家の影から外に出ると、驚くべきことに、私の家からまっすぐ飛んでも十数分はかかってしまう城尊公園のすぐ近くだった。
忍者二人はよくもまあ、私をこんなところまで連れ出してくれたものである。
そしてなにより、さんざん私のことを(幻覚の中で)好き勝手してくれた忍者二人をどうしてくれようかと悩んだ私は、マオチャオの提案に賛成した。
「電撃殺虫器にでも縛り付けとけばいいんじゃにゃいか? シビれる一夏を体験させてやればいいにゃ」
コンビニの屋根によく見かける青い電気ストーブのような、虫を集めて焼き殺すアレである。
マオチャオと二人で忍者をコンビニまで引きずっていったのだけど、電撃殺虫器が高いところにあることに気付いて、仕方なく駐車場のマンホールの穴に詰め込むだけに留めておいた。
「ははっ、やだなあ姉さん、これ車が来た」「ら死――ちょっ、マジで来」「たっス! ヤバイヤバ」「イヤバイ助けて姉さん! 謝るっスか」「らホント潰れあああああああ!!」
歩いて帰ったら帰宅した頃には日が暮れてしまうし、こっそりバスに乗ろうかと考えていると、マオチャオに少し話をしないかと誘われた。
マオチャオはずいぶんと馴れ馴れしく、まるで武装を交換し合う仲であるかのように話しかけてきた。
しかし助けてもらった手前、無下に断るわけにもいかず返答しかねていると、「帰りの心配はするにゃ。ワガハイが家まで送ってやるにゃから。にゃあ、ちょっと話すくらいいいじゃにゃいか」とマオチャオの勢いに押され、二人して城尊公園へ向かった。
◆――――◆
「ネコたちの間でも語り草にゃ。異世界からやってきた謎の神姫。語られる過去。『大魔法少女』との対峙と和解。極悪チャイナの卑劣な乱入。膝を折るアリベ。客席に渦巻く動揺。絶望するワガハイたち。しかしチャイナを迎え撃つべく立ち向かう『セイブドマイスター』、そして知略の勝利。 ――んん~思い返すだけでも肉球がキュンキュンするにゃ。ワガハイ思わずファンクラブ作ってしまったもんにゃ」
マオチャオはそう言ってどこからかカードを取り出し、私に差し出した。
手にとって見てみると、そこにはポップな感じの「魔法少女セイブドマイスターホノカ ファンクラブ」の文字と、魔法少女になった私がデフォルメされた絵がプリントされていた。
このマオチャオがデザインしたのだろうか、カードの大きさが神姫サイズなのに無駄によく出来ている。
特に私のデフォルメは、黒い長髪、ストライカー、過剰装飾された巫女装束、そしてセイブドマイスターと特徴をうまく捉えていて、ひと目で私であると分かったほどだ。
隅っこのほうには会員ナンバーが書かれていて、このカードは「No.0000」となっている。
「幻のゼロ番カードにゃ。手放すのはひっじょ~に惜しいんにゃが、これは是非、ご本人であるオマエに受け取ってほしいのにゃ」
「い、いらないわよ。そもそも私ファンクラブなんて聞いてないし、認めてないわよ」
「分かってないにゃあ。ファンクラブは非公式だからこそ燃えるんじゃにゃいか。イリーガルな感じっつーか、いつ本人に告訴されるか分からないスリルっつーか」
「あんたね、それ本人を前にして言うことじゃないっての」
でもデフォルメ絵は本当によく出来てる。
我ながらけっこうカワイイ。
巫女服が魔法少女バージョンというのが残念だけど、返すのももったいない気がしたから、渋々といった感じで受け取っておいた。
「おお、受け取ってくれるにゃね! でもやっぱり、ちょっぴり惜しい気もするにゃあ、ゼロ番カード。もう一枚ワガハイ用に作ろうかにゃあ。でも希少価値がにゃあ」
「そんな事よりさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「にゃ?」
「あんたさ、『マッドサイエンキャット』っていうマオチャオのこと知らない?」
「マッドサイエンキャット? ん~、素敵なネーミングにゃが聞いたことないにゃあ。どんな奴にゃ?」
「この地域のマオチャオ達を取りまとめてるって話らしいんだけど」
「にゃに?」
「自由気ままなマオチャオを取りまとめる凄腕を持ってて、カリスマの権化みたいな神姫らしくて、おまけに極悪なAIパッチを無料で公開してる黒い噂もあるっぽいのよ。私そのマオチャオのこと探してて――」
「……むふ。むふふ。むふふふふふふふふふふふ」
突然マオチャオは口元を押さえて不気味に笑い出した。
笑いをこらえようとしているようで、指の間から奇妙な音が漏れている。
とてもキモチ悪い。
「何よ。私何かおかしなこと言った?」
「いやいや、なんでもございませぇん。ところでワガハイ、そのマオチャオのこと、ものすごーく詳しく知ってるにゃよ」
「本当!?」
「本当にゃ。インディアンとマオチャオは嘘つかないにゃ。しかもワガハイ、そのマオチャオと太いパイプがあるんにゃよ、これが」
キモチ悪いが、嘘をついているような怪しいそぶりはみられない。
いかにも「そいつのことなら何でも聞くにゃ」とでも言わんばかりの顔すらしている。
恐らくこの口の軽そうなマオチャオも、統率されたマオチャオの一員なのだろう。
それにリーダーと太いパイプがあるってことは、それなりに高い階級にいるのかもしれない。
神姫は見た目によらないってことかも。
迷彩巨乳とか変態白黒忍者とかで不運だった分、今の私にはツキが回ってきてるってことかしら。
「ねえ、そのマオチャオのこと紹介してくれない? 悪いことしてそうだから成敗したいとかじゃなくて、普通にバトルしたいのよ」
「お安い御用――と言いたいところにゃんだがにゃあ。ワガハ……アイツ結構な大物だし、そう簡単には情報を渡せないんにゃよ。しかぁ~し! 『魔法少女セイブドマイスターホノカ』の頼みとあっちゃあ断るわけにはいかないにゃ! 手回しとかあるから一週間時間をくれにゃいか?」
「ええ。助かるわ」
「代わりといっちゃにゃんだが、ひとつお願いがあるにゃ。その一週間、オマエの銃を貸してほしいのにゃ」
「セイブドマイスターを? ……何に使うの?」
私のセイブドマイスターは文字通り、私の生命線だ。
バトルのメインウェポンだから、というだけの意味じゃない。
ストライカーと一緒で、CSCやコアと同じくらい大切なもの。
だって……まぁ一応、マスターが不器用なりに作ってくれたものだし。
デブで若ハゲで無職でみっともないけど、あんなのでも私のマスターだし。
でも、これは私が神様の試練を乗り越えて神姫から人間に生まれ変わって、愛しのハルのマスターに近づくためのことだし……。
「レプリカを作りたいのにゃ。日本チャンピオンの武装のレプリカとか売ってるにゃろ、アレと同じにゃ。ファンクラブ会長としては是非是非! 手に入れておきたいのにゃ」
「い、いいけど……絶対に傷つけたり壊したりしないでよ。分解とかもナシだからね」
「心配するにゃ。ちょっとモデリングのデータを取るだけにゃ。内部機構は動作から推測して再現するつもりにゃ。さあ、そうと決まれば善は急げにゃ。オマエの家までレッツ、ニャー!」
マオチャオに手を引かれて城尊公園を出て、向かった先はバス停だった。
やっぱり無賃乗車か。
人間のお客に紛れて潜り込み、隅っこに身を隠しつつ、そもそも神姫って乗車賃払う必要あるのかと考えているうちに家から近いバス停に到着した。
乗り込む時と同じようにコソ泥のようにバスを降りて、マオチャオを残してセイブドマイスターを取りに行った。
マスターはまだ外出中だった。
その事にホッとする自分に自己嫌悪を覚えつつ、マオチャオの元へと戻った。
セイブドマイスターを手渡し、目を輝かせて構えたりサイトを覗いたりするマオチャオとは対照的に、私の手はまだ銃に引かれていた。
「一週間後にネット茶室をセッティングしとくにゃ。例のマオチャオとワガハイとオマエだけがアクセスできるようにしとくにゃ。アドレスはさっき渡した会員カードに書いてある集会用のヤツにゃ」
セイブドマイスターを肩にかついだマオチャオは「それじゃ、ばいにゃら~」と手を振って、丁度回ってきたバスに乗り込んでいってしまった。
そのバスを見送りながら私は、一週間セイブドマイスターがないことをマスターにどう説明するかで頭がいっぱいだった。
◆――――◆
一週間後、会員カードに記載されたアドレス先を訪ねようとしたのだが、システムは「茶室は作成されていません」と返してきた。
何度確認しても、私の入力ミスでもなければ茶室もない。
ちょっと早い時間だしまだ準備できていないんだろう、そう思いつつも漂ってくる嫌な予感を振り払って、私はこのアドレスを使って新規に茶室を準備した。
そして待つこと24時間。
眠気が限界に達したところで、私は自分が騙されたことを認めざるを得なかったのだった。
◆――――◆
「あっはははは! そりゃあ騙される君が悪い!」
私がマスターの枕に当たり散らしているところにやってきた神様に事情を話すと、神様は大喜びで手を叩いた。
そんなに人の不幸が面白いか。
裂けた枕から出てきた羽毛を投げつけようとしても、羽毛は放った先からヒラヒラと舞うばかりで神様にすら届かない。
枕にまでばかにされてるような気がしてきた。
「この町のマオチャオは普通じゃないって教えてやっただろうに、なんだって自分の魂を預けるような真似をするかね。それでなくてもマオチャオ型なんて信用できる神姫じゃないだろうに」
「だ、だってあの時は渡りに船だと思ったし、交換条件とか言われたら誰だって……ええそうですよ私が阿呆ですよ。だからその笑うの、ムカつくからいい加減やめてくんない?」
「そう睨むなよ、君のことを笑うのが生きがいのひとつなんでね。で、これからどうするつもりだい。打倒『マッドサイエンキャット』に近づくどころか主武装を失う体たらく。神様的にも見てられないぜ」
「うっさいわね。とにかく神姫センターにでも行って情報収集するしかないわよ。こうなったらマオチャオを二、三匹捕獲してでもあの詐欺猫の尻尾掴んでセイブドマイスターを取り返さないと」
「やれやれ、道のりは長いな。じゃあそんな君に神様からの大サービスだ。失せ物探しにうってつけの店を紹介してやろう。物売屋って店だ」
たかが知ってる店を紹介するだけで偉そうにふんぞり返る神様。
小物である。
「物売屋? えらく大雑把な名前の店ね。どんなとこなの?」
「そうだな、簡単に言えば探偵とか何でも屋みたいなところだ。完全前金制のね。でも君はどうせ小遣いなんてもってないだろうから、その店にいる紗羅檀にでも相談してみるといい。僕の記憶だと少し前まで神姫相手のお悩み相談とかやってたぜ。とはいっても神姫がいるってだけで神姫用の店じゃないから、おっさん店主に無賃で何を頼んでも無駄だぜ」
場所は駅から歩いて数分といったところらしく、ここからでも飛んでいけばすぐに着くだろう。
入り組んだ路地の奥にひっそりと構えられているが、ひときわ古臭い家屋と看板が目印になるとのこと。
さっそくストライカーを用意して出発しようとしたところで、ふと気がついた。
「ねえ。あんたが最初からその店を紹介してくれてたら、こんな面倒なことにならずに『マッドサイエンキャット』もすぐに見つかったんじゃないの?」
「今更になって気づく君だからこそ、からかい甲斐があるんだろう」
聞いた私がバカだった。
◆――――◆
電信柱より少し高い高度を飛んでいると、確かにその店は他の建物よりもひときわ古さを醸し出していた。
二階建てを風雨から守る瓦や木の壁はもはや風化しているといっても過言ではないほど色あせていて、木枯らし程度の風でも吹き飛んでしまいそうだ。
一階の軒の上には【 屋 売 物 】と、これまた随分とくたびれた看板がある。
店の正面の民家の影に降りて中をひっそりとうかがうも、人の姿はなかった。
しかし土間に続く扉はフルオープンで、奥の居間らしき部屋までとても風通しがよさそうだった。
開店中、などの看板もない。
本当にここは店なのだろうか……そう疑いつつ観察していると、土間と居間の間に座っている二つの小さな人影を発見した。
よく目を凝らしてみると、紗羅檀とアルトレーネだった。
ほのぼのと談笑している。
人間がいないことに少しホッとしつつ入り口まで飛ぶと、二人は私に気がついた。
「あら、いらっしゃい。神姫だけのお客様なんて久しぶりね」
そう言って迎えてくれた紗羅檀の人当たりがとてもよさそうで、私はあまりの嬉しさに思わず泣きそうになった。
もうこれ以上、変な神姫とは関わりたくないのである。
ホノカさんの忍耐力はそろそろ限界なのである。
この虚しい喜びを誰かと分かち合いたくて隣のアルトレーネを見ると……見る、と……。
「ネコミミが……生え、てる…………また変人かよチクショー!」
「んなっ!? いきなり何言いやがりますかあなたは! 初対面なのに――」
「ウルセー! どうせあんたも私に変なちょっかい出そうとするんだ! 平然と頭にネコミミ乗っけてる奴がまともなわけないもん!」
「こ、これは元から生えてんですよ! ケンカ売りに来たってんなら買ってやるわ、モード・オブ・アマテラス発動!」
「やめなさいアマティ! あなたも誰だか知らないけど少し落ち着きなさい!」
◆――――◆
数分後、私は善良な戦乙女であるアマティに向かって額を床にこすりつけていた。
心についた泥をこすり落とすように。
「や、やめてください土下座なんて。私も抑えがきかなかったところがありますし」
「いえ、ほんと、全部私が悪うございます……迷彩巨乳とか変態忍者とか詐欺猫とか性悪神様のせいで私……私……」
「ほら、もう泣かないの。これ飲んで息を整えなさい」
ミサキが差し出してくれた緑茶ヂェリーを私は一息に飲み干した。
ほんのりとした苦みの中にあるわずかな甘みが、溜まっていたストレスを洗い流してくれるようだった。
思い返せば、私は迷彩巨乳と会った日から一週間以上も緊張し続けていた。
変人共と連続で会った日もそうだが、特にセイブドマイスターが手元にないことがとにかく不安だった。
脱いで壁に立てかけたストライカーを手で撫でてみた。
硬質で冷たい触り心地がとても頼もしい。
涙をぬぐって、心優しい二人の神姫に向き直った。
「改めて自己紹介をば……ホノカといいます。本日はですね、物売屋さんにご相談したいことがありましでですね」
「ホノカって、もしかしてやっぱり」
そう言ってアマティはウエストポーチをあさり、中から一枚のカードを取り出した。
神姫サイズのカード、それはまさに一週間前に私が入手したものと同じものだった。
黒い長髪、ストライカー、過剰装飾された巫女装束、そしてセイブドマイスターを携えた、デフォルメされた飛鳥型のイラスト。
『魔法少女セイブドマイスターホノカ ファンクラブ』と記載されたその会員カードは「No.0003」とプリントされていた。
まさかこんな場所で再び見ることになるとは思わなかったけれど、そんなことよりやけにナンバーが若い。
「この魔法少女のホノカさんですか? ですよね、本物ですよね?」
「そうだけど私、このカードを作ったマオチャオを探してるのよ。騙されて武器を盗まれたの。ねえアマティ、そのカードを作ったやつのこと知らない?」
そう聞いた途端にアマティの顔がこわばり、みるみるうちに青ざめていった。
そしてアマティの首がとてもぎこちなくミサキの方を向き、ミサキは悟りきったように首を振った。
再びオイル切れの人形のように私に向き直ったアマティは、まるで私が悪鬼羅刹の類に見えているような目をしていた。
蒼い眼球がしきりに動き、挙動不審のお手本のようだ。
私が黙って見つめていると、アマティは震えた声を絞り出した。
「その……ホノカさんがおっしゃったマオチャオというのは……いえ、確認なんですけど……なんといいますか…………本当に、その、マオチャオ型でした……ですよね?」
「ええそうね。私は腐っても飛鳥型だから目には自信あるし、間違いないわ」
「で、ですよね。 ……もしかして、いえあくまで推測なんですけど、そのマオチャオって、しゃべる時に語尾に『にゃ』を付けたり……してません、よね?」
「付けまくってたわね。会ってから別れるまで『にゃ』って言い続けてた」
「あ、あはは……そうですか……」
アマティの挙動が加速度的におかしくなっていく。
逆にミサキの岩のような落ち着きっぷりと比べるともはやコントだ。
「え、えーっと……あ、あれ? あはは、すみません……何のお話、でしたっけ?」
「私はあるマオチャオを探している。武器を盗まれた。そのマオチャオは語尾に『にゃ』を付ける。ついでに言うと、あなたの持ってるそのカードの製作者よ。OK?」
「ひいいっ!?」
「じゃあ私からひとつ質問していいかしらアマティ。今あなたの頭の中にいるマオチャオの一人称、ズバリ『ワガハイ』じゃないかしら」
これがトドメとなり、アマティは白目をむいて卒倒してしまった。
仰向けに倒れてしまったネコミミの戦乙女。
口元から吹き出る泡。
この絵面、なかなかにシュールである。
「本当にこの子達は面倒ばかり引き起こすんだから――まあ、火消し役のアマティには同情するけれど」
卒倒した神姫を横にしてもまったく動じない紗羅檀というのも、またシュールだった。
ミサキは「アマティの迎えを呼ばないとね」と言って立ち上がった。
「あなたはここで待っててね。探してるマオチャオを迎えに来させるから」
「知ってるの? そのマオチャオのこと」
「ええ、この店にも何度か来てるわ。この界隈でカグラに迷惑をかけられたことのない神姫は一人だっていないわよ」
そんなことをぼやきながら店の奥に下がっていくミサキは、何故だか楽しそうに見えた。
◆――――◆
外が暗くなりはじめた頃、二体の神姫がやって来た。
片方は見知らぬマオチャオだった。
全身のパーツがちぐはぐで、ヘッドセットの下からのぞく目が少し怖い。
そしてもう一匹は……。
「おっ、来た来た。ね~こ~さ~ん、あっそび~ましょ~」
「イィヤッホォォイ! 遊ぶにゃ遊ぶにゃ! 何して遊ぶにゃ? 何して遊ぶにゃ?」
「そうねぇ~、サッカーなんてどうかしら」
「やるにゃやるにゃ! サッカーするにゃ! ワールドカップとか開いちゃうにゃよー!」
「じゃあお前ボール役な」
私が垂直に振り上げた右足がクソ猫の股を割り、めり込んだ。
鈍く重い股関節の感触が足から伝わる。
その感触はクソ猫の股間から腹部、胸部、首、頭へと突き抜け、大きな瞳を真っ白に変えた。
クソ猫はバッテリーが切れたように膝から崩れ落ちる――でもこのまま眠らせやしない。
首を掴んでクソ猫を支えた私は、青ざめた顔面へ渾身の右ストレートを叩き込んだ。
「おごぺっ!?」
めり込む拳。
溢れ出す異音。
拳を引きぬいた私は、次は蛇のようにうねるフックを繰り出した。
「てびにょっ!?」
そして間を置かずマシンガンの如く打ち出すパンチパンチパンチ。
マオチャオ型は比較的頭のサイズが大きいから殴りやすい。
それにプニプニしていて、とても殴り心地がよかった。
「ぷぎゃっ! ちょ、ハ、ハンド! レッドカード! サッカーは手を使っちゃいけないんにゃよ!」
「何枚、カードを、もら、おう、とも、あんたが、泣くまで、殴るのを、やめない!」
「泣いてる! もう泣いてますから! 涙と一緒にコンデンサーとか出てきそうにゃ!」
私がさらに鉄槌を下そうとすると、ミサキが割り込んできた。
「気持ちは分かるけど店内での暴力行為はなるべく控えて頂戴。それでカグラ、あなた彼女の武器を盗んだんですってね。早く返してあげなさい」
「あ~死ぬかと思ったにゃ……んで、それにゃんだが……にゃ、にゃあホノカ、すまないんにゃがアレ、もうちょっとだけ貸しておいてほしいんにゃ」
「ふざけないで。一週間って約束だったじゃない。もう十分見たでしょ、なんで延長すんのよ」
「それはだにゃ……そ、そう! あまりにカッコ良すぎて一週間ず~っと見とれちゃって、ワガハイ採寸とか撮影とかするのをうっかり忘れちゃったんにゃよー。いやぁーうっかりにゃ。ワガハイとしたことがうっかり獣兵衛にゃ」
そう言うクソ猫、カグラの目は泳ぎまくっていた。
怪しい、怪しすぎる。
カグラに詰め寄ろうとした時、これまでカグラがボコボコにされようと黙って見ていた暗いマオチャオが唐突に口を開いた。
「おいカグラ、貴様が言ってる武器とやらは、あの分解して型を取ろうとした時に部品を失くして元に戻せなくなったヤツのことか?」
「にゃ!? にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃんのことを言ってるにゃほむほむ!? こ、こんな時にその冗談は笑えないにゃよ?」
「失くした部品ならもう諦めたほうがいいぞ。一昨日、主殿が部屋中に掃除機をかけたからな。恐らく今頃はゴミ焼却場だろう」
「諦めるのはまだ早いにゃ! あの狭い部屋にゃ、よく探せばきっとどこかに……ハッ!? ………………待つにゃホノカ、オマエはたぶん大きな勘違いをしてるにゃ。きっとワガハイの話を聞けば分かるにゃぎゃっ!? ちょっ、マジで悪かったと思ってるにゃ! 構造が簡単だったからワガハイちょっと油断して中のバネで何かの部品が飛んでって、いやホント悪かったにゃ! 謝るから許し、ひっ、あっ、あ゙――――――――――っ!!!!」
◆――――◆
「で、この有り様か」
深夜、マスターが寝た頃を見計らってコッソリと帰った私を待ち構えるように神様がいた。
私が持ち帰ってきたビニール袋、その中にはバラバラになった挙句部品の足りないセイブドマイスターと、賠償金の五万円が入っている。
カグラを痛めつけた後、あいつらの家まで行って無残な姿になった愛機を奪還した。
事情を知ったあいつらのオーナーは大慌てでATMまですっ飛んでいき、私に五万円を握らせた。
もう一度部屋の隅々まで探してみる、そう言っていたが期待するだけ無駄だろう。
「むしろ良かったんじゃないか。五万もあればもっと上等な装備を揃えられるぜ。いやむしろ今まで、何十年も前の哨戒艇からもぎ取ってきたような機関砲でよく戦ってきたもんだ。これを期に装備の近代化を図るべきだな」
「ばか、古いとか新しいとかそんな問題じゃないのよ。だってこの銃は……」
マスターからの――。
「この銃は? ん? どうしたんだ?」とニヤニヤと笑いながら顔を覗きこんでくるこいつは、本っ当にムカつく。
絶対どこかに不具合があるでしょ、このオールベルン。
フロントラインに爆発の危険があるって密告してやろうか。
「まぁ君の趣味はどうだっていいが、メインウェポンがそんな有り様でどうする気だ。せっかく三人目の『マッドサイエンキャット』を倒したってのに、武器がなきゃ次が戦えないぜ」
「へ? 倒したって、私が?」
「おいおい、今日の出来事を忘れるって君、認知症の気があるんじゃないか。マウントポジションから50発くらい殴ってダウンさせただろう」
「え、ええええ!? まさか『マッドサイエンキャット』ってカグラのことだったの!? あの貫禄のかけらもないクソ猫が!?」
「一部界隈であまりに有名なマオチャオなもんで、君には敢えてあんまり浸透してない呼び名を教えてやったんだがね。ふむ、やはり物売屋のヒントはサービスが過ぎたか」
「じゃあ、あいつがマオチャオ達のリーダーで、怪しげなAIパッチを作って公開してるってこと? 嘘くさー」
「疑うんなら例のサイトをまた覗いてみろよ。『マッドサイエンキャット』の技術力の恐ろしさを身をもって知ることができるぜ」
神様に促されてマスターのパソコンを起動し、AIパッチが無料公開されている悪質なサイトを開いた。
相変わらず赤と黒の配色が悪趣味なサイト【 自 己 責 任 】(これ本当にサイトの名前なのかしら?)には怪しげなパッチが並んでいる。
無料パッチの紹介を流し見ながら画面を下にスクロールしていくと、一番下にひとつだけ、パスワードロックされた項目が追加されていた。
文字を入力する箇所が二つある。
「このコンテンツは『魔法少女セイブドマイスターホノカ ファンクラブ』会員様のみご利用頂けます。会員カードをお持ちの方はカードに記載してある8桁の番号とカードNo.を入力してください…………なにこれ。ねぇなにこれ」
「どれ、僕が入力してやろう」
そう言って神様はどこからか見覚えのあるカードを取り出した。
なんでこいつまでファンクラブに入ってんのよ。
「当然入らないわけにはいかないだろう、君と僕の仲じゃないか――そら、開けたぞ。見てみるといい」
神様が開いたのは動画ファイルだった。
再生すると、真っ暗な画面に映しだされたのは会員カードに描かれたものと同じ、私のデフォルメされた絵だった。
それが三秒くらいで消えて、本編が始まった。
アニメ絵ではなく実写のようだ。
画面は薄暗く、手振れのせいかうまく定まっていない。
素人カメラのレンズの先には、三人の神姫がいる。
マフラーを巻いたフブキ弐型とミズキ弐型、そして髪の長い飛鳥型。
飛鳥型は両手足を拘束されていて、どこかの路地のアスファルトにうつ伏せに転がされている。
『どうせこの後で廃棄処分されるなら、今』『ここで姉さんのこと潰してもいいんスからね』
忍者達がそう言って飛鳥を脅し、怯えきった飛鳥の目から涙がこぼれ落ちた。
『よく分かってるじゃないスか姉さん、そうっス、静かにしててほしいんスよ。自分らも姉さんに危害とか加』『えたくないんスよ。そのまま大人しくしててくれたら自分ら、姉さんのこと精一杯気持よくさせるっスから』
弱いものに対して一方的に振りかざされる悪意。
その汚れた手が飛鳥の袴を掴んで剥がし、お尻に伸びる――そこで私は動画を止めた。
「え? ……………………エ?」
「非公式ファンクラブのためにここまでやるとは、サービス精神旺盛だなあ君は。ファンを大切にしたい気持ちは分かるが、神様的にアダルトビデオ出演はちょっとやりすぎだと思うぜ」
「待ッテ。ナニコレ。エ、ダッテアレ、幻覚ジャ……待ッテ、ナンデ……」
「僕の会員ナンバーが0136だから、恐らくあと135人以上はこれを見れる計算になるな。神姫の人口がどれくらいかは知らないが、そこそこの知名度じゃないか。それに会員外の連中にまで出回ったらファンが爆発的に増えるだろうぜ。まぁ少々、趣味の層が偏るだろうがね」
「ア、ア、…………アのクソねこぉぉぉおおおおおおおおおっ!!!!!!」
ストライカーに脚を突っ込み、窓ガラスを突き破って向かう先は言うまでもない。
コロス。
ゼッタイコロス!!
「やれやれ、夜中だってのに元気のいいことだ。 ――しかし彼女のメインウェポンが無いままだと僕の楽しみも減ってしまうな。ふむ、四人目の相手に『ウェポンスミス』でも紹介してやるか。まったく彼女は本当に運がいいな。こんなにも凡俗なる個人を気にかけてやる神様は他にいないぜ」
◆――――◆
不幸中の幸い……と言えるのかどうか分からないけど、あの動画ファイルがアップロードされたのは私が気づく三時間ほど前のことだったようだ。
意識を取り戻したクソ猫が、何を思ってかの犯行だったらしい。
私のバッテリーギリギリまでクソ猫を殴り続け、意識不明のクソ猫の代わりにオーナーにAIパッチサイトを閉鎖させた。
そして翌日から、平身低頭のアマティ、やる気のないほむほむ、ボロ雑巾のままのクソ猫を連れて、ファンクラブ会員の連中のところをリストを元に一軒一軒回って火消しを行なっていった。
AIパッチサイトの存在を知る神姫は多くないとはいえ、僅かでも痕跡を残すわけにはいかない。
クソ猫の発明品で記憶を改ざんした後、パソコンをチェックして動画を保存していないかを確認して回る……200人弱の会員全員を回るのにたっぷり二週間を要した。
最後の一人の対応を終えてやっと一息ついた私は、会員の中にハルがいなかったことを神様(胡散臭いオールベルンじゃなくて超現象的な本物)に感謝した。
三人目
『マッドサイエンキャット』
もとい
『クソ猫』
猫型マオチャオ
カグラ
撃破完了!
&bold(){[[次話 『ウェポンスミス』>『ウェポンスミス』]]}
&bold(){[[トップへ>15cm程度の死闘]]}
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