「第二話:面割姫」(2012/10/11 (木) 22:31:59) の最新版変更点
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第二話:面割姫
近くの喫茶店に足を踏み入れる。通学路、国道からも離れており、そこは静かだった。人の集まり具合はまぁまぁでどの人も都会の喧騒を避けたいと思っていそうな顔をして、コーヒーやら紅茶やらをすすっている。
俺もたまに真那を連れてここにはくるのだが、今回連れてきたのは……。
「へぇ……。こんな穴場があったんねぇ……。今度、弧域君と一緒に行きたいなぁ」
「おいおい。鉄子ちゃんよぉ。色気づくのは良いけどそれは今度にしようぜ?」
「そうねぇ……」
「いいんじゃないか? その時はごゆっくりってな。割引券でもやろうか?」
「尾上君まで!」
この厄介者共である。正体を隠しきれなかった自分の落ち度だがどうしたものか……。そんな事を考えながら俺は席に二人を案内するとアイスティーを二人分頼んだ。
「で、何でわかった?」
「何でって言われると……なんとなく、やね。私は弓道部にいて、君が剣道部にいたのは見ていて顔は知っていたし、それで大学で同じ顔を見たから、もしかしたらって思って」
竹櫛は遠慮しがちな口調で俺の質問に答える。
要するに見つけたのは偶然だが、表の顔をすでに知っている事、裏の顔の証拠であるさっきの画像から、話しかけて人違いであるという可能性はないと考えての行動のようだ。二つの顔を見た上でのそれならおかしくはない。
「なるほどな。近くの奴に気を配りきれていなかったか……」
「ところで何で正体を隠そうとするん? 別にこの大学なら恥ずかしいところじゃ……」
「俺は元々、神姫を気味が悪いと思っていた。友人も例によってそういう類の奴らばっかりで大っぴらにはできん」
守を初めとする神姫とは縁遠い友人が多いのは俺がそういう人間だったからだ。変わった自分がなんと思われるのか、まだわからない。俺の状況を不思議そうに聞いている鉄子の様に簡単とはいくまい。
「確かにそういう人達もいるから何とも言えない所かもだけど、『双姫主』なんて珍しいから他の人から漏れるんじゃないかな? それに、その友達は神姫を持っただけで離れて行ってしまうん?」
「わからん。だからこそ、今は隠す。そういう奴なのか、そうでない奴なのかを知っておくためにな」
「なぁんだ。要するに友達にバレるのが怖いってだけじゃん。意気地なしだなぁ」
おしとやかな竹櫛とは対照的にテーブルを占拠しているコタマは鬼の首を取ったかのようにドヤ顔で俺に質問をしてきた。
しかしその言葉は間違っていない。恐れは確かにあるのだから。
「何とでも言え。それが『俺』だ」
「張り合いねぇな」
「そこでムキになる方が下策さ。特にお前の様なお調子者の相手にはな」
「んだと!?」
「それが下策ってんだ。そうなった方が負けだ」
挑発のカウンターをするとコタマはそれにつられて怒り出す。
挑発をかわすのは慣れている。神姫関連でそんな事は日常茶飯事だったのだから正体バレに比べれば楽なものだ。
「ははは。コタマも形無しだなぁ。さすが双姫主? ……ってダメだよね」
「ああ。すまんが、言わないでくれると助かる」
「くっそぉ! 勝負だ! お前の正体を賭けてだ!」
頭にきたコタマがいきなり勝負を仕掛けてきた。その内容は勝っても負けても微妙なことになりそうなものである。
「ああ。コタマったら……。尾上君。この子の言う事は聞かんくていいからね? 私は押し付ける気、あらへんから……」
「……いいだろう。こいつは腹いせにバラすのが目に見えている」
「えっ」
「っしゃあ! なら、勝負だ。ただ、戦うんじゃ面白くねぇ。アクセルロンドだ。アクセルロンドで勝負だ!!」
随分と変化球なルールできたものだ。一応、俺もその経験はあるが、あれほど風変わりなものもないだろうに、このキツネも物好きなものだ。
「……構わないが、お前が負けたらどうするんだ?」
「お前の正体は言わないことを約束してやる!」
ひとまず、これで正体を言わない確約を取り付けた。これで勝てばこいつも大人しくなるだろう。見た所、口が悪くともまがった事が嫌いで約束はしっかり守ってくれそうだ。
「それでいい。勝負は今週末の土曜日にどうだ?」
「それならええよ。バイトも丁度空いていたし」
「OK! 三対三だからちゃんと人を集めてこいよ!」
「それはいいが、メンバーに俺の事をバラすなよ?」
「……わぁってんよ」
「ごめんね。コタマのわがままを聞いてくれて……」
「気にするな。どうしてもって言うならこいつの手綱をしっかり握っててくれ」
「う~ん……。努力してるけど、難しいんよね……」
「それもそうか。苦労してるな」
「おいコラ! そりゃどういう事だよ!」
竹櫛の言葉に同情する俺にコタマが首を突っ込んでくる。察していない所を見ているとやはりというべきか気づいていないらしい。
「オーナーの苦労ってヤツさ。……アイスティーが来たからテーブルのど真ん中にいるのはそろそろやめておいてくれよ?」
「おっと。悪いな。……じゃなくて!」
「あはは。ホント、コタマのペースが狂っとるね。もしかして尾上君の事、気になる?」
「鉄子ちゃん! なに言ってんだぁ!」
コタマの慌てぶりに俺と竹櫛は笑う。なんだかんだ言ってこいつらとは友達にはなれそうな気がしてきた。そもそも悪い奴でもないし、正体バレさえなければ別に何か悪い所なんてない。いいコンビだ。
それを見ながらスマートフォンを取り出す。真那に遅刻のメールを打つためだ。
「誰かにメールするん?」
「ああ。待たせている奴がいるんだ。知らせておこうと思ってな」
「え? 引き止めちゃった?」
「……お前らが正体を知らなければ、今頃そいつと会っていたって事になるな」
俺が言うまでもない事を説明すると竹櫛はバツの悪そうな顔をして謝る。
「それはごめんねぇ。誰と会うん? 恋人さんならなおさら申し訳あらへんねぇ」
「……まぁ、そういう感じのヤツだ」
「へぇ。無愛想そうなこいつにも彼女がいるとは隅には置けねぇなぁ。鉄子ちゃん?」
「え!? 何で私に振るの!?」
「今は三人でもいずれは二人になるかもだからなぁ」
三人から二人。それは竹櫛と一ノ傘が背比を本当の意味でモノにするという事を意味している。こいつらは噂じゃ、恋人と友達などと聞こえてくるが、いずれそういう決着がつくことになるだろう。
その時、まるでライトノベルの様な三人の関係がどういった形のものになるのか、真那一人に決め終わっている俺には想像がつかない。
結果は……怖くて聞けそうにない。
「何にしても悔いの残らない様にな」
「え? 何で二人して……」
「心配ってヤツさ。まぁ、その辺は追々考えるとして、ミコちゃんよ。行ってやんなよ。話は一通りしたろ?」
コタマは空気を読んでくれて、俺に行くように促した。
「ああ。そういってくれると助かる。俺のは待たせると何をするかわからんはねっかえりなんでな」
「お~お~。じゃじゃ馬娘ってヤツか。確かにお前の好みそうなもんだ」
「想像に任せる。竹櫛と一ノ傘をどっちか選ぶのと比べると……そっちの方が大変そうかもな」
「ま、そうかもな。ほら行きなよ。待たせてくたばっても知らね~ぞ」
「そうだな。急ごうか。勘定はこっちで済ませておくから後はゆっくりしていてくれ」
「あ、ありがと……」
「何、気にすんな。背比の事、応援してるぜ」
「ちょ、ちょっと!」
その言葉に返事せず、俺はアイスティーの勘定を済ませると、何とか少しでもセンターに行くべく急ぐ事にした。
「ミコちゃん、正体バレたの!?」
「ああ。ヤバい事になった。このままだと俺の正体が大学中に知れ渡る羽目になるかもしれん」
場所は変わって神姫センター。遅刻のメールを送り、待ち合わせ場所で事情を説明すると遅刻を怒るよりも俺の正体がバレそうになっている事の驚きが上回ったのか、そんな返事が真那から飛んできた。
「ミコちゃんの友達に知られたら……つらいわね」
状況をこれまで聞いてきた話から察してきた真那が心配そうな目を向ける。こいつにしては珍しいが、本気で心配してくれているようだ。
「ああ。全くだ。だから今週末、そいつと正体を賭けた戦いをする。もっとも、勝負したがっているのは神姫の方でマスターは勝敗関わらず喋らないでくれそうなもんだが」
「アクセルロンドのメンツは?」
「蒼貴と紫貴、それともう一人だ。真那は今週末は平気か?」
「学校の用事があるけど、何とか間に合わせるようにする」
「いいのか? 用事ってなんだよ」
「ちょっと……レポート」
「はぁ? なんのだよ?」
「心理学の」
用事とは何かと思えば俺と同じだった。こいつの場合はどうにも計画をしていないらしく、自信のなさそうな顔をしている。このままでは俺の対戦を気にし過ぎて自爆するのは確かそうだ。
「……しゃあねぇな。俺も心理学のレポートがある。一緒にやるか?」
「いいの!? やった!!」
「喜ぶのは良いが、代わりに書くなんてのはしねぇぞ?」
「それでもよ。助かるわ。文才ないし」
「さいで……」
「ところで蒼貴はどうするの? バックユニットなんてないでしょ?」
「一応あるぞ? サマーフェスタでたっぷりいただいたからな」
そう。イリーガルマインド騒動の時に参加していたサマーフェスタで色々な装備を手に入れていた。
その中には一つ、いいバックユニットがあるのだ。
それは不死鳥の翼。鳥の様に動くことのできる翼型のバックユニットで飛行機にはできないトリッキーな動きができる。これなら蒼貴の機動にも対応してくれるだろう。
さらに武器も多く手に入ったので蒼貴と紫貴に色々と装備させておく予定だ。
「そういえばその不死鳥の翼って何か組み合わせがなかったっけ?」
「あったな。不死鳥の尾ってのはさすがに持っていないが」
「それを付けたら?」
「そうだな.。あれば、やれることが増える」
「確か、リップル辺りで売ってるわね。お金はあるの?」
「それに関して一つ手がある」
俺はカバンから三枚の紙を取り出した。それはこれまで一枚も使っていなかったパーツレンタルの試用チケットだった。
「それまだ持っていたの? よく使わずに頑張ってこられたわね……」
「蒼貴と紫貴が上手くやってくれるから、これを使う機会もなくなってしまってな」
「ああ……。納得……」
呆れる真那に苦笑で返した。蒼貴と紫貴がこれまであるもので対応してくれたおかげでそれを使うまでもなく、これまでを切り抜けてきた。
もう使う事もない、そう思っていたが、そういう訳にもいかなくなった。正体は守るためには使える手はいくらでも使う。尾を使わせてもらって便利なら本格的に買うのも悪くないから、いい機会でもあるかもしれない。
「ホント、あんた達はそんな装備でやるわよね。何個かいらないパーツでも進呈してやろうかしら? レポート手伝ってくれる代わりに」
「一番いい技を用意しているからさ。レポートの代金はいらんよ。俺はお前を助けたいからそうするだけだからな」
「なっ!? 何を言ってんのよ!!」
「お前が俺を助けてくれるように、俺もお前を助けたい。それじゃダメか?」
「もう、何でそんなカッコつけな言葉をナチュラルに言えるのよ……」
「当たり前の事を言っただけなんだが……」
「ああ! もう! 知らない! 知らないわよ!! ほら! アクセルロンドの練習にしましょう! どういう走り方をするかとか考えるんでしょ!?」
「あ、ああ。そうだな。アイテムの使い方、走行手段とか作戦は組んだ方がいい」
何だかこいつの顔が赤い。随分と焦っていたようだが、なんだというのだろうか。
だが、これにツッコむと面倒なことになるのはわかったので、俺は大人しく、真那のアクセルロンドの特訓に付き合う事にした。これ以上怒られてもしょうもない。
そして今週末の土曜。俺と真那はレポートを終わらせ、アクセルロンドの特訓を終えて、『ポーラスター』に足を踏み入れた。そこはいつもの通りのバトルロンドの光景が広がっていたが、今回はそちらに用は無い。
アクセルロンドに設定可能なシミュレータ。それが今回の戦いの舞台となる。そこに足を運ぶとそこには竹櫛とコタマ、そして……
「へぇ。本当に来たのね。双姫主」
「助っ人を頼むって言われて来たけど、驚いたな。どうしてそうなったし」
男女が一人ずつ。真那と似たタイプの性格そうで、彼女より胸の大きい女性の方は知らないが、男の方は梨々香を助けた時に見た事がある。確か、ノーザンクロスでメルというアルトアイネスを操っていた貞方祥太だ。まさかこうして会う事になろうとは世の中、わからないものだ。
「うん。ちょっと事情があってね」
「僕が尊です。よろしくお願いします」
「普通にしゃべってくれていいわよ。私は峰山愛。鉄子の頼みで来たのよ」
「そうか。わかった」
「双姫主と戦える事に釣られているって感もあるけどー?」
「レーヴェ! ……まぁ、否定しないわ。あれだけ噂になっているんだから」
レーヴェというらしいのんびり屋そうなアルトレーネが愛の本音をぶちまけて峰山がツッコむ。まぁ、何とも性格的な意味で相性良好そうなコンビだ。戦いでもこんな調子だったりするのだろうか。
「俺は……」
「お前は知っているぞ。貞方祥太だったな」
貞方の方は既に知っているのでこちらから名前を言ってみせる。
「な、何で知ってんだ!?」
「ノーザンクロスで対戦しているのを見た事があってな。フランドールとの対戦、途中までしか見れなかったが、良い腕だった。今から戦える事を楽しみにしてるぜ」
「お、おう。よろしく頼む」
いきなり名前を当てられて戸惑った様子だったので、俺は緊張をほぐすのも兼ねて素直な腕前の感想を言う。そうすると貞方は戸惑いがすっかりなくなったようでニッと笑ってみせる。
自己紹介が終わって、簡単な経緯を俺と竹櫛で口裏を合わせて、話をする。言ってしまえばイベントで会った間柄という事で、対戦を竹櫛から申し込んだというシナリオだ。その話の中で複数人集めるのに予定が合ったのが竹櫛は友人であるらしい峰山、実は知っているが、竹櫛の同級生でもある貞方という事を知る事ができた。
背比や一ノ傘を連れてくるかと思ったが、今日は予定が合わなかったのだろうか。
「ひとまず、そんな感じでアクセルロンドをすることになったんよ」
「ふぅん。イベントがなんなのかは気になるけど……」
「いや、それは……」
「神姫センターのサマーフェスタ。そこで景品の揉め事で知り合った」
「そ、そうそう。そういう事」
「まぁ、実際は私がそうなってミコちゃんを巻き込んだんだけどね」
少々疑われてもいるが、何とか俺と真那で嘘と本当が混ざったフォローを入れて誤魔化す。疑われる度に「俺が」冷や汗もんだ。
「ああ。あそこなら確かに縁もありそうなもんだよな。背比から乗換でも企んでたり?」
「そうやないっ。それに尊君は既に彼女持ちや」
「なるほど。まぁ、鉄子が背比の事は決着ついたって言ってたけど、それで終わるとは限らないもんね」
「な、何言ってん……」
今度は鉄子に矛先が向く。どうも一週間の内に背比の件は決着が付いたらしいが、この様子だと第二ラウンドでもこの先起きるのではと仄めかしているように見える。三角関係にはまだ続きがあるとでもいうのだろうか。
それにしても随分と仲がいいように思える。同じ大学の貞方はともかく、峰山は大学で見た事がない顔だ。もし別の大学の人間だとしたら竹櫛も竹櫛で交友関係は広い方という事になりそうだ。
「あ~、皆さん。そろそろ本題と行かない? アクセルロンド、やるんでしょ?」
珍しく真那が止めに入り、話を進める。そうすると竹櫛チームは竹櫛いじりをやめてこちらに目を向けてくる。
「そうだな。じゃあ、走る順番を言おうか」
「こっちはメル、レーヴェ、コタマって順番や」
「なるほど。俺の方はルナ、紫貴、蒼貴だ」
「OK。じゃあ、まずは同級生君のお手並みでも見ますか」
「期待されちゃ、行かない訳にはいかんな。行ってくるぜ」
「真那、頼むぞ」
「ええ。まっかせなさい」
先鋒である真那と貞方が前に出て、それぞれの神姫をアクセルロンド仕様のシミュレータにセットする。
『System AccelRondo Complete』
そうする事でシミュレータは起動し、アクセルロンドの画面へと変更される。現れたフィールドはオーソドックスなサーキットコース。特に遮蔽物のないシンプルなものだ。
そこにルナとメルが転送される。メルはノーマルなアルトアイネス装備、ルナはアーンヴァル装備を中心としてMk-2、エウクランテの物も混ぜた混合装備だ。
「よろしくお願いしますっ」
「こっちこそよろしく。駆けっこだからって手加減はしないよ!」
互いに挨拶をし、スタートラインに立つ。そして互いのバックユニットのエンジンに火を付けてスタートダッシュの準備に入る。
『Get Ready!! ……3……2』
カウントダウンが近づくと共に二体の神姫のエンジンが唸りを上げていく。これからレースが始まる。この戦いは俺の正体を賭けた戦いだ。負ける訳にはいかない。
『……1』
カウントが終わると同時にスタートのシグナルが甲高く鳴り、ルナとメルが空へと走り始めた。
15周の疾走が始まった。理由は誇れたものではないが、俺の正体を守り通してみせる。何もわからない今、正体をバラすわけにはいかない。
[[前へ>第一話:仮装姫]]
第二話:面割姫
近くの喫茶店に足を踏み入れる。通学路、国道からも離れており、そこは静かだった。人の集まり具合はまぁまぁでどの人も都会の喧騒を避けたいと思っていそうな顔をして、コーヒーやら紅茶やらをすすっている。
俺もたまに真那を連れてここにはくるのだが、今回連れてきたのは……。
「へぇ……。こんな穴場があったんねぇ……。今度、弧域君と一緒に行きたいなぁ」
「おいおい。鉄子ちゃんよぉ。色気づくのは良いけどそれは今度にしようぜ?」
「そうねぇ……」
「いいんじゃないか? その時はごゆっくりってな。割引券でもやろうか?」
「尾上君まで!」
この厄介者共である。正体を隠しきれなかった自分の落ち度だがどうしたものか……。そんな事を考えながら俺は席に二人を案内するとアイスティーを二人分頼んだ。
「で、何でわかった?」
「何でって言われると……なんとなく、やね。私は弓道部にいて、君が剣道部にいたのは見ていて顔は知っていたし、それで大学で同じ顔を見たから、もしかしたらって思って」
竹櫛は遠慮しがちな口調で俺の質問に答える。
要するに見つけたのは偶然だが、表の顔をすでに知っている事、裏の顔の証拠であるさっきの画像から、話しかけて人違いであるという可能性はないと考えての行動のようだ。二つの顔を見た上でのそれならおかしくはない。
「なるほどな。近くの奴に気を配りきれていなかったか……」
「ところで何で正体を隠そうとするん? 別にこの大学なら恥ずかしいところじゃ……」
「俺は元々、神姫を気味が悪いと思っていた。友人も例によってそういう類の奴らばっかりで大っぴらにはできん」
守を初めとする神姫とは縁遠い友人が多いのは俺がそういう人間だったからだ。変わった自分がなんと思われるのか、まだわからない。俺の状況を不思議そうに聞いている鉄子の様に簡単とはいくまい。
「確かにそういう人達もいるから何とも言えない所かもだけど、『双姫主』なんて珍しいから他の人から漏れるんじゃないかな? それに、その友達は神姫を持っただけで離れて行ってしまうん?」
「わからん。だからこそ、今は隠す。そういう奴なのか、そうでない奴なのかを知っておくためにな」
「なぁんだ。要するに友達にバレるのが怖いってだけじゃん。意気地なしだなぁ」
おしとやかな竹櫛とは対照的にテーブルを占拠しているコタマは鬼の首を取ったかのようにドヤ顔で俺に質問をしてきた。
しかしその言葉は間違っていない。恐れは確かにあるのだから。
「何とでも言え。それが『俺』だ」
「張り合いねぇな」
「そこでムキになる方が下策さ。特にお前の様なお調子者の相手にはな」
「んだと!?」
「それが下策ってんだ。そうなった方が負けだ」
挑発のカウンターをするとコタマはそれにつられて怒り出す。
挑発をかわすのは慣れている。神姫関連でそんな事は日常茶飯事だったのだから正体バレに比べれば楽なものだ。
「ははは。コタマも形無しだなぁ。さすが双姫主? ……ってダメだよね」
「ああ。すまんが、言わないでくれると助かる」
「くっそぉ! 勝負だ! お前の正体を賭けてだ!」
頭にきたコタマがいきなり勝負を仕掛けてきた。その内容は勝っても負けても微妙なことになりそうなものである。
「ああ。コタマったら……。尾上君。この子の言う事は聞かんくていいからね? 私は押し付ける気、あらへんから……」
「……いいだろう。こいつは腹いせにバラすのが目に見えている」
「えっ」
「っしゃあ! なら、勝負だ。ただ、戦うんじゃ面白くねぇ。アクセルロンドだ。アクセルロンドで勝負だ!!」
随分と変化球なルールできたものだ。一応、俺もその経験はあるが、あれほど風変わりなものもないだろうに、このキツネも物好きなものだ。
「……構わないが、お前が負けたらどうするんだ?」
「お前の正体は言わないことを約束してやる!」
ひとまず、これで正体を言わない確約を取り付けた。これで勝てばこいつも大人しくなるだろう。見た所、口が悪くともまがった事が嫌いで約束はしっかり守ってくれそうだ。
「それでいい。勝負は今週末の土曜日にどうだ?」
「それならええよ。バイトも丁度空いていたし」
「OK! 三対三だからちゃんと人を集めてこいよ!」
「それはいいが、メンバーに俺の事をバラすなよ?」
「……わぁってんよ」
「ごめんね。コタマのわがままを聞いてくれて……」
「気にするな。どうしてもって言うならこいつの手綱をしっかり握っててくれ」
「う~ん……。努力してるけど、難しいんよね……」
「それもそうか。苦労してるな」
「おいコラ! そりゃどういう事だよ!」
竹櫛の言葉に同情する俺にコタマが首を突っ込んでくる。察していない所を見ているとやはりというべきか気づいていないらしい。
「オーナーの苦労ってヤツさ。……アイスティーが来たからテーブルのど真ん中にいるのはそろそろやめておいてくれよ?」
「おっと。悪いな。……じゃなくて!」
「あはは。ホント、コタマのペースが狂っとるね。もしかして尾上君の事、気になる?」
「鉄子ちゃん! なに言ってんだぁ!」
コタマの慌てぶりに俺と竹櫛は笑う。なんだかんだ言ってこいつらとは友達にはなれそうな気がしてきた。そもそも悪い奴でもないし、正体バレさえなければ別に何か悪い所なんてない。いいコンビだ。
それを見ながらスマートフォンを取り出す。真那に遅刻のメールを打つためだ。
「誰かにメールするん?」
「ああ。待たせている奴がいるんだ。知らせておこうと思ってな」
「え? 引き止めちゃった?」
「……お前らが正体を知らなければ、今頃そいつと会っていたって事になるな」
俺が言うまでもない事を説明すると竹櫛はバツの悪そうな顔をして謝る。
「それはごめんねぇ。誰と会うん? 恋人さんならなおさら申し訳あらへんねぇ」
「……まぁ、そういう感じのヤツだ」
「へぇ。無愛想そうなこいつにも彼女がいるとは隅には置けねぇなぁ。鉄子ちゃん?」
「え!? 何で私に振るの!?」
「今は三人でもいずれは二人になるかもだからなぁ」
三人から二人。それは竹櫛と一ノ傘が背比を本当の意味でモノにするという事を意味している。こいつらは噂じゃ、恋人と友達などと聞こえてくるが、いずれそういう決着がつくことになるだろう。
その時、まるでライトノベルの様な三人の関係がどういった形のものになるのか、真那一人に決め終わっている俺には想像がつかない。
結果は……怖くて聞けそうにない。
「何にしても悔いの残らない様にな」
「え? 何で二人して……」
「心配ってヤツさ。まぁ、その辺は追々考えるとして、ミコちゃんよ。行ってやんなよ。話は一通りしたろ?」
コタマは空気を読んでくれて、俺に行くように促した。
「ああ。そういってくれると助かる。俺のは待たせると何をするかわからんはねっかえりなんでな」
「お~お~。じゃじゃ馬娘ってヤツか。確かにお前の好みそうなもんだ」
「想像に任せる。竹櫛と一ノ傘をどっちか選ぶのと比べると……そっちの方が大変そうかもな」
「ま、そうかもな。ほら行きなよ。待たせてくたばっても知らね~ぞ」
「そうだな。急ごうか。勘定はこっちで済ませておくから後はゆっくりしていてくれ」
「あ、ありがと……」
「何、気にすんな。背比の事、応援してるぜ」
「ちょ、ちょっと!」
その言葉に返事せず、俺はアイスティーの勘定を済ませると、何とか少しでもセンターに行くべく急ぐ事にした。
「ミコちゃん、正体バレたの!?」
「ああ。ヤバい事になった。このままだと俺の正体が大学中に知れ渡る羽目になるかもしれん」
場所は変わって神姫センター。遅刻のメールを送り、待ち合わせ場所で事情を説明すると遅刻を怒るよりも俺の正体がバレそうになっている事の驚きが上回ったのか、そんな返事が真那から飛んできた。
「ミコちゃんの友達に知られたら……つらいわね」
状況をこれまで聞いてきた話から察してきた真那が心配そうな目を向ける。こいつにしては珍しいが、本気で心配してくれているようだ。
「ああ。全くだ。だから今週末、そいつと正体を賭けた戦いをする。もっとも、勝負したがっているのは神姫の方でマスターは勝敗関わらず喋らないでくれそうなもんだが」
「アクセルロンドのメンツは?」
「蒼貴と紫貴、それともう一人だ。真那は今週末は平気か?」
「学校の用事があるけど、何とか間に合わせるようにする」
「いいのか? 用事ってなんだよ」
「ちょっと……レポート」
「はぁ? なんのだよ?」
「心理学の」
用事とは何かと思えば俺と同じだった。こいつの場合はどうにも計画をしていないらしく、自信のなさそうな顔をしている。このままでは俺の対戦を気にし過ぎて自爆するのは確かそうだ。
「……しゃあねぇな。俺も心理学のレポートがある。一緒にやるか?」
「いいの!? やった!!」
「喜ぶのは良いが、代わりに書くなんてのはしねぇぞ?」
「それでもよ。助かるわ。文才ないし」
「さいで……」
「ところで蒼貴はどうするの? バックユニットなんてないでしょ?」
「一応あるぞ? サマーフェスタでたっぷりいただいたからな」
そう。イリーガルマインド騒動の時に参加していたサマーフェスタで色々な装備を手に入れていた。
その中には一つ、いいバックユニットがあるのだ。
それは不死鳥の翼。鳥の様に動くことのできる翼型のバックユニットで飛行機にはできないトリッキーな動きができる。これなら蒼貴の機動にも対応してくれるだろう。
さらに武器も多く手に入ったので蒼貴と紫貴に色々と装備させておく予定だ。
「そういえばその不死鳥の翼って何か組み合わせがなかったっけ?」
「あったな。不死鳥の尾ってのはさすがに持っていないが」
「それを付けたら?」
「そうだな.。あれば、やれることが増える」
「確か、リップル辺りで売ってるわね。お金はあるの?」
「それに関して一つ手がある」
俺はカバンから三枚の紙を取り出した。それはこれまで一枚も使っていなかったパーツレンタルの試用チケットだった。
「それまだ持っていたの? よく使わずに頑張ってこられたわね……」
「蒼貴と紫貴が上手くやってくれるから、これを使う機会もなくなってしまってな」
「ああ……。納得……」
呆れる真那に苦笑で返した。蒼貴と紫貴がこれまであるもので対応してくれたおかげでそれを使うまでもなく、これまでを切り抜けてきた。
もう使う事もない、そう思っていたが、そういう訳にもいかなくなった。正体は守るためには使える手はいくらでも使う。尾を使わせてもらって便利なら本格的に買うのも悪くないから、いい機会でもあるかもしれない。
「ホント、あんた達はそんな装備でやるわよね。何個かいらないパーツでも進呈してやろうかしら? レポート手伝ってくれる代わりに」
「一番いい技を用意しているからさ。レポートの代金はいらんよ。俺はお前を助けたいからそうするだけだからな」
「なっ!? 何を言ってんのよ!!」
「お前が俺を助けてくれるように、俺もお前を助けたい。それじゃダメか?」
「もう、何でそんなカッコつけな言葉をナチュラルに言えるのよ……」
「当たり前の事を言っただけなんだが……」
「ああ! もう! 知らない! 知らないわよ!! ほら! アクセルロンドの練習にしましょう! どういう走り方をするかとか考えるんでしょ!?」
「あ、ああ。そうだな。アイテムの使い方、走行手段とか作戦は組んだ方がいい」
何だかこいつの顔が赤い。随分と焦っていたようだが、なんだというのだろうか。
だが、これにツッコむと面倒なことになるのはわかったので、俺は大人しく、真那のアクセルロンドの特訓に付き合う事にした。これ以上怒られてもしょうもない。
そして今週末の土曜。俺と真那はレポートを終わらせ、アクセルロンドの特訓を終えて、『ポーラスター』に足を踏み入れた。そこはいつもの通りのバトルロンドの光景が広がっていたが、今回はそちらに用は無い。
アクセルロンドに設定可能なシミュレータ。それが今回の戦いの舞台となる。そこに足を運ぶとそこには竹櫛とコタマ、そして……
「へぇ。本当に来たのね。双姫主」
「助っ人を頼むって言われて来たけど、驚いたな。どうしてそうなったし」
男女が一人ずつ。真那と似たタイプの性格そうで、彼女より胸の大きい女性の方は知らないが、男の方は梨々香を助けた時に見た事がある。確か、ノーザンクロスでメルというアルトアイネスを操っていた貞方祥太だ。まさかこうして会う事になろうとは世の中、わからないものだ。
「うん。ちょっと事情があってね」
「僕が尊です。よろしくお願いします」
「普通にしゃべってくれていいわよ。私は峰山愛。鉄子の頼みで来たのよ」
「そうか。わかった」
「双姫主と戦える事に釣られているって感もあるけどー?」
「レーヴェ! ……まぁ、否定しないわ。あれだけ噂になっているんだから」
レーヴェというらしいのんびり屋そうなアルトレーネが愛の本音をぶちまけて峰山がツッコむ。まぁ、何とも性格的な意味で相性良好そうなコンビだ。戦いでもこんな調子だったりするのだろうか。
「俺は……」
「お前は知っているぞ。貞方祥太だったな」
貞方の方は既に知っているのでこちらから名前を言ってみせる。
「な、何で知ってんだ!?」
「ノーザンクロスで対戦しているのを見た事があってな。フランドールとの対戦、途中までしか見れなかったが、良い腕だった。今から戦える事を楽しみにしてるぜ」
「お、おう。よろしく頼む」
いきなり名前を当てられて戸惑った様子だったので、俺は緊張をほぐすのも兼ねて素直な腕前の感想を言う。そうすると貞方は戸惑いがすっかりなくなったようでニッと笑ってみせる。
自己紹介が終わって、簡単な経緯を俺と竹櫛で口裏を合わせて、話をする。言ってしまえばイベントで会った間柄という事で、対戦を竹櫛から申し込んだというシナリオだ。その話の中で複数人集めるのに予定が合ったのが竹櫛は友人であるらしい峰山、実は知っているが、竹櫛の同級生でもある貞方という事を知る事ができた。
背比や一ノ傘を連れてくるかと思ったが、今日は予定が合わなかったのだろうか。
「ひとまず、そんな感じでアクセルロンドをすることになったんよ」
「ふぅん。イベントがなんなのかは気になるけど……」
「いや、それは……」
「神姫センターのサマーフェスタ。そこで景品の揉め事で知り合った」
「そ、そうそう。そういう事」
「まぁ、実際は私がそうなってミコちゃんを巻き込んだんだけどね」
少々疑われてもいるが、何とか俺と真那で嘘と本当が混ざったフォローを入れて誤魔化す。疑われる度に「俺が」冷や汗もんだ。
「ああ。あそこなら確かに縁もありそうなもんだよな。背比から乗換でも企んでたり?」
「そうやないっ。それに尊君は既に彼女持ちや」
「なるほど。まぁ、鉄子が背比の事は決着ついたって言ってたけど、それで終わるとは限らないもんね」
「な、何言ってん……」
今度は鉄子に矛先が向く。どうも一週間の内に背比の件は決着が付いたらしいが、この様子だと第二ラウンドでもこの先起きるのではと仄めかしているように見える。三角関係にはまだ続きがあるとでもいうのだろうか。
それにしても随分と仲がいいように思える。同じ大学の貞方はともかく、峰山は大学で見た事がない顔だ。もし別の大学の人間だとしたら竹櫛も竹櫛で交友関係は広い方という事になりそうだ。
「あ~、皆さん。そろそろ本題と行かない? アクセルロンド、やるんでしょ?」
珍しく真那が止めに入り、話を進める。そうすると竹櫛チームは竹櫛いじりをやめてこちらに目を向けてくる。
「そうだな。じゃあ、走る順番を言おうか」
「こっちはメル、レーヴェ、コタマって順番や」
「なるほど。俺の方はルナ、紫貴、蒼貴だ」
「OK。じゃあ、まずは同級生君のお手並みでも見ますか」
「期待されちゃ、行かない訳にはいかんな。行ってくるぜ」
「真那、頼むぞ」
「ええ。まっかせなさい」
先鋒である真那と貞方が前に出て、それぞれの神姫をアクセルロンド仕様のシミュレータにセットする。
『System AccelRondo Complete』
そうする事でシミュレータは起動し、アクセルロンドの画面へと変更される。現れたフィールドはオーソドックスなサーキットコース。特に遮蔽物のないシンプルなものだ。
そこにルナとメルが転送される。メルはノーマルなアルトアイネス装備、ルナはアーンヴァル装備を中心としてMk-2、エウクランテの物も混ぜた混合装備だ。
「よろしくお願いしますっ」
「こっちこそよろしく。駆けっこだからって手加減はしないよ!」
互いに挨拶をし、スタートラインに立つ。そして互いのバックユニットのエンジンに火を付けてスタートダッシュの準備に入る。
『Get Ready!! ……3……2』
カウントダウンが近づくと共に二体の神姫のエンジンが唸りを上げていく。これからレースが始まる。この戦いは俺の正体を賭けた戦いだ。負ける訳にはいかない。
『……1』
カウントが終わると同時にスタートのシグナルが甲高く鳴り、ルナとメルが空へと走り始めた。
15周の疾走が始まった。理由は誇れたものではないが、俺の正体を守り通してみせる。何もわからない今、正体をバラすわけにはいかない。
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