「一人と一人」(2012/08/21 (火) 22:33:25) の最新版変更点
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今日も今日とて暑い。天気はいいけど暑い。
夏なんて滅んでしまえばいいのに。心の中で悪態をつきながら、帰路に着く。
自宅の最寄駅からとぼとぼと歩く。駅から家まではそこそこ距離があるのだ。
あるのだが、自転車は使えない。なぜか。
実に単純な話、ただ定期自転車駐輪場の競争に負けたのだ。
……くそう、なんでここはこんなアナクロなんだよう。
あまり広くない駐輪場ゆえ、定員はすぐ埋まってしまう。だが駅を利用する人は結構多い。
ゆえに、場所確保のために競争がはじまるのだ……。大半が、サラリーマン軍団でうまってしまうが。
町内会も、もうちょっと大きくしておくれ、という要望をしに送っているが、手ごたえはいまいちらしい。
……そろそろデモ行進でも始まりそうだ。参加しちゃおうかしら。
時計は6時を回りつつも、外はまだ明るい。
さすがに昼間ほど、というわけじゃないけど、赤く焼けながら、まだまだ電気つけなくても十分なくらい。
何事もなく無事、自宅に到着。周りの平屋に比べて、ちょっと大きめな2階建て
金属の門をくぐって、取り出した鍵をノブに突っ込んで、まわす。あとはドアあけて家の中。
「ただいまぁ」
返事はない。感じるのは、漂う、我が家独特の、なんともいえない匂い。
返事がないのはあたりまえ、家には誰もいないんだから。
我が家の家族構成は、両親と私一人の3人。でも、今は二人とも家にいない。
父さんはなんか、中東でプラント設計やらで、日本にいない。
母さんはいまだ売れっ子のモデルさんで、これまた撮影やらなんやら家にいない。
家族そろうのは、年に二回あるかないか。
最低でも一回はあわせるようにしてるのが、父さんと母さんの決まりごとらしいけど。
まぁ、家に一人っきりなんて、今時よくあることよくあること。
お手伝いさんはいない。防犯上の理由でそういうのはナシだとかなんとか。
だから、おさんどんは全部私。掃除と洗濯は、今時は便利なものがあるので、どうとでも。
料理も、別に何も考えなければ、しなくても何とかなる。
でも、それもなんだかなぁ、というところで、せめて料理は自分でするようにしてる。
お金には困ってないけど、安く上がるし。
さて、今日は冷蔵庫の中身と相談して、なんにするか考えようかな……。
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ざっと作った肉豆腐と、朝作りおいた野菜の煮物、あとごはんと味噌汁を平らげ。
少し後にシャワーで汗を流してさっぱりとした私。ちょっと爪なんか整えながら、リビングでまったり。
バラエティ番組のBGMと笑い声の中、ひゅん、ひゅんと混じる風切り音。
その正体は、リビングの小さいテーブルの上、黒いドレスを着た神姫が、刀を振るっている。
袈裟切り一閃、横凪ぎ一閃、踏み込んで柄打ち、唐竹、すばやく離れ、刃を寝かせて、勢いを付けての突き。そこから横凪ぎ。
スパーリング用のネイキッドモデルがあるわけでなく、ただただ、無心ともいえる表情で、剣を振り続ける。
その神姫は、タマさん。実はタマさんというのは愛称で、ちゃんと登録した名前がある。でも、タマさんと、私は呼ぶ。
ゲーセンや神姫センターで呼ぶと、よくマオチャオ型じゃないのか?と間違えられるのは、まぁ、ご愛嬌。
タン、タタン、タン、タン。
ブーツのカカトがテーブルを叩き、擦る。摺り足に、踏み込み、はたまた地から離れて惑わす足捌き。
白兵での戦闘は、位置取りが重要。この舞踏は、常に動いて、有利な位置取りをとるためのステップ。
気がつけば私は、爪の手入れなんか忘れて、神姫の剣舞に見入っている。
これは、タマさんの毎日の日課。付き合い長いけど、欠かしたところは見たことがない。
生きてる時代を間違えてるんじゃないかなぁ、と思うくらい、剣に打ち込む。
一方の私といえば、まぁ、だらしない女で通ってる。対戦だって初心者じゃないけど、今は、そんなに重きを置いてるわけじゃない。
正直、こんな真剣に打ち込んでいるタマさんに申し訳ないくらいだ。漫才ばっかさせてね。
時々考えてしまうのだ、私のお守りなんかしてるより、ずっと自由に、生きられるような。そんなオーナーがいるんじゃないかって。
上へ上へと上り詰める、私なんかとは比べ物にならないくらい、上昇志向のオーナーが。
「……マスター、物憂げに見られると、ちょっと気になるんだけど。何か、太刀筋違えたところ、あった?」
声をかけられる。はっ、と思わず身体が震えた。
「あ、いや、うんごめん。だいじょぶだいじょぶ、タマさんの剣は変わらず鋭いのでございます」
へらへらと、バカなことをバカ面の仮面で覆い隠す。こういうとき、とっさの猫かぶりは、堂に入ったもんだと思ってしまう。
「なら、いいけど。でも、まだ私は私の剣に満足していない。目指す先は遠い。だがいつか、届かぬものすら斬ってみせよう」
空に浮かぶ、あの月すらも。と、熱のこもった瞳で、窓から覗く月を見上げる、タマさん。
……ああ、私にはもったいない、すごい子だ。
暖かい反面、ちょっと罪悪感が首をもたげて。私は思わず、タマさんの頭を優しく撫でるのであった。
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