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「引きこもりと神姫:11-3」(2012/08/09 (木) 17:40:16) の最新版変更点
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和也は躊躇した。左手で相手の体の大部分を掴んでしまっていたため、あの状況で右手で殴ることが出来るのは顔だけだった。
相手はエウクランテの姿をしているとはいえ、中身は好意を抱く先輩。自らの鉄甲が彼女の顔を物理的に潰すビジョンが頭をよぎり、寸前で止めてしまったのだ。相手が彼女でなければ、顔面だろうがなんだろうが問答無用で叩き潰すことが出来る。しかし、彼女の場合は話が別だ。
彼もこれが真剣勝負であることは理解している。だからこそ躊躇した自分が許せなかった。結果的に手を抜いたことになる。
だが、今はこれからどうするかを考えるべきだった。だからこその“勝負”だ。
和也が勝負を提案したのは理由があった。まず第一に武装があまりにも心持とない。相手はランチャーも短機関銃も持っている。こちらは防壁一つに破城鎚式強化鉄甲のみ。先程の一撃でリアパーツのみならず脚部にまで異常が発生、逃げられたら二度と追い付くことが出来ない。だから相手を止める必要があった。
相手のビークルがゆっくりと上昇する。あの動き、間違いなく相手は固有RAを発動させている。つまり、来る方向は定まっている。だったらそれを返り打ちにするだけ。
(これが正真正銘のラストアタック!)
右手の鉄甲のエネルギーパックはまだ十二分にある。足が心配だがこの際気にしてはいられない。
ビークルが突撃してくる。タイミングを合わせ、深く腰を落とし、息を吐く。そして、その顔面めがけて拳をめり込ませた。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
拳とビークルが激しく衝突する。足が悲鳴をあげ、体全体が軋む。
(エネルギーパック、フルブーストォッ!!)
鉄甲から吐き出されているブースターが、さらに激しさを増す。それでもまだ、均衡は崩れる様子を見せない。これでやっと互角だ。
だが和也の武器は元々パイルバンカーの機構が組み込まれている。杭が打ち込まれる所を拳を打ち込むこの鉄甲は、一発一発の爆発力が高い。
「天地激震っ! フィスト……」
だからこそ、その一撃は必殺の一撃。
「バンカァァァァァァッ!!!」
トリガーを引いた瞬間、和也は目の前で何かが砕けるような音を聞いた。それは、プレステイルの頭部であるノトスを始め、胴体のボレアスまで砕けた音だった。ノトスは何度か負荷がかかっていたから、砕けるのはわかるが、ボレアスまで砕けたのは、一瞬わからなかった。だがすぐに考えにいたる。相手はレールアクション中であり、ひたすらに前に進むことを強いられていた。前からかかる力を後ろへいなすことが出来ず、待っていたのは身の破滅。
だがこれで終わってはいなかった。砕けたプレステイルの部品が舞う中、和也は気付いた。
(いない……!?)
さっきまでプレステイルの背にいたはずの相手の姿がなかったのだ。それに気付いた時、和也は相手の思惑にも気付いた。
上空より飛来する影。左腕を動かそうとして、出来なかった。蹴られた時のダメージがまだ残っているらしい。
右腕は論外だ。ナックルを打ち込んだ後にはかなりの隙が出来る。
つまり完全に無防備。
唯一動く顔だけを動かす。武装を失い、ほぼ素体のそれが握りしめているのは、薙刀だった。
「せいっ!」
振り降ろされた刃は、ハオがダメ元で張ったバリアと接触し、フィールドにブザーを鳴らす結果に終わった。
----
「まさかビークルが囮だったとは。いやぁ、完敗です」
バトル終了後、私はなんだか定例となりつつある対話をしていた。場所はいつもの休憩室。
「私も危なかった。あの時朱野くんが止まってなかったら、負けてたのは私の方だった」
「それについては、すいません……」
私が固有RAを発動した時に朱野くんが止まった理由は聞かせてもらった。確かに、人の顔を殴るのは抵抗があるかもしれない。
「先輩は、こっちの足が動かないことがわかってたんですか?」
「うん、勝負って言われた辺りからなんとなく」
あの流れからなら、勝負と言うのは割りと普通のような感じだったが、彼がそれをしなければならない理由を考えた時、もしかしたら足が動かないのではないか、とは思いあたったのだ。あくまで推論であったが。
「じゃあ、どうして射撃武器で終わらせなかったんですか?」
「こっちもアイオロスが壊れてたのと、あとはなんとなく」
確かにあの状況なら、ストームでそのまま削り切った方が早い。相手の間合いに飛込まずに済むし、確実だ。勝ちを欲しければ、そうするべきだったとは思っている。
「なんとなく、ですか?」
「うん。勝つだけじゃ、なんかつまらないって言うのかな」
私は決して強くないし、魅せるバトルなんてもっての他だ。それでも、勝つだけのバトルはやりたくない。
「バトルした後に、楽しかったって思えるバトルがしたい。たとえ勝っても負けても」
多分、そう言うことなんだと思う。勝っても負けても、楽しかったで終わるバトルなら良いと思う。
「……ますます好きになりそうだ」
「何?」
「いえっ、なんでもないです!」
またも朱野くんがぼそっと呟く。もしかして、私は何かおかしいことを言ってるんだろうか? 思い直してみれば、皮肉に聞こえるかもしれない。むしろ聞こえる。
「ごめん、皮肉っぽくて」
「いえいえっ、決してそんなことないですよ!」
「でも、負けてこんなこと言われたら、嫌だよね」
「そんなことないですっ!!」
休憩室に、朱野くんの声が響いた。幸い人はいなかったが、言った本人はバツが悪そうにうつ向く。そして、ポツリポツリと話し始めた。
「僕、先輩のことがかっこいいって思ったんです。バトルをしてると、勝ちさえすればいいって言うマスターにはよく会うんです。そんな中で、先輩は勝ち負けにこだわらない、楽しいバトルがしたいって言ってて、すごいなって思ったんです」
「朱野くん……」
「多分、それは甘い考えだって言われるかもしれませんが、僕は立派だと思いました。だから、先輩はそのスタンスを誇っていいんです」
勝ち負けにこだわらない、そんなバトルをしたい。口にするのは簡単で、その実とても難しい。
誰だって負けたら悔しい。だから、負けても楽しかったと思えることは希なのだろう。
勝ちこそが全て。そんな考えもわからなくは無い。でもそんなのは、つまらないと思う。
「ごめんなさい、僕の方こそ、なんか説教みたいで……」
「そんなことない。嬉しかった」
「……ありがとうございます」
私の言葉に、朱野くんは微笑んでくれた。やっぱり、暗い顔をしてると周りまで暗くなってしまう。昔華凛が言っていたことだが、今ならその意味がよくわかる。
その時、私は華凛が言った別のセリフを平行して思い出していた。
「どうせなら楽しくした方が良い……」
「え?」
「昔、華凛が私に言ってくれた言葉。私はその通りにしてるだけ」
そう、今も昔も変わらない。華凛が言ってくれた言葉が私を支え、そして前へ進ませてくれる。私にとって華凛は全てであり、世界のような存在だ。
朱野くんは私の言葉に数度頷いた後、
「……先輩、もしよろしければ、携帯のアドレス交換していただけませんか?」
と言ってきた。
「……へ?」
「いや、そこでそんな反応を返されても……」
突然の提案に私は驚きを隠せずにいた。それに正直、私は華凛以外にアドレスを教えたことなど無い。だからなんと言うか、変な気持ちだった。
「ごめん、華凛以外にアドレスを教えるの、初めてで……」
だから、戸惑った。
華凛以外との繋がりが、こんなに簡単に結べて良いものなのか。
なんとはなしに泳いだ目が自分のポーチに入る。そこではシリアがこちらを向いて親指を立てていた。そして無言で笑うその姿は、私に『大丈夫だ』と伝えているように思えた。
「……わかった」
「ありがとうございます!」
それから、お互いのアドレスを交換した。なんだか不思議な気分だった。他人との関わりってこんなに簡単に持てたんだ。
その後、朱野くんは用事があったらしく、すぐに休憩室から出て行ってしまった。残された私は、さっき交換したばかりのアドレスをまじまじと見ているしか出来なかった。
「どう? 樹羽」
ポーチの中からシリアが顔を覗かせ、そんなことを言った。
「どう……って?」
「華凛さん以外に初めてアドレス交換した感想」
どうと言われても、まだ漠然としかしないから、さっぱりわからない。
ただ……
「まだ、ちょっと信じられなくて」
華凛しか信じていなかった。ずっと華凛だけを見ていた。華凛だけが味方だった。
けれど、シリアと出会い、私は変わった。
絶対にマスターを裏切らない神姫。そうプログラムされているからじゃない、本当の意味で、シリアは私を裏切ったりしない。
だから、他の人のことも少しだけ信じてみよう、と思っただけだ。
「最初はそんなのでいいんだよ。樹羽は樹羽のスピードがあるんだから」
「うん。ありがとう、シリア」
その時だった。
私たちが笑いあっていると、休憩室のドアが荒々しく開かれた。
「先輩! ちょっと来て下さい!」
「朱野くん?」
そこには、先程休憩室を出ていった朱野くんが息を切らして立っていた。
「どうしたんですか? そんなに急いで」
「外が……大変なんです!」
「外?」
----
外に出た私たちは思わず絶句した。そこには、あってはならない物が存在していたからだ。
「僕が出たら降ってたんです」
「雪……?」
雲一つない晴天から、止むことなく振り続いているのは、紛れもなく小さな水の結晶だった。それは地面に触れると、吸い込まれるように消えていく。そんな雪を、私は樹羽のポーチの中から見ていた。
おかしい。明らかにこれは異常現象だ。夏の暑い昼下がりに、雪など降っていい訳がない。
だが、私の神姫アイには確かに雪が映っていた。これは紛れもない事実だ。
「どうなってるの、一体……」
「わからない。けど、絶対におかしい」
樹羽は雪をその掌で雪を受ける。私も降ってきた雪を手で取ってみた。すると、まるですり抜けるように消えた。その常軌を逸した出来事に、私の思考はフリーズしかけた。
「あ、止んできた」
私が止まる前に雪の方が止んでくれた。しかし、理解不能な現象を目の辺りにした私の頭は熱暴走寸前だった。
「なんだったんでしょう……?」
「さあ……?」
降っていた雪は、何もなかったかのように静まっていて、人々の喧騒だけが私達を包み込んでいた。
----
「昼間の雪、なんだったんだろう?」
お風呂から上がり、クレイドルのシリアに話しかけた。お風呂に入ってる間も考えていたが、結局答えなんかわからなかった。
「私に聞かれても……異常気象を通り越した何か、としか答えられないよ」
どうやらシリアが考え抜いた答えはそれらしい。確かに雲のない空から舞い落ちる雪。これは異常気象を通り越した何かと呼ぶにふさわしい。
「ネットの方も探ってみたんだけど、一切騒ぎになってなかったんだ」
「そうなの?」
あんな異常現象、あちこちで騒がれてもおかしくないはずなのに、一切騒ぎになってないなんて。思い出してみれば、あの時周りにいた人たちは、何も見ていないかの様に振舞っていた。
私たち以外には見えなかった? そんな雪があるのだろうか。
私はその話題を一旦隅に置いて、別のことを聞いた。
「……華凛から返信は?」
「それが、音沙汰なし……」
これは仕方ないと思う。華凛に休むように言ったのは私だ。きっと今頃寝ているのかもしれない。
私はパジャマを着ながらベッドに腰かけた。そのまま後ろに倒れるように横たわる。頭に乗ったタオルの隙間から、見慣れた天井が覗いていた。
(なんか、変な感じ……)
どうにもあの雪を見てからと言うもの、まるで夢の中にいるかのように意識がハッキリとしない。言葉で表現できない、違和感。それが、ずっしりと体にのしかかっているようで。
(明日は……来るのかな……?)
そんな、自分でも呆れるような突飛な発想が浮かんでくる。それほどまでに、私は不安定になっていた。
これはきっと疲れているせいだと決め込み、私は無理矢理寝てしまうことにした。
しかし、眠気は一向にやって来ることはなかった。
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和也は躊躇した。左手で相手の体の大部分を掴んでしまっていたため、あの状況で右手で殴ることが出来るのは顔だけだった。
相手はエウクランテの姿をしているとはいえ、中身は好意を抱く先輩。自らの鉄甲が彼女の顔を物理的に潰すビジョンが頭をよぎり、寸前で止めてしまったのだ。相手が彼女でなければ、顔面だろうがなんだろうが問答無用で叩き潰すことが出来る。しかし、彼女の場合は話が別だ。
彼もこれが真剣勝負であることは理解している。だからこそ躊躇した自分が許せなかった。結果的に手を抜いたことになる。
だが、今はこれからどうするかを考えるべきだった。だからこその“勝負”だ。
和也が勝負を提案したのは理由があった。まず第一に武装があまりにも心持とない。相手はランチャーも短機関銃も持っている。こちらは防壁一つに破城鎚式強化鉄甲のみ。先程の一撃でリアパーツのみならず脚部にまで異常が発生、逃げられたら二度と追い付くことが出来ない。だから相手を止める必要があった。
相手のビークルがゆっくりと上昇する。あの動き、間違いなく相手は固有RAを発動させている。つまり、来る方向は定まっている。だったらそれを返り打ちにするだけ。
(これが正真正銘のラストアタック!)
右手の鉄甲のエネルギーパックはまだ十二分にある。足が心配だがこの際気にしてはいられない。
ビークルが突撃してくる。タイミングを合わせ、深く腰を落とし、息を吐く。そして、その顔面めがけて拳をめり込ませた。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
拳とビークルが激しく衝突する。足が悲鳴をあげ、体全体が軋む。
(エネルギーパック、フルブーストォッ!!)
鉄甲から吐き出されているブースターが、さらに激しさを増す。それでもまだ、均衡は崩れる様子を見せない。これでやっと互角だ。
だが和也の武器は元々パイルバンカーの機構が組み込まれている。杭が打ち込まれる所を拳を打ち込むこの鉄甲は、一発一発の爆発力が高い。
「天地激震っ! フィスト……」
だからこそ、その一撃は必殺の一撃。
「バンカァァァァァァッ!!!」
トリガーを引いた瞬間、和也は目の前で何かが砕けるような音を聞いた。それは、プレステイルの頭部であるノトスを始め、胴体のボレアスまで砕けた音だった。ノトスは何度か負荷がかかっていたから、砕けるのはわかるが、ボレアスまで砕けたのは、一瞬わからなかった。だがすぐに考えにいたる。相手はレールアクション中であり、ひたすらに前に進むことを強いられていた。前からかかる力を後ろへいなすことが出来ず、待っていたのは身の破滅。
だがこれで終わってはいなかった。砕けたプレステイルの部品が舞う中、和也は気付いた。
(いない……!?)
さっきまでプレステイルの背にいたはずの相手の姿がなかったのだ。それに気付いた時、和也は相手の思惑にも気付いた。
上空より飛来する影。左腕を動かそうとして、出来なかった。蹴られた時のダメージがまだ残っているらしい。
右腕は論外だ。ナックルを打ち込んだ後にはかなりの隙が出来る。
つまり完全に無防備。
唯一動く顔だけを動かす。武装を失い、ほぼ素体のそれが握りしめているのは、薙刀だった。
「せいっ!」
振り降ろされた刃は、ハオがダメ元で張ったバリアと接触し、フィールドにブザーを鳴らす結果に終わった。
----
「まさかビークルが囮だったとは。いやぁ、完敗です」
バトル終了後、私はなんだか定例となりつつある対話をしていた。場所はいつもの休憩室。
「私も危なかった。あの時朱野くんが止まってなかったら、負けてたのは私の方だった」
「それについては、すいません……」
私が固有RAを発動した時に朱野くんが止まった理由は聞かせてもらった。確かに、人の顔を殴るのは抵抗があるかもしれない。
「先輩は、こっちの足が動かないことがわかってたんですか?」
「うん、勝負って言われた辺りからなんとなく」
あの流れからなら、勝負と言うのは割りと普通のような感じだったが、彼がそれをしなければならない理由を考えた時、もしかしたら足が動かないのではないか、とは思いあたったのだ。あくまで推論であったが。
「じゃあ、どうして射撃武器で終わらせなかったんですか?」
「こっちもアイオロスが壊れてたのと、あとはなんとなく」
確かにあの状況なら、ストームでそのまま削り切った方が早い。相手の間合いに飛込まずに済むし、確実だ。勝ちを欲しければ、そうするべきだったとは思っている。
「なんとなく、ですか?」
「うん。勝つだけじゃ、なんかつまらないって言うのかな」
私は決して強くないし、魅せるバトルなんてもっての他だ。それでも、勝つだけのバトルはやりたくない。
「バトルした後に、楽しかったって思えるバトルがしたい。たとえ勝っても負けても」
多分、そう言うことなんだと思う。勝っても負けても、楽しかったで終わるバトルなら良いと思う。
「……ますます好きになりそうだ」
「何?」
「いえっ、なんでもないです!」
またも朱野くんがぼそっと呟く。もしかして、私は何かおかしいことを言ってるんだろうか? 思い直してみれば、皮肉に聞こえるかもしれない。むしろ聞こえる。
「ごめん、皮肉っぽくて」
「いえいえっ、決してそんなことないですよ!」
「でも、負けてこんなこと言われたら、嫌だよね」
「そんなことないですっ!!」
休憩室に、朱野くんの声が響いた。幸い人はいなかったが、言った本人はバツが悪そうにうつ向く。そして、ポツリポツリと話し始めた。
「僕、先輩のことがかっこいいって思ったんです。バトルをしてると、勝ちさえすればいいって言うマスターにはよく会うんです。そんな中で、先輩は勝ち負けにこだわらない、楽しいバトルがしたいって言ってて、すごいなって思ったんです」
「朱野くん……」
「多分、それは甘い考えだって言われるかもしれませんが、僕は立派だと思いました。だから、先輩はそのスタンスを誇っていいんです」
勝ち負けにこだわらない、そんなバトルをしたい。口にするのは簡単で、その実とても難しい。
誰だって負けたら悔しい。だから、負けても楽しかったと思えることは希なのだろう。
勝ちこそが全て。そんな考えもわからなくは無い。でもそんなのは、つまらないと思う。
「ごめんなさい、僕の方こそ、なんか説教みたいで……」
「そんなことない。嬉しかった」
「……ありがとうございます」
私の言葉に、朱野くんは微笑んでくれた。やっぱり、暗い顔をしてると周りまで暗くなってしまう。昔華凛が言っていたことだが、今ならその意味がよくわかる。
その時、私は華凛が言った別のセリフを平行して思い出していた。
「どうせなら楽しくした方が良い……」
「え?」
「昔、華凛が私に言ってくれた言葉。私はその通りにしてるだけ」
そう、今も昔も変わらない。華凛が言ってくれた言葉が私を支え、そして前へ進ませてくれる。私にとって華凛は全てであり、世界のような存在だ。
朱野くんは私の言葉に数度頷いた後、
「……先輩、もしよろしければ、携帯のアドレス交換していただけませんか?」
と言ってきた。
「……へ?」
「いや、そこでそんな反応を返されても……」
突然の提案に私は驚きを隠せずにいた。それに正直、私は華凛以外にアドレスを教えたことなど無い。だからなんと言うか、変な気持ちだった。
「ごめん、華凛以外にアドレスを教えるの、初めてで……」
だから、戸惑った。
華凛以外との繋がりが、こんなに簡単に結べて良いものなのか。
なんとはなしに泳いだ目が自分のポーチに入る。そこではシリアがこちらを向いて親指を立てていた。そして無言で笑うその姿は、私に『大丈夫だ』と伝えているように思えた。
「……わかった」
「ありがとうございます!」
それから、お互いのアドレスを交換した。なんだか不思議な気分だった。他人との関わりってこんなに簡単に持てたんだ。
その後、朱野くんは用事があったらしく、すぐに休憩室から出て行ってしまった。残された私は、さっき交換したばかりのアドレスをまじまじと見ているしか出来なかった。
「どう? 樹羽」
ポーチの中からシリアが顔を覗かせ、そんなことを言った。
「どう……って?」
「華凛さん以外に初めてアドレス交換した感想」
どうと言われても、まだ漠然としかしないから、さっぱりわからない。
ただ……
「まだ、ちょっと信じられなくて」
華凛しか信じていなかった。ずっと華凛だけを見ていた。華凛だけが味方だった。
けれど、シリアと出会い、私は変わった。
絶対にマスターを裏切らない神姫。そうプログラムされているからじゃない、本当の意味で、シリアは私を裏切ったりしない。
だから、他の人のことも少しだけ信じてみよう、と思っただけだ。
「最初はそんなのでいいんだよ。樹羽は樹羽のスピードがあるんだから」
「うん。ありがとう、シリア」
その時だった。
私たちが笑いあっていると、休憩室のドアが荒々しく開かれた。
「先輩! ちょっと来て下さい!」
「朱野くん?」
そこには、先程休憩室を出ていった朱野くんが息を切らして立っていた。
「どうしたんですか? そんなに急いで」
「外が……大変なんです!」
「外?」
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外に出た私たちは思わず絶句した。そこには、あってはならない物が存在していたからだ。
「僕が出たら降ってたんです」
「雪……?」
雲一つない晴天から、止むことなく振り続いているのは、紛れもなく小さな水の結晶だった。それは地面に触れると、吸い込まれるように消えていく。そんな雪を、私は樹羽のポーチの中から見ていた。
おかしい。明らかにこれは異常現象だ。夏の暑い昼下がりに、雪など降っていい訳がない。
だが、私の神姫アイには確かに雪が映っていた。これは紛れもない事実だ。
「どうなってるの、一体……」
「わからない。けど、絶対におかしい」
樹羽は雪をその掌で雪を受ける。私も降ってきた雪を手で取ってみた。すると、まるですり抜けるように消えた。その常軌を逸した出来事に、私の思考はフリーズしかけた。
「あ、止んできた」
私が止まる前に雪の方が止んでくれた。しかし、理解不能な現象を目の辺りにした私の頭は熱暴走寸前だった。
「なんだったんでしょう……?」
「さあ……?」
降っていた雪は、何もなかったかのように静まっていて、人々の喧騒だけが私達を包み込んでいた。
----
「昼間の雪、なんだったんだろう?」
お風呂から上がり、クレイドルのシリアに話しかけた。お風呂に入ってる間も考えていたが、結局答えなんかわからなかった。
「私に聞かれても……異常気象を通り越した何か、としか答えられないよ」
どうやらシリアが考え抜いた答えはそれらしい。確かに雲のない空から舞い落ちる雪。これは異常気象を通り越した何かと呼ぶにふさわしい。
「ネットの方も探ってみたんだけど、一切騒ぎになってなかったんだ」
「そうなの?」
あんな異常現象、あちこちで騒がれてもおかしくないはずなのに、一切騒ぎになってないなんて。思い出してみれば、あの時周りにいた人たちは、何も見ていないかの様に振舞っていた。
私たち以外には見えなかった? そんな雪があるのだろうか。
私はその話題を一旦隅に置いて、別のことを聞いた。
「……華凛から返信は?」
「それが、音沙汰なし……」
これは仕方ないと思う。華凛に休むように言ったのは私だ。きっと今頃寝ているのかもしれない。
私はパジャマを着ながらベッドに腰かけた。そのまま後ろに倒れるように横たわる。頭に乗ったタオルの隙間から、見慣れた天井が覗いていた。
(なんか、変な感じ……)
どうにもあの雪を見てからと言うもの、まるで夢の中にいるかのように意識がハッキリとしない。言葉で表現できない、違和感。それが、ずっしりと体にのしかかっているようで。
(明日は……来るのかな……?)
そんな、自分でも呆れるような突飛な発想が浮かんでくる。それほどまでに、私は不安定になっていた。
これはきっと疲れているせいだと決め込み、私は無理矢理寝てしまうことにした。
しかし、眠気は一向にやって来ることはなかった。
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クレイドルの中で、私は迷っていた。と言うのも、樹羽に聞かれなかったことを伝えるか否か、と言う話だ。
特にさしあたりがなければ話すつもりだった。だが内容が少し異質だったため、話すことが躊躇わられたのだ。
樹羽は今日、華凛さんの他に朱野さんにメールを送っている。昼間の雪に関して、何かわからないか、相談する内容だった。
はたして、朱野さんからの返信は来ていた。樹羽から内容は見てもいいと言われていたため、確認してみたのだか、その内容はおかしな物だった。
『雪? 別におかしいことじゃありませんよ?』
昼には一緒に驚いていたのに、夜になって一変してこの返信。明らかに異常だった。
何かが狂い……いや、崩れ始めている。それが、私が辿り着いたとりあえずの答えだ。
やはり、内容が内容なだけに、これを樹羽に伝えるのは躊躇する。本当なら伝えるべきだ。それを私は、聞かれなかったと言う理由を言い訳に伝えないでいる。
(どうなってるの……一体……)
明らかな季節外れの雪。それを疑問に思わなくなった人。科学では説明できない何かが、世界に振りかかっているかのようだ。
いや、まるで世界が音もなく、ひっそりと崩れていくように狂っていくと言った方がいいか。それを認知できるのは、もう私と樹羽だけなのだろうか?
そして、おかしいはずなのに、私の頭はどこかでそれを肯定している。知恵熱などに対する自己防衛なんかではなく、この状況が正常である、とそう感じているのだ。
(私も……おかしいのかな……?)
いや違う、おかしいのはこの世界だ。私はおかしくなんかない。
それなのに、この世界を肯定する私は消えない。
私は一旦考えるのを止め、無理矢理寝てしまうことにした。少し情報を整理したい。神姫は寝ている間に情報を整理する。だから、一度寝てしまってから考えてみてもいいと考えた。
だが、明日までこの情報はあるのだろうかと、不安になってしまう。
狂った世界は、どうなるかわかったものではない。私も、この世界に巻き込まれてしまうのかもしれない。
そんな訳ないと自分に言い聞かせ、私はスリープの体勢に入った。
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