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***そして何より○○が足りない
7月27日(水)
ここに来るのが、段々と日課となりつつある気がするのは気のせいだろうか?
「連続3日目で何言ってんのよ」
「そうなんだけどね」
最初は肺炎でも起こすんじゃないかと思っていた煙草の臭いも気にならなくなってきた。人間、慣れる生き物らしい。
「あれ? なんだか今日は空いてるね?」
シリアの指摘する通り、今日はなんだか人がまばらだった。バトル用のブースに空きがあるほどだ。
「まぁ午前中だしね、学生連中はそろそろ夏期講習だし」
「華凛は?」
「はて、なんのことかしらね」
どうやらサボったようだ。
「でも、これじゃ対戦相手もいませんね」
「そういう時は座っとけばいいのよ。それが対戦待ちの状態だから」
「ん」
華凛が言った通りに椅子に座り、対戦相手を待つ。一体どんな人と当たるんだろうと考えていると、筐体を挟んだ向こう側の椅子が引かれる音がした。
「よう若ぇの。昨日は無事だったみてぇだな」
そう言ってきたのは、60歳前後のおじさんだった。仁兵衛の上に黒いコートをはおっている。少し日に焼けた顔には頬と額に切傷の痕があり、未だに老いを感じさせない鋭い眼光。
世に言うところの“渋いオジサマ”がそこにいた。今にも刀を持ち出しそうな雰囲気。
「誰、ですか?」
「俺は宮下亘彦。そこにいる赤毛の知り合いだ」
つまり、華凛のことを言っているらしい。当の華凛は、何故だか少し険しい表情をしている。
「宮下さん、樹羽と戦うんですか?」
「だからそこに座ってるんだろ? 静、いくぞ」
宮下さんが言うと、コートのポケットの中から何かが飛び出した。黒く飾り気のないボディ。青くて短い髪が着地とともに僅かに揺れる。フブキ型だった。この間見たミズキと同じブランドの神姫。あれもそうだが、かなり昔の神姫だ。静と呼ばれたフブキ型は、ゆっくりと音もなくそこに立っている。なんと言うか、隙と言うものが存在しないように思えた。
「準備しな」
「御意」
フブキ型は短く答え、筐体の中に滑り込んだ。その一つ一つの動作でさえ、無駄が一切ない。
「シリア」
「うん、わかってる」
シリアも筐体の中に入る。ヘッドギアをつけ、椅子に深く腰掛け直した。
「樹羽、宮下さんは強いからね」
「ん」
言われなくてもわかっている。気迫と言うか、オーラがすでに一般マスターの域を軽く凌駕している。
ただ者じゃない、まさにそんな感じだ。
「シリア、大丈夫?」
『私は問題ないよ。樹羽こそ大丈夫?』
大丈夫、のはずが、若干手が震えてきた。恐怖から来るものか、はたまた武者震いか、どっちなのかはわからない。
「……行くよ」
私は意を決してボタンを押した。
----
ここだ、多分ここが一番の難所。樹羽が潰れるか、強くなるかの分岐点。
(樹羽は多分、負ける……)
それももう手も足も出ない程に完膚無きまでに。きっと一発も入れられないだろう。
もしそうなった時、樹羽はどうするのだろう。人は壁に突き当たった時、それを乗り越えるか避けるかの選択肢が生まれる。その選択肢が出た時、樹羽はちゃんと向き合えるのだろうか?
(ううん、大丈夫。樹羽なら絶対に)
樹羽はもう歩き出している。もしこの程度で歩くのを止めるようなら、無理矢理にでも元の道に戻す覚悟だ。
(そうならないように、しっかりね)
あたしは画面の中の小さな影に、そっとエールを送った。
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***そして何より○○が足りない
7月28日(木)
ここに来るのが、段々と日課となりつつある気がするのは気のせいだろうか?
「連続3日目で何言ってんのよ」
「そうなんだけどね」
最初は肺炎でも起こすんじゃないかと思っていた煙草の臭いも気にならなくなってきた。人間、慣れる生き物らしい。
「あれ? なんだか今日は空いてるね?」
シリアの指摘する通り、今日はなんだか人がまばらだった。バトル用のブースに空きがあるほどだ。
「まぁ午前中だしね、学生連中はそろそろ夏期講習だし」
「華凛は?」
「はて、なんのことかしらね」
どうやらサボったようだ。
「でも、これじゃ対戦相手もいませんね」
「そういう時は座っとけばいいのよ。それが対戦待ちの状態だから」
「ん」
華凛が言った通りに椅子に座り、対戦相手を待つ。一体どんな人と当たるんだろうと考えていると、筐体を挟んだ向こう側の椅子が引かれる音がした。
「よう若ぇの。昨日は無事だったみてぇだな」
そう言ってきたのは、60歳前後のおじさんだった。仁兵衛の上に黒いコートをはおっている。少し日に焼けた顔には頬と額に切傷の痕があり、未だに老いを感じさせない鋭い眼光。
世に言うところの“渋いオジサマ”がそこにいた。今にも刀を持ち出しそうな雰囲気。
「誰、ですか?」
「俺は宮下亘彦。そこにいる赤毛の知り合いだ」
つまり、華凛のことを言っているらしい。当の華凛は、何故だか少し険しい表情をしている。
「宮下さん、樹羽と戦うんですか?」
「だからそこに座ってるんだろ? 静、いくぞ」
宮下さんが言うと、コートのポケットの中から何かが飛び出した。黒く飾り気のないボディ。青くて短い髪が着地とともに僅かに揺れる。フブキ型だった。この間見たミズキと同じブランドの神姫。あれもそうだが、かなり昔の神姫だ。静と呼ばれたフブキ型は、ゆっくりと音もなくそこに立っている。なんと言うか、隙と言うものが存在しないように思えた。
「準備しな」
「御意」
フブキ型は短く答え、筐体の中に滑り込んだ。その一つ一つの動作でさえ、無駄が一切ない。
「シリア」
「うん、わかってる」
シリアも筐体の中に入る。ヘッドギアをつけ、椅子に深く腰掛け直した。
「樹羽、宮下さんは強いからね」
「ん」
言われなくてもわかっている。気迫と言うか、オーラがすでに一般マスターの域を軽く凌駕している。
ただ者じゃない、まさにそんな感じだ。
「シリア、大丈夫?」
『私は問題ないよ。樹羽こそ大丈夫?』
大丈夫、のはずが、若干手が震えてきた。恐怖から来るものか、はたまた武者震いか、どっちなのかはわからない。
「……行くよ」
私は意を決してボタンを押した。
----
ここだ、多分ここが一番の難所。樹羽が潰れるか、強くなるかの分岐点。
(樹羽は多分、負ける……)
それももう手も足も出ない程に完膚無きまでに。きっと一発も入れられないだろう。
もしそうなった時、樹羽はどうするのだろう。人は壁に突き当たった時、それを乗り越えるか避けるかの選択肢が生まれる。その選択肢が出た時、樹羽はちゃんと向き合えるのだろうか?
(ううん、大丈夫。樹羽なら絶対に)
樹羽はもう歩き出している。もしこの程度で歩くのを止めるようなら、無理矢理にでも元の道に戻す覚悟だ。
(そうならないように、しっかりね)
あたしは画面の中の小さな影に、そっとエールを送った。
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