「虫食い」(2012/06/06 (水) 15:15:25) の最新版変更点
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「そう言えばさっきからな背後に着いているサブマシンは一体何なんですか?」
「え?」
「勝った! 死ねぃ!」
アーンヴァルが意味も無く振り向いた瞬間に、ぶら下げていた機関銃を突きつけて面白い事のように射撃した。
さらには上空を旋回しつつも三六式航空爆弾を一斉に叩き込むスキル『天雷』で追撃する。
地表に残ったのは幾つもの雷が落ちた跡のような焼け野原、金髪一本も無い。
しかし勝利のコールは下されてない、これが意味するものとはつまり、バトルはまだ終了していないという事。
空中にも関わらずストラーフは高度を殆ど保ったまま身を捩るとその前までに居た位置に青光りする光線が通り抜けた。
騙し討ちに気付き機銃掃射を避けるか防ぎ切って『天雷』は最小限の被害で受け流したのだろう。
にも関わらずスキルポイントを無駄にさせたというのにアーンヴァルのオーナーは直前までの冷静さを失い怒鳴り声を上げた。
「あんたね、避けられたから良かったけど、騙し討ちなんてして恥ずかしくないの!?」
彼女の剥き出しの意思に同調するように周囲からはストラーフのオーナーを批難する罵倒が蔓延する。
にも関わらず少年はまるで朝にシャワーを浴びているような清々しい顔と共に言って見せる。
尚、先の騙し討ちの際の嘘も、その後の失敗フラグも全て彼の台詞であり、ストラーフは一言も喋っていない。
「いやぁ、流石はファーストランカーさん。この程度の騙し討ちは通用しませんね。」
柔和な微笑みと共にいけしゃしゃぁと、
「ちょっと試してみただけですって。だからそんなに怒らないで下さいよ。」
勿論、僕としてはあのまま斃されてくれた方が良かったんですけどね、楽に済みますから。と付け足した。
「遣りなさい。」
その言葉は相手の火に水を注いだようで、マスターの命令にアーンヴァルは静かにぶっ放す。
「わわ、ちょっと、せめて『てめぇ、許さねぇ!』くらいのリアクションは取って下さいよ。寂しいじゃないですか!」
「五月蠅い! 気が散る!」
慌てた様子の少年に比べ、ストラーフは無機質にも見える眼差しで回避行動とシールドでの防御で処理。
先程から彼女は『天雷』を行う以外は殆どその場から動いていない、不動戦法。
飛鳥のウェストにエウクランテのリアとフットを組み合わせ推進力や機動性は殺しつつも旋回性や格闘能力に特化させている。
アーンヴァルに空中戦を挑むストラーフというのもおかしな話ではがあるがその辺り本人は到って真面目だ。
「イシュタルー、前方向右斜め横から撃ってくるよ。」
少年はそう言ったが実際にはそれは牽制であって本命は牽制を挟みつつ回り込んでからの斬撃。
だがストラーフは牽制を見切った上で斬撃に対応し付け加え蹴りで応対すらしてきた。
見当違いな指示ばかりを出すマスターとは異なり彼の神姫は的確且つ迅速に銃火器を振るう。
機関銃による掃討と爆弾による制圧を挟みつつも誘導させ距離が詰まれば機関銃そのものによる殴打が待っている。
リアルバトルだというのに武器の損壊を怖れないロックスター如くな戦い方である。
武器を壊す戦法から付いた渾名が『刃毀れ』、しかしこれは自分の武器すらも破壊すると言う意味だったかは不明であるが。
「イシュタル、避けろ!」
「くぅっ!」
ストラーフはそのまま突っ込んで機関銃を振るい銃底で思い切り殴りかかる。
盾が間に合ったものの銃火器とはいえ重さと硬さを持つ塊は力と速度を込めれば充分な凶器となる。
脚の踏ん張りが空中、重力が上乗せされた大上段からの一撃は脅威だ、盾越しでも防いだ箇所を痺れさせる。
「でも、所詮はその程度!」
騙し打ちを始め出鱈目な指示を出すマスターに牽制に使った銃火器をそのまま鈍器として振るってくる神姫。
初めはその独特な戦法に眼を引かれがちだが、何て事は無い、こんなものは唯の見かけ倒しだ。
嘘ばかりで無茶苦茶な指示を出すのならその言葉を真面目に聞かなければいいだけ。そも銃火器による殴打は確かに脅威で驚愕するが落ち着いて対処すれば向こうの銃身が痛み何れ銃として使い物にならなくなる。
「『刃毀れ』、恐れるに足らず!」
「いや、何そこでカッコ付けてんですか。」
ビシッ!と擬音が付きそうなまでの女性の指摘に少年は実に冷めた視線で返した。
ストラーフは重装でありながら回避力が非常に高い、エウクランテ型を彷彿させる戦い方をしている。
付け加え機関銃や爆弾の標準は正確で逃げ道はとことん潰されチーズが置かれた鼠のように誘導されている。
だが、それだけだ、牽制と制圧には長けてはいるが肝心の誘導した後の一撃は銃火器による殴打のみ。
さらには先程から回避の為に僅かにしか動いていない、その不動戦法が自分の弱点を物語っている。
「…よし、分かった。」
少年は僅かに小さく呟いて。、
「イシュタル、相手がつっこんでくるぞ! クロスカウンター狙いだ!」
「!?」
と、ここで今までただその場で立って出鱈目で滅茶苦茶で嘘吐きな少年からの正確な指示。
次の動きを読まれている事に動揺したのは一瞬、しかし彼は先程から嘘しか言っていないのだ。
何て事は無い、こんなものは少年の出鱈目が偶々自分が次に取る行動と一致しただけ、そうに違いない。
逆に言えばストラーフはこちらがつっこんでくるとは気付いておらず今までのように正確な対応は出来ないという事。
銃弾と爆炎の暴風雨を掻い潜り何度目かになる接近、そこでアーンバルは思い切り加速する。
加速した状態で銃火器による殴打を喰らえば衝撃は今まで以上に深くに響くだろう、だが所詮は衝撃だ。
衝撃で人を殺すには頭や心臓を狙う必要がありそれは神姫でも同じでコアやCCSに当たらなければ致命傷には成り得ない。
一撃は貰うがその瞬間にレーザーソードで斬る、少年の言うとおり狙うはクロスカウンターだ。
狙い通りストラーフは牽制射撃を止めて機関銃を振り上げた、その動きに鏡合わせになるように剣を振るだけ。
「イシュタル、『斬れ』。」
「…え?」
そうして袈裟切りに振り下ろされた『刃が』シールドを持つ腕を切り落とす。
見ればス機関銃はストラーフの下で自由落下しておりその手には剣が握られていた。
それまで接近されれば鈍器のように振るっていた機関銃の出っ張りを鞘にして隠されていた仕込み刀である。
唖然とするアーンヴァルとそのマスターを他所に『ピッキングトゥーキック』で追撃。
蹴り落とされたが体勢を立て直す、その隙すらも与えず再び『天雷』を発動させ空を焼き尽くした。
天使の様な純白の機体が爆炎で包まれ残るは地に落ちた片腕と盾のみ。
油断をしてその結末に起こった目の前の惨状に、彼女は両拳を強く握りつつもわなわなと動揺を隠せない。
「機関銃を鈍器にしての攻撃…あれはブラフだったって事…?」
「初めから何もかもがブラフでしたよ。」
「あの騙し打ちも?」
「ええ。あれの御蔭で貴方は僕の言葉に対し必要以上に意識し始めました。『僕の言葉を聞いてはいけない』とね。」
「じゃあ、あの無茶苦茶な指示も!?」
「僕が無能である事が目立てば出っ張りの或る機関銃に注目が行かなくなるでしょう?」
「信じられない…無能である事を利用するマスターなんて…。」
「貴方が今の武装を見切った時が一番の山場でした。弱点から仕込み刀の存在に勘付くのは不思議な事では無いですからね。」
それでも、と少年は笑って見せ、
「そこで僕は『正確な』指示を出しました。その所為で貴方は余計に僕を意識したはずです。それこそ『突進のデメリットに眼が行かなくなるくらいに』。」
「あんたは自分の神姫の弱点が分かってたの? 分かって、曝け出してたの?」
「この世に弱点の無い神姫は居ない。ならそれすらも利用しようと考えるのは不思議な事でも無いでしょう。」
自身の弱点すらも、本来の目的を隠す為のブラフに。
「それにしても…こんな悠長に僕の話を聞いていてもいいんですか?」
「え?」
「もうそろそろバトルが終わりそうですよ?」
「…あっ!」
少年が種明かしをしている間にも爆炎は晴れていた。神姫達は空中には居らず、地上で、破損部だらけになって倒れ伏すアーンヴァルと僅かな傷しかないストラーフが、戦況を物語っている。
「僕達は初めから別々に戦っていました。」
マスターである少年は自分の指示は全て出鱈目だから無視するようにだけ指示していた。
そして神姫であるストラーフはその指示を聞きマスターの指示を全て無視して自己の判断だけで戦っていた。
この戦いは初めから、マスターとのその神姫による2vs2ではなく、1vs1vs2だった。
「それですらも互角以上に戦っていたのですから、そちらが一人になれば、まぁこうなりますよね。」
要は、種明かしもまた時間稼ぎだった。
その結果としてストラーフは動く事すら出来ないアーンヴァルの胸元に出っ張りのある機関銃の銃口を押し付けている。
それを見た彼女は再びギョと身を固めたが指は直ぐにでもサレンダーボタンを押そうとしてうた。
先にも述べたがこの戦いはリアルバトルで最悪の場合は神姫そのものが破壊される事もある真剣勝負。
恥知らずな卑怯者、誇りを汚す小悪党、そう侮蔑されている『刃毀れ』が傷付いた神姫への攻撃を躊躇わないわけがない。
しかし彼女がサレンダーボタンに触れるよりも早く少年が口を開く。
「止めろ、イシュタル。決着は着いた。これ以上、攻撃する必要は無い。」
今までのふざけていたそれとは違う、真剣に子を心配する親のような固まった表情で止めるように言う、少年。
そんな言葉を見聞きし安心して後はジャッジマシンに判決を任せようと思いサレンダーボタンから意識を外してしまう。
そしてストラーフは機関銃の引き金を推した。
バラバラバラバラと雨のように銃弾が放たれる音か装甲が破壊されていく音かが寂しく冷たくステージに響く。
唖然として言葉も出さない観客、何が起きたかを理解出来ない、女性マスター。
最も早く現状を理解出来たのはジャッジマシンであり機関銃の発射から十秒ほど後に判決を下した。
『WINNER 黒野白太&イシュタル!』
「だから、言ったじゃないですか。初めから何もかもがブラフだって。」
機械的だから無情な祝福に彼女はあらん限りの声を張り上げて、叫ぶ。
「おおうそつき!」
「『そう。「大嘘憑き」!名前だけでも憶えて帰ってね』…って、これ僕のキャラじゃ無いや。」
そう言って筺体の上に置いてあった紙パックの牛乳を軽く一口付ける。
「僕は勝ちたいだけの武装紳士ですから。」
津波のような怒号が黒野白太に浴びせられた。
…。
…。
…。
今回の勝利で沢山のポイントが入り一定の値に達したので黒野白太はファーストランカーの仲間入りを果たした。
八年間戦ってやっとファーストクラス、随分とマイペースじゃないかと揶揄する声が周囲から聞こえる。
しかし彼にとってはその辺りは割とどうでもよかった、今大事なのは今回のバトルの感想である。
出鱈目な指示を出して相手を撹乱させる、実はこの戦法、今回のバトルで初めて使い実験と実践を兼ねていたのである。
「いやー、それにしても上手く行ったね。」
「人間とは不思議なものだ。言葉だけであそこまで弱くなるとは。」
この戦法は少し前に戦ったある有名な女性神姫マスターの戦法を改悪したもの。
彼女『異邦人』は本人曰く「女の勘」で無茶苦茶とも言える指示を出して神姫に奇想天外な動きをさせていた。
生憎、黒野白太は「女の勘」なんてものは持っていない、だが言葉を発する事は出来る。
それなら自分の神姫を勝利させる為に無茶苦茶を言うのではなく、相手のマスターを敗北させる為に無茶苦茶を言う。
逆転の発想で産まれたのが現在の戦法であり彼はこれを『虫食い(リードキャンセル)』と名付けている。
「とは言ったものの、相手が話を聞かないタイプの人間には通じそうにないね。そもそも人間じゃない輩にも。」
「私だったら話を聞く前に銃弾を撃つだろうしな。」
「ん、まぁ、でも、上手くいったからいいか。」
「良くはない。もう私達はファーストランカーなんだ、これまで以上に気を引き締めなかれば。」
「これまで以上も以下も無いよ。僕は初めから勝つ事しか考えていないんだから。」
微妙な雰囲気の沈黙が流れる。
「イシュタル。」「マスター。」
「ファーストランク入りさせてくれて、ありがとう。」「ファーストランカー入り、おめでとう。」
「これまで以上に気を引き締めるんじゃなかったの?」「勝つ事しか考えていないんじゃなかったのか?」
一人の人間と一体の神姫はくすくすと笑い合っていた。
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