「誇大妄想家」(2012/05/18 (金) 11:56:45) の最新版変更点
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赤い月が天窓に浮かぶ屋敷の広大なエントランスにて、銀色の輝く番犬が月光に照らされて鋭利な牙を光らせた。
その牙の先には床から壁から角から天井からと縦横無尽に跳び回る黒色と紫色の不躾者。
不躾ながらも一筋縄では往生しない実力者であるらしく、青いツインテールの彼女は既に何本もの番犬の牙から逃げ切っている。
されとて犬達の戦意は意気揚々と怖れず止まらず諦めずの精神を以て不躾者を仕留めてみせんと空を切った。
金属同士が鎬を削り合う際の荒い音が西洋風の屋敷の中で舞い踊ってはそそくさと舞台の外へ立ち去る。
既に何百と繰り広げてきた無骨な音の舞踏会は、しかし一人の役者と力不足によって台無しにされようとしていた。
ほんの僅かな隙、それこそ高名な評論家であっても見逃すであろう奇跡の隙間を番犬の一本が通り抜ける。
不躾者が自身の失態に気付いた時にはもう遅く銀色をした牙に腕一本を噛みつかれてしまう。
不意に受けた攻撃に反射的に動きを止めてしまった時にはもう遅く、番犬達の操り手であるメイドが静かに語り掛ける。
「殺人ドール。」
ミニスカートのメイド服を着たハウリンの宣言と共に服の袖から十本ほどの銀製ナイフが跳び出す。
少しの間ハウリンの傍に浮かんでいたナイフは、やがて犬の手を借りる事も無く独りでにストラーフへと襲い掛かる。
全てのナイフはその肢体を突き刺し刃の銀の光が暗闇に溶けていたフブキ型武装の黒と紫の色を明確に照らす。
本来なら今の一撃で決まっていたのだが、そうならなかったのはストラーフがナイフの一部を弾き飛ばしたからだ。
対戦相手の冷静な判断に敬意を称しつつもしかしながらハウリンは手を止めずに同じ技で雪崩れの如く押し崩しに掛かる。
「殺人ドール。」
十本の番犬が再び襲い掛かる。
さながら影の悪魔を仕留めんとする銀色の光弾にストラーフはハウリンを見据えたまま後ろへと跳んだ。
バックステップを踏んだ程度でナイフは避けられない、後ろへと跳んだのは前へと進む為だ。
鉤爪のような形をしているフブキ型のフットパーツと屈指の強力を誇る副腕であるチーグルを以て屋敷の壁に着地する。
そしてほんの一瞬、両脚と副腕を屈ませて、ほんの一瞬でも十分に溜まり切る力を解放し思い切りハウリンへと跳び掛かった。
だがそれは先に放たれた技であるナイフの群れの中へと踊り込む事を意味している。
そんな事は常々承知しているストラーフは必死の覚悟と共に素体の両腕で急所となる頭部と胸部のみを守る。
右目を貫かれようとも喉元を食い破られようとも腹部を刺し穿たれようとも太腿を噛み千切られようとも止まらない。
二体を隔てる距離が神姫一体分となりハウリンを射程距離に捕らえたストラーフは副腕を振り上げる。
「デモニッシュクロー!」
例えナイフを無尽蔵に貯蓄している不可思議なハウリンであってもこの必殺の悪魔の爪は避けれず防げない。
そう確信して放っていたのだがその爪がメイド服を切り裂く寸前、ハウリンの姿が忽然と消えた。
「!?」
瞬間移動や超スピードといったチャチな類では一切無く何の前触れも無く居なくなった。
一人その場に残されたストラーフは何が起きたのかすらも理解出来ず周囲を見渡しハウリンの姿を探す。
だがどこにも居ない、そう思っていた矢先、彼女は、ストラーフの後ろに居た。
「ようこそ私の『世界』へ。そして、永遠にさようなら。」
「なっ…!?」
ストラーフは下方向を除く百八十度全方位を優に百を超える無数のナイフに囲まれている事の気付く。
催眠術や超スピード等チャチな物では断じてない現実にハウリンは終わりを告げた。
「幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ!」
嵐の様なナイフが我が一番ナイフだと言わんばかりの猛烈な勢いでストラーフへと殺到した。
百を超える凶器に囲まれつつもストラーフはその眼の希望を夜闇に沈ませる事無く全身全霊を以て拳を振るい弾き飛ばす。
それでも尚、一本のナイフが肩に突き刺さり、一本のナイフが胸に突き刺さり、一本のナイフが副腕の接合部を破壊する。
「粘るわね…なら、駄目押しにもう一本!」
ハウリンが手を翳すとその手に何処からともなくナイフが現れる。
親指と人差し指で弾くように投げられたナイフは先行しているナイフをかい潜ってストラーフへと向かう。
ストラーフは先ずそれを弾き飛ばそうとし腹を殴ったが何故か奇妙な方向へと跳ねてそのままストラーフの頭部へと突き刺さった。
弾き飛ばされる事を計算に入れてナイフを投げたのか、そうだとすれば神業的な投擲技術である。
頭部を貫かれ両腕の動きが止まり抑制を失ったナイフに襲われ玩具の海賊船長の様な姿になったストラーフは崩れ落ちる。
だが崩れ落ちる寸前、手に持っていたハンドガンが火を吹いてハウリンの右肩を貫く。
完全に力尽きたストラーフのポリゴンの像が掻き消える瞬間にはあれほどの数のナイフは全て何処かへと消え去っていた。
勝者として一人残ったハウリンにジャッジマシンが祝福の判決を下す。
『ウィナー・サクヤ』
「最期まで勝利を望んでいたのね。貴方のその勝利への執念、このサクヤ、認めましょう。」
撃ち抜かれた右肩を抑えながらもメイドのハウリン、サクヤの姿が消え、そして誰も居なくなった。
…。
…。
…。
『刃毀れも大分ここに慣れてきたわね。』
バトルを終え、意識を現実世界の素体へと取り戻したイシュタルへと向けられた、サクヤの第一感想がそれだった。
黒野白太とイシュタルが今利用しているページは公式大会に出られない様な色物神姫とそのマスター達が集まる場所である。
偶然にもその場所の存在を知った黒野白太は一度そこでのバトルを覗いて以来、刃毀れというHNを使い色物神姫達との対戦を繰り広げていた。
今回の対戦相手、ハウリン型のサクヤは色物神姫達でも比較的穏やかな人物であり何度も戦っている強敵(とも)である。
そんな彼女にとって知り合いの成長と言うのは例えインターネットの回線を通しパソコンのモニター越しにしか知らなくとも嬉しいものらしい
『まぁ、もう百回は戦って負けてますからね。嫌でも慣れますよ。』
『大抵の神姫やそのマスターはここの連中と一度戦っただけでトラウマになるんだけど。負け慣れているのね。』
『ちょっとカッコ付けた台詞を言った後で結局負けた事もありましたから。そんじょそこらの敗北じゃ僕の心は傷付きませんよ。』
『それって竹姫葉月との戦いの時でしたっけ?』
『知ってるんですか?』
『御嬢様がテレビで見ていたのよ。』
『あぁ、成程。』
そう言えばあの大会の場にテレビカメラらしき物が回っていたような気もする。
黒野白太は眼中にしていなかったがあの大会には竹姫葉月以外にも高名な神姫プレイヤーがいたのかもしれない。
『でも、どんなに負けてもカッコ付けるのを止めない、そんな貴方に惹かれる人や神姫も居るのじゃないかしら。』
『居るとすればとんでもない根暗ですよ。僕、ファンレターとか一枚も貰った事ないですし。』
『貴方、手紙とか貰っても絶対に返さないでしょ。』
『勿論ですとも。ファンは自分の気持ちを伝えたくて手紙を送るのだから別に返さなくてもいいでしょう?』
悪い方向に歪みが無い黒野白太にサクヤは「やれやれだわ。」と扱いに困る子供を見る年上の女性のように優しく微笑む。
『それにしても前もその武装を使っていたわね。気に入ってるの?』
『ストラ・クモの事ですか。』
『ストラ・クモ?』
『初めはクモをイメージして組み立てたんです。ストラーフ型・クモ武装。だから僕は略してストラ・クモと呼んでいるんです。』
『実際の動きはバッタよね。ストラ・バッタにした方がいいんじゃないかしら。』
『その辺りちょっと気にしてるんですよ。後、ストラ・バッタじゃなんかカッコ悪いから嫌です。』
彼等が言う武装とはフブキ型の防具に初代ストラーフのリアパーツであるチーグルを組み込んだ武装の事である。
副腕で壁や地面を殴りつけて出す瞬発力と的確に相手の弱点を狙う柔軟性に重きを置いており急加速と急停止を繰り返す事で相手の撹乱させる戦法を主としている。足場となる物が多い屋内や障害物が多いステージでは無類の優位性を発揮し床と言う床を壁と言う壁を跳び回る姿は正にバッタと呼んでもいいだろう。
尤も黒野白太本人は初めはそういった特性に気付かず「クモっぽい」という理由から組み立てたものなので実際の性能がどうであれクモと呼ぶ事に固執しているのだが。
『でも、中距離から一気に近付いて斬りつけるのは僕好みの戦法なんです。機動力は低いから今回みたいにガン逃げされると厳しいですけど。』
『移動スキルや広範囲攻撃スキルで補うのはどう?』
『それは考えたんですけどストラーフ型ってSP低いから移動に使うと攻撃の方が疎かになるですよ。』
『ならチーグルは止めてFL017リアパーツを入れたら? グリーヴァと一緒なら高威力なスキルも発動出来るでしょう。』
『スキルは魅力的ですけど、あれ、重いんですよ。単純なパワーもチーグルに劣りますから瞬発力も下がりますし。』
『成程。良く言えば一長一短、悪く言えばままならないってことね。』
『そう言う事です。それでも今の武装を使っているのはヴィジュアルがクモっぽいからですよ。』
『動き方はバッタなのに?』
『あれは、バッタみたいな動きをするクモです。』
頑なにクモだと言い張る黒野白太であったが、ふと、デスクトップの向こうからくすくすと笑うサクヤの声が聞こえてきた。
『どうしたんですか?』
『今更だけど、貴方って普通よね。』
『普通?』
『そう。あの武装がいいかな、この武装がいいかな、なんて悩むなんて、まるで普通の神姫マスターじゃない。』
『そう言えばサクヤさんの武装はずっとメイド服とナイフですよね。時々魔法使ってきますけど。』
『むしろここではそれが普通よ? あらかじめ一つか二つ置く武装を決めて、それを重点に究める。沢山の武装を買うよりも一つの武装を改造した方が安上がりで済むし。』
『そのくせ、ここの人等は欠点無いですからねー。接近戦も格闘戦も銃撃戦も制圧戦も空中戦も海中戦も全てこなす上で何者も勝てない長所を持っている。サクヤさんも含めて異常者揃いですよ。』
『はっきり言うわね。否定しないけど。でも私達から見たら貴方の方が異常なんだけどね。』
『そりゃまぁ貴方達にとって僕の異常が普通ですし。』
『そういう意味じゃないわ。異常な武装を使う私達に普通の武装の貴方は勝とうとしている。普通なら異常には勝てないって諦めるはずなのに。実力差が分からない程、貴方は馬鹿ではないでしょう?』
『いや、だって勝ち負けに普通とか異常とか関係無いじゃないですか。』
『関係有るわよ。だって貴方、私達に一度も勝った事ないじゃない。』
『関係有りませんよ。普通が異常に勝てないって誰が決めましたか? 普遍が特別に勝てないって誰が決めましたか? 勝つ方が勝つ、それだけです。』
『じゃあ貴方はまだ私達に勝つつもりなの?』
『当たり前です。んでもってその時は今まで見下しやがった貴方達を指指して全力で笑ってやります。』
『性格悪いわね。じゃあその時まで私達は貴方を笑っていてもいいのかしら?』
『どーぞどーぞ。僕は特に気にしませんし。』
あっけらかんと言う黒野白太であるが、サクヤは笑わなかった。
『やっぱり貴方は充分に異常だわ。…勝利なんて何の価値も無いだろうに、何でそんなものを求めるの?』
『僕は勝ちたいだけの武装紳士です。勝ちたいから勝つ、それ以外に意味はありませんよ。』
『イシュタルも同じ意見なの?』
サクヤに話を振られてそれまで黙っていたイシュタルが返事をする。
『私はマスターのようには考えてはいないな。勝利だけでなく敗北にもまた価値があると思っている。それに私達が君達に勝つ日は無いだろうとも思っている。』
『じゃあ何で刃毀れを止めないの? 勝利以外は無価値だって言う刃毀れにとってここでの戦いは無意味じゃないの?』
『私が神姫だからだ。マスターは私の勝利を信じている。それが例え幼子の夢のような無根拠のものであっても、それに答えるのが神姫というものだろう?』
武装する神姫、武装神姫、その在り方は、ただひたすら、勝利を望むマスターの為に勝利を。
イシュタルの答えにサクヤはハッとなったようだった。
『驚いたわ。貴方達にもちゃんとした絆があるね。勝利で結びついた絆が。』
『果たしてそれを絆と呼んでいいのかと疑うがな。私のマスターは格闘技はやってないし手先は器用ではないし頭も良くし友達も居ないからバトルの大体は私は任せだ。むしろ無能とも言っていい。』
『うっわ、ひど。事実だから別にいいけど。』
『それでも私は貴方達に絆があると見るわ。確かにそれは歪ではあるけれどね。』
『サクヤさんはどうなんですか? 貴方のマスターと会話した事ないんですけど。』
『私には御嬢様がいるけど、御嬢様はマスターではなくオーナーね。人間じゃ私への指示が間に合わない。』
『サクヤさんですらもですか。サクヤさんですらそうなら、ここの利用者は皆、そうなのかもしれませんね。』
『そういう意味でも貴方達は異常なのかもね。マスターと神姫が一緒になって戦う普通の武装神姫。…ちょっとだけ羨ましいわ。』
『でも僕は適当に武装させたり指示出してるだけですし、イシュタルは勝手に動いているだけなんですけどね―。そのせいで結局は勝てませんし。』
『でも刃毀れはイシュタルを信じているんでしょ。』
『…まぁ、マスターが神姫を信じてやらなくて誰が信じてやるんですか。べ、別に勘違いしないでよね! ホントはイシュタルの事なんて何とも思っていないんだから!』
『男のツンデレって気持ち悪いわね。』
『同感だな。』
『言わないでください。自分でも本当に面倒臭い性格だって自覚しているんですから。』
神姫二体から罵倒されパソコンのデスクトップに向かってがっくりと頭を垂れる(一応)神姫マスター、黒野白太。
『でもハッキリ言って、僕が貴方達に勝てる可能性は零ではないと思っているんですよ。』
『あら、どうして?』
『ハッキリとした根拠は無いんですけどね。最強の武装はあるのかもしれませんが、無敵の武装は無いと思っているんです。何事も一長一短と言う一般論ですね。』
『私にも短所はあると言うの?』
『ありますよ。サクヤさんのナイフの量は確かに脅威ですけど所詮はナイフです。剣や銃弾で直接的に弾いたりするのではなく、爆風などで間接的に吹き飛ばせばいいのではないのでしょうか。』
『…成程。まぁ、間違ってはいないわね。』
『付け加えれば貴方達にはマスターが居てイシュタルには僕が居る。これもまた大きな違いです。』
『バトルにおいて人間の指示を聞くよりも神姫が自分で考えて動く方が効率がいいわよ?』
『それはそうですけどね。でも状況に対する柔軟性は僕達の方が上だと思っています。イシュタルが思いもよらなかった戦術に僕が気付くかもしれません。その逆も然りです。』
『でも貴方、無能じゃない。』
『一寸の虫にも五寸の魂です。』
『うちのマスターは自分が凄いと思っている誇大妄想野郎だからな。』
『イシュタルって容赦無く刃毀れを罵倒するわよね。』
『こんな奴を尊敬しろと言う方が無理だろう。』
『そのくせ刃毀れの為にバトルする事に迷いは無いと。』
『残念ながら私は刃毀れの神姫だからな。私が人間だったら知り合いにすらなりたくなかった。』
『イシュタルのLove度は-255です、はい。』
『カンストしてるのね。マイナス方向に。』
等と、和気藹藹と(だがこの中に人間は黒野白田一人しかいない)雑談をし、途中、サクヤが胸元から金色の懐中時計を取り出し、時間を見た。
『もうこんな時間。そろそろおゆはんの支度をしなくちゃ。』
『あ、そう? じゃあばはあーい。』
『出来たらまた今度、料理のレシピを送ってくれ。サクヤの料理は本当に上手い物が出来るからな。』
『分かったわ。それじゃあね。』
パソコンのモニターの向こうから、サクヤの姿が消えた。
それを確認した黒野白太もまた表示されていたページを閉じデスクトップに表示されているアナログな時間表示を目にする。時刻は約六時四十三分、窓から差し込んできた黄色味を帯びた光が満腹神経が刺激され内臓が言葉には出さずとも空腹を訴えかける。
立ち上がった黒野白太に合わせてイシュタルは彼の右肩に飛び乗って座った、そこが彼女の指定席であるからだ。
「じゃあ僕達もそろそろ夕御飯にしようか。今日は何作るの?」
「親子丼とごぼうのサラダ。昨日、卵が安かったからな。」
「分かった、じゃあ僕は親子丼の方を作ろうかな、サラダの方は任せたよ。」
「前みたいに弱火で加熱してしまい卵を発泡スチロールの屑みたいにしてしまわないようにするなよ。」
「分かってるって、強火で一気に、だよね。」
トントントンと小刻みの良い音の後に、ジュウジュウとフライパンが働く悲鳴の音が部屋に響いた。
神姫がマスターを見下し、神姫が罵倒し、神姫が戦い、神姫が勝利し、神姫が料理を考え、神姫が調理をする。
武装だとか戦法だとか実力だとかは普通なのかもしれない、けれどこういう日常も充分に異常で、けれど悪い物ではないと黒野白太は考えていた
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