「キズナのキセキ・ACT1-25:聖女の正体」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「キズナのキセキ・ACT1-25:聖女の正体」(2012/05/15 (火) 23:27:02) の最新版変更点
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ACT1-25「聖女の正体」
◆
「本当によろしいのですか、奥様」
おもむろにそう話しかけてきた自らの神姫・三冬に、久住頼子は落ち着いた様子で湯飲みを手に取る。
「なんのこと?」
「菜々子様のバトル、気にならないのですか? 見に行けばよろしかったのでは」
「いいのよ」
煎れたばかりのお茶を一口飲み、壁の時計を見た。
「……もう始まっている頃ね。一時間もしないで、結果がわかるでしょう」
「ですが……」
今から行ったところで、バトルには間に合わない。
そもそも、頼子は最初から、当日のバトルを観戦する気は全くないようだった。
大事な孫娘の、今後の人生を左右しかねない、戦い。
それなのに、悠々と構えている自分のマスターを、三冬は少し歯がゆく思う。
菜々子やミスティと一緒に暮らしてきたのは三冬も同じだ。口には出さずとも、あの二人を大切に思っている。
頼子は、ちゃぶ台の上に静かに湯飲みを置く。
「この戦いは菜々子の戦いよ。わたしたちができることは何もない……できるのは、ただ、待つことだけよ」
「……」
「あの子が帰ってくるのを出迎えてあげる……たとえどんな結果になったとしても」
頼子とて、バトルの行く末が気にならないわけではない。
だが、菜々子が一人の神姫マスターとして挑む試練ならば、頼子もまた神姫マスターとして、黙って見送るべきだと思っている。それが頼子の矜持であった。
そして、バトルがどんな結果になったとしても……菜々子がどんな風になったとしても、暖かく迎える。それが頼子の、祖母としての矜持である。
特訓が始まった頃から、決戦の日はそうして過ごすと決めていた。
昨日まで、特訓のために多くの若者がやってきて賑やかだった久住邸の居間は、頼子と三冬だけがいて、ひどく殺風景に感じられる。
こんなに広い家だっただろうか。
頼子はそっと視線を移す。
部屋の隅に置かれたそれは、遠野貴樹に託されたもの。
特訓で彼が使っていた、時代遅れのタワー型デスクトップPCだった。
□
「そんな……あれが……あんなのが神姫だなんて……」
呆然と言うのは安藤。
俺が少し後ろを向くと、江崎さんは口を押さえて気分が悪そうだ。
無理もない。
本来の神姫は人型だ。なのに異形の物を神姫だと言われて受け入れられる方がおかしい。
冷静でいる俺の方がどうかしているのだろう。
「なんなんだよいったい……あんなのが神姫とか、ヘッドセットが神姫とか……なんなんだよ、マグダレーナって奴は……わけわかんねぇ!!」
大城が我慢できなくなったように声を上げる。
ここにいるチームの仲間たちは誰しも同じ思いだろう。
俺は少しだけ頭の中を整理し、言った。
「大城、悪かったな。何も言わないまま手伝わせてきたが……やっと説明できる」
「……ああ?」
「……あの、マグダレーナの装備こそ、マグダラ・システムの本質だ」
「マグダラ・システム……!? あれか、エルゴで店長と話してたときの……」
「そうだ。マグダラ・システムは一つの装備やスキルを指す言葉じゃない。マグダレーナの独特の戦闘方法を構成するシステムの総称だ」
俺は視線をはずさない。その先にいるのは漆黒の神姫……マグダレーナ。
奴も俺をじっと見ている。表情を驚愕に彩りながらも、視線は徐々に苛烈になっている。
俺は続ける。みんなに聞こえる声で、今こそ語る。
「そのマグダラ・システムの本質は、単純に言えば『複数の神姫を同時に操ること』だ。
だからこそ、サポートメカは神姫でなくてはならない。
神姫であれば、犬猫型のマスィーンズや、カブト・クワガタ型の合体装備ヘラクレスよりも、より柔軟かつ繊細な戦闘行動が出来る。本来は、武装神姫のチームで使う能力なんだろうけどな」
「複数の神姫を操るって……それじゃまるで……デュアルオーダー……」
園田さんがかすれた声で呟いた。俺はまた一つ頷く。
「そうだ。マグダレーナの場合、二体以上の神姫を操れる。五体同時に操っているのを見たからな。『マルチオーダー』とでも言うべきか」
「五体って……そんなに!?」
「C港でのリアルバトルの時に、サポートメカ二体、ヘッドセットが二個、そして……菜々子さんのストラーフbisの、合わせて五体を操っていたからな」
視線を交わすマグダレーナの表情はどんどんと厳しくなっていく。それが俺の推理の正しさを無言のうちに物語る。
ふと気づいたように、八重樫さんが疑問を口にした。
「……待ってください。マグダレーナの能力が『マルチオーダー』だったとして、ヘッドセットにCSCを仕込んで、いったい、なに、を……」
賢い八重樫さんのことだ、話している途中で答えに行き着いたのだろう。疑問は途中でかすれて消えた。かわりに、両肘を抱えて細かく震えている。
ここで答え合わせをするには彼女には酷かも知れない。
だが、俺は皆に語らなければならない。
それが、すべてを秘密にしたまま、みんなをここまで連れてきた俺の責任だ。
「ヘッドセットを通して操るのさ……人間をな」
背後で息を飲む気配。俺は振り向くことが出来ない。マグダレーナに注意を払い続けなくてはならない。奴は何をしてくるか分からないからだ。
俺はマグダレーナを見つめながら、話を続ける。
「マグダレーナは操っていたんだよ、自らのマスターである桐島あおいと、おかしくなったときの菜々子さんを」
ルミナスを失った後の桐島あおいと、C港での菜々子さん。二人の共通点は、事件の直後に態度が豹変したことだ。
そして、C港でのバトルの時、俺が菜々子さんのヘッドセットをはずすと、彼女は正気を取り戻した。
ヘッドセットを媒介に、菜々子さんが何者かに操られていると、俺はその時に確信した。そして、『マルチオーダー』の概念を思いついたと同時に、ヘッドセットが神姫である可能性に思い至った。
だからこそ、ヘッドセットをホビーショップ・エルゴに持ち込み、日暮店長に中身の確認を依頼したのだ。ヘッドセットが神姫であることを、店長は請け負った。
大城は声を震わせながら、俺に問う。
「……神姫が人を操るって……どうやって!?」
「催眠術さ」
「……さいみんじゅつぅ?」
「強い暗示、と言ってもいいかも知れない。
催眠術と言うと胡散臭い感じだが、効果は科学的にも証明されている。催眠術をかけられた人は、術者の言うことを現実だと思いこむようになる。
あのヘッドセットからは、そうした暗示をかける音声が流れ続けている。ヘッドセットを通してマグダレーナが指示を出し、あたかもマスターが神姫に指示を出して戦っているように見せかけていたんだ。
菜々子さんの時には、のっぺらぼうのストラーフを新しい自分の神姫だと思い込ませていた」
大城はごくりとのどを鳴らし、さらに言う。
「で、でも、なんだってそんなことをする必要が……」
「今の世界で、神姫だけで生きていくことは出来ない。どうしても人間の手で世話したり保護したりすることが必要だ。バトルにだって、神姫単独では出られないしな」
「それじゃあ……桐島はマグダレーナの世話を強制的にやらされてた、っていうのか?」
「……わからん」
俺はゆっくりと頭を振る。
それはわからない。自らすすんでマグダレーナの僕となったのか、それとも無理矢理なのか。知っているのは桐島あおい本人だけだ。
正気を取り戻したら、ぜひ彼女に聞いてみたいところだ。
そこで、低くしわがれた声が聞こえてきた。
「よくも……よくもそこまで……突き止めたものだな……」
その声は地の底から響いているかのように、低く、暗く、重い。
そして、同時に俺に向けられている視線は、憎悪。
俺は視線を逸らさない。マグダレーナの視線を受け止め、小さな神姫を見つめ続ける。
「我が能力、どこで見破った……?」
「C港での戦いの時に気付いた……だが、ゲームセンターでのバトルの話を聞いていたからこそ、ひらめいた」
「……なに?」
「お前は、サポートメカを、ゲームセンターでは使わなかった。
自らの要求を通すのに、敗北は許されない。マグダラ・システムの他の能力を使っても相当に有利だろうが、万が一の負けも許されないのに、手持ち武器だけで戦った。
先にあったミスティとのリアルバトルでは、フル装備だったのにも関わらず、だ。
なぜか?
お前は使いたくても使えなかった。
なぜなら、サイドボードに神姫を二体も入れたら、レギュレーションチェックに引っかかるからだ」
基本的に装備はフリーのゲームセンターでの対戦といえども、最低限のレギュレーションはある。
サイドボードに入るだけの装備しか使えないし、サイドボードに神姫は入れられない。
マグダレーナの装備は物量的にはサイドボードに入れられるが、サポートメカにはCSCが搭載されているから、神姫として判定されて、レギュレーション違反になってしまう。
だから、『ポーラスター』や『ノーザンクロス』では軽装備で戦ったのだ。ミスティと虎実が、奴の装備について意見をぶつけ合ったことがあったが、二人の主張が違う理由はここにあった。
そう言えば……思い出した。
「そう言えば、ひらめきの原点はもっとずっと前……大城と『デュアルオーダー』の話をしたことだ。C港で大城の声が聞こえたときに、ひらめいた」
背後がちょっとどよめく。今の言葉とともに感謝の気持ちが大城に届いていればいいのだが。
俺の背後の雰囲気とは裏腹に、いつも余裕の表情を崩さなかったマグダレーナが、ここまで歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほどに、歯を食いしばって俺を睨みつけている。
俺に向けた視線には憎悪さえ込められているように思える。
「……奢るなよ。『スターゲイザー』を破壊した程度で、このわたしに勝てると思うな」
「分かっているさ、マグダレーナ。「観測機」を破壊したくらいで油断する気はない」
その時のマグダレーナの表情は見物だった。
あれほどの憤怒の表情が、まるで豆鉄砲に撃たれた鳩のような、驚きと呆然に取って代わったからだ。
俺の何気ない言葉は、奴にとっては急所への一撃に等しかっただろう。
そうだ、マグダレーナ。この戦いの主導権はこっちが取り続ける。今までずっと後手に回っていた分をすべて取り戻させてもらう。
しかし、俺とマグダレーナの話に、その場にいる他の誰もついて来れずにいる。
それは当事者である菜々子さんとミスティも同様だった。俺が秘密主義に徹した弊害がこんなところに現れる。
ミスティは、残骸と化したランプ型のサブマシンの外装を持ち上げながら、俺を見た。
「観測機って……」
「文字通りの意味だ。ミスティ、今お前が倒したそれは、戦闘用のサポートメカだが、それで役割の半分だ。もう一つ役割は、『スターゲイザー』……マグダレーナの強さの根幹になっている、『行動予測』スキルのための観測だ」
「……『スターゲイザー』って、サポートメカの名前じゃないの!?」
「それも含めて、スキル名『スターゲイザー』だ。だっておかしいだろ? ただの戦闘用サブマシンに、どうして『すべてを見通す者』なんて名前を付ける? すべてを見通す者はマグダレーナ本人で、サポートメカは相手の戦闘行動の観測と、時間稼ぎが役割だ」
「時間稼ぎ?」
「検索する時間だよ」
その言葉は二発目の銃弾。
見事命中した証拠に、マグダレーナはショックを越えて、うろたえる表情さえ見せている。
「……貴様……どこまで知っている!?」
必死の表情のマグダレーナに、俺は無言で応じた。
まだまだこれからだ、マグダレーナ。おまえを追いつめるのは、な。
この時点で、後ろの連中はろくに言葉を発しなくなっていた。みんなきっと、ちんぷんかんぷんといった表情をしていることだろう。
ただ一人、八重樫さんだけは、俺の話に必死に食らいついてきているようだ。
「ということは……その『検索』も、マグダレーナの特別なスキル……なんですか?」
「そうだ。『アカシック・レコード』なんてご大層な名前が付いている」
「『アカシック・レコード』……この世のすべてを記録した図書館……? まさか、マグダレーナは、あらゆる神姫のデータを持っているとか?」
「それは現実的じゃないな。むしろデータベースは外部に任せて、端末側は検索能力を上げた方が有効だろう」
「そ、それじゃあ……『アカシック・レコード』は、検索エンジンのことですか!?」
「それと、検索したデータを分析、統合するプログラムだ。そのデータを元に、『スターゲイザー』の行動予測を行っている」
『アカシック・レコード』はおそらく、武装神姫のデータ検索に特化した検索エンジンだ。そして、強力なハッキング能力も備えているはずだった。
そのスキルを利用して、裏バトル場やゲームセンターのサーバーに集積されているバトルログから対戦相手のデータを収集、分析していたのだ。
そして、そのデータだけでは予測が不十分なら、二体のサポートメカを戦わせて、データを現場で収集する。
今のミスティは、マグダレーナには情報不足だ。だから、サポートメカを出して情報収集を行おうとする。
それが分かっているから、俺は虎実にサポートメカの狙撃をさせたのだ。
公園の中は静まりかえっている。
俺がマグダレーナの正体を明かす間、動くものとてない。当のミスティとマグダレーナも一時休戦だ。
ただ、桐島あおいだけが大きく息をつきながら、頭を押さえてうずくまっている。側には、心配そうに介抱する菜々子さんが見える。
ティアもまた、ヘッドセットを抱えたまま、呆然と立ちすくんでいた。
不意に、背後から声がした。大きく遠回りして、大城の元に戻ってきた虎実だ。
「……けどよ、トオノはどうしてわかったんだ? アイツのスキルが検索だなんてことがさ」
「ヒントはあった。C港でのバトルの時、三冬が「ファーストリーグ四十七位」と言った後、ちょっとして『街頭覇王』か、と奴が答えたんだ。
リーグのランキングだけ聞いて、すぐに二つ名が分かるものか? しかも、上位ならともかく、入れ替わるランキングで四十七位の神姫を覚えていられるものじゃない。
奴は神姫だから、データを持っていたとも考えられるが、裏バトルをメインに戦っている神姫が、公式リーグの神姫のデータを細かく持っているとは考えにくい。むしろネットにつないで調べた方が早い」
「け、けどよ、それならネットにつないで検索しただけじゃねーのか。んなこと、クレイドルがあればアタシにだって出来るぜ」
「それにまだある。奴は初見で『ライトニング・アクセル』を破ってみせた。自分で言うのもなんだが、あれは見たこともないのに破れる技じゃない。しかも、技の構造を完全に理解した方法で、だ。
あの日の俺たちとの対戦は、イレギュラーなものだった。対戦予定のないティアのデータを持っていたとは考えにくい。
そもそも、三冬のデータも持っていなかったはずだ。頼子さんの乱入は、俺さえ予期してなかった。その証拠に、サポートメカ二体を繰り出して、三冬の足止めと観測をしていたくらいだからな。
桐島あおいはノートPCすら持っていないから、二人が特別なデータベースを持っていたわけでもない。
なら、ティアのデータはどこから持ってきた?
そう、ネット上からさ。『ライトニング・アクセル』のデータを検索し、収集し、分析し、迎え撃った」
検索する時間はいくらでもあったはずだ。
俺が彼らの前に現れた瞬間から、バトルの最中まで。それだけの時間があれば、ティアがアクセルを放つまでに、ティアのすべての行動を予測できるようになっていただろう。
そして俺は、奴の検索能力とネットワークの能力を確認するために、ある方法を試した。
それが、奴を呼び出すときに使った「狂乱の聖女に告ぐ」の書き込みだ。
知りうる限りの武装神姫関連のネット掲示板に書き込んだが、翌朝にはすべてきれいに消されていた。
これはマグダレーナの仕業だ。そうでなければ、一晩ですべて消されることは考えにくい。なにしろ、管理が行き届いていないようなマイナーな掲示板にも書き込んだりしたのだ。
奴はネット上の書き込みを、日常的に消して回っている。そうしなければならない理由が奴にはある。
俺はマグダレーナを見据える。
どんなに苛烈な視線で俺を見たところで、俺の心は揺らがない。
俺はあの夜、誓ったのだ。号泣する菜々子さんの手を握りながら誓った。
この人の笑顔を奪った、俺たちの真の敵を、必ず後悔させてやる、と。
真の敵……それはお前だ、マグダレーナ!!
「……敵のデータを膨大なデータベースから検索・収集・分析する『アカシック・レコード』。
敵の行動を正確に予測し、戦闘できる『スターゲイザー』。
複数の神姫と有機的な連携行動を可能にする『マルチオーダー』。
……この三つを統合したシステムこそ、『マグダラ・システム』の正体だ。
『マグダラ・システム』を必要とするのは、どんなシチュエーションだと思う?」
その場にいるすべての者への問い。
背後で戸惑う気配。
戸惑いながらも冷静に答えを導き出したのは、八重樫さんだった。
「た、たとえば……少人数の特殊部隊……とか?」
あまりにも突飛な答えに、
「はあ?」
と口を揃えた声が聞こえる。
後ろにいたチームメイトたちは、誰もがその答えを信じられないらしい。
だが、俺が肯定する。
「そう、八重樫さんの言うとおり。おそらく奴は、軍事利用目的の実験機だ。対テロ戦争用の市街戦部隊の隊長機と言ったところだろう」
今世紀の初頭、戦争の形は大きく変わった。
大国同士の抑止力戦争から、テロと戦う市街地のゲリラ戦へ。
求められるのは、小規模な部隊による緊密かつ有機的な連携だ。
軍の膨大なデータベースから、敵を知り、地理・地形を把握し、敵の動きを予測して作戦を立てる。個々人の能力をいかんなく発揮しながら、部隊を意志のある生き物のごとく連携させ、作戦を的確に遂行する。
マグダラ・システムがあれば、それは現実のものとなる。
マグダラ・システムがMMSではなく、戦争用の戦闘機械に搭載されたのだとしたら……空恐ろしい話だ。
考えてみれば、催眠術も軍事利用目的の技術かも知れない。暗示をかけ、兵士たちの恐怖や戦場のストレスを薄められるのだとすれば、有効な手段になるのではないか。想像にすぎないが。
「……で、でも……マグダレーナが軍用実験機なんて、何で言い切れるんです?」
意外にも、蓼科さんが発言した。彼女なりにしっかりと考えているらしく、好ましい。
俺はその質問にも答えを用意する。
「マグダレーナはある企業に追われてる。おそらくそこから逃げ出したんだろう」
「ある企業って……」
「亀丸重工だ」
そこで、大城が泡食ったような口調で割り込んできた。
「待て待て! そんな超大手企業が軍事用神姫の実験なんかしてるってのか!?」
「そうだとも。知らないのか? 自衛隊に配備されてる戦車や戦闘機は、日本の大手企業の手で生産されている。軍用装備の開発は、あまり一般人に馴染みはないが、企業が研究開発していることに何も不思議はない」
「け、けどよ、MMSの軍事利用は、世界的に禁止されてるはずじゃ……」
「よく知ってるな、大城。MMS国際憲章で、MMSの軍事利用は禁止されている。日本有数の大企業たる亀丸重工が、MMSを使って軍事利用の実験を行ってたなんてことが知れたら国際問題だ」
「国際問題って、お前よ……」
「だから、亀丸重工はマグダレーナを追っているのさ。いわばマグダレーナは国際憲章違反の生きている証拠だ。逃亡から二年以上経っても、捕まえるか破壊するかしなければ、会社の首を絞めかねない。
だが、軍用実験機が、まさかシスター型の格好して裏バトルに出てるなんて夢にも思わないだろう。
それだけじゃない。『アカシック・レコード』の検索能力とハッキング能力で、ネット上の自分の記述を消して回っている。マグダレーナをどんなに調べても、ネット上にろくな情報が出てこないのはそのためだ。だからなかなかしっぽが掴めなかった」
だが、亀丸側もバカじゃない。
最近になって、裏バトルで活躍する『狂乱の聖女』が逃げ出した神姫であることに気づき始めていたのだろう。
だからこそ、派手な真似をして警察沙汰にするわけには行かなかったのだ。警察に捕まれば、自分の目的を果たせなくなってしまう。警察から逃げ切れても、亀丸重工のマークは厳しくなるだろう。逃亡中の身の上としては、目立つ真似は避け続けなくてはならなかったはずだ。
俺は改めて、黒い神姫を見据える。
マグダレーナはうつむいたまま立ち尽くしている。
「どうだ、マグダレーナ。当たらずといえども遠からず、ってところだろう?」
◆
立ち尽くすマグダレーナの手は、堅く堅く握られていた。神姫の細い指が折れてしまうのではないかと思うほどに。
当たらずとも遠からず、どころではない。
遠野貴樹の語ったことは、ほとんど図星だった。
あれほどに隠し続けてきた自分の秘密を、ここまで見事に暴露されるとは思ってもみなかった。
今までにマグダレーナの秘密に迫ろうとした神姫マスターは多くいたが、秘密の一つでも明らかにした者はいない。
だが、この男は何だ。
どうしてマグダラ・システムのすべてを理解している?
理由は問題ではない。
問題は、この男が、自分が隠し続けてきた秘密のすべてを知り、マグダレーナの存在を危うくしているということだ。
「……とおの、たかき…………貴様は……貴様はやはり、あの時に殺しておくべきだった!!」
■
突然のマグダレーナの叫び。
すると突然。
「わっ!?」
ミスティが押し倒していたランプ型のサポートメカから飛び離れる。
不意に動き出したサポートメカの頭頂にあるミサイルが動き、いきなり発射された。
でも、発射された方向はミスティがいる場所とは全然違う方向。
ミサイルの向かう先を見て、わたしは愕然とする。
ミサイルの目標は……誰あろう、わたしのマスター!
わたしは一瞬で理解する。サポートメカの動きは止められても、マグダレーナからのコントロールは失われていなかった。だから、ミサイルを発射できたのだと。
でも、理解しても何の役にも立たない。
また、間に合わない。今動いても止められない。
「マスター! よけてーーーーーーーーっ!!」
叫びよ、ミサイルを追い越して、マスターに届いて!
わたしの視線の先で、チームのみんなが驚いて、頭を抱えうずくまる。
二本のミサイルが迫る。
それでも。
マスターはいつものように感情を表さない表情のまま、そこに立っていた。
どうして!?
ミサイルはもうマスターの目の前。
よけられない!
そして、わたしは、その瞬間を、見た。
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&bold(){キズナのキセキ}
ACT1-25「聖女の正体」
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「本当によろしいのですか、奥様」
おもむろにそう話しかけてきた自らの神姫・三冬に、久住頼子は落ち着いた様子で湯飲みを手に取る。
「なんのこと?」
「菜々子様のバトル、気にならないのですか? 見に行けばよろしかったのでは」
「いいのよ」
煎れたばかりのお茶を一口飲み、壁の時計を見た。
「……もう始まっている頃ね。一時間もしないで、結果がわかるでしょう」
「ですが……」
今から行ったところで、バトルには間に合わない。
そもそも、頼子は最初から、当日のバトルを観戦する気は全くないようだった。
大事な孫娘の、今後の人生を左右しかねない、戦い。
それなのに、悠々と構えている自分のマスターを、三冬は少し歯がゆく思う。
菜々子やミスティと一緒に暮らしてきたのは三冬も同じだ。口には出さずとも、あの二人を大切に思っている。
頼子は、ちゃぶ台の上に静かに湯飲みを置く。
「この戦いは菜々子の戦いよ。わたしたちができることは何もない……できるのは、ただ、待つことだけよ」
「……」
「あの子が帰ってくるのを出迎えてあげる……たとえどんな結果になったとしても」
頼子とて、バトルの行く末が気にならないわけではない。
だが、菜々子が一人の神姫マスターとして挑む試練ならば、頼子もまた神姫マスターとして、黙って見送るべきだと思っている。それが頼子の矜持であった。
そして、バトルがどんな結果になったとしても……菜々子がどんな風になったとしても、暖かく迎える。それが頼子の、祖母としての矜持である。
特訓が始まった頃から、決戦の日はそうして過ごすと決めていた。
昨日まで、特訓のために多くの若者がやってきて賑やかだった久住邸の居間は、頼子と三冬だけがいて、ひどく殺風景に感じられる。
こんなに広い家だっただろうか。
頼子はそっと視線を移す。
部屋の隅に置かれたそれは、遠野貴樹に託されたもの。
特訓で彼が使っていた、時代遅れのタワー型デスクトップPCだった。
□
「そんな……あれが……あんなのが神姫だなんて……」
呆然と言うのは安藤。
俺が少し後ろを向くと、江崎さんは口を押さえて気分が悪そうだ。
無理もない。
本来の神姫は人型だ。なのに異形の物を神姫だと言われて受け入れられる方がおかしい。
冷静でいる俺の方がどうかしているのだろう。
「なんなんだよいったい……あんなのが神姫とか、ヘッドセットが神姫とか……なんなんだよ、マグダレーナって奴は……わけわかんねぇ!!」
大城が我慢できなくなったように声を上げる。
ここにいるチームの仲間たちは誰しも同じ思いだろう。
俺は少しだけ頭の中を整理し、言った。
「大城、悪かったな。何も言わないまま手伝わせてきたが……やっと説明できる」
「……ああ?」
「……あの、マグダレーナの装備こそ、マグダラ・システムの本質だ」
「マグダラ・システム……!? あれか、エルゴで店長と話してたときの……」
「そうだ。マグダラ・システムは一つの装備やスキルを指す言葉じゃない。マグダレーナの独特の戦闘方法を構成するシステムの総称だ」
俺は視線をはずさない。その先にいるのは漆黒の神姫……マグダレーナ。
奴も俺をじっと見ている。表情を驚愕に彩りながらも、視線は徐々に苛烈になっている。
俺は続ける。みんなに聞こえる声で、今こそ語る。
「そのマグダラ・システムの本質は、単純に言えば『複数の神姫を同時に操ること』だ。
だからこそ、サポートメカは神姫でなくてはならない。
神姫であれば、犬猫型のマスィーンズや、カブト・クワガタ型の合体装備ヘラクレスよりも、より柔軟かつ繊細な戦闘行動が出来る。本来は、武装神姫のチームで使う能力なんだろうけどな」
「複数の神姫を操るって……それじゃまるで……デュアルオーダー……」
園田さんがかすれた声で呟いた。俺はまた一つ頷く。
「そうだ。マグダレーナの場合、二体以上の神姫を操れる。五体同時に操っているのを見たからな。『マルチオーダー』とでも言うべきか」
「五体って……そんなに!?」
「C港でのリアルバトルの時に、サポートメカ二体、ヘッドセットが二個、そして……菜々子さんのストラーフbisの、合わせて五体を操っていたからな」
視線を交わすマグダレーナの表情はどんどんと厳しくなっていく。それが俺の推理の正しさを無言のうちに物語る。
ふと気づいたように、八重樫さんが疑問を口にした。
「……待ってください。マグダレーナの能力が『マルチオーダー』だったとして、ヘッドセットにCSCを仕込んで、いったい、なに、を……」
賢い八重樫さんのことだ、話している途中で答えに行き着いたのだろう。疑問は途中でかすれて消えた。かわりに、両肘を抱えて細かく震えている。
ここで答え合わせをするには彼女には酷かも知れない。
だが、俺は皆に語らなければならない。
それが、すべてを秘密にしたまま、みんなをここまで連れてきた俺の責任だ。
「ヘッドセットを通して操るのさ……人間をな」
背後で息を飲む気配。俺は振り向くことが出来ない。マグダレーナに注意を払い続けなくてはならない。奴は何をしてくるか分からないからだ。
俺はマグダレーナを見つめながら、話を続ける。
「マグダレーナは操っていたんだよ、自らのマスターである桐島あおいと、おかしくなったときの菜々子さんを」
ルミナスを失った後の桐島あおいと、C港での菜々子さん。二人の共通点は、事件の直後に態度が豹変したことだ。
そして、C港でのバトルの時、俺が菜々子さんのヘッドセットをはずすと、彼女は正気を取り戻した。
ヘッドセットを媒介に、菜々子さんが何者かに操られていると、俺はその時に確信した。そして、『マルチオーダー』の概念を思いついたと同時に、ヘッドセットが神姫である可能性に思い至った。
だからこそ、ヘッドセットをホビーショップ・エルゴに持ち込み、日暮店長に中身の確認を依頼したのだ。ヘッドセットが神姫であることを、店長は請け負った。
大城は声を震わせながら、俺に問う。
「……神姫が人を操るって……どうやって!?」
「催眠術さ」
「……さいみんじゅつぅ?」
「強い暗示、と言ってもいいかも知れない。
催眠術と言うと胡散臭い感じだが、効果は科学的にも証明されている。催眠術をかけられた人は、術者の言うことを現実だと思いこむようになる。
あのヘッドセットからは、そうした暗示をかける音声が流れ続けている。ヘッドセットを通してマグダレーナが指示を出し、あたかもマスターが神姫に指示を出して戦っているように見せかけていたんだ。
菜々子さんの時には、のっぺらぼうのストラーフを新しい自分の神姫だと思い込ませていた」
大城はごくりとのどを鳴らし、さらに言う。
「で、でも、なんだってそんなことをする必要が……」
「今の世界で、神姫だけで生きていくことは出来ない。どうしても人間の手で世話したり保護したりすることが必要だ。バトルにだって、神姫単独では出られないしな」
「それじゃあ……桐島はマグダレーナの世話を強制的にやらされてた、っていうのか?」
「……わからん」
俺はゆっくりと頭を振る。
それはわからない。自らすすんでマグダレーナの僕となったのか、それとも無理矢理なのか。知っているのは桐島あおい本人だけだ。
正気を取り戻したら、ぜひ彼女に聞いてみたいところだ。
そこで、低くしわがれた声が聞こえてきた。
「よくも……よくもそこまで……突き止めたものだな……」
その声は地の底から響いているかのように、低く、暗く、重い。
そして、同時に俺に向けられている視線は、憎悪。
俺は視線を逸らさない。マグダレーナの視線を受け止め、小さな神姫を見つめ続ける。
「我が能力、どこで見破った……?」
「C港での戦いの時に気付いた……だが、ゲームセンターでのバトルの話を聞いていたからこそ、ひらめいた」
「……なに?」
「お前は、サポートメカを、ゲームセンターでは使わなかった。
自らの要求を通すのに、敗北は許されない。マグダラ・システムの他の能力を使っても相当に有利だろうが、万が一の負けも許されないのに、手持ち武器だけで戦った。
先にあったミスティとのリアルバトルでは、フル装備だったのにも関わらず、だ。
なぜか?
お前は使いたくても使えなかった。
なぜなら、サイドボードに神姫を二体も入れたら、レギュレーションチェックに引っかかるからだ」
基本的に装備はフリーのゲームセンターでの対戦といえども、最低限のレギュレーションはある。
サイドボードに入るだけの装備しか使えないし、サイドボードに神姫は入れられない。
マグダレーナの装備は物量的にはサイドボードに入れられるが、サポートメカにはCSCが搭載されているから、神姫として判定されて、レギュレーション違反になってしまう。
だから、『ポーラスター』や『ノーザンクロス』では軽装備で戦ったのだ。ミスティと虎実が、奴の装備について意見をぶつけ合ったことがあったが、二人の主張が違う理由はここにあった。
そう言えば……思い出した。
「そう言えば、ひらめきの原点はもっとずっと前……大城と『デュアルオーダー』の話をしたことだ。C港で大城の声が聞こえたときに、ひらめいた」
背後がちょっとどよめく。今の言葉とともに感謝の気持ちが大城に届いていればいいのだが。
俺の背後の雰囲気とは裏腹に、いつも余裕の表情を崩さなかったマグダレーナが、ここまで歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほどに、歯を食いしばって俺を睨みつけている。
俺に向けた視線には憎悪さえ込められているように思える。
「……奢るなよ。『スターゲイザー』を破壊した程度で、このわたしに勝てると思うな」
「分かっているさ、マグダレーナ。「観測機」を破壊したくらいで油断する気はない」
その時のマグダレーナの表情は見物だった。
あれほどの憤怒の表情が、まるで豆鉄砲に撃たれた鳩のような、驚きと呆然に取って代わったからだ。
俺の何気ない言葉は、奴にとっては急所への一撃に等しかっただろう。
そうだ、マグダレーナ。この戦いの主導権はこっちが取り続ける。今までずっと後手に回っていた分をすべて取り戻させてもらう。
しかし、俺とマグダレーナの話に、その場にいる他の誰もついて来れずにいる。
それは当事者である菜々子さんとミスティも同様だった。俺が秘密主義に徹した弊害がこんなところに現れる。
ミスティは、残骸と化したランプ型のサブマシンの外装を持ち上げながら、俺を見た。
「観測機って……」
「文字通りの意味だ。ミスティ、今お前が倒したそれは、戦闘用のサポートメカだが、それで役割の半分だ。もう一つ役割は、『スターゲイザー』……マグダレーナの強さの根幹になっている、『行動予測』スキルのための観測だ」
「……『スターゲイザー』って、サポートメカの名前じゃないの!?」
「それも含めて、スキル名『スターゲイザー』だ。だっておかしいだろ? ただの戦闘用サブマシンに、どうして『すべてを見通す者』なんて名前を付ける? すべてを見通す者はマグダレーナ本人で、サポートメカは相手の戦闘行動の観測と、時間稼ぎが役割だ」
「時間稼ぎ?」
「検索する時間だよ」
その言葉は二発目の銃弾。
見事命中した証拠に、マグダレーナはショックを越えて、うろたえる表情さえ見せている。
「……貴様……どこまで知っている!?」
必死の表情のマグダレーナに、俺は無言で応じた。
まだまだこれからだ、マグダレーナ。おまえを追いつめるのは、な。
この時点で、後ろの連中はろくに言葉を発しなくなっていた。みんなきっと、ちんぷんかんぷんといった表情をしていることだろう。
ただ一人、八重樫さんだけは、俺の話に必死に食らいついてきているようだ。
「ということは……その『検索』も、マグダレーナの特別なスキル……なんですか?」
「そうだ。『アカシック・レコード』なんてご大層な名前が付いている」
「『アカシック・レコード』……この世のすべてを記録した図書館……? まさか、マグダレーナは、あらゆる神姫のデータを持っているとか?」
「それは現実的じゃないな。むしろデータベースは外部に任せて、端末側は検索能力を上げた方が有効だろう」
「そ、それじゃあ……『アカシック・レコード』は、検索エンジンのことですか!?」
「それと、検索したデータを分析、統合するプログラムだ。そのデータを元に、『スターゲイザー』の行動予測を行っている」
『アカシック・レコード』はおそらく、武装神姫のデータ検索に特化した検索エンジンだ。そして、強力なハッキング能力も備えているはずだった。
そのスキルを利用して、裏バトル場やゲームセンターのサーバーに集積されているバトルログから対戦相手のデータを収集、分析していたのだ。
そして、そのデータだけでは予測が不十分なら、二体のサポートメカを戦わせて、データを現場で収集する。
今のミスティは、マグダレーナには情報不足だ。だから、サポートメカを出して情報収集を行おうとする。
それが分かっているから、俺は虎実にサポートメカの狙撃をさせたのだ。
公園の中は静まりかえっている。
俺がマグダレーナの正体を明かす間、動くものとてない。当のミスティとマグダレーナも一時休戦だ。
ただ、桐島あおいだけが大きく息をつきながら、頭を押さえてうずくまっている。側には、心配そうに介抱する菜々子さんが見える。
ティアもまた、ヘッドセットを抱えたまま、呆然と立ちすくんでいた。
不意に、背後から声がした。大きく遠回りして、大城の元に戻ってきた虎実だ。
「……けどよ、トオノはどうしてわかったんだ? アイツのスキルが検索だなんてことがさ」
「ヒントはあった。C港でのバトルの時、三冬が「ファーストリーグ四十七位」と言った後、ちょっとして『街頭覇王』か、と奴が答えたんだ。
リーグのランキングだけ聞いて、すぐに二つ名が分かるものか? しかも、上位ならともかく、入れ替わるランキングで四十七位の神姫を覚えていられるものじゃない。
奴は神姫だから、データを持っていたとも考えられるが、裏バトルをメインに戦っている神姫が、公式リーグの神姫のデータを細かく持っているとは考えにくい。むしろネットにつないで調べた方が早い」
「け、けどよ、それならネットにつないで検索しただけじゃねーのか。んなこと、クレイドルがあればアタシにだって出来るぜ」
「それにまだある。奴は初見で『ライトニング・アクセル』を破ってみせた。自分で言うのもなんだが、あれは見たこともないのに破れる技じゃない。しかも、技の構造を完全に理解した方法で、だ。
あの日の俺たちとの対戦は、イレギュラーなものだった。対戦予定のないティアのデータを持っていたとは考えにくい。
そもそも、三冬のデータも持っていなかったはずだ。頼子さんの乱入は、俺さえ予期してなかった。その証拠に、サポートメカ二体を繰り出して、三冬の足止めと観測をしていたくらいだからな。
桐島あおいはノートPCすら持っていないから、二人が特別なデータベースを持っていたわけでもない。
なら、ティアのデータはどこから持ってきた?
そう、ネット上からさ。『ライトニング・アクセル』のデータを検索し、収集し、分析し、迎え撃った」
検索する時間はいくらでもあったはずだ。
俺が彼らの前に現れた瞬間から、バトルの最中まで。それだけの時間があれば、ティアがアクセルを放つまでに、ティアのすべての行動を予測できるようになっていただろう。
そして俺は、奴の検索能力とネットワークの能力を確認するために、ある方法を試した。
それが、奴を呼び出すときに使った「狂乱の聖女に告ぐ」の書き込みだ。
知りうる限りの武装神姫関連のネット掲示板に書き込んだが、翌朝にはすべてきれいに消されていた。
これはマグダレーナの仕業だ。そうでなければ、一晩ですべて消されることは考えにくい。なにしろ、管理が行き届いていないようなマイナーな掲示板にも書き込んだりしたのだ。
奴はネット上の書き込みを、日常的に消して回っている。そうしなければならない理由が奴にはある。
俺はマグダレーナを見据える。
どんなに苛烈な視線で俺を見たところで、俺の心は揺らがない。
俺はあの夜、誓ったのだ。号泣する菜々子さんの手を握りながら誓った。
この人の笑顔を奪った、俺たちの真の敵を、必ず後悔させてやる、と。
真の敵……それはお前だ、マグダレーナ!!
「……敵のデータを膨大なデータベースから検索・収集・分析する『アカシック・レコード』。
敵の行動を正確に予測し、戦闘できる『スターゲイザー』。
複数の神姫と有機的な連携行動を可能にする『マルチオーダー』。
……この三つを統合したシステムこそ、『マグダラ・システム』の正体だ。
『マグダラ・システム』を必要とするのは、どんなシチュエーションだと思う?」
その場にいるすべての者への問い。
背後で戸惑う気配。
戸惑いながらも冷静に答えを導き出したのは、八重樫さんだった。
「た、たとえば……少人数の特殊部隊……とか?」
あまりにも突飛な答えに、
「はあ?」
と口を揃えた声が聞こえる。
後ろにいたチームメイトたちは、誰もがその答えを信じられないらしい。
だが、俺が肯定する。
「そう、八重樫さんの言うとおり。おそらく奴は、軍事利用目的の実験機だ。対テロ戦争用の市街戦部隊の隊長機と言ったところだろう」
今世紀の初頭、戦争の形は大きく変わった。
大国同士の抑止力戦争から、テロと戦う市街地のゲリラ戦へ。
求められるのは、小規模な部隊による緊密かつ有機的な連携だ。
軍の膨大なデータベースから、敵を知り、地理・地形を把握し、敵の動きを予測して作戦を立てる。個々人の能力をいかんなく発揮しながら、部隊を意志のある生き物のごとく連携させ、作戦を的確に遂行する。
マグダラ・システムがあれば、それは現実のものとなる。
マグダラ・システムがMMSではなく、戦争用の戦闘機械に搭載されたのだとしたら……空恐ろしい話だ。
考えてみれば、催眠術も軍事利用目的の技術かも知れない。暗示をかけ、兵士たちの恐怖や戦場のストレスを薄められるのだとすれば、有効な手段になるのではないか。想像にすぎないが。
「……で、でも……マグダレーナが軍用実験機なんて、何で言い切れるんです?」
意外にも、蓼科さんが発言した。彼女なりにしっかりと考えているらしく、好ましい。
俺はその質問にも答えを用意する。
「マグダレーナはある企業に追われてる。おそらくそこから逃げ出したんだろう」
「ある企業って……」
「亀丸重工だ」
そこで、大城が泡食ったような口調で割り込んできた。
「待て待て! そんな超大手企業が軍事用神姫の実験なんかしてるってのか!?」
「そうだとも。知らないのか? 自衛隊に配備されてる戦車や戦闘機は、日本の大手企業の手で生産されている。軍用装備の開発は、あまり一般人に馴染みはないが、企業が研究開発していることに何も不思議はない」
「け、けどよ、MMSの軍事利用は、世界的に禁止されてるはずじゃ……」
「よく知ってるな、大城。MMS国際憲章で、MMSの軍事利用は禁止されている。日本有数の大企業たる亀丸重工が、MMSを使って軍事利用の実験を行ってたなんてことが知れたら国際問題だ」
「国際問題って、お前よ……」
「だから、亀丸重工はマグダレーナを追っているのさ。いわばマグダレーナは国際憲章違反の生きている証拠だ。逃亡から二年以上経っても、捕まえるか破壊するかしなければ、会社の首を絞めかねない。
だが、軍用実験機が、まさかシスター型の格好して裏バトルに出てるなんて夢にも思わないだろう。
それだけじゃない。『アカシック・レコード』の検索能力とハッキング能力で、ネット上の自分の記述を消して回っている。マグダレーナをどんなに調べても、ネット上にろくな情報が出てこないのはそのためだ。だからなかなかしっぽが掴めなかった」
だが、亀丸側もバカじゃない。
最近になって、裏バトルで活躍する『狂乱の聖女』が逃げ出した神姫であることに気づき始めていたのだろう。
だからこそ、派手な真似をして警察沙汰にするわけには行かなかったのだ。警察に捕まれば、自分の目的を果たせなくなってしまう。警察から逃げ切れても、亀丸重工のマークは厳しくなるだろう。逃亡中の身の上としては、目立つ真似は避け続けなくてはならなかったはずだ。
俺は改めて、黒い神姫を見据える。
マグダレーナはうつむいたまま立ち尽くしている。
「どうだ、マグダレーナ。当たらずといえども遠からず、ってところだろう?」
◆
立ち尽くすマグダレーナの手は、堅く堅く握られていた。神姫の細い指が折れてしまうのではないかと思うほどに。
当たらずとも遠からず、どころではない。
遠野貴樹の語ったことは、ほとんど図星だった。
あれほどに隠し続けてきた自分の秘密を、ここまで見事に暴露されるとは思ってもみなかった。
今までにマグダレーナの秘密に迫ろうとした神姫マスターは多くいたが、秘密の一つでも明らかにした者はいない。
だが、この男は何だ。
どうしてマグダラ・システムのすべてを理解している?
理由は問題ではない。
問題は、この男が、自分が隠し続けてきた秘密のすべてを知り、マグダレーナの存在を危うくしているということだ。
「……とおの、たかき…………貴様は……貴様はやはり、あの時に殺しておくべきだった!!」
■
突然のマグダレーナの叫び。
すると突然。
「わっ!?」
ミスティが押し倒していたランプ型のサポートメカから飛び離れる。
不意に動き出したサポートメカの頭頂にあるミサイルが動き、いきなり発射された。
でも、発射された方向はミスティがいる場所とは全然違う方向。
ミサイルの向かう先を見て、わたしは愕然とする。
ミサイルの目標は……誰あろう、わたしのマスター!
わたしは一瞬で理解する。サポートメカの動きは止められても、マグダレーナからのコントロールは失われていなかった。だから、ミサイルを発射できたのだと。
でも、理解しても何の役にも立たない。
また、間に合わない。今動いても止められない。
「マスター! よけてーーーーーーーーっ!!」
叫びよ、ミサイルを追い越して、マスターに届いて!
わたしの視線の先で、チームのみんなが驚いて、頭を抱えうずくまる。
二本のミサイルが迫る。
それでも。
マスターはいつものように感情を表さない表情のまま、そこに立っていた。
どうして!?
ミサイルはもうマスターの目の前。
よけられない!
そして、わたしは、その瞬間を、見た。
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