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「Battle Venus」(2012/04/14 (土) 18:22:30) の最新版変更点
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東京都Fバトル会場付近の神姫センターは普段とは段違いなまでの度数の熱気に満たされていた。真夏の甲子園を連想させる感情の嵐は通常の規格よりも巨大な筺体を中心として渦巻き観客達の様々な声が神姫バトル参加者に襲い掛かる。或る神姫の可愛らしさを褒め称える様な歓声、或る神姫の危機を救わんと叫ぶ悲鳴、或る神姫の卑劣を詰る様な怒号。一つの場所に人の密集度が高いと言うのはそれだけで重圧となり或る神姫プレイヤーは身体が竦み或る神姫プレイーは吐き気にも襲われていた。
魔物でも住んでいそうな文字通り阿鼻叫喚の異世界の中で黒野白太/イシュタルは普段通り、到って普段通り悪役を演じていた。参加者十五名の神姫バトルロワイアル、森林の多い山岳地帯の夜となれば森林に身を潜めて奇襲を狙うのは定石だろう。だが卑怯卑劣が売りの黒野白太/イシュタルは何故か今回のバトルに限って身を隠す事は無く悠々と散歩でもするようなノリで森林地帯を歩いていた。そんな事をすれば参加者の誰かに奇襲されるのは当然の事で、然しながら奇襲は失敗しそれから予定調和と言わんばかりに普通の戦闘になる。
武器を壊す『刃毀れ』の黒野白太/イシュタルへの奇襲に失敗したモブキャラは武器の破壊を怖れ出来る限り距離を取って攻撃する。そんなテンプレ的な対応策にテンプレ的な対応策の対応策として黒野白太/イシュタルは弾幕を?い潜り得意な近距離格闘(レンジ)で襲い掛かる。ストラーフMk2型とは思えない素早さで接近されたことに焦ったモブキャラは急いで小剣を取り出し振り下ろされた大剣を防御するが勢いだけは殺し切れず仮想空間の地面に叩きつけられ急いで起き上がろうとするも背中を踏まれ押し付けられる。
黒野白太/イシュタルは大剣を下向きにして持ちそのままの振り下ろしてモブキャラのリアパーツのみを破壊すると脇腹を蹴り飛ばした。敗北を覚悟した筈なのに壊されたリアパーツだけ、意味が分からないと言う視線に黒野白太/イシュタルはヘラヘラと笑って返す。
「何? どうしたの?」
神姫越しに見えそうな黒野白太の表情と神姫の声帯を借りて聞こえた黒野白太の声に言い様の無い不安を感じた。尻尾を巻いて逃げようと決めた時には既に遅くストラーフMk2型標準装備のリアパーツの副腕に掴まれて引き寄せられる。何とかもがいて副腕の呪縛を解くと同時に黒野白太/イシュタルは両手に持つ二本のナイフをモブキャラの神姫の素体に滑らせるように走らせる。
ほんの刹那に神姫の素体を一切傷付ける事無く胴体を守る装甲の留め具や接続部を破壊し崩れ落ちたパーツをこれ見よがしに踏み砕く。その神業的なナイフ捌きへの驚きよりも黒野白太/イシュタルの目的を知った事への恐怖がモブキャラの中で勝っていた。目の前の武装神姫は遊んでいる、何時でも倒せると言うのに敢えてそれをせず極限の精密動作性で装甲を壊す事を楽しんでいる。
「ほら、どうしたの? まだ武器はあるでしょ?」
副腕の拳がモブキャラのヘッドパーツに命中し大きくよろめいた所で黒野白太/イシュタルが目前にまで迫る。
小剣で斬りつけようとするが両掌を掴まれて動かせずそれならばと蹴りを放つが足が届く前に大きく跳躍したので悪足掻きの蹴りは空を切る。黒野白太/イシュタルは宙で身体の向きを反転させると副腕の掌でモブキャラの頭部を包むとリンゴでも潰すかのような勢いで握り潰す。
グシャァと何かが破裂した音と共にヘッドパーツの部品が副腕の掌からボロボロと零れ出るがモブキャラの敗北判定は出ない。副腕はヘッドパーツを握り潰して破壊しただけでありモブキャラには僅かなダメージも与えていない。それでも精神面は言い様が無くダメージを受け続けておりなまじその手に武器があった事が降参と言う最善の選択肢を引き留めていた。
「う、うァアアアアアアアッッッ!」
ホラー映画の犠牲者宜しく咆哮と銃声を奏でるモブキャラに黒野白太/イシュタルは回り込む。所詮ストラーフMk2型であり速度自体は大してないものの時には樹木に身を隠し時にはバク宙をしたりと獣の様な身軽さで翻弄する。段々と距離が縮められ弾丸を撃ち尽くしたモブキャラが急いで装填をし直すがその瞬間を見計らって飛び掛かる。飛び掛かられ押し倒すと副腕でモブキャラの抵抗を抑えつけながらもスカートに手を掛けたかと思えば力付くで引き剥がした。
バトルステージの外、筺体を円形に囲む観客席から男性と卑しい歓声と女性の痛々しい悲鳴の合唱が聞こえて来る。
さて次はアームパーツだと立ち上がって意気揚々とナイフを手に取った黒野白太/イシュタルに人の目がある副審のマシンが警告を届けてきた。曰く装甲の破壊は確かにルール違反ではないが観客にも対戦相手にも気分を害させるので中止するようにと。
何となくモブキャラを見ればモブキャラは仰向けに倒れたままの状態で左手の甲で目を隠しており頬には涙が流れている。どうやら余りにショッキングな出来事にマスターと神姫共に戦意を喪失して泣き出してしまったらしい。もう少し壊したかったのが黒野白太の本音だが当初の目的は果たせたので良しとしイシュタルにモブキャラの首を素体の腕で刺し貫かせた。二度目のグシャァと何かが破裂した音の跡には何も残らず黒野白太/イシュタルは再び悠々と歩き始めた。
『もうこんなのは二度と御免だ。』
『いや、御免ね。でも、こうするしか無かったしさ。』
『二度と「こうするしか無かった。」等とふざけた事を口にするな。』
『分かったよ。でも、僕は悪くない。』
黒野白太の命令とは言え強姦魔のような事をしてしまったストラーフ型Mk2神姫イシュタルは目に見えて激怒している。原因も理由も分かっているが黒野白太としてはイシュタルには元の冷静さを取り戻して欲しかった。恐らく次に戦う事になる相手は今のモブキャラとは異なり一切の雑念を抜いて本気で戦っても尚その剣が届くかどうかすらも危い相手なのだから。内心その時をまだかまだかと子供のように待ち侘びる黒野白太はイシュタルを宥めつつも聴覚を研ぎ澄ませる。周辺は不気味なまでの静寂を醸し出しておりバトルロワイアルだと言うのに別の参加者達が争い合うよう戦闘音も聞こえない。黒野白太の目論見は成功している、後はそれが何時来るかだが――――――来た、観客席の誰か(恐らく男性)が彼女の名前を呼んだ。
彼女の名前を呼ぶ者は一人から二人に、二人から四人に、ミジンコの単体生殖の様に分裂し増殖し神姫センターを彼女の名前で埋め尽くす。彼女とは一体誰か、決まっている、悪の怪人が現れた時に人々が名前を呼ぶのは正義の味方であると決まっている。
「竹姫!」「女帝!」「TAKEHIME!」「葉月御姉様ぁ!」「竹姫葉月!」
渾名『女帝』―――竹姫葉月、神姫バトルの本場である日本の頂点、世界で一番強い神姫プレイヤー。
今日この日神姫センターが普段よりも異常な盛り上がりを見せている原因の八割近くが竹姫葉月の参戦によるものである。黒野白太の目的は竹姫葉月とタイマンで戦う事でありその為に自転車を三時間漕いでまで今回の神姫バトルロワイヤルに参加したのだ。悪名高い『刃毀れ』黒野白太が残虐非道な神姫バトルをすればそれを目にした観客が望むのは『一番強い』竹姫葉月による正義の鉄槌だろうから。
全ては黒野白太の思い通りに物事が進んでいる、事実、他の参加者は黒野白太/イシュタルに何もせず隠れながらも監視している。彼等にしても有力者同士が潰し合ってくれればが助かるのだろうけど、黒野白太にとって他の参加者なんてものはどうでもよかった。
レーダーを頼りに黒野白太/イシュタルは道を誘導するかのような位置に隠れている参加者達に従って森林を歩く。少し経つと森林の牢獄の挟間にある開けた場所、バトルステージ中央の浅瀬の川がある地帯に出た。空には満点の星、雪よりも白い満月、それ等は全て水面に鏡写され、突き出した岩石に腰を降ろすアーンヴァル型神姫の存在感を際立たせている。
「今晩は。月が綺麗ですね、竹姫葉月さん。」
「仮想空間なんですから当たり前でしょう。」
「………久し振りだな、アルテミス。」
「久し振りと言う事は貴方はイシュタルなんでしょうか?以前会った時は初代ストラーフ型神姫でしたよね?」
「色々あって前のボディが使い物にならなくなっちゃってね。神姫一転って事で移し替えたんだよ。」
「そうですか。それでも腕は落ちていないようですね。」
「まぁ元々こっち(ストラーフMk2型)に合う戦い方をしてたから。ほら、卑怯者の『刃毀れ』。」
「知っていますよ。前々から思っていたのですが、貴方は何故あんな戦い方をしているのですか? 貴方は普通に戦っても強いでしょう。」
「僕よりも強い人に強いなんて褒められても皮肉にしか聞こえないね。」
「質問に答えて下さい。『刃毀れ』。」
「他ならぬ葉月さんに渾名で呼ばれたくないんだけど。名前で呼んでくれれば答えます。」
「面倒な人ですね。答えなさい、黒野白太さん。」
「うんうん、それでいい。で、僕が『刃毀れ』として戦う理由だけど建前と本心の二つあるんだ。建前の方の理由は僕なりの手加減(と書いて騎士道と読む)だよ。」
「手加減(と書いて手加減と読む)?」
「よく考えてみてよ。武器を壊したり装甲を壊したりして僕に何かメリットはある? 無いよね。相手の武器を奪うとか装甲を奪うとかならともかくさ。僕だったら武器とか装甲を壊すくらいなら相手の急所を直接狙う。イシュタルにはそれが出来る。それをしないのはそれじゃ面白くないから武器を壊したりしてるんだ。僕には神姫バトルが強い知り合いとかいないからさ。遠征するお金も無いし。そういう縛りプレイでもしていないと神姫バトルも作業ゲーで詰まらないものになっちゃうわけ。あ、でも勘違いしないでよね。手加減して負けたからって言い訳するつもりはないよ。僕は八年間神姫バトルしていて一度でも負けていい試合なんてした事が無いのが自慢なんだから。格上相手には全身で挑んで全力で勝ちにいく。格下相手には全力で手を抜いて全身で勝ちにいく。それが僕だ。まぁ、僕としては前者の方が遣り甲斐があると思ってるけどね。」
「それが建前だと?」
「うん。本心で言えば世界一強い神姫プレイヤーの竹姫葉月に勝ちたいから。それ以外に理由なんて無いよ。」
黒野白太/イシュタルは竹姫葉月/アルテミスへと歩み寄る、川の水がぱしゃぱしゃと音を立てながら飛沫を上げて弧を描く。
「勝利よりも大事なものがあると知った風な口を叩く奴も居る。たかが神姫バトルと嘲笑う奴も居る。じゃあそいつらは今勝てなくて一体いつ勝つんだ?敗北したままで満足なのか。この人には絶対に勝てないって納得して諦観めるのか。違うだろ、親友も両親も師匠も好敵手も天敵も全ては勝つ為にあるんだろ。勝利こそがオーナーの神姫を結ぶ友情の成果だと信じている。勝利こそが積み重ねてきた努力の証明だと信じている。勝利こそが神姫バトルの全てであると思っている。だから僕は竹姫葉月に勝ちたい。イシュタルに勝ったアルテミスに勝ちたい。世界一強い神姫プレイヤーに勝ちたい。勝って僕とイシュタルは今よりも一歩前に進みたい!」
強く飛沫上げた黒野白太/イシュタルは両手にナイフを握り締め身を低くし身構えてキツく竹姫葉月/アルテミスを睨み完全な臨戦体勢に入っている。先程までの熱が入った詭弁とは異なりその手に握るナイフのような冷たく鋭い眼差しに竹姫葉月/アルテミスは岩石から腰を上げて月光色の大剣を手に取った。
「何と言うか、今まで好い加減な人だと思っていましたけど、実は熱い人なんですね。」
「僕は神姫バトルに勝ちたいだけの武装紳士さ。」
「そう言えば今回は神姫バトルロワイヤルですがいいんですか? 例え貴方が勝ったとしても消耗し切った状態で優勝出来ると思いませんが。」
「別にいいよ、優勝くらい呉れてやる。と言うか、そもそも僕は初めから葉月さん以外に眼中に無いし。」
「そこまで熱烈に迫られて無碍にするのは礼に欠けますね。いいでしょう、全力で御相手します。アルテミス!」
「はい、マスター!」
「今度こそ勝ちにいくぞ、イシュタル!」
「勿論だ。負けっぱなしと言うのは性に合わない!」
先に走り出した黒野白太/イシュタルは加速しつつ両手にナイフを構え付け加え副腕の両方に大剣を握らせて竹姫葉月/イシュタルに迫る。
「二刀流…いや、四刀流!?」
「独眼竜の六刀流ってぶっちゃけあれメリケンサックみたいな何かだよね!だから僕は負けてない!」
神姫自体の両手にはナイフが二丁、副腕にはリアパーツとセットになっている大剣とまた別の大剣の二振り、計四本の剣。
流石に四本もの腕から成る剣技は捌き切れないと判断した竹姫葉月/アルテミスはアーンヴァル型神姫の領域である空中へと飛び逃げる。
黒野白太/イシュタルは屈んだ両膝の動きに合わせて二本の大剣を川に叩きつけ加速させながらも上方向に跳躍し無理にでも近距離戦に持ち込もうとする。
大剣の剣先が届くまで距離が縮まった瞬間に竹姫葉月/アルテミスは空中でターンし最短最適の速さで逆方向への方向転換と加速を済ませて蹴りを叩き込んだ。追い付こうと無理に加速していた為に防ぐ暇も無く跳躍の勢いを殺されて落下する黒野白太/イシュタルへ追撃にと持っていた大剣を投げ付ける。難無く片方の大剣で弾き飛ばすが驚異的な加速でその瞬間に追い付いた竹姫葉月/アルテミスは最高速度を維持したまま自分の大剣を掴みそのまま振り下ろした。もう片方の大剣で防がれるもの重力と加速が乗っている一撃なら押し切られる、がそれを黒野白太/イシュタルの手のグレネードランチャーの銃口が覗いていた。
「BANG☆」
茶目っ気たっぷりに洒落になって無い砲撃を叩き込み二人の武装神姫の僅かな間で神姫大の規模の爆発が起きる。予め爆発による被害や衝撃を計算していた黒野白太/イシュタルは難無く川辺に竹姫葉月/アルテミスは少し吹き飛ばされてから空中で制止した。レッグやウェストに僅かな焦げ目が付いているもののダメージ自体が少なそうだ、バトル漫画でよくある衝撃の瞬間に退くとかの理屈で衝撃を激減させたのだろう。完全に決まったと思ったカウンターにアドリブで対処出来る竹姫葉月/アルテミスに羨望しつつも黒野白太は内心でくつくつと屈託有りで笑って見せる。天才、主人公補正、王道、才能、努力、邪道、悪役、思い浮かんだ全ての言葉(マイナス)は黒野白太が信条とする勝利の二文字の前に消え失せた。
「準備運動はここまでにしておこうか。」
「そうですね。」
「マスター、さっき全力で戦うって言ったばかりじゃないですか。」
「アルテミス、これは様式美と言う奴だ。つっこむだけ野暮だぞ。」
「はぁ、イシュタルはもう慣れっ子なのですか?」
「葉月と違いうちのマスターは『悪役』としてキャラ立てしているからな…。」
今度に先手を取った竹姫葉月/アルテミスは牽制射撃をするもチャージショットでの威力と速度が売りのレールガンでは足止めする事すら叶わない。と言うよりも黒野白太/イシュタルは常に必要最低限の動きしかしないのでストラーフ型とは思えない速度で接近してくる。敗北を予兆する黒猫の想像(イメージ)を振り払い竹姫葉月は『女帝』として世界最強の神姫プレイヤーとしての誇りを懸けて全力で迎え撃った。
黒野白太/イシュタルは武器を壊すから『刃毀れ』と呼ばれている通り竹姫葉月/アルテミスの渾名『女帝』にも当然ながら由来はある。竹姫葉月/アルテミスが何故『女帝』と呼ばれるようになったかその理由は至って簡単でシンプルに彼女達が強いからである。これと言って際立った武器も戦法も無く王道(セオリー)で勝ち続け世界最強にまで辿り着いた器用貧乏の最終形態こそが『女帝』である。
世界最強にして世界最高の『女帝』に対し黒野白太が採った戦法は「特に何もしない事」即ち竹姫葉月と同じく王道に基づいて戦うというもの。普段は状況や環境を自分の有利なように変える黒野白太が竹姫葉月と同じ戦法を選ぶに際し感傷的な感情が一切無いとは言い切れない。
例え相手と同じ土俵であっても黒野白太は負けるつもりは一切無いしそして勝つ秘策もあった。その秘策を公開する前に出来るのであれば勝利したかったが竹姫葉月/アルテミスはそう簡単に倒せる相手ではない。
アーンヴァル型の王道に従い制空権と空中での制動力を盾にし黒野白太/イシュタルによる手数のアドバンテージを覆す。加速と重力を上乗せさせたハンマーの一撃は四本の腕による防御の上からでもダメージを与えるだけでなく高度も激減させる。急加速と急停止を自在に出来る制動力をフルに活かし大剣による一撃離脱戦法を繰り返し少しでも隙を見せればレールガンの雷が落ちる。
一発目と二発目のフルチャージレールガンは大剣で弾き飛ばしたが三発目により副腕の一本が破壊された。自分から近付く事の出来ないジレンマと一方的に攻撃される苛立ちが招いた誤作動であるがこの一撃が逆に黒野白太を冷静にさせた。壊された副腕の大剣をリアパーツの鞘に納めて回収し四発目となるフルチャージレールガンを残った副腕の大剣で弾き飛ばす。そのまま黒野白太/イシュタルは微動だにせず待ち構えている、ストラーフ型の王道である不動戦法。
あのように待ち構えられてはレールガンは弾丸の無駄になるだけと判断した竹姫葉月/アルテミスは一撃離脱を狙い大剣で斬りかかる。それを受け止めたのは黒野白太/イシュタルの素体が手に持つ大剣、副腕はグレネードランチャーの銃口を川と垂直になるように向けて引き金を引いた。爆発を踏み台に飛び上がりつつも急加速、素早く大剣を盾にした竹姫葉月/アルテミスを踏み台にしてさらに上昇し制空権を完全に奪い取る。今まで散々苦しめられた重力を裏切らせ黒野白太/イシュタルは身体の向きを調節しつつ殆ど相手を見ずに大剣を投擲した。
アーンヴァル型でなら投擲された大剣を回避するのは容易いが本命は大剣の陰に隠れるように投擲された二本のナイフをくっ付けて出来た手裏剣。手裏剣は意思でも持つかのように回避動作を採った竹姫葉月/アルテミスを追跡し大剣が川に叩きつけられると同時にその刃が竹姫葉月/アルテミスの喉を突き破った。
完璧に仕留めた感覚が黒野白太/イシュタルがあった、観客達も世界最強の神姫マスターの痛々しい姿に静かな悲鳴を上げる。
だがジャッジが判決(コール)を下す事は無かった、竹姫葉月/アルテミスは喉に刺さった手裏剣を引っこ抜いてその辺りに投げ捨てた。歓声がドッと沸く、正義の味方は負けないんだと観客の誰もが共感する、唯一現状を把握する黒野白太/イシュタルを除いて。
『在り得ない。今の手裏剣はで確実に喉の急所を貫くよう気流を計算して投げたと言うのに。』
『もしかして川の水か?』
『何か気付いたのか?』
『手裏剣が当たる直前に川の水を蹴り上げて手裏剣に掛けたとすれば…完全な計算は完全故に狂う。』
『馬鹿な、あの二人は手裏剣に気付いていなかったはずだ。』
『僕達の勝利じゃない以上はそう仮定するべきだよ。』
努めて冷静にイシュタルを宥める黒野白太であったが今の手裏剣で仕留められなかったのは非常に不味かった。グレネードランチャーを副腕に撃たせての急速な加速により制空権を奪いそれから一気に仕留める気でいたのだがそれに失敗した。一度見せた手が二度と通用するとは思えない、相手はそれだけの技量を持っていると考えるべきだ。その予感は的中し制空権を取り戻した竹姫葉月/アルテミスはハンマーを振り翳して徹底して黒野白太/イシュタルの奇襲を補助する副腕の破壊を狙い始めた。
先の失敗で手軽なナイフを失った事のもまた痛く大剣の二刀流では一撃を防ぐ事は出来ても反撃するまでの時間が取れない。それから数度の襲撃を経て等々大剣を握る副腕は軋み上げ動きが鈍ったその隙に肘の部分を粉砕された。神姫自身にダメージは殆ど受けてないものの副腕を破壊され手裏剣は何処かに捨てられ残された武器は大剣とグレネードランチャーのみ。奇しくも黒野白太/イシュタルの今の状況は彼等自身が手加減と称した『刃毀れ』の戦法で武器を破壊された対戦相手の状況によく似ていた。
『イシュタル、やるぞ。構えろ。』
『やっとか。待ち侘びたぞ。』
尚も一切の敗北を認めず激しいまでの勝利への渇望に燃える双眸を見た竹姫葉月/アルテミスは油断無く大剣を身構えた。その直感は間違いでは無く黒野白太/イシュタルはまだとっておくきを、奥の手を残している。黒野白太/イシュタルの瞳の底、竹姫葉月/アルテミスが勝利への渇望を見たそこに、無数の真っ黒な蟲のようなものが蠢き始めた。
「「バイツァ・ダスト。」」
…。
…。
…。
その後、黒野白太/イシュタルは敗北した。
だが竹姫葉月/アルテミスもまた『バイツァ・ダスト』を破る際に重傷を負い勝敗が決した瞬間に別の参加者に襲撃され脱落した。悪役の黒野白太/イシュタルが敗北した時には歓声が湧いたが、正義の味方の竹姫葉月/アルテミスが敗北した時には何も起こらなかった。
それも当り前で、そもそも今回のバトルルールはバトルロワイアルである、激戦で消耗した相手を狙ったところで何か咎があるはずが無い。いや、よくよく考えれば今日の竹姫葉月/アルテミスもまた初めからバトルロワイアルをやるつもりでバトルロワイアル用の武装をしてやって来たのだろう。それに対し初めからタイマン用の装備で挑んだにも関わらず負けた黒野白太/イシュタルはこの上なく惨めな敗北をしたのかもしれない。
かもしれない、じゃなくて、したのだろう、筺体から離れた黒野白太を待っていたのは観客のニヤニヤした視線。あれだけ残酷な事をやって、あれだけ格好付けた事を言って、それでも負ければ、待っているのは周囲からの冷やかな嘲笑である。イシュタルは目を伏せて何も答えない、例えマスターが勝手にやった事であっても神姫にその責任が無いとは言えないからだ。そして黒野白太はと言えば、泣いているのか笑っているのか判別の付かない、ヘラヘラとした笑顔を浮かべる。
「また負けたね。」
「…。」
「また負けちゃったね。」
「五月蠅い、黙れ。」
イシュタルに怒られて流石の黒野白太も口を噤む。
負け慣れているからヘラヘラと笑っていられる黒野白太であったが矢張り神姫にとって敗北とは決して慣れるものではないらしい。竹姫葉月との勝負には負け、イシュタルの機嫌は損ね、後に残っているのは自転車で三時間掛る帰り道である。まぁ僕は主人公じゃないんだし仕方は無いか、と無理矢理にでも自分を納得させる黒野白太であった。
8東京都Fバトル会場付近の神姫センターは普段とは段違いなまでの度数の熱気に満たされていた。真夏の甲子園を連想させる感情の嵐は通常の規格よりも巨大な筺体を中心として渦巻き観客達の様々な声が神姫バトル参加者に襲い掛かる。或る神姫の可愛らしさを褒め称える様な歓声、或る神姫の危機を救わんと叫ぶ悲鳴、或る神姫の卑劣を詰る様な怒号。一つの場所に人の密集度が高いと言うのはそれだけで重圧となり或る神姫プレイヤーは身体が竦み或る神姫プレイーは吐き気にも襲われていた。
魔物でも住んでいそうな文字通り阿鼻叫喚の異世界の中で黒野白太/イシュタルは普段通り、到って普段通り悪役を演じていた。参加者十五名の神姫バトルロワイアル、森林の多い山岳地帯の夜となれば森林に身を潜めて奇襲を狙うのは定石だろう。だが卑怯卑劣が売りの黒野白太/イシュタルは何故か今回のバトルに限って身を隠す事は無く悠々と散歩でもするようなノリで森林地帯を歩いていた。そんな事をすれば参加者の誰かに奇襲されるのは当然の事で、然しながら奇襲は失敗しそれから予定調和と言わんばかりに普通の戦闘になる。
武器を壊す『刃毀れ』の黒野白太/イシュタルへの奇襲に失敗したモブキャラは武器の破壊を怖れ出来る限り距離を取って攻撃する。そんなテンプレ的な対応策にテンプレ的な対応策の対応策として黒野白太/イシュタルは弾幕を?い潜り得意な近距離格闘(レンジ)で襲い掛かる。ストラーフMk2型とは思えない素早さで接近されたことに焦ったモブキャラは急いで小剣を取り出し振り下ろされた大剣を防御するが勢いだけは殺し切れず仮想空間の地面に叩きつけられ急いで起き上がろうとするも背中を踏まれ押し付けられる。
黒野白太/イシュタルは大剣を下向きにして持ちそのままの振り下ろしてモブキャラのリアパーツのみを破壊すると脇腹を蹴り飛ばした。敗北を覚悟した筈なのに壊されたリアパーツだけ、意味が分からないと言う視線に黒野白太/イシュタルはヘラヘラと笑って返す。
「何? どうしたの?」
神姫越しに見えそうな黒野白太の表情と神姫の声帯を借りて聞こえた黒野白太の声に言い様の無い不安を感じた。尻尾を巻いて逃げようと決めた時には既に遅くストラーフMk2型標準装備のリアパーツの副腕に掴まれて引き寄せられる。何とかもがいて副腕の呪縛を解くと同時に黒野白太/イシュタルは両手に持つ二本のナイフをモブキャラの神姫の素体に滑らせるように走らせる。
ほんの刹那に神姫の素体を一切傷付ける事無く胴体を守る装甲の留め具や接続部を破壊し崩れ落ちたパーツをこれ見よがしに踏み砕く。その神業的なナイフ捌きへの驚きよりも黒野白太/イシュタルの目的を知った事への恐怖がモブキャラの中で勝っていた。目の前の武装神姫は遊んでいる、何時でも倒せると言うのに敢えてそれをせず極限の精密動作性で装甲を壊す事を楽しんでいる。
「ほら、どうしたの? まだ武器はあるでしょ?」
副腕の拳がモブキャラのヘッドパーツに命中し大きくよろめいた所で黒野白太/イシュタルが目前にまで迫る。
小剣で斬りつけようとするが両掌を掴まれて動かせずそれならばと蹴りを放つが足が届く前に大きく跳躍したので悪足掻きの蹴りは空を切る。黒野白太/イシュタルは宙で身体の向きを反転させると副腕の掌でモブキャラの頭部を包むとリンゴでも潰すかのような勢いで握り潰す。
グシャァと何かが破裂した音と共にヘッドパーツの部品が副腕の掌からボロボロと零れ出るがモブキャラの敗北判定は出ない。副腕はヘッドパーツを握り潰して破壊しただけでありモブキャラには僅かなダメージも与えていない。それでも精神面は言い様が無くダメージを受け続けておりなまじその手に武器があった事が降参と言う最善の選択肢を引き留めていた。
「う、うァアアアアアアアッッッ!」
ホラー映画の犠牲者宜しく咆哮と銃声を奏でるモブキャラに黒野白太/イシュタルは回り込む。所詮ストラーフMk2型であり速度自体は大してないものの時には樹木に身を隠し時にはバク宙をしたりと獣の様な身軽さで翻弄する。段々と距離が縮められ弾丸を撃ち尽くしたモブキャラが急いで装填をし直すがその瞬間を見計らって飛び掛かる。飛び掛かられ押し倒すと副腕でモブキャラの抵抗を抑えつけながらもスカートに手を掛けたかと思えば力付くで引き剥がした。
バトルステージの外、筺体を円形に囲む観客席から男性と卑しい歓声と女性の痛々しい悲鳴の合唱が聞こえて来る。
さて次はアームパーツだと立ち上がって意気揚々とナイフを手に取った黒野白太/イシュタルに人の目がある副審のマシンが警告を届けてきた。曰く装甲の破壊は確かにルール違反ではないが観客にも対戦相手にも気分を害させるので中止するようにと。
何となくモブキャラを見ればモブキャラは仰向けに倒れたままの状態で左手の甲で目を隠しており頬には涙が流れている。どうやら余りにショッキングな出来事にマスターと神姫共に戦意を喪失して泣き出してしまったらしい。もう少し壊したかったのが黒野白太の本音だが当初の目的は果たせたので良しとしイシュタルにモブキャラの首を素体の腕で刺し貫かせた。二度目のグシャァと何かが破裂した音の跡には何も残らず黒野白太/イシュタルは再び悠々と歩き始めた。
『もうこんなのは二度と御免だ。』
『いや、御免ね。でも、こうするしか無かったしさ。』
『二度と「こうするしか無かった。」等とふざけた事を口にするな。』
『分かったよ。でも、僕は悪くない。』
黒野白太の命令とは言え強姦魔のような事をしてしまったストラーフ型Mk2神姫イシュタルは目に見えて激怒している。原因も理由も分かっているが黒野白太としてはイシュタルには元の冷静さを取り戻して欲しかった。恐らく次に戦う事になる相手は今のモブキャラとは異なり一切の雑念を抜いて本気で戦っても尚その剣が届くかどうかすらも危い相手なのだから。内心その時をまだかまだかと子供のように待ち侘びる黒野白太はイシュタルを宥めつつも聴覚を研ぎ澄ませる。周辺は不気味なまでの静寂を醸し出しておりバトルロワイアルだと言うのに別の参加者達が争い合うよう戦闘音も聞こえない。黒野白太の目論見は成功している、後はそれが何時来るかだが――――――来た、観客席の誰か(恐らく男性)が彼女の名前を呼んだ。
彼女の名前を呼ぶ者は一人から二人に、二人から四人に、ミジンコの単体生殖の様に分裂し増殖し神姫センターを彼女の名前で埋め尽くす。彼女とは一体誰か、決まっている、悪の怪人が現れた時に人々が名前を呼ぶのは正義の味方であると決まっている。
「竹姫!」「女帝!」「TAKEHIME!」「葉月御姉様ぁ!」「竹姫葉月!」
渾名『女帝』―――竹姫葉月、神姫バトルの本場である日本の頂点、世界で一番強い神姫プレイヤー。
今日この日神姫センターが普段よりも異常な盛り上がりを見せている原因の八割近くが竹姫葉月の参戦によるものである。黒野白太の目的は竹姫葉月とタイマンで戦う事でありその為に自転車を三時間漕いでまで今回の神姫バトルロワイヤルに参加したのだ。悪名高い『刃毀れ』黒野白太が残虐非道な神姫バトルをすればそれを目にした観客が望むのは『一番強い』竹姫葉月による正義の鉄槌だろうから。
全ては黒野白太の思い通りに物事が進んでいる、事実、他の参加者は黒野白太/イシュタルに何もせず隠れながらも監視している。彼等にしても有力者同士が潰し合ってくれればが助かるのだろうけど、黒野白太にとって他の参加者なんてものはどうでもよかった。
レーダーを頼りに黒野白太/イシュタルは道を誘導するかのような位置に隠れている参加者達に従って森林を歩く。少し経つと森林の牢獄の挟間にある開けた場所、バトルステージ中央の浅瀬の川がある地帯に出た。空には満点の星、雪よりも白い満月、それ等は全て水面に鏡写され、突き出した岩石に腰を降ろすアーンヴァル型神姫の存在感を際立たせている。
「今晩は。月が綺麗ですね、竹姫葉月さん。」
「仮想空間なんですから当たり前でしょう。」
「………久し振りだな、アルテミス。」
「久し振りと言う事は貴方はイシュタルなんでしょうか?以前会った時は初代ストラーフ型神姫でしたよね?」
「色々あって前のボディが使い物にならなくなっちゃってね。神姫一転って事で移し替えたんだよ。」
「そうですか。それでも腕は落ちていないようですね。」
「まぁ元々こっち(ストラーフMk2型)に合う戦い方をしてたから。ほら、卑怯者の『刃毀れ』。」
「知っていますよ。前々から思っていたのですが、貴方は何故あんな戦い方をしているのですか? 貴方は普通に戦っても強いでしょう。」
「僕よりも強い人に強いなんて褒められても皮肉にしか聞こえないね。」
「質問に答えて下さい。『刃毀れ』。」
「他ならぬ葉月さんに渾名で呼ばれたくないんだけど。名前で呼んでくれれば答えます。」
「面倒な人ですね。答えなさい、黒野白太さん。」
「うんうん、それでいい。で、僕が『刃毀れ』として戦う理由だけど建前と本心の二つあるんだ。建前の方の理由は僕なりの手加減(と書いて騎士道と読む)だよ。」
「手加減(と書いて手加減と読む)?」
「よく考えてみてよ。武器を壊したり装甲を壊したりして僕に何かメリットはある? 無いよね。相手の武器を奪うとか装甲を奪うとかならともかくさ。僕だったら武器とか装甲を壊すくらいなら相手の急所を直接狙う。イシュタルにはそれが出来る。それをしないのはそれじゃ面白くないから武器を壊したりしてるんだ。僕には神姫バトルが強い知り合いとかいないからさ。遠征するお金も無いし。そういう縛りプレイでもしていないと神姫バトルも作業ゲーで詰まらないものになっちゃうわけ。あ、でも勘違いしないでよね。手加減して負けたからって言い訳するつもりはないよ。僕は八年間神姫バトルしていて一度でも負けていい試合なんてした事が無いのが自慢なんだから。格上相手には全身で挑んで全力で勝ちにいく。格下相手には全力で手を抜いて全身で勝ちにいく。それが僕だ。まぁ、僕としては前者の方が遣り甲斐があると思ってるけどね。」
「それが建前だと?」
「うん。本心で言えば世界一強い神姫プレイヤーの竹姫葉月に勝ちたいから。それ以外に理由なんて無いよ。」
黒野白太/イシュタルは竹姫葉月/アルテミスへと歩み寄る、川の水がぱしゃぱしゃと音を立てながら飛沫を上げて弧を描く。
「勝利よりも大事なものがあると知った風な口を叩く奴も居る。たかが神姫バトルと嘲笑う奴も居る。じゃあそいつらは今勝てなくて一体いつ勝つんだ?敗北したままで満足なのか。この人には絶対に勝てないって納得して諦観めるのか。違うだろ、親友も両親も師匠も好敵手も天敵も全ては勝つ為にあるんだろ。勝利こそがオーナーの神姫を結ぶ友情の成果だと信じている。勝利こそが積み重ねてきた努力の証明だと信じている。勝利こそが神姫バトルの全てであると思っている。だから僕は竹姫葉月に勝ちたい。イシュタルに勝ったアルテミスに勝ちたい。世界一強い神姫プレイヤーに勝ちたい。勝って僕は今よりも一歩前に進みたい!」
強く飛沫上げた黒野白太/イシュタルは両手にナイフを握り締め身を低くし身構えてキツく竹姫葉月/アルテミスを睨み完全な臨戦体勢に入っている。先程までの熱が入った詭弁とは異なりその手に握るナイフのような冷たく鋭い眼差しに竹姫葉月/アルテミスは岩石から腰を上げて月光色の大剣を手に取った。
「何と言うか、今まで好い加減な人だと思っていましたけど、実は熱い人なんですね。」
「僕は神姫バトルに勝ちたいだけの武装紳士さ。」
「そう言えば今回は神姫バトルロワイヤルですがいいんですか? 例え貴方が勝ったとしても消耗し切った状態で優勝出来ると思いませんが。」
「別にいいよ、優勝くらい呉れてやる。と言うか、そもそも僕は初めから葉月さん以外に眼中に無いし。」
「そこまで熱烈に迫られて無碍にするのは礼に欠けますね。いいでしょう、全力で御相手します。アルテミス!」
「はい、マスター!」
「今度こそ勝ちにいくぞ、イシュタル!」
「勿論だ。負けっぱなしと言うのは性に合わない!」
先に走り出した黒野白太/イシュタルは加速しつつ両手にナイフを構え付け加え副腕の両方に大剣を握らせて竹姫葉月/イシュタルに迫る。
「二刀流…いや、四刀流!?」
「独眼竜の六刀流ってぶっちゃけあれメリケンサックみたいな何かだよね!だから僕は負けてない!」
神姫自体の両手にはナイフが二丁、副腕にはリアパーツとセットになっている大剣とまた別の大剣の二振り、計四本の剣。
流石に四本もの腕から成る剣技は捌き切れないと判断した竹姫葉月/アルテミスはアーンヴァル型神姫の領域である空中へと飛び逃げる。
黒野白太/イシュタルは屈んだ両膝の動きに合わせて二本の大剣を川に叩きつけ加速させながらも上方向に跳躍し無理にでも近距離戦に持ち込もうとする。
大剣の剣先が届くまで距離が縮まった瞬間に竹姫葉月/アルテミスは空中でターンし最短最適の速さで逆方向への方向転換と加速を済ませて蹴りを叩き込んだ。追い付こうと無理に加速していた為に防ぐ暇も無く跳躍の勢いを殺されて落下する黒野白太/イシュタルへ追撃にと持っていた大剣を投げ付ける。難無く片方の大剣で弾き飛ばすが驚異的な加速でその瞬間に追い付いた竹姫葉月/アルテミスは最高速度を維持したまま自分の大剣を掴みそのまま振り下ろした。もう片方の大剣で防がれるもの重力と加速が乗っている一撃なら押し切られる、がそれを黒野白太/イシュタルの手のグレネードランチャーの銃口が覗いていた。
「BANG☆」
茶目っ気たっぷりに洒落になって無い砲撃を叩き込み二人の武装神姫の僅かな間で神姫大の規模の爆発が起きる。予め爆発による被害や衝撃を計算していた黒野白太/イシュタルは難無く川辺に竹姫葉月/アルテミスは少し吹き飛ばされてから空中で制止した。レッグやウェストに僅かな焦げ目が付いているもののダメージ自体が少なそうだ、バトル漫画でよくある衝撃の瞬間に退くとかの理屈で衝撃を激減させたのだろう。完全に決まったと思ったカウンターにアドリブで対処出来る竹姫葉月/アルテミスに羨望しつつも黒野白太は内心でくつくつと屈託有りで笑って見せる。天才、主人公補正、王道、才能、努力、邪道、悪役、思い浮かんだ全ての言葉(マイナス)は黒野白太が信条とする勝利の二文字の前に消え失せた。
「準備運動はここまでにしておこうか。」
「そうですね。」
「マスター、さっき全力で戦うって言ったばかりじゃないですか。」
「アルテミス、これは様式美と言う奴だ。つっこむだけ野暮だぞ。」
「はぁ、イシュタルはもう慣れっ子なのですか?」
「葉月と違いうちのマスターは『悪役』としてキャラ立てしているからな…。」
今度に先手を取った竹姫葉月/アルテミスは牽制射撃をするもチャージショットでの威力と速度が売りのレールガンでは足止めする事すら叶わない。と言うよりも黒野白太/イシュタルは常に必要最低限の動きしかしないのでストラーフ型とは思えない速度で接近してくる。敗北を予兆する黒猫の想像(イメージ)を振り払い竹姫葉月は『女帝』として世界最強の神姫プレイヤーとしての誇りを懸けて全力で迎え撃った。
黒野白太/イシュタルは武器を壊すから『刃毀れ』と呼ばれている通り竹姫葉月/アルテミスの渾名『女帝』にも当然ながら由来はある。竹姫葉月/アルテミスが何故『女帝』と呼ばれるようになったかその理由は至って簡単でシンプルに彼女達が強いからである。これと言って際立った武器も戦法も無く王道(セオリー)で勝ち続け世界最強にまで辿り着いた器用貧乏の最終形態こそが『女帝』である。
世界最強にして世界最高の『女帝』に対し黒野白太が採った戦法は「特に何もしない事」即ち竹姫葉月と同じく王道に基づいて戦うというもの。普段は状況や環境を自分の有利なように変える黒野白太が竹姫葉月と同じ戦法を選ぶに際し感傷的な感情が一切無いとは言い切れない。
例え相手と同じ土俵であっても黒野白太は負けるつもりは一切無いしそして勝つ秘策もあった。その秘策を公開する前に出来るのであれば勝利したかったが竹姫葉月/アルテミスはそう簡単に倒せる相手ではない。
アーンヴァル型の王道に従い制空権と空中での制動力を盾にし黒野白太/イシュタルによる手数のアドバンテージを覆す。加速と重力を上乗せさせたハンマーの一撃は四本の腕による防御の上からでもダメージを与えるだけでなく高度も激減させる。急加速と急停止を自在に出来る制動力をフルに活かし大剣による一撃離脱戦法を繰り返し少しでも隙を見せればレールガンの雷が落ちる。
一発目と二発目のフルチャージレールガンは大剣で弾き飛ばしたが三発目により副腕の一本が破壊された。自分から近付く事の出来ないジレンマと一方的に攻撃される苛立ちが招いた誤作動であるがこの一撃が逆に黒野白太を冷静にさせた。壊された副腕の大剣をリアパーツの鞘に納めて回収し四発目となるフルチャージレールガンを残った副腕の大剣で弾き飛ばす。そのまま黒野白太/イシュタルは微動だにせず待ち構えている、ストラーフ型の王道である不動戦法。
あのように待ち構えられてはレールガンは弾丸の無駄になるだけと判断した竹姫葉月/アルテミスは一撃離脱を狙い大剣で斬りかかる。それを受け止めたのは黒野白太/イシュタルの素体が手に持つ大剣、副腕はグレネードランチャーの銃口を川と垂直になるように向けて引き金を引いた。爆発を踏み台に飛び上がりつつも急加速、素早く大剣を盾にした竹姫葉月/アルテミスを踏み台にしてさらに上昇し制空権を完全に奪い取る。今まで散々苦しめられた重力を裏切らせ黒野白太/イシュタルは身体の向きを調節しつつ殆ど相手を見ずに大剣を投擲した。
アーンヴァル型でなら投擲された大剣を回避するのは容易いが本命は大剣の陰に隠れるように投擲された二本のナイフをくっ付けて出来た手裏剣。手裏剣は意思でも持つかのように回避動作を採った竹姫葉月/アルテミスを追跡し大剣が川に叩きつけられると同時にその刃が竹姫葉月/アルテミスの喉を突き破った。
完璧に仕留めた感覚が黒野白太/イシュタルがあった、観客達も世界最強の神姫マスターの痛々しい姿に静かな悲鳴を上げる。
だがジャッジが判決(コール)を下す事は無かった、竹姫葉月/アルテミスは喉に刺さった手裏剣を引っこ抜いてその辺りに投げ捨てた。歓声がドッと沸く、正義の味方は負けないんだと観客の誰もが共感する、唯一現状を把握する黒野白太/イシュタルを除いて。
『在り得ない。今の手裏剣はで確実に喉の急所を貫くよう気流を計算して投げたと言うのに。』
『もしかして川の水か?』
『何か気付いたのか?』
『手裏剣が当たる直前に川の水を蹴り上げて手裏剣に掛けたとすれば…完全な計算は完全故に狂う。』
『馬鹿な、あの二人は手裏剣に気付いていなかったはずだ。』
『僕達の勝利じゃない以上はそう仮定するべきだよ。』
努めて冷静にイシュタルを宥める黒野白太であったが今の手裏剣で仕留められなかったのは非常に不味かった。グレネードランチャーを副腕に撃たせての急速な加速により制空権を奪いそれから一気に仕留める気でいたのだがそれに失敗した。一度見せた手が二度と通用するとは思えない、相手はそれだけの技量を持っていると考えるべきだ。その予感は的中し制空権を取り戻した竹姫葉月/アルテミスはハンマーを振り翳して徹底して黒野白太/イシュタルの奇襲を補助する副腕の破壊を狙い始めた。
先の失敗で手軽なナイフを失った事のもまた痛く大剣の二刀流では一撃を防ぐ事は出来ても反撃するまでの時間が取れない。それから数度の襲撃を経て等々大剣を握る副腕は軋み上げ動きが鈍ったその隙に肘の部分を粉砕された。神姫自身にダメージは殆ど受けてないものの副腕を破壊され手裏剣は何処かに捨てられ残された武器は大剣とグレネードランチャーのみ。奇しくも黒野白太/イシュタルの今の状況は彼等自身が手加減と称した『刃毀れ』の戦法で武器を破壊された対戦相手の状況によく似ていた。
『イシュタル、やるぞ。構えろ。』
『やっとか。待ち侘びたぞ。』
尚も一切の敗北を認めず激しいまでの勝利への渇望に燃える双眸を見た竹姫葉月/アルテミスは油断無く大剣を身構えた。その直感は間違いでは無く黒野白太/イシュタルはまだとっておくきを、奥の手を残している。黒野白太/イシュタルの瞳の底、竹姫葉月/アルテミスが勝利への渇望を見たそこに、無数の真っ黒な蟲のようなものが蠢き始めた。
「「バイツァ・ダスト。」」
…。
…。
…。
その後、黒野白太/イシュタルは敗北した。
だが竹姫葉月/アルテミスもまた『バイツァ・ダスト』を破る際に重傷を負い勝敗が決した瞬間に別の参加者に襲撃され脱落した。悪役の黒野白太/イシュタルが敗北した時には歓声が湧いたが、正義の味方の竹姫葉月/アルテミスが敗北した時には何も起こらなかった。
それも当り前で、そもそも今回のバトルルールはバトルロワイアルである、激戦で消耗した相手を狙ったところで何か咎があるはずが無い。いや、よくよく考えれば今日の竹姫葉月/アルテミスもまた初めからバトルロワイアルをやるつもりでバトルロワイアル用の武装をしてやって来たのだろう。それに対し初めからタイマン用の装備で挑んだにも関わらず負けた黒野白太/イシュタルはこの上なく惨めな敗北をしたのかもしれない。
かもしれない、じゃなくて、したのだろう、筺体から離れた黒野白太を待っていたのは観客のニヤニヤした視線。あれだけ残酷な事をやって、あれだけ格好付けた事を言って、それでも負ければ、待っているのは周囲からの冷やかな嘲笑である。イシュタルは目を伏せて何も答えない、例えマスターが勝手にやった事であっても神姫にその責任が無いとは言えないからだ。そして黒野白太はと言えば、泣いているのか笑っているのか判別の付かない、ヘラヘラとした笑顔を浮かべる。
「また負けたね。」
「…。」
「また負けちゃったね。」
「五月蠅い、黙れ。」
イシュタルに怒られて流石の黒野白太も口を噤む。
負け慣れているからヘラヘラと笑っていられる黒野白太であったが矢張り神姫にとって敗北とは決して慣れるものではないらしい。竹姫葉月との勝負には負け、イシュタルの機嫌は損ね、後に残っているのは自転車で三時間掛る帰り道である。まぁ僕は主人公じゃないんだし仕方は無いか、と無理矢理にでも自分を納得させる黒野白太であった。
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