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ACT1-19「親友だから その1」
◆
不穏な空気を察したのか、多くのクラスメイトたちが足早に教室を立ち去っていく。
夕方の色が見え始めた教室に残されたのは、美緒、梨々香、有紀、涼子、そして安藤の五人。
口火を切ったのは、美緒の肩を押さえた有紀だった。
「最近、何やってんだよ。あたしたちに隠れてコソコソと」
有紀の言葉遣いは男っぽいし、声も大きい。だから、こういうお不機嫌なときの口調には男子顔負けの迫力がある。
しかし、美緒はその迫力にも気圧されず、果敢にも有紀を睨み返していた。
「言ったでしょう? 用事があるの。大切なことよ」
「今、あたしたちがしてる特訓よりも大事なことかよ」
「そうよ」
「なんだよそれ。チームがバラバラなこのときに、自分たちが強くなるほかに何が大事だってんだよ!」
美緒をつかんでいる手に力がこもる。
美緒は一瞬だけ、安藤と梨々香に視線を送った。二人とも真剣な顔で頷く。
この場は美緒に託された。緊張で心臓が大きく鳴り、いまにも口から飛び出してしまいそうだ。
しかし、美緒の声はひるむことなく、しっかりとした口調で応える。
「遠野さんの仕事を手伝っているの」
「遠野さん!?」
血相を変えたのは涼子である。彼女の師匠たる男は、病院から忽然と姿を消して以来、ゲーセンにも現れないし、連絡も取れない。
「美緒、遠野さんはどこにいるの!?」
「今、遠野さんは、菜々子さんの側にいる」
「な……」
涼子は絶句する。目を見開き、驚きの表情で。
けれど、その表情も一瞬。次の瞬間には、憤怒をあらわにした顔で、怒声を発していた。
「そんなことあるわけないでしょ!? 自分に重傷を負わせた女の側に、なんでいるのよ!」
「……『エトランゼ』を『狂乱の聖女』に勝たせるためよ」
「……はあ!?」
「ミスティの新しい装備を試しているの。その作業で忙殺されてるわ。わたしたちはそれを手伝ってる」
「そんなの信じられない! 遠野さんは、あの女にだまされてるのよ!!」
「そんなこと、あるわけないでしょう。そもそも、『エトランゼ』を勝たせるって言い出したのは、遠野さんなんだから」
「あんたに、遠野さんの何が分かるのよ!」
「……涼子、あなたこそあの人の何が分かってるって言うの?」
美緒の静かな問い。
涼子は怯んだ。美緒の真っ直ぐで冷静な視線に気圧される。その瞳には憐れみの色さえ浮かんでいるようだ。
そして思い知らされる。今の涼子は、遠野のことを何一つ理解できていない。それでも、小さく言い返したのは彼女の意地だった。
「……わたしは、あの人の弟子よ。涼姫の装備も戦い方も、あの人から教わった」
「それを言うなら、わたしだって、あの人の弟子だわ。遠野さんから、バトルロンドの戦術や作戦を教わってる。今も、遠野さんに作戦の一部を任されているんだから」
そう言われては、ぐうの音も出ない。
しかし、涼子は納得できない。遠野が菜々子に手を貸していることも、そして美緒たち三人がそれを手伝っていることにも。その原因は明らかだ。久住菜々子への不信である。
「だいたい、あんたたちは……あの女を許せるの!? 神姫を使って、遠野さんを傷つけたのよ!?」
「それは菜々子さんのせいじゃないわ」
「……何言ってんの!? あの女のせいに決まってるじゃない!」
「遠野さんがそう言ってるのよ」
「は!?」
「だから、遠野さん自身が、菜々子さんのせいじゃないって、はっきり言ってるの。だから菜々子さんを許す、許さないの問題じゃないのよ」
「うそよ!!」
「嘘じゃない。退院するとき、俺と大城さんにも、はっきりそう言った」
安藤がきっぱりと言いきった。
涼子が驚きに目を見開いたまま、安藤を睨みつける。
被害者である遠野自身が、菜々子の罪を赦すというのか。いや、それどころか、菜々子は無実だという。
とうてい受け入れがたい話だ。
だが、友人たちの言葉に嘘は感じられなかった。
心の中で感情が激しく渦巻き、結局涼子は、ただただ彼らを睨みつけることしかできないでいる。
すると、今度は美緒が眉根を寄せ、目を細くして涼子を見た。普段は決して聞くことのできない、美緒の不信を宿した低い声。
「嘘だと思っていてもいいわ。でもそれじゃあ、遠野さんの心に近づくなんて、一生かかってもできない」
「美緒……あんた……」
応えた涼子の声は震えている。美緒は厳しい表情を崩さずに、告げた。
「菜々子さんがあんな風に落ち込んでいなくなれば、遠野さんは自分のものになるって思ってた?」
その一言は涼子の心をえぐるナイフだった。
涼子の右手が反射的に動く。
教室に響く乾いた音。
目の前にいたリーダーの頬を平手で張っていた。
梨々香と安藤が、肩をすくめるのが見えた。
次の瞬間、涼子の左頬が音を立て、二人が視界から消えた。視線が横にずれたのだ。鳴った頬が少し痛む。
叩き返された。
そう理解した瞬間、涼子の頭は沸騰した。
「美緒っ!」
「厳しいことだって言うわよ! 親友なんだから!!」
般若のごとき表情で振り向いた涼子は、はっとなって息を止めた。
なんで美緒の方が……ひどいこと言って、叩き返したあんたの方が、痛そうな顔してるのよ……。
美緒はさらに声を張り上げた。
「今の涼子は間違ってる! 女の子の気持ちとしては正しいかもしれないけど、自分の気持ちだけしか考えてない!
あの人は……遠野さんは、もっとずっと違う、遠くの方を見ているのに!!」
「……」
「菜々子さんだって、そう。恋人を傷つけたりもしたけど、それでも立ち上がろうとしてる。前を向こうとしてる。
わたしだって、菜々子さんにわだかまりがないわけじゃないけど……でも、あの人は半端じゃない。本当に心の底から、命を懸けても大切な人を取り戻したいって、思ってる。
だから、応援したいって思うの。わたしだけじゃない。安藤くんも梨々香も大城さんも……あそこに集まってくる人は、みんなそう。
あなたたちのように、自分の感情だけ抱えてちゃ、前に進めないのよ……!」
美緒は瞳に涙をため、はあはあと荒い息をつきながら、言い切った。
美緒には、涼子と有紀の気持ちも痛いほどよくわかっていた。大切な人が憧れた人に傷つけられた理不尽さ、憧れの人に裏切られた悔しさ、やるせなさ。それは美緒も少なからず感じている。
だから、涼子たちに厳しい言葉をぶつけるのは、つらかった。
でも、自分が言わなければ、二人とも、そしてチームのみんなも、美緒自身も、暗い気持ちに捕らわれたまま、前に進むことはできない。
だから心を鬼にしても、二人に伝えなければならなかった。それが美緒にしかできない……親友にしかできない、役目だから。
教室に沈黙が降りた。
涼子も有紀も、言葉もなく俯いている。
やがて、有紀の手が美緒の肩からはずれ、ぶらりと力なく垂れ下がった。
「……あたしは納得いかねー」
「有紀……」
「だから、美緒。遠野さんたちのところに連れてってくれよ。何をしようとしてるのか、自分の目で見て、耳で聞いて……あたしゃバカだから、そうしなくちゃわかんねー」
「……そうね」
有紀に続き、涼子は顔を上げた。
「わたしも行く。遠野さんに、どうしてあの人に力を貸すのか……理由をちゃんと確かめたい」
「有紀……涼子……」
美緒はため息をつくように二人の名を呼ぶ。
わかってくれた。
完全に理解してくれるにはほど遠いけれど、少なくとも、遠野さんに会ってくれるところまでは。
いまさらのように手が震え出す。
このままチームが解散し、親友とも別れてしまうのではないか。
話している間中、恐怖に駆られていたのは美緒の方だったのだ。
◆
美緒たちは連れだって、F駅前を抜け、住宅街へと歩みを進める。
涼子と有紀は、久住邸に行くのは初めてだ。
安藤が先頭に立ち、勝手知ったる様子で先導していく。それが涼子には少々気にくわなかった。一番後にチームに入った初心者のくせに、どうして一番先に遠野に呼ばれたのだろうか。
ただ、安藤が一番感情的でなかったことが、その要因の一つであることは、涼子も理解していた。
五人は会話もなく静かに歩く。人気の少ない住宅街に五人の足音だけが響いていた。
しばらくして、久住邸の近くに来たとき、人影が現れた。
「あ、あの人たち、神姫連れてる!」
「よし、聞いてみよう」
中学生だろうか、かわいいカップルが安藤の方に寄ってくる。
「あの、すみません」
「どうしたの?」
男の子の方が話しかけてきたので、安藤はほほえみながら答える。
隣の女の子も神妙な顔をして安藤を見つめている。
「ええと……久住さん……だっけ?」
「そうそう。久住菜々子さん」
「その久住さんという人のお宅を捜しているんです。神姫のマスターなんですけど……知ってますか?」
安藤たちは顔を見合わせた。
美緒が一歩前に出て、年下らしい二人に話しかける。
「あなたたちも、菜々子さんに呼ばれたの?」
「はい!……っていうことはご存じなんですね!?」
「もちろん。わたしたち、菜々子さんと同じチームだもの」
涼子と有紀が微妙な表情をしたような気がしたが、美緒はあえて無視した。
女の子はなぜか、
「ええ!? 菜々子さんがチーム!?」
と驚くことしきりである。そんなに驚くことだろうか。美緒は内心首を傾げる。
すると、今度は女の子の肩のあたりから声が聞こえてきた。
見れば、声の主はフォートブラッグ型の神姫である。特徴的なバイザーを跳ね上げ、女の子に視線を送っていた。
「ほらハルナ。あなたが間抜け面さらしてるから、みなさん困っているではありませんか」
「今、さらっとひどいこと言わなかった!?」
「いいえ、気のせいです。ハルナこそ、「サラがさらっと言った」という低レベルなシャレに「あたしうまいこと言った!」なんて自画自賛しているのでは」
「思ってない!」
「それよりもハルナ、あなたが話を飛ばすから、みなさんが困っているではありませんか」
「話飛ばしたの、あんたでしょうが!」
「すみません、みなさん。わたしのマスターの躾がなっておらず、ご迷惑をかけてしまい、このわたくし、マスターに成り代わり、謹んでお詫び申し上げます」
「ちょっとこら、話聞けーーー!?」
などと、延々と漫才が続く。
「いつものことなので……案内お願いします」
男の子が苦笑しながら促したので、みんなやっと動き出すことができた。
それにしても、と美緒は思う。
この可愛らしい二人はどれほどの実力だというのだろう? 久住邸に呼ばれるくらいだから、見かけに寄らず、相当な実力の持ち主なのだろうか。
一行が久住邸に着くと、
「あらぁ、可愛いカップルね♪」
と言いながら、頼子さんが出迎えてくれた。
照れくさそうにしている二人がまた可愛らしい。
家に上がると、ハルナと呼ばれた女の子は、一気に緊張したように見えた。
美緒も緊張する。この後、どんな展開が待ち受けているのか、気が気でならない。
いつものように頼子が襖を開く。
「うわぁ……」
カップルの二人が、部屋の様子に感嘆の声を上げる。
美緒が隣を見れば、涼子も有紀も、呆気にとられた様子だ。
特訓場の広間はすでに対戦の熱気にあふれていた。
「ん? ……誰か来たな」
広間の一番奥、いつものようにデスクトップPCの前に陣取っていた遠野が顔を上げる。
菜々子もちょうど対戦を終えたところで、遠野の声に釣られてこちらを見た。
「あっ……」
途端に気まずそうな顔になる。
それでも、遠野が菜々子を促すから、菜々子は立ち上がって来客を出迎えた。
菜々子の手に乗ったミスティが、女の子の肩にいる神姫に気がつく。
「あら? サラじゃない」
「ミスティ、お久しぶりです。このたびはお招きに預かりまして」
「まあ、呼んだのはタカキだけど」
ミスティは肩をすくめて苦笑する。
遠野はミスティの言葉に続けた。
「ようこそ」
「来てくれて、ありがとう。ハルナちゃん、八谷くん……それと、有紀ちゃんと涼子ちゃんも」
菜々子の弱々しい微笑から、涼子は目を逸らした。
そんな後ろのお姉さんたちの態度に気づかず、もういっぱいいっぱいの顔をした女の子は、ロボットのような動きでお辞儀をした。
「お、お、お、おひさしぶりですっ、菜々子さんっ」
「……そんなに緊張しなくても」
「いいえっ! 菜々子さんは憧れの神姫マスターですから!」
緊張しながらも、菜々子との再会に嬉しそうな春奈。
その明るい顔を、菜々子は見ていられず、そっと視線を逸らす。
「わたし、憧れてもらうほど、上等な人間じゃないわ……」
「え?」
「ううん、なんでもない」
菜々子が微笑んでみせると、春奈はまだクエスチョンマークを頭上に浮かべていたが、とりあえずそれ以上は突っ込まなかった。
その微笑みはあまりにも弱々しくて、有紀は見ていられない。いつも自信と活力にあふれた師はここにはいない。そして、師をそうしてしまったのは、自分たちにも原因がある。そのことに有紀の胸は鈍く痛んだ。
そんなことを考えている有紀の隣に、大きな人影がたった。
チームメイトの大城だ。
「なんだなんだ。また新しいメンツか?」
「お邪魔します。ぼくは八谷良平です。こっちはぼくの神姫で、マイ」
「よろしくだなん!」
「あ、七瀬春奈です。ほら、あんたも挨拶なさい」
「わたしはサラ。見ての通り、フォートブラッグ型です」
大城が眉間にしわを寄せ、凶悪な面構えになる。八谷は一瞬ビビってしまった。
やがて、記憶をたぐり寄せるように、大城が呟いた。
「フォートブラッグのサラって……もしかして、『デザート・スコーピオン』か?」
「……そのあだ名、好きじゃないんですけどねぇ」
サラがそう言うと、大城は強面を解いて、目をまん丸くしていた。
「なんだ、有名なのか?」
「遠野、お前な……『デザート・スコーピオン』と呼ばれるフォートブラッグっていやぁ、知る人ぞ知る神姫だぜ。
ウソかホントか、砂漠ステージの勝率がまさかの十割……つまり、負けたことがないってんだからな」
「……まさか」
「本当よ」
遠野が苦笑いしそうになったその時、ミスティがはっきりと肯定した。
「わたしと菜々子も、その噂を聞いてサラと対戦しに行ったけれど……砂漠じゃボロ負けだったんだから」
「ほう……」
「もっとも、砂漠以外じゃボロボロだけど」
マスターの春奈が肩をすくめて苦笑する。
遠野は頷くと、新たに来たメンバーを見回し、こう言った。
「ここでの決まり事は必ず守ってもらう。
……なに、難しいことじゃない。
一つは、俺の指示は最優先にしてもらう。といっても、大方はミスティとの対戦順についてだから、気をつけてもらえれば問題ないはずだ。
次に、ここでのことは他言無用だ。ネットへの書き込みや、ゲームセンターで話題にすることも禁止。必ず守ってもらう。
それから、神姫に記録されたバトルログも持ち出し禁止だ。ここのVRマシンを使っても、バトルログは神姫側に記録されない。だが念のため、データのバックアップは、あくまで自宅のPCで行ってくれ。帰りがけにゲーセンや神姫センターに行くのは禁止だ。もし、バトルログが必要であれば、この特訓が終わった後に、メディアで提供する。それまで待ってほしい」
これは遠野が新しいメンバーが来るたびに説明していることだ。美緒も梨々香も、ここに来たとき最初に説明された。
多少窮屈に感じるかも知れないが、対戦は『エトランゼ』優先、ここでのことは他言無用、と考えれば問題ない。
飲み込みが早かったようで、春奈と八谷はすぐに揃って頷いた。
遠野は微かに笑みを浮かべて頷く。
「それじゃあ早速だけど、実力を見せてもらえるか? 奥の対戦台で、菜々子さんと対戦してくれ」
「じゃあ、早速対戦しましょうか」
「はい!」
春奈は菜々子に促されるままに、部屋の奥へと歩いていく。
そんな彼女の姿を、八谷はあたたかい微笑みで見守っていた。
「春奈はずっと久住菜々子さんに憧れていましたからね。「菜々子さんこそ、神姫マスターの理想よ!」なんて言って」
「言葉遣いとかしぐさを真似してたりしたけど、結局すぐにボロが出て、身につかなかったんだなん」
八谷とマイはそう言って苦笑する。
側にいた遠野たちは皆笑っていたが、涼子と有紀はどうしても笑う気になれなくて俯いた。
あの子も、あの人の正体を知ったら、憧れてるなんて言えなくなるに違いない。自分たちのように。彼女の小さな後ろ姿は、かつての自分たちの姿に重なって見えた。あの頃のまま、無邪気に憧れさせてくれればよかったのに。
八谷にもとりあえず座るように促し、遠野は改めて今日やっとここへ来たチームメイトたちを見た。
菜々子を除くチームメイト全員が顔を見合わせる。
まず、大城が相好を崩した。
「涼子ちゃんも有紀ちゃんも、やっと来たなぁ」
大城はのんきすぎる。涼子は少しいらだちながら、遠野を見た。
久しぶりに見る遠野は、腕と肩に巻かれた包帯が痛々しい。顔色もまだいいとは言えなかった。相当無理をしているようだ。
自分のけがを押してまで、何をしているのか。涼子のいらだちはさらに募る。そう、それを問いただしに、わたしはここまできたのではないか。
「遠野さん……これはどういうことなんですか」
「……もう八重樫さんから、ある程度聞いていると思ってたんだが?」
「そ、それはそうですけど……」
涼子が尋ねたのはそう言う意味ではなかった。
なぜ遠野が菜々子に肩入れするのか。
そういう意味で尋ねたのに、あまりにもあっさりとスルーされてしまい、涼子は言葉の矛先を見失う。
今度は有紀が言った。
「遠野さんは平気なんですか?」
「何が?」
「だって、神姫をけしかけられて、大けがしたのは遠野さんでしょう!?」
「それは君らの認識が違う。このけがに、菜々子さんは何の責任もない」
「そんなはず……!」
「ないんだよ。半分は俺のせいだし、もう半分に菜々子さんの責任はない。その確証がある」
「……それって、なんですか?」
「言えない」
「なんで!?」
「言えない理由があるんだ。すまんな」
それだけ言って、遠野は話を切り上げた。
遠野は多くのことを余りにも秘密にしすぎていて、とりつく島がない。
だから、涼子と有紀が途方に暮れるのも無理はない、と美緒は思う。
二人よりも先に出入りしている美緒だって、最初から呼ばれた安藤や大城でさえ、遠野の考えを伺い知ることができないほどなのだから。
◆
翌日の放課後。
立ち上がった美緒は、有紀と涼子に声をかけた。
「今日は……どうするの?」
「行くよ」
有紀の答えは意外にも即答だった。
「納得は行ってねーけど、ゲーセンでくすぶっているよりは、ずっとマシだからな」
涼子は無言で頷いている。
美緒は心の中でほっとした。ようやく久住邸に連れて行くことができたのに、通わないのでは意味がない。
あとは、早く納得してくれて、対戦を楽しんだり、遠野さんを手伝ってくれたりすればでいいんだけど。
美緒の心配はまだ終わりそうもない。
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&bold(){キズナのキセキ}
ACT1-19「親友だから その1」
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不穏な空気を察したのか、多くのクラスメイトたちが足早に教室を立ち去っていく。
夕方の色が見え始めた教室に残されたのは、美緒、梨々香、有紀、涼子、そして安藤の五人。
口火を切ったのは、美緒の肩を押さえた有紀だった。
「最近、何やってんだよ。あたしたちに隠れてコソコソと」
有紀の言葉遣いは男っぽいし、声も大きい。だから、こういう不機嫌なときの口調には男子顔負けの迫力がある。
しかし、美緒はその迫力にも気圧されず、果敢にも有紀を睨み返していた。
「言ったでしょう? 用事があるの。大切なことよ」
「今、あたしたちがしてる特訓よりも大事なことかよ」
「そうよ」
「なんだよそれ。チームがバラバラなこのときに、自分たちが強くなるほかに何が大事だってんだよ!」
美緒をつかんでいる手に力がこもる。
美緒は一瞬だけ、安藤と梨々香に視線を送った。二人とも真剣な顔で頷く。
この場は美緒に託された。緊張で心臓が大きく鳴り、いまにも口から飛び出してしまいそうだ。
しかし、美緒の声はひるむことなく、しっかりとした口調で応える。
「遠野さんの仕事を手伝っているの」
「遠野さん!?」
血相を変えたのは涼子である。彼女の師匠たる男は、病院から忽然と姿を消して以来、ゲーセンにも現れないし、連絡も取れない。
「美緒、遠野さんはどこにいるの!?」
「今、遠野さんは、菜々子さんの側にいる」
「な……」
涼子は絶句する。目を見開き、驚きの表情で。
けれど、その表情も一瞬。次の瞬間には、憤怒をあらわにした顔で、怒声を発していた。
「そんなことあるわけないでしょ!? 自分に重傷を負わせた女の側に、なんでいるのよ!」
「……『エトランゼ』を『狂乱の聖女』に勝たせるためよ」
「……はあ!?」
「ミスティの新しい装備を試しているの。その作業で忙殺されてるわ。わたしたちはそれを手伝ってる」
「そんなの信じられない! 遠野さんは、あの女にだまされてるのよ!!」
「そんなこと、あるわけないでしょう。そもそも、『エトランゼ』を勝たせるって言い出したのは、遠野さんなんだから」
「あんたに、遠野さんの何が分かるのよ!」
「……涼子、あなたこそあの人の何が分かってるって言うの?」
美緒の静かな問い。
涼子は怯んだ。美緒の真っ直ぐで冷静な視線に気圧される。その瞳には憐れみの色さえ浮かんでいるようだ。
そして思い知らされる。今の涼子は、遠野のことを何一つ理解できていない。それでも、小さく言い返したのは彼女の意地だった。
「……わたしは、あの人の弟子よ。涼姫の装備も戦い方も、あの人から教わった」
「それを言うなら、わたしだって、あの人の弟子だわ。遠野さんから、バトルロンドの戦術や作戦を教わってる。今も、遠野さんに作戦の一部を任されているんだから」
そう言われては、ぐうの音も出ない。
しかし、涼子は納得できない。遠野が菜々子に手を貸していることも、そして美緒たち三人がそれを手伝っていることにも。その原因は明らかだ。久住菜々子への不信である。
「だいたい、あんたたちは……あの女を許せるの!? 神姫を使って、遠野さんを傷つけたのよ!?」
「それは菜々子さんのせいじゃないわ」
「……何言ってんの!? あの女のせいに決まってるじゃない!」
「遠野さんがそう言ってるのよ」
「は!?」
「だから、遠野さん自身が、菜々子さんのせいじゃないって、はっきり言ってるの。だから菜々子さんを許す、許さないの問題じゃないのよ」
「うそよ!!」
「嘘じゃない。退院するとき、俺と大城さんにも、はっきりそう言った」
安藤がきっぱりと言いきった。
涼子が驚きに目を見開いたまま、安藤を睨みつける。
被害者である遠野自身が、菜々子の罪を赦すというのか。いや、それどころか、菜々子は無実だという。
とうてい受け入れがたい話だ。
だが、友人たちの言葉に嘘は感じられなかった。
心の中で感情が激しく渦巻き、結局涼子は、ただただ彼らを睨みつけることしかできないでいる。
すると、今度は美緒が眉根を寄せ、目を細くして涼子を見た。普段は決して聞くことのできない、美緒の不信を宿した低い声。
「嘘だと思っていてもいいわ。でもそれじゃあ、遠野さんの心に近づくなんて、一生かかってもできない」
「美緒……あんた……」
応えた涼子の声は震えている。美緒は厳しい表情を崩さずに、告げた。
「菜々子さんがあんな風に落ち込んでいなくなれば、遠野さんは自分のものになるって思ってた?」
その一言は涼子の心をえぐるナイフだった。
涼子の右手が反射的に動く。
教室に響く乾いた音。
目の前にいたリーダーの頬を平手で張っていた。
梨々香と安藤が、肩をすくめるのが見えた。
次の瞬間、涼子の左頬が音を立て、二人が視界から消えた。視線が横にずれたのだ。鳴った頬が少し痛む。
叩き返された。
そう理解した瞬間、涼子の頭は沸騰した。
「美緒っ!」
「厳しいことだって言うわよ! 親友なんだから!!」
般若のごとき表情で振り向いた涼子は、はっとなって息を止めた。
なんで美緒の方が……ひどいこと言って、叩き返したあんたの方が、痛そうな顔してるのよ……。
美緒はさらに声を張り上げた。
「今の涼子は間違ってる! 女の子の気持ちとしては正しいかもしれないけど、自分の気持ちだけしか考えてない!
あの人は……遠野さんは、もっとずっと違う、遠くの方を見ているのに!!」
「……」
「菜々子さんだって、そう。恋人を傷つけたりもしたけど、それでも立ち上がろうとしてる。前を向こうとしてる。
わたしだって、菜々子さんにわだかまりがないわけじゃないけど……でも、あの人は半端じゃない。本当に心の底から、命を懸けても大切な人を取り戻したいって、思ってる。
だから、応援したいって思うの。わたしだけじゃない。安藤くんも梨々香も大城さんも……あそこに集まってくる人は、みんなそう。
あなたたちのように、自分の感情だけ抱えてちゃ、前に進めないのよ……!」
美緒は瞳に涙をため、はあはあと荒い息をつきながら、言い切った。
美緒には、涼子と有紀の気持ちも痛いほどよくわかっていた。大切な人が憧れた人に傷つけられた理不尽さ、憧れの人に裏切られた悔しさ、やるせなさ。それは美緒も少なからず感じている。
だから、涼子たちに厳しい言葉をぶつけるのは、つらかった。
でも、自分が言わなければ、二人とも、そしてチームのみんなも、美緒自身も、暗い気持ちに捕らわれたまま、前に進むことはできない。
だから心を鬼にしても、二人に伝えなければならなかった。それが美緒にしかできない……親友にしかできない、役目だから。
教室に沈黙が降りた。
涼子も有紀も、言葉もなく俯いている。
やがて、有紀の手が美緒の肩からはずれ、ぶらりと力なく垂れ下がった。
「……あたしは納得いかねー」
「有紀……」
「だから、美緒。遠野さんたちのところに連れてってくれよ。何をしようとしてるのか、自分の目で見て、耳で聞いて……あたしゃバカだから、そうしなくちゃわかんねー」
「……そうね」
有紀に続き、涼子は顔を上げた。
「わたしも行く。遠野さんに、どうしてあの人に力を貸すのか……理由をちゃんと確かめたい」
「有紀……涼子……」
美緒はため息をつくように二人の名を呼ぶ。
わかってくれた。
完全に理解してくれるにはほど遠いけれど、少なくとも、遠野さんに会ってくれるところまでは。
いまさらのように手が震え出す。
このままチームが解散し、親友とも別れてしまうのではないか。
話している間中、恐怖に駆られていたのは美緒の方だったのだ。
◆
美緒たちは連れだって、F駅前を抜け、住宅街へと歩みを進める。
涼子と有紀は、久住邸に行くのは初めてだ。
安藤が先頭に立ち、勝手知ったる様子で先導していく。それが涼子には少々気にくわなかった。一番後にチームに入った初心者のくせに、どうして一番先に遠野に呼ばれたのだろうか。
ただ、安藤が一番感情的でなかったことが、その要因の一つであることは、涼子も理解していた。
五人は会話もなく静かに歩く。人気の少ない住宅街に五人の足音だけが響いていた。
しばらくして、久住邸の近くに来たとき、人影が現れた。
「あ、あの人たち、神姫連れてる!」
「よし、聞いてみよう」
中学生だろうか、かわいいカップルが安藤の方に寄ってくる。
「あの、すみません」
「どうしたの?」
男の子の方が話しかけてきたので、安藤はほほえみながら答える。
隣の女の子も神妙な顔をして安藤を見つめている。
「ええと……久住さん……だっけ?」
「そうそう。久住菜々子さん」
「その久住さんという人のお宅を捜しているんです。神姫のマスターなんですけど……知ってますか?」
安藤たちは顔を見合わせた。
美緒が一歩前に出て、年下らしい二人に話しかける。
「あなたたちも、菜々子さんに呼ばれたの?」
「はい!……っていうことはご存じなんですね!?」
「もちろん。わたしたち、菜々子さんと同じチームだもの」
涼子と有紀が微妙な表情をしたような気がしたが、美緒はあえて無視した。
女の子はなぜか、
「ええ!? 菜々子さんがチーム!?」
と驚くことしきりである。そんなに驚くことだろうか。美緒は内心首を傾げる。
すると、今度は女の子の肩のあたりから声が聞こえてきた。
見れば、声の主はフォートブラッグ型の神姫である。特徴的なバイザーを跳ね上げ、女の子に視線を送っていた。
「ほらハルナ。あなたが間抜け面さらしてるから、みなさん困っているではありませんか」
「今、さらっとひどいこと言わなかった!?」
「いいえ、気のせいです。ハルナこそ、「サラがさらっと言った」という低レベルなシャレに「あたしうまいこと言った!」なんて自画自賛しているのでは」
「思ってない!」
「それよりもハルナ、あなたが話を飛ばすから、みなさんが困っているではありませんか」
「話飛ばしたの、あんたでしょうが!」
「すみません、みなさん。わたしのマスターの躾がなっておらず、ご迷惑をかけてしまい、このわたくし、マスターに成り代わり、謹んでお詫び申し上げます」
「ちょっとこら、話聞けーーー!?」
などと、延々と漫才が続く。
「いつものことなので……案内お願いします」
男の子が苦笑しながら促したので、みんなやっと動き出すことができた。
それにしても、と美緒は思う。
この可愛らしい二人はどれほどの実力だというのだろう? 久住邸に呼ばれるくらいだから、見かけに寄らず、相当な実力の持ち主なのだろうか。
一行が久住邸に着くと、
「あらぁ、可愛いカップルね♪」
と言いながら、頼子さんが出迎えてくれた。
照れくさそうにしている二人がまた可愛らしい。
家に上がると、ハルナと呼ばれた女の子は、一気に緊張したように見えた。
美緒も緊張する。この後、どんな展開が待ち受けているのか、気が気でならない。
いつものように頼子が襖を開く。
「うわぁ……」
カップルの二人が、部屋の様子に感嘆の声を上げる。
美緒が隣を見れば、涼子も有紀も、呆気にとられた様子だ。
特訓場の広間はすでに対戦の熱気にあふれていた。
「ん? ……誰か来たな」
広間の一番奥、いつものようにデスクトップPCの前に陣取っていた遠野が顔を上げる。
菜々子もちょうど対戦を終えたところで、遠野の声に釣られてこちらを見た。
「あっ……」
途端に気まずそうな顔になる。
それでも、遠野が菜々子を促すから、菜々子は立ち上がって来客を出迎えた。
菜々子の手に乗ったミスティが、女の子の肩にいる神姫に気がつく。
「あら? サラじゃない」
「ミスティ、お久しぶりです。このたびはお招きに預かりまして」
「まあ、呼んだのはタカキだけど」
ミスティは肩をすくめて苦笑する。
遠野はミスティの言葉に続けた。
「ようこそ」
「来てくれて、ありがとう。ハルナちゃん、八谷くん……それと、有紀ちゃんと涼子ちゃんも」
菜々子の弱々しい微笑から、涼子は目を逸らした。
そんな後ろのお姉さんたちの態度に気づかず、もういっぱいいっぱいの顔をした女の子は、ロボットのような動きでお辞儀をした。
「お、お、お、おひさしぶりですっ、菜々子さんっ」
「……そんなに緊張しなくても」
「いいえっ! 菜々子さんは憧れの神姫マスターですから!」
緊張しながらも、菜々子との再会に嬉しそうな春奈。
その明るい顔を、菜々子は見ていられず、そっと視線を逸らす。
「わたし、憧れてもらうほど、上等な人間じゃないわ……」
「え?」
「ううん、なんでもない」
菜々子が微笑んでみせると、春奈はまだクエスチョンマークを頭上に浮かべていたが、とりあえずそれ以上は突っ込まなかった。
その微笑みはあまりにも弱々しくて、有紀は見ていられない。いつも自信と活力にあふれた師はここにはいない。そして、師をそうしてしまったのは、自分たちにも原因がある。そのことに有紀の胸は鈍く痛んだ。
そんなことを考えている有紀の隣に、大きな人影がたった。
チームメイトの大城だ。
「なんだなんだ。また新しいメンツか?」
「お邪魔します。ぼくは八谷良平です。こっちはぼくの神姫で、マイ」
「よろしくだなん!」
「あ、七瀬春奈です。ほら、あんたも挨拶なさい」
「わたしはサラ。見ての通り、フォートブラッグ型です」
大城が眉間にしわを寄せ、凶悪な面構えになる。八谷は一瞬ビビってしまった。
やがて、記憶をたぐり寄せるように、大城が呟いた。
「フォートブラッグのサラって……もしかして、『デザート・スコーピオン』か?」
「……そのあだ名、好きじゃないんですけどねぇ」
サラがそう言うと、大城は強面を解いて、目をまん丸くしていた。
「なんだ、有名なのか?」
「遠野、お前な……『デザート・スコーピオン』と呼ばれるフォートブラッグっていやぁ、知る人ぞ知る神姫だぜ。
ウソかホントか、砂漠ステージの勝率がまさかの十割……つまり、負けたことがないってんだからな」
「……まさか」
「本当よ」
遠野が苦笑いしそうになったその時、ミスティがはっきりと肯定した。
「わたしと菜々子も、その噂を聞いてサラと対戦しに行ったけれど……砂漠じゃボロ負けだったんだから」
「ほう……」
「もっとも、砂漠以外じゃボロボロだけど」
マスターの春奈が肩をすくめて苦笑する。
遠野は頷くと、新たに来たメンバーを見回し、こう言った。
「ここでの決まり事は必ず守ってもらう。
……なに、難しいことじゃない。
一つは、俺の指示は最優先にしてもらう。といっても、大方はミスティとの対戦順についてだから、気をつけてもらえれば問題ないはずだ。
次に、ここでのことは他言無用だ。ネットへの書き込みや、ゲームセンターで話題にすることも禁止。必ず守ってもらう。
それから、神姫に記録されたバトルログも持ち出し禁止だ。ここのVRマシンを使っても、バトルログは神姫側に記録されない。だが念のため、データのバックアップは、あくまで自宅のPCで行ってくれ。帰りがけにゲーセンや神姫センターに行くのは禁止だ。もし、バトルログが必要であれば、この特訓が終わった後に、メディアで提供する。それまで待ってほしい」
これは遠野が新しいメンバーが来るたびに説明していることだ。美緒も梨々香も、ここに来たとき最初に説明された。
多少窮屈に感じるかも知れないが、対戦は『エトランゼ』優先、ここでのことは他言無用、と考えれば問題ない。
飲み込みが早かったようで、春奈と八谷はすぐに揃って頷いた。
遠野は微かに笑みを浮かべて頷く。
「それじゃあ早速だけど、実力を見せてもらえるか? 奥の対戦台で、菜々子さんと対戦してくれ」
「じゃあ、早速対戦しましょうか」
「はい!」
春奈は菜々子に促されるままに、部屋の奥へと歩いていく。
そんな彼女の姿を、八谷はあたたかい微笑みで見守っていた。
「春奈はずっと久住菜々子さんに憧れていましたからね。「菜々子さんこそ、神姫マスターの理想よ!」なんて言って」
「言葉遣いとかしぐさを真似してたりしたけど、結局すぐにボロが出て、身につかなかったんだなん」
八谷とマイはそう言って苦笑する。
側にいた遠野たちは皆笑っていたが、涼子と有紀はどうしても笑う気になれなくて俯いた。
あの子も、あの人の正体を知ったら、憧れてるなんて言えなくなるに違いない。自分たちのように。彼女の小さな後ろ姿は、かつての自分たちの姿に重なって見えた。あの頃のまま、無邪気に憧れさせてくれればよかったのに。
八谷にもとりあえず座るように促し、遠野は改めて今日やっとここへ来たチームメイトたちを見た。
菜々子を除くチームメイト全員が顔を見合わせる。
まず、大城が相好を崩した。
「涼子ちゃんも有紀ちゃんも、やっと来たなぁ」
大城はのんきすぎる。涼子は少しいらだちながら、遠野を見た。
久しぶりに見る遠野は、腕と肩に巻かれた包帯が痛々しい。顔色もまだいいとは言えなかった。相当無理をしているようだ。
自分のけがを押してまで、何をしているのか。涼子のいらだちはさらに募る。そう、それを問いただしに、わたしはここまできたのではないか。
「遠野さん……これはどういうことなんですか」
「……もう八重樫さんから、ある程度聞いていると思ってたんだが?」
「そ、それはそうですけど……」
涼子が尋ねたのはそう言う意味ではなかった。
なぜ遠野が菜々子に肩入れするのか。
そういう意味で尋ねたのに、あまりにもあっさりとスルーされてしまい、涼子は言葉の矛先を見失う。
今度は有紀が言った。
「遠野さんは平気なんですか?」
「何が?」
「だって、神姫をけしかけられて、大けがしたのは遠野さんでしょう!?」
「それは君らの認識が違う。このけがに、菜々子さんは何の責任もない」
「そんなはず……!」
「ないんだよ。半分は俺のせいだし、もう半分に菜々子さんの責任はない。その確証がある」
「……それって、なんですか?」
「言えない」
「なんで!?」
「言えない理由があるんだ。すまんな」
それだけ言って、遠野は話を切り上げた。
遠野は多くのことを余りにも秘密にしすぎていて、とりつく島がない。
だから、涼子と有紀が途方に暮れるのも無理はない、と美緒は思う。
二人よりも先に出入りしている美緒だって、最初から呼ばれた安藤や大城でさえ、遠野の考えを伺い知ることができないほどなのだから。
◆
翌日の放課後。
立ち上がった美緒は、有紀と涼子に声をかけた。
「今日は……どうするの?」
「行くよ」
有紀の答えは意外にも即答だった。
「納得は行ってねーけど、ゲーセンでくすぶっているよりは、ずっとマシだからな」
涼子は無言で頷いている。
美緒は心の中でほっとした。ようやく久住邸に連れて行くことができたのに、通わないのでは意味がない。
あとは、早く納得してくれて、対戦を楽しんだり、遠野さんを手伝ってくれたりすればでいいんだけど。
美緒の心配はまだ終わりそうもない。
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