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「ドッペルゲンガーって信じる?」(2012/01/03 (火) 21:18:58) の最新版変更点
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アマティの奮闘により異空間から現実(どちらも姫乃の部屋ではあるが)へ戻ってきた神姫達と姫乃は、まるで異空間に行ったことが白昼夢であったかのように、移動した際と同じ立ち位置、姿勢でいた。異なることといえば、ホムラに振り回された時の目眩を落ち着かせる暇もなく、異空間から戻る際の意識をかき混ぜられるような感覚に襲われた姫乃が真っ青になっていること、それに、
「うっぷ……」
「袋だヒメ! これに吐け!」
正気を取り戻した直後であってもマスターのサポートに回ることができる悪魔型ストラーフ、イルミがいることだった。姫乃が元の大きさに戻ったため神姫と身長差ができ、背中をさすることができないイルミは、次の袋を探しにいく。
「ヒドい絵面にゃ。嘔吐系ヒロインの需要が日本にあるとは思えにゃいよ。これからはワガハイがヒロインを努めてやるにゃから、オマエは引っ込んでコメントフォームにポエムでも書いてるがいいにゃ」
「う、うるさ……けほっ……」
「が、頑張った反動で、体がイタイ……私の勇姿、ちゃんと見ててくれたんですよね? 強かったですよね? ねえほむほむ」
「ん? ああ、決め技の『戦乙女パンチ』は腰が入った良い拳だったな」
「見てないじゃないですか! 嘘つくならもっとマシな嘘を考えてくださいよ!」
取っ組み合いを始めるアマティとホムラを白い目で見ながら、イルミが袋を見つけられずに戻ってきた。心配するイルミに姫乃は目と仕草で「ありがと」と言って、洗面台へ向かう。お互いのことを完全に思い出した二人は、改めて二人の間柄を意識することもなく、自然に【マスターと神姫】の関係でいられた。
「キミらには礼を言うべきだろうな。フィギュアとして飾られたままでは、ヒメで遊ぼうとする弧域に天誅を下すことができないからな」
「オマエ、フィギュアだった時の記憶があるのかにゃ」
「断片的なものだがな。それがどうかしたか」
「どうしたもくつしたもないにゃ。ほむほむとアマティはフィギュアになってからワガハイに触られるまでの記憶がスッポリ抜けてるにゃ。ワガハイが何も言わなかったら、あの二人は【ある日突然正気を失ったけどカグラ様にお助け頂いたから一生従います】としか考えられないはずにゃ。つーか、ただのフィギュアに記憶があるとかホラーにゃよ。オマエ――」
顔に似合わず考えこむカグラは、懐中時計のような形をしたレーダーを取り出してスイッチを入れた。すると丸い緑色の画面にシンプルな記号と座標らしき数値が表示され、ピコンピコンとレトロな電子音が鳴った。画面上で点滅する黄色い丸は測定対象らしく、一緒に表示される矢印と合わせて対象の位置を探るためのものであることが分かる。
ぶっちゃけドラゴンレーダーのパクリである。
カグラはレーダーを自分の周囲、上下左右に振ってみて、最後にイルミに向けて手を止めた。レーダーに表示された矢印は、レーダーがどの方向を向いていても、イルミのほうを指し示していた。
「正直に吐くにゃ。この神姫フィギュア化事件のこと、何か知ってるにゃろ?」
「フッ、記憶があるだけで犯人と決め付けるとは、気の早い名探偵もいたものだな。では聞くが、単なる神姫である私がどうやって全国の神姫をフィギュア化させる? 神姫に関わる人間の記憶改竄は? 誰かが何かをした、というレベルを超えた事象だと思うがな」
「おやおやぁ? おかしいにゃ、どうして【全国の神姫がフィギュア化したことを知ってるにゃ?】臭いにゃあ臭いにゃあ、オマエから嘘の臭いがプンプンするにゃ」
「キミらはヒメに説明しただろう。それを私も、やはり断片的ではあるが聞いていただけのことだ」
「その言葉が本物かどうかはこれからワガハイの手で直々に判明させてやるにゃ。そうにゃあ、手始めにオマエの頭の中を覗いてみるかにゃ」
いやらしい笑みをたたえながらカグラはイルミににじり寄った。噛ませ役が似合いそうな、喩えるならば北斗の拳において奇声を発しながら爆散するモヒカン達のような安っぽい殺気だったが、カグラのそれは間違いなく冗談ではないとイルミに伝わる。
(こいつ、改造神姫か)
明らかに戦闘のランクが下であろうカグラを相手に怯むイルミではないが、倫理を無視する者、つまり姫乃に害をなす改造神姫がこの部屋に侵入していることは看過できなかった。
チラリとアマティ、ホムラのほうを伺うと、都合よく二人は掴み合い、口汚く罵り合っている。
(私には【時間がない】……やるなら今、か)
カグラに気付かれぬよう学生服の下に手を入れ、ナイフの柄を握った。騒がれるわけにはいかないから、一撃で、可能ならばカグラ本人にすら気付かれることなく仕留めなければならない。
「くっふっふ。抵抗しないのにゃ? 諦めが早いヤツは好きにゃよ?」
自身の危機に気付けないカグラはじわじわとイルミに近づく。ナイフが届く距離、そこがカグラの命運の境界線。
(あと4歩……3歩……2歩………………今だ!)
首を狙ったナイフが鈍く光った、その時。
「うう、まだ気持ち悪い……あら、アマティほむほむ、ケンカは駄目よ」
イルミにとっては間が悪く、カグラにとっては幸い、姫乃が洗面台から戻ってきた。
もつれ合いながら机の上で転がっていたアマティとホムラを引き剥がした姫乃は、イルミがナイフを構えたまま固まっていることに気付いた。
「イルミもどうしたの? そんなもの出して」
「いや、何でもない」
暗殺に失敗したイルミは、せめてもの憂さ晴らしにと、ナイフの柄でカグラの頬を殴った。
「ぶふぇっ!? な、殴ったにゃ!? オヤジにも殴られたことにゃいのに!」
「みんな仲良くしてよ。これから弧域くんのエルっていう神姫を目覚めさせなきゃ、なんだから」
「エル? ああ、あのロングコートのアルトレーネか。近くにいるのか」
「近くも近く、隣の部屋よ」
「思い出しました。姫乃さんって確か」
「神姫センターのバカップルにゃね。ある意味、物売屋のおっぱい娘とケモミミより有名にゃよ」
「嘘、有名なの!? そ、そうだったんだ、恥ずかしいような嬉しいような――って、そんなことより、今はエルのほうが大事よ。みんなでやればすぐ終わると思うし、だから、ね。ちょっと協力してくれない、かな?」
「でも、さっきの戦いで体の調子が……日を改めちゃダメです?」
「で、できれば今すぐがいい、かな。その、ほら、いつまでもフィギュアのまま固まってるのって可哀想じゃない。せっかく人数がいるんだし、こう、パパーッとできるかなって、ね?」
姫乃がしどろもどろになるのも当然、彼女は打算的なことを考えていた。さっきは「ケンカは駄目」と言っておきながら、姫乃こそ弧域と絶賛ケンカ中なのだ。しかも勉強が嫌で部屋を飛び出したという、あまりに情けないことをしでかしている。
(何かきっかけがないと、どんな顔して謝ればいいかも分かんないもん)
だから姫乃は、エルを目覚めさせることに成功するかはともかく、【動くフィギュア】を弧域に見せ、注意を引くだけでも良いと考えていた。
刻一刻と謝りにくくなっていく姫乃の心情的に、今すぐエルを目覚めさせたい気持ちは、一応の友人としての義務感でもあったが、それ以上に口実だった。
あの子は可愛くて素直で良い子やけど、セコい時はとことんセコくなる、とは鉄子の弁である。
「俺自身、あのアルトレーネには借りがあるからな。いいだろう、次は俺がやる」
「ほむほむ一人で大丈夫ですか? 心配ですねー。お願いしてくれれば、私が手伝ってあげないこともないですよ」
「何か言ったかボロ雑巾」
「ああもう、ケンカは駄目だって言ってるでしょ。じゃあ行きましょう、敵は本能寺にありよ(?)」
姫乃が差し出した手の上に、ホムラ、アマティ、カグラが飛び乗った。あと一人、イルミは、
「ヒメ、すまないが私は残る」
そう言って、動こうとしなかった。
「具合悪い? そうよね、目が覚めたばかりだもん、無理しないほうがいいかも。ゆっくり休んでて、ね」
「それがいいにゃ。一緒に来られたらほむほむとキャラが被るからにゃ」
「貴様はまともなことを吐けないのか。そして俺の名はホムラだ」
イルミ一人を部屋に残し、姫乃達は弧域と鉄子が勉強している隣室へ向かった。その姿を見送りながらイルミは、ぽつりと呟いた。
「これはヒメが望んだことだ。私も上手くやれるよう祈っているぞ」
勇気を振り絞って呼び鈴を押し、弧域を呼び出したまではいいものの、姫乃は目を合わせられなかった。弧域がそれほど怒った様子でないのは幸いだったが、代わりに訝しんでいる。
姫乃は今更になって気付いた。謝罪をしようとする人は普通、その手にフィギュアを乗せていたりはしない。
「えっと、ね。違うの、これは」
「にゃにをモジモジやってるにゃ。オイ、そこのバカップル2号、いつまでワガハイ達を寒い外に立たせる気にゃ。早く案内するにゃ。そうにゃあ、飲み物はマタタビヂェリーのホットでいいにゃ」
弧域とて、結果的に姫乃を追い出す形となってしまったことに負い目がないわけでもなかった。だから姫乃が再び訪ねて来た時は、何事も無かったかのように迎えよう、そう考えていたのだ。
その姫乃が勉強道具どころかフィギュアを持ってきて、さらにそのフィギュアが動き、喋ったとあらば、彼はもう、どのように姫乃を迎えればよいのか皆目見当もつかなかった。
「Ah…Himeno? What are they?」
「何故に英語? 混乱するのは分かるから、まず私の話を聞いて。これは――」
「Enough! …Sorry. OK, let me see……au,hmmm…OK,OK…good girls…」
三人の神姫をためつすがめつして見た弧域は、ようやく腹をくくった。玄関の前に立つ姫乃を一歩下がらせ、何事もなかったかのように扉を閉めた。カチャリ、と鍵が閉まる音がした。
外の廊下に流れる冷たい風が、姫乃の黒髪を揺らした。
「ちょっ、なんで閉めるのよ!? 開けて! ちゃんと勉強するからぁ!」
握りこぶしで扉を叩いても、向こう側の弧域は扉から身を引いているらしく、開けようとはしなかった。
『いや、悪かったのは俺だ。謝る。すまん。申し訳ない。愛してる。だからその……怒らないでくれよ。黒魔術とかそういう方向に走るのはよくないと思うんだ』
「だから違うんだってば! この子達は神姫なの! ちゃんと機械で動いてるの!」
『あ、ああ、そうだな。姫乃がそう言うならそうなんだろ。大丈夫、俺だけは何があっても姫乃の味方だからな』
「味方は部屋から締め出したりしないわよ! 早く入れて、ホントに寒いの!」
『部屋に入って何する気だ? ……まさか「ほぉら弧域くん、火の精霊を呼んだらすっごくあったかいでしょ。でもいろんなモノが燃えちゃったねぇ、にっはははははは!」とかじゃないだろうな』
「どんなキャラよ!? 私って弧域くんにそんな風に見られてたの!? そ、そうだ、鉄ちゃんは? 鉄ちゃんなら分かってくれるはずよ」
『竹さんならさっきバイトに……そうか、物売屋なら! ――――もしもし、竹さん? 火急の仕事を頼みたい。姫乃を普通の女の子に戻してくれ!』
「恋人が変人にランクダウンした!?」
固く閉ざされた弧域の部屋の前に立ち竦む姫乃。彼女の肩によじ登ったカグラは、哀れみを込めて姫乃の頬をポンポンと叩いた。
「分かるにゃあ、オマエの気持ちはよぉぉぉぉおおおく分かるにゃよヤンデレ。それが若いってことにゃのさ。どうにゃ、心の傷をほろ苦いものに熟成させてくれるアイドルユニット【キャツアイ】に入らにゃいか。ワガハイ達と一緒に【ネコ二十七キャット】の連中を根絶やしにしようにゃ」
「慰めなんて……私なんて……もう放っといてよぉ……」
ついに心が折れて扉を背にうずくまってしまった姫乃を動かそうとアマティが再三の説得を試みるも、姫乃は耳を貸そうとはしなかった。
姫乃が弧域と付き合い始めてから今日に至るまで、お互いのことが理解できずに衝突することは多々あった。どちらかが折れるまで言い争い、時にそれは数日間にも及ぶことすらあった。草木も眠る丑三つ時を壊すように言い争い、一階に住む大家さんに怒られることもあった。
姫乃は、その気持のぶつかり合いを【楽しんでいた】。
相手が自分に対して強い言葉を吐くこと、それは即ち、相手が自分だけを見ていることに他ならない。たとえそれが断じて心地よい感情でなかったとしても、その時だけは相手の意識を独占できるのだ。マゾヒズムではない、純粋な欲望を叶えるための、不純なコミュニケーション。
至極簡潔に言えば姫乃は【弧域に構ってほしい】だけなのだが、こんな形で拒絶されるのは初めてのことだった。
しかも、神姫が動くという正しい事実を否定されて。
しかもしかも、勉強が嫌すぎて魔導の道に走る痛い子扱いされて。
「気にしすぎですって。姫乃さんだって最初は私達のことをオカルト扱いしたじゃないですか。恋人さんのアレが案外、普通の反応かもしれませんよ」
「今日はもう引き上げるぞ。おい、レーダーの反応はどうだ」
「相変わらずヤンデレの部屋の中に反応しまくってるにゃ。これは徹底的にあの学ランを調べたほうがいいかもにゃ」
「マスターが心配しますし、私達そろそろ帰らなきゃいけませんけど……姫乃さん」
「……うん。ごめんね、付き合わせちゃって。私は大丈夫だから」
誰がどう見ても姫乃の様子は大丈夫ではなかったが、アマティは後ろ髪を引かれながら、カグラとホムラは今日が発売だった漫画のことを思い出しながら、ボロアパートを去っていった。
一人廊下に取り残された姫乃は、一際強い風に吹かれて体を縮こまらせた。
「……寒い」
冬なのだから、当然である。
携帯を取り出して、アドレス帳から弧域の番号を出した。しかし弧域が出ない可能性を考えると、どうしても発信ボタンを押すことができなかった。
暫く弧域の電話番号の羅列をぼんやりと眺めていると、突然、別の番号が表示され、携帯がやかましく鳴り出した。弧域のものと同様に見慣れた数字の並び、鉄子の番号である。
「……もしもし」
『生きとるかー傘姫。よく分からんけど、今さっき弧域から仕事の依頼があったんよ』
「弧域くんったら、さっきの電話は本気だったのね……」
内容が内容だけに弧域のブラックジョークだった可能性に期待していた姫乃だったが、今その可能性は潰えた。
(本気で【痛い子】扱いされてるのね、私は)
皮肉にも、割り切ってしまうことで少しだけ気が楽になってしまう姫乃だった。
『武装神姫が動くとか動かんとか、精霊がどうとかって言っとったけど、なんのこっちゃ』
「鉄ちゃんの部屋にもフィギュア、あったよね」
『レラカムイのこと? あとハーモニーグレイスは前壊れたけん今はないけど、それが動くん?』
「そ、動くの。弧域くんは目の前で見せても信じてくれなかったけど、鉄ちゃんは、どう?」
『どうもこうも、実際に見てみらんことには分からん。まあ、動いたら動いたで、そんなもんなんやろうね』
姫乃は、鉄子のシンプルな性質に信頼を寄せている。鉄子の理解の範疇にないことでも「そんなもんなんや」と簡単に人を信じられることを、姫乃は羨ましく思っている。
(人を信じすぎるから、コロッと騙されないか心配なのよね)
口には出さず心配する姫乃だが、実は鉄子から似たような心配をされていることには、お互い気付いていない。
ベクトルが真逆ではあるが、似た者同士でもある二人。理解し合える友人がいることは、今の姫乃にとってはありがたいことだった。
『まだ外におるんやろ? 早く部屋ん中入らんと風邪ひくやないね。背比には私からキツく言っとくわ』
「ん、ごめんね、心配かけて。愛してるわよ、鉄ちゃん」
『そーゆーことは私の聞いとらんとこで、背比に言ってくれんかね』
「にはは」
立ち上がり、尻をはたいた姫乃は自分の部屋の扉を開いた。
そして、絶句した。
『じゃあ傘姫、また明日ね』
「…………」
『かさひめー? おーい』
「…………」
『電波が悪くなったんかね。かーさーひーめーさーん』
「……ねえ、鉄ちゃん」
『聞こえとったんかい。返事くらいしてよ』
「ドッペルゲンガーって……信じる?」
『はあ?』
姫乃は扉を開いたまま、固まった。それというのも、またしても部屋に侵入者がいたからだ。
しかし、今度の侵入者は身長15cm程度の神姫などではなく、立派な人間が、堂々と椅子を占拠している。
見た目は小学5、6年生くらいの少女。顎のラインなどから細身であることが分かるが、ファー付きのダウンコートの中にかなり着込んでいるらしく、雪だるまのように膨れている。サイドテールに結った髪は若さ相応にツヤツヤと黒光りしていて、手に取りたくなるほど瑞々しい。そして顔立ちは、いつか弧域が言っていた【可愛さと美しさを足して二を掛けたような】造形をしている。キレの良い目と唇、スラリとした鼻、それでいて人の良さを表すような、柔らかな表情。
若干太めの眉が意思の強さを表しているようで、その部分だけは【姫乃の特徴とは異なっていた】。
「今、目の前にね、私? がいる、のよ。しかも子供の頃の」
『何それ、背が縮んで見える鏡でも見とるん?』
鏡写しと言うには年齢がまったく異なるのに、姫乃がその子を自分の分身としか考えられないほど、瓜二つだった。
椅子に腰掛けたその子が姫乃に気付き、トテトテと近づいてくるのを、呆然と見ていることしかできなかった。
姫乃の側まで来た、どころか近づく勢いのまま姫乃に抱きついたその子……一ノ傘射美は、疑いなど知らないと言わんばかりの無邪気さで、姫乃を迎え入れた。
「おかえりママ、寒いから早く玄関閉めてよ。あと、帰ったらうがい手洗いだからね」
■キャラ紹介(6) エル
【元ヨドマルカメラのヂェリー販売員】
第三のヂェリーと発売日をほぼ同じくするアルトレーネ・アルトアイネスは全国的に見ても、初めて飲むヂェリーが【不味くはないが決しておいしくはない第三のヂェリー】であることが多かった。
エルと名付けられたアルトレーネは特に、妹のアルトアイネス・メルと共に第三のヂェリー販促員として起動されたため、初日に口を付けたヂェリ缶の中身を半分以上残し「こんなものなんだ」と軽い失望感を味わった。
ズラリと陳列されたヂェリ缶の前で、精一杯声を張り上げながらも、私はこんなことをするために生まれてきたのだろうかと、心の奥底から冷めた自分に苛まれ続けた。
くたくたに疲れ、他の先輩神姫が催してくれるという歓迎会も断ろうとした時である。力無く開いていたエルの口に無理矢理ヂェリ缶を突っ込んだのは、大ベテランの初代ストラーフ、レミリアだった。
翌朝、メルと共にぐったりとした彼女の中からはもう、悲観的な気持ちは綺麗サッパリ消えていた。
レミリアに付き従うようになったエルは、業務時間外に遊び半分のバトルをすることがあった。
レミリアはエルがまだバトルに不慣れなことを差し引いても圧倒的だった。装備が充実しているのかというとむしろ逆で、初代ストラーフの標準的な装備である副腕と強化脚だけを身につけ、ナイフや機関銃を持とうとはしなかった。
「刃物や銃なんてのは極論、人間が人間を倒すために使う道具でしょ。だから身体の仕組みが違う神姫には必要ないものなんだよ。武装神姫っぽくないことを言うって? にゃはは、それは私に勝ってから言うんだね」
強靭な副腕で壁や床を殴りつけ、その反動を利用する高速移動術をレミリアは『デーモンロードウォーク』と呼んでいた。瞬間的に懐に詰め寄ったところから繰り出される体当たりをエルは必ずといっていいほど受けてしまい、反撃に転じようとしたところでレミリアは素早く離れてしまう。
この時エルはアルトレーネ型標準の装備――初代ストラーフのものほど出力はないが精密さで上回る副腕と強化脚、遠く広く展開することも空を飛ぶ翼とすることも可能なスカート状の鎧、それに戦乙女らしい剣と楯――を持っていたのだが、それらの装備は専らダメージを軽減させるための鎧としてしか機能しなかった。瞬発力も含めた総合的な性能では、新型であるアルトレーネが初期型のストラーフに劣るはずがないのに。
「どうしたらレミリア姉さんみたく、強くなれますか?」
第三のヂェリーとは比べ物にならないくらい心地よい気分にさせてくれるニトロヂェリーを呷りながらエルは、単刀直入に聞いてみた。
隣で三本目を開けたレミリアは、メルを酔い潰さんと目を光らせるフランドールを指さしてゲラゲラ笑いながら、
「そりゃあ精進あるのみだよ、若いの」
と言うだけだった。翌日エルはやはりコテンパンにされるだけだった。
そんなことがしばらく続いたある日。エルは、どうせ突進を受けるのならば勘頼みでカウンターを狙ってみようと、目を瞑ってヤケクソ気味に上段から真っ直ぐ大剣を振り下ろした。当然タイミングが合うはずもなく、剣はレミリアが接近するより大分早く、床を殴りつけただけだった。
しかし、あまり力を込めすぎたためにエルの体は浮き上がり、彼女にとっては不本意ながらも突進するレミリアの頭上を舞うことができた。
互いを真上に見ながらのすれ違い様、ほんの一瞬のことではあったが、レミリアがとても嬉しそうな表情をしたことを、エルは今でもはっきりと覚えている。
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&bold(){[[15cm程度の死闘トップへ>15cm程度の死闘]]}
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