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「第8話 狐は夢幻に消ゆ」(2014/04/13 (日) 01:57:29) の最新版変更点
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家の机の前で、俺はある奇妙な残骸を見つめていた。
「まだその残骸に執着してますのね。いい加減見苦しいのではなくて?」
「うっさいな。そもそもお前これのおかげでどんだけ勝ち星挙げれたと思ってんだよ」
俺が見つめていたのは、二ヶ月前、リーヴェに完敗を喫したヒルデが最期に破壊された武装――両手首に装着されていた、やや大型の袖状パーツである。
素体の前腕をすっぽりと覆うデザインのそれは、それぞれ展開することで右腕のそれで電力を吸収、左腕のそれで放出できるという代物だった。
ヒルデが脱走騒ぎの際、自身のバッテリー事情を鑑みなかった理由がこの装備にある。これさえあれば、コンセントの無いような超ド田舎まで逃走するか、自身のバッテリーの寿命が尽きるまで行動できるのである。
また、バトルの際はヒルデが相手を手篭めにするときに相手の電力と力を奪うのに使用していた。
実際はもっとまともな使い方があったんだろうが……悲しいかな、俺にはその使い方が浮かばない(それがヒルデの暴走した理由のひとつでもある)。
「形あるもの、いずれ壊れますわ。今はそんなことよりもワタクシたちのスキルアップに時間を使うべきではなくって?」
「これ作ってくれたの、俺のダチなんだよ。そいつに悪いと思ってるんだ……ああ、お前は知らないんだっけか」
そういえばこの武装を受け取ったのはヒルダだったな。
「ではどうしますの? そのオトモダチの家にいって土下座でもするつもり? 止めて頂戴な。仮にも幸人はワタクシのマスターですわよ?」
「土下座はしないまでも、頭は下げる。それがケジメってもんだ」
やはり、謝りに行こう。
これを譲り受けた際に「好きに使え」と言われてはいるものの、半分はモニター扱いだ。
定期的に戦闘データを送るよう指示されていたこともゴタゴタですっかり忘れてしまっていたし。それを届ける必要もある。
「行くぞヒルデ」
「嫌ですわ行きませんわ絶対に頭なんて下げませんわ幸人にも下げさせませんわ!」
俺はわめくヒルデを手っ取り早くビニール袋と輪ゴムで簀巻きにすると、それを胸ポケットに入れた。
こいつのワガママへの対処法も、この二ヶ月で大分慣れたもんだ……。
◆◇◆
寮から出て、足をゲーセンとは逆の大学方面へと向ける。
大学の正門坂の前を通り過ぎ、学生街へ。
そこから路地に入り、数分歩いたところで足を止める。
そこは学生街の中になぜかぽつんと立っている寂れた町工場だった。
なんでも、本来ここをつぶして学生寮を建てる計画があったらしいが、現在ここに住んでいる人物が即金で土地ごとこの工場をまるごと買い取り、住んでいる。
初めて聞いたときは「酔狂な人物もいるもんだ」としか思っていなかったが、後々それが十数年振りの友人であったと聞いたときはあいた口が塞がらなかったものだ。
「おーい、いるかー?」
外装にまったくこだわっていないせいで、この工場にはインターホンすらついていない。おまけに住人が人嫌いなので携帯電話も普段は電源を切っていて繋がらず、二○三七年になってまでこんな昭和の小学生ような呼び出しにしか応じないのだ。
本人は研究開発に専念できる、と満足しているようだが、それならせめて携帯の電源ぐらい入れておいてくれ。
「……やぁ。君か」
二階の居住スペースから一人の人間が顔を見せる。
男とも女ともとれるような中性的な顔立ちが目立つこいつが、今回の尋ね人だ。
名前はクズハ・狐ノ宮という。ドイツ人と日本人のハーフらしい。
「三ヶ月ぶりぐらいか。君に託したアレのデータを今か今かと待っていたんだけど。ようやく渡してもらえるようだね。さあ中へ入ってくれ」
――工場の自動ドアに電源が入り、俺の眼前で開く。
正直に話したとき、どんな叱責をくらうか……それだけで俺は軽く頭痛がするのだった。
----
第二部 狐は夢幻に消ゆ
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「……ふむ。それがキミの言い分か。リアルファイト。結果ボクの作品が壊れた。そういうんだね。キミは」
俺はクズハの話を聞いていた。時間にしておよそ三十分。言っちゃああれだが、すでに足の感覚は無い。
棚に並べられた多種多様の武装に周囲をぐるりと囲まれ、ヒルデと二人で正座中である。
いつも鉄面皮で表情を読むのに難しいこいつの言葉の端々に怒りのようなものが滲んでいる。これはまずい。かなりお冠だ。
ヒルデも俺の隣で正座をしている――神姫はその躯体の構造上正確に正座をすることは不可能なのだが――。
「ええ、これでもう三度目ですわ。いったいいつになったら理解しますの?」
「おいヒルデ……頼むからこいつをこれ以上怒らせんのやめろ」
「何を言っていますの? このワタクシが懇切丁寧に説明してあげたのにも関わらず、そこの鉄面皮はさらに二度も説明を繰り返させたのですわよ? 正直、ワタクシがこれ以上付き合う道理などどこにふみゅっ」
最期の情けない声は俺がヒルデの頭を指で押さえつけて無理やり土下座の格好にしたことから出たものだ。
「すまん。こいつ何分天上天下唯我独尊を地でいってるもんでな」
「知ってる。だからこそ彼女にアレを託したんだがね。まさか一月たたずに壊されるとは思わなかった」
「……何度もいいますけれど壊したのはワタクシではなくリーヴェですわ……っ。弁償請求ならばあの女にすればよろしいですの……っ」
俺の指を無理やり押し上げようと体を持ち上げるヒルデ。だがさすがに通常の神姫に人間の膂力を超える力など出すことはできない。
せいぜいその指を払うぐらいだが、こいつは知っての通り極めて負けず嫌いだ。俺の指を真っ向から押し返すべくふんぞり返ろうとする。
「弁償請求? はっ。まさか。そんなものをするつもりなどない。アレはキミに渡したものだ。それをどう使おうとキミの勝手さ。ボクはね――」
ふぅ、とため息をついた。そして真っ向からクズハはヒルデの目を見据える。
紫水晶の瞳とスカイブルーの瞳が真っ向から火花を散らす。
「――あれほど最強の二文字を謳いそれを目指していた神姫が。まさかストリートファイトごときで【ボクの作品を使って】一撃も入れられずに無様な姿をさらしたことに一番いらだっているんだ」
その言葉にギリ、とヒルデの歯がなる。悔しいが言い返せないのだろう。
俺はそんな二人を見ながらため息をつく。
正座した足は、とうとう疼痛に似た感覚を神経へと訴えていた。
「まあ、リアルファイトでアルトレーネタイプの攻撃を受けただけで壊れてしまうような材質的問題が浮き彫りにはなった。幸いレコーダーもギリギリ生きているようだ。今回の件は不問にしよう」
クズハは器用に工具を使って1cm程の残骸をきれいに分解し、ピンセットでさらに小さな部品を摘みあげる。
煤けていたが、それはどうやらメモリーチップのようなものらしい。
「そうかい、そりゃよかった」
ほっとして足を崩す。とたんに激しい痺れがひざ下に襲い掛かり、俺の顔が一瞬でこわばる。
「何も正座して聞くような話ではないだろう」
「いろいろとあったとはいえ、約束されてたデータ提出を怠ったのは俺のミスだしなあ」
苦笑する薫に、苦笑で返す。ヒルデは「たかが正座ごときで、情けないですわね」とため息をついているが、そりゃお前には足がしびれるなんて感覚がないから言えるんだろうよ。
チップをなにやらよくわからない機械へとセットし、中のデータを抽出しながら薫は言った。
「……しかし不思議な使い方をしたようだね。左腕を使った形跡がほとんど見られないが」
「大抵の神姫は電力を吸い取られたらお終いだろ。放電する理由がねえよ」
「まあそれはそうだが。データを見る限り複数の神姫と戦ったこともあまりないようだね」
キーボードをけだるげに叩きながらデータの羅列を見るクズハの後ろから俺もそれを見る。何が書いてあるやら、さっぱりわからん。
「――材質は強化プラスチックでは限界があるな。腕を覆う鎧である以上少なくとも防御にも目を向ける必要があるか。であるならば配線との兼ね合いは――」
画面を流れるデータを目の端で見やりながら、クズハは立体描画ソフトを用いて瞬く間に設計図を描き上げていく。そして必要な電力などの計算やそれを動かすためのプログラム作成エトセトラエトセトラ……。タスクバーをみると、都合十二の作業を並列して行っていた。
それを見て、ヒルデはぽかんとした顔をしている。
「どうした? ヒルデ。鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「あの人、すごいですわね……。人間があれだけの作業を同時処理して、ミスはでませんの?」
「少なくとも。ボクは自分の作品制作の時にテストとして失敗作を生むことはあっても、作業中にミスをしたことはないよ」
「……相変わらずの天才っぷりだな」
画面に向き合いながら俺の代わりにクズハが答え、俺は苦笑いする。
小学、中学の間しか付き合いはないが、こいつのある種異常とも天才っぷりは町内で有名だった。
理数のテストは100点しか取ったことはなく、中学時代にプライドを傷つけられた旧帝大卒の数学教師が手製の問題(超大学級)を持ち込んで挑戦したこともあったが、わずか三分で解き終えた挙句に問題にあった矛盾点を三十分間訥々と説明してその教師の鼻を完全にへし折った事件はいまだに同期をはじめ知り合いの間で語り継がれている(余談だがその数学教師は翌年教師を辞めたらしい)。
その天才ぶりについたあだ名が「おキツネ様」。俺やそのほかの親しい友人なんかは、キツネ、と呼んでいた。
中学卒業後、父親の仕事の都合でドイツへと越して行ったが、聞くところによると飛び級をしまくって有名な工科大学に入学。その後単独で渡米して別の有名工科大学に編入。在学中に数多くの発明と特許を取得して最終的に博士号をいくつか取り、主席卒業したらしい。
そんなヤツがなんで日本でまだ大学生やってんだとも思ったが、本人いわく「普通の学生生活を送ってみたかった」かららしい。
その割には特許で入ってくる金を使って地元の町工場を買い取って半引きこもりの生活を送ってはいるが……。
「天才とは心外だな。別にボクは努力せずに今の場所にいるわけではないんだぞ?」
「努力の出来る天才ってのは最強の存在だと思うがね」
「そうでもない。昔から語学は苦手だった」
「英語ペラペラだろうお前……」
ちなみに俺は全く英語ができない。もとより日本から出るつもりもないから関係ないが。三単現のsがなぜ必要なのかこの年になってもわからない。
「――さて。こんなものかな」
最後にたん、とキーボードを叩いて満足げにうなずくクズハ。
見るとそこには新しい武装の設計図とそのカタログスペックが表示されていた。
以前と同じく、手首から換装して前腕部を覆うタイプの袖状パーツだが、以前のものよりもより流麗なデザインとなっていた。手首に設けられた二本の棘のような部分がアクセントとなっている。
また、耐久度もどうやら上昇しており、吸電容量と放電出力も以前のものより強化されていた。
「名付けて。武装【エンノオヅヌ】。左腕用が【前鬼】。右腕用が【後鬼】だ。いい武装だろう?」
「実際に使ってみないとなんとも言えませんわね。前のようにはなりませんの?」
「ボクは同じ失敗は繰り返さないクチでね。見てもらえば分かるが今回は円をイメージすることでより衝撃を受け流しやすくなった。まともに受けてるのは無理だが受け流す程度なら平気で耐えるだろう。その代わり重量には今回目をつぶったがね」
クズハはそう言って立ち上がると、壁にかかっていた作業着をはおった。そして階下の工場へと向かう。
「もう作るのか?」
「我ながら会心の出来でね。早く作ってみたくなった。一時間もあればできるだろう。待っていてくれ」
「あら、そんな短時間で出来ますの? 手抜きの作品はごめんですわよ?」
「――ボクを誰だと思っている?」
ふん、とクズハは鼻で笑った。
棚に並べられた武装に記されたロゴマーク。それには煙を纏った九尾の狐の姿とMFの二文字。
「ハンドメイド武装メーカー。【ミラージュフォックス(夢幻の狐)】の名前は伊達じゃないよ」
[[進む>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2768.html]]
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2484.html]]
[[トップへ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2310.html]]
家の机の前で、俺はある奇妙な残骸を見つめていた。
「まだその残骸に執着してますのね。いい加減見苦しいのではなくて?」
「うっさいな。そもそもお前これのおかげでどんだけ勝ち星挙げれたと思ってんだよ」
俺が見つめていたのは、二ヶ月前、リーヴェに完敗を喫したヒルデが最期に破壊された武装――両手首に装着されていた、やや大型の袖状パーツである。
素体の前腕をすっぽりと覆うデザインのそれは、それぞれ展開することで右腕のそれで電力を吸収、左腕のそれで放出できるという代物だった。
ヒルデが脱走騒ぎの際、自身のバッテリー事情を鑑みなかった理由がこの装備にある。これさえあれば、コンセントの無いような超ド田舎まで逃走するか、自身のバッテリーの寿命が尽きるまで行動できるのである。
また、バトルの際はヒルデが相手を手篭めにするときに相手の電力と力を奪うのに使用していた。
実際はもっとまともな使い方があったんだろうが……悲しいかな、俺にはその使い方が浮かばない(それがヒルデの暴走した理由のひとつでもある)。
「形あるもの、いずれ壊れますわ。今はそんなことよりもワタクシたちのスキルアップに時間を使うべきではなくって?」
「これ作ってくれたの、俺のダチなんだよ。そいつに悪いと思ってるんだ……ああ、お前は知らないんだっけか」
そういえばこの武装を受け取ったのはヒルダだったな。
「ではどうしますの? そのオトモダチの家にいって土下座でもするつもり? 止めて頂戴な。仮にも幸人はワタクシのマスターですわよ?」
「土下座はしないまでも、頭は下げる。それがケジメってもんだ」
やはり、謝りに行こう。
これを譲り受けた際に「好きに使え」と言われてはいるものの、半分はモニター扱いだ。
定期的に戦闘データを送るよう指示されていたこともゴタゴタですっかり忘れてしまっていたし。それを届ける必要もある。
「行くぞヒルデ」
「嫌ですわ行きませんわ絶対に頭なんて下げませんわ幸人にも下げさせませんわ!」
俺はわめくヒルデを手っ取り早くビニール袋と輪ゴムで簀巻きにすると、それを胸ポケットに入れた。
こいつのワガママへの対処法も、この二ヶ月で大分慣れたもんだ……。
◆◇◆
寮から出て、足をゲーセンとは逆の大学方面へと向ける。
大学の正門坂の前を通り過ぎ、学生街へ。
そこから路地に入り、数分歩いたところで足を止める。
そこは学生街の中になぜかぽつんと立っている寂れた町工場だった。
なんでも、本来ここをつぶして学生寮を建てる計画があったらしいが、現在ここに住んでいる人物が即金で土地ごとこの工場をまるごと買い取り、住んでいる。
初めて聞いたときは「酔狂な人物もいるもんだ」としか思っていなかったが、後々それが十数年振りの友人であったと聞いたときはあいた口が塞がらなかったものだ。
「おーい、いるかー?」
外装にまったくこだわっていないせいで、この工場にはインターホンすらついていない。おまけに住人が人嫌いなので携帯電話も普段は電源を切っていて繋がらず、二○三七年になってまでこんな昭和の小学生ような呼び出しにしか応じないのだ。
本人は研究開発に専念できる、と満足しているようだが、それならせめて携帯の電源ぐらい入れておいてくれ。
「……やぁ。君か」
二階の居住スペースから一人の人間が顔を見せる。
男とも女ともとれるような中性的な顔立ちが目立つこいつが、今回の尋ね人だ。
名前はクズハ・狐ノ宮という。ドイツ人と日本人のハーフらしい。
「三ヶ月ぶりぐらいか。君に託したアレのデータを今か今かと待っていたんだけど。ようやく渡してもらえるようだね。さあ中へ入ってくれ」
――工場の自動ドアに電源が入り、俺の眼前で開く。
正直に話したとき、どんな叱責をくらうか……それだけで俺は軽く頭痛がするのだった。
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第二部 狐は夢幻に消ゆ
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「……ふむ。それがキミの言い分か。リアルファイト。結果ボクの作品が壊れた。そういうんだね。キミは」
俺はクズハの話を聞いていた。時間にしておよそ三十分。言っちゃああれだが、すでに足の感覚は無い。
棚に並べられた多種多様の武装に周囲をぐるりと囲まれ、ヒルデと二人で正座中である。
いつも鉄面皮で表情を読むのに難しいこいつの言葉の端々に怒りのようなものが滲んでいる。これはまずい。かなりお冠だ。
ヒルデも俺の隣で正座をしている――神姫はその躯体の構造上正確に正座をすることは不可能なのだが――。
「ええ、これでもう三度目ですわ。いったいいつになったら理解しますの?」
「おいヒルデ……頼むからこいつをこれ以上怒らせんのやめろ」
「何を言っていますの? このワタクシが懇切丁寧に説明してあげたのにも関わらず、そこの鉄面皮はさらに二度も説明を繰り返させたのですわよ? 正直、ワタクシがこれ以上付き合う道理などどこにふみゅっ」
最期の情けない声は俺がヒルデの頭を指で押さえつけて無理やり土下座の格好にしたことから出たものだ。
「すまん。こいつ何分天上天下唯我独尊を地でいってるもんでな」
「知ってる。だからこそ彼女にアレを託したんだがね。まさか一月たたずに壊されるとは思わなかった」
「……何度もいいますけれど壊したのはワタクシではなくリーヴェですわ……っ。弁償請求ならばあの女にすればよろしいですの……っ」
俺の指を無理やり押し上げようと体を持ち上げるヒルデ。だがさすがに通常の神姫に人間の膂力を超える力など出すことはできない。
せいぜいその指を払うぐらいだが、こいつは知っての通り極めて負けず嫌いだ。俺の指を真っ向から押し返すべくふんぞり返ろうとする。
「弁償請求? はっ。まさか。そんなものをするつもりなどない。アレはキミに渡したものだ。それをどう使おうとキミの勝手さ。ボクはね――」
ふぅ、とため息をついた。そして真っ向からクズハはヒルデの目を見据える。
紫水晶の瞳とスカイブルーの瞳が真っ向から火花を散らす。
「――あれほど最強の二文字を謳いそれを目指していた神姫が。まさかストリートファイトごときで【ボクの作品を使って】一撃も入れられずに無様な姿をさらしたことに一番いらだっているんだ」
その言葉にギリ、とヒルデの歯がなる。悔しいが言い返せないのだろう。
俺はそんな二人を見ながらため息をつく。
正座した足は、とうとう疼痛に似た感覚を神経へと訴えていた。
「まあ、リアルファイトでアルトレーネタイプの攻撃を受けただけで壊れてしまうような材質的問題が浮き彫りにはなった。幸いレコーダーもギリギリ生きているようだ。今回の件は不問にしよう」
クズハは器用に工具を使って1cm程の残骸をきれいに分解し、ピンセットでさらに小さな部品を摘みあげる。
煤けていたが、それはどうやらメモリーチップのようなものらしい。
「そうかい、そりゃよかった」
ほっとして足を崩す。とたんに激しい痺れがひざ下に襲い掛かり、俺の顔が一瞬でこわばる。
「何も正座して聞くような話ではないだろう」
「いろいろとあったとはいえ、約束されてたデータ提出を怠ったのは俺のミスだしなあ」
苦笑するクズハに、苦笑で返す。ヒルデは「たかが正座ごときで、情けないですわね」とため息をついているが、そりゃお前には足がしびれるなんて感覚がないから言えるんだろうよ。
チップをなにやらよくわからない機械へとセットし、中のデータを抽出しながらクズハは言った。
「……しかし不思議な使い方をしたようだね。左腕を使った形跡がほとんど見られないが」
「大抵の神姫は電力を吸い取られたらお終いだろ。放電する理由がねえよ」
「まあそれはそうだが。データを見る限り複数の神姫と戦ったこともあまりないようだね」
キーボードをけだるげに叩きながらデータの羅列を見るクズハの後ろから俺もそれを見る。何が書いてあるやら、さっぱりわからん。
「――材質は強化プラスチックでは限界があるな。腕を覆う鎧である以上少なくとも防御にも目を向ける必要があるか。であるならば配線との兼ね合いは――」
画面を流れるデータを目の端で見やりながら、クズハは立体描画ソフトを用いて瞬く間に設計図を描き上げていく。そして必要な電力などの計算やそれを動かすためのプログラム作成エトセトラエトセトラ……。タスクバーをみると、都合十二の作業を並列して行っていた。
それを見て、ヒルデはぽかんとした顔をしている。
「どうした? ヒルデ。鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「あの人、すごいですわね……。人間があれだけの作業を同時処理して、ミスはでませんの?」
「少なくとも。ボクは自分の作品制作の時にテストとして失敗作を生むことはあっても、作業中にミスをしたことはないよ」
「……相変わらずの天才っぷりだな」
画面に向き合いながら俺の代わりにクズハが答え、俺は苦笑いする。
小学、中学の間しか付き合いはないが、こいつのある種異常とも天才っぷりは町内で有名だった。
理数のテストは100点しか取ったことはなく、中学時代にプライドを傷つけられた旧帝大卒の数学教師が手製の問題(超大学級)を持ち込んで挑戦したこともあったが、わずか三分で解き終えた挙句に問題にあった矛盾点を三十分間訥々と説明してその教師の鼻を完全にへし折った事件はいまだに同期をはじめ知り合いの間で語り継がれている(余談だがその数学教師は翌年教師を辞めたらしい)。
その天才ぶりについたあだ名が「おキツネ様」。俺やそのほかの親しい友人なんかは、キツネ、と呼んでいた。
中学卒業後、父親の仕事の都合でドイツへと越して行ったが、聞くところによると飛び級をしまくって有名な工科大学に入学。その後単独で渡米して別の有名工科大学に編入。在学中に数多くの発明と特許を取得して最終的に博士号をいくつか取り、主席卒業したらしい。
そんなヤツがなんで日本でまだ大学生やってんだとも思ったが、本人いわく「普通の学生生活を送ってみたかった」かららしい。
その割には特許で入ってくる金を使って地元の町工場を買い取って半引きこもりの生活を送ってはいるが……。
「天才とは心外だな。別にボクは努力せずに今の場所にいるわけではないんだぞ?」
「努力の出来る天才ってのは最強の存在だと思うがね」
「そうでもない。昔から語学は苦手だった」
「英語ペラペラだろうお前……」
ちなみに俺は全く英語ができない。もとより日本から出るつもりもないから関係ないが。三単現のsがなぜ必要なのかこの年になってもわからない。
「――さて。こんなものかな」
最後にたん、とキーボードを叩いて満足げにうなずくクズハ。
見るとそこには新しい武装の設計図とそのカタログスペックが表示されていた。
以前と同じく、手首から換装して前腕部を覆うタイプの袖状パーツだが、以前のものよりもより流麗なデザインとなっていた。手首に設けられた二本の棘のような部分がアクセントとなっている。
また、耐久度もどうやら上昇しており、吸電容量と放電出力も以前のものより強化されていた。
「名付けて。武装【エンノオヅヌ】。左腕用が【前鬼】。右腕用が【後鬼】だ。いい武装だろう?」
「実際に使ってみないとなんとも言えませんわね。前のようにはなりませんの?」
「ボクは同じ失敗は繰り返さないクチでね。見てもらえば分かるが今回は円をイメージすることでより衝撃を受け流しやすくなった。まともに受けてるのは無理だが受け流す程度なら平気で耐えるだろう。その代わり重量には今回目をつぶったがね」
クズハはそう言って立ち上がると、壁にかかっていた作業着をはおった。そして階下の工場へと向かう。
「もう作るのか?」
「我ながら会心の出来でね。早く作ってみたくなった。一時間もあればできるだろう。待っていてくれ」
「あら、そんな短時間で出来ますの? 手抜きの作品はごめんですわよ?」
「――ボクを誰だと思っている?」
ふん、とクズハは鼻で笑った。
棚に並べられた武装に記されたロゴマーク。それには煙を纏った九尾の狐の姿とMFの二文字。
「ハンドメイド武装メーカー。【ミラージュフォックス(夢幻の狐)】の名前は伊達じゃないよ」
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