「車輪の姫君/姫は魔女のキスで目を覚ます」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「車輪の姫君/姫は魔女のキスで目を覚ます」(2011/09/12 (月) 11:51:27) の最新版変更点
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*姫は魔女のキスで目を覚ます
最後の記憶は薄暗く、騒がしいまでに不快な音だけが鮮明だった。
体の電池残量は限界を迎え視界を警告が埋めアラートが悲鳴を上げていた。
何故こんな目にあったのかは、今となってはさしたる問題ではない。
廃棄られたその時、神姫にとっての過去は総てが無意味と帰す。
それが玩具としてこの身が生まれた時から決められた運命。
最後に祈るのは、せめて生まれ変わる事が可能ならば…人間になりたいとも思わない。
せめて、意味のある思い出を…
ふたりは数学教師のはげに終わったと告げると、そのまま颯爽と神姫部の部室の戸を開けた。
「あ、マスター!おかえりなさい!」
明るい声が聞こえる、主人の帰りを今か今かと待ち望んでいたのか声の主は机の上で神姫サイズのモップを片手に
主人にその存在を主張するよう懸命に両手を振っている。
声の正体は蘆田の神姫の一人、犬型ハウリンタイプのフィラカスである。
ぷっ、と言う音に反応して蘆田がそちらを向くと鼻血を吹いた神奈がティッシュを求めてふらふらとしている。
「ふぐぅ、やっぱりケモテック社総帥自らデザインしたシリーズは破壊力高いわぁ…」
「「黙れ変態」」
「あぁん、ひどぅい」
二人して罵倒され神奈は一歩たじろいでしまう。
しかし本当に引きたいのは紛れもないこの二人であろう事は言うまでもない。
「フォーマットは完了済み…まぁ有り難くはあるけども、随分と念入りなことねぇ」
再起動の為に起動コードを入力し、神姫のメモリー容量を確認する。
しかしその中身はほとんど白紙で、恐らくは前の主人が棄てる前に後ぐされが無いようメモリーをフォーマットしたであろうことが容易に解った。
神姫のCSCは主人との繋がりを感情回路に大きく影響させる構造になっているらしい、もしかしたら誰かに拾ってもらえる可能性を考えてあんな所に棄てたのかもしれない。
少なくとも仮に神姫が不要になった、あるいはやむをえない事情があって神姫を手放さなければならない場合であればジャンクショップに売るだけで公式的にフォーマットは可能だし確実に神姫との別れが可能である。
しかしそれをしないであえて捨てるという選択肢を選んだと言う事は、余程やむをえない事情があったのか、あるいはこの神姫を主人が憎んでいたのか…
「それにしても気分のいい話じゃないな」
「…まぁ、おかげで助かったわ」
神奈はにやけてキーボードに手を滑らせると、基本設定が凄まじい速さで組み込まれていく。
流石に戸三神姫部の技術屋をやっている訳ではないと言うことだろうか。
神奈の好みに合わせて変わって行く各種パロメータ―を見て蘆田も口を挟む。
「ん?この素体は見た所アークタイプのようだが、この設定だと高機動型のイ―ダの方が合ってないか?」
「ちょっとやって見たい事があってね…汎用性が高いに越した事は無いのよ」
CSCのセッティングを終えて、胸部パーツをつけ直す。
するとガチンと大きさの割に重い音が鳴り、人の鼓動のようにビクリと神姫の躯が震える。
鋭い眼光を宿した目が開き、神奈をオーナーと認識して口を開く。
「オーメストラーダ製、ハイスピード型神姫アーク…起動します
オーナーの事はなんとお呼びすればよろしいでしょうか…?」
「おぉ、なんとか動いたみたいだな」
フィラカスとはまた違う意味で、耳に心地いい歌うような声でオーナー登録を行おうと質問をする神姫に、神奈は答える。
「私の名前は神奈 流、呼び方はそうね…どういう呼び方があるのかしらん?」
「マスター・アニキ・アネキ の三種です」
あらあら、と頬に手を添え神奈は決める。
「兄貴と呼ばれるのもどうかと思うし、マスターと呼ぶのも何か面白みがないわねぇ…じゃあ、アネキで♪」
「了解しました…最後に、私の名前を登録してください。」
会話の中で徐々にインプリンティングして行くのだろう、無機質だった神姫の瞳に光が宿って行く。
神奈は神姫の頭を指で撫でながら、最後の質問に答えた。
「名前は最初から考えているわ、キサヤ…貴女の名前は今日からキサヤよ」
「キサヤ…うん、良い名前だ…ありがとう」
此処まで来るとマニュアルによる機械的な口調ではなく、アーク型特有の個性(キャラクター)の口調になっていた。
キサヤと名付けられた神姫は神奈に手を伸ばし、神奈はその手に添えるように小指を立ててキサヤの手に触れさせる。
「よろしくな、アネキ!」
「よろしくね、キサヤ♪」
二人で呼びあい、CSCに刻まれた絆を確認する…そして今ここに、新しい神姫が誕生したのである。
「ふ…ふふふ…
*フゥ―ハハハハハ!!!!」
「「「!!??」」」
突然高笑いを始めた神奈にその場に居た明日とキサヤ、さらに台所でえっちらおっちらとコーヒー牛乳を混ぜていたフィラカスはビクッとそちらを振りかえる。
この女は一昔前のムァッドサィエンティストの血でも引いているかと見紛うばかりの見事な高笑いである。
「良い、好いわ、実にイイ!!!
アークはスケバン系の性格と聞いていたけど、更に妹分キャラまでつくなんて!!
しかも姉妹か義理の姉妹か微妙に解らないくらいがもどかしい、あぁなんて素晴らしいのオーメストラーダ!!」
自分の世界に浸りながらアーク型への萌え的な賛辞を重ねる神奈を先ほどとは全く違う汚物を見るような目で見つつ、滝のように汗を流しながらキサヤは蘆田に問う。
「な、なぁ…ひょっとしてあたし、とんでもないマスターに当たっちまったのかい?」
「あぁ、あれは少し不良で百合趣味でオタクで腐女子で性格螺旋くれまくってるくらいなだけだ、俺はすぐに慣れた」
蘆田の説明を聞きキサヤはますます顔を青く染めていく。
「これ、絶対にはずれマスターだああぁぁあああ!!!」
部室にキサヤの絶叫がこだました。
「さてー、初戦に丁度いい相手はいるかしらねぇ~♪」
早速と言わんばかりに神奈達はキサヤを連れてゲームセンターへと赴いていた。
ゲームセンターには神姫バトルの為の筺体がほぼ標準的に設置されており、いつでも気軽に神姫バトルを楽しむ事ができるようになっている。
神姫を戦う武装神姫として育てるなら、まずゲームセンターで戦って神姫ポイント―ここでは神姫と神姫関連商品に飲みオーナーが使うことのできる電子マネーの事―
を溜めるのが一般的である。
しかし…
「ねぇアネキ、もうちょっとまともな装備ないの?」
キサヤが装備しているのは簡易的なローラーシューズとナイフ、そしてハンドガンのみである。
確かにそれは起動したてでも文句を言うには十分な有様であった。
「まぁうちの部はそれ程無駄遣いできる訳じゃないからねぇ、それに今は勝とうが負けようが貴女の体の具合を調べないといけないからねぇ♪」
「カスタムパーツの製作には実費を大いに消費するからな、一昔前までは違法だったがパーツのカスタムくらいまでならOKになった現在だからこそ
このバトルは必要なのさ。」
神奈の言い方に一々背筋を這う不気味な淫靡さを感じつつ、蘆田の解説に相槌を打つキサヤだが
これがキサヤの人生初のバトルである。キサヤが武装神姫である以上、初めてのバトルに対する期待感は決して無視できるものではなく
結果、今は仕方なく神奈にしたがう事にした。
「がまんがまん…もし碌でも無かったら、あのもう一人のオーナーに乗り換えてやるかんな」
「ひひひ、まぁ失望させない程度には頑張るわ♪」
「俺としても歓迎したいところだけどな」
キサヤははぁ、とため息をつき…ん?とふと神奈の言動の違和感に気付く。
「なぁアネキ、アネキはオーナーとして指示を飛ばすだけだよな?」
神奈は筺体の座席に座り、キサヤの機体を筺体のリフト上に置く。
「私はライドシステムっての、一度やって見たかったのよ♪」
ゾクっとキサヤは背筋をこわばらせる、キサヤも神姫である以上基礎的情報としてライドシステムの情報もインプットされている
神姫バトルには二つのスタイルが存在している、一つは通常のバトルロンドスタイル、通称指示式。
一つはオーナーの指示に従い神姫が自分の意思で動き戦う形式のバトルスタイルである。
もう一つはオーナーが神姫に憑依(ライドオン)して人機一体となって戦うバトルマスターズスタイル、通称ライド式。
指示式に比べて一度に一体の神姫しか操れないが、その分バトルにマスターの癖が強く反映される、まさに個性が強さとなるスタイルである。
しかし神奈は神姫を見て押し隠す事も無くハァハァと身をよじらせる変態である
正直に言ってそんなマスターに身を預ける事に危機感を感じない神姫は恐らく居ないのではないだろうか、居るとしたら相当に鈍感である。
しかしキサヤは世の中に武装紳士と呼ばれる連中がごろごろいる事を知らない。
「ひゃははははは!!そうそこで股を開くのだ!!」
「ひぐっ…ひっく、もうやだよぉ」
「!!?」「あら世紀末」
突然に聞こえた如何にも世紀末な笑い声に丁度選ぼうとしていたとなりの筺体を見ると、キサヤは顔を赤くして驚愕し、神奈はぷふっと鼻血を吹く前にティッシュを鼻に詰める。
隣の筺体ではカメラを持った男が、何故かあられもない恰好をしているアルトアイネス型の神姫を惜しげもなく撮影していたのである。
「くそぅ、赦してくれミミコ…僕が戦闘前に約束してしまったばっかりにっ」
「うぅ…何でマスターまでガン見なのさぁ」
「約束したのだから仕方ないさなぁ!!さぁ次はもっと恥かしい下からのアングルだ!!」
「さぁさぁもっと誘うように、媚びて媚びて!!」
しかし状況は特に犯罪的ではなかったようだ、バトル前に約束したのであればそれは合法である。―神姫本人の意思はどうとして―
しかも何故かいつの間にか神奈も混ざっておりアルトアイネスにポージングの指示を飛ばしている始末である。
そのような―良識人から見て―狂った状況下で、キサヤは流石にオーナーの頭の上に昇り、飛びあがって脳天に強烈なかかと落としを喰らわせた。
ガッ「みぎぃ!!」
「そこのカメラ男!!あたしとバトルしろ!!そんな神姫が泣くようなことを皆の前で平然とやるなんて、オーナーとして恥を知れ!!」
悲鳴をあげてうずくまる自らのマスターをよそにビシッとカメラを持った男を指さしてキサヤは宣戦布告した。
「あ?そっちのオーナーは同志じゃねぇのか?」
「ん~同志ではあるけれどキサヤが言うなら仕方がないわねぇ~
どう?あなたたちがやったのと同じ条件でバトるというのは♪」
神奈もウィンクして相手をバトルに誘う、同じ条件という事は即ち、負けたら神姫に恥かしいポーズをさせて撮影会と言う事である。
「ちょ…!!待ってそう言う意味じゃなくて」
「あら、喧嘩を売るならこっちにもそれなりのリスクが無いとね♪」
うぐ…と押し黙るキサヤ、カメラ男もキサヤの躯をじろじろ見て、思う所あったようだ。
「気に入った!!ならその条件で行こうじゃねぇか!!」
「同意感謝するわ、同志!!♪」
「人間って…人間って……」
バトルをする相手とはいえ、異様な程意気投合しているカメラ男と神奈を見てキサヤは頭を抱える。
そのまま不安げな表情でゴウンゴウンと下がって行くリフトに連れて行かれるキサヤを神奈はいひひと悪戯魔女のように嗤いつつ見送った。
「…っ、たくもう!なんなんだよあのオーナーは!」
下りていくリフトの上でいくつものレーザースキャンを浴びながら、キサヤは準備運動を始める。
初めてのバトルに対する不安を少しでも払拭するためである
只でさえ元々隠しごとやはっきりしない事が大嫌いな性格のアーク型神姫にとって、神奈のような不可思議な人間の有り方は非常に不快なのだろう。
「今は、バトルに集中だ…ッ」
元々アーク型は速さのみを求めて作られた機体である。それは即ち戦車型等と同じように純粋に戦う為に生れて来た神姫と言う事である。
―というより、殆どの神姫はそう言った戦う為に作られた神姫である事が殆どだが―
その為神姫はバトルこそが数ある存在理由の一つであり、他者との関わりを最も円滑にするための手段でもある。
「「さぁて、お手並み拝見と行きましょうか…!」」
奇しくもキサヤと神奈、筺体の中と外とで互いに呟くと同時に神奈は専用のヘッドセットを装着し…一言、唱える。
「ライド…オン!!」「っ!?」
すると神奈のヘッドセットの眼前と、キサヤの胸の上にヴォン、と『RIDE ON』というシステムウィンドウが開き
キサヤは其処から何かがぶつかり、そのまま突き抜けたような感覚を覚える。
「…ふむ、自分の身体じゃないって言うのは中々不思議な感覚ね」
『これが、ライドオンの感覚…』
ザッ…と対になる方向から筺体の白い地面を踏みしめる音が聞こえる。
「装備から言ってまだペーペーの初心者か…今日は勝ち星頂きだな」
『戦う前からそう言う事を言うものではないでありますよー、それ死亡フラグであります』
うるせぇ、と神姫AIの映るメッセージウィンドウに悪態をつくのはゼルノグラード型の神姫…にライドした相手マスターだろう。
ゴウン、と筺体内部の障害物レーンが上がり、立体映像や特殊微粒子でコーティングされ白い無機質な空間が自然の川辺へと変換されていく。
「漫才は良いけど早く始めないかしらん、私もキサヤを早く知りたいしねぇ♪」
キサヤの体で喋り、相手を挑発する神奈の言動に相手もカチンと来たのか、舞台が完成すると同時に身構える。
「そっちもそっちで余裕こいてると…」
『READY…』
やがてシステムアナウンスが…
「死亡フラグだぜ!!」
『FIGHT!!』
バトルの開始を告げた。
『「!!」』
同時に飛びかかって来た相手のゼルノグラード、その手には柄の長いハンマーが握られている。
当たれば短期決着は間違いないだろう。
しかしキサヤと神奈は地面を蹴り間合いを取って初撃を回避する。
『もう一撃来る!』
「大丈夫、あなたは速いわ♪」
キサヤのアラートを聞き流して今度は相手の懐に飛び込みナイフに手をかけ、そしてキサヤがボディに伝えるサポートモーションに従いヒュン、とナイフを×に振りきる。
「っ!!んの!!」
ドッ!!と相手はハンマーを地面にたたきつけて反動で後ろへと跳んだ。
しかしキサヤは攻撃の手を休めない、ハンドガンをとり間合いを無効化すると言わんばかりに発砲しながら接近する。
(こいつ、初心者じゃねぇ!!)
『マスター!!』
ゼルノグラードの警告に動かされるまま相手もライフルを構えるが…
「速さが…」『足りない!!!』
キサヤは既に銃身の間合いの内側に入り込んでいた、脚に装着したローラーブレードはキサヤのスペックを十二分に底上げしていた。
「がっ…!!」
『凄い…でも……?』
称賛は神奈のセッティングに対するものであった、しかし神奈が繰り出す極めて攻撃的かつパターン化された戦法はキサヤ自身も驚愕させていた。
キサヤも神奈は初心者だと思っていた、現に神奈はライドバトルは初めてだったはずなのだ。
しかしキサヤは自らの身を操る事に違和感を感じていた、それは神奈だけではなかったのだ。
神奈が絡めてキサヤが斬る、そして神奈はイメージしている。速く、強い…嘗て何処かで見た動きを真似るように
相手は二人、自分も二人、しかしてその実キサヤの体は三人分のイメージが操っている。
「……こりゃあ好い♪」
『これで止めだ!!』
ガギン!!と一撃、回し蹴りで相手の顎を蹴り飛ばす。
斬り揉みしながら機体は飛んで行き、やがて川の中へ落ちていき、筺体がピリリリリリ!!!!と終了のアラームを鳴らした。
『WINNER、キサヤ&神奈』
「……ふぅっ」
ノイズと共に神奈の意識が元の肉体へと戻り、深呼吸をしながら神奈はヘッドセットを外した。
「参った、完敗だよ…あんた程完璧な武装淑女は初めて見たぜ」
「あなたも立派に武装紳士よ♪」
マスター同士で互いの友情を確かめ合う、それはある意味では健全な交流と言えよう。しかし…
「さて、ゼルノちゃんの恥かしエロス撮影会開始ねぇ♪」
「うおぉ!!恥かしい恰好では飽き足らずエロスとくるか!!やっぱりすげぇぜあんた!!」
「い、いやああぁぁぁ!!」
そう言いつつ何故か機械製品にも安全なグリスローションを手にゼルノグラードへと手を伸ばす神奈の顔に
キサヤの見事なとび蹴りがめり込んだ。
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*姫は魔女のキスで目を覚ます
最後の記憶は薄暗く、騒がしいまでに不快な音だけが鮮明だった。
体の電池残量は限界を迎え視界を警告が埋めアラートが悲鳴を上げていた。
何故こんな目にあったのかは、今となってはさしたる問題ではない。
廃棄られたその時、神姫にとっての過去は総てが無意味と帰す。
それが玩具としてこの身が生まれた時から決められた運命。
最後に祈るのは、せめて生まれ変わる事が可能ならば…人間になりたいとも思わない。
せめて、意味のある思い出を…
ふたりは数学教師のはげに終わったと告げると、そのまま颯爽と神姫部の部室の戸を開けた。
「あ、マスター!おかえりなさい!」
明るい声が聞こえる、主人の帰りを今か今かと待ち望んでいたのか声の主は机の上で神姫サイズのモップを片手に
主人にその存在を主張するよう懸命に両手を振っている。
声の正体は蘆田の神姫の一人、犬型ハウリンタイプのフィラカスである。
ぷっ、と言う音に反応して蘆田がそちらを向くと鼻血を吹いた神奈がティッシュを求めてふらふらとしている。
「ふぐぅ、やっぱりケモテック社総帥自らデザインしたシリーズは破壊力高いわぁ…」
「「黙れ変態」」
「あぁん、ひどぅい」
二人して罵倒され神奈は一歩たじろいでしまう。
しかし本当に引きたいのは紛れもないこの二人であろう事は言うまでもない。
「フォーマットは完了済み…まぁ有り難くはあるけども、随分と念入りなことねぇ」
再起動の為に起動コードを入力し、神姫のメモリー容量を確認する。
しかしその中身はほとんど白紙で、恐らくは前の主人が棄てる前に後ぐされが無いようメモリーをフォーマットしたであろうことが容易に解った。
神姫のCSCは主人との繋がりを感情回路に大きく影響させる構造になっているらしい、もしかしたら誰かに拾ってもらえる可能性を考えてあんな所に棄てたのかもしれない。
少なくとも仮に神姫が不要になった、あるいはやむをえない事情があって神姫を手放さなければならない場合であればジャンクショップに売るだけで公式的にフォーマットは可能だし確実に神姫との別れが可能である。
しかしそれをしないであえて捨てるという選択肢を選んだと言う事は、余程やむをえない事情があったのか、あるいはこの神姫を主人が憎んでいたのか…
「それにしても気分のいい話じゃないな」
「…まぁ、おかげで助かったわ」
神奈はにやけてキーボードに手を滑らせると、基本設定が凄まじい速さで組み込まれていく。
流石に戸三神姫部の技術屋をやっている訳ではないと言うことだろうか。
神奈の好みに合わせて変わって行く各種パロメータ―を見て蘆田も口を挟む。
「ん?この素体は見た所アークタイプのようだが、この設定だと高機動型のイ―ダの方が合ってないか?」
「ちょっとやって見たい事があってね…汎用性が高いに越した事は無いのよ」
CSCのセッティングを終えて、胸部パーツをつけ直す。
するとガチンと大きさの割に重い音が鳴り、人の鼓動のようにビクリと神姫の躯が震える。
鋭い眼光を宿した目が開き、神奈をオーナーと認識して口を開く。
「オーメストラーダ製、HST型神姫アーク…起動します
オーナーの事はなんとお呼びすればよろしいでしょうか…?」
「おぉ、なんとか動いたみたいだな」
フィラカスとはまた違う意味で、耳に心地いい歌うような声でオーナー登録を行おうと質問をする神姫に、神奈は答える。
「私の名前は神奈 流、呼び方はそうね…どういう呼び方があるのかしらん?」
「マスター・アニキ・アネキ の三種です」
あらあら、と頬に手を添え神奈は決める。
「兄貴と呼ばれるのもどうかと思うし、マスターと呼ぶのも何か面白みがないわねぇ…じゃあ、アネキで♪」
「了解しました…最後に、私の名前を登録してください。」
会話の中で徐々にインプリンティングして行くのだろう、無機質だった神姫の瞳に光が宿って行く。
神奈は神姫の頭を指で撫でながら、最後の質問に答えた。
「名前は最初から考えているわ、キサヤ…貴女の名前は今日からキサヤよ」
「キサヤ…うん、良い名前だ…ありがとう」
此処まで来るとマニュアルによる機械的な口調ではなく、アーク型特有の個性(キャラクター)の口調になっていた。
キサヤと名付けられた神姫は神奈に手を伸ばし、神奈はその手に添えるように小指を立ててキサヤの手に触れさせる。
「よろしくな、アネキ!」
「よろしくね、キサヤ♪」
二人で呼びあい、CSCに刻まれた絆を確認する…そして今ここに、新しい神姫が誕生したのである。
「ふ…ふふふ…
*フゥ―ハハハハハ!!!!」
「「「!!??」」」
突然高笑いを始めた神奈にその場に居た明日とキサヤ、さらに台所でえっちらおっちらとコーヒー牛乳を混ぜていたフィラカスはビクッとそちらを振りかえる。
この女は一昔前のムァッドサィエンティストの血でも引いているかと見紛うばかりの見事な高笑いである。
「良い、好いわ、実にイイ!!!
アークはスケバン系の性格と聞いていたけど、更に妹分キャラまでつくなんて!!
しかも姉妹か義理の姉妹か微妙に解らないくらいがもどかしい、あぁなんて素晴らしいのオーメストラーダ!!」
自分の世界に浸りながらアーク型への萌え的な賛辞を重ねる神奈を先ほどとは全く違う汚物を見るような目で見つつ、滝のように汗を流しながらキサヤは蘆田に問う。
「な、なぁ…ひょっとしてあたし、とんでもないマスターに当たっちまったのかい?」
「あぁ、あれは少し不良で百合趣味でオタクで腐女子で性格螺旋くれまくってるくらいなだけだ、俺はすぐに慣れた」
蘆田の説明を聞きキサヤはますます顔を青く染めていく。
「これ、絶対にはずれマスターだああぁぁあああ!!!」
部室にキサヤの絶叫がこだました。
「さてー、初戦に丁度いい相手はいるかしらねぇ~♪」
早速と言わんばかりに神奈達はキサヤを連れてゲームセンターへと赴いていた。
ゲームセンターには神姫バトルの為の筺体がほぼ標準的に設置されており、いつでも気軽に神姫バトルを楽しむ事ができるようになっている。
神姫を戦う武装神姫として育てるなら、まずゲームセンターで戦って神姫ポイント―ここでは神姫と神姫関連商品に飲みオーナーが使うことのできる電子マネーの事―
を溜めるのが一般的である。
しかし…
「ねぇアネキ、もうちょっとまともな装備ないの?」
キサヤが装備しているのは簡易的なローラーシューズとナイフ、そしてハンドガンのみである。
確かにそれは起動したてでも文句を言うには十分な有様であった。
「まぁうちの部はそれ程無駄遣いできる訳じゃないからねぇ、それに今は勝とうが負けようが貴女の体の具合を調べないといけないからねぇ♪」
「カスタムパーツの製作には実費を大いに消費するからな、一昔前までは違法だったがパーツのカスタムくらいまでならOKになった現在だからこそ
このバトルは必要なのさ。」
神奈の言い方に一々背筋を這う不気味な淫靡さを感じつつ、蘆田の解説に相槌を打つキサヤだが
これがキサヤの人生初のバトルである。キサヤが武装神姫である以上、初めてのバトルに対する期待感は決して無視できるものではなく
結果、今は仕方なく神奈にしたがう事にした。
「がまんがまん…もし碌でも無かったら、あのもう一人のオーナーに乗り換えてやるかんな」
「ひひひ、まぁ失望させない程度には頑張るわ♪」
「俺としても歓迎したいところだけどな」
キサヤははぁ、とため息をつき…ん?とふと神奈の言動の違和感に気付く。
「なぁアネキ、アネキはオーナーとして指示を飛ばすだけだよな?」
神奈は筺体の座席に座り、キサヤの機体を筺体のリフト上に置く。
「私はライドシステムっての、一度やって見たかったのよ♪」
ゾクっとキサヤは背筋をこわばらせる、キサヤも神姫である以上基礎的情報としてライドシステムの情報もインプットされている
神姫バトルには二つのスタイルが存在している、一つは通常のバトルロンドスタイル、通称指示式。
一つはオーナーの指示に従い神姫が自分の意思で動き戦う形式のバトルスタイルである。
もう一つはオーナーが神姫に憑依(ライドオン)して人機一体となって戦うバトルマスターズスタイル、通称ライド式。
指示式に比べて一度に一体の神姫しか操れないが、その分バトルにマスターの癖が強く反映される、まさに個性が強さとなるスタイルである。
しかし神奈は神姫を見て押し隠す事も無くハァハァと身をよじらせる変態である
正直に言ってそんなマスターに身を預ける事に危機感を感じない神姫は恐らく居ないのではないだろうか、居るとしたら相当に鈍感である。
しかしキサヤは世の中に武装紳士と呼ばれる連中がごろごろいる事を知らない。
「ひゃははははは!!そうそこで股を開くのだ!!」
「ひぐっ…ひっく、もうやだよぉ」
「!!?」「あら世紀末」
突然に聞こえた如何にも世紀末な笑い声に丁度選ぼうとしていたとなりの筺体を見ると、キサヤは顔を赤くして驚愕し、神奈はぷふっと鼻血を吹く前にティッシュを鼻に詰める。
隣の筺体ではカメラを持った男が、何故かあられもない恰好をしているアルトアイネス型の神姫を惜しげもなく撮影していたのである。
「くそぅ、赦してくれミミコ…僕が戦闘前に約束してしまったばっかりにっ」
「うぅ…何でマスターまでガン見なのさぁ」
「約束したのだから仕方ないさなぁ!!さぁ次はもっと恥かしい下からのアングルだ!!」
「さぁさぁもっと誘うように、媚びて媚びて!!」
しかし状況は特に犯罪的ではなかったようだ、バトル前に約束したのであればそれは合法である。―神姫本人の意思はどうとして―
しかも何故かいつの間にか神奈も混ざっておりアルトアイネスにポージングの指示を飛ばしている始末である。
そのような―良識人から見て―狂った状況下で、キサヤは流石にオーナーの頭の上に昇り、飛びあがって脳天に強烈なかかと落としを喰らわせた。
ガッ「みぎぃ!!」
「そこのカメラ男!!あたしとバトルしろ!!そんな神姫が泣くようなことを皆の前で平然とやるなんて、オーナーとして恥を知れ!!」
悲鳴をあげてうずくまる自らのマスターをよそにビシッとカメラを持った男を指さしてキサヤは宣戦布告した。
「あ?そっちのオーナーは同志じゃねぇのか?」
「ん~同志ではあるけれどキサヤが言うなら仕方がないわねぇ~
どう?あなたたちがやったのと同じ条件でバトるというのは♪」
神奈もウィンクして相手をバトルに誘う、同じ条件という事は即ち、負けたら神姫に恥かしいポーズをさせて撮影会と言う事である。
「ちょ…!!待ってそう言う意味じゃなくて」
「あら、喧嘩を売るならこっちにもそれなりのリスクが無いとね♪」
うぐ…と押し黙るキサヤ、カメラ男もキサヤの躯をじろじろ見て、思う所あったようだ。
「気に入った!!ならその条件で行こうじゃねぇか!!」
「同意感謝するわ、同志!!♪」
「人間って…人間って……」
バトルをする相手とはいえ、異様な程意気投合しているカメラ男と神奈を見てキサヤは頭を抱える。
そのまま不安げな表情でゴウンゴウンと下がって行くリフトに連れて行かれるキサヤを神奈はいひひと悪戯魔女のように嗤いつつ見送った。
「…っ、たくもう!なんなんだよあのオーナーは!」
下りていくリフトの上でいくつものレーザースキャンを浴びながら、キサヤは準備運動を始める。
初めてのバトルに対する不安を少しでも払拭するためである
只でさえ元々隠しごとやはっきりしない事が大嫌いな性格のアーク型神姫にとって、神奈のような不可思議な人間の有り方は非常に不快なのだろう。
「今は、バトルに集中だ…ッ」
元々アーク型は速さのみを求めて作られた機体である。それは即ち戦車型等と同じように純粋に戦う為に生れて来た神姫と言う事である。
―というより、殆どの神姫はそう言った戦う為に作られた神姫である事が殆どだが―
その為神姫はバトルこそが数ある存在理由の一つであり、他者との関わりを最も円滑にするための手段でもある。
「「さぁて、お手並み拝見と行きましょうか…!」」
奇しくもキサヤと神奈、筺体の中と外とで互いに呟くと同時に神奈は専用のヘッドセットを装着し…一言、唱える。
「ライド…オン!!」「っ!?」
すると神奈のヘッドセットの眼前と、キサヤの胸の上にヴォン、と『RIDE ON』というシステムウィンドウが開き
キサヤは其処から何かがぶつかり、そのまま突き抜けたような感覚を覚える。
「…ふむ、自分の身体じゃないって言うのは中々不思議な感覚ね」
『これが、ライドオンの感覚…』
ザッ…と対になる方向から筺体の白い地面を踏みしめる音が聞こえる。
「装備から言ってまだペーペーの初心者か…今日は勝ち星頂きだな」
『戦う前からそう言う事を言うものではないでありますよー、それ死亡フラグであります』
うるせぇ、と神姫AIの映るメッセージウィンドウに悪態をつくのはゼルノグラード型の神姫…にライドした相手マスターだろう。
ゴウン、と筺体内部の障害物レーンが上がり、立体映像や特殊微粒子でコーティングされ白い無機質な空間が自然の川辺へと変換されていく。
「漫才は良いけど早く始めないかしらん、私もキサヤを早く知りたいしねぇ♪」
キサヤの体で喋り、相手を挑発する神奈の言動に相手もカチンと来たのか、舞台が完成すると同時に身構える。
「そっちもそっちで余裕こいてると…」
『READY…』
やがてシステムアナウンスが…
「死亡フラグだぜ!!」
『FIGHT!!』
バトルの開始を告げた。
『「!!」』
同時に飛びかかって来た相手のゼルノグラード、その手には柄の長いハンマーが握られている。
当たれば短期決着は間違いないだろう。
しかしキサヤと神奈は地面を蹴り間合いを取って初撃を回避する。
『もう一撃来る!』
「大丈夫、あなたは速いわ♪」
キサヤのアラートを聞き流して今度は相手の懐に飛び込みナイフに手をかけ、そしてキサヤがボディに伝えるサポートモーションに従いヒュン、とナイフを×に振りきる。
「っ!!んの!!」
ドッ!!と相手はハンマーを地面にたたきつけて反動で後ろへと跳んだ。
しかしキサヤは攻撃の手を休めない、ハンドガンをとり間合いを無効化すると言わんばかりに発砲しながら接近する。
(こいつ、初心者じゃねぇ!!)
『マスター!!』
ゼルノグラードの警告に動かされるまま相手もライフルを構えるが…
「速さが…」『足りない!!!』
キサヤは既に銃身の間合いの内側に入り込んでいた、脚に装着したローラーブレードはキサヤのスペックを十二分に底上げしていた。
「がっ…!!」
『凄い…でも……?』
称賛は神奈のセッティングに対するものであった、しかし神奈が繰り出す極めて攻撃的かつパターン化された戦法はキサヤ自身も驚愕させていた。
キサヤも神奈は初心者だと思っていた、現に神奈はライドバトルは初めてだったはずなのだ。
しかしキサヤは自らの身を操る事に違和感を感じていた、それは神奈だけではなかったのだ。
神奈が絡めてキサヤが斬る、そして神奈はイメージしている。速く、強い…嘗て何処かで見た動きを真似るように
相手は二人、自分も二人、しかしてその実キサヤの体は三人分のイメージが操っている。
「……こりゃあ好い♪」
『これで止めだ!!』
ガギン!!と一撃、回し蹴りで相手の顎を蹴り飛ばす。
斬り揉みしながら機体は飛んで行き、やがて川の中へ落ちていき、筺体がピリリリリリ!!!!と終了のアラームを鳴らした。
『WINNER、キサヤ&神奈』
「……ふぅっ」
ノイズと共に神奈の意識が元の肉体へと戻り、深呼吸をしながら神奈はヘッドセットを外した。
「参った、完敗だよ…あんた程完璧な武装淑女は初めて見たぜ」
「あなたも立派に武装紳士よ♪」
マスター同士で互いの友情を確かめ合う、それはある意味では健全な交流と言えよう。しかし…
「さて、ゼルノちゃんの恥かしエロス撮影会開始ねぇ♪」
「うおぉ!!恥かしい恰好では飽き足らずエロスとくるか!!やっぱりすげぇぜあんた!!」
「い、いやああぁぁぁ!!」
そう言いつつ何故か機械製品にも安全なグリスローションを手にゼルノグラードへと手を伸ばす神奈の顔に
キサヤの見事なとび蹴りがめり込んだ。
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