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「マシロ先生の恋文講座」(2011/08/16 (火) 16:26:39) の最新版変更点
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&bold(){&u(){四話 『マシロ先生の恋文講座』}}
※ 念のための注意書き ※
まさかとは思いますが、インダストリアル・エデン社製神姫を知らない方はおりますまい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『拝啓 突然手紙を渡されて「なんのこっちゃ」と思われたかもしれませんが――――
五枚目の便箋を読み終えたマシロはそれを他の四枚に重ねて、丁寧に折り畳んだ。
そして私の力作を読み終えての第一声は
「長すぎます」
だった。
小説を読んだ感想で400字詰原稿用紙を数枚埋めてこい、という課題は学生ならば誰もが与えられたことのある試練だろう。読書感想文を書けと言われても、そもそも小説を読むことに慣れていないわけで、何を血迷ったか貴重な高校2年の夏休みに超大作アドベンチャー小説に手を出してしまった私は、夏休み最終日前日になってようやく、現世に帰還した主人公と母の再会シーンに涙したのであった。
余韻に浸るまま机に原稿用紙を広げて、感想文のタイトル、小説のタイトル、自分のクラスと名前を記入し、いざ書かん! とシャーペンを走らせた。
『最後の再会するところがすごく感動しました。』
ふう、と一息ついた私はシャーペンを置いた。
夏休みを丸々かけて主人公と共に異世界に旅立ち、試練の中で信頼し合う仲間と出会い、世界を破滅へと導こうとする存在を打ち破り、仲間との離別、そして母との再会を果たすという何物にも代えがたい大冒険。その感慨をたったの21文字(句点含む)にまとめてしまうとは、自分の文才に恐怖すら覚える私だった。
ちなみに私の国語力は、大学入試センター試験でいうところの140~150点レベル。酷くはない(と思いたい)けど、良くもない。
この時は成績向上のカギが文章力にあるんじゃないかと考えたけど、夏休みがあと1日しか残されていないとなればそんなことに構っている暇もなく、壮大な冒険を手短にまとめ、そして 『最後の再会するところが感動しました。』 を〆とした読書感想文を書き上げた。
あらすじの最後に 『感動しました』 と付け加えただけのそれを読書感想文と呼んでいいのかどうかはともかく、未提出よりはマシ、くらいの評価を得た私は宿題をやり遂げたことだけで十分満足していた。
この時、真面目に読書感想文に取り組み自分の文才と向き合ってさえいれば、今になってこんな苦労をすることはなかったと思う。
THE ☆ 後の祭り!
過去は過去としてうじうじ後悔してもしょうがないから練習したわけだけど、手紙の練習を重ねたことでかえって自分の文才の無さに気付いてしまい、やっとこさ書き上げはしたものの、私は背比に渡す度胸を持てないでいた。
ラブレターを渡すなんて恥ずかしい、というのも勿論ある。
でも手紙を読み返した今現在の心配は、背比に内容が拙いと呆れられるか、笑い転げられるか、それとも朱書き訂正され再提出を要求されるかも、という告白する以前の問題だった。
ならばせめて渡す前に誰かに見てもらおうと考えたわけだけれど、ラブレターを添削してくれるような都合の良い人なんてそうそうお目にかかれるわけがない。そもそも他人にラブレターを読ませるということは私が背比を好きであることを公言することなんだから、誰にも相談できないのは当然だった。
弓道部の面々なんて論外だし、同じ学科の友達も口が軽そうだし駄目。
物売屋の八幸助さんなら口は硬そうだけど、あの人に恋愛相談なんて誰だってしたいと思わないだろう。
千早さんやミサキなら良い相談相手になってくれそうだけど、なんだか思春期の女の子が母親に悩み事相談をするみたいで気恥ずかしいから遠慮したい。
もういっそのこと、背比に 「誰にも言わんでよ。ちょっとラブレター書いてみたんやけど自信なくて、その、参考までに見てくれんかね」 と相談を持ちかける風に読ませ、最後まで読み終えたところで返事を要求するという作戦も、なかなか悪くないように思われた。
それとも敢えて傘姫に読ませて牽制(嫌がらせとも言う)でもしようかとまで考えた。
でもこれは私にとって一世一代の大勝負。ここは手堅く、できるだけ私に近い人に頼みたい。
ならばと家族に目を向けると、真に遺憾なことに私はこれまでお父さんやお母さんや兄貴に私事の相談をあまりしたことがない可愛げの無い娘だった。
じゃあ自発的に生きてきたのかというと私にそんな主体性は皆無に等しく、家族に与えられるまま、状況に流されるまま生きてきた……と自分のなさけなさを悲観するのは別の話として、とにかく、二十歳を超えてしまった今更となって家族に面と向かって 「ちょっと相談したいことがあるんやけど」 とは言えなかった。両親や兄貴だってイイ年した娘からいきなりラブレターの添削なんぞ頼まれたって困り果てるだけに決まっている。
しかし、ここで私に味方したのはズバリ【科学】だった。
一昔前の恋に悩む女の子達は今現在のように、身長15cm程度の心を持つ人形に相談するなんて手段も取れず、仲の良い友人に秘めたる想いを打ち明けてはパジャマに零したコーヒーのシミの如く秘密を広く伝播され、自分の言葉よりも噂のほうが先に意中の彼に届くというトラウマものの経験を強いられたことだろう。
ビバ武装神姫。コナミ万歳。
その見た目からオーナーの数は女性よりも男性のほうが圧倒的に多いけど、同性の良き相談相手が側にいてくれるのは言うまでもなく心強いことだ。
そしてもちろん、私にとっての良き相談相手はコタマ――であるはずがない。
私に告白するキッカケをくれたことは少しくらい感謝してあげないこともないでもないけど、あの人の不幸を肴にヂェリーをあおるシスターにラブレターの相談なんてしようものなら、奴はしばらくの間ヂェリーの肴に困らないと喜んで爆笑することだろう。というか、爆笑しやがった。
手紙の修行中、ちゃんと隠しておかなかった私も悪いし、手紙に詩を取り入れたのも悪いけど、私がお風呂に入ってた時を狙ってコタマが机を漁り「ぶっふぃーっ!」と下卑た笑い声をあげていた時はさすがの私も我を忘れるくらいキレた。思い出すだけで腹が立ってくる。
だから私は不愉快なシスターは頭から消去して、兄貴の神姫を頼ることにした。
人馬型クーフラン、マシロ。
クーフランは古参と呼べるほど古い神姫だからなのか、それとも製造元が『インダストリアル・エデン』という知名度の低いメーカーだからなのか、兄貴を除いてクーフランを所持するオーナーを私は知らない。
戦場を疾駆する西洋の姫君のような凛とした佇まい。
エメラルド色の足先まで届く長髪と、同色の瞳。
そしてケンタウロスモードと呼ばれる四足歩行形態は種類豊富な神姫の中でも変わり種なのに、つい最近になって発売されたケンタウロス型プロキシマの登場により、クーフランの存在感の希薄化によりいっそう歯止めがかからなくなってしまった。
以前兄貴がマシロを神姫センターへ連れて行った時、不勉強なアルバイト店員がマシロを見るなり目を輝かせて 「オリジナル神姫ですかぁ、よくできてますねぇー」 とのたまったらしい。
とはいえ神姫に大事なのは性能と見てくれ、そして性格。古い型式とはいえ兄貴の手により一線を超えているから性能に問題は無い。見た目は前に言ったとおり、クーフランにケチをつけられる部分なんて無い。そして肝心の性格は、その見た目通り率直で誠実である。
粗野で粗暴で下品で死ねばいいコタマとは正反対、武道の高段者のように落ち着き払ったマシロはテレビの前に鎮座して、お母さんと一緒に湯けむり殺人事件の犯人を追う日々を過している。劇中にあざとく蒔かれた死亡フラグや不審人物をお母さんより早く見つけた時は積極的には知らせようとせず、またお母さんと意見が食い違ったときは下手に遠慮せずきちんとマシロの考えを伝えたりと、身内ではいろんな意味で隙がない。
これが身内だけでなく外にも向けばいいのに、という話はまた別として、説教臭いところに目を瞑れば、マシロはすごく相談し易い相手だった。
家族が出払いコタマがグースカ昼寝している時を見計らって、居間のテーブルの上で片付けをしていたマシロに相談を持ちかけてみた。
私はテーブルの上に正座したマシロと向かい合うように座り、封のされていない封筒を渡した。封筒の中身、五枚の便箋を出したマシロは一枚目を足元に広げて軽く目を通し 「そういう事ですか」 と私を見上げた。
「このことは兄貴とかには内緒にしてほしいんやけど」
「弁えているつもりです。この背比殿は妹君の話に度々登場する御学友でしたね。この名前は……」
「コイキって読むんよ」
「背比弧域とはどのような人物ですか。断片的になら伺っているのですが」
「その手紙ん中にも出てくるけど、心配せんでも悪い奴やないよ」
「ふむ……では御手紙拝読します」
手紙に目を通していくマシロは眉を八の字にしたりクスリとしたり(笑うとこなんてあったっけ?)私の期待通り真面目に読んでくれた。
じっくり二十分ほどかけて読み終えた第一声は 「良かったです」 でも 「全然駄目です」 でもなく 「長すぎます」 だった。
「五千字近くありませんか? 一枚の便箋にギッシリ千字書いて五枚分ですが、四〇〇字詰め原稿用紙だと十数枚になりますよ」
「字数は数えとらんけど……そんな気になるほど長いかね」
「空白改行ばかりの空疎な手紙よりはまだ良いかもしれませんが、文字を長く並べるだけでも相手の読む気を削いでしまうことになりかねません。例えば、そうですね」
マシロは目を伏せ、短く思案してすぐに顔を上げた。
「武装神姫を題材とした二次創作小説を投稿するWikiがあるのですが、御存知ですか」
「んー、覗いたことはないけど、Wikiがあるってのは知っとる」
「そのWikiの中に文字数だけは多いのに中身が伴わない作品がありまして、少なくとも私は、それを読んでいて不快に思ってしまいます」
「不快って、じゃあ読まんでも……」
「その通りなのですが、新作が投稿される度につい目を通してしまうのです。まるで作者の自慰を延々と見せつけられているかのようで、かといってコメント欄を荒らすわけにもいかず、いっそ作者になりすましてWikiから削除しようかと考えてしまうほどですから、きっと私の他にもあの冗長な作品を不愉快に思っている読者は多数いることでしょう」
「そ、そうですか。それはよろしくないですね」
「御理解頂けたようで何よりです。全話まとめて一冊の本にできそうなほど長いのに、辛うじて読み取れたのは作者が【戦乙女型アルトレーネ】と【女性の胸】に過剰なまでに関心があるということだけですから。時間と労力と資源の無駄遣いという評価はあの作品にこそ相応しいものです」
「…………」
ひどい言われようだった。コタマが常々吐き散らす暴言を軽く聞き流す度量を持ったマシロですら疎むほどの作者か。ちょっと気になる。
「ところで、この背比殿が所持する神姫は確か……」
「アルトレーネやね。エルっていうんやけど」
「ほう。戦乙女ですか」
マシロの目が一瞬鋭く光ったように見えた。バトルに明るくない私にも分かった。これは闘争本能を刺激された光じゃなく、一方的に獲物を狩るときの目だ。
「期会があれば、一度エル殿の実力の程を見ておかねばなりません。果たして妹君に近づくに相応しい神姫なのかどうか」
「そ、それより手紙は? 長すぎるなら短くまとめたほうがいいかね」
穏やかでない方向へ話がズレそうになったので、強引に話題を戻した。私は手紙をチェックして欲しかっただけなのに、マシロは背比が私に相応しいかどうか見極める気でいるらしい(アルトレーネへの私怨も少なからず感じた)。そんな理由でエルに喧嘩をふっかけでもしたら、エルどころか背比に引かれてしまう。
「ああ、いえ、確かに手紙としては長すぎますが、女性からの心を込めた手紙にすら最後まで目を通さないような男性は元より気に掛ける必要すらありません。それに妹君が伝えたいことはこの手紙以上にあるのでは?」
「うん。これでもけっこう中身削ったもん」
「でしたら無理に削る必要もないでしょう」
折り畳んだ便箋をマシロに差し出された。指摘はこれで終わり?もっといろいろ指摘されるかと思っていただけに、修正が無くてちょっと肩透かしを食わされた。ちょっと腑に落ちないけど、なんだかんだ言ってマシロは、暗に伝えたいのかもしれない。
他人に頼らず自力でどうにかすべき、と。
「分かった。これで渡してみる。こんなことに付き合わせて悪――」
「お待ち下さい。まだ私の話は終わっていません」
マシロは手を「伏せ」にして、腰を上げかけた私に座るよう促した。心なし語調が強くなっているような気がした。
「書き直さんといかんとこあった? 昔話がダラダラ長いとか?」
「いいえ妹君。気になるのでしたら今から御自分で再読して下さい」
「ん? でも私けっこう読み返しとるよ?」
「再読下さい」
「い、いやだから」
「再読しなさい」
命令された。
私より遙かに小さな身体から発せられる圧力にあっさり屈した私は、もう何度目になるだろう、恥ずかしい文章にひと通り目を通した。文章は丸暗記一歩手前まで頭に入っているから、最後まで読むのにマシロの半分も時間はかからなかった。
それにしても、今更になってこの相談が恥ずかしくなってきた。音読しろと言われたわけでもないのに、綺麗な翠玉色の瞳で吟味されるように見つめられる中で自分が書いたラブレターを読むというのは中々の羞恥プレイではなかろうか。
「終わったんやけど」
「結構です。どうでしたか」
「どう、って言われてもねえ。それをマシロに相談したいんやし」
「はぁ……」
これ見よがしの溜め息をついたマシロは額に手を当てて苦悩する素振りをした。出来の悪い生徒を持った担任教師のように眉を寄せていたが、何かを決意したのか勢い良く立ち上がった。嫌なスイッチが入ったようだ。
「いいですか。妹君はまず認識しなければなりません。その手紙は――」
私が持つ手紙を指差した。
「それは恋文ではありません」
「んんん?」
「妹君は恋文のつもりで書かれたかもしれませんが、傘姫殿に負けること前提の、意気地の一片すら無い恋文など私は断固として認めません。もちろんここで妹君が辞書を引っ張り出し【恋文】という言葉の意味を確認して私の揚げ足を取りたいと言うのなら、どうぞそうなさって下さい。そこには妹君の望み通りの定義が記載されていることでしょう。しかしですね――」
「ストップストップ、何が言いたいのかよく分からん」
「理解できるよう努力して下さい。そもそも妹君は兄様の悪いところばかり――」
また始まってしまった。いつもクールに振舞っているマシロはその表情の裏に不満を溜め込んでいるのか、定期的に私への不満を発散するという傍迷惑な性質がある。言われることはすべて正論なので私が悪いといえば悪いし、マシロに嫌われているわけじゃないはずだけれど、どうしてだかコタマも兄貴も長々と説教されたことはないらしく、家族の中で私だけがターゲットになってしまう。
家の中を下着姿でうろつくな、そもそも妹君は~とか。
大学一年後期の未履修の量はなんだ、そもそも妹君は~とか。
勝手にアルバイトを始めるとは何事か、そもそも妹君は~とか。
話の途中で正座させられてからちょうど一時間後、お母さんが帰ってくるまで私はチクチクと小言(手紙と関係有る無しに関わらず)を聞かされ続けた。
夕食後、私が小学生の頃から使っているのに未だ軋む音の一つすら立てたことのない机の上で、マシロは手をつき深々と頭を下げた。
「申し訳ありません……私が至らぬばかりに開く口を抑えきれず、妹君の脚を……」
言いたいことを言ったりやりたいことをやった後でのこの落ち込み方は背比のエルに似ている、と言ったらマシロはどういう反応をするだろう。
「それはもういいって。痺れも取れたんやし」
弓道をやっているとはいえ未だ正座に慣れることのない私は、マシロの小言地獄から解放されて三十分以上脚を投げ出して悶え苦しんでいた。
「オマエらも飽きねぇな、そのやり取りもう何度目だっつーの」
マシロと同じく机の上、コタマは手紙(マシロが言うに『モドキ』)に目を落としていた。
いつも着ていた修道服は伊達男とのバトルでボロボロになってしまったから、今はコタマが寝る時に使っているハンカチにくるまっている。今まで修道服は無理やり着せられてたんだ、と不満タラタラだったくせに、いざ無くなると落ち着かないらしく、家にいる時は起きていてもハンカチを手放さなくなった。
手紙はコタマには見せないつもりだったのに、私の部屋を訪ねてきたマシロの相手をするうちに勝手に漁られてしまっていた。またいつぞやの失敗作を読まれた時のように爆笑されるかと思って手をグーにしていたけど、コタマは意外にもマシロと同じ反応を見せた。
「ハッ、んだよこれ。おーいおい鉄子、オマエどんだけ頭ん中がお花畑なんだっつの。姫乃に売ったケンカはあれでもう売り切れか?」
それだけ内容がダメダメだったってことらしい。
「妹君、頭にくるのは分かりますがここは我慢です。ですからその分厚いシラバスの角をコタマに向けるのは控えましょう」
マシロはコタマの手から手紙をひったくった。
「どこが悪いんかもったいぶらんで教えてくれん? よく書けたとは思っとらんけど、ほんとに心当たりが無いんよ」
「勿体振っているわけではありませんが……ではお伺いしますが、妹君はこの手紙を背比殿に読ませ、彼にどのような反応を求めていますか」
「どんなって、書いた通りやけど」
「どのような、と聞いています」
再び正座させられそうな口調だった。
マシロの背後に不動明王が見えた。
「ずっと……友達でいてくれたらなって」
「それは本心ですか」
「ほ、本心かってそら、ラブレターに書くくらいやから……」
「背比殿と友人であり続けることが望みですか。ですが今現在この背比殿は既に友人なのでしょう。ならばこの手紙は必要無いはずですが」
「…………」
「妹君の本心をお聞かせください」
「…………」
「嘘偽りの無い本心をお聞かせください」
「…………付き合えたらいいなって」
私にとって精一杯、声を搾り出した。
背比に彼氏になって欲しい。
背比の彼女になりたい。
背比に傘姫でなく私のほうを見て欲しい。
でも伝えてしまったら二度と元の関係に戻れなくなりそうで、手紙には書けなかった。ずっと友達でいて欲しいという想いは決して嘘じゃないけど、これは本音を隠す蓋でしかなかった。そんなこと誰より私自身が分かってる。ラブレターに肝心の本音を書かない阿呆だってことくらい十分すぎるくらい分かってる。
でも恥ずかしいじゃん!
今更だけどラブレター書くとか何の羞恥プレイだ!
それを神姫とはいえ他人に見せるとかどんな精神的マゾだ!
見せた私も悪いよ!
でもマシロもコタマも、もうちょい優しい言い方があろうもん!
悩み多き女子大生にもうちょい優しくしてくれてもよかろうもん!
「よかろうもん!」
「いえ、いきなり憤慨されても私にはどうすることもできません」
「もう放っとこうぜ、鉄子の上っ面の望みどおり玉砕させてオトモダチゴッコやらせりゃいいじゃねえか。こんなことならあの……名前何つったっけ、ジルダリアにわざと負けたほうがマシだったぜ」
「だって……そんな簡単に言えるわけないやん。下手に言ったら避けられそうやもん」
「つまり妹君から見て背比殿は、女性からの告白を無下にするばかりか面倒事だと逃げてしまうような卑怯者であると、そういう認識なのですね」
「ち、違っ! 背比はそんな奴やない!」
「ならば!」
取調室で容疑者を追い詰める刑事のように、マシロは両手を勢い良く机についた。見え見えの誘導尋問。でも背比を悪く言われるなら黙ってられない。そしてそれ以上に、私は自分の口から出る言葉で背比を持ち上げたかった。背比のことを話したかった。
「ならば、勇気を持ちましょう。想いを寄せる相手を信じることも大切です」
マシロの言葉がすごく胸に染みた。
私が本当に話したいことを、マシロなら聞いてくれる。厳しい言葉もすべてが私のためだって分かってる。
「この手紙はお返しします。背比殿へ渡すタイミングは妹君で決めてください」
「で、でも書き直さんといかんし……」
「修正すべき、と言ったつもりはありません。確かに満点には程遠い手紙ですが、それはそれで妹君らしく想いが伝わる良い手紙です」
そう言ってマシロは私に薄く微笑んでくれた。
「影ながら妹君のご武運を祈ります」
クーフラン型の凛々しい表情に加えて普段が無表情に近いこともあり、まれに見せるマシロの微笑は強烈だ。私のすべてを認められたような、優しく力強く守ってくれそうな、力を分け与えてもらったような気分になる。
高校二年の夏休みに読んだアドベンチャー小説にも、心を挫いてしまった仲間たちを笑顔で導くキャラがいた。そのキャラは所謂ドジっ娘でマシロとは真逆だけど、強い心の持ち主であるところは一緒だった。そしてその仲間から、私は前に進む勇気をもらう。
私は主人公って柄じゃないけど、どんなキャラにだって役割があって、私はそれを完遂しないといけない。
手紙を渡す、たったそれだけのこと。無事やり遂げてみせようじゃありませんか。
「あー? ヤル気になるとこ勘違いしてねーか?」
そうそう、仲間の中には口は悪いけど、いざという時頼りになるキャラもいた。そのキャラはコタマのように、私のヤル気をわざわざへし折るような真似はしなかったけど。いつもイヤラシイ笑みをたたえているところは一緒だ。
「弧域にソレを渡すことがオマエの目的か? 渡してフラレて泣かれてもウザいだけだっつの」
振られる、というストレートな言葉が胸に突き刺さった。
「口を慎みなさいコタマ。自分が妹君に仕えるイチ神姫であることを忘れましたか」
「話は最後まで聞けよ。慌てる乞食にゃ施してやらねえぜ?」
ニヤニヤ笑うコタマの言うことなんてロクなことじゃないに決まってるけど、私はそれを無視できなかった。
諦めに等しいことを手紙に書いた。でも、諦めたくない、諦めきれない。諦めて楽になりたいけど、諦められない。だったら、少しでも良い方向に転がってほしいと、私はそれを他人事のように願った。
「鉄子が野比のび太レベルのヘタレってことくらい、マシロより嫌ってほど知ってんだぜ? だから告白にラブレターとかシケた手段を選んだんだろ。今更それをどうしろと言うつもりはねえ。つーか面倒くせえ。ヘタレ鉄子が拒否ることはさせられねえってわけだ。だったら――」
自分で先に踏み出す度胸が無いから、コタマという他人からの提案はすごく魅力的だった。だから、たとえそれがコタマというダメシスター立案の計画だったとしても、私は無下にできなかった。
「弧域と一緒に鉄子もゴキゲンになれることをすりゃあいいだろ」
&bold(){[[次話 『竹櫛鉄子の武器』>竹櫛鉄子の武器]]}
&bold(){[[15cm程度の死闘トップへ>15cm程度の死闘]]}
&bold(){&u(){四話 『マシロ先生の恋文講座』}}
※ 念のための注意書き ※
まさかとは思いますが、インダストリアル・エデン社製神姫を知らない方はおりますまい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『拝啓 突然手紙を渡されて「なんのこっちゃ」と思われたかもしれませんが――――
五枚目の便箋を読み終えたマシロはそれを他の四枚に重ねて、丁寧に折り畳んだ。
そして私の力作を読み終えての第一声は
「長すぎます」
だった。
小説を読んだ感想で400字詰原稿用紙を数枚埋めてこい、という課題は学生ならば誰もが与えられたことのある試練だろう。読書感想文を書けと言われても、そもそも小説を読むことに慣れていないわけで、何を血迷ったか貴重な高校2年の夏休みに超大作アドベンチャー小説に手を出してしまった私は、夏休み最終日前日になってようやく、現世に帰還した主人公と母の再会シーンに涙したのであった。
余韻に浸るまま机に原稿用紙を広げて、感想文のタイトル、小説のタイトル、自分のクラスと名前を記入し、いざ書かん! とシャーペンを走らせた。
『最後の再会するところがすごく感動しました。』
ふう、と一息ついた私はシャーペンを置いた。
夏休みを丸々かけて主人公と共に異世界に旅立ち、試練の中で信頼し合う仲間と出会い、世界を破滅へと導こうとする存在を打ち破り、仲間との離別、そして母との再会を果たすという何物にも代えがたい大冒険。その感慨をたったの21文字(句点含む)にまとめてしまうとは、自分の文才に恐怖すら覚える私だった。
ちなみに私の国語力は、大学入試センター試験でいうところの140~150点レベル。酷くはない(と思いたい)けど、良くもない。
この時は成績向上のカギが文章力にあるんじゃないかと考えたけど、夏休みがあと1日しか残されていないとなればそんなことに構っている暇もなく、壮大な冒険を手短にまとめ、そして 『最後の再会するところが感動しました。』 を〆とした読書感想文を書き上げた。
あらすじの最後に 『感動しました』 と付け加えただけのそれを読書感想文と呼んでいいのかどうかはともかく、未提出よりはマシ、くらいの評価を得た私は宿題をやり遂げたことだけで十分満足していた。
この時、真面目に読書感想文に取り組み自分の文才と向き合ってさえいれば、今になってこんな苦労をすることはなかったと思う。
THE ☆ 後の祭り!
過去は過去としてうじうじ後悔してもしょうがないから練習したわけだけど、手紙の練習を重ねたことでかえって自分の文才の無さに気付いてしまい、やっとこさ書き上げはしたものの、私は背比に渡す度胸を持てないでいた。
ラブレターを渡すなんて恥ずかしい、というのも勿論ある。
でも手紙を読み返した今現在の心配は、背比に内容が拙いと呆れられるか、笑い転げられるか、それとも朱書き訂正され再提出を要求されるかも、という告白する以前の問題だった。
ならばせめて渡す前に誰かに見てもらおうと考えたわけだけれど、ラブレターを添削してくれるような都合の良い人なんてそうそうお目にかかれるわけがない。そもそも他人にラブレターを読ませるということは私が背比を好きであることを公言することなんだから、誰にも相談できないのは当然だった。
弓道部の面々なんて論外だし、同じ学科の友達も口が軽そうだし駄目。
物売屋の八幸助さんなら口は硬そうだけど、あの人に恋愛相談なんて誰だってしたいと思わないだろう。
千早さんやミサキなら良い相談相手になってくれそうだけど、なんだか思春期の女の子が母親に悩み事相談をするみたいで気恥ずかしいから遠慮したい。
もういっそのこと、背比に 「誰にも言わんでよ。ちょっとラブレター書いてみたんやけど自信なくて、その、参考までに見てくれんかね」 と相談を持ちかける風に読ませ、最後まで読み終えたところで返事を要求するという作戦も、なかなか悪くないように思われた。
それとも敢えて傘姫に読ませて牽制(嫌がらせとも言う)でもしようかとまで考えた。
でもこれは私にとって一世一代の大勝負。ここは手堅く、できるだけ私に近い人に頼みたい。
ならばと家族に目を向けると、真に遺憾なことに私はこれまでお父さんやお母さんや兄貴に私事の相談をあまりしたことがない可愛げの無い娘だった。
じゃあ自発的に生きてきたのかというと私にそんな主体性は皆無に等しく、家族に与えられるまま、状況に流されるまま生きてきた……と自分のなさけなさを悲観するのは別の話として、とにかく、二十歳を超えてしまった今更となって家族に面と向かって 「ちょっと相談したいことがあるんやけど」 とは言えなかった。両親や兄貴だってイイ年した娘からいきなりラブレターの添削なんぞ頼まれたって困り果てるだけに決まっている。
しかし、ここで私に味方したのはズバリ【科学】だった。
一昔前の恋に悩む女の子達は今現在のように、身長15cm程度の心を持つ人形に相談するなんて手段も取れず、仲の良い友人に秘めたる想いを打ち明けてはパジャマに零したコーヒーのシミの如く秘密を広く伝播され、自分の言葉よりも噂のほうが先に意中の彼に届くというトラウマものの経験を強いられたことだろう。
ビバ武装神姫。コナミ万歳。
その見た目からオーナーの数は女性よりも男性のほうが圧倒的に多いけど、同性の良き相談相手が側にいてくれるのは言うまでもなく心強いことだ。
そしてもちろん、私にとっての良き相談相手はコタマ――であるはずがない。
私に告白するキッカケをくれたことは少しくらい感謝してあげないこともないでもないけど、あの人の不幸を肴にヂェリーをあおるシスターにラブレターの相談なんてしようものなら、奴はしばらくの間ヂェリーの肴に困らないと喜んで爆笑することだろう。というか、爆笑しやがった。
手紙の修行中、ちゃんと隠しておかなかった私も悪いし、手紙に詩を取り入れたのも悪いけど、私がお風呂に入ってた時を狙ってコタマが机を漁り「ぶっふぃーっ!」と下卑た笑い声をあげていた時はさすがの私も我を忘れるくらいキレた。思い出すだけで腹が立ってくる。
だから私は不愉快なシスターは頭から消去して、兄貴の神姫を頼ることにした。
人馬型クーフラン、マシロ。
クーフランは古参と呼べるほど古い神姫だからなのか、それとも製造元が『インダストリアル・エデン』という知名度の低いメーカーだからなのか、兄貴を除いてクーフランを所持するオーナーを私は知らない。
戦場を疾駆する西洋の姫君のような凛とした佇まい。
エメラルド色の足先まで届く長髪と、同色の瞳。
そしてケンタウロスモードと呼ばれる四足歩行形態は種類豊富な神姫の中でも変わり種なのに、つい最近になって発売されたケンタウロス型プロキシマの登場により、クーフランの存在感の希薄化によりいっそう歯止めがかからなくなってしまった。
以前兄貴がマシロを神姫センターへ連れて行った時、不勉強なアルバイト店員がマシロを見るなり目を輝かせて 「オリジナル神姫ですかぁ、よくできてますねぇー」 とのたまったらしい。
とはいえ神姫に大事なのは性能と見てくれ、そして性格。古い型式とはいえ兄貴の手により一線を超えているから性能に問題は無い。見た目は前に言ったとおり、クーフランにケチをつけられる部分なんて無い。そして肝心の性格は、その見た目通り率直で誠実である。
粗野で粗暴で下品で死ねばいいコタマとは正反対、武道の高段者のように落ち着き払ったマシロはテレビの前に鎮座して、お母さんと一緒に湯けむり殺人事件の犯人を追う日々を過している。劇中にあざとく蒔かれた死亡フラグや不審人物をお母さんより早く見つけた時は積極的には知らせようとせず、またお母さんと意見が食い違ったときは下手に遠慮せずきちんとマシロの考えを伝えたりと、身内ではいろんな意味で隙がない。
これが身内だけでなく外にも向けばいいのに、という話はまた別として、説教臭いところに目を瞑れば、マシロはすごく相談し易い相手だった。
家族が出払いコタマがグースカ昼寝している時を見計らって、居間のテーブルの上で片付けをしていたマシロに相談を持ちかけてみた。
私はテーブルの上に正座したマシロと向かい合うように座り、封のされていない封筒を渡した。封筒の中身、五枚の便箋を出したマシロは一枚目を足元に広げて軽く目を通し 「そういう事ですか」 と私を見上げた。
「このことは兄貴とかには内緒にしてほしいんやけど」
「弁えているつもりです。この背比殿は妹君の話に度々登場する御学友でしたね。この名前は……」
「コイキって読むんよ」
「背比弧域とはどのような人物ですか。断片的になら伺っているのですが」
「その手紙ん中にも出てくるけど、心配せんでも悪い奴やないよ」
「ふむ……では御手紙拝読します」
手紙に目を通していくマシロは眉を八の字にしたりクスリとしたり(笑うとこなんてあったっけ?)私の期待通り真面目に読んでくれた。
じっくり二十分ほどかけて読み終えた第一声は 「良かったです」 でも 「全然駄目です」 でもなく 「長すぎます」 だった。
「五千字近くありませんか? 一枚の便箋にギッシリ千字書いて五枚分ですが、四〇〇字詰め原稿用紙だと十数枚になりますよ」
「字数は数えとらんけど……そんな気になるほど長いかね」
「空白改行ばかりの空疎な手紙よりはまだ良いかもしれませんが、文字を長く並べるだけでも相手の読む気を削いでしまうことになりかねません。例えば、そうですね」
マシロは目を伏せ、短く思案してすぐに顔を上げた。
「武装神姫を題材とした二次創作小説を投稿するWikiがあるのですが、御存知ですか」
「んー、覗いたことはないけど、Wikiがあるってのは知っとる」
「そのWikiの中に文字数だけは多いのに中身が伴わない作品がありまして、少なくとも私は、それを読んでいて不快に思ってしまいます」
「不快って、じゃあ読まんでも……」
「その通りなのですが、新作が投稿される度につい目を通してしまうのです。まるで作者の自慰を延々と見せつけられているかのようで、かといってコメント欄を荒らすわけにもいかず、いっそ作者になりすましてWikiから削除しようかと考えてしまうほどですから、きっと私の他にもあの冗長な作品を不愉快に思っている読者は多数いることでしょう」
「そ、そうですか。それはよろしくないですね」
「御理解頂けたようで何よりです。全話まとめて一冊の本にできそうなほど長いのに、辛うじて読み取れたのは作者が【戦乙女型アルトレーネ】と【女性の胸】に過剰なまでに関心があるということだけですから。時間と労力と資源の無駄遣いという評価はあの作品にこそ相応しいものです」
「…………」
ひどい言われようだった。コタマが常々吐き散らす暴言を軽く聞き流す度量を持ったマシロですら疎むほどの作者か。ちょっと気になる。
「ところで、この背比殿が所持する神姫は確か……」
「アルトレーネやね。エルっていうんやけど」
「ほう。戦乙女ですか」
マシロの目が一瞬鋭く光ったように見えた。バトルに明るくない私にも分かった。これは闘争本能を刺激された光じゃなく、一方的に獲物を狩るときの目だ。
「期会があれば、一度エル殿の実力の程を見ておかねばなりません。果たして妹君に近づくに相応しい神姫なのかどうか」
「そ、それより手紙は? 長すぎるなら短くまとめたほうがいいかね」
穏やかでない方向へ話がズレそうになったので、強引に話題を戻した。私は手紙をチェックして欲しかっただけなのに、マシロは背比が私に相応しいかどうか見極める気でいるらしい(アルトレーネへの私怨も少なからず感じた)。そんな理由でエルに喧嘩をふっかけでもしたら、エルどころか背比に引かれてしまう。
「ああ、いえ、確かに手紙としては長すぎますが、女性からの心を込めた手紙にすら最後まで目を通さないような男性は元より気に掛ける必要すらありません。それに妹君が伝えたいことはこの手紙以上にあるのでは?」
「うん。これでもけっこう中身削ったもん」
「でしたら無理に削る必要もないでしょう」
折り畳んだ便箋をマシロに差し出された。指摘はこれで終わり?もっといろいろ指摘されるかと思っていただけに、修正が無くてちょっと肩透かしを食わされた。ちょっと腑に落ちないけど、なんだかんだ言ってマシロは、暗に伝えたいのかもしれない。
他人に頼らず自力でどうにかすべき、と。
「分かった。これで渡してみる。こんなことに付き合わせて悪――」
「お待ち下さい。まだ私の話は終わっていません」
マシロは手を「伏せ」にして、腰を上げかけた私に座るよう促した。心なし語調が強くなっているような気がした。
「書き直さんといかんとこあった? 昔話がダラダラ長いとか?」
「いいえ妹君。気になるのでしたら今から御自分で再読して下さい」
「ん? でも私けっこう読み返しとるよ?」
「再読下さい」
「い、いやだから」
「再読しなさい」
命令された。
私より遙かに小さな身体から発せられる圧力にあっさり屈した私は、もう何度目になるだろう、恥ずかしい文章にひと通り目を通した。文章は丸暗記一歩手前まで頭に入っているから、最後まで読むのにマシロの半分も時間はかからなかった。
それにしても、今更になってこの相談が恥ずかしくなってきた。音読しろと言われたわけでもないのに、綺麗な翠玉色の瞳で吟味されるように見つめられる中で自分が書いたラブレターを読むというのは中々の羞恥プレイではなかろうか。
「終わったんやけど」
「結構です。どうでしたか」
「どう、って言われてもねえ。それをマシロに相談したいんやし」
「はぁ……」
これ見よがしの溜め息をついたマシロは額に手を当てて苦悩する素振りをした。出来の悪い生徒を持った担任教師のように眉を寄せていたが、何かを決意したのか勢い良く立ち上がった。嫌なスイッチが入ったようだ。
「いいですか。妹君はまず認識しなければなりません。その手紙は――」
私が持つ手紙を指差した。
「それは恋文ではありません」
「んんん?」
「妹君は恋文のつもりで書かれたかもしれませんが、傘姫殿に負けること前提の、意気地の一片すら無い恋文など私は断固として認めません。もちろんここで妹君が辞書を引っ張り出し【恋文】という言葉の意味を確認して私の揚げ足を取りたいと言うのなら、どうぞそうなさって下さい。そこには妹君の望み通りの定義が記載されていることでしょう。しかしですね――」
「ストップストップ、何が言いたいのかよく分からん」
「理解できるよう努力して下さい。そもそも妹君は兄様の悪いところばかり――」
また始まってしまった。いつもクールに振舞っているマシロはその表情の裏に不満を溜め込んでいるのか、定期的に私への不満を発散するという傍迷惑な性質がある。言われることはすべて正論なので私が悪いといえば悪いし、マシロに嫌われているわけじゃないはずだけれど、どうしてだかコタマも兄貴も長々と説教されたことはないらしく、家族の中で私だけがターゲットになってしまう。
家の中を下着姿でうろつくな、そもそも妹君は~とか。
大学一年後期の未履修の量はなんだ、そもそも妹君は~とか。
勝手にアルバイトを始めるとは何事か、そもそも妹君は~とか。
話の途中で正座させられてからちょうど一時間後、お母さんが帰ってくるまで私はチクチクと小言(手紙と関係有る無しに関わらず)を聞かされ続けた。
夕食後、私が小学生の頃から使っているのに未だ軋む音の一つすら立てたことのない机の上で、マシロは手をつき深々と頭を下げた。
「申し訳ありません……私が至らぬばかりに開く口を抑えきれず、妹君の脚を……」
言いたいことを言ったりやりたいことをやった後でのこの落ち込み方は背比のエルに似ている、と言ったらマシロはどういう反応をするだろう。
「それはもういいって。痺れも取れたんやし」
弓道をやっているとはいえ未だ正座に慣れることのない私は、マシロの小言地獄から解放されて三十分以上脚を投げ出して悶え苦しんでいた。
「オマエらも飽きねぇな、そのやり取りもう何度目だっつーの」
マシロと同じく机の上、コタマは手紙(マシロが言うに『モドキ』)に目を落としていた。
いつも着ていた修道服は伊達男とのバトルでボロボロになってしまったから、今はコタマが寝る時に使っているハンカチにくるまっている。今まで修道服は無理やり着せられてたんだ、と不満タラタラだったくせに、いざ無くなると落ち着かないらしく、家にいる時は起きていてもハンカチを手放さなくなった。
手紙はコタマには見せないつもりだったのに、私の部屋を訪ねてきたマシロの相手をするうちに勝手に漁られてしまっていた。またいつぞやの失敗作を読まれた時のように爆笑されるかと思って手をグーにしていたけど、コタマは意外にもマシロと同じ反応を見せた。
「ハッ、んだよこれ。おーいおい鉄子、オマエどんだけ頭ん中がお花畑なんだっつの。姫乃に売ったケンカはあれでもう売り切れか?」
それだけ内容がダメダメだったってことらしい。
「妹君、頭にくるのは分かりますがここは我慢です。ですからその分厚いシラバスの角をコタマに向けるのは控えましょう」
マシロはコタマの手から手紙をひったくった。
「どこが悪いんかもったいぶらんで教えてくれん? よく書けたとは思っとらんけど、ほんとに心当たりが無いんよ」
「勿体振っているわけではありませんが……ではお伺いしますが、妹君はこの手紙を背比殿に読ませ、彼にどのような反応を求めていますか」
「どんなって、書いた通りやけど」
「どのような、と聞いています」
再び正座させられそうな口調だった。
マシロの背後に不動明王が見えた。
「ずっと……友達でいてくれたらなって」
「それは本心ですか」
「ほ、本心かってそら、ラブレターに書くくらいやから……」
「背比殿と友人であり続けることが望みですか。ですが今現在この背比殿は既に友人なのでしょう。ならばこの手紙は必要無いはずですが」
「…………」
「妹君の本心をお聞かせください」
「…………」
「嘘偽りの無い本心をお聞かせください」
「…………付き合えたらいいなって」
私にとって精一杯、声を搾り出した。
背比に彼氏になって欲しい。
背比の彼女になりたい。
背比に傘姫でなく私のほうを見て欲しい。
でも伝えてしまったら二度と元の関係に戻れなくなりそうで、手紙には書けなかった。ずっと友達でいて欲しいという想いは決して嘘じゃないけど、これは本音を隠す蓋でしかなかった。そんなこと誰より私自身が分かってる。ラブレターに肝心の本音を書かない阿呆だってことくらい十分すぎるくらい分かってる。
でも恥ずかしいじゃん!
今更だけどラブレター書くとか何の羞恥プレイだ!
それを神姫とはいえ他人に見せるとかどんな精神的マゾだ!
見せた私も悪いよ!
でもマシロもコタマも、もうちょい優しい言い方があろうもん!
悩み多き女子大生にもうちょい優しくしてくれてもよかろうもん!
「よかろうもん!」
「いえ、いきなり憤慨されても私にはどうすることもできません」
「もう放っとこうぜ、鉄子の上っ面の望みどおり玉砕させてオトモダチゴッコやらせりゃいいじゃねえか。こんなことならあの……名前何つったっけ、ジルダリアにわざと負けたほうがマシだったぜ」
「だって……そんな簡単に言えるわけないやん。下手に言ったら避けられそうやもん」
「つまり妹君から見て背比殿は、女性からの告白を無下にするばかりか面倒事だと逃げてしまうような卑怯者であると、そういう認識なのですね」
「ち、違っ! 背比はそんな奴やない!」
「ならば!」
取調室で容疑者を追い詰める刑事のように、マシロは両手を勢い良く机についた。見え見えの誘導尋問。でも背比を悪く言われるなら黙ってられない。そしてそれ以上に、私は自分の口から出る言葉で背比を持ち上げたかった。背比のことを話したかった。
「ならば、勇気を持ちましょう。想いを寄せる相手を信じることも大切です」
マシロの言葉がすごく胸に染みた。
私が本当に話したいことを、マシロなら聞いてくれる。厳しい言葉もすべてが私のためだって分かってる。
「この手紙はお返しします。背比殿へ渡すタイミングは妹君で決めてください」
「で、でも書き直さんといかんし……」
「修正すべき、と言ったつもりはありません。確かに満点には程遠い手紙ですが、それはそれで妹君らしく想いが伝わる良い手紙です」
そう言ってマシロは私に薄く微笑んでくれた。
「影ながら妹君のご武運を祈ります」
クーフラン型の凛々しい表情に加えて普段が無表情に近いこともあり、まれに見せるマシロの微笑は強烈だ。私のすべてを認められたような、優しく力強く守ってくれそうな、力を分け与えてもらったような気分になる。
高校二年の夏休みに読んだアドベンチャー小説にも、心を挫いてしまった仲間たちを笑顔で導くキャラがいた。そのキャラは所謂ドジっ娘でマシロとは真逆だけど、強い心の持ち主であるところは一緒だった。そしてその仲間から、私は前に進む勇気をもらう。
私は主人公って柄じゃないけど、どんなキャラにだって役割があって、私はそれを完遂しないといけない。
手紙を渡す、たったそれだけのこと。無事やり遂げてみせようじゃありませんか。
「あー? ヤル気になるとこ勘違いしてねーか?」
そうそう、仲間の中には口は悪いけど、いざという時頼りになるキャラもいた。そのキャラはコタマのように、私のヤル気をわざわざへし折るような真似はしなかったけど。いつもイヤラシイ笑みをたたえているところは一緒だ。
「弧域にソレを渡すことがオマエの目的か? 渡してフラレて泣かれてもウザいだけだっつの」
振られる、というストレートな言葉が胸に突き刺さった。
「口を慎みなさいコタマ。自分が妹君に仕えるイチ神姫であることを忘れましたか」
「話は最後まで聞けよ。慌てる乞食にゃ施してやらねえぜ?」
ニヤニヤ笑うコタマの言うことなんてロクなことじゃないに決まってるけど、私はそれを無視できなかった。
諦めに等しいことを手紙に書いた。でも、諦めたくない、諦めきれない。諦めて楽になりたいけど、諦められない。だったら、少しでも良い方向に転がってほしいと、私はそれを他人事のように願った。
「鉄子が野比のび太レベルのヘタレってことくらい、マシロより嫌ってほど知ってんだぜ? だから告白にラブレターとかシケた手段を選んだんだろ。今更それをどうしろと言うつもりはねえ。つーか面倒くせえ。ヘタレ鉄子が拒否ることはさせられねえってわけだ。だったら――」
自分で先に踏み出す度胸が無いから、コタマという他人からの提案はすごく魅力的だった。だから、たとえそれがコタマというダメシスター立案の計画だったとしても、私は無下にできなかった。
「弧域と一緒に鉄子もゴキゲンになれることをすりゃあいいだろ」
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