「キズナのキセキ・ACT1-12:ストリート・ファイト その1」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「キズナのキセキ・ACT1-12:ストリート・ファイト その1」(2011/08/13 (土) 21:00:24) の最新版変更点
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&bold(){キズナのキセキ}
ACT1-12「ストリート・ファイト その1」
□
戦いが始まる。
四人は一斉に物陰へとダッシュした。
リアルバトルは実際に銃弾が飛び交う。そばにいたらただではすまない。
ティアを戦場に残すことにためらいを感じながらも、俺は物陰に身を隠す。
少し離れた壁際に、頼子さんの姿が見える。
「マグダレーナの方、頼めますか!?」
「了解よ。……三冬! マグダレーナを押さえなさい!」
「承知しました」
俺の無理なお願いに、頼子さんと三冬は即答してくれた。
相手は得体の知れない凶悪な神姫だというのにもかかわらず。しかし、頼子さんからはこの対戦を楽しんでいる節すら感じられる。
どちらにしてもありがたい話だった。
「ティア。ストラーフを引きつけて、マグダレーナと距離を取れ」
『了解です』
ティアの返事がワイヤレスヘッドセット越しに聞こえた。
今回は、今までに経験したことがない異質なバトルであるが、二対二の状況であればなんとかなるだろう。
勝てなくてもいい。
時間を稼ぐのが目的なのだ。
菜々子さんと接触する直前、大城に携帯端末からメールで連絡を入れた。
しばらく待てば、大城は警察を連れてここにやってくるはずだ。
■
今日のバトルはいつもと勝手が違う。
いつもはゲームセンターでのバーチャルバトルだから、試合後のダメージは気にしなくてもいい。
でも、今日のリアルバトルでは、そうはいかない。ダメージは自分の身体にも装備にも残ってしまう。いつも以上にしっかりと回避しなくちゃいけない。
でも、リアルバトルに気後れすることは、わたしはなかった
いつもの訓練はだいたいマスターの部屋でやっているし、朝のお散歩の時には公園を全力で走ったりもする。現実で走り続けることには慣れている。
ただ、少し心細いのは、武装。
いつもはマスターがサイドボードから武器を次々に送り込んでくれるけれど、今はそうはいかない。
わたしは両手に持ったハンドガン一丁とナイフ一本だけで、ストラーフBisを相手にしなくてはならない。しかも、ハンドガンは弾を撃ち尽くしたらおしまいだ。
いつもより慎重に戦わなくては。
必ず隙を見せる瞬間はあるはず。その時にナイフを閃かせれば、勝つことができるかも知れない。
いいえ、きっと勝てる。
勝って、菜々子さんの目を覚まさせなくちゃ。
そうでなきゃ、ミスティがかわいそう。
だって、今わたしが相手にしているのは、神姫に見えなかったから。
◆
三冬とマグダレーナは対峙したまま動かない。
両者とも、お互いを強敵と踏んでのことか。
さぐり合うような時間、空間の緊張は刻一刻と増加する。
その空気を破ったのは、久住頼子の指示だった。
「三冬! 小細工は抜きよ! いきなりKOFモード!!」
「承知!」
短く応えた三冬。
その拳が炎に包まれた。
ハウリン型がデフォルトで身に付けている必殺技「獣牙爆熱拳」である。
三冬は、右の拳を肩と同じ高さに持ち上げ、肘を背中に引いた。
上半身を捻って半身になりながら、マグダレーナを見定めた。
「いくぞ……獣牙爆熱……」
右拳を前に鋭く突き出すのと同時、脚が地を蹴り、また同時に背部のスラスターを噴射、爆発的な加速で飛び出した。
「バアアアァァン・ナックルッ!!」
……それは、往年の格闘ゲームの技であったという。
三冬は拳を突き出したまま、地表すれすれの超低空を翔け抜け、マグダレーナに突進した。
対するマグダレーナは余裕。
来ると分かっているパンチをかわせない神姫ではない。
わずかに身を翻し、燃えさかる拳をやりすごした。
しかし、三冬もそれだけで終わらない。
今度は左拳をフック気味に振るいながら、マグダレーナを追う。
「ボディが……甘い!」
……これもまた、往年の格闘ゲームの技であったという。
左拳をなんなくかわされた三冬であったが、それだけでは止まらない。
右拳も同様にボディを狙うフック、そこからさらに右のアッパーにつなげる連続技である。
だが、マグダレーナは矢継ぎ早に繰り出される炎拳を、次々とかわした。
そして、大振りのアッパーをかわした瞬間に生まれる隙。
見逃さない。
マグダレーナは手にした燭台型のビームトライデントを上段に構え、振り下ろす。
しかし、三冬もただ者ではない。一歩踏み出し、燭台の根本を腕のアーマーで受け止めた。
「!?」
驚いたのはマグダレーナ。
燭台を受け止められた次の瞬間、マグダレーナの身体は宙に浮いていた。
燭台と三冬の腕の接点を軸に投げ飛ばされたのだ。
ところが三冬は、特に力を込めた風もない。
なにがどうなったのか。
疑問を覚えつつ、マグダレーナは空中で姿勢制御、背部装備のバーニアを噴射し、一気に距離を取る。
地表で、三冬の構えが見えた為だった。おそらくは対空攻撃の予備動作。
次の攻撃を悟られ、距離を取られた三冬であったが、そんなことは気にもとめない風に、悠然と構えを取る。
三冬にしてみれば、今の投げで大きな目的を果たすことができた。
マグダレーナに距離を取らせた。すなわち、マグダレーナと菜々子の神姫を分断することができたのだ。
マグダレーナと菜々子のストラーフは、ある程度のコンビネーションも可能だと考えられる。
対して、三冬とティアは今結成したばかりの急造ペアだ。コンビネーションなど望むべくもない。一対一の状況に持ち込むことが寛容である。だからこそ、ティアのマスターは、マグダレーナと距離を取るように、ティアに指示したのだ。
「なるほど……剛柔自在というわけか。むしろ、派手な技に隠された柔の技こそ、そなたの本質か」
マグダレーナがしわがれた声で感嘆する。
いままで、『狂乱の聖女』を投げ飛ばすことができた神姫など、何人いただろうか。
応えた三冬は、隙のない口調。
「我が奥様直伝の太極拳。最凶神姫と名高い貴様とて、見切れるものではない」
「確かに、受けてみなければ分からなかった……見切るのは骨が折れよう」
「技を見切る余裕など与えぬ」
「くくく……どうかな。その技、とくと見させてもらおうか……行け、スターゲイザー!」
マグダレーナが空いている左手をさっと振り上げる。
それと同時、彼女の両側に捧げられた十字架「クロスシンフォニー」が持ち上がり、銃火器としての役割を与えられる。
「クロスシンフォニー」を支えるのは細い腕。
それは背部の二つの大きな目玉のような装備につながっている。まるで、大きな目の形をしたランプの化け物が腕を持ち上げたかのようだ。
その巨大な目玉が光を放つ。
左右二体のランプ型がマグダレーナから分離した。
この二体こそが「スターゲイザー」……マグダレーナが使役するサブマシンである。
スターゲイザーは数瞬、その場で浮かんでいたが、不意に急加速し戦場に解き放たれた。
正面で構えるハウリン型に向かって襲いかかる。
□
マグダレーナが言い放った言葉……「スターゲイザー」を耳にして、俺は思わず視線を向けてしまう。
はたして、「スターゲイザー」の正体は、マグダレーナの背部にマウントされていた、二体のサブマシンだった。
神姫本体をサポートするサブマシンの存在は、武装神姫では珍しいものではない。ハウリンやマオチャオに付属するプッチマスィーンズや、エウクランテとイーアネイラの様に武装が変化してサブマシンになるもの、ランサメントとエスパディアの武装が合体して大型のロボットになる例もある。
だから、スターゲイザーの正体がサブマシンというのは、ある意味拍子抜けだった。
マグダレーナは、攻撃をスターゲイザーたちに任せて、高見の見物を決め込んでいる。
なんという余裕。
いくら二対一とはいえ、三冬がサブマシンに後れを取るとは思えない。彼女はファーストランカーなのだ。サブマシンを使う神姫と対戦した経験はいくらでもあるだろう。
サブマシンなど一瞬で蹴散らされてもおかしくはない。
ところが、三冬は苦戦していた。
スターゲイザー二体による波状攻撃に苦しめられている。
時には近接、時には銃撃。二体のサブマシンは、巧みな連携で三冬の動きを封じ込めていた。
三冬が攻撃に出ようとすると、途端に距離を取る。
三冬が前に出ようとすると、「クロスシンフォニー」の銃撃で牽制される。
冷静な三冬も苛立ちを募らせているのがよく分かる。
不意に、俺の胸に疑念が沸いた。
スターゲイザーは、サブマシンの動きにしては、巧み過ぎやしないか?
サブマシンは、あくまでも神姫の補助に過ぎない。サブマシンを使う神姫がどんなに巧妙に戦いを組み立てても、相手神姫とサブマシンが互角以上の戦いをすることはないのだ。
だが、スターゲイザーはファーストランカーの三冬を相手に互角の戦いをしている。
強者相手に、なぜそこまで戦える?
スターゲイザーの動きを注意深く見てみれば、明らかにサブマシンの範疇を越えている。
ケモテック社のプッチマスィーンズのように簡易AIを仕込んだサブマシンもあるが、それでもスターゲイザーの動きは異様だ。
操られているのではなく、まるで意志があるかのような、生物的な動き。
コントロールするマグダレーナの電子頭脳の要領が大きいとも考えられるが……。
そこまで走らせた思考に、俺は無理矢理ブレーキをかけた。
今はバトル中だ。しかも、初体験のリアルバトル。
ティアの戦いに意識を集中する。
ストラーフBisの動きは、イーダのミスティと違い、直線的で効率的だった。
『七星』の花村さんに聞いた、初期のストラーフのミスティがしていたのが、こんな動きだったのかも知れない。
だが、今のストラーフBisの動きは読みやすい。攻撃を「ジレーザ・ロケットハンマー」
に頼りきりだからだ。超重の、それもロケットブースター付きのハンマーであれば、攻撃方法は至極限定される。
縦に叩きつけるか、横に振り回すか、それだけでしかない。たとえストラーフの副腕であっても、一方向に振り抜くまでは切り返すことさえできないのだ。
当たれば致命的だが、回避が得意なティアには当たるはずのない攻撃である。
ティアの回避機動には余裕すら見える。
それでもティアが攻め手に欠けるのは、ストラーフBisの追加装甲が攻撃を阻むためだ。
よほどの隙を見いださない限り、有効なダメージは望めない。
ゆえに、この戦いは拮抗していた。
◆
「さすがはティアと言ったところね……でも、これならどう?」
菜々子がヘッドセットをかけ直し、指示を出す。
「ミスティ、踏み込んで!」
□
「ティア、注意しろ。何か仕掛けてくるぞ!」
『はい!』
内容は聞こえなかったが、菜々子さんが何か指示を出した。
状況を打開する一手であることは間違いない。
こちらは時間稼ぎのバトルだが、菜々子さんたちは時間に余裕がないはずだ。なぜなら、裏バトルの自分たちの出番までに会場に入らねばならない。
それに、あんまり派手に暴れて見つかるのも得策ではないはずだ。特に桐島あおいは以前から裏バトルに出入りしているから、警察に捕まったりすればとても困るだろう。
だから、仕掛けてくるとすれば、向こうからなのだ。このバトルを早く終わらせるために。
ストラーフBisは縦横にハンマーを振るう。
ティアは余裕を持って避ける。
同じ展開が続く、と思ったその時。
「今よ!」
菜々子さんの鋭い指示がここまで聞こえた。
ストラーフBisは無言で突進してくる。いつもより一歩深く踏み込んできた。
「ジレーザ・ロケットハンマー」を振り下ろす。
それが避けられないティアではない。軽くバックステップしてかわす。
だが、ハンマーがアスファルトの路面を叩くのと同時。
ストラーフBisがさらに一歩前に出た。
この動きは想定外だ。
ティアはさらに下がろうとする。
しかし、それよりも早く、地面に叩きつけた反動を利用し、切り返したハンマーが、すくい上げるようにティアを襲った。
回避できないタイミングに俺は一瞬焦る。
「ティア!」
思わず自分の神姫を呼ぶ。
ティアは振り上げられたハンマーの一撃で宙を舞った。
しかし、空中で宙返りを決めると、何事もなかったかのように着地する。
「な……」
驚いたのは菜々子さんの方だった。必殺の一撃は命中したと思っただろう。
ティアはハンマーが激突する瞬間、自らハンマーの上に乗って、振り上げられる力に逆らわず後方に跳ねたのだ。
ひやひやさせる。
無事着地するまでは、俺も焦っていた。
「ティア、大丈夫か?」
『はい。大丈夫です。走れます』
「よし」
ティアの落ち着いた声を聞き、ほっとする。
そして実感する。
少しの不安でも心がすり減らされる。これがリアルバトルの緊張感なのだ。
■
マスターにはああ言ったけれど、わたしは少し違和感を感じていた。
いまさっき、ロケットハンマーに乗った右のレッグパーツ。
どこが悪いとははっきり言えないのだけれど。
なんだか圧迫されているような、熱を持っているような、そんな感覚。
でも、走るのに支障なさそうだったから、大丈夫、と答えた。
相手のストラーフBisは、わたしがハンマーの一撃に乗って距離を取った後、追撃には来なかった。
躊躇した、という様子でもない。
ただ単純に、菜々子さんが驚いていて、指示を出していなかったから動かなかった、という感じ。
なんだか嫌な感じがする。
神姫であれば、マスターの指示がなくても、自分で考えて行動する。
指示と指示の間は、神姫が自由に戦える。
だけど、目の前の神姫はそうしない。
まるで、ただの操り人形みたい。
わたしは不気味に思いながらも、動き出す。
相手が動かないなら、好都合。
今度はわたしから仕掛けて、活路を探る。
自分で考えながら戦う。それがわたしとマスターの戦い方だ。
◆
『ねえ、あそこの人の胸ポケット、見える?』
「ええ、見えるわ」
『あそこに神姫がいるでしょう?』
「いるわね。何か叫んでいるようだけど」
『少しうるさいわ』
「そう? 何を叫んでいるのかしら」
『それこそどうでもいいことよ。あの神姫、うるさいから壊してしまいたいの』
「今はバトル中よ?」
『うるさくてバトルに集中できないわ』
「……あなたがそういうなら、仕方がないわね」
『それじゃあ、あのウサギの隙を突いて、指示をちょうだい』
「わかったわ」
□
「ナナコ! 目を覚ましなさい! ナナコ!!」
俺の胸元で、ミスティが菜々子さんに呼びかけ続けている。
しかし、菜々子さんは反応する様子さえない。
ミスティを無視している……というより、ミスティの存在を最初から認識していないかのようだ。
一体、彼女の身に何が起こっているのだろう。
横道に逸れそうになる思考を、無理矢理引き戻す。
まだバトルの真っ最中だ。
今度はティアが自ら仕掛けた。
俺の思惑通りにティアは戦ってくれる。こんな小さなところに、いままで一緒に戦ってきたティアとの確かな絆を感じる。
立ち止まっているストラーフBisの背後から、頭に向けて牽制の射撃。
ようやく反応したストラーフがティアの方を向く。
ティアがさらに攻める。
ストラーフの副腕「チーグル」は防御のため、上げられている。
そこをかいくぐるように、姿勢を低くしたティアが滑り込む。
すれ違いざま、手にしたナイフが閃いた。
ストラーフBisの素体下腹部に裂け目が走る。
最接近したティアに対し、ストラーフの脚、副腕、ロケットハンマーが次々に襲いかかった。
「わっ、わわっ」
あわてた声を上げながらも、ティアは華麗なステップさばきで、ストラーフの断続的な攻撃を次々と避ける。
ティアならば、この程度の攻撃で後れを取ることはない、と俺は確信している。
いつものミスティや、『塔の騎士』ランティスの攻め方がはるかに厳しい。
ならば行けるだろう、このリアルバトルという状況であっても。
俺は心を決めて、指示を出す。
「ティア、ファントム・ステップだ!」
『はい!』
◆
そのころ、三冬はいまだスターゲイザー二体による波状攻撃に苦しめられていた。
こうも間断なく仕掛けてこられると、鬱陶しくてかなわない。
しかも、操っている本人……マグダレーナは高見の見物を決め込んでいる。
何を企んでいる。
向こうの方が時間に余裕がないはずなのに。
三冬もいい加減、我慢の限界が来ていた。
「奥様! そろそろケリを付けましょう!」
「そうね……もう少し何を企んでいるのか探りたいところだったけれど……いいわ、蹴散らしなさい、三冬! ストリートファイター・モード!」
「はっ!」
三冬の気合い声が響く。
見た目に何か変わったようには見えない。
変わったのは、技の体系だった。
三冬は、二体の一つ目ランプのようなメカを、できる限り引きつけた。
「いくぞ……竜巻旋風脚!!」
……それは往年の格闘ゲームの技であったという。
三冬はその場で飛び上がると、右足を振り上げる。同時に、背部のスラスターに点火、三冬の身体を持ち上げつつ、右方向に回転させる。
結果、三冬は高速回転による空中回し蹴りを炸裂させる。
さすがのスターゲイザーも、この動きには対応できなかった。
引きつけられていた二体は、まるで渦に吸い込まれるように、三冬の蹴りを食らったように見えた。
目玉のついたランプ型のサブマシンは、二体とも地面に弾き飛ばされる。
初めての有効打であった。
三冬のバトルスタイルのコンセプトは、頼子の趣味丸出しである。
頼子は学生の頃、それも菜々子が武装神姫を手にした歳と同じくらいから、ゲームセンターのビデオゲームが大好きだった。特に、対戦格闘ゲームというジャンルが。
以来、今の歳になるまで、一貫してゲームが趣味である。武装神姫にも、ゲームの一種という認識で手を出した。
頼子は考えた。
武装神姫のスペックを持ってすれば、現実には不可能な、格闘ゲームの超人的な必殺技の数々を再現できるのではないか、と。
結果、三冬は近接格闘メインの神姫となり、俊敏な動作重視のカスタマイズが行われ、頼子が健康と趣味のために学んでいた太極拳と、数々の格闘ゲームの技を修得した。
デビュー当時はキワモノ扱いされた頼子と三冬であったが、いまやそのバトルスタイルは、『街頭覇王』の二つ名とともに畏怖の象徴になっている。
回転を止め、空中から降下してくる三冬。
この瞬間は無防備だ。
その隙を突いて、黒い影が突進、ビームトライデントを繰り出してくる。
三冬はとっさに腕アーマーで払おうとした。
が、何かがそれを押しとどめ、かわりに背部スラスターを噴射した。
後方へと飛び退き、ビームの刃をかわす。
意識しての行動ではない。
積み重ねた戦闘経験がさせた無意識の行動だった。
繰り出されたビームトライデントを捌こうとするなら、ビーム自体ではなく、出力されているビームの根本……今の場合なら、燭台部分を払わねばならない。
しかし、マグダレーナの攻撃は、それを許さない間合いだった。
だから三冬は飛び退くしかなかった。
なんという絶妙の間合い取り。
三冬が戦慄する中、マグダレーナは不適な笑いを浮かべ、言った。
「くくっ……制空圏は把握させてもらった」
「……そう来たか」
三冬は苦い表情で、再び繰り出されるビームの刃を回避する。
制空圏とは、格闘家が持つ、有効な攻撃を放てる間合いのことだ。
達人クラスの格闘技者ともなれば、自分の周囲すべての間合いを把握しており、間合いの内に入れば、必殺の攻撃を繰り出せる。
三冬ならば、自分の有効間合いに入った相手を、太極拳の動きでからめ取り、地面に引き倒すことが可能だ。
その間合いはすでに結界に等しい。
それを制空圏と呼ぶのである。
マグダレーナは、三冬の制空圏を把握していた。
三冬は一つ舌打ちをする。
スターゲイザー二体に手こずり過ぎた。おそらくあのサブマシンどもで、三冬の制空圏を計っていたのだ。
今のマグダレーナは、初撃の時の迂闊さは見られない。
ビームの刃だけを制空権圏に触れさせ、三冬の攻撃が触れられないギリギリの位置で攻めてくる。
三冬はマグダレーナの攻撃をかわすたび、眉間のしわを深めた。
「くそ……」
「なるほど、よく持っているが……これならどうだ?
スターゲイザー!」
マグダレーナの一声に、倒れていたサブマシンが再起動した。
まずい。
ただでさえやっかいなスターゲイザーの波状攻撃に、マグダレーナの巧妙なビーム槍の攻撃が加わっては、反撃もままならなくなる。
焦りが三冬の表情を険しくさせた。
それでも三冬は構える。
ピンチの時こそ冷静に。
ゆるり、と大型のアームが円を描く。
太極拳の 。太極拳の動作の根幹をなす、基本中の基本だ。
頼子奥様と共に、毎日毎日鍛練を積んできた。
表情から焦りが消える。
襲い来る三つの影。
三冬は動きを止めない。自らの修練を信じ、迎え撃つ。
◆
三冬とマグダレーナが激しい戦いを繰り広げる中、久住頼子は物陰から少し顔を出し、桐島あおいの位置を確認する。
彼女もやはり物陰に隠れているが、その距離は意外に近い。
よし、と自分に気合いを入れ、声を上げて話しかける。
「あおいちゃん!」
「……頼子さん……公式ランカーのあなたがこんなところに来るとは予想外でした」
「わたしはね、ファーストランカーである前に、菜々子の家族なのよ」
「なるほど……」
頼子が今日ここに来たのは、ただマグダレーナの相手をするためだけではない。
頼子はこの二年間、あおいと会うことはなかった。
だからこそ疑問に思っていた。
菜々子から伝え聞いた、あの夏の豹変ぶりを。
あおいの本当の気持ちがどこにあるのか、確かめなくてはならない。
それはきっと、菜々子を助け出した後に必要になるはずだから。
「あおいちゃん、もうやめなさい。こんな戦いは不毛なだけだわ」
「仕掛けてきたのはそちらです」
「それだけじゃない。裏バトルへの参戦、そして壊滅。そんなことをして何になると言うの」
「わたしには……わたしとマグダレーナには、目的があります」
そう言うあおいの口調が、先ほどとは違うことに、頼子は気付いた。
うすら笑いしながらの穏やかな口調ではない。
しっかりと意志を持った、真剣な言葉。
あおいちゃん、あなた……。
彼女は狂っているのではない。正気だ。異常に見えるあおいの行動はすべて、彼女の正常な意志のもとに行われている。
あおいの……いや、あおいとマグダレーナ、二人の目的を果たすために。
頼子は眉をひそめる。
マグダレーナは、あおいの目的を果たすためにいるのではないのか? あおいの言葉からすると、マグダレーナもまた、自ら目的を持って、自発的に動いているということになる。
「目的って……復讐? ルミナスを壊されたことへの恨みなの?」
「復讐なんて……ルミナスを壊したエリアを壊滅させたところで終わっています」
あおいの言葉に苦笑が混じる。
復讐、ではない?
頼子は、あおいの行動原理が復讐だと思っていた。
最愛の神姫を破壊せざるを得なかった、裏バトル界すべてへの復讐。
「復讐じゃなければ、何だっていうの?」
「言えません」
「なぜ?」
「頼子さんはわたしと共に戦ってくれそうにはないからです」
「そんな理由で……わたしだけでなく、他の仲間たちも遠ざけて、たった一人で……そうまでしなくてはならないことなの、あなたの目的とやらは!?」
「同じ事を、菜々子にも言われましたよ」
ちらりと見えたあおいの顔。
一瞬苦笑していたが、眼は笑っていない。
「すみませんが頼子さん。わたしたちの行く手を邪魔するならば、たとえあなただろうと容赦はしない」
真摯で真っ直ぐな口調。強い意志を宿す瞳。
頼子は確信する。
狂っているのではない。
明確な目的意識を持って、最凶の神姫マスターを演じながら、裏バトル界を潰しにかかっている……!
頼子は一つ深呼吸をすると、気持ちを落ち着かせる。
再びあおいを見る。
頼子の顔に、ベテラン神姫マスターの、凄絶な笑みが浮かんだ。
「ファーストランカー相手に、随分と余裕の発言ね、あおいちゃん」
「マグダレーナならば、たとえファーストリーグ・チャンピオンでも敵ではありません」
「大きく出たわね……痛い目見るわよ?」
頼子は三冬に視線を移す。
彼女のハウリン型は、サブマシン二体とマグダレーナを相手に苦戦中だ。
制空圏の範囲を測られ、防戦一方になっている。だが、三冬が防御に徹しているがゆえに、マグダレーナの方も攻めきれずにいる。
ならばやりようもある。
「三冬! 一気に蹴散らすわよ! サイコクラッシャーアタック!」
「承知!」
三冬の返事には、少しの安堵と開放感が混ざっていた。
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&bold(){キズナのキセキ}
ACT1-12「ストリート・ファイト その1」
□
戦いが始まる。
四人は一斉に物陰へとダッシュした。
リアルバトルは実際に銃弾が飛び交う。そばにいたらただではすまない。
ティアを戦場に残すことにためらいを感じながらも、俺は物陰に身を隠す。
少し離れた壁際に、頼子さんの姿が見える。
「マグダレーナの方、頼めますか!?」
「了解よ。……三冬! マグダレーナを押さえなさい!」
「承知しました」
俺の無理なお願いに、頼子さんと三冬は即答してくれた。
相手は得体の知れない凶悪な神姫だというのにもかかわらず。しかし、頼子さんからはこの対戦を楽しんでいる節すら感じられる。
どちらにしてもありがたい話だった。
「ティア。ストラーフを引きつけて、マグダレーナと距離を取れ」
『了解です』
ティアの返事がワイヤレスヘッドセット越しに聞こえた。
今回は、今までに経験したことがない異質なバトルであるが、二対二の状況であればなんとかなるだろう。
勝てなくてもいい。
時間を稼ぐのが目的なのだ。
菜々子さんと接触する直前、大城に携帯端末からメールで連絡を入れた。
しばらく待てば、大城は警察を連れてここにやってくるはずだ。
■
今日のバトルはいつもと勝手が違う。
いつもはゲームセンターでのバーチャルバトルだから、試合後のダメージは気にしなくてもいい。
でも、今日のリアルバトルでは、そうはいかない。ダメージは自分の身体にも装備にも残ってしまう。いつも以上にしっかりと回避しなくちゃいけない。
でも、リアルバトルに気後れすることは、わたしはなかった
いつもの訓練はだいたいマスターの部屋でやっているし、朝のお散歩の時には公園を全力で走ったりもする。現実で走り続けることには慣れている。
ただ、少し心細いのは、武装。
いつもはマスターがサイドボードから武器を次々に送り込んでくれるけれど、今はそうはいかない。
わたしは両手に持ったハンドガン一丁とナイフ一本だけで、ストラーフBisを相手にしなくてはならない。しかも、ハンドガンは弾を撃ち尽くしたらおしまいだ。
いつもより慎重に戦わなくては。
必ず隙を見せる瞬間はあるはず。その時にナイフを閃かせれば、勝つことができるかも知れない。
いいえ、きっと勝てる。
勝って、菜々子さんの目を覚まさせなくちゃ。
そうでなきゃ、ミスティがかわいそう。
だって、今わたしが相手にしているのは、神姫に見えなかったから。
◆
三冬とマグダレーナは対峙したまま動かない。
両者とも、お互いを強敵と踏んでのことか。
さぐり合うような時間、空間の緊張は刻一刻と増加する。
その空気を破ったのは、久住頼子の指示だった。
「三冬! 小細工は抜きよ! いきなりKOFモード!!」
「承知!」
短く応えた三冬。
その拳が炎に包まれた。
ハウリン型がデフォルトで身に付けている必殺技「獣牙爆熱拳」である。
三冬は、右の拳を肩と同じ高さに持ち上げ、肘を背中に引いた。
上半身を捻って半身になりながら、マグダレーナを見定めた。
「いくぞ……獣牙爆熱……」
右拳を前に鋭く突き出すのと同時、脚が地を蹴り、また同時に背部のスラスターを噴射、爆発的な加速で飛び出した。
「バアアアァァン・ナックルッ!!」
……それは、往年の格闘ゲームの技であったという。
三冬は拳を突き出したまま、地表すれすれの超低空を翔け抜け、マグダレーナに突進した。
対するマグダレーナは余裕。
来ると分かっているパンチをかわせない神姫ではない。
わずかに身を翻し、燃えさかる拳をやりすごした。
しかし、三冬もそれだけで終わらない。
今度は左拳をフック気味に振るいながら、マグダレーナを追う。
「ボディが……甘い!」
……これもまた、往年の格闘ゲームの技であったという。
左拳をなんなくかわされた三冬であったが、それだけでは止まらない。
右拳も同様にボディを狙うフック、そこからさらに右のアッパーにつなげる連続技である。
だが、マグダレーナは矢継ぎ早に繰り出される炎拳を、次々とかわした。
そして、大振りのアッパーをかわした瞬間に生まれる隙。
見逃さない。
マグダレーナは手にした燭台型のビームトライデントを上段に構え、振り下ろす。
しかし、三冬もただ者ではない。一歩踏み出し、燭台の根本を腕のアーマーで受け止めた。
「!?」
驚いたのはマグダレーナ。
燭台を受け止められた次の瞬間、マグダレーナの身体は宙に浮いていた。
燭台と三冬の腕の接点を軸に投げ飛ばされたのだ。
ところが三冬は、特に力を込めた風もない。
なにがどうなったのか。
疑問を覚えつつ、マグダレーナは空中で姿勢制御、背部装備のバーニアを噴射し、一気に距離を取る。
地表で、三冬の構えが見えた為だった。おそらくは対空攻撃の予備動作。
次の攻撃を悟られ、距離を取られた三冬であったが、そんなことは気にもとめない風に、悠然と構えを取る。
三冬にしてみれば、今の投げで大きな目的を果たすことができた。
マグダレーナに距離を取らせた。すなわち、マグダレーナと菜々子の神姫を分断することができたのだ。
マグダレーナと菜々子のストラーフは、ある程度のコンビネーションも可能だと考えられる。
対して、三冬とティアは今結成したばかりの急造ペアだ。コンビネーションなど望むべくもない。一対一の状況に持ち込むことが寛容である。だからこそ、ティアのマスターは、マグダレーナと距離を取るように、ティアに指示したのだ。
「なるほど……剛柔自在というわけか。むしろ、派手な技に隠された柔の技こそ、そなたの本質か」
マグダレーナがしわがれた声で感嘆する。
いままで、『狂乱の聖女』を投げ飛ばすことができた神姫など、何人いただろうか。
応えた三冬は、隙のない口調。
「我が奥様直伝の太極拳。最凶神姫と名高い貴様とて、見切れるものではない」
「確かに、受けてみなければ分からなかった……見切るのは骨が折れよう」
「技を見切る余裕など与えぬ」
「くくく……どうかな。その技、とくと見させてもらおうか……行け、スターゲイザー!」
マグダレーナが空いている左手をさっと振り上げる。
それと同時、彼女の両側に捧げられた十字架「クロスシンフォニー」が持ち上がり、銃火器としての役割を与えられる。
「クロスシンフォニー」を支えるのは細い腕。
それは背部の二つの大きな目玉のような装備につながっている。まるで、大きな目の形をしたランプの化け物が腕を持ち上げたかのようだ。
その巨大な目玉が光を放つ。
左右二体のランプ型がマグダレーナから分離した。
この二体こそが「スターゲイザー」……マグダレーナが使役するサブマシンである。
スターゲイザーは数瞬、その場で浮かんでいたが、不意に急加速し戦場に解き放たれた。
正面で構えるハウリン型に向かって襲いかかる。
□
マグダレーナが言い放った言葉……「スターゲイザー」を耳にして、俺は思わず視線を向けてしまう。
はたして、「スターゲイザー」の正体は、マグダレーナの背部にマウントされていた、二体のサブマシンだった。
神姫本体をサポートするサブマシンの存在は、武装神姫では珍しいものではない。ハウリンやマオチャオに付属するプッチマスィーンズや、エウクランテとイーアネイラの様に武装が変化してサブマシンになるもの、ランサメントとエスパディアの武装が合体して大型のロボットになる例もある。
だから、スターゲイザーの正体がサブマシンというのは、ある意味拍子抜けだった。
マグダレーナは、攻撃をスターゲイザーたちに任せて、高見の見物を決め込んでいる。
なんという余裕。
いくら二対一とはいえ、三冬がサブマシンに後れを取るとは思えない。彼女はファーストランカーなのだ。サブマシンを使う神姫と対戦した経験はいくらでもあるだろう。
サブマシンなど一瞬で蹴散らされてもおかしくはない。
ところが、三冬は苦戦していた。
スターゲイザー二体による波状攻撃に苦しめられている。
時には近接、時には銃撃。二体のサブマシンは、巧みな連携で三冬の動きを封じ込めていた。
三冬が攻撃に出ようとすると、途端に距離を取る。
三冬が前に出ようとすると、「クロスシンフォニー」の銃撃で牽制される。
冷静な三冬も苛立ちを募らせているのがよく分かる。
不意に、俺の胸に疑念が沸いた。
スターゲイザーは、サブマシンの動きにしては、巧み過ぎやしないか?
サブマシンは、あくまでも神姫の補助に過ぎない。サブマシンを使う神姫がどんなに巧妙に戦いを組み立てても、相手神姫とサブマシンが互角以上の戦いをすることはないのだ。
だが、スターゲイザーはファーストランカーの三冬を相手に互角の戦いをしている。
強者相手に、なぜそこまで戦える?
スターゲイザーの動きを注意深く見てみれば、明らかにサブマシンの範疇を越えている。
ケモテック社のプッチマスィーンズのように簡易AIを仕込んだサブマシンもあるが、それでもスターゲイザーの動きは異様だ。
操られているのではなく、まるで意志があるかのような、生物的な動き。
コントロールするマグダレーナの電子頭脳の要領が大きいとも考えられるが……。
そこまで走らせた思考に、俺は無理矢理ブレーキをかけた。
今はバトル中だ。しかも、初体験のリアルバトル。
ティアの戦いに意識を集中する。
ストラーフBisの動きは、イーダのミスティと違い、直線的で効率的だった。
『七星』の花村さんに聞いた、初期のストラーフのミスティがしていたのが、こんな動きだったのかも知れない。
だが、今のストラーフBisの動きは読みやすい。攻撃を「ジレーザ・ロケットハンマー」
に頼りきりだからだ。超重の、それもロケットブースター付きのハンマーであれば、攻撃方法は至極限定される。
縦に叩きつけるか、横に振り回すか、それだけでしかない。たとえストラーフの副腕であっても、一方向に振り抜くまでは切り返すことさえできないのだ。
当たれば致命的だが、回避が得意なティアには当たるはずのない攻撃である。
ティアの回避機動には余裕すら見える。
それでもティアが攻め手に欠けるのは、ストラーフBisの追加装甲が攻撃を阻むためだ。
よほどの隙を見いださない限り、有効なダメージは望めない。
ゆえに、この戦いは拮抗していた。
◆
「さすがはティアと言ったところね……でも、これならどう?」
菜々子がヘッドセットをかけ直し、指示を出す。
「ミスティ、踏み込んで!」
□
「ティア、注意しろ。何か仕掛けてくるぞ!」
『はい!』
内容は聞こえなかったが、菜々子さんが何か指示を出した。
状況を打開する一手であることは間違いない。
こちらは時間稼ぎのバトルだが、菜々子さんたちは時間に余裕がないはずだ。なぜなら、裏バトルの自分たちの出番までに会場に入らねばならない。
それに、あんまり派手に暴れて見つかるのも得策ではないはずだ。特に桐島あおいは以前から裏バトルに出入りしているから、警察に捕まったりすればとても困るだろう。
だから、仕掛けてくるとすれば、向こうからなのだ。このバトルを早く終わらせるために。
ストラーフBisは縦横にハンマーを振るう。
ティアは余裕を持って避ける。
同じ展開が続く、と思ったその時。
「今よ!」
菜々子さんの鋭い指示がここまで聞こえた。
ストラーフBisは無言で突進してくる。いつもより一歩深く踏み込んできた。
「ジレーザ・ロケットハンマー」を振り下ろす。
それが避けられないティアではない。軽くバックステップしてかわす。
だが、ハンマーがアスファルトの路面を叩くのと同時。
ストラーフBisがさらに一歩前に出た。
この動きは想定外だ。
ティアはさらに下がろうとする。
しかし、それよりも早く、地面に叩きつけた反動を利用し、切り返したハンマーが、すくい上げるようにティアを襲った。
回避できないタイミングに俺は一瞬焦る。
「ティア!」
思わず自分の神姫を呼ぶ。
ティアは振り上げられたハンマーの一撃で宙を舞った。
しかし、空中で宙返りを決めると、何事もなかったかのように着地する。
「な……」
驚いたのは菜々子さんの方だった。必殺の一撃は命中したと思っただろう。
ティアはハンマーが激突する瞬間、自らハンマーの上に乗って、振り上げられる力に逆らわず後方に跳ねたのだ。
ひやひやさせる。
無事着地するまでは、俺も焦っていた。
「ティア、大丈夫か?」
『はい。大丈夫です。走れます』
「よし」
ティアの落ち着いた声を聞き、ほっとする。
そして実感する。
少しの不安でも心がすり減らされる。これがリアルバトルの緊張感なのだ。
■
マスターにはああ言ったけれど、わたしは少し違和感を感じていた。
いまさっき、ロケットハンマーに乗った右のレッグパーツ。
どこが悪いとははっきり言えないのだけれど。
なんだか圧迫されているような、熱を持っているような、そんな感覚。
でも、走るのに支障なさそうだったから、大丈夫、と答えた。
相手のストラーフBisは、わたしがハンマーの一撃に乗って距離を取った後、追撃には来なかった。
躊躇した、という様子でもない。
ただ単純に、菜々子さんが驚いていて、指示を出していなかったから動かなかった、という感じ。
なんだか嫌な感じがする。
神姫であれば、マスターの指示がなくても、自分で考えて行動する。
指示と指示の間は、神姫が自由に戦える。
だけど、目の前の神姫はそうしない。
まるで、ただの操り人形みたい。
わたしは不気味に思いながらも、動き出す。
相手が動かないなら、好都合。
今度はわたしから仕掛けて、活路を探る。
自分で考えながら戦う。それがわたしとマスターの戦い方だ。
◆
『ねえ、あそこの人の胸ポケット、見える?』
「ええ、見えるわ」
『あそこに神姫がいるでしょう?』
「いるわね。何か叫んでいるようだけど」
『少しうるさいわ』
「そう? 何を叫んでいるのかしら」
『それこそどうでもいいことよ。あの神姫、うるさいから壊してしまいたいの』
「今はバトル中よ?」
『うるさくてバトルに集中できないわ』
「……あなたがそういうなら、仕方がないわね」
『それじゃあ、あのウサギの隙を突いて、指示をちょうだい』
「わかったわ」
□
「ナナコ! 目を覚ましなさい! ナナコ!!」
俺の胸元で、ミスティが菜々子さんに呼びかけ続けている。
しかし、菜々子さんは反応する様子さえない。
ミスティを無視している……というより、ミスティの存在を最初から認識していないかのようだ。
一体、彼女の身に何が起こっているのだろう。
横道に逸れそうになる思考を、無理矢理引き戻す。
まだバトルの真っ最中だ。
今度はティアが自ら仕掛けた。
俺の思惑通りにティアは戦ってくれる。こんな小さなところに、いままで一緒に戦ってきたティアとの確かな絆を感じる。
立ち止まっているストラーフBisの背後から、頭に向けて牽制の射撃。
ようやく反応したストラーフがティアの方を向く。
ティアがさらに攻める。
ストラーフの副腕「チーグル」は防御のため、上げられている。
そこをかいくぐるように、姿勢を低くしたティアが滑り込む。
すれ違いざま、手にしたナイフが閃いた。
ストラーフBisの素体下腹部に裂け目が走る。
最接近したティアに対し、ストラーフの脚、副腕、ロケットハンマーが次々に襲いかかった。
「わっ、わわっ」
あわてた声を上げながらも、ティアは華麗なステップさばきで、ストラーフの断続的な攻撃を次々と避ける。
ティアならば、この程度の攻撃で後れを取ることはない、と俺は確信している。
いつものミスティや、『塔の騎士』ランティスの攻め方がはるかに厳しい。
ならば行けるだろう、このリアルバトルという状況であっても。
俺は心を決めて、指示を出す。
「ティア、ファントム・ステップだ!」
『はい!』
◆
そのころ、三冬はいまだスターゲイザー二体による波状攻撃に苦しめられていた。
こうも間断なく仕掛けてこられると、鬱陶しくてかなわない。
しかも、操っている本人……マグダレーナは高見の見物を決め込んでいる。
何を企んでいる。
向こうの方が時間に余裕がないはずなのに。
三冬もいい加減、我慢の限界が来ていた。
「奥様! そろそろケリを付けましょう!」
「そうね……もう少し何を企んでいるのか探りたいところだったけれど……いいわ、蹴散らしなさい、三冬! ストリートファイター・モード!」
「はっ!」
三冬の気合い声が響く。
見た目に何か変わったようには見えない。
変わったのは、技の体系だった。
三冬は、二体の一つ目ランプのようなメカを、できる限り引きつけた。
「いくぞ……竜巻旋風脚!!」
……それは往年の格闘ゲームの技であったという。
三冬はその場で飛び上がると、右足を振り上げる。同時に、背部のスラスターに点火、三冬の身体を持ち上げつつ、右方向に回転させる。
結果、三冬は高速回転による空中回し蹴りを炸裂させる。
さすがのスターゲイザーも、この動きには対応できなかった。
引きつけられていた二体は、まるで渦に吸い込まれるように、三冬の蹴りを食らったように見えた。
目玉のついたランプ型のサブマシンは、二体とも地面に弾き飛ばされる。
初めての有効打であった。
三冬のバトルスタイルのコンセプトは、頼子の趣味丸出しである。
頼子は学生の頃、それも菜々子が武装神姫を手にした歳と同じくらいから、ゲームセンターのビデオゲームが大好きだった。特に、対戦格闘ゲームというジャンルが。
以来、今の歳になるまで、一貫してゲームが趣味である。武装神姫にも、ゲームの一種という認識で手を出した。
頼子は考えた。
武装神姫のスペックを持ってすれば、現実には不可能な、格闘ゲームの超人的な必殺技の数々を再現できるのではないか、と。
結果、三冬は近接格闘メインの神姫となり、俊敏な動作重視のカスタマイズが行われ、頼子が健康と趣味のために学んでいた太極拳と、数々の格闘ゲームの技を修得した。
デビュー当時はキワモノ扱いされた頼子と三冬であったが、いまやそのバトルスタイルは、『街頭覇王』の二つ名とともに畏怖の象徴になっている。
回転を止め、空中から降下してくる三冬。
この瞬間は無防備だ。
その隙を突いて、黒い影が突進、ビームトライデントを繰り出してくる。
三冬はとっさに腕アーマーで払おうとした。
が、何かがそれを押しとどめ、かわりに背部スラスターを噴射した。
後方へと飛び退き、ビームの刃をかわす。
意識しての行動ではない。
積み重ねた戦闘経験がさせた無意識の行動だった。
繰り出されたビームトライデントを捌こうとするなら、ビーム自体ではなく、出力されているビームの根本……今の場合なら、燭台部分を払わねばならない。
しかし、マグダレーナの攻撃は、それを許さない間合いだった。
だから三冬は飛び退くしかなかった。
なんという絶妙の間合い取り。
三冬が戦慄する中、マグダレーナは不適な笑いを浮かべ、言った。
「くくっ……制空圏は把握させてもらった」
「……そう来たか」
三冬は苦い表情で、再び繰り出されるビームの刃を回避する。
制空圏とは、格闘家が持つ、有効な攻撃を放てる間合いのことだ。
達人クラスの格闘技者ともなれば、自分の周囲すべての間合いを把握しており、間合いの内に入れば、必殺の攻撃を繰り出せる。
三冬ならば、自分の有効間合いに入った相手を、太極拳の動きでからめ取り、地面に引き倒すことが可能だ。
その間合いはすでに結界に等しい。
それを制空圏と呼ぶのである。
マグダレーナは、三冬の制空圏を把握していた。
三冬は一つ舌打ちをする。
スターゲイザー二体に手こずり過ぎた。おそらくあのサブマシンどもで、三冬の制空圏を計っていたのだ。
今のマグダレーナは、初撃の時の迂闊さは見られない。
ビームの刃だけを制空権圏に触れさせ、三冬の攻撃が触れられないギリギリの位置で攻めてくる。
三冬はマグダレーナの攻撃をかわすたび、眉間のしわを深めた。
「くそ……」
「なるほど、よく持っているが……これならどうだ?
スターゲイザー!」
マグダレーナの一声に、倒れていたサブマシンが再起動した。
まずい。
ただでさえやっかいなスターゲイザーの波状攻撃に、マグダレーナの巧妙なビーム槍の攻撃が加わっては、反撃もままならなくなる。
焦りが三冬の表情を険しくさせた。
それでも三冬は構える。
ピンチの時こそ冷静に。
ゆるり、と大型のアームが円を描く。
太極拳の螺旋勁。太極拳の動作の根幹をなす、基本中の基本だ。
頼子奥様と共に、毎日毎日鍛練を積んできた。
表情から焦りが消える。
襲い来る三つの影。
三冬は動きを止めない。自らの修練を信じ、迎え撃つ。
◆
三冬とマグダレーナが激しい戦いを繰り広げる中、久住頼子は物陰から少し顔を出し、桐島あおいの位置を確認する。
彼女もやはり物陰に隠れているが、その距離は意外に近い。
よし、と自分に気合いを入れ、声を上げて話しかける。
「あおいちゃん!」
「……頼子さん……公式ランカーのあなたがこんなところに来るとは予想外でした」
「わたしはね、ファーストランカーである前に、菜々子の家族なのよ」
「なるほど……」
頼子が今日ここに来たのは、ただマグダレーナの相手をするためだけではない。
頼子はこの二年間、あおいと会うことはなかった。
だからこそ疑問に思っていた。
菜々子から伝え聞いた、あの夏の豹変ぶりを。
あおいの本当の気持ちがどこにあるのか、確かめなくてはならない。
それはきっと、菜々子を助け出した後に必要になるはずだから。
「あおいちゃん、もうやめなさい。こんな戦いは不毛なだけだわ」
「仕掛けてきたのはそちらです」
「それだけじゃない。裏バトルへの参戦、そして壊滅。そんなことをして何になると言うの」
「わたしには……わたしとマグダレーナには、目的があります」
そう言うあおいの口調が、先ほどとは違うことに、頼子は気付いた。
うすら笑いしながらの穏やかな口調ではない。
しっかりと意志を持った、真剣な言葉。
あおいちゃん、あなた……。
彼女は狂っているのではない。正気だ。異常に見えるあおいの行動はすべて、彼女の正常な意志のもとに行われている。
あおいの……いや、あおいとマグダレーナ、二人の目的を果たすために。
頼子は眉をひそめる。
マグダレーナは、あおいの目的を果たすためにいるのではないのか? あおいの言葉からすると、マグダレーナもまた、自ら目的を持って、自発的に動いているということになる。
「目的って……復讐? ルミナスを壊されたことへの恨みなの?」
「復讐なんて……ルミナスを壊したエリアを壊滅させたところで終わっています」
あおいの言葉に苦笑が混じる。
復讐、ではない?
頼子は、あおいの行動原理が復讐だと思っていた。
最愛の神姫を破壊せざるを得なかった、裏バトル界すべてへの復讐。
「復讐じゃなければ、何だっていうの?」
「言えません」
「なぜ?」
「頼子さんはわたしと共に戦ってくれそうにはないからです」
「そんな理由で……わたしだけでなく、他の仲間たちも遠ざけて、たった一人で……そうまでしなくてはならないことなの、あなたの目的とやらは!?」
「同じ事を、菜々子にも言われましたよ」
ちらりと見えたあおいの顔。
一瞬苦笑していたが、眼は笑っていない。
「すみませんが頼子さん。わたしたちの行く手を邪魔するならば、たとえあなただろうと容赦はしない」
真摯で真っ直ぐな口調。強い意志を宿す瞳。
頼子は確信する。
狂っているのではない。
明確な目的意識を持って、最凶の神姫マスターを演じながら、裏バトル界を潰しにかかっている……!
頼子は一つ深呼吸をすると、気持ちを落ち着かせる。
再びあおいを見る。
頼子の顔に、ベテラン神姫マスターの、凄絶な笑みが浮かんだ。
「ファーストランカー相手に、随分と余裕の発言ね、あおいちゃん」
「マグダレーナならば、たとえファーストリーグ・チャンピオンでも敵ではありません」
「大きく出たわね……痛い目見るわよ?」
頼子は三冬に視線を移す。
彼女のハウリン型は、サブマシン二体とマグダレーナを相手に苦戦中だ。
制空圏の範囲を測られ、防戦一方になっている。だが、三冬が防御に徹しているがゆえに、マグダレーナの方も攻めきれずにいる。
ならばやりようもある。
「三冬! 一気に蹴散らすわよ! サイコクラッシャーアタック!」
「承知!」
三冬の返事には、少しの安堵と開放感が混ざっていた。
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