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***すとれい・しーぷ008
coming soon...
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***すとれい・しーぷ008
武装神姫ユーザー御用達の週刊誌の片隅に載った記事。
『狂い羊復活!?』
桐皮町の小さなゲーセンにて狂い羊復活の噂有。詳細は不明だが、褐色の小さな神姫を連れ、華麗に敵を撃破!戦法は変わらず、接近戦&上空からの奇襲。以前ホームとしていたゲーセンに出没する可能性もあるので、要チェックだ。
丁寧に誰が撮ったともしれないピントのブレた写真までついている。
その記事を読んで怒りを露にした人物がいた。背の高い青年。
黒い服に身を包む姿はさしずめ悪魔か。
雑誌のページを引き破ると、怒りに任せぐしゃぐしゃに丸め床に叩きつけた。
「マスター、そんなに荒れると、お身体に障ります。どうか冷静に・・・」
しばらく様子を見ていた黒い神姫が控えめに声をかける。
男はニタリ、と唇を持ち上げた。
気持ちのいいくらい晴れ渡った空の下、また平和な一日が始まる。
碧に会いに行ってからのオーナーは、ますます元気になったようにも感じる。
といっても、少々口数が増えただけで、話す声はまだ小さく控えめだ。
しかしわたし、ルキスにとって、それはとても嬉しいこと。
「じゃぁ、ルキス、学校へ行こうか?」
あの日以来、オーナーはわたしを放そうとしなかった。この短期間でそれほどまでに依存してしまっているのだ。
これは神姫として、本当に誇らしいことだ。ここまで自身のオーナーに溺愛されている神姫は何体いるだろうか?
優越に浸っていると、オーナーの手が目の前に差し出された。
白く小さい手のひらに乗ると、それはゆっくり動いて、わたしの身体をポーチへと運んだ。
この小さなポーチこそがわたしの定位置であった。
大学の門をくぐると、そこはオーナーの苦手な人混みが広がっている。
ここで助けてくれるのは救世主様、もとい紅だ。
常にオーナーの隣をキープし、講義のある教室まで送ってくれる。
「お前が大学に来るようになるなんて、思ってなかった」
紅はどことなく、喜びと戸惑いを含んだ言葉を何度も紡いだ。
視線をサングラスで隠しているが、ようやく学校に出てくることができるようになったのだ。
「紅、今日実習があるから・・・ルキスを預かっておいて?」
そっと手渡された15センチの姫とかわいらしいポーチに紅は一瞬戸惑ったようだった。
当のオーナーはわたしに「ちゃんと紅のいう事きくんだよ」なんて暢気に注意をしている。
「預かるのは大丈夫だが・・・実習なんて受けて大丈夫なのか?」
「相手は子供だよ、大丈夫。それに実習を受けるのは私だけじゃない。もしもの時はその人達に任せるから」
囁いた打開策に紅は納得したのか、一つ頷くと、頑張れよ、と残して教室を後にした。
自ら心の支えとしているわたしを差し出す。これも成長なのだろう。
また、わたしは嬉しくなった。
「講義中は暇だろうから、寝ていてかまわんぞ?」
紅はポーチの中のルキスに声をかけていた。勿論周りに見られないよう細心の注意を払って。
この大学は神姫の持ち込みに関しては容認的だが、自分が神姫を連れている、という事がなんだか気恥ずかしかったのだ。
「あ、紅!」
故に背後からかけられた学友の声にも過剰反応してしまう。
「なななな、何だ、梨里!いきなり声をかけるな!」
いたく動揺する紅を見て笑ったのは屈託のない笑顔が印象的な青年。
整った顔立ちは男の紅でも見惚れる程だった。
「ははは、いつも守でいいって言ってるのに、紅は真面目だなぁ」
細い目に紅を捕らえれば、成人男性にしてはやや高めの声で、またコロコロと笑い始める。紅はいつも、彼・・・梨里 守が笑い茸を口にしたのではないか、と思うほどいつも笑っていた。
「今日はあの子は一緒じゃないの?あの小さい・・・」
言いかけた梨里に紅はげんこを叩き込む。聞かれていたら、梨里の命はない。
「小さい、とか言うな。耳に入ればお前、末代まで呪われるぞ」
きょろきょろと辺りを見回せば、当事者はどこにも見当たらず、ほっと胸を撫で下ろす。
「呪われるって・・・そんな大げさな!」
いまだにケタケタと笑いの治まらない梨里は紅の顔を真剣に覗き込んだ。
「紅さぁ、あの子・・・瑠璃ちゃんだっけ?彼女のこと好きだろ?」
急速に紅潮する顔を隠すように紅は梨里から顔を背けた。
実にわかりやすい反応である。梨里はまた声を大にして笑い始めた。
「悩み相談なら乗るぜ。まだ告ってないんだろう?」
人間という奴は、この手の話が好きだ。梨里も例外ではないようで、ニヤニヤ笑いを堪えながら、興味津々に瞳を輝かせた。
紅は内心、ルキスにすべて聞かれて、あまつさえ、彼女のオーナーにすべて話されるのでは、と心配になりながら、手元のポーチを見つめた。
しかしそんな心配とは裏腹に、ポーチはピクリとも動かない。きっと自分の命令(?)通り彼女はスリープモードに入っているのだろう。
紅は観念して、梨里に恋愛相談を持ちかけるのだった。
「ありがと、紅。助かったよ」
目を覚ましたわたしを受け取ったオーナーの顔は僅かに疲労を映していた。
実習、というものがどういったものなのか、わたしにはわからなかったが、何となく大変なことなのだ、と認識する。
「いや・・・ルキスもおとなしくしていたし、問題はない。ただ、ひとつ頼みがあるんだ・・・」
オーナーの顔を見つめる紅にわたしは勿論、オーナーすらも頭上に疑問符を浮かべた。
「無茶なお願いじゃなければ、ね」
どこか真剣な表情の紅に、影響されたのか、オーナーも真剣に応えた。
しかし、紅の口から出た言葉は呆れるほど意外な言葉だった。
「俺の神姫の名前、考えてくれ」
「は?」「え?」
見事にわたしとオーナーの声が重なったと思うと、さらに紅は続ける。
「碧やお前が、神姫の話で盛り上がっている時に、何も言えないのは・・・べ、別に寂しいとか、そういうんじゃなくて・・・とにかく、俺も神姫オーナーになる!」
こ、これは、昨日ネットで見た気がする。確か・・・そう、ツンデレという奴だ。
ルキスは己の記憶にダイブして該当する単語を発見する。男のツンデレなんて、見たことがないが・・・。
そんな普段見ることのない紅の様子をオーナーは笑った。小さく、可憐に。
彼女に見惚れたのは、わたしだけでなく、紅も同じだった。
「わかった、何か考えておく。型は決めているの?」
口元に手を添え、なおも微笑みを湛えるオーナーの涼やかな声に紅は弾かれたように顔を上げた。
「あぁ、いや、まだだが・・・」
「じゃあ、決まったら教えてよ。また明日」
オーナーはひらひらと手を振ると、家路に着いた。わたしはその時の紅の惚けた顔を一生忘れないだろう。
翌日、門前でいつものように紅を待つオーナーを、ポーチからこっそり覗いて見る。
どこか不安そうな、綺麗に整えられた眉が自信なさげにハの字に垂れ下がり、視線はサングラスで見えないものの、挙動不審だ。
デパートのときと同じだ。直感的にそれを感じ取ったわたしは、すかさず声をかける。
「お、オーナー、大丈夫です。紅は直ぐに来ます!だから落ち着いてください」
ゆっくりと、いつもオーナーがしてくれるように声をかける。
その声に反応し、オーナーは自のポーチへと視線を落した。そして、そっと小さなパートナーの頭を人差し指で撫でた。
「ありがと、ルキス」
冷静さを取り戻した、涼やかで澄んだ声が降ってきた事に安堵する。
しかし、続いて降ってきたのは、聞きなれない底冷えのするような男の声で。
「紅は来ないよ」
背後から伸びてきた細長い指先がオーナーの喉を捕らえる。そろえられた指先はするりと喉を撫でると、人差し指がゆっくりと這うように上へ移動してオーナーの顎に触れる。
「~~~~~~~~っ」
恐怖からオーナーの瞳は見開かれ、肩が小刻みに震える。
このままでは、また過呼吸を起こしかねない。
「や、やめてください!!!」
気がつけばわたしは、定位置から飛び出していた。
オーナーの肩に飛び乗り、犯人の顔を睨む。そこにいたのは端正な顔立ちの目の細い青年。
オーナーの反応に驚いたのか、わたしの登場が意外だったのか、鳩がレールガンを食らったかのような顔をしている。
「ごめん、ごめん!瑠璃ちゃんがまさか、そこまで他人が苦手とは思わなかったんだって」
細い目の青年はけたけた笑いながら頭を下げた。先ほどの恐ろしい声が嘘のように、コロコロとかわいらしい声を上げた。
驚かせた御礼に、と学内のカフェで買ったばかりの湯気の立つ珈琲をテーブルの上に置きながら。
それにしたって“瑠璃ちゃん”とは何事か。彼はオーナーとは初対面のようだが、なにやらやたら慣れ慣れしい。
こういう人間がネットで見た“イケメンなのにモテない”人種なのだろうか、と内心腹を立てた。
「さっき言った通り、今日、紅は休みだよ。買い物があるとか」
まだ熱い珈琲をあおりながら、彼・・・梨里 守というらしい・・・が呟いた。
その視線は、オーナーを値踏みするように舐めた後、すぐににやにや笑いに変わった。
視線から逃げるようにオーナーは顔を背ける。勿論サングラスもかけ直して。
苦手だ。わたしは直感的にこの梨里という男を評価する。
オーナーも同じことを考えていたようで、終始渋い顔をしている。
「瑠璃ちゃんさぁ、サングラス取ったら、すごい可愛いんでしょ?今ここで取って見せてよ」
にやにや、にやにや。なにがそんなに楽しいのか。ルキスの怒りが頂点まで達しかかったその時、おもむろにオーナーが席を立った。
そして控えめ、というよりは、恐ろしいものを前にして震えるかのような響きで梨里を見つめた。
「・・・珈琲、ご馳走様でした。紅が来ないなら、私は帰ります」
まだ湯気の立ちのぼる珈琲をテーブルの上に放置して、くるり、華麗に踵を返すと、オーナーは、苦手なはずの人混みへと、追われるように駆けていった。
それ程までに、梨里に嫌悪を抱いていたのだろうか。わたしは首をかしげた。
「ご馳走様、って・・・一口も飲んでないじゃん」
カフェに置き去りにされた梨里はけらけらと笑いながら、残された珈琲に手をかけると、その中身を一気にあおった。
ぺろり、口の端についた滴を妖しく舐め上げれば、その唇が弧を描いた。
「あれが、紅のお姫様、ね・・・ふふ、紅もやっと神姫を手にした事だし、やっと俺も動ける、ってとこかな」
人知れず、梨里はほくそ笑んだ。
無邪気の中に、邪気を孕んで。
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