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「すとれい・しーぷ005」(2011/08/17 (水) 05:40:22) の最新版変更点
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***すとれい・しーぷ005
「瑠璃・・・?」
わたしは紅と、目の前に座る、瑠璃と呼ばれた少女・・・オーナーを交互に見た。
オーナーが、瑠璃で、女の子?
わたしの頭は混乱でショートしそうだった。
フードに隠れた中身なんて考えた事もなかった。同時に興味も。
オーナーがオーナーでいてくれさえすれば、わたしはそれでよかった。
「紅こそ、ここで何してるんだ?」
控えめに空気を揺らすその声はまさにオーナーのそれで。
しかし口を拭いながら紅を見るオーナーはわたしの知らないオーナーのような気がした。
自然と溢れる涙にオーナーも紅も目を丸くしていたが、すぐにオーナーの優しい手が紅の肩に乗ったわたしを包み引き寄せた。
「怖かったね、もう大丈夫。二度と放したりしないよ」
優しい言葉。それでもわたしの涙は止まらなかった。
怖かったのではない。怖いのだ。
オーナーの中身を見てしまったことで、今まで努力して彼女に溶け込んだわたしの心が、また弾き出されてしまうのではないか、と。
わたしは泣き止まないまま、オーナーに抱かれ家路につく。
真夏のカーネリアンはもの寂しい。
オーナーの部屋へと上がりこんだわたしはまだぐずぐずと鼻から溢れそうになる冷却液をすすっていた。
「お前、まだそんなぼそぼそ喋っていたのか?」
ソファに腰掛けた紅が呆れた口調で言った。
オーナーは冷たい麦茶を運びながら、だって・・・と言葉を濁した。
「神姫を起動させたのは、進歩だと思う。だが、その前にお前が喋れるようにならないと意味はないだろう?」
子供を叱る親。まさにそんな感じで紅は麦茶を置いたテーブルに軽く手をつく。
その僅かな振動ですら、わたしに恐怖を与えるには十分だった。
どうしようもなく顔を伏せるオーナー。
それがとても痛々しくて・・・
「あ、あの・・・紅、さん・・・オーナーをいじめないでください・・・!」
紅の向かいに座ったオーナーをかばうように両手を広げ、わたしは叫んでいた。
絶えられなかった。今日初めて見たオーナーの御顔が、こんなに悲しく歪むなんて。
そんな必死な思いに、恐怖なんてものはわたしの中から零れ落ち夏の蒸し暑い空気に溶けて消えていた。
しかし、その言葉で紅のお説教の矛先はわたしに向いてしまったようだ。
吊目がちな切れ長の目をもっとつりあげて、しかし口調は子供を諭すかのように語って聞かせた。
「お前も、オーナーを守るつもりで言っているつもりなのかも知れんが、それは甘やかし過ぎだ。このままこいつが前に進めなければ、将来困るのはお前なんだぞ?バトルで指示を出せないオーナーなんて、聞いたことも・・・」
「・・・て、やめて、紅・・・!ルキスは知らないんだ!何も、話してないんだ・・・!」
オーナーはもうたくさんだ、と紅にしがみつくように懇願した。
何も話していない、とは?
確かに、わたしはオーナーの事を欠片も知らなかった。
何をしている人で、どんな人生を歩んできて、どんな思いで生活しているのか。
性別や御顔ですら、今日初めて知ったのだ。
わたしは意を決し震えるオーナーの手にそっと触れた。
知りたい。オーナーの過去を。
今、どんな思いでいるのかを。
「教えてください、オーナー。わたし、オーナーの事を知らなすぎます!・・・もう、オーナーの事、わからなくて泣くの、嫌なんです!」
必死だった。今まで機能していたCSCが仮初の物だったかのように、脈打ち始め、わたしを真実へと突き動かす。
心の奥で、誰かがわたしに語りかけた。
『オーナーのこと、聞いてあげてくれ』
『一人で背負い込んで、苦しんでいるんだ』
『わたしには、もう、聞いてやる事も、慰めてやる事もできない』
それが誰だったのか、その時のわたしには、わからなかった。
でも、不思議と不快感や嫌悪はなかった。
きっと、オーナーの話を聞けば、それが誰だかわかる気がした。これは確信。
熱意に負けてか、紅の鋭い視線に臆してかオーナーは重たい口を開いた。
「いい話ではないよ・・・?」
。。。。。。。。。。
時は今より3年前に遡る。高校3年生、17歳の夏の事だ。
私はいたって普通の市立高校に通っていた。
身長が極端に低い事と、神姫が好きな事以外は普通の女子高生。
そのはずだった。
小学生からの腐れ縁でずっとクラスの同じだった、甲斐田 紅が話しかける。
「なぁ、お前、予想してたか?俺たちがメジャーデビューなんて」
「オレはしてなかったな・・・まさかこんな事になるなんて」
紅への返答を横取りしたのは、がたいのいい巨人、もとい瀬戸 碧。
身長は190近くあるらしい。紅も183と高い方だが、レベルが違う。
ちなみに私は150あるかないか。二人は私から見れば巨人国の人間だった。
・・・巨人国なんてものが存在するかは置いておいて。
碧とは高校に進学してから仲良くなった。
面倒見のいいことから、すぐ熱くなる私や、クールぶっているが、どこか抜けている紅の世話係り、という立ち位置。
今では気づけば3人、いつも一緒にいる。
「私も、予想してなかった、かな・・・きっと神様がくれたチャンス、なのかも知れない」
「はっ、さすが、我がチームの作詞担当アベル!言う事がくさいなー」
茶化す碧に、紅も合わせて笑った。
「オフの時にその名前で呼ぶなーっ!」
それがささやかだけど、私の幸せな日常だった。
“STRAY SHEEP”この時代の神姫ユーザーは知らない者のいない程有名なバンドグループ。
カイン(甲斐田 紅)、セト(瀬戸 碧)、そして私、アベル(安部 瑠璃)で構成される、スリーピースのアマチュアバンドだった。
ゲーセンや、ホビーショップで遊ぶついでに、ライブと称して曲を披露していたら、いつの間にかそれが、遊ぶ事よりメインになっていて。
去年の冬、わたしたちに目を付けた音楽事務所から、正式のメジャーデビューを、とのお声がかかったのだ。
最初は、嘘だと思っていた。何かのドッキリだ、と。
しかし、レコーディングや、CDの発売に伴い、それはだんだん実感を持ってわたしたちに歩み寄って来た。
「ただいまー!」
ぱたぱたとせわしなく足音を立てながら、家族への挨拶もそこそこに私は自室を目指す。
「こら、オーナー、手は洗ったのか?お母さんに挨拶は?」
部屋で私を迎えたのは、パートナーのユノだった。若干オカン気質なのは、私がずぼらなせいだろう。
「えへへ、まだでしたっ!手洗って、おやつ持ってくるね」
ユノは悪魔型の神姫。15センチながら、私達と同じように感情を持ち、生活する。
加えて、戦ったりも。
おやつのドーナツを抱え、わたしはユノのもとへ一目散に戻った。
話したい事がたくさんあったのだ。
「はい、ユノ!お母さんが、ユノのおやつに、って!」
片手に握ったジェリカンをユノに渡しながら、ソファへ腰かける。
「ありがとう。お母さんにも伝えておいてくれ。・・・今日はえらく上機嫌だな」
ジェリカンをちびちびと飲みつつ、私を見上げるユノもなんだか楽しそうだった。
「ふふん、今月はSTRAY SHEEPがデビューして、半年なんだ!だから、来週、半誕生ライブをゲーセンでやる事になったんだ!」
夢を見るかのように私はうっとりと言った。
それにライブの日は、私とユノが出会ってちょうど2年になるのだ。
でも、そのことはユノにはまだ秘密。ドッキリパーティーを家族で仕掛けるのだ。
きっといつもクールなユノも、目を丸くして驚いた後、涙を流すのだ。
私はそんな光景を想像しながら微笑みをユノに向けた。
「ライブの後、バトルもしようね!新しい武器、試したいんだ!」
小さなメモリースティックに入ったデータをちらつかせながらウインク。
それにユノは呆れながら、しかしどこか嬉しそうにため息をついた。
「ふふ、わたしのオーナーであること、それ以上に、“狂い羊(マッドシープ)”の名に恥じない戦いをしてくれよ」
。。。。。。。。。。
「そして、ライブは成功した。ここまでは、紅も知っている」
瑠璃とは比べ物にならないくらい弱々しい声で、オーナーは呟く。
僅かに肩が震えているのは気のせいでは、ない。
窓の外はオプシディアン。
長い沈黙を破って、オーナーは続きを話はじめた・・・
***すとれい・しーぷ005
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
予想だにしなかったオーナーの過去にわたしは耐え切れなくなって、涙を流した。
先代のオーナーのパートナー・ユノ。彼女の気持ちも痛い程よくわかる。
いかな武装して戦う私達でも、所詮は15センチあまりの人形なのだ。
本気になった人間に勝てるはずもない。だから余計に悔しいのだ。
抗うこともできず、ただ状況を見ているしかできない状態に陥った時、わたしはどう動くのか。
震えるオーナーの手にそっと、そっと、壊れ物を扱うが如く触れてみる。
答えは出ない。
「オーナー、もういいです、そんな辛いこと、もう・・・」
わたしからお願いしておいて、なんて無責任。
前に座る紅に、また怒られてしまうかもしれない。
そんな疑念は徒労に終わった。
「ルキスの言うとおりだ。お前はもう寝ていろ。後は俺が話す」
かつての仲間が傷つくのは、紅だって辛いのだ。
オーナーは素直に従い口を閉ざした。
代わりに紅のやや低めの甘い声が部屋を浸食する。
。。。。。。。。。。
俺は瑠璃の母親から電話をもらって、病院に駆け込んだ。
病室は不気味なくらい真っ白。何もなかった。
「紅・・・」
不安げに俺を見たのは、一足先に病院に着いた碧だった。
来客用に、と用意されたパイプ椅子に座る巨人は至極小さく見えた。
ベッドには無残な姿で横たわる瑠璃の姿。
「・・・瑠璃、お前・・・」
彼女の状況を見て俺はハッとした。
喉の包帯からはまだ赤々とした血が滲んでいた。
「喉をやられたって、医者が・・・声、出ないらしい」
碧の弱々しい声に俺の身体中の血液が下へ下へと降りていった。
指先が凍えるほどに冷たい。
「おい、なんでだよ・・・俺たち、これからだろ?神様がくれたチャンスじゃなかったのか!?」
叫んでいた。力いっぱい。悔しかった。わけのわからない奴に全部壊された。
デビューにしても、なんにしても、一番楽しみに、喜んでいたのは瑠璃だったのだ。
なのに、もう謳えない?しゃべれない?あの澄んだ声はもう聴けない?
いろいろな感情が渦を巻き、瞳から露になって溢れた。
「瑠璃、そういや、ユノは・・・?」
碧の問いに瑠璃は声にならぬ声で、筆談で答えた。
たどたどしい字は迷いながらも真実だけを残酷に映し出す。
“も う い な い”
もういない、とは?碧も俺も、事態が飲み込めない。
と空気を読まないナースが、部屋の引き戸を勢いよく開けた。
「面会時間は終了です」
俺たちが瑠璃の言葉を理解したのは、彼女の母親から、すべてを聞いた時だった。
絶望に目が眩む。こんな中を瑠璃は歩いているのか。
急に不安になった。一番辛いのは彼女だ。
俺はどうしたら、あいつの気持ちをわかることができる?
どうしたら、いつものあいつに戻すことができる?
それから俺と碧は毎日瑠璃の病室へ通った。
放課後の時間も、休みも、全部返上して。
長期戦になる。そんなの覚悟の上だった。
そして卒業式の日、卒業証書を持って、俺と碧はいつもの如く病室へ向かった。
今日はいい知らせがある。きっと瑠璃も喜ぶ。
「相変わらず病人してるか?」
開口一番、軽口で緊張をほぐす。これはもう、お決まりのやり取りになっていた。
半年間言い続けた錆だらけの鍵では、もう瑠璃の心を開く事はできないと、気づいていた。
「卒業おめでとう、それから瑠璃に朗報だぜ」
碧の嬉しそうな言葉に瑠璃は僅かに反応を示すが、あまり興味もなさげにすぐ俯いてしまった。
「お前の喉、手術すれば治るらしい」
俺は改心の一撃を瑠璃に叩き込む。きっと飛び上がって喜ぶに違いない。
しかし、その幻想は打ち砕かれる事となった。
瑠璃は反応しない。ただ窓の外を見ているだけ。
強風が狂い咲きの桜が花びらを散らした。
「・・・喜ばないのか?」
その態度がなんだか面白くなくて、俺は瑠璃に詰め寄った。
“今更治っても、もう手遅れ”
乱暴な字で書かれたそれは、彼女の手を離れ、床に落ちる。
俺も碧も、かける言葉すら見つからなかった。
夕刻も近くなり、面会時間の終了が近づく。
俺は家路に着こうと帰り仕度を始める。
と、碧がいないことに気づく。そういえば、帰る前にジュースを買って来る、とか何とかで全員の注文を取って意気揚々と病室を出たのだ。
「・・・・・・・・・・・」
正直気まずかった。なにもしゃべらない(というか反応しない)瑠璃と二人きり。
どうしようか、と悩んでいると、不意に俺の袖に負荷がかかる。
瑠璃がベッドから腕を伸ばし袖を引いていたのだ。
「どうした?」
短く問えば、用意してあったのだろう、既に文字の書き込まれた薄い紙を俺の手渡した。
“手術して声が戻るのは嬉しい。でも、もし失敗したら?一生声が出なくなったら?”
“怖いよ・・・どうしたらいい?助けてよ、紅・・・”
半年間通いつめて、やっと吐き出した本当の気持ち。
怖くて、苦しくて、つらっかった。
それが聞けただけで、おれは十分っだった。
「お前、あの時キスは?」
顔を隠すように頭をかきながら立ち上がると、それを不思議そうに見上げながら瑠璃はふるふると首を振った。
俺はベッドへと座りかえると瑠璃の髪を梳いた。
そして夕暮れへと堕ちて行く窓を尻目にその桜色の唇に触れた。
短く、ただ触れるだけ。
「もうあんなどうでもいい事忘れろ。今を見ろ。今を生きろ。今、お前の前にいる俺を。お前のファーストキスを奪った最低の男を。甲斐田 紅を見ろ」
涙が零れた。瑠璃の瞳から。俺の瞳から。
あの日以来、初めて瑠璃は絶望以外の涙を流した。
。。。。。。。。。。
「って、俺はなにを話しているんだ・・・」
紅は羞恥から顔を耳まで真っ赤にして眠るオーナーを見た。
そこは心底どうでもいい。オーナーの唇を奪うなど、なんと不届きな輩か。
湧き出る怒りを抑えわたしは紅を見つめた。
「その、手術というのは・・・」
「ああ。結果的には成功。謳うことだってできる。知っての通り声質にも何の変化もなかった。だが・・・」
紅は言葉を濁す。
「瑠璃はまだ不安なんだ。声を出すことで、また喉に異常が出ないか」
深い眠りに落ちたオーナー。
彼女を目覚めさせる王子は現れるのか。
わたしはできるだけ、その王子に近づこうと努力するのだ。
オーナーの明日が少しでも幸せなものになるように。
眠ってしまったオーナーに、紅は布団をかけながら僅かに笑った。
視線はデスクの上。わたしからは見えない言わば未知の領域だ。
「瑠璃は大丈夫だ。自分でも気づいているんだ。このままではいけないと」
紅の手がわたしの前に差し出される。
大きくて骨ばった手はオーナーの物とはまた違った優しさを醸し出している。
わたしはその手に、驚く程すんなりと乗った。
「・・・・・・あれは?」
そのままリフトした紅の手から見た光景は、見慣れないもので。
未知の領域には白く輝く物々しい武装が並んでいた。
巨大なアームパーツ、クリアイエローの刃の双剣、雄大なる盾、そして白く塗り替えられた、おそらくはユノの遺品だと思われるレッグパーツ。
すべて使いもしないのに磨きあげられている。
『オーナー・・・私のことなんて忘れたと思っていた』
また胸の奥から声がした。わたしはその声の主が、ユノである、と直感した。
なぜ、彼女の声がわたしに聞こえるのか。そんな思案を裂く紅の甘い声。
「お前のために、造ったんだろう。もし、瑠璃が変わりたい、戦いたいと望んだら、付き合ってやってくれ。・・・お前は臆病だが、弱くはない」
PCデスクにわたしを降ろしながら紅は言った。
その言葉に深い愛情を感じて、なんだかわたしは遣る瀬無くなる。
ポンと出てきたわたしに、彼らの間に入る隙はあるのか・・・
紅はまた来る、と言い残して、部屋を出た。
オプシディアンはまだ続く。
翌朝、わたしは珍しくオーナーより後に起きた。
「あ、あの、オーナー、すみません、おはようございます!」
己の犯した失態をオーナーは人差し指の腹で優しく許してくれると、部屋を出てしまった。
また、お仕事か・・・
わたしはオーナーが行ってしまったことを確認すると、近くの本棚によじ登り、昨日まで未開の地だった武器庫(という名のデスク)へと飛び移った。
白い武装を眺め、ため息をつく。それ程までに美しいのだ。
「わたしが武装して、他の神姫と、戦う・・・?」
考えると、なぜだか気持ちが高揚した。
怖いはずなのに。身体中の血(なんて流れていないけれど)が沸いた気がした。
気づけばわたしは、用意された武装を纏っていた。
不思議な感覚。いつもは13センチ程度の視界が、大きなレッグパーツによって急激に広がる。いつもより部屋が狭く感じた。
高揚した気持ちを抑えながら、一歩、前に踏み出す。
それはわたしの意思通り動き、身体を前へと運んだ。武装する、ってこういうこと。
何となく感覚をつかんだわたしが次に手にしたのは一対の剣。
クリアイエローの刀身が朝日に透き通り輝いていた。なぜだか片方は短い。
「なにか、書いてある・・・?」
白い柄に掘り込まれた小さな文字をわたしは見逃さなかった。
「オ・・・ウィ、ス・・・。アリ・・・エー、ス?」
長い方の柄には、オウィス、短い柄にはアリエースの名。
きっとこの剣の名前なのだろう。他の武装にも名前がついていた。
オーナーの細かい設定に、少しだけ笑みがこぼれる。
次に手を触れたのはアームパーツ“メリノ”
わたしの素体程あるその腕は禍々しい程の重量感を持っていて。
「重い・・・」
非力なsmall素体のわたしではとても持ち上げられそうもなかった。
本当にオーナーはこれをわたしのために造ったのかと疑ってしまう。
わたしはアームパーツを、盾に視線を送る。
“ウールグリーズ”これも素体程の大きさがあった。
ダメもとで持ち上げてみると、それは驚く程に軽い。まるで羊の毛のようだ。
金の縁に美しい抽象的彫刻。わたしはこの盾をすぐに気に入った。
そんな風に一連の動作をしていると、不意に部屋の扉が開いた。
オーナーが帰って来るには早すぎる。わたしはおそるおそる扉の方に目をやる。
そこにいたのは、長い髪に緩やかなウェーブをかけた、ハッとするような美女。
人間にしては小さなその身体は、西洋人形を思わせる。
柔らかな風が彼女の髪を揺らした。
「ルキス、私、変わりたい。ずっとここに閉じこもっていたくない。下を向いていたくない・・・!」
西洋人形の少女は硬く結んだ口を開いた。その声は聞きなれた澄んだ声。
控えめながらも、今まで聞いた中で一番大きな声。
「オーナー、フードは・・・!?」
頭にかけられることなく、彼女の背に張り付くパーカーのフードは、オーナーの決意を表していた。
頭の中では、紅の去り際の台詞がリピートされる。何度も、何度も。
『もし、瑠璃が変わりたい、戦いたいと望んだら、付き合ってやってくれ。・・・お前は臆病だが、弱くはない』
わたしも覚悟を決めた。今までにないくらいの微笑を貼り付けて。
「お付き合いさせてください。わたしも、臆病のままでいたくない・・・!」
二匹の羊は、前へと進み始める。
足元は暗闇。それでも怖くはなかった。
隣にはキミがいる。
どんな荒波に呑まれても、進む脚が千切れても、もう立ち止まらない。
ここから、わたしたちの物語が始まる。
~ 第0章 “STRAY SHEEP” 完 ~
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