「探偵猫の願い事」(2011/05/18 (水) 22:52:07) の最新版変更点
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俺の名は砂木 丈助(すなき じょうすけ)、探偵業を営む三十代のナイスガイだ
俺の肩に乗っているのはマオチャオ型のルルコ、長年一緒にいる俺のパートナーだ
……おっと、いくら俺が探偵だからってハードボイルドな展開や、シリアスな展開に期待しないでくれよ?
今日は野暮用…じゃない、今後の俺たちの為に、とある場所に来たんだ
俺の幅広いネットワークを駆使して集めた情報を元に、やっと見つけたルルコの長年の夢を叶えてくれる会社『ミッシェル・サイエンス』だ
「思ったより小さい会社だね、ジョースケ」
ルルコ…思ったことをそのまま口にするんじゃない
この前もそれでクライアントとの会話をこじらせただろ?
ともあれ、アポは取ってあるからな
予定時刻はピッタリだ、入るとするか……
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第三話 探偵猫の願い事
「……暇ですね」
一等兵が起動してから1ヶ月が経過して、『ミッシェル・サイエンス』の一階にある受付カウンターは、一等兵の席になっていた
主な仕事は訪れる客に応対する事と、かかってきた電話に出ること
しかし…直接訪れる客など、一等兵がこの任に就いてから三週間の間に一人として現れず、もっぱら電話応対が主な仕事になっていた
実際は電話すらかかってくる頻度が少なく、日がな一日武器を磨くか、エントランスの中で飛行訓練をしているだけとなっている
「…やっとフライトユニットにも慣れてきましたし、今日は曲芸飛行でもしてみますか」
彼女が身に着けているフライトユニットは、フロントラインの純正品ではなく、主翼に大きく『ミッシェル・サイエンス』のロゴマークがペイントされた、ミッシェルの自社製品である
純正ボディでない彼女たちには他の神姫が扱う武装は扱えない物が多く、市販されているリアユニットや遠隔操作ユニットのほとんどが使えず、特に腕や脚に換装が必要な武装は全く使えないのだった
「エンジンチェックOK、可動翼チェックOK……フライトユニット『飛種・蒲公英』起動します」
本来は声に出さなくても良いのだが「声出し確認は基本」という大尉の教育により、癖としてついてしまったのだ
プロペラの回転が最高速度に到達したのを確認し、一等兵は受付カウンターの端から走り始めた
反対側の端に到達する直前に踏み切り、一等兵はその身を宙へ踊らせた
一等兵の装着しているフライトユニット『飛種・蒲公英』は単独で装備している場合、離陸をするときに助走を必要とするための『滑走路』が必要になる
ダッシュできるそれなりの距離があれば良いのだが、それに満たない場合は、無理矢理主翼に風を受けさせ『揚力』を発生させるため『高さ』が必要になる
受付カウンターでは距離が足りないため、必然と150センチからのダイブを余儀なくされる
それは人間にすると約20メートルの高さに相当するのだが、不思議と彼女は恐怖を感じなかった
少しの自由落下の後に可動翼を操作して上昇する
十分スピードに乗ったところで急降下、床スレスレまで高度を下げた後姿勢制御をして超低空飛行
垂直上昇をしてある程度の高さまで飛んだら次は背面飛行に移り、しばらく飛行後三回半のロール(横転)しての水平飛行を経て、受付カウンターへと戻る
純正品の着陸脚を装着できないので着陸は慎重にしなければならない
できる限り着陸面と水平に高度を下げ、着陸数秒前からエンジン出力をカットして主翼のグライド飛行のみに切り替える
着地はソフトにして、カウンターに脚が着いた瞬間からダッシュをしなくてはならない
ハードランディングは足に多大な負荷をかけることになるので、なるべく自然に減速できるように自分の足で調節する他は無い
床に着地すれば滑走路に余裕があるのだが、それはなぜだか一等兵には許せなかった
カウンターの上を徐々に減速しながら一等兵は冷静に考えていた
「あ……これは落ちますね」
着地スピードが速すぎたせいで減速が間に合わないと判断したときには既に遅かった
受付カウンターの端が迫り、その先には床のチェック模様が見える
足の裏に感じる衝撃が消失し、次に来るのは気持ち悪い浮遊間
(…………素体破損は懲罰ものですね)
特殊なボディである彼女たちはこの高さからの落下でも致命傷になりかねないのだが、不思議と一等兵の頭は冷静だった
冷静な頭で覚悟を決め、静かに目を閉じた
……ポスン
一等兵に訪れたのは床に激突した固い衝撃ではなく、柔らかく暖かい衝撃だった
「危ねえだろ、気をつけな」
「間一髪だったね、ジョースケ」
どうやら、神姫を肩にのせたこの男性が滑り込みで助けてくれたようだ
「……ありがとうございます、助けていただいてなければ死んでいるところでした」
男の掌の中で助けられた状態のまま一等兵は礼を述べた
「ははっ、レディを助けるのはイイ男の義務だからな。礼はいらねぇぜ」
男は一等兵にむけてニカッと笑った
その様子を黙って見ていないのは彼の肩の上に乗っている神姫だった
「もうジョースケ! いつまでその娘の体に触ってるの!? セクハラだよ、セクハラ!」
「わかったって、落ち着けルルコ」
一等兵のデータベースにあるマオチャオ型は、もっとのんびりした神姫だった
しかし目の前のルルコと呼ばれたマオチャオは自分のマスターが他の神姫に触れることを嫌い、あまつさえ嫉妬心を剥き出しにしている
(…ああ、そういうことか)
「すみません、受付カウンターまで私を運んでいただけますか? すぐに降りますから」
なるべくルルコを刺激しないようにしながら一等兵はカウンターの上に戻して貰った
「ありがとうございます。改めて、ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
誰に教えられたわけでもない営業スマイルで一等兵は男に応対した……この任について初めての来客である
「今日はしゃちょーさんに用があるの!」
何故かルルコが答えた事をなるべく気にしないことにして、一等兵はマニュアル通りの応対を続けた
「失礼ですが、お名前をお願いします」
言いながらカウンターの作業台に置いてあるファイルを開いた
「本日の来客予定」の項目に、一人の男性と、その所持神姫の名前が総帥の筆跡で記入してある
「砂木 丈助と、こっちが……」
「ルルコだよ!」
長年の付き合いだということが見て分かるほどの見事なコンビネーションである
「砂木様とルルコ様ですね……はい、承っております。少々お待ち下さい」
ファイルに記入してある名前と一致していることを確認して神姫サイズの電話の受話器を取り、慣れた手付きで内線ダイヤル1番をコールする
Prrrr、Prrrr、Pr…ガチャ
『こちら社長室』
三回目のコールが終わる前に総帥が出た
「砂木様とルルコ様がお見えです」
『わかったよ、第二応接室まで通してあげてね』
「承りました」
一等兵は総帥に了承の意を伝えると静かに受話器を置いた
「お待たせしました、今ご案内します」
砂木とルルコに一礼すると、一等兵は電話機の側に置いてあったフライト補助ユニットを背中に担いだ
これを担げば滑走路無しでの飛行と、空中で停止しての浮遊が可能になる
浮遊開始は補助ユニットのバーニアを吹かして軽く跳ぶだけで体が浮き、後はフライトユニットで舵を取るだけである
実は先程の着地もこれを使えば安全にできたのだが、補助ユニットを担ぐと高速で飛行することや背面飛行、そして連続でロールすることができなくなり、これを一等兵は嫌っているのだ
「それでは、こちらへどうぞ」
自らが先導してエレベーターへと向かい、上方向のスイッチを押した
日頃は誰も使わない来客専用エレベーターで、中には階層選択のボタンが存在しない
砂木が入ったことを確認してから一等兵は手すりの上に腰を下ろした
あまり間を空けずに扉が自動で閉まり、エレベーターは動き始めて一分足らずで目標の九階に着いた
扉が開くと一等兵は手すりから飛び上がり、再び先導を始めた
「こちらです」
目標は『第二応接室』……実は、一等兵がこの部屋に入るのは約三週間ぶりである
よって、その部屋が『何の為に』ある部屋かを理解していなかった
神姫の力では人間用の扉は開くことができないので砂木にセルフサービスで開けてもらい、中にはいると……
「いらっしゃいませ。ようこそ『ミッシェル・サイエンス』へ」
ビシッとスーツを着こなしたBが応接用テーブルの上で砂木に一礼した
「こちらへ掛けてお待ち下さい」
Bに促されるまま砂木がソファーに座ると、既に準備してあったのかすかさずBはコーヒーを出した
律儀にも人間用のサイズと神姫用のサイズが一つずつ並べてある
「お前のもあるみたいだぞ、ほら」
砂木が肩の上にいたルルコをコーヒーカップの近くに置いてやると、ルルコは目を丸くしながらしげしげとコーヒーを見ている
「ルルコにも出してくれたの、初めて」
ルルコは不思議そうに、しかし嬉しそうにコーヒーカップを手に取って一口飲んだ
だが、その表情はすぐに歪んだ
「……にがぁ……」
「当たり前だ、ブラックで飲みやがって」
一等兵は二人のやりとりが不思議でしょうがなかった
自分はつい三週間前まで神姫は飲食できないと思いこんでいたのに、自分以外の神姫は当たり前のように飲食をしているということが、自分のコアパーツにある基本データベースの情報と大いに食い違っていたからだ
自分のデータベースが作られたのがかなり昔なのか、ただ単に自分が長い間倉庫で眠り続けていただけで、その間に時代が進んでしまったのか
悩みは尽きないが、今はとりあえず考えるのをやめることにした
……Bが満面の笑顔でこちらを見ていたから
なんとなく、それが何を意味するか理解した
これからビジネスをするのだ、軍服を着た飛行機娘が居るには相応しくない空気になる
そのための応接室であり、そのためにBはスーツを着ているのだ
「……わたしはこれで、失礼します」
とりあえず空中に浮いたままBと砂木とルルコに一礼ずつして、一等兵は第二応接室を後にした
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……それから約五分後……
「お待たせしました」
砂木たちが入ってきた扉とは別の、応接室の奥にある扉から白衣を着た子供が出てきた
砂木はソファーから立ち上がり、少々深めに一礼した
「『ミッシェル・サイエンス』代表取締役、高城・ミッシェル・千尋です」
千尋がテーブルを挟んで反対側に来たのを確認して、砂木は懐から名刺を出した
「『砂木探偵事務所』所長の砂木だ」
「はい……あ、どうぞお掛け下さい」
千尋は名刺を受け取るとテーブルに置き、砂木に座るよう促した
砂木が座ったのを確認してから自分もソファーに腰をおろした
そこにすかさずBが千尋にコーヒー……ではなく、カフェオレを出した
「ありがとう、下がって良いよ」
千尋の言葉にBは一礼し、廊下側の扉から神姫用の扉をくぐって退出した
「なに、この子?偉いの?」
ルルコの空気を読まないセリフに砂木は慌ててルルコの口を塞いだ
「……スマン」
「あはは……気にしないで下さい。この見た目のせいで、よく言われてますから」
実際に千尋は13歳であるから見た目どころか年齢にも問題があるのだが、砂木はあえてつっこまなかった
「……しかし、本当に子供が社長をしてるとはな。最初はガセネタかと思ったんだが、あんたの事を調べてる内に信憑性が濃くなってね」
「それで、今回の件なんですね?」
千尋の言葉に砂木は頷き、ルルコの口を塞いでいた手をはなした
「……ではそろそろ、ビジネスの話をしましょう」
千尋は言いながらソファーの近くに置いてあったクリップボードを取り、軽くペンを走らせた
「まず、なぜ今回のようなご相談をされたのですか?」
「……あ~…それはだな……」
「ルルコとジョースケのこれからの為なの!」
言いにくそうな砂木を余所に、ルルコが元気良く答えた
「これからの為…ですか?」
砂木は再びルルコの口を塞ごうかと考えたが、千尋の目線がルルコに移ったのを見てやめた
「ルルコはジョースケと愛し合いたいの!」
「愛し合う…ですか」
千尋は書類の上にペンを走らせながら考え、それからルルコに質問した
「具体的に聞かせて貰えますか? 例えば撫でるとかハグするとか」
「うーんと、えーっと……ルルコはね……」
千尋の質問にルルコは頭を捻って考え込んでいる
実を言うと、砂木もルルコの本当の目的を知らなかった
聞いても「愛し合うの!」としか答えてくれず、そのまま今に至る(それに乗った自分も自分だが)
……が、それもここまで
ここでやっと具体的なルルコの目的がわかる
首を捻るルルコを横目に、砂木は内心ほくそ笑みながらコーヒーを一口飲んだ
&bold(){「ジョースケとせっくすするの!」}
……グフォッ!!
ルルコの爆弾発言に砂木は思い切りむせてしまった
「なるほど…マスターとの性交、と……確かに『愛し合う』という表現に当てはまりますね」
千尋は全く動じずに書類にペンを走らせている
「っておい! 待てコラ!」
砂木は思わず立ち上がり、二人を見下ろす形になった
「……どうしました?」
「どしたのジョースケ?」
二人が心底不思議そうに見上げてくるので、砂木はなぜか自分が間違っているのではと思ってしまい、特に何も言えずにソファーに座り直した
「……あぁ……スマン、続けてくれ」
砂木の言葉に、二人はやりとりを再会した
「…失礼ですが、今までにそういった経験は?」
「えっとね……」
ルルコは頬を染めながら答えた
「ジョースケのおちんちんをゴシゴシしてあげたし、ペロペロだって……こうやって」
ルルコを見ると『何か』を抱きかかえて自分の体を上下に揺すり、小さい舌でその『何か』を舐めるジェスチャーをしている
……砂木は、真っ白な灰になっていた……
(もう終わりだ……神姫にそんな事をさせているなんて知られた日には、『変態』のレッテルを張られて人生が終了のお知らせだ)
「そうでしたか……お二人はそんなに愛し合っているんですね」
肝心の千尋はというと、微笑みながら書類にペンを走らせ続けている
「それで、そこまでの事をしているのに肝心の性交に至らない事を悩んでいるんですね?」
「そうなの!!」
ルルコが答えると千尋はペンを置き、大きく一つ頷くとルルコを抱えて立ち上がった
「今回の件、了承しました。それではルルコさんに処置を施しますので砂木さんはリラックスしてお待ちください」
「じゃあ行ってくるね、ジョースケ」
千尋とルルコが奥の扉に入っていったのを、砂木はぼーっと見ていた
(……なんだか、眠い……)
突然睡魔が襲い、砂木はソファーにその身を横たえた
間もなくして、応接室にしずかな寝息のみが聞こえていた……
[[戻る>Forbidden Fruit]] [[続く>探偵猫の「ゆーわく」]]
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