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「第1話 ヴァイザード・リリィ」(2011/02/01 (火) 22:33:13) の最新版変更点
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剣と剣がぶつかり合う音が、廃墟に響き渡る。
片刃の長剣、エアロヴァジュラでと長槍の破邪顕正をはじきあげ、HMT型イーダ・ストラダーレ――個体名ヒルデガルドは距離をとった。
対する侍型紅緒――個体名藤代は地面を蹴り、こちらに一気に距離を詰め、長槍を突き出してくる。体勢を立て直す暇を与えないつもりのようだ。
『エアロチャクラムで受け流せ』
「はいですわ!」
マスターからの指示を受け、ヒルデガルドは左側のエアロチャクラムを瞬時に操作する。
パンチを打つように突き出したエアロチャクラムの表面装甲を破邪顕正が薄く削りながら流れていった。
----
――西暦2036年。
第三次世界大戦もなく、宇宙人の襲来もなかった、現在からつながる当たり前の未来。
その世界ではロボットが日常的に存在し、様々な場面で活躍していた。
----
「そこっ!」
藤代の体勢が流れたところで、エアロヴァジュラを一閃。しかし、右肩の鎧部分を斬り飛ばすだけに終わる。――藤代がとっさに槍の石突をつかってこちらをヒルデガルドを殴りつけたからだ。
「うっ!」
「危ない危ない。だが、勝負はこれからだ!」
藤代は再び距離を詰めてくる。武装は破邪顕正から為虎添翼と怨鉄骨髄へと変わっていた。手数を重視し、こちらを押しこむ腹のようだ。
「そらそらそら!」
「くううっ!」
ヒルデガルドはエアロヴァジュラを一度放棄。エアロチャクラムを両手で操り藤代の連撃を捌いていくが、鋭い刃を持つ二振りの小太刀は容赦なく装甲を削り取っていく。
----
――神姫、そしてそれは、全高15cmのフィギュアロボである。“心と感情”を持ち、最も人々の近くにいる存在。
多様な道具・機構を換装し、オーナーを補佐するパートナー。
その神姫に人々は思い思いの武器・装甲を装備させ、戦わせた。名誉のために、強さの証明のために、あるいはただ勝利のために。
----
「どうしたどうした! 懐に入り込まれては手も足も出ないか!?」
「……っ、うるさいですわ! えいっ!」
轟、という音を従えてヒルデガルドはエアロチャクラムを振りぬく。しかし、藤代は半身になってそれを受け流すと、為虎添翼を下から振りぬいた。
懐深くに入りこまれたせいか、ヒルデガルドは咄嗟に体をそらしたが、為虎添翼の剣先がヒルデガルドの頭部に装着されていたルナピエナガレットを叩き割る。
「あっ……」
そのまま体勢を崩し、倒れるヒルデガルド。藤代は勝利を確信した。
「これで終わりだっ――首級、頂戴!」
仰向けに倒れたヒルデガルドに、藤代は逆手に握った怨鉄骨髄を振り下ろした。
----
オーナーに従い、武装し戦いに赴く彼女らを、人は『武装神姫』と呼ぶ――。
----
第一部 ヴァイザード・リリィ
----
渾身の力で振り下ろされた怨鉄骨髄は横方向の衝撃に弾かれ、廃墟の壁に突き立った。
ヒルデガルドがエアロチャクラムを倒れた状態から振りまわし、怨鉄骨髄を叩いたのだ。そのままその勢いを利用してヒルデガルドは体勢を整える。
「っ……。必殺のタイミングと思ったのだがな」
悔しそうに、しかし嬉しそうに笑う藤代。
「まあいい。まだまだ楽しめるのは私にとって嬉しいことだ……。久々の強敵だ。こう早く終わっては困る」
「……くふふっ」
ヒルデガルドも笑う。
「なるほど、貴女も楽しいか。そうだろう! 我らは武装神姫。戦うために生まれた存在だ!」
「……くふふっ。もちろん楽しいですわ」
ゆっくりとヒルデガルドは立ち上がる。そして、まだ顔に引っかかっていたルナピエナガレットを素手で掴み――
「ですが、ワタクシは戦うことが好きなのではありませんの――」
――握砕した。粉々になったバイザーは0と1に分解され、データの海に消えていく。
露わになった紫水晶色の目が恍惚の表情に眇められる。
「――勝つことが好き。勝つことが楽しいのですわ」
「……愚かな。結果のみ求める者に碌な者はおらんぞ?」
「かまいませんわ。――もっとも、『彼女』は戦うこと自体あまり得意ではありませんが、ワタクシは違いますわ。全力でお相手いたしますわ、お武家様」
瞬間、地を蹴る。二体の神姫の距離があっという間に零になる。
「!!」
あまりのスピードに藤代は対処が遅れた。
ハイマニューバトライク型であるイーダ型は機動力には確かに定評があるが、ここまでの瞬発力は藤代にとっては前代未聞だった。
藤代はとっさに為虎添翼を眼前に立てる。
刃がかみ合う硬質音。エアロヴァジュラと為虎添翼がぶつかり合った音だ。
「……ここまでの瞬発力を出せるとは。ようやく本気になったということか?」
「本気? ……そうですわね。勝つためにワタクシはおりますの。ゆえにワタクシは常に本気ですわ」
――エアロチャクラムがノーモーションで振られる。身を引くことが敵わず、藤代は宙を舞った。
「がっ!?」
バーチャルの空を高く舞い上がり、背中から地面に叩きつけられる。
「ぐ……くそっ」
起き上がろうとする藤代。しかしそれは直後に上から飛びかかってきたヒルデガルドに押さえられた。
「ぐっ!」
エアロチャクラムで両手首を掴まれ、地面に押さえつけられる。ヒルデガルドはエアロヴァジュラを逆手に握り、藤代の喉に突きつけていた。
「……どうした? 獲物の前で舌なめずりとは。さっさと首を切るといい」
「……くふ、くふふっ。負けが決まっても、強気な御方……。ますます気に入りましたわ」
ヒルデガルドはそう言うとエアロヴァジュラを藤代の首筋のすぐ横に突きたてたそして――
「!?」
「いつまでそんな強気でいられるか――試させていただきますわ?」
「――っ! むぐっ!?」
――藤代の唇を、自身のそれで塞いだ。
たっぷり十秒近く口づけを交わした後、ヒルデガルドは顔を離す。
藤代はあまりの出来事に声が出ない。
「な!? な、何――」
「貴女はワタクシの獲物――。ならば、ワタクシがどう料理しようと、ワタクシの勝手でしょう? 御安心なさいな、美味しく食べて差し上げますわ」
ヒルデガルドの右袖飾りが展開し、中の機構をむき出しにする。その起動を確認した後、ヒルデガルドは右手で藤代の身体をまさぐりはじめた。
「きっ貴様っ! 自分が何をっやっているのかっ……くぅっ、わかっているのか!?」
「勿論ですわ。さあ、早く貴女の声をお聞かせくださいな――」
「や、やめ――ひぅっ!? ふぁっ! やぁっ!?」
突如として始まった羞恥劇に、藤代はエアロチャクラムを振りほどこうともがくが、ヒルデガルドが藤代に触れるたび、藤代から力が抜けていく。
外では彼女たちのマスターが何か騒いでいたが、ヒルデガルドにとってはそれは些末事以下であった。
「くふ、くふふっ。くふふふふっ……」
「い、嫌だっ! 嫌だ! やめろ、やめろっ! やめっ、おねがい、やめてぇっ……」
藤代の願いむなしく、ヒルデガルドの指は彼女の身体の隅々までを舐めつくし、凌辱する。
そして、それが秘部に到達しようとしたときだった。
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!
――Surrender A side. Winner Hildegard.
藤代側のサレンダー。ジャッジの審判が下ると同時に、藤代の身体は0と1へと変換され、バーチャルの空へと還っていく。
それを見送り、ヒルデガルドは先ほどまで藤代を嬲っていた右手を舐めて、呟いた。
「もう、あと少しの所でしたのに――無粋な殿方ですこと」
◆◇◆
――「また」やった……。
俺――如月幸人は筐体の前で頭を抱えた。
周囲で観戦していた他の神姫やそのマスター達はこちらをみて苦笑ともとれないような微妙な表情をしている。
その顔は全て「相手も可哀そうに――運が悪かったなあ」と語っていた。
筐体の向こう側では、紅緒型の神姫――確か藤代、といったか――のマスターが泣き崩れる彼女を必死に慰めていた。
「主っ……主ぃっ……。私、汚れてしまいました……。この身を全て主に捧げ、永久の忠誠を誓ったのに……」
「藤代っ!? 藤代! 大丈夫だ! あれは全てバーチャル空間での出来事だ! お前の身体には一片の汚れもない! あとその言い方は俺に激しい誤解が生まれるからやめてね!」
「あのイーダ型に触れられた感触が、今でも……。こんな汚れた身体では、もう主にお仕えすること叶いません。主、貴方を残して先に逝く私をお許しください――」
「藤代――ッ!?」
……なんだかすごいことになってる。
こちらが指示したことではないと言え――ひっじょーに申し訳なくなってくるが、やっぱり謝るべきだよなあ……。
――こちら側のインサートポッドが開き、中から相棒――ハイマニューバトライク、イーダ・ストラダーレ型「ヒルデガルド」が姿を見せる。
バーチャル空間で壊されたルナピエナガレットは何事もなかったかのように彼女の顔面を覆っていた。
俺とヒルダとの目が合う――正確にはバイザー越しにだが――。ヒルダは筐体の向こう側の惨状を見やり、俺を見やり、もう一度向こう側の惨状を見て、呟いた。
「……マスター。私、また――」
「――そう。『また』、やった」
それを聞くや否や、ヒルダは脱兎のごとく駈け出した。
全長五メートルほどの筐体の上を全力疾走して向こう側にたどり着くと、その勢いそのまま――
「――申し訳ありませんでしたわっ!」
――スライディング土下座をした。
一瞬の事に、藤代も、彼女もマスターもぽかんとしている。
「私、貴女にとんでもないことを……。本っ当に申し訳ありませんでしたわ!」
「え、あの、いや……」
藤代はマスターの後ろに隠れておびえている。一方のマスターはバーチャル空間でのヒルダと、今目の前で土下座をしているイーダ・ストラダーレのギャップに追いつけず、目を白黒させていた。
そしてその流れでこちらを見られても、俺も困るのだが。
「あー、えっと、どうもうちのヒルダがご迷惑をおかけしました……」
俺も頭を下げる。神姫の不出来はマスターのそれだ。
それに言っちゃああれだが――ヒルダの巻き起こす騒動に頭を下げるのも、ここ一カ月で慣れた。悲しいことだが。
「あの、いや、その……どういうこと?」
藤代のマスターは周囲のギャラリーに説明を求めた。観客たちは苦笑して互いに顔を見合わせるだけである。
「まあ、挑んだ相手が悪かったよな」
「正直、こうなる予感はしてたもんね」
「ヴァイザードの仮面をはがすなってのは、なんつーか、もうここの常識だよな」
口々に言い合うギャラリーの言葉を聞き、藤代のマスターの頭にさらに疑問符が浮かぶ。
極めつけは、ヒルダの放った一言だった。
「……責任を取れ、とおっしゃるのであれば、従いますわ。藤代様。私のこと、どうかお好きなように――」
「ひっ――!」
それを聞いた瞬間、藤代はガタガタと震えだした。
先ほどの恐怖がよみがえったのか、それとも先ほどとはまったく違うヒルダの性格のギャップに恐怖を覚えたのか。
藤代はマスターの手から飛び降り、ゲーセンの入口へと逃げだした。
「うわああああああああん!」
「ま、待て! 待つんだ! 藤代――!」
当然、それを追いかけて彼女のマスターもいなくなる。
残ったのは三つ指ついて土下座していたヒルダと、天井を仰いでため息をつく俺。そして、それを見守るギャラリー達だけだった。
「……ヒルダ、戻ってこい」
「……はいですわ」
しょんぼりと肩を落としてすごすごとヒルダは戻ってくる。足元にたどり着いた彼女を拾い上げ、胸ポケットに仕舞うと俺は荷物を手に取った。
「……どうして、私はこうなんでしょうか」
「……俺に聞かれてもなあ……」
「今の私、普通ですわよね? なのに、外れてしまうとどうしてああなってしまうんでしょう」
「…………俺に聞かれてもなあ…………」
そんなすでに二十以上は繰り返した問答を今日も繰り返しながら、近くのファストフード店で待っているであろう連れと合流すべく、俺たちもゲーセンを後にする。
――俺の神姫は、バイザーを外すと性格が豹変する、世にも珍しい二重人格の神姫だった。
◆◇◆
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剣と剣がぶつかり合う音が、廃墟に響き渡る。
片刃の長剣、エアロヴァジュラでと長槍の破邪顕正をはじきあげ、HMT型イーダ・ストラダーレ――個体名ヒルデガルドは距離をとった。
対する侍型紅緒――個体名藤代は地面を蹴り、こちらに一気に距離を詰め、長槍を突き出してくる。体勢を立て直す暇を与えないつもりのようだ。
『エアロチャクラムで受け流せ』
「はいですわ!」
マスターからの指示を受け、ヒルデガルドは左側のエアロチャクラムを瞬時に操作する。
パンチを打つように突き出したエアロチャクラムの表面装甲を破邪顕正が薄く削りながら流れていった。
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――西暦2036年。
第三次世界大戦もなく、宇宙人の襲来もなかった、現在からつながる当たり前の未来。
その世界ではロボットが日常的に存在し、様々な場面で活躍していた。
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「そこっ!」
藤代の体勢が流れたところで、エアロヴァジュラを一閃。しかし、右肩の鎧部分を斬り飛ばすだけに終わる。――藤代がとっさに槍の石突をつかってこちらをヒルデガルドを殴りつけたからだ。
「うっ!」
「危ない危ない。だが、勝負はこれからだ!」
藤代は再び距離を詰めてくる。武装は破邪顕正から為虎添翼と怨鉄骨髄へと変わっていた。手数を重視し、こちらを押しこむ腹のようだ。
「そらそらそら!」
「くううっ!」
ヒルデガルドはエアロヴァジュラを一度放棄。エアロチャクラムを両手で操り藤代の連撃を捌いていくが、鋭い刃を持つ二振りの小太刀は容赦なく装甲を削り取っていく。
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――神姫、そしてそれは、全高15cmのフィギュアロボである。“心と感情”を持ち、最も人々の近くにいる存在。
多様な道具・機構を換装し、オーナーを補佐するパートナー。
その神姫に人々は思い思いの武器・装甲を装備させ、戦わせた。名誉のために、強さの証明のために、あるいはただ勝利のために。
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「どうしたどうした! 懐に入り込まれては手も足も出ないか!?」
「……っ、うるさいですわ! えいっ!」
轟、という音を従えてヒルデガルドはエアロチャクラムを振りぬく。しかし、藤代は半身になってそれを受け流すと、為虎添翼を下から振りぬいた。
懐深くに入りこまれたせいか、ヒルデガルドは咄嗟に体をそらしたが、為虎添翼の剣先がヒルデガルドの頭部に装着されていたルナピエナガレットを叩き割る。
「あっ……」
そのまま体勢を崩し、倒れるヒルデガルド。藤代は勝利を確信した。
「これで終わりだっ――首級、頂戴!」
仰向けに倒れたヒルデガルドに、藤代は逆手に握った怨鉄骨髄を振り下ろした。
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オーナーに従い、武装し戦いに赴く彼女らを、人は『武装神姫』と呼ぶ――。
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第一部 ヴァイザード・リリィ
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渾身の力で振り下ろされた怨鉄骨髄は横方向の衝撃に弾かれ、廃墟の壁に突き立った。
ヒルデガルドがエアロチャクラムを倒れた状態から振りまわし、怨鉄骨髄を叩いたのだ。そのままその勢いを利用してヒルデガルドは体勢を整える。
「っ……。必殺のタイミングと思ったのだがな」
悔しそうに、しかし嬉しそうに笑う藤代。
「まあいい。まだまだ楽しめるのは私にとって嬉しいことだ……。久々の強敵だ。こう早く終わっては困る」
「……くふふっ」
ヒルデガルドも笑う。
「なるほど、貴女も楽しいか。そうだろう! 我らは武装神姫。戦うために生まれた存在だ!」
「……くふふっ。もちろん楽しいですわ」
ゆっくりとヒルデガルドは立ち上がる。そして、まだ顔に引っかかっていたルナピエナガレットを素手で掴み――
「ですが、ワタクシは戦うことが好きなのではありませんの――」
――握砕した。粉々になったバイザーは0と1に分解され、データの海に消えていく。
露わになった紫水晶色の目が恍惚の表情に眇められる。
「――勝つことが好き。勝つことが楽しいのですわ」
「……愚かな。結果のみ求める者に碌な者はおらんぞ?」
「かまいませんわ。――もっとも、『彼女』は戦うこと自体あまり得意ではありませんが、ワタクシは違いますわ。全力でお相手いたしますわ、お武家様」
瞬間、地を蹴る。二体の神姫の距離があっという間に零になる。
「!!」
あまりのスピードに藤代は対処が遅れた。
ハイマニューバトライク型であるイーダ型は機動力には確かに定評があるが、ここまでの瞬発力は藤代にとっては前代未聞だった。
藤代はとっさに為虎添翼を眼前に立てる。
刃がかみ合う硬質音。エアロヴァジュラと為虎添翼がぶつかり合った音だ。
「……ここまでの瞬発力を出せるとは。ようやく本気になったということか?」
「本気? ……そうですわね。勝つためにワタクシはおりますの。ゆえにワタクシは常に本気ですわ」
――エアロチャクラムがノーモーションで振られる。身を引くことが敵わず、藤代は宙を舞った。
「がっ!?」
バーチャルの空を高く舞い上がり、背中から地面に叩きつけられる。
「ぐ……くそっ」
起き上がろうとする藤代。しかしそれは直後に上から飛びかかってきたヒルデガルドに押さえられた。
「ぐっ!」
エアロチャクラムで両手首を掴まれ、地面に押さえつけられる。ヒルデガルドはエアロヴァジュラを逆手に握り、藤代の喉に突きつけていた。
「……どうした? 獲物の前で舌なめずりとは。さっさと首を切るといい」
「……くふ、くふふっ。負けが決まっても、強気な御方……。ますます気に入りましたわ」
ヒルデガルドはそう言うとエアロヴァジュラを藤代の首筋のすぐ横に突きたてたそして――
「!?」
「いつまでそんな強気でいられるか――試させていただきますわ?」
「――っ! むぐっ!?」
――藤代の唇を、自身のそれで塞いだ。
たっぷり十秒近く口づけを交わした後、ヒルデガルドは顔を離す。
藤代はあまりの出来事に声が出ない。
「な!? な、何――」
「貴女はワタクシの獲物――。ならば、ワタクシがどう料理しようと、ワタクシの勝手でしょう? 御安心なさいな、美味しく食べて差し上げますわ」
ヒルデガルドの右袖飾りが展開し、中の機構をむき出しにする。その起動を確認した後、ヒルデガルドは右手で藤代の身体をまさぐりはじめた。
「きっ貴様っ! 自分が何をっやっているのかっ……くぅっ、わかっているのか!?」
「勿論ですわ。さあ、早く貴女の声をお聞かせくださいな――」
「や、やめ――ひぅっ!? ふぁっ! やぁっ!?」
突如として始まった羞恥劇に、藤代はエアロチャクラムを振りほどこうともがくが、ヒルデガルドが藤代に触れるたび、藤代から力が抜けていく。
外では彼女たちのマスターが何か騒いでいたが、ヒルデガルドにとってはそれは些末事以下であった。
「くふ、くふふっ。くふふふふっ……」
「い、嫌だっ! 嫌だ! やめろ、やめろっ! やめっ、おねがい、やめてぇっ……」
藤代の願いむなしく、ヒルデガルドの指は彼女の身体の隅々までを舐めつくし、凌辱する。
そして、それが秘部に到達しようとしたときだった。
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!
――Surrender A side. Winner Hildegard.
藤代側のサレンダー。ジャッジの審判が下ると同時に、藤代の身体は0と1へと変換され、バーチャルの空へと還っていく。
それを見送り、ヒルデガルドは先ほどまで藤代を嬲っていた右手を舐めて、呟いた。
「もう、あと少しの所でしたのに――無粋な殿方ですこと」
◆◇◆
――「また」やった……。
俺――如月幸人は筐体の前で頭を抱えた。
周囲で観戦していた他の神姫やそのマスター達はこちらをみて苦笑ともとれないような微妙な表情をしている。
その顔は全て「相手も可哀そうに――運が悪かったなあ」と語っていた。
筐体の向こう側では、紅緒型の神姫――確か藤代、といったか――のマスターが泣き崩れる彼女を必死に慰めていた。
「主っ……主ぃっ……。私、汚れてしまいました……。この身を全て主に捧げ、永久の忠誠を誓ったのに……」
「藤代っ!? 藤代! 大丈夫だ! あれは全てバーチャル空間での出来事だ! お前の身体には一片の汚れもない! あとその言い方は俺に激しい誤解が生まれるからやめてね!」
「あのイーダ型に触れられた感触が、今でも……。こんな汚れた身体では、もう主にお仕えすること叶いません。主、貴方を残して先に逝く私をお許しください――」
「藤代――ッ!?」
……なんだかすごいことになってる。
こちらが指示したことではないと言え――ひっじょーに申し訳なくなってくるが、やっぱり謝るべきだよなあ……。
――こちら側のインサートポッドが開き、中から相棒――ハイマニューバトライク、イーダ・ストラダーレ型「ヒルデガルド」が姿を見せる。
バーチャル空間で壊されたルナピエナガレットは何事もなかったかのように彼女の顔面を覆っていた。
俺とヒルダとの目が合う――正確にはバイザー越しにだが――。ヒルダは筐体の向こう側の惨状を見やり、俺を見やり、もう一度向こう側の惨状を見て、呟いた。
「……マスター。私、また――」
「――そう。『また』、やった」
それを聞くや否や、ヒルダは脱兎のごとく駈け出した。
全長五メートルほどの筐体の上を全力疾走して向こう側にたどり着くと、その勢いそのまま――
「――申し訳ありませんでしたわっ!」
――スライディング土下座をした。
一瞬の事に、藤代も、彼女もマスターもぽかんとしている。
「私、貴女にとんでもないことを……。本っ当に申し訳ありませんでしたわ!」
「え、あの、いや……」
藤代はマスターの後ろに隠れておびえている。一方のマスターはバーチャル空間でのヒルダと、今目の前で土下座をしているイーダ・ストラダーレのギャップに追いつけず、目を白黒させていた。
そしてその流れでこちらを見られても、俺も困るのだが。
「あー、えっと、どうもうちのヒルダがご迷惑をおかけしました……」
俺も頭を下げる。神姫の不出来はマスターのそれだ。
それに言っちゃああれだが――ヒルダの巻き起こす騒動に頭を下げるのも、ここ一カ月で慣れた。悲しいことだが。
「あの、いや、その……どういうこと?」
藤代のマスターは周囲のギャラリーに説明を求めた。観客たちは苦笑して互いに顔を見合わせるだけである。
「まあ、挑んだ相手が悪かったよな」
「正直、こうなる予感はしてたもんね」
「ヴァイザードの仮面をはがすなってのは、なんつーか、もうここの常識だよな」
口々に言い合うギャラリーの言葉を聞き、藤代のマスターの頭にさらに疑問符が浮かぶ。
極めつけは、ヒルダの放った一言だった。
「……責任を取れ、とおっしゃるのであれば、従いますわ。藤代様。私のこと、どうかお好きなように――」
「ひっ――!」
それを聞いた瞬間、藤代はガタガタと震えだした。
先ほどの恐怖がよみがえったのか、それとも先ほどとはまったく違うヒルダの性格のギャップに恐怖を覚えたのか。
藤代はマスターの手から飛び降り、ゲーセンの入口へと逃げだした。
「うわああああああああん!」
「ま、待て! 待つんだ! 藤代――!」
当然、それを追いかけて彼女のマスターもいなくなる。
残ったのは三つ指ついて土下座していたヒルダと、天井を仰いでため息をつく俺。そして、それを見守るギャラリー達だけだった。
「……ヒルダ、戻ってこい」
「……はいですわ」
しょんぼりと肩を落としてすごすごとヒルダは戻ってくる。足元にたどり着いた彼女を拾い上げ、胸ポケットに仕舞うと俺は荷物を手に取った。
「……どうして、私はこうなんでしょうか」
「……俺に聞かれてもなあ……」
「今の私、普通ですわよね? なのに、外れてしまうとどうしてああなってしまうんでしょう」
「…………俺に聞かれてもなあ…………」
そんなすでに二十以上は繰り返した問答を今日も繰り返しながら、近くのファストフード店で待っているであろう連れと合流すべく、俺たちもゲーセンを後にする。
――俺の神姫は、バイザーを外すと性格が豹変する、世にも珍しい二重人格の神姫だった。
◆◇◆
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