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「第2話 『奥様は神姫』 Bパート」(2011/02/06 (日) 03:36:01) の最新版変更点
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「――さてと」
愛する旦那を見送った後、ダイニングでスミレは1人呟く。
「…………まずは、証拠隠滅と」
食事の間、ずっとカーテンで覆い隠されていたキッチン。その惨状は、目を覆わんばかりだった。
***~Bパート~
コンロの周囲は、卵の各種残骸やら彼女がフライパンから脱出した時に出来た油汚れといったものが、無残な惨状を晒している。
「最初はゴミ捨て……ですね」
スミレはキッチンにある、色々な料理道具が掛けられた道具置きから、シリコン製のヘラを手に取る。
「よいしょ……っと。いきますっ」
そしてキッチン上に溢れかえる、嘗て食材だったモノたちを、雪かきするように一気に掃除していく。
「てあーっ」
くねくねと曲がったコースを取り、ゴミをどんどんかき集めていく。そして段々と重くなっていくヘラを、力を込めて押していく。
「最後の……仕上げですっ!」
スミレはシンクの隅にある三角コーナーへ溜まりにたまったゴミを落とそうと、渾身の力を込めて押し切る。
そして大量のゴミは三角コーナーの中へと、吸い込まれるように落下していく。
「ふぅ、これでOK……って、いにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そして当然のように、全力で押したスミレはブレーキを掛ける事も出来ず、一緒に三角コーナーの中へ落下していく。
「あぅぅ、また酷い目にあいました……」
なんとか三角コーナーの中から脱出したスミレ。身体にくっついたゴミを掃い、絞ったタオルで軽く拭き取ってから、クンクンと身体の臭いを嗅いでみる。
「うー……ちょっと臭うかも」
つい1時間前に石鹸の香りがする清潔な身体になったというのに、再び芳しくない臭いがスミレの身体についてしまっていた。
「でも今は、お掃除優先ですっ。……どうせまた汚れちゃうかもしれないし」
……既に諦めの境地に入ってきているらしい。
「次は拭き掃除……。雑巾じゃ持てないから、モップっと」
今度はフィギュア用の1/12サイズのモップを流し台の隅から取り出し、ゴシゴシと掃除にとりかかる。
「うー……頑固な油汚れです。全く、誰に似たのでしょう」
そんな事を呟きながらも、スミレは真剣に掃除を続ける。
「汚れ落ちてくのって、楽しいかも……うふふふ」
……そして、数時間。
「ふー……お掃除完了です」
遣り遂げた漢の顔で、満足げに額の汗をぬぐうスミレ。
地獄のような惨状だったキッチンは、元の綺麗な姿を完全に取り戻していた。ステンレス製のシンクは鏡かと思えるほどの輝きが満ち溢れ、食器類は全て綺麗に整理整頓。ついでのように始めたガラス拭きの成果は、ガラスが存在しないのではないかと思えるほどに透き通らせていた。
「――あ、お昼とっくに過ぎちゃってますね。でもお腹は……空かないから、いいよね」
時計は既に午後を指しており、閉めたままのカーテンの隙間からは日中の爽やかな日の光が覗いている。
スミレはテーブルの上に置かれたリモコンスイッチを押して、カーテンを開け放ち、暖かい春の日差しを室内に呼び入れる。
「今日も……良い天気」
遠い空の彼方にある何かを見つめているかのように、ぼんやりと青空を眺める。
「……あ、お風呂入らなきゃ。ちゃんと清潔なカラダになって、兄さまをお迎えしないと……うふふ」
急に恍惚とした表情になったかとおもいきや、そのまま風呂場へ足を向けるスミレ。……色々と妄想が入ってるらしい。
「――ぁ、そうだ」
「ふー。お風呂って、やっぱりいいですね」
浴槽の中で大きく伸びをして、ゆったりとくつろぐスミレ。
見上げる彼女の視線の先には、何処までも続く広大な青空が広がっている。
「ベランダに持ち出して正解でした。露天みたいで気持ちいいです」
彼女はドール用の風呂をベランダに持ち出して、昼間の露天風呂と洒落込んでいた。
「うふふ、お肌もすべすべになりそう。神姫だとちょっとの量でいいから良いですね」
更にそのお湯は、純度100%の牛乳風呂。暖めた牛乳の甘い香りが、スミレの嗅覚を心地よくくすぐる。
「此処10階だから回りも気にしなくていいし。あぁ、本当に気持ちいい……」
スミレはゆっくりと瞳を閉じて、柔らかな日差しや、小鳥の鳴き声、微かな雑踏……そういった日常のざわめきをBGMに、張り詰めていた精神を開放していく。
「――――ん」
どれくらい、そうしていたのだろうか。少し眠っていたのかもしれない。
「……にゃ」
「…………にゃ」
「………………にゃ」
彼女の聴覚に聞こえてくるのは、ぴちゃぴちゃという湿った水音と、何かの鳴き声。
「何よ……人がいい気分でいるの……に。っひひゃぁ!?」
覚醒しつつあった彼女の神経に、強烈な悪寒が突き抜ける。ザラリとした生暖かい何かが、彼女の素肌を犯してきたのだ。
「な、な、なんでございますかぁっ!?」
慌てて覚醒し、周囲の状況を確かめようとするスミレ。その彼女の前にいたのは……
「なーぅ」
……猫だった。
「ひっ!?」
スミレと猫の距離、僅か5cm。
まさに顔をつき合わせているような状態で、スミレの頭の中には生命の危機がよぎる。何しろ神姫にとっては猫であっても、人間にとってのライオン以上に巨大な生物なのだから。
「にゃーぅ」
だが猫は、そんなスミレの事など眼中にないのか、ペロペロと美味しそうに風呂の水……つまり牛乳を脇目も振らずに飲んでいる。
「な、コレ飲んじゃダメですってばっ! あ、あっち行ってくださいっ」
自分よりはるかに大きな猫に怯えながらも、手で必死に『あっちいけ』のポーズをするスミレ。
だが猫は全く意に介しない。そしてピチャピチャと牛乳を舐めつづけていた舌が、チロリとスミレの肌に触れる。
「ぃ!? いにゃぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」
「にぎゃぁ!?」
一階まで届きそうなほどの絶叫。それはまるで音波兵器の如く。
そのジャイ○ンも真っ青な絶叫に驚いた猫は、飛び上がって退散していく。
「……た、助かりまし……た」
湯量が半分以下に減った風呂の中、ずるずると崩れ落ちるスミレ。その顔は呆けきり、目の焦点は完全にブレている。
『ピンポーン』
そんな中、玄関のチャイムが鳴る。
『すいません。サトーココノカドーの者ですが、配送をお届けに参りました』
ドアホンの機能がONになり、リビングに配達員の声が響く。
「あっ!。いっけない、忘れてましたっ!」
今日の食材を頼んであった事をすっかり忘れていたスミレは、浴槽の隣に留めてあったソーサーに慌てて飛び乗り、玄関へ急ぐ。
「すいませーん、今開けますからっ」
ドアホンの操作パネルでマンション入り口のオートロックと自分の家の鍵を解除し、業者がやってくるのを待つ。
そして然程時を置かずに、玄関のドアが開く。
「毎度、ありがとうございます。お届けにあがりました」
見慣れた年配の配達員が、ダンボールの荷物を抱えて現れる。
「ご苦労様です。えぇとサインを……」
毎日の事なので、スミレも手馴れた動きで、配達員が置いたダンボールの上に移動して降り立ち、伝票にサインを書いていく。
「……はい、ありがとうね。それじゃまた」
最近は1人暮らしの家を中心に、神姫に留守番をさせてこういった処理をさせる家も増えてきてるらしく、配達員も慣れた顔である。
だが今日は、出て行くときに微妙に首を傾げてはいたのだが。
「ふぅ……なんとか間に合いました。再配達になってしまっては、お夕飯に間に合いませんからね」
一息つくスミレ。
「……あれ?」
そして、ふと気づく。ダンボールが妙に濡れている事に。
「お外雨でもない……し…………って」
そして、さらに気づく。
「わ、わたし裸でっ!? いやあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
……当然、風呂に入る時点でスーツは脱ぐ。
そしてパニック状態の彼女は、とにかく宅配便に出なければという思いのまま突進し、そしてこの結果である。
「うぅぅ……もうおヨメにいけません」
ガックリと崩れ落ちるスミレ。もう既にお嫁に行っているじゃないかと言う突っ込みをする者は、今は居ない。
「――ただいま~」
今日も日々の激務を終えて、愛する妻の待つ家へと帰宅する勇人。
「あれ?」
だがそんな彼を出迎えたのは、灯りの点いていないシンと沈んだ家だった。
「おーい、スミ……」
「…………」
言いかけて、気づく。玄関に放置されたままのダンボール箱の中から、微かな声が聞こえてくるのを……
「スミレ、どうしたんだ?」
出来る限り優しい声で、ダンボール箱に語りかける。
「……兄さま。私……、裸を……男の人に…………見られて…………」
シクシクという泣き声交じりに、か細いスミレの声がダンボールの中から響いてくる。
「男って……まさか!? だ、誰だ!」
「…………配達員の人です」
最悪の事態も覚悟した勇人だったが、その余りの素っ頓狂な返事にずっこけそうになる。
勇人もよく知る、毎日届けに来る配達員は人当たりの良い壮年の男性で、間違ってもそういった事を起こすようなタイプではない。よく見ればダンボールの上や廊下に転々と続く乾いた白い染みが出来ており、風呂かシャワー中のスミレが慌てて飛び出してきたのだろうという事は、想像に難くない。
「何時ものオジさんじゃないか、気にするなよ。
――それに向こうからしてみたら、ただの神姫にしか見えないって」
スミレを慰めようとして言った一言。
「…………兄さまも、そうなんですか」
だがダンボールの中から帰ってきた声は、今までとは明らかに異質なものだった。
「兄さまも……私の裸を見ても…………神姫だからって、そう、思うんですか」
「スミレ……」
「そう、ですよね……。私は、神姫なんです。脱いでも所詮、機械の身体です。
こんな私じゃ、兄さまを満足させてあげる事なんて……やっぱり、無理なんですよ、ね」
「違うっ!!!」
「兄……さま?」
普段の優しい勇人からは想像も出来ない叫びに、思わずダンボールから顔を覗かせるスミレ。
「神姫とか人間とか……そんなのは関係ない。俺はスミレだから……スミレの心が好きだから、結婚したんだ!」
「あぁ……兄さま……」
「それに……毎日そんな過激な格好してて、俺が何も感じないとでも思ってたのか。
スミレの可愛いくて少しえっちなその姿に、もう俺は……毎日、その……メロメロなんだぞ」
最後は流石に気恥ずかしくなったらしく、ボソボソとした情けない喋りになる勇人。
「裸だってそうさ。愛しいスミレの裸だから見たいし……興奮だって、するんだ」
「兄さま……。私、嬉しい」
スミレのつぶらな瞳から、ボロボロと大粒の涙がとめどなく溢れる。感情の波に押され、幸せの雫が零れ落ちていく。
……そして箱の中から、静かにスミレが現れる。その身に纏うのは、扇情的な藍色のボンテージ。
「兄さま。見ててください……私の、全てを」
そして彼女は、身も心も、その全てを、彼に曝け出し捧げるかのように、身に纏う薄布を、ゆっくりと脱ぎ捨てていった。
「……以上が披検体、通称『プロト・ワン』の1日の観察レポートです」
冷徹な女の声が、暗い部屋に響く。
「ご苦労様。――所で、この後の本番の映像はどうしたのかしら?」
その上段で、モニターを眺める、別の女。
「……申し訳ありませんお嬢様。――実は、撮影担当がバッテリーを切らしまして」
「――ほぅ」
扇子で隠されたその唇が、軽く歪む。
「わ、わたくしだって精一杯頑張ったのですのよっ! ふ、不慮の事態なのですわ……っ」
「そう…………」
彼女は腐った蜜柑を見るような目で、失敗した女を眺めていたが、やがて、にこりと笑い。
「貴女、お仕置き♪」
「そ、そんなっ。いやですわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
失敗した女は、報告をしていた女に引きずられ、その場から消えていった。
「プロト・ワン……スミレさんと仰いましたか。良い玩具になりそうですわ……ね」
呟く女の顔には、禍々しいばかりの微笑が、危険に浮かんでいた。
[[続く>第2話『看護な日々』Aパート]]
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「――さてと」
愛する旦那を見送った後、ダイニングでスミレは1人呟く。
「…………まずは、証拠隠滅と」
食事の間、ずっとカーテンで覆い隠されていたキッチン。その惨状は、目を覆わんばかりだった。
***~Bパート~
コンロの周囲は、卵の各種残骸やら彼女がフライパンから脱出した時に出来た油汚れといったものが、無残な惨状を晒している。
「最初はゴミ捨て……ですね」
スミレはキッチンにある、色々な料理道具が掛けられた道具置きから、シリコン製のヘラを手に取る。
「よいしょ……っと。いきますっ」
そしてキッチン上に溢れかえる、嘗て食材だったモノたちを、雪かきするように一気に掃除していく。
「てあーっ」
くねくねと曲がったコースを取り、ゴミをどんどんかき集めていく。そして段々と重くなっていくヘラを、力を込めて押していく。
「最後の……仕上げですっ!」
スミレはシンクの隅にある三角コーナーへ溜まりにたまったゴミを落とそうと、渾身の力を込めて押し切る。
そして大量のゴミは三角コーナーの中へと、吸い込まれるように落下していく。
「ふぅ、これでOK……って、いにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そして当然のように、全力で押したスミレはブレーキを掛ける事も出来ず、一緒に三角コーナーの中へ落下していく。
「あぅぅ、また酷い目にあいました……」
なんとか三角コーナーの中から脱出したスミレ。身体にくっついたゴミを掃い、絞ったタオルで軽く拭き取ってから、クンクンと身体の臭いを嗅いでみる。
「うー……ちょっと臭うかも」
つい1時間前に石鹸の香りがする清潔な身体になったというのに、再び芳しくない臭いがスミレの身体についてしまっていた。
「でも今は、お掃除優先ですっ。……どうせまた汚れちゃうかもしれないし」
……既に諦めの境地に入ってきているらしい。
「次は拭き掃除……。雑巾じゃ持てないから、モップっと」
今度はフィギュア用の1/12サイズのモップを流し台の隅から取り出し、ゴシゴシと掃除にとりかかる。
「うー……頑固な油汚れです。全く、誰に似たのでしょう」
そんな事を呟きながらも、スミレは真剣に掃除を続ける。
「汚れ落ちてくのって、楽しいかも……うふふふ」
……そして、数時間。
「ふー……お掃除完了です」
遣り遂げた漢の顔で、満足げに額の汗をぬぐうスミレ。
地獄のような惨状だったキッチンは、元の綺麗な姿を完全に取り戻していた。ステンレス製のシンクは鏡かと思えるほどの輝きが満ち溢れ、食器類は全て綺麗に整理整頓。ついでのように始めたガラス拭きの成果は、ガラスが存在しないのではないかと思えるほどに透き通らせていた。
「――あ、お昼とっくに過ぎちゃってますね。でもお腹は……空かないから、いいよね」
時計は既に午後を指しており、閉めたままのカーテンの隙間からは日中の爽やかな日の光が覗いている。
スミレはテーブルの上に置かれたリモコンスイッチを押して、カーテンを開け放ち、暖かい春の日差しを室内に呼び入れる。
「今日も……良い天気」
遠い空の彼方にある何かを見つめているかのように、ぼんやりと青空を眺める。
「……あ、お風呂入らなきゃ。ちゃんと清潔なカラダになって、兄さまをお迎えしないと……うふふ」
急に恍惚とした表情になったかとおもいきや、そのまま風呂場へ足を向けるスミレ。……色々と妄想が入ってるらしい。
「――ぁ、そうだ」
「ふー。お風呂って、やっぱりいいですね」
浴槽の中で大きく伸びをして、ゆったりとくつろぐスミレ。
見上げる彼女の視線の先には、何処までも続く広大な青空が広がっている。
「ベランダに持ち出して正解でした。露天みたいで気持ちいいです」
彼女はドール用の風呂をベランダに持ち出して、昼間の露天風呂と洒落込んでいた。
「うふふ、お肌もすべすべになりそう。神姫だとちょっとの量でいいから良いですね」
更にそのお湯は、純度100%の牛乳風呂。暖めた牛乳の甘い香りが、スミレの嗅覚を心地よくくすぐる。
「此処10階だから回りも気にしなくていいし。あぁ、本当に気持ちいい……」
スミレはゆっくりと瞳を閉じて、柔らかな日差しや、小鳥の鳴き声、微かな雑踏……そういった日常のざわめきをBGMに、張り詰めていた精神を開放していく。
「――――ん」
どれくらい、そうしていたのだろうか。少し眠っていたのかもしれない。
「……にゃ」
「…………にゃ」
「………………にゃ」
彼女の聴覚に聞こえてくるのは、ぴちゃぴちゃという湿った水音と、何かの鳴き声。
「何よ……人がいい気分でいるの……に。っひひゃぁ!?」
覚醒しつつあった彼女の神経に、強烈な悪寒が突き抜ける。ザラリとした生暖かい何かが、彼女の素肌を犯してきたのだ。
「な、な、なんでございますかぁっ!?」
慌てて覚醒し、周囲の状況を確かめようとするスミレ。その彼女の前にいたのは……
「なーぅ」
……猫だった。
「ひっ!?」
スミレと猫の距離、僅か5cm。
まさに顔をつき合わせているような状態で、スミレの頭の中には生命の危機がよぎる。何しろ神姫にとっては猫であっても、人間にとってのライオン以上に巨大な生物なのだから。
「にゃーぅ」
だが猫は、そんなスミレの事など眼中にないのか、ペロペロと美味しそうに風呂の水……つまり牛乳を脇目も振らずに飲んでいる。
「な、コレ飲んじゃダメですってばっ! あ、あっち行ってくださいっ」
自分よりはるかに大きな猫に怯えながらも、手で必死に『あっちいけ』のポーズをするスミレ。
だが猫は全く意に介しない。そしてピチャピチャと牛乳を舐めつづけていた舌が、チロリとスミレの肌に触れる。
「ぃ!? いにゃぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」
「にぎゃぁ!?」
一階まで届きそうなほどの絶叫。それはまるで音波兵器の如く。
そのジャイ○ンも真っ青な絶叫に驚いた猫は、飛び上がって退散していく。
「……た、助かりまし……た」
湯量が半分以下に減った風呂の中、ずるずると崩れ落ちるスミレ。その顔は呆けきり、目の焦点は完全にブレている。
『ピンポーン』
そんな中、玄関のチャイムが鳴る。
『すいません。サトーココノカドーの者ですが、配送をお届けに参りました』
ドアホンの機能がONになり、リビングに配達員の声が響く。
「あっ!。いっけない、忘れてましたっ!」
今日の食材を頼んであった事をすっかり忘れていたスミレは、浴槽の隣に留めてあったソーサーに慌てて飛び乗り、玄関へ急ぐ。
「すいませーん、今開けますからっ」
ドアホンの操作パネルでマンション入り口のオートロックと自分の家の鍵を解除し、業者がやってくるのを待つ。
そして然程時を置かずに、玄関のドアが開く。
「毎度、ありがとうございます。お届けにあがりました」
見慣れた年配の配達員が、ダンボールの荷物を抱えて現れる。
「ご苦労様です。えぇとサインを……」
毎日の事なので、スミレも手馴れた動きで、配達員が置いたダンボールの上に移動して降り立ち、伝票にサインを書いていく。
「……はい、ありがとうね。それじゃまた」
最近は1人暮らしの家を中心に、神姫に留守番をさせてこういった処理をさせる家も増えてきてるらしく、配達員も慣れた顔である。
だが今日は、出て行くときに微妙に首を傾げてはいたのだが。
「ふぅ……なんとか間に合いました。再配達になってしまっては、お夕飯に間に合いませんからね」
一息つくスミレ。
「……あれ?」
そして、ふと気づく。ダンボールが妙に濡れている事に。
「お外雨でもない……し…………って」
そして、さらに気づく。
「わ、わたし裸でっ!? いやあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
……当然、風呂に入る時点でスーツは脱ぐ。
そしてパニック状態の彼女は、とにかく宅配便に出なければという思いのまま突進し、そしてこの結果である。
「うぅぅ……もうおヨメにいけません」
ガックリと崩れ落ちるスミレ。もう既にお嫁に行っているじゃないかと言う突っ込みをする者は、今は居ない。
「――ただいま~」
今日も日々の激務を終えて、愛する妻の待つ家へと帰宅する勇人。
「あれ?」
だがそんな彼を出迎えたのは、灯りの点いていないシンと沈んだ家だった。
「おーい、スミ……」
「…………」
言いかけて、気づく。玄関に放置されたままのダンボール箱の中から、微かな声が聞こえてくるのを……
「スミレ、どうしたんだ?」
出来る限り優しい声で、ダンボール箱に語りかける。
「……兄さま。私……、裸を……男の人に…………見られて…………」
シクシクという泣き声交じりに、か細いスミレの声がダンボールの中から響いてくる。
「男って……まさか!? だ、誰だ!」
「…………配達員の人です」
最悪の事態も覚悟した勇人だったが、その余りの素っ頓狂な返事にずっこけそうになる。
勇人もよく知る、毎日届けに来る配達員は人当たりの良い壮年の男性で、間違ってもそういった事を起こすようなタイプではない。よく見ればダンボールの上や廊下に転々と続く乾いた白い染みが出来ており、風呂かシャワー中のスミレが慌てて飛び出してきたのだろうという事は、想像に難くない。
「何時ものオジさんじゃないか、気にするなよ。
――それに向こうからしてみたら、ただの神姫にしか見えないって」
スミレを慰めようとして言った一言。
「…………兄さまも、そうなんですか」
だがダンボールの中から帰ってきた声は、今までとは明らかに異質なものだった。
「兄さまも……私の裸を見ても…………神姫だからって、そう、思うんですか」
「スミレ……」
「そう、ですよね……。私は、神姫なんです。脱いでも所詮、機械の身体です。
こんな私じゃ、兄さまを満足させてあげる事なんて……やっぱり、無理なんですよ、ね」
「違うっ!!!」
「兄……さま?」
普段の優しい勇人からは想像も出来ない叫びに、思わずダンボールから顔を覗かせるスミレ。
「神姫とか人間とか……そんなのは関係ない。俺はスミレだから……スミレの心が好きだから、結婚したんだ!」
「あぁ……兄さま……」
「それに……毎日そんな過激な格好してて、俺が何も感じないとでも思ってたのか。
スミレの可愛いくて少しえっちなその姿に、もう俺は……毎日、その……メロメロなんだぞ」
最後は流石に気恥ずかしくなったらしく、ボソボソとした情けない喋りになる勇人。
「裸だってそうさ。愛しいスミレの裸だから見たいし……興奮だって、するんだ」
「兄さま……。私、嬉しい」
スミレのつぶらな瞳から、ボロボロと大粒の涙がとめどなく溢れる。感情の波に押され、幸せの雫が零れ落ちていく。
……そして箱の中から、静かにスミレが現れる。その身に纏うのは、扇情的な藍色のボンテージ。
「兄さま。見ててください……私の、全てを」
そして彼女は、身も心も、その全てを、彼に曝け出し捧げるかのように、身に纏う薄布を、ゆっくりと脱ぎ捨てていった。
「……以上が披検体、通称『プロト・ワン』の1日の観察レポートです」
冷徹な女の声が、暗い部屋に響く。
「ご苦労様。――所で、この後の本番の映像はどうしたのかしら?」
その上段で、モニターを眺める、別の女。
「……申し訳ありませんお嬢様。――実は、撮影担当がバッテリーを切らしまして」
「――ほぅ」
扇子で隠されたその唇が、軽く歪む。
「わ、わたくしだって精一杯頑張ったのですのよっ! ふ、不慮の事態なのですわ……っ」
「そう…………」
彼女は腐った蜜柑を見るような目で、失敗した女を眺めていたが、やがて、にこりと笑い。
「貴女、お仕置き♪」
「そ、そんなっ。いやですわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
失敗した女は、報告をしていた女に引きずられ、その場から消えていった。
「プロト・ワン……スミレさんと仰いましたか。良い玩具になりそうですわ……ね」
呟く女の顔には、禍々しいばかりの微笑が、危険に浮かんでいた。
[[続く>第3話 『看護な日々』 Aパート]]
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