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「ウサギのナミダ・番外編 「LOVE&BATTLE」」(2010/07/07 (水) 23:53:28) の最新版変更点
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&bold(){LOVE&BATTLE}
□
「いい? これは真剣勝負だから。わたし、本気の本気だから」
目の前の久住菜々子さんはいつになく厳しい表情、厳しい口調で、そう宣言した。
対する俺は、訳が分からず、呆けるのみ。
「だから、遠野くんも本気で来て。そうじゃなかったら、勝てないんだからね」
「いいけど……」
「約束、きっちり守ってもらうから」
「いいんだけどさ……」
戸惑っているのは俺だけではない。
いつものように、胸ポケットに収まっているティアも、久住さんの神姫・ミスティのいつになく厳しい視線に戸惑っていた。
「ティア、今日のわたしは本気だからね。ナナコのために、本気であなたを倒しに行く」
「ええと……」
「手加減なんか絶対にしない」
「……」
ティアはもはや返す言葉もないようだ。
久住さんとミスティは、空いている筐体の向かい側の席へと歩いていく。
どうしてこうなった。
何か久住さんの気に障るようなことをしただろうか?
まったく心当たりがない。
ちなみに、今日は日曜日で、俺たちはまだゲームセンターに来たばかりで、ついいましがた、先に来ていた久住さんに対戦を申し込まれたところだった。
俺たちが戸惑うのも無理がないと思うのだが、どうか。
結局、俺とティアは顔を見合わせる他はなかった。
いったい、何があったというのだろう。
◆
久住菜々子はとても焦っていた。
遠野が作るチームに入ったのは間違い、いやむしろ、遠野がチームを作ること自体に反対するべきだったのではなかろうか。
本気でそんなことを考えてしまうほど、菜々子は焦っているのだった。
事の起こりは、チームメイトの安藤智哉が、一人の女性を連れてきたことだった。
ある日、二人は連れ立ってやってきた。
安藤には八重樫美緒というかわいい彼女がいるのだから、まさか付き合っている女性ではないだろう。
安藤とその女性が入ってきたとき、客の視線は一斉にそちらに吸い寄せられた。
それほどのオーラを放つ美人だった。
メイクよりも目鼻立ちが派手で、衣装も黒系をメインにしながらも、派手な出で立ち。
「ねえ……あれ、Tomomiじゃない?」
そう呟いたのは、ファッションに詳しい江崎梨々香だ。
Tomomiのことは、菜々子もよく知っている。
ファッションモデルとして有名だし、神姫をつれていることで一線を画しているから、菜々子も当然、彼女の動向はチェックしていた。
なるほど、確かにTomomiだ。
肩に乗っている紫のパール塗装を施されたヴァッフェバニー・タイプは、彼女の神姫・ヴィオレットに間違いない。
彼女は多数の視線にさらされながらも、全く物怖じせず、優雅に歩いてくる。
Tomomiのすぐ後ろに控える安藤は、何かいたたまれなさそうな様子で肩を縮めている。なんだろうか。
Tomomiはまっすぐに、こちらに歩いてきた。
その姿が、ひどく様になっている。
そして、隣にいる、チームリーダーの前に立った。
「あなたが、遠野貴樹?」
「そうだけど……あなたは?」
遠野はいぶかしげな様子だ。
しかし、彼女は突然、人なつこそうな笑みを浮かべると、名乗った。
「失礼。わたしは安藤智美。いつも弟がお世話になっています」
瞬間、ゲーセンの中が騒然となった。
今をときめくモデルのTomomiが、安藤の姉だったとは!
しかし、そんな喧噪をよそに、遠野は、
「いえ、こちらこそ、弟さんにはお世話になってます」
と、ごく普通に会釈なんかしている。
おそらく、遠野はTomomiのことをよく知らないでいるに違いない、と菜々子は分析した。
安藤が何か言いかけたが、Tomomiが手で制して言った。
「それで……あなたがティアのマスターですか?」
「そうですが」
「わたしはティアのファンなんです。会わせてもらえませんか?」
「はあ……」
遠野は何か毒気が抜けたような顔をしていた。
ティア、と声をかけると、シャツのポケットから、困ったような顔をしたうさみみの神姫が顔を出す。
「こ、こんにちは……」
ティアがおずおずと挨拶した、次の瞬間。
「きゃーーー! ほんもの! ほんもののティアよ!? いや~ん、かわいい~!!」
瞳をきらきらさせ、奇声を上げたTomomiが、ティアに頬ずりすべく、そのまま遠野に抱きついた。
「うわあああああっ!?」
遠野とティア、二つの叫びが重なった。
安藤は頭を抱えている。
菜々子は、あんまりと言えばあんまりなその様子に、驚きも怒りも通り越して、いっそ呆れかえった。
それから、Tomomiはちょくちょくゲームセンター『ノーザンクロス』に顔を出すようになった。
目的はティアに会うことだったが、それは必然、遠野に会うことでもある。
安藤は「遠野さんが姉貴に惚れる? ナイナイ」と言って手を横に振るが、あれだけの美人だ。遠野が惹かれることがあってもおかしくない。
だから、菜々子は、Tomomiが来るたび、気が気ではなかった。
そうでなくとも、最近、遠野のそばには女の子が多い。
主にチームメイトだから仕方がないとは思う。
だけど、涼子ちゃんは、毎日毎日、遠野くんを捕まえては話し過ぎじゃないの?
そうかと思えば、美緒ちゃんもよく遠野くんと話してる。真面目な顔で、バトルロンドの戦術談義。
やっと二人がいなくなったと思えば、自分の弟子・有紀ちゃんが、今度はわたしに声をかけてくる。
この弟子は困った子で、戦術面でわからないことがあると、あろうことか師匠を差し置いて、遠野くんを捕まえて話し込むのだった。
土日の昼食時に話したいと思うが、これもうまく行かない。
たいてい、チームのみんなで食べに行くし、そういうときには遠野と二人で話す機会がない。
LAシスターズがいないときもまれにあるが、そんな時に限って必ず大城がいるのだ。
菜々子は大城に、空気読め、と言ってやりたかった。
気がつくと、二人で話す機会が最近はほとんどなくなっている。
いつからか遡って考えてみると、それは遠野がチームを組む、と言った頃からだった。
菜々子がチームに入ったことを後悔しているのも、恋する乙女の心理からすれば、致し方のないところであったろう。
◆
そもそも、菜々子と遠野はどういう関係なのか、と考えてみれば、バトルロンド仲間でありライバル、と言うのがしっくりくる。
その事実に、菜々子は愕然とする。
自分は遠野に一番近い女の子だと思っていたが、そんなのは思いこみに過ぎない。
客観的に見れば、バトロンのチームメイト、という立ち位置が正しい。
ということは、LAシスターズと変わらない、ということだ。
いやいや、彼女たちよりはわたしの方が遠野くんに近いはず。
ティアの事件の時、彼が一番苦しかったときに、手をさしのべることが出来たのだから。
だがそこで、菜々子は、はたと気づく。
遠野とティアに手をさしのべた人物は、自分だけではない。
遠野がバトロンをやめなかったのは、虎実との約束があったからだ。
ということは、虎実のマスターは、菜々子と同じ立ち位置にいる。
じゃあ、わたしは大城くんと同じってこと!?
「いやあああぁぁぁ……!」
枕に顔を埋め、脚をじたばたと動かす菜々子に、ミスティは白い目を向ける。
「なにやってんだか……」
呆れたように呟いたミスティを、菜々子は恨めしそうに見た。
「なによう……」
「そんなにジタバタするくらいなら、いっそ告白しちゃえばいいのに」
「ちょ……! あなた、そう簡単に言うけど……ここここ告白なんてっ! そりゃもう、一世一代の大事なんだからっ!」
やれやれ。
ミスティは肩をすくめ、ため息をつく。
バトルロンドでは強気で大胆なのに、こと恋愛になると、どうしてこうも弱気なのだろう。
貴樹は相当な朴念仁なのだから、こっちからモーションかけなくては先に進まないというのに。
「そんなこと言って、ぐずぐずしているうちに、タカキを他の人に取られちゃってもいいの?」
「うっ……」
そう言われて、菜々子に返す言葉はないようだ。
恋は戦いである。
時には攻めに出なくては勝利を得ることはできない。
しかし、ミスティのマスターは、シーツの上でのの字を書きながら、そんなこといったってどうのこうのと、ぶつぶつ言っている。
それでも結局は、タカキのことがあきらめられないのだから、もうやることは一つしかないわけで、ならば先手必勝、さっさと告白すればいいと、ミスティは思っている。
菜々子の複雑な乙女心は、このさい、きれいさっぱり無視だ。
このままでは埒が明かない。
やれやれ、ともう一度肩をすくめてため息をつく。
こういうときにマスターを助けるのもまた、神姫の役目だと、ミスティは思っている。
「だったら、一つ方法があるんだけど」
「……方法?」
「そう。ナナコの弱気に背中を押して、なおかつ、タカキが逃げきれない方法」
菜々子はいぶかしげにミスティを見ながらも、その案を話すように促した。
……そういうわけで、菜々子は遠野にバトルロンドでの真剣勝負を申し込んだ。
「負けた方が、勝った方の言うことを一つきく」という条件を付けて。
□
なにがなんだか、さっぱりわからないまま、俺は久住さんの向かいの席に座った。 彼女は時折こちらを睨みながら、てきぱきとバトルの準備を進める。
仕方ない。
俺はため息をつきながら、いつものようにバトルの準備をした。
アクセスポッドに入るティアは、ちょっと不安そうだ。
そんなティアに、俺は声をかける。
「なんだかよくわからないが……いつも通りに行こう」
「はい」
ティアが困ったように笑った。
俺も苦笑する他はない。
すると。
「リアルモード起動。入力コード“IceDoll”、タイプ・ビースト」
筐体の向こう側で、久住さんがなにやら呪文めいた言葉を呟いている。
その瞬間、ギャラリーの一部がざわめいた。
何事だろう。
俺が周りを見回すと、シスターズ四人の顔色は真っ青だった。
俺の横にいた大城も例外ではない。
「ちょ……本身を抜くのかよ……!? パネェ……菜々子ちゃん、マジパネェ……!」
本身を抜く、ってなんだ?
以前、三強を倒したときに、久住さんが本気モードを使った、と聞いているが、それのことだろうか。
久住さんを見れば、表情がいっさい消えている。
こちらを真っ直ぐ見据える瞳に、剣呑な光が宿っているかに見える。
俺は、訳の分からぬ気迫に気圧されながら、スタートボタンを押した。
『ミスティ VS ティア』
対戦カードが表示され、試合は始まった。
◆
ミスティの獣のごとき猛攻の前に、ティアは敗れた。
開始一三秒。
ここ、『ノーザンクロス』の最短試合時間を更新した。
□
かくして、俺は久住さんに連れられて、駅前のミスタードーナッツに向かうべく、駅前の道を歩いていた。
背後からでは久住さんの表情は見えないが、肩のあたりからただならぬオーラが漂っている、気がする。
ミスティはと言えば、その久住さんの肩の上から俺たちを振り返り、ニコニコ顔を見せるのだ。
俺とティアは顔を見合わせた。
ドーナッツを選び、向かい合わせのテーブル席に着く。
こうして久住さんと二人でドーナッツ屋に来るのは、久し振りな気がする。
そういえば、最近二人で話す機会があまりなかったことに気付く。
いぶかしげに思いながらも、二人での会話に少しわくわくしている自分がいる。
俺が先に席に座ると、久住さんは右手を差し出しながら、こう言った。
「用件の前に、ティアと二人で話があるの。ティア、一緒に来て」
戸惑うティアを、俺は胸ポケットからつまみ上げる。
何がなにやらさっぱりだが、久住さんがティアにひどいことをするとは考えられない。
ティアを久住さんの手に乗せながら、言った。
「……これが久住さんのお願い事?」
すると彼女はジト目で俺を睨んだ。
俺が思わず引いてしまったのを確認すると、
「女の子同士の秘密の話」
と低い声で告げる。
……また女の子特有のバリアで遮られてしまった。
それだけ言い残した久住さんは、すたすたと立ち去っていく。
俺はもはやその背中を見送るしかなかった。
テーブルの上では、ミスティがくすくすと笑っている。
「ナナコってば、律儀ねぇ」
「なんなんだ……」
呆然と呟く俺に、ミスティは笑いかけた。
「まあ、話が終わったら、すぐ戻ってくるでしょ。
それより……わたしもタカキに話があるのよね」
「な……なんだよ……」
「そんなに怖がることないじゃない。わたしが話したいのは、バトルのこと」
「バトル?」
ミスティは口元は微笑みながらも、真剣な眼差しで頷いた。
■
わたしは菜々子さんの手に乗ったまま、お手洗いの個室まで連れてこられた。
ただ話をするだけなのに、やけに念入りだな、と思う。
菜々子さんが怖いわけではないけど、なんだか緊張してしまう。
菜々子さんは、小さなため息を一つつくと、私の名を呼んだ。
「ティア」
「は、はい……」
真剣な表情。
何を言われるのだろうか。
とても緊張する。
「一応、あなたには先に断っておこうと思って」
「はい?」
「あのね……今日これから、遠野くんに告白しようと思うの。付き合ってください、って」
え。
それはつまり、菜々子さんとマスターが恋人同士になるって事で……。
う、うわっ。
「そ、それはっ……素敵ですっ。すごくいい、と思いますっ」
「え?」
むしろ菜々子さんは驚きの表情だった。
「ティア……いいの?」
「……なにがですか? すごく素敵じゃないですか」
「あなたのマスターを……遠野くんを、あなたから奪ってしまうかも知れないわ」
「え?」
「あなただって、遠野くんが好きでしょう? だったら……」
ああ。
菜々子さんの言いたいことがやっと分かった。
菜々子さんはわたしを、一人の女の子として見てくれたんだ。
その気持ちがとても嬉しい。
でも。
「菜々子さん……わたしなんかに、そんな風に気遣ってくれるなんて、とても嬉しいです。
でも、大丈夫なんです」
「え?」
「菜々子さんが考える好きと、わたしがマスターが好きなことは、少し意味が違います」
首を傾げる菜々子さんに、わたしはそっと微笑んで、言った。
「わたしはマスター……遠野貴樹の神姫です。わたしはそれ以外の何も望んでいません。マスターもたぶん、同じ気持ちのはずです。
確かに、世の中には、マスターと神姫が恋仲だったり、結婚までしたという人たちも聞いたことがあります。
でも、わたしはその気持ちがよく分からないし、同じになりたいとは思わないんです」
「でも、遠野くんにあそこまでして助けてもらって……ティアにとって遠野くんは特別ではないの?」
「もちろん、特別です。わたしはマスター以外の人に仕えたいとは思いません。あの人の神姫であることが、わたしの幸せなんです」
菜々子さんは眉をひそめ、まだ納得のできない様子だった。
わたしはちょっと考えて、口を開いた。
「菜々子さんは……わたしのレッグパーツを装備して、壁走りとか出来ますか?」
「……は?」
菜々子さんは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をした。
「そんなの……できるわけないじゃない」
「そうですよね。それはわたしにしかできないんです。マスターが望むバトルをかなえるのが、遠野貴樹の神姫であるわたしの役目なんです。
マスターと一緒にバトルに取り組む時間は、マスターとわたしだけの特別な時間です」
「……」
「でも、わたしは菜々子さんみたいにはなれません。それは神姫の役目ではないから。菜々子さんがわたしのようになれないのと同じように。
だから、わたしとの時間以外で、菜々子さんがマスターを支えてくれるなら、こんなに嬉しくて、心強いことはないです」
「そう……」
菜々子さんは、またため息を一つつくと、優しく微笑んでくれた。
「わかったわ。それじゃあ、応援してくれる?」
「はい、もちろん」
「……もし、遠野くんとお付き合いすることになったら、一度わたしと組んでバトルしてくれない?」
「マスターがいいと言うなら、喜んで」
そして、菜々子さんとわたしは、にっこりと笑いあうのだった。
□
「だから、ナナコは戦い方が雑なのよねー。もう少しどうにかならないかしら」
ひどい言われようだ。
ミスティの言葉に、俺は苦笑する。
ミスティは、今の戦い方に、大いに不満らしい。
「そう言うな。パワーファイトが得意なんだろう、君たちは」
「でも、ナナコは作戦とかあんまり考えないから、結局、トライクモードからのリバーサルに頼りきりなのよね。それも最近、当たらなくなってきてるし」
『エトランゼ』の異名を取る彼女たちは、ゲームセンターを渡り歩くプレイヤーだった。
だから、今までは、どこかのチームに所属して、長く同じ場所で対戦するということはなかったのだ。
だからこそ、トライクモードから変形してのリバーサル・スクラッチは有効だったのだろう。
もちろん、リバーサル・スクラッチは多彩な変化を見せる技ではある。
しかし、反転・攻撃という大きな流れは変わらない。それが来ると分かっていれば、自ずと戦い方も分かってくる。
最近リバーサル・スクラッチが当たらないとミスティが言うのも、そのあたりが原因だろう。
「あっちでは……『ポーラスター』ではどうしてたんだ?」
「ああ……あそこはホームだから、基本的に基礎練とか新技や新装備の試しが多くて。あんまり真剣勝負はやらないのよ」
「なるほど」
「戦術の幅が狭すぎるのよ。ワンパターンって言うか。だから、ナナコを説得する何かいい方法がないかと思って」
俺とミスティが二人で話す機会なんて、これが初めてじゃないだろうか。
それを狙って相談を持ちかけてきたわけか。
確かにミスティが言うことにも一理ある。
当たる率が低くなっているリバーサル・スクラッチを無理矢理当てている状況では、今後ジリ貧なのは目に見えている。
「まあ、すぐに思いつくところでは……リバーサルを中心にしつつ、バトルの組み立てを変えるのが手っ取り早いかな」
「? どういうこと?」
「決め技はリバーサルに据え置く。それで、トライクモードの走行からじゃなくて、通常戦闘を中心にバトルを進める」
「最初からストラーフモードで戦うってこと?」
「それもありだ。トライクで相手を追いかけつつ、ストラーフモードで追いつめるのもいい。トライクでの待ちじゃなくて、こっちから攻めに出る。
そうすれば、リバーサルを出すと見せかけてプレッシャーを与えられる。相手の隙を生みやすくなるし、乱戦中にバックジャンプで誘ってリバーサルとか、リバーサルと見せかけて通常技の連続攻撃とか、ちょっと考えただけでも、攻撃の幅は格段に広がるぞ?」
「うーん……」
ミスティは腕を組んで考え込んでしまった。
前から感じていたが、ミスティはストラーフモードでの戦闘があまり好きではないようだ。
あれだけの技術を持つストラーフモードなのだから、もっと全面に押し出したバトルをしてもいいと思うのだが。
いずれにしても、ミスティの実力ならば、戦い方の選択肢を増やすのは容易だし、それだけで勝率もぐんと上がるはずだ。
◆
菜々子とティアが席に戻ってくると、遠野とミスティが何やら真面目に話し込んでいるのが見える。
どうやらバトルロンドの話らしい。
菜々子がそう思いながら、なにげなく手の上のティアを見る。
すると彼女は、ぷくっと頬を膨らませて、不満げな顔をしていた。
菜々子は笑いをかみ殺す。
なるほど、わたしじゃなくて、ミスティにヤキモチを焼くわけね。
ティアが先ほど言っていたことを、やっと理解できた気がした。
■
「お待たせ」
いいながら、菜々子さんはわたしを、テーブルの上にそっと降ろした。
わたしは隣に座るミスティを、ちょっとジト目で睨んでしまう。
「……マスターと何を話していたの?」
「え? バトルの組み立て方のアドバイスをもらってたんだけど」
ミスティは目をぱちくりとさせた。
むう。
マスター、その相談に応じるのは、ずいぶん気安いのではありませんか?
わたしはマスターをぶすっとした顔で見上げた。
すると、マスターはやれやれ、というように首を振って苦笑した。
……なんだかわたしだけが空回りしてて、ばかみたいに思えてきた。
一つため息をついて、菜々子さんを見る。
神妙な顔。
覚悟を、決めたみたい。
がんばれ、菜々子さん。
「……遠野くん!」
「……なにかな」
菜々子さんは、息を一つ飲むと、
「わたしと、付き合ってくださいっ!」
最後の方は声を裏返しつつ、がばっとテーブルの上に伏せるように頭を下げた。
すると、マスターは涼しい声。
「いいけど、どこに?」
うわあ。
マスター、それはいろいろと台無しです。
ほら、菜々子さんはあまりのことに、机の上に頭ぶつけて突っ伏しているじゃないですか。
目を白黒させてるって事は、マスターは菜々子さんの言葉を正確に理解していないみたい。
これでは菜々子さんがかわいそう。
ミスティが何か言いたそうにしてるけど、ここはマスターの神姫であるわたしの役目でしょう。
わたしは、マスターを見上げて、小さく言った。
「マスター、マスター」
「なんだ?」
「その……菜々子さんは『どこかに一緒に行きましょう』じゃなくて、『彼氏さんになってください』って言ったんですよ?」
「え……?」
それからたっぷり十秒は、マスターの動きが止まっていたと思う。
口は半開きで、呆気にとられた様子。
二人とも、動かない。
でも、思考がまとまったのか、マスターは苦笑を浮かべた。
「久住さん」
マスターの呼びかけに、菜々子さんが顔を上げる。
「そのお願い、俺に断る権利あるの?」
菜々子さんは、はっとした表情。
そういえば、先ほどの賭バトルは「負けた方は勝った方の言うことを一つ聞く」だった。
だったらもちろん……
「ない。ないんだから。遠野くんに断る権利、ないんだから、絶対……」
菜々子さんの言葉に、マスターは頷いた。
二人は視線を合わせる。
そしたら二人とも、急に照れくさそうになって、頬を紅くした。
その後、二人ともちょっと困ったような、でもとっても嬉しそうな顔で笑い出した。
わたしとミスティも顔を見合わせ、笑い合う。
こうして、マスターと菜々子さんは、恋人同士になった。
□
翌週の土曜日。
俺はいつもより少し早い時間に、ゲームセンター『ノーザンクロス』にいた。
彼女と付き合うようになって一週間が経つ。
だが、生活が変わったということはない。
メールの回数が少し増えたくらいだろうか。
だが、こうして彼女がやってくるのを先に待とうという行動自体、心境の変化の現れなのかも知れない。
店の自動ドアが開く。
見慣れたスリムなシルエットの女性が入ってくる。
彼女は俺を認めると、にっこりと笑った。
いつものことながら、反則な笑顔だ、と思う。
それが俺に対する好意によって向けられていると思うと、なんだか嬉しいような照れくさいような緊張してしまうような、複雑な気持ちにとらわれた。
「おはよう……貴樹くん」
はにかむような挨拶。
下の名前で呼ばれるのって、想像以上にこそばゆいな。
妙に意識してしまって、俺は柄にもなくドギマギする。
俺はなんとか平静を装って、応えた。
「久住さん、おはよう」
すると。
久住さんは、反則な笑顔を崩し、唇をとがらせ、眉間にしわを寄せる。
……なぜだ。
今の短い会話の中で、機嫌を損ねるようなことを言ったか?
「下の名前」
「……は?」
「貴樹くんも、わたしのこと、名前で呼んで」
「……」
いきなり機嫌が悪くなったのは、そこか?
俺は少々面食らって答えた。
「別にいいじゃないか、今まで通りでも」
「よくない! 貴樹くんにも、名前で呼んでほしいの!」
「でも、照れくさいし」
「まーっ、わたしに下の名前で呼ばせておいて」
「下の名前で呼ばせてくれって言ったのは、君だろう」
「そしたら、それに合わせてくれるのが優しさじゃない?」
「いや、それは見解の相違だと思う」
久住さんは、ますます不機嫌の度合いを深めていく。
ここは俺が折れるべきだろうか。
いやしかし、ここで一つ折れると前例が出来て、ずっと彼女の言うなりになってしまうような気がする。
それに、俺が、彼女を、「菜々子さん」って……想像するだにこっぱずかしい。
ここは一つ、心を鬼にして、自分の意志を貫くべきであろう。
すると、久住さんが、俺に向かって、びしっ、と人差し指を突きつけた。
「こうなったら、バトルロンドで勝負よっ! わたしが勝ったら、下の名前で呼んでもらうんだからっ!」
「いや、久住さん、それはどうなんだ……」
「ほら、また名字で呼ぶし!」
「……」
俺がほとほと困っていると、久住さんの肩と俺の胸ポケットから、盛大なため息が聞こえてきた。
ミスティが、心の底からあきれ果てた、という顔で、俺たちに言う。
「わたしたちをこれ以上、痴話喧嘩に巻き込まないでくれる? いい迷惑だから」
うんうん、と大きく頷くティア。
痴話喧嘩って……。
俺と久住さんは顔を見合わせて、同時に顔を赤らめた。
結局、俺は彼女を「菜々子さん」と呼ぶことを認めさせられた。
いまだにとても照れくさい。
だが、それも仕方あるまい、なんて考えている自分の思考に驚いている。
(LOVE&BATTLE・おわり)
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