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「ウサギのナミダ・番外編「水中機動戦術論~後編~」」(2010/02/12 (金) 00:08:12) の最新版変更点
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&bold(){ウサギのナミダ 番外編}
&bold(){水中機動戦術論 ~後編~}
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続く雪華の攻撃は、前の攻撃のようなもたつきは微塵も感じられなかった。
水中を跳ねるように間合いを詰めた雪華の動きは、確かにアクアの動きに酷似している。
一瞬で彼我の距離が縮まる。
ものすごい速度で放たれた突きは三段。
今度こそ、アクアから一本取れる、と俺でさえ思った。
だが。
「え……!?」
俺は目を疑う。
なんとアクアは、その場でステップを踏むようにして身を翻し、回転しながら雪華の突きをかわしたのだ。
空気中と変わらない、その動き。
自らの棍を斜めに振りかざして、舞った。
そして、三段目の突き。
「あっ……!?」
ティアの小さな声と同時、雪華がまたしても顔をしかめた。
だが、攻撃が速くて、俺には捉えられなかった。
アクアは三本目の突きも、最小限の動きで見切ってかわし、カウンターで雪華の胴をしたたかに打った。
「くっ……」
小さくうめいた雪華は、飛び離れて間合いを取る。
その表情は今までになく厳しかった。
「なんだ……? 今、何か起こったか?」
「最後の突き……棍の先が逸れたような……」
「逸れた?」
俺の問いに、ティアが驚きを隠せないまま答える。
雪華と戦った者ならわかる。雪華の狙いは正確無比だ。それは遠距離攻撃でも近距離攻撃でも変わることがない。
だから、当てに行っている攻撃で、わざと攻撃を逸らすことなどありえない。
「高村?」
「うん……雪華の狙いは正確でしたが……でも、何かで棍を逸らされたみたいです」
自分のモバイルPCを覗きながら、高村が言う。
ディスプレイ上に、今の雪華の動きを再現したワイヤーフレームが表示されている。
雪華の先ほどの攻撃をトレースしながら、ゆっくりと動いている。
やはり、今の突きの狙いは正確だった。
ところが、三段目の棍の先が、狙いを逸れて流れてゆく。
逸れた距離はわずかだが、結果としてアクアは突きを見切って反撃できた。
アクアは何かをして、突きを逸らした。
しかし、何があった?
アクアは身を翻して突きをかわしたに過ぎず、武装も棍以外には持っていない。
まるで魔法のようだ。
「いったい何が……」
「水流だよ」
答えは海藤から、あっけなくもたらされた。
「水流?」
「そうさ。三段目の突きの前に、アクアは身体と棍を大きく動かして、水の流れを作ったんだ。
その流れに巻き込まれて、突きは流れたというわけさ」
「なるほど……」
高村は納得したように頷いたが、俺はまだ理解できないことがある。
「待ってくれ。水流を起こしたことは分かるが、そもそも、水中でどうやってあんなに身軽に回転したり出来るんだ?」
「あ、あれは回転してないよ。そう見えるだけ」
「なんだって?」
海藤はティアを見て言う。
「ティアは……分かっているんじゃないかな?」
「あ……はい。あの、アクアさんの動きは……わたしのハーフターンステップに似ていると思います」
ハーフターンステップは、身体を左右に順番に向きを変えつつ、前または後ろに進むステップだ。
身体の向きは、最大一八○度のハーフターンで変える。これを左右順番に、小刻みに繰り返すことで、細かいジグザグな走行を可能にする。
主に、相手を視界に捕らえながら、攻撃を加えて牽制しつつ、間合いを取るのにティアは使っている。
「確かにハーフターンステップなら、一回転しながらステップするよりは抵抗も減るだろうが……それでも尋常な動きじゃなかったぞ?」
「そうでもないよ。
確かに、アクアのさっきの動きは神姫だからこそできる速度だけど……動き自体は人間にだってできるよ」
「水中であんなふうに身を翻せる、と?」
「もちろん」
たとえば、カヌー。
バランスを失って転覆する場合が多々あるが、上手なカヌー乗りはいちいちカヌーから脱出して艇を起こすわけではない。
ロールという技術がある。
艇から出ずとも手にしたオール(パドル)で水の抵抗を捉えて力を得て、同時に身体の重心移動とカヌーの浮力を使い、カヌーを一瞬で起きあがらせるのだ。
上級者になると、パドルなしで、手で水を掻き、身体の起きあがる動作だけでロールできるという。
たとえば、シンクロナイズド・スイミング。
水中から脚だけを出して回転したり、水の中からジャンプで飛び出したりする。
これも、自らの浮力と、水の抵抗を利用して、力を得ているという。
その結果、通常の水泳とは違う、ダイナミックで繊細な動きが可能となるのだ。
「水の中っていうのは、言ってみれば、自分の周り全てに『手がかり』がある状態なんだ。
いま、アクアと雪華は水の中に一定の位置でバランスが取れている状態だから、無重力状態にも近い。
その状態で、手がかりを得れば、簡単に動くことができるんだ」
「だが、動いた後に全身にも負荷がかかるはずだ。
水中ということは、全身に水の抵抗を受けているってことだ。それなのに、なぜ速く動ける?」
そうでなければ、雪華は一撃目から、アクアに防御をとらせていただろう。
海藤はなんでもないことのように答える。
「具体的に言うのは難しいけど……その動きの都度、抵抗が少なくなるように体の向きを調整したり、水の力を有効に利用できるようにしてるんだよ」
水の中での行動は、地上とはまた異なる力の運用が必要となる。
水の抵抗を極力少なくしつつ、さらに利用できるように行動する。
そうすれば、無駄にバッテリーを消費することがなくなり、スタミナも持続する。
アクアは、そうした水中での行動に最適化されているのだ。
それだけではない。
アクアは水の動きさえも、自らのものとして運用している。
あの三段突きの二段までを、そのハーフステップターン二回でかわし、水流を作って自らの見えない盾とした。
「ですが、視覚で認識できない、センサーでも捉えられない水流を、どのように操るのです?」
高村は問う。
先ほどの水流の盾を認識していたのは、海藤とアクアだけだ。
俺と高村は見えていないし、神姫であるティアと雪華も認識できていなかった。
だが、素体状態と変わらないアクアは、なぜそこに水流の盾があると分かったのだろうか。自分の動きで生み出すにしても、正確に捉えられるとは考えにくい。
「ああ……それは明確なプログラムで認識してるわけじゃなくて……もう、日々の経験の積み重ねだよね」
あっけらかんとした海藤の答えに、俺は絶句した。
□
俺の話に、久住さんも大城も絶句している。
だが、微妙に呆れ気味に見えるのは、気のせいだろうか。
「……てーか、お前ら、たかだか三段突き一つで、そんなことまで考えてんのか?」
「……普通だろ?」
二人が呆れてるのはそこなのか?
俺の答えに、二人とも首を振る。
「普通じゃない、普通じゃないよ」
「バトルの最中にそんなこと考え込んでたら、神姫に指示も出せなくなっちまうわ」
「それじゃあ、君たちはバトルの最中、何考えてるんだ?」
久住さんと大城は顔を見合わせる。
「えーと……どうやってリバーサル当てようかなー……とか?」
「うーん……最後にドリフトターン決めたら、かっこいいかなー……とか?」
俺は思いきりテーブルの上に突っ伏した。
「どうしたの? 遠野くん」
いっそ優しい久住さんの声も、今の俺には、神経を逆撫でする悪魔のささやきだった。
がばっ、と顔を上げ、俺は怒鳴った。
「君たちは、考えてなさすぎだっ!!」
すると、二人は居心地悪そうに肩をすくめる。
……自覚はあるのかよ。
確かに俺は、順序立ててバトルを組み立てるのが好きだし、それがスタイルになっている。だから、ずっと考えながらバトルをするし、ティアにも常に考えながら戦うように言いつけている。
また、装備が軽装で特殊なだけに、常に相手の弱点を突くことを考えなければ勝てないのだ。
だからって、この二人の場合は、あまりにも感覚に頼り過ぎじゃないのか。
ふとテーブルの上を見れば、マスターと同様に、ミスティと虎実も、肩をすくめてしゅんとしていた。
……お前らもか。
この二人に勝てなくて悔しがる三強が、本当に不憫に思えてきた。
俺はこめかみの頭痛が増すのを感じながら、話を続ける。
□
水中機動の秘密が徐々に明らかにされていく。
そして、雪華はその一つ一つを確実に身につけ、実践している。
だが、それでもアクアの圧倒的な優位は揺らがなかった。
「アクアさん、一本」
またティアが同じ言葉を繰り返す。
この時点で、俺が紙に記入した正の字は四つを越えたが、雪華の欄はまだ白いままだ。
雪華はそれでも、飽くことなくアクアに立ち向かっていく。
棍を交える度に、攻撃は鋭さを増している。
しかし、アクアはその度に、それを上回る技術を持って、雪華を迎え撃った。
武装してのバトルであれば、このような結果にはならなかっただろう。
素体だけという技術と経験だけがものを言う状態だと、ここまで差が出るものなのか。
「そりゃあ、仕方がないよ。完全にアクアの土俵で試合してるんだからね。
アクアはバトルロンドしてない代わりに、毎日水中で作業してるんだ。差が出て当たり前さ」
アクアは、ここK水族館で、機器メンテナンスの手伝いをしている。
その様子を見たお客さんから好評で、『K水族館の人魚姫』と呼ばれ、人気者になっている。
アクアの水中機動は、こうした日々の水中作業によって積み重ねられてきたものだ。
戦闘プログラムのライブラリにあるわけではない。
それは、ティアが培ってきた機動の成り立ちとよく似ている。
アクア・オリジナルの水中機動と言っていい。
「だから、ティアと雪華でも、このくらい差の付く試合ができるよ」
「そんなまさか」
「たとえば、スケートリンクの氷上で、お互いスケート靴履いて、拳銃のみで対戦したら? おそらくティアは自由自在に動けるけど、雪華は氷の上に立つのがやっとじゃないかな」
「なるほど」
それが雪華の性能を否定しているわけではない。
いま海藤が語った氷上の試合や、今の水中の試合は、片方の神姫の特性を最大限に発揮し、しかも装備の力を全く借りない特異なものだ。
だから差が付いて当たり前だし、そうした特別な神姫の特性こそ、高村と雪華が知りたいと望むことなのだ。
だから、この試合に勝敗など関係はない。
この試合から何か学び取れたなら、それが高村たちの勝利であり、海藤たちの勝利でもあるのだ。
それがこの試合の意味だ。
俺はやっと理解した。
海藤はそのことを最初から分かっていた。
だから、彼らが一番知りたいことを抽出した水中戦をセッティングし、雪華にレクチャーして見せたのだ。
ずいぶんと親切なことだ。
俺は少し呆れながら、親友の横顔を見た。
「もうバッテリーが限界だ……次で終わりにしよう、雪華」
高村が水槽の雪華に告げる。
この時点でポイントは三一対○。
アクアが圧倒している。起動してからこれまで、ここまでの大敗は雪華にも経験はないだろう。
だがそれでも、雪華は棍を構え直した。
凛とした表情は変わらず、厳しい視線でアクアを見据える。
「もはや、逆転など望むべくもありませんが……今日立ち会ってくれたあなたに敬意を表すために……最後の一本はわたしが取ります」
何の無駄もない、美しい構え。
まるでシャチが攻撃しようと身構えているかのようだ。
雪華の水中機動は、最初とは比べものにならないほど洗練されていた。それが構えにも現れている。
対して、アクアは普通に、中段に構える。こちらも当然のことながら、洗練された立ち姿。
二人の間に緊張が満ちる。
そのまま、しばらくにらみ合う。
先ほどまで、二人の攻防で揺れていた水槽の水面は、いまは鏡のように平面だ。 水中に邪魔になる水流はない、はずだ。
それを待っていたかのように。
雪華が前触れもなく動いた。
爆発的な突進。
水を裂く、渾身の突きだ。
アクアは迎え撃つ。
その一撃に合わせるように、棍を前に構える。
雪華の一撃をはじきつつ、自らの突きを打つ格好。
はたして、雪華とアクアの棍は交差する。
刹那。
「いやああああぁぁぁっ!!」
裂帛の気合いが、雪華の口からほとばしった。
技術が足りない分は、気合いでカバー。雪華らしいと言えば、らしい。
渾身の突きはさらに伸び、ついにアクアの胸の下に入った。
二人の神姫は静止する。
ふう、と息をつく声。
雪華が静かに目を伏せる。
アクアの突きもまた、雪華のわき腹に決まっていた。
「あ、えと……これは……」
戸惑うティアの声。
ティアから見ても、二人の突きはほぼ同時に決まったようだ。
「引き分けだね」
海藤の言葉に、高村は頷いた。
「おしまいだ。二人とも、戻っておいで」
高村が言うと、雪華とアクアは手を取り合って浮上してくる。
二人の戦いはこうして幕を閉じた。
雪華は、今回の試合を「貴重な経験ができた」と言って、感謝することしきりだった。
俺たちは片付けをすると、水族館を出る。
このあと、男三人、ファミレスで昼食を食べつつ、武装神姫談義に花が咲いたことは、言うまでもない。
□
「……とまあ、結果は三二対一でアクアが取ったわけだ。でも、ポイントなんて何の意味もない、この試合では……って……」
久住さんと大城は、明後日の方を向きながら、頭を抱えていた。
なにしてるんだ?
「しんじらんない……かんがえすぎ……ぜったい、かんがえすぎ……」
「ち、知恵熱が……」
……君たち。
「勘に頼ったバトルだと、いずれ限界がくることは分かってるだろう」
「そりゃ、そうだけど……」
久住さんは唇をとがらせる。
彼女が分かっていないはずがない。
勘に頼ったバトルに限界を感じたからこそ、外の世界に解決策を求め、行脚して、『エトランゼ』と呼ばれるまでになったのだから。
「君らも、もっと考えてバトルしろよ。
そうすれば、クイーンまでとは言わないが、もっと強くなれるはずだ」
『アーンヴァル・クイーン』雪華は、その週末の全国大会で、優勝した。
名実共にクイーンとなったわけだ。
彼女の強さは、アクアとのバトルのような、日々の努力に支えられている。
そして、さらに彼女を支えているのは、日々のバトルを考察し、分析して、次のバトルの糧とする、マスターである高村の功績だ。
考えてバトルする事の重要性を思い知らされる。
「まあ……そうよね」
「棍棒のつつき合いで、あそこまで深読みするのはどうよ、とは思うけどよ。
でも、いろいろ試してみるのは悪いことじゃねぇやな」
久住さんも大城も、思うところがあったようだ。
俺も少しほっとする。なんだかんだ言っても、二人は実力ある神姫プレイヤーなのだ。
「それじゃあ……午後のテーマは考えるバトル、ってとこかな」
「そうね。知的なバトルのやり方を手に入れて、もっと強くなってみせるわ」
「俺もだぜ。知略に目覚めた俺の実力を見せてやる」
やる気満々な二人に苦笑しつつ、俺は立ち上がった。
□
結局、考えるバトルなんて、久住さんと大城には無理だった。
まともな試合にならず、二人とも三十分程度で音を上げた。
「下手な考え休むに似たり」ってことだ。
(水中機動戦術論・おわり)
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