「ACT 1-23」(2009/09/06 (日) 10:28:58) の最新版変更点
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ウサギのナミダ
ACT 1-23
□
「雪華さんとの対戦、受けてください……お願いします」
「なぜだ? 今俺たちがバトルしたって……ろくなことにはならないぞ」
「だって、こんなチャンスは滅多にないじゃないですか……秋葉原のチャンピオンと戦うなんて」
そういうおまえは、なんで今にも泣き出しそうな顔してるんだ?
なんでそんなに必死そうなんだよ。
「お願いします、マスター……お願いします……」
何度も俺に頭を下げて頼み込むティア。
ティアが相手とのバトルを望むなんて、滅多にないことだ。
だからこそ、理由が分からない。
なんでそんなに雪華と戦いたがる? 東東京地区代表という肩書きが、ティアにとってそんなに魅力的だとは思えないのだが。
「……走れるのか?」
「はい」
結局、折れるのは俺の方だった。
肩をすくめ、ため息をつく。
ティアがそういうのならば仕方がない。
まだもめている、三人の客分の一人に、俺は声をかけた。
「……クイーン」
「なんでしょう」
「俺たちは……知っての通り、ティアの出自のことで、世間からも白眼視されているような状況だ。
……そんな俺たちとでも、戦えるのか?」
そう。俺たちと戦うだけでも、彼らに迷惑がかかる可能性がある。
それを考えれば、すでに全国大会の代表を決めている神姫と、気安くバトルをすることなどできない。
取材されて、俺たちと対戦したことを白日の下にさらすなどもってのほかだ。
俺はそう思っていた。
だが。
「彼女の出自とバトルに、何の関係があるというのです?」
雪華は即答した。
彼女は噂や風聞で神姫を評価していない。ただ、バトルあるのみ。その姿勢こそが雪華の強さなのか。
「……わかった。対戦を受けよう」
俺の言葉に、ギャラリーがざわめく。
高村と三枝さんも、驚いたように俺を見た。
「ただし、条件がある。
そっちの事情があるにせよ、やはりマスコミの取材は受け入れられない。そこで……」
俺はこんな条件を提示した。
まず、この対戦について、一切記事にしないこと。俺とティアに対するインタビューはもちろん拒否だ。
ただ、何もなしでは三枝さんが困るだろうから、バトルの記録は許可。
また、高村たちへのインタビューなどは俺に拒否する権利がないので、記事にしない限り好きにしてもらえればいい。
妥協案ではあるが、三枝さんとクイーンの両方に面目が立つだろう。
それから、バトルのフィールドは俺が指定する。もちろん廃墟ステージだ。
「この条件が飲めるなら、対戦してもいい」
「わかりました。すべてあなたの指定通りに」
雪華の即答に、三枝さんと高村が泡を食った。
「ちょっと、雪華、相談もなし!?」
「何か不都合でも? 完全拒否よりも十分な譲歩案だと思いますが」
「でも、記事にできないっていうのは……」
「彼らはそれが困ると言っているのです。
それに、記事にするだけなら、先ほどの『エトランゼ』とのバトルで十分でしょう」
むむむ、と唸って、三枝さんは渋々承諾した。
一方の高村は、その様子を見て、先ほどの落ち着いた笑みを取り戻している。
すると、今度はギャラリーの方から声が上がった。
「おい、黒兎!
クイーンとのバトルにステージの指定をするなんて、失礼だと思わないのかっ!?
しかも、廃墟ステージなんて、黒兎得意のステージじゃないか!
卑怯だろ! そうまでして勝ちたいのかよっ!?」
声は、『ブラッディ・ワイバーン』のマスターのものだった。
最近、奴は何かと俺に突っかかってくる。何が気に入らないというのだろう。
ギャラリーも大半が、ワイバーンのマスターの意見に賛同して、俺にブーイングを送ってくる。
だが、何も分かっていないのは連中の方だ。
クイーンとそのマスターの意図を理解していれば、そんなことは言わない。
「……廃墟ステージの指定に、何か依存は?」
「ありませんよ? というか、僕たちの方から廃墟ステージでのバトルを提案するつもりでしたから」
笑顔の高村の言葉に、俺は頷く。ワイバーンのマスターは顔を引きつらせた。
高村たちは、ティアが廃墟や都市ステージでないとパフォーマンスを発揮できないことを知っている。
唯一無二の戦い方をする神姫とのバトルこそが望みなのだ。
そのパフォーマンスを遺憾なく発揮できるステージでなければ、彼らにとっても意味はない。
俺のステージ指定に反対するはずがないのだ。
高村の一言に、ギャラリーたちは口を噤まざるを得なかった。
俺の後ろでくすくすと笑っているのは、ミスティだろうか。
「これでいいでしょう。『ハイスピードバニー』のバトル、しかと見せてもらいます」
芝居がかった口調で、クイーンの雪華は俺とティアに言った。
「わたしも、負けません……!」
静かに言ったティアの言葉に、俺は驚きを隠せない。
かつて、これほどに闘志を燃やしているティアを見たことがない。
ティアの心境にどういう変化が起こっているのか。
ティアの台詞に、雪華は不敵な笑みを浮かべていた。
俺と高村は、バトルロンドの筐体を挟んで着席した。
ギャラリーから歓声が上がる。
そのほとんどが、クイーンへの声援だ。
やれやれ。これじゃあ、どちらがホームでどちらがアウェーかわからない。
今日の俺たちは完璧に悪役だった。
ならば、それでもかまわない。とことん悪役を演じてやろうじゃないか。
俺はバトルロンドの筐体に武装をセットアップしていく。
ティアをモニターするモバイルPCも開いた。
指示用のワイヤレスヘッドセットを耳に装着する。
久しぶりだった。この緊張感、久しく忘れていた。
準備をする俺の後ろに、ギャラリーが立った。
久住さんと大城、それから四人の女の子たち。
「いいのか? 俺の後ろで」
俺が言うと、みんながみんな頷いていた。
「言ったろ。俺たちはお前の味方だ」
「わたしはあなたの側につくって宣言しちゃったし」
久住さんに至っては、肩をすくめながらそんなことを言うので、俺はびっくりしてしまった。
四人のライトアーマーのオーナーたちは、久住さんの味方らしい。
味方がいてくれるのはありがたいことだ。
久住さんが、不意に険しい表情になって、俺に囁いた。
「気をつけて……クイーンは並の武装神姫じゃないわ」
「……そりゃあ、仮にも全国大会選手なんだから……」
俺の言葉に、久住さんが首を振った。
「もうなんて言ったらいいのか……次元が違うの」
俺は怪訝な顔をしたと思う。
久住さんの言葉は要領を得ていない。
彼女にしては歯切れの悪い答えだった。
ミスティが続ける。
「そうね……わたしたちの得意の距離に踏み込んで、真っ向勝負で、逃げなくて、こっちはあらゆる手を尽くして……それであしらわれた、って言ったら分かる?」
「……は?」
にわかには信じがたい。
身内びいきを差し引いても、ミスティは全国大会レベルの選手と互角に戦えるだけの実力がある。
アーンヴァルの飛行能力で、徹底的にミスティの弱点を突いたならともかく、ガチンコ勝負であしらうなどとは、想像もつかない。
だが、久住さんとミスティはまったく真剣な顔をしていたし、大城も虎実も頷いている。女の子たちも真面目な顔で、冗談にしてくれそうな雰囲気ではなかった。
俺も、海藤の家で、雪華のバトルは見た。
あのときの手並みも鮮やかだった。
しかし、あのバトルはアーンヴァル同士の空中戦だったから、参考にならない。
俺は戦慄する。
もしかして、とんでもない化け物を相手にするのではないのか?
「ごめんなさい。参考になるようなこと、言えなくて……」
「気にすることないよ。とんでもない相手だってことがわかっただけでも十分さ」
悔しそうな顔をした久住さんに、俺は笑いかけた。
すると、久住さんはちょっと驚いた。
「……なにか、あった?」
「なんで?」
「先週みたいに思い詰めてなくて、なんだか……ふっきれたみたい」
「ああ」
彼女はまだ知らないのかもしれない。今日の朝の報道を。
久住さんがきっかけを作ってくれたおかげで、今俺はこうして笑えている。
「だとしたら、久住さんのおかげだ」
俺が言うと、久住さんは驚いた顔をしたあと、視線をそらしてうつむいた。
……何か悪いことを言っただろうか。
彼女の肩で、ミスティがほくそ笑んでいるのが見えた。
俺は不可解な思いに捕らわれながらも、筐体の向こうを見た。
高村が準備をすませ、こちらを見ている。
「相談は終わりましたか?」
俺はティアを見た。
「ティア、いけるか?」
「はい。大丈夫です」
ティアの返事はいつもよりもしっかりとしていて、緊張していた。
このティアの心境が、バトルにどんな影響を及ぼすだろうか?
それが少し心配ではあったが。
俺は高村に告げる。
「準備OKだ。……始めよう」
「それでは」
双方のアクセスポッドが閉じて、筐体と神姫がリンクする。
スタートボタンを押す。
ファンファーレと共にディスプレイにフィールドが表示され、対戦者の名前が重なる。
『雪華 VS ティア』
バトルスタートだ。
■
廃墟を吹き抜ける砂塵。
いつものフィールド。得意のフィールド。
わたしはメインストリートを巡航速度で走る。
久しぶりのバトルロンドは懐かしい感じがする。
再びここに戻ってこられるとは思ってもいなかった。
今日の相手はとびきりの対戦者。
このバトルは、わたしにとっては大きな、そして唯一のチャンスだった。
だから、マスターに無理を言ってまで、対戦を受けてもらった。
わたしは、今日の対戦者に感謝しなくてはならない。
わたしを助けてくれたこと。そのときはバッテリーが切れていたので、覚えてないけれど……。
そして、わたしと対戦してくれること。
風が巻いた。
わたしの頭上を、高速で何かが駆け抜けていく。
攻撃を警戒していたけれど、ただ追い越していった。
そして、上空で優美にターンすると、わたしと向かい合う位置で、空中で静止した。
わたしは、武装した相手の姿を見て、声を失う。
美しい。
そして、圧倒的な存在感。
基本の武装はアーンヴァル・トランシェ2だけれど、細かいところが異なっている。
羽は鳥を思わせる形状の機械の羽。
捧げ持つ武器は、長大な黄金の錫杖。
気流に舞い上がる銀髪が大きく広がっている。
まるで光の粒子をまとっているかのよう。
その姿は、まさに天使。
いまならわかる。
彼女がなぜ『アーンヴァル・クイーン』と呼ばれるのか。
その堂々たる姿は、まさしく天使の女王と呼ぶにふさわしかった。
それに比べればわたしなんて、地を飛び跳ねる小さな兎に過ぎない。
「待ちこがれていました。貴女との対戦を」
白き鷹のごとき神姫は、子兎のようなわたしにそう言った。
「……なぜですか。なぜ、わたしと、なんですか」
「貴女の独自の装備と技を、身を持って感じたいからです」
それだけ?
たったそれだけのために、わざわざ遠くまでやってきて、わたしと戦いたいというの?
全国大会も制覇しようという武装神姫が?
わたしにはわからない。
雪華さんにとっては、それほどの価値があるようだけど、わたしはそうは思わない。
わたしなんかと戦って得るものがあるなどとは到底思えなかった。
けれど、このバトルは、わたしにとってはチャンスだった。
そう思って、自分を奮い立たせる。
わたしは小さな兎なのだとしても。
戦ってみせる。……そして勝つ。
「ならば……真剣勝負です、雪華さん!」
「望むところです、ティア!」
雪華さんとわたしの、戦いの輪舞がはじまった。
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ウサギのナミダ
ACT 1-23
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「雪華さんとの対戦、受けてください……お願いします」
「なぜだ? 今俺たちがバトルしたって……ろくなことにはならないぞ」
「だって、こんなチャンスは滅多にないじゃないですか……秋葉原のチャンピオンと戦うなんて」
そういうおまえは、なんで今にも泣き出しそうな顔してるんだ?
なんでそんなに必死そうなんだよ。
「お願いします、マスター……お願いします……」
何度も俺に頭を下げて頼み込むティア。
ティアが相手とのバトルを望むなんて、滅多にないことだ。
だからこそ、理由が分からない。
なんでそんなに雪華と戦いたがる? 東東京地区代表という肩書きが、ティアにとってそんなに魅力的だとは思えないのだが。
「……走れるのか?」
「はい」
結局、折れるのは俺の方だった。
肩をすくめ、ため息をつく。
ティアがそういうのならば仕方がない。
まだもめている、三人の客分の一人に、俺は声をかけた。
「……クイーン」
「なんでしょう」
「俺たちは……知っての通り、ティアの出自のことで、世間からも白眼視されているような状況だ。
……そんな俺たちとでも、戦えるのか?」
そう。俺たちと戦うだけでも、彼らに迷惑がかかる可能性がある。
それを考えれば、すでに全国大会の代表を決めている神姫と、気安くバトルをすることなどできない。
取材されて、俺たちと対戦したことを白日の下にさらすなどもってのほかだ。
俺はそう思っていた。
だが。
「彼女の出自とバトルに、何の関係があるというのです?」
雪華は即答した。
彼女は噂や風聞で神姫を評価していない。ただ、バトルあるのみ。その姿勢こそが雪華の強さなのか。
「……わかった。対戦を受けよう」
俺の言葉に、ギャラリーがざわめく。
高村と三枝さんも、驚いたように俺を見た。
「ただし、条件がある。
そっちの事情があるにせよ、やはりマスコミの取材は受け入れられない。そこで……」
俺はこんな条件を提示した。
まず、この対戦について、一切記事にしないこと。俺とティアに対するインタビューはもちろん拒否だ。
ただ、何もなしでは三枝さんが困るだろうから、バトルの記録は許可。
また、高村たちへのインタビューなどは俺に拒否する権利がないので、記事にしない限り好きにしてもらえればいい。
妥協案ではあるが、三枝さんとクイーンの両方に面目が立つだろう。
それから、バトルのフィールドは俺が指定する。もちろん廃墟ステージだ。
「この条件が飲めるなら、対戦してもいい」
「わかりました。すべてあなたの指定通りに」
雪華の即答に、三枝さんと高村が泡を食った。
「ちょっと、雪華、相談もなし!?」
「何か不都合でも? 完全拒否よりも十分な譲歩案だと思いますが」
「でも、記事にできないっていうのは……」
「彼らはそれが困ると言っているのです。
それに、記事にするだけなら、先ほどの『エトランゼ』とのバトルで十分でしょう」
むむむ、と唸って、三枝さんは渋々承諾した。
一方の高村は、その様子を見て、先ほどの落ち着いた笑みを取り戻している。
すると、今度はギャラリーの方から声が上がった。
「おい、黒兎!
クイーンとのバトルにステージの指定をするなんて、失礼だと思わないのかっ!?
しかも、廃墟ステージなんて、黒兎得意のステージじゃないか!
卑怯だろ! そうまでして勝ちたいのかよっ!?」
声は、『ブラッディ・ワイバーン』のマスターのものだった。
最近、奴は何かと俺に突っかかってくる。何が気に入らないというのだろう。
ギャラリーも大半が、ワイバーンのマスターの意見に賛同して、俺にブーイングを送ってくる。
だが、何も分かっていないのは連中の方だ。
クイーンとそのマスターの意図を理解していれば、そんなことは言わない。
「……廃墟ステージの指定に、何か依存は?」
「ありませんよ? というか、僕たちの方から廃墟ステージでのバトルを提案するつもりでしたから」
笑顔の高村の言葉に、俺は頷く。ワイバーンのマスターは顔を引きつらせた。
高村たちは、ティアが廃墟や都市ステージでないとパフォーマンスを発揮できないことを知っている。
唯一無二の戦い方をする神姫とのバトルこそが望みなのだ。
そのパフォーマンスを遺憾なく発揮できるステージでなければ、彼らにとっても意味はない。
俺のステージ指定に反対するはずがないのだ。
高村の一言に、ギャラリーたちは口を噤まざるを得なかった。
俺の後ろでくすくすと笑っているのは、ミスティだろうか。
「これでいいでしょう。『ハイスピードバニー』のバトル、しかと見せてもらいます」
芝居がかった口調で、クイーンの雪華は俺とティアに言った。
「わたしも、負けません……!」
静かに言ったティアの言葉に、俺は驚きを隠せない。
かつて、これほどに闘志を燃やしているティアを見たことがない。
ティアの心境にどういう変化が起こっているのか。
ティアの台詞に、雪華は不敵な笑みを浮かべていた。
俺と高村は、バトルロンドの筐体を挟んで着席した。
ギャラリーから歓声が上がる。
そのほとんどが、クイーンへの声援だ。
やれやれ。これじゃあ、どちらがホームでどちらがアウェーかわからない。
今日の俺たちは完璧に悪役だった。
ならば、それでもかまわない。とことん悪役を演じてやろうじゃないか。
俺はバトルロンドの筐体に武装をセットアップしていく。
ティアをモニターするモバイルPCも開いた。
指示用のワイヤレスヘッドセットを耳に装着する。
久しぶりだった。この緊張感、久しく忘れていた。
準備をする俺の後ろに、ギャラリーが立った。
久住さんと大城、それから四人の女の子たち。
「いいのか? 俺の後ろで」
俺が言うと、みんながみんな頷いていた。
「言ったろ。俺たちはお前の味方だ」
「わたしはあなたの側につくって宣言しちゃったし」
久住さんに至っては、肩をすくめながらそんなことを言うので、俺はびっくりしてしまった。
四人のライトアーマーのオーナーたちは、久住さんの味方らしい。
味方がいてくれるのはありがたいことだ。
久住さんが、不意に険しい表情になって、俺に囁いた。
「気をつけて……クイーンは並の武装神姫じゃないわ」
「……そりゃあ、仮にも全国大会選手なんだから……」
俺の言葉に、久住さんが首を振った。
「もうなんて言ったらいいのか……次元が違うの」
俺は怪訝な顔をしたと思う。
久住さんの言葉は要領を得ていない。
彼女にしては歯切れの悪い答えだった。
ミスティが続ける。
「そうね……わたしたちの得意の距離に踏み込んで、真っ向勝負で、逃げなくて、こっちはあらゆる手を尽くして……それであしらわれた、って言ったら分かる?」
「……は?」
にわかには信じがたい。
身内びいきを差し引いても、ミスティは全国大会レベルの選手と互角に戦えるだけの実力がある。
アーンヴァルの飛行能力で、徹底的にミスティの弱点を突いたならともかく、ガチンコ勝負であしらうなどとは、想像もつかない。
だが、久住さんとミスティはまったく真剣な顔をしていたし、大城も虎実も頷いている。女の子たちも真面目な顔で、冗談にしてくれそうな雰囲気ではなかった。
俺も、海藤の家で、雪華のバトルは見た。
あのときの手並みも鮮やかだった。
しかし、あのバトルはアーンヴァル同士の空中戦だったから、参考にならない。
俺は戦慄する。
もしかして、とんでもない化け物を相手にするのではないのか?
「ごめんなさい。参考になるようなこと、言えなくて……」
「気にすることないよ。とんでもない相手だってことがわかっただけでも十分さ」
悔しそうな顔をした久住さんに、俺は笑いかけた。
すると、久住さんはちょっと驚いた。
「……なにか、あった?」
「なんで?」
「先週みたいに思い詰めてなくて、なんだか……ふっきれたみたい」
「ああ」
彼女はまだ知らないのかもしれない。今日の朝の報道を。
久住さんがきっかけを作ってくれたおかげで、今俺はこうして笑えている。
「だとしたら、久住さんのおかげだ」
俺が言うと、久住さんは驚いた顔をしたあと、視線をそらしてうつむいた。
……何か悪いことを言っただろうか。
彼女の肩で、ミスティがほくそ笑んでいるのが見えた。
俺は不可解な思いに捕らわれながらも、筐体の向こうを見た。
高村が準備をすませ、こちらを見ている。
「相談は終わりましたか?」
俺はティアを見た。
「ティア、いけるか?」
「はい。大丈夫です」
ティアの返事はいつもよりもしっかりとしていて、緊張していた。
このティアの心境が、バトルにどんな影響を及ぼすだろうか?
それが少し心配ではあったが。
俺は高村に告げる。
「準備OKだ。……始めよう」
「それでは」
双方のアクセスポッドが閉じて、筐体と神姫がリンクする。
スタートボタンを押す。
ファンファーレと共にディスプレイにフィールドが表示され、対戦者の名前が重なる。
『雪華 VS ティア』
バトルスタートだ。
■
廃墟を吹き抜ける砂塵。
いつものフィールド。得意のフィールド。
わたしはメインストリートを巡航速度で走る。
久しぶりのバトルロンドは懐かしい感じがする。
再びここに戻ってこられるとは思ってもいなかった。
今日の相手はとびきりの対戦者。
このバトルは、わたしにとっては大きな、そして唯一のチャンスだった。
だから、マスターに無理を言ってまで、対戦を受けてもらった。
わたしは、今日の対戦者に感謝しなくてはならない。
わたしを助けてくれたこと。そのときはバッテリーが切れていたので、覚えてないけれど……。
そして、わたしと対戦してくれること。
風が巻いた。
わたしの頭上を、高速で何かが駆け抜けていく。
攻撃を警戒していたけれど、ただ追い越していった。
そして、上空で優美にターンすると、わたしと向かい合う位置で、空中で静止した。
わたしは、武装した相手の姿を見て、声を失う。
美しい。
そして、圧倒的な存在感。
基本の武装はアーンヴァル・トランシェ2だけれど、細かいところが異なっている。
羽は鳥を思わせる形状の機械の羽。
捧げ持つ武器は、長大な黄金の錫杖。
気流に舞い上がる銀髪が大きく広がっている。
まるで光の粒子をまとっているかのよう。
その姿は、まさに天使。
いまならわかる。
彼女がなぜ『アーンヴァル・クイーン』と呼ばれるのか。
その堂々たる姿は、まさしく天使の女王と呼ぶにふさわしかった。
それに比べればわたしなんて、地を飛び跳ねる小さな兎に過ぎない。
「待ちこがれていました。貴女との対戦を」
白き鷹のごとき神姫は、子兎のようなわたしにそう言った。
「……なぜですか。なぜ、わたしと、なんですか」
「貴女の独自の装備と技を、身を持って感じたいからです」
それだけ?
たったそれだけのために、わざわざ遠くまでやってきて、わたしと戦いたいというの?
全国大会も制覇しようという武装神姫が?
わたしにはわからない。
雪華さんにとっては、それほどの価値があるようだけど、わたしはそうは思わない。
わたしなんかと戦って得るものがあるなどとは到底思えなかった。
けれど、このバトルは、わたしにとってはチャンスだった。
そう思って、自分を奮い立たせる。
わたしは小さな兎なのだとしても。
戦ってみせる。……そして勝つ。
「ならば……真剣勝負です、雪華さん!」
「望むところです、ティア!」
雪華さんとわたしの、戦いの輪舞がはじまった。
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