「ACT 1-6」(2009/07/11 (土) 20:28:32) の最新版変更点
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ウサギのナミダ
ACT 1-6
□
翌週末。
俺は気が進まないながらも、いつものゲームセンターへと足を運んだ。
井山とかいう変態野郎がいるかと思うと行く気がそがれるのだが、先週の騒ぎの後で行かないのでは、こちらに後ろ暗いことがあるように思われてしまう。
ティアの恐がりようを思うと、さらに気が引けるのだが、それでも俺はやはり、いつも通りに行くべきだと思ったのだ。
そんなことを考えていたら、いつも行く時間より、一時間ほど遅くなってしまった。
俺はティアを連れて、ゲームセンターへと向かった。
いつものように、店内に入り、武装神姫のコーナーに足を向ける。
……気のせいだろうか。
ざわついていた店内の空気が変化したように思えた。
バトルロンドコーナー特有の喧噪がなりを潜め、いきなり空気が重くなったような感じだ。
よく見れば、コーナーの誰もがバトルに熱中している風ではない。
みんな、隠れるような視線で……俺を見ていた。
眉をひそめる
あの井山みたいな奴が来たからといって、こんな風に迎えられるいわれはないはずだ。
だが、武装神姫のプレイヤーの誰もが、何かやっかいなものを見たような視線で俺を見ている。
俺がどうしようかと迷って立ち止まっていると、店の奥から長身の男が現れた。
大城だ。
「大城、これはどういう……」
「遠野、悪いことは言わないから、しばらくここに来るのはやめておけ」
大城は、らしくない難しい顔をしながら、そう言った。
俺が来たときに言う言葉を決めていたかのように、はっきりと言い切った。
「なんで」
短い一言が硬い口調であったのを自覚する。
食い下がった俺に、大城は黙って一冊の薄い雑誌を差し出した。
週刊のゴシップ写真誌だ。
下世話な芸能ニュースを中心に、サブカル的な内容も扱う、はっきり言って低俗な雑誌だった。
大城から受け取った雑誌は、神姫のオーナーの間では有名だった。
神姫の記事が毎週載っているためだ。
その内容は真面目なものではなく、神姫のグラビアとか、有名神姫のゴシップとか、そう言うたぐいのもの。
俺は興味がなかったので、ほとんど目を通したことはない。
俺はその雑誌をパラパラとめくる。
雑誌の真ん中あたりに、袋とじページがあり、開封されていた。
その扉ページには、『衝撃! 淫乱神姫の過激プレイ、その中身』という、まったくひねりも何もないタイトルが、奇妙な字体で書き殴られていた。
ページをめくる。
「あっ……!」
俺の胸ポケットで、ティアが絶句するのと、俺の脳内にハンマーが振り降ろされたのは同時だった。
そのグラビアに写っているのは、ティアだった。
いや、グラビアなんかじゃない。
グラビアだったら、少なくとも被写体の美しさを表現しようとする姿勢が見て取れるはずだ。
そんな姿勢は欠片もない。
あらゆる方法で汚される神姫を、より扇情的な構図で撮影した写真、だった。
なんで……ティアの過去は海藤くらいしか知らないはずなのに。
なんで、この記事で『T県、T駅前のゲームセンター常連神姫・T』なんて伏せ字で名指しされてる!?
しかも、ティアの画像には、目隠しされていない。
ティアを知る人が見れば、間違いなくティアだとわかる。
「……なんだよ、これは……」
「それはこっちのせりふだ。なんなんだよ、これは」
大城が厳しい表情で俺を見た。
「まさかお前、ティアにこんなことさせてるんじゃないだろうな?」
「するわけないだろう!!」
返す答えが大きな声になってしまったのも、仕方ないことだと思う。
冗談でも、俺がティアを慰みものにしているなどと、言ってほしくはない。
「だろうなぁ。お前がそんなことするタマとは思ってねぇよ。
だがな、疑問はある。
この写真はティア以外には見えねぇ。そして、いつ、誰がこの写真を撮ったのか?」
「……奴か」
「だろうな。だが、それが本当だとすると、井山が言っていたティアの過去も本当だということになる」
……妙なところで鋭い奴だ。
大城の言うことは全くの正論で、否定の言葉も見あたらない。
俺は拳を握りしめる。
「……たとえそうだったとして、今のティアと何の関係がある?」
「関係はないかもしれねぇ。だけど、気持ちじゃ納得できねぇよ。
言っちゃぁ悪いが……神姫風俗は違法だぜ?
犯罪に関わった……しかも、こんな姿を公開された神姫とバトルしたいと思うか?」
「だからそれは……!」
俺の反論を、大城は右手を挙げて制した。
「わかってる、お前は下心あるような奴じゃないってことはよ……。
でも、考えてみろ。今ここでお前が意地を通してバトルしようとしたって、誰も応じてくれやしない。
それどころか心ないヤジや噂話に、つらい思いをするのはお前達だぞ?」
そう、わかっていた。
今この状況で、俺が意地を張ってバトルをしようとしても、応じてくれる対戦者などいないことを。
それでも、俺は納得できなかった。
俺達は何か悪いことをしたか?
ただバトルロンドをプレイしようとすることが、悪いことかよ?
俺と出会う前のティアは、確かに違法行為をしていたのかも知れない。でも今は、素体も標準的なものに換装されて、俺の神姫として登録されている。
それに、ティア自身が何か悪いことをしたか?
ティアに違法行為をさせたのは神姫風俗の経営者で、法に触れると知りながら彼女を汚したのは、井山みたいな連中じゃないのかよ?
俺はぶつけようのない不満を握りつぶすように、強く強く拳を握る。
何とか無理矢理、自分を納得させようとする。
それでも頭が沸騰して、言葉にならない。
つかの間、俺と大城の間に沈黙が流れた。
それを破ったのは、別の方からかけられた声だった。
「ああ、ああ、遠野くん! 困るんだよねぇ、ああいう人を連れてこられちゃあさぁ!」
「店長……」
俺を見つけた店長は、あわてて側までやって来て、そんなことを言った。
店長は二十代半ばくらいだろうか。小柄で童顔なので、実際は学生のように見える。
人がよく、いつもにこにこと笑っている人だ。
それが、今は迷惑そうな顔で俺を睨んでいる。
「ああいう人って……井山みたいな奴のことですか」
「ちがうちがう! 黒い背広の、いかにもそっちの人って感じの連中だよ!」
店長の話では、午前中に一度、三人組のダークスーツ姿の男達が来店したという。
そして店長にこの雑誌を見せながら「この神姫がバトルしに来ていないか?」とほとんど脅迫めいた口調で尋ねたのだ。
店長は、知らぬ存ぜぬで切り抜けたらしい。
店長にしてみれば、やっかいごとを避けたい一心だったようだが、俺達にとってはありがたい話だった。
男達は、この神姫が来たら教えてほしいと言って、去っていった。
おそらくこの男達は、神姫風俗「LOVEマスィーン」の関係者だろう。
俺がティアを見つけたときに会った男達と特徴が同じだ。
「すみません。ご迷惑をおかけして……」
「ほんとだよ……君も常連さんだから、言いたくはないけど、しばらく店に顔を出さないでくれよ。
僕の方は何も知らないってことにしておくから」
店としては最大の譲歩なのだろう。
俺達のことを話さないでいてくれるだけでも、よしとせねばなるまい。
あんな手合いがやってきたのは、俺達にも責任があると思う。
店長はブツブツと文句を言いながらも、最後は俺の肩をたたいて、去っていった。
こうなってしまっては、店に迷惑がかかってしまう。
認めたくはないし、納得は行かないが、ここは立ち去るしかない。
俺は大城に手を挙げて、きびすを返した。
ふと気付いて、声をかける。
「そういえば、今日は久住さんは来てないのか?」
「……あの記事を見て、すぐに帰ったよ」
「そうか……」
少し胸が痛む。
ティアの過去は、むやみに人に話したリする種類のものではない。
だが、久住さんや大城にも黙っていたことは、俺にも責任があると思う。
特に久住さんは女性だから、何も知らずにこんな写真を見せられればショックだったろう。
「すまないな、大城」
「……」
大城はらしくもなく口ごもる。
わかっていた。
俺に「店に来るな」という嫌な役目を、大城が自分からかって出たことくらいは。
友達だから、相手にとって嫌なことでも遠慮なく言う。
それはそれで奴らしい。
そう考える俺の頭はようやくに冷えて、一抹の寂しさが心の中に積もりつつあった。
俺は大城に背を向け、ゲーセンの出入り口をくぐった。
結局のところ、納得などしていない。
ただ、現実を認識し、俺が一歩引いて、意地を通すのをやめただけだ。
帰り道も、家に着いてからも、俺は考え続けている。
風俗にいた神姫を保護して、自分の神姫として登録し、バトルロンドに参戦した。
武装はオリジナルだが、違法パーツは使っていない。公式戦にもエントリーはしていない。
近場のゲームセンターで草バトルを繰り返した。
それだけだ。
俺は誰もだましていたわけじゃない。
だけど、ティアの過去が、神姫風俗というものへの認識が、どのようなものなのか思い知らされた。
神姫のオーナーであれば、パートナーとして大事にしている神姫を、性のはけ口として弄ぶその行為自体、受け入れられないだろう。
(お互い同意のもとのスキンシップならば、また別なのかも知れないが、俺にはよくわからない)
その気持ちはわかる。
だが、もはや風俗の神姫ではないにもかかわらず、なぜティアは受け入れられない?
武装神姫としてバトルにいそしんでいる姿は、誰もが知っていることだというのに。
ティアの過去がどうあれ、俺以外の誰に迷惑がかかるというのだろう?
……いや、ゲーセンの店長には迷惑かけているか。
確かに、あの黒服連中が店に出入りするようになったら、店長にしてみれば大きな痛手だ。
それを理由に店に来なくなる客もいるかもしれない。
その点については、申し訳ないと思う。
俺達のことを黙っていてくれるという店長には、むしろ感謝しなくてはいけないだろう。
だが、直接の原因は俺達か?
ティアが、風俗にいたことが悪いというのか。
俺は、断じて違う、と言いたい。
神姫はオーナーを選べない。そしてオーナーの命令は絶対だ。
風俗にいる神姫は、どんなに嫌でも、違法であっても、身体を売る以外に為すすべがないのだ。
ティアはもう何度も何度も傷ついた。
もう十分だろう。俺のもとにいて、同じように傷つく必要なんてない。
それでも、ティアは受け入れてもらえないのか。
風俗にいた神姫というだけで、この先ずっと認めてもらえないのか。
そこまでいくと、もう社会的通念の問題で、俺個人の力ではどうしようもないことだ。
それはわかっている。
頭では理解できている。
納得できていないのは、俺の感情だ。
為す術のない自分の力不足に、不満であり、怒っている。
やっとたどり着いた、武装神姫オーナーとしての道を突然閉ざされたことに怒っている。
俺達が今までしてきたことを、誰もが手のひら返したように否定する態度が、納得行かない。
けれど、頭でどんなに考えたところで、結局俺一人の力なんてたかがしれており、何をしたところで、問題解決にはならない、という結論に達する。
堂々巡りだ。
俺は額に手を当て、ため息をつく。
以前、海藤が言っていた言葉を思い出す。
「どんなに君が否定しても、神姫風俗とのつながりを疑われるよ」
ああ、そうだな、海藤。君の言うとおりだ。
俺は今、自分の無力さに打ちのめされている。
こんなどうしようもない状況に誰がした?
俺じゃない。久住さんや大城でもない。ゲーセンに集まる常連さん達や、店長でもない。
誰だよ、俺達をこんな状況に追い込んだ奴は。
俺の視線が、不意に机の上の神姫をとらえた。
クレイドルの上で膝を抱え縮こまっている。
ゲーセンであんなことがあってから、一言もはなさず、落ち込んでいる。
俺の神姫。
ティアが、顔を上げた。
視線が交差する。
……俺はどんな顔をしていただろうか。
ティアの愛らしい顔が、みるみる恐怖に塗りつぶされていく。
……なぜだ?
なぜそんな顔をする?
「ティア」
「ひっ……!」
俺の呼びかけに、ティアは頭を抱え、ますます縮こまる。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
まるで、壊れてしまった音声メディアのように。
謝罪の言葉を繰り返し繰り返し唱え続ける。
俺は。
俺はバカか。
俺は一瞬でも、ティアが元凶だ、などと疑ってしまったのか。
今回のことで、一番傷ついたのはティアのはずだというのに。
「違う……お前が謝ることなんてない」
絞り出すようにかすれた声。
ちゃんとしゃべったはずなのに、その声色には悔しさが滲んでいる。
「ちがうんだ」
言い聞かせるようにつぶやく。
誰に?
きっと、ティアと自分自身に。
マスターとして自分の神姫を守れなかったふがいない自分に腹が立つ。
ティアにこんな顔をさせてばかりな自分が悔しい。
俺は前に言った。
ティアに、普通の神姫でいてもいいと、教えてやりたい、と。
俺が望む以外に、ティアが俺の神姫になる資格があるのか、と。
……何様のつもりだ。
俺は、こうして怯え、傷ついているティアに、何一つしてやれていないじゃないか!!
それで、一瞬でも、俺をこうして苦しめているのはティアじゃないか、なんて考えて。
俺の方こそ、ティアのオーナーでいる資格がない。
やり場のない怒りを鎮めるため、両の拳をきつくきつく握りしめた。
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翌週末。
俺は気が進まないながらも、いつものゲームセンターへと足を運んだ。
井山とかいう変態野郎がいるかと思うと行く気がそがれるのだが、先週の騒ぎの後で行かないのでは、こちらに後ろ暗いことがあるように思われてしまう。
ティアの恐がりようを思うと、さらに気が引けるのだが、それでも俺はやはり、いつも通りに行くべきだと思ったのだ。
そんなことを考えていたら、いつも行く時間より、一時間ほど遅くなってしまった。
俺はティアを連れて、ゲームセンターへと向かった。
いつものように、店内に入り、武装神姫のコーナーに足を向ける。
……気のせいだろうか。
ざわついていた店内の空気が変化したように思えた。
バトルロンドコーナー特有の喧噪がなりを潜め、いきなり空気が重くなったような感じだ。
よく見れば、コーナーの誰もがバトルに熱中している風ではない。
みんな、隠れるような視線で……俺を見ていた。
眉をひそめる
あの井山みたいな奴が来たからといって、こんな風に迎えられるいわれはないはずだ。
だが、武装神姫のプレイヤーの誰もが、何かやっかいなものを見たような視線で俺を見ている。
俺がどうしようかと迷って立ち止まっていると、店の奥から長身の男が現れた。
大城だ。
「大城、これはどういう……」
「遠野、悪いことは言わないから、しばらくここに来るのはやめておけ」
大城は、らしくない難しい顔をしながら、そう言った。
俺が来たときに言う言葉を決めていたかのように、はっきりと言い切った。
「なんで」
短い一言が硬い口調であったのを自覚する。
食い下がった俺に、大城は黙って一冊の薄い雑誌を差し出した。
週刊のゴシップ写真誌だ。
下世話な芸能ニュースを中心に、サブカル的な内容も扱う、はっきり言って低俗な雑誌だった。
大城から受け取った雑誌は、神姫のオーナーの間では有名だった。
神姫の記事が毎週載っているためだ。
その内容は真面目なものではなく、神姫のグラビアとか、有名神姫のゴシップとか、そう言うたぐいのもの。
俺は興味がなかったので、ほとんど目を通したことはない。
俺はその雑誌をパラパラとめくる。
雑誌の真ん中あたりに、袋とじページがあり、開封されていた。
その扉ページには、『衝撃! 淫乱神姫の過激プレイ、その中身』という、まったくひねりも何もないタイトルが、奇妙な字体で書き殴られていた。
ページをめくる。
「あっ……!」
俺の胸ポケットで、ティアが絶句するのと、俺の脳内にハンマーが振り降ろされたのは同時だった。
そのグラビアに写っているのは、ティアだった。
いや、グラビアなんかじゃない。
グラビアだったら、少なくとも被写体の美しさを表現しようとする姿勢が見て取れるはずだ。
そんな姿勢は欠片もない。
あらゆる方法で汚される神姫を、より扇情的な構図で撮影した写真、だった。
なんで……ティアの過去は海藤くらいしか知らないはずなのに。
なんで、この記事で『T県、T駅前のゲームセンター常連神姫・T』なんて伏せ字で名指しされてる!?
しかも、ティアの画像には、目隠しされていない。
ティアを知る人が見れば、間違いなくティアだとわかる。
「……なんだよ、これは……」
「それはこっちのせりふだ。なんなんだよ、これは」
大城が厳しい表情で俺を見た。
「まさかお前、ティアにこんなことさせてるんじゃないだろうな?」
「するわけないだろう!!」
返す答えが大きな声になってしまったのも、仕方ないことだと思う。
冗談でも、俺がティアを慰みものにしているなどと、言ってほしくはない。
「だろうなぁ。お前がそんなことするタマとは思ってねぇよ。
だがな、疑問はある。
この写真はティア以外には見えねぇ。そして、いつ、誰がこの写真を撮ったのか?」
「……奴か」
「だろうな。だが、それが本当だとすると、井山が言っていたティアの過去も本当だということになる」
……妙なところで鋭い奴だ。
大城の言うことは全くの正論で、否定の言葉も見あたらない。
俺は拳を握りしめる。
「……たとえそうだったとして、今のティアと何の関係がある?」
「関係はないかもしれねぇ。だけど、気持ちじゃ納得できねぇよ。
言っちゃぁ悪いが……神姫風俗は違法だぜ?
犯罪に関わった……しかも、こんな姿を公開された神姫とバトルしたいと思うか?」
「だからそれは……!」
俺の反論を、大城は右手を挙げて制した。
「わかってる、お前は下心あるような奴じゃないってことはよ……。
でも、考えてみろ。今ここでお前が意地を通してバトルしようとしたって、誰も応じてくれやしない。
それどころか心ないヤジや噂話に、つらい思いをするのはお前達だぞ?」
そう、わかっていた。
今この状況で、俺が意地を張ってバトルをしようとしても、応じてくれる対戦者などいないことを。
それでも、俺は納得できなかった。
俺達は何か悪いことをしたか?
ただバトルロンドをプレイしようとすることが、悪いことかよ?
俺と出会う前のティアは、確かに違法行為をしていたのかも知れない。でも今は、素体も標準的なものに換装されて、俺の神姫として登録されている。
それに、ティア自身が何か悪いことをしたか?
ティアに違法行為をさせたのは神姫風俗の経営者で、法に触れると知りながら彼女を汚したのは、井山みたいな連中じゃないのかよ?
俺はぶつけようのない不満を握りつぶすように、強く強く拳を握る。
何とか無理矢理、自分を納得させようとする。
それでも頭が沸騰して、言葉にならない。
つかの間、俺と大城の間に沈黙が流れた。
それを破ったのは、別の方からかけられた声だった。
「ああ、ああ、遠野くん! 困るんだよねぇ、ああいう人を連れてこられちゃあさぁ!」
「店長……」
俺を見つけた店長は、あわてて側までやって来て、そんなことを言った。
店長は二十代半ばくらいだろうか。小柄で童顔なので、実際は学生のように見える。
人がよく、いつもにこにこと笑っている人だ。
それが、今は迷惑そうな顔で俺を睨んでいる。
「ああいう人って……井山みたいな奴のことですか」
「ちがうちがう! 黒い背広の、いかにもそっちの人って感じの連中だよ!」
店長の話では、午前中に一度、三人組のダークスーツ姿の男達が来店したという。
そして店長にこの雑誌を見せながら「この神姫がバトルしに来ていないか?」とほとんど脅迫めいた口調で尋ねたのだ。
店長は、知らぬ存ぜぬで切り抜けたらしい。
店長にしてみれば、やっかいごとを避けたい一心だったようだが、俺達にとってはありがたい話だった。
男達は、この神姫が来たら教えてほしいと言って、去っていった。
おそらくこの男達は、神姫風俗「LOVEマスィーン」の関係者だろう。
俺がティアを見つけたときに会った男達と特徴が同じだ。
「すみません。ご迷惑をおかけして……」
「ほんとだよ……君も常連さんだから、言いたくはないけど、しばらく店に顔を出さないでくれよ。
僕の方は何も知らないってことにしておくから」
店としては最大の譲歩なのだろう。
俺達のことを話さないでいてくれるだけでも、よしとせねばなるまい。
あんな手合いがやってきたのは、俺達にも責任があると思う。
店長はブツブツと文句を言いながらも、最後は俺の肩をたたいて、去っていった。
こうなってしまっては、店に迷惑がかかってしまう。
認めたくはないし、納得は行かないが、ここは立ち去るしかない。
俺は大城に手を挙げて、きびすを返した。
ふと気付いて、声をかける。
「そういえば、今日は久住さんは来てないのか?」
「……あの記事を見て、すぐに帰ったよ」
「そうか……」
少し胸が痛む。
ティアの過去は、むやみに人に話したリする種類のものではない。
だが、久住さんや大城にも黙っていたことは、俺にも責任があると思う。
特に久住さんは女性だから、何も知らずにこんな写真を見せられればショックだったろう。
「すまないな、大城」
「……」
大城はらしくもなく口ごもる。
わかっていた。
俺に「店に来るな」という嫌な役目を、大城が自分からかって出たことくらいは。
友達だから、相手にとって嫌なことでも遠慮なく言う。
それはそれで奴らしい。
そう考える俺の頭はようやくに冷えて、一抹の寂しさが心の中に積もりつつあった。
俺は大城に背を向け、ゲーセンの出入り口をくぐった。
結局のところ、納得などしていない。
ただ、現実を認識し、俺が一歩引いて、意地を通すのをやめただけだ。
帰り道も、家に着いてからも、俺は考え続けている。
風俗にいた神姫を保護して、自分の神姫として登録し、バトルロンドに参戦した。
武装はオリジナルだが、違法パーツは使っていない。公式戦にもエントリーはしていない。
近場のゲームセンターで草バトルを繰り返した。
それだけだ。
俺は誰もだましていたわけじゃない。
だけど、ティアの過去が、神姫風俗というものへの認識が、どのようなものなのか思い知らされた。
神姫のオーナーであれば、パートナーとして大事にしている神姫を、性のはけ口として弄ぶその行為自体、受け入れられないだろう。
(お互い同意のもとのスキンシップならば、また別なのかも知れないが、俺にはよくわからない)
その気持ちはわかる。
だが、もはや風俗の神姫ではないにもかかわらず、なぜティアは受け入れられない?
武装神姫としてバトルにいそしんでいる姿は、誰もが知っていることだというのに。
ティアの過去がどうあれ、俺以外の誰に迷惑がかかるというのだろう?
……いや、ゲーセンの店長には迷惑かけているか。
確かに、あの黒服連中が店に出入りするようになったら、店長にしてみれば大きな痛手だ。
それを理由に店に来なくなる客もいるかもしれない。
その点については、申し訳ないと思う。
俺達のことを黙っていてくれるという店長には、むしろ感謝しなくてはいけないだろう。
だが、直接の原因は俺達か?
ティアが、風俗にいたことが悪いというのか。
俺は、断じて違う、と言いたい。
神姫はオーナーを選べない。そしてオーナーの命令は絶対だ。
風俗にいる神姫は、どんなに嫌でも、違法であっても、身体を売る以外に為すすべがないのだ。
ティアはもう何度も何度も傷ついた。
もう十分だろう。俺のもとにいて、同じように傷つく必要なんてない。
それでも、ティアは受け入れてもらえないのか。
風俗にいた神姫というだけで、この先ずっと認めてもらえないのか。
そこまでいくと、もう社会的通念の問題で、俺個人の力ではどうしようもないことだ。
それはわかっている。
頭では理解できている。
納得できていないのは、俺の感情だ。
為す術のない自分の力不足に、不満であり、怒っている。
やっとたどり着いた、武装神姫オーナーとしての道を突然閉ざされたことに怒っている。
俺達が今までしてきたことを、誰もが手のひら返したように否定する態度が、納得行かない。
けれど、頭でどんなに考えたところで、結局俺一人の力なんてたかがしれており、何をしたところで、問題解決にはならない、という結論に達する。
堂々巡りだ。
俺は額に手を当て、ため息をつく。
以前、海藤が言っていた言葉を思い出す。
「どんなに君が否定しても、神姫風俗とのつながりを疑われるよ」
ああ、そうだな、海藤。君の言うとおりだ。
俺は今、自分の無力さに打ちのめされている。
こんなどうしようもない状況に誰がした?
俺じゃない。久住さんや大城でもない。ゲーセンに集まる常連さん達や、店長でもない。
誰だよ、俺達をこんな状況に追い込んだ奴は。
俺の視線が、不意に机の上の神姫をとらえた。
クレイドルの上で膝を抱え縮こまっている。
ゲーセンであんなことがあってから、一言もはなさず、落ち込んでいる。
俺の神姫。
ティアが、顔を上げた。
視線が交差する。
……俺はどんな顔をしていただろうか。
ティアの愛らしい顔が、みるみる恐怖に塗りつぶされていく。
……なぜだ?
なぜそんな顔をする?
「ティア」
「ひっ……!」
俺の呼びかけに、ティアは頭を抱え、ますます縮こまる。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
まるで、壊れてしまった音声メディアのように。
謝罪の言葉を繰り返し繰り返し唱え続ける。
俺は。
俺はバカか。
俺は一瞬でも、ティアが元凶だ、などと疑ってしまったのか。
今回のことで、一番傷ついたのはティアのはずだというのに。
「違う……お前が謝ることなんてない」
絞り出すようにかすれた声。
ちゃんとしゃべったはずなのに、その声色には悔しさが滲んでいる。
「ちがうんだ」
言い聞かせるようにつぶやく。
誰に?
きっと、ティアと自分自身に。
マスターとして自分の神姫を守れなかったふがいない自分に腹が立つ。
ティアにこんな顔をさせてばかりな自分が悔しい。
俺は前に言った。
ティアに、普通の神姫でいてもいいと、教えてやりたい、と。
俺が望む以外に、ティアが俺の神姫になる資格があるのか、と。
……何様のつもりだ。
俺は、こうして怯え、傷ついているティアに、何一つしてやれていないじゃないか!!
それで、一瞬でも、俺をこうして苦しめているのはティアじゃないか、なんて考えて。
俺の方こそ、ティアのオーナーでいる資格がない。
やり場のない怒りを鎮めるため、両の拳をきつくきつく握りしめた。
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