「土下座その17」(2008/12/31 (水) 23:48:11) の最新版変更点
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皆さんこんばんわ。
さて今日の私とマスターさんは、深夜の散歩としゃれ込んでおります。
深夜とは言いましたが、周囲には私どもと目的を同じくする方々であふれ、そんな方々のために至る所に篝火が焚かれ、それを見込んでの屋台も立ち並び、ちょっとしたお祭り状態です。
私たちはといえばそんな方々からしばし距離を置き、境内のベンチに並んで座り(私はもちろん正座でです)その時を今か今かと待ち受けております。
目的の時間まではまだしばし猶予があるのですが、さすがに冬の深夜ともなればかなり冷え込みます。私はこの程度の寒さならば動作不良を起こすこともないので問題ありませんが、マスターさんはといえばセーターやコートを常よりも着込んでおり、時折缶コーヒーをすすりつつ暖を取っております。
申し遅れましたが、散歩の目的地は私達の住居にほど近い神社。
そしてその目的は、「二年参り」とのことです。
なんでも「二年参り」とは、本日12月31日の大晦日に、年が明ける前から神社で新年を待ち伏せし、旧年分の参拝と新年分の参拝(つまり初詣ですね)を一度の訪問で済ませてしまおうという、一粒で二度おいしいナイスなイベントであるとか。
「そう言うとなにやら、ずいぶんとフランクといいますか、厳かさが皆無といいますか」
おっと、どうやら私の理解は世俗的でありすぎたようです。
申し訳ありません、武装神姫である私には、「神」や「信仰」といった概念がどうにも馴染みませんで。
ですがまぁ無礼と承知で言わせていただければ、「信仰」というものはとかく複雑かつ曖昧で、私などには理解が追いつかないのですよ。
「なるほど、人間にとっても完全には理解しがたい概念ですしねぇ」
「いえ、それ以前の問題でして」
「と、いいますと?」
つまりですね、マスターさんの言うところの「人間にも理解しにくい概念」というのは「信仰とは何ぞや」「神とは何ぞや」といった根源的な哲学分野での話題で、そちらに関してはもう完全に理解不能の概念なのです。
ですが私としては、そこに至るまでもなく、そこよりもずっと表層部分の段階ですでにサレンダー状態で。
ぶっちゃけていいますと、データベース的な意味合いで「キリスト教」「仏教」「神道」その他の違いは分かるのですが、ならばたとえば自分にとって一番よいものを取捨選択せよ、となるとこれがどうにも。
「これが武装選択の話ならば、『こちらの武器は重い代わりに強い』『こちらの防具は薄い代わりに動きやすい』と非常に分かりやすいのですが」
「あー……なるほど、そういう捉え方をしているのですね」
むむ? なにやらマスターさんが苦笑いしております。
「僕もさほど詳しいわけでもありませんが……多分信仰とは、そういった見返りを超越したところにあるのではないかと」
むむむむむ?
申し訳ありません、正直言ってますます理解不能です。
「こちらこそ申し訳ありません、僕自身が理解してるわけでもないので、どうしても説明が曖昧で」
深々。
「そんな滅相もない」
深々。
「あ、でも……」
と、マスターさんがふと何かを思いついたように小首を傾げます。
「『武装神姫には信仰の概念が理解できない』といいますが、その割には今後のラインナップに『シスター型』も居らしたようですが」
ああ、居ましたね、『ハーモニーグレイス』でしたか。
「どうなのでしょうね……後発の武装神姫ともなると、AIも発達してそういった概念も理解できるようになっているのでしょうかね?」
私も、小首をかしげながらマスターさんにお答えします。
私自身が自分自身を把握しているとは言いがたい現状では、余所様の精神発達など及びもつきません。
「もっとも、単純に私自身の思考が『信仰という概念を理解するのに向いていない』という可能性もありますが」
「なるほど……じゃあ今度、他の武装神姫の方にも聴いてみましょうか?」
「そうしましょう」
さて、だいぶ話が脇道にそれてしまいました。
そんな訳で私達は今、近所の神社にて周囲の喧騒を眺めつつ、遠くに除夜の鐘を聞きながら年明けを待っている状態です。
あ、また一つ鳴りました。今のでちょうど100回目です。
除夜の鐘というのは単なる新年へのカウントダウンというわけでもなく、これまた宗教的概念からくる、「人間の持つ108の煩悩を鐘の音で払う」という儀式なのだそうですね。
先日のクリスマスといい、年末年始のイベントの謂れには、自分の勉強不足を痛感させられるばかりです。
いや本当に、世の中知れば知るほど自分の物知らずを思い知るばかりで。
「一文の中に『知る』を4回も織り込むとは、なかなかの言葉遊びですね」
「お褒めいただき恐縮です」
深々。
「どういたしまして」
深々。
「ところでマスターさん」
「なんでしょう犬子さん」
「いわゆる『108の煩悩』というのは、キリスト教で言うところの『七つの大罪』にあたるのでしょうか?」
「んー……厳密には同じものというわけでもないでしょうけど、人間が戒め改善すべき欠点という意味では、同じカテゴリーと言えるかもしれませんね」
「だとしたら素朴な疑問なのですが、その15倍以上に達する数の差は何なのでしょうか?」
日本人は謙譲を美徳とするはよく言われますが、キリスト教圏内の方々に比べて文字通り桁の違いの数の欠点を仏教徒の方々が数え上げたというのでしたら、謙遜と言うにも程があるのではないかと。
「えーと、それはおそらく単純に差し引き101個多く数え上げてるというわけでもなくて、キリスト教でいうところの7つを、細分化して108になっているんじゃないでしょうかね?」
「おお」
私はぽん、と手を打ち鳴らします。
なるほど、大分類と小分類の差なのですね。
「いやまぁ、僕も『七つの大罪』はともかく、108の煩悩が何を示しているか正確に知っているわけでもないので、あてずっぽうなのですが」
「いえいえ、十分納得のいく考え方です」
少なくとも、自分の思考はまだまだ狭いものだという事を自覚できた、まさにカメラアイから保護フィルターが落ちるお答えでしたとも。
と、ふとマスターさんが何かを思いついた表情になり、小さく笑みを浮かべられました。
「しかしそうなるとですね犬子さん」
「何でしょうマスターさん」
「纏めれば七つで済むものを108まで細分化させたあたり、今度はその細やかさが気になってくるのですが、やはり日本人は凝り性ということなのでしょうかね?」
あー、確かに日本人の凝り性っぷりは、当人達が熱中して他所様から「やりすぎ」と指摘されるまで気づかないために、とことんまで突き進むともよく言われますね。
その「やりすぎ」の最たるものが、このコンパクトな本体にここまでの高性能を搭載してのけた『玩具』であるところの、我々武装神姫なのではないかと思うのですがそれはさておき。
「マスターさん、仏教は中国経由でインドから日本に流入してきたものですから、日本人の凝り性っぷりとはまた別なのだとは思いますが」
「やや、これはお恥ずかしい」
マスターさん、額を押さえながら照れたような笑みを浮かべます。
「知識として知っていたはずなのに……身近にあるものですので、ついつい勘違いをしてしまいました」
「いえいえそんな、お気になさらず。とはいえ実際、日本人気質に馴染むものはあったのではないかと」
そう、あって当然のものと受け入れられるくらいに。
……宗教という概念は私にはそぐわないとは申し上げたとおりですが、対してマスターさんはといえば、熱心な仏教徒というわけでもないのに、自然と馴染んでいらっしゃいます。
キリスト教や神道、儒教もまた、同様に。
このあたりの懐の広さは、ぜひとも見習いたいものです。
「いやそれは日本人が良く揶揄される、節操のなさだと思いますが」
「マスターさん、こういうときはポジティブに捉えるがよいかと」
「……それもそうですね」
「ええ、そうですとも」
そうこうしてる間に、鐘の音も106を数えました。
周囲にあった人の流れもしばし停滞し、皆さんが時計を気にし始めます。
いよいよですね。
私は、すっくとベンチの上に立ち上がります。
「どうかされましたか、犬子さん?」
「いえ、ちょっと」
私は問いかけるマスターさんに笑みを向けつつ、曖昧な言葉でごまかします。
いよいよ、かねてより私が思い描いていた、一発芸のお披露目のときです。
周囲も盛り上がって参りました。
お若い方々などが音頭を取り、大声でカウントダウンなどを始めておられます。
それに唱和する声もどんどんと高まる中、107回目の鐘の音が鳴り響きます。
そしてその直後、暦が新年へと切り替わる瞬間。
「はぁっ!」
私は掛け声も勇ましく、ベンチから飛び上がります。
宙返りのさなか、ちらりと確認したマスターさんのお顔は、何事かと目を丸くしておいででした。
約二秒の滞空ののち、私がしっかりと地面に着地すると同時に、最後の鐘の音が鳴り響きます。
周囲の喧騒も最高潮に達し、あちこちで新年の挨拶を交わす様子が見受けられます。
私は降り立った地面で振り返って、やや意表をつかれたご様子のマスターさんを見上げますと、ドッグテイル全開、得意満面の笑顔で宣言いたしました。
「見てくださいましたかマスターさん? 私、新年となった瞬間にはこの地球上には存在しなかったのですよ!」
「ああ、なるほど……」
それを聞いたマスターさん、得心いったかのように笑顔で頷いてくださいました。
「それはすごいですねぇ」
おお、マスターさんにお褒めいただいたしまいました。これはまた幸先がよいですね。
一年のうちにこの瞬間のみしかお披露目できない一発芸、やはりタイミングを逃さずにお見せできてなによりです。
と、マスターさんにやや悪戯っぽい表情が浮かびました。
「ですが犬子さん、甘いですよ」
「むむむ? なにがでしょうか?」
「僕の両足を見てください」
「御御足、ですか?」
一見するとごく普通に両足で大地を踏みしめていらっしゃるようにお見受けいたしますが、何かあるのでしょうか?
「ええ、両足で踏みしめてますね……東側と、西側を」
!? そ、それはもしや……!
「お察しいただいたようですね……そうです、僕の体の上を日付変更線が通り過ぎる瞬間……」
そこでマスターさん、一度言葉を切り、厳かに宣言されました。
「僕は、旧年と新年の双方に同時に存在していたのですよ」
「な、なんと……!」
私は、そのお言葉に打ちのめされます。
なんと我が発想の貧困なることか。
私が自分の存在をゼロにしたと浮かれてるのを尻目に、マスターさんはその御身を倍に増やされていたのです。
ゼロと2の差……これは単なるマイナス1とプラス1いう範疇に収まらない、まさにゼロにいくつをかけてもゼロのままで永久に2に追いつくことのない、まさしくマスターさんと私の絶対的な差異といえましょう。
「いえあの、そこまで大仰に感心されるとなんだか恥ずかしいのですが……」
? はて、マスターさんの呟きを咆皇で増幅されたイヤーセンサーが感知いたしましたが、これほどの偉業の前に一体なぜ恥じ入ることなどあるのでしょうか?
あ、ですが少々困ったことになりました。
「大変ですマスターさん」
「どうしました犬子さん?」
「武装神姫は一体に対しオーナーは一人が鉄則ですが、マスターさんが同時にお二人存在していたとなると、オーナーの二重登録となってエラーが発生してしまうことになるのではないでしょうか?」
これは一大事です。もちろん私自身の忠誠はマスターさんから揺らぐことなどありえませんので今まで気にしたことなどありませんでしたが、もうお一方もマスターさんともなれば話は別です。
一体この状態は、どう処理すればよいのでしょうか?
「あー……」
私の困惑の入り混じる相談を受けて、マスターさんは一瞬宙に視線をさまよわせまして。
「同時存在してた僕と、居なかった犬子さん、合わせたら計算すればちょうどいいじゃないですか」
「おお!」
なんとうことでしょう、私は感動に打ち震えました。
きっとマスターさんはこの展開が読めていたに違いありません。
私が矮小にも自分の存在をゼロにすることを画策していた間に、マスターさんはそんな私の考えなど見通した上で、そんなわたしの存在を補うために旧年と新年の双方に存在することを選んでくださったのでしょう。
さすがはマスターさんです。
なんという慧眼と度量、そして有難く申し訳ないことでしょうか。
「いえだから、そこまで大げさな話では……」
マスターさんの呟くような苦笑いを例によってイヤーセンサーが拾いましたが、それは尻つぼみに消えまして。
マスターさんは一度首を振って、身を屈めて私へと手を差し伸べてくださいました。
「そろそろ初詣、いきましょうか」
「はい、お供させていただきます」
私は失礼してマスターさんの手に乗りますと、外出時の指定席であるマスターさんの胸ポケットへとおさまりました。
「少々人込みが多いです。僕も気をつけますが、犬子さんも潰されないように気をつけてくださいね」
「はい、お気遣い感謝です」
深々。
「いえいえ」
深々。
人込みの中、押し合いへし合いになって圧迫される危険性を考えると、胸ポケットよりもいっそ肩の上にでも失礼したほうがよいのかもしれませんが、そうなると今度は落下の危険性を考えねばなりません。
これだけ人々のひしめく中に落ちるとなかなかにスリリングなことになりそうですから、やはり胸ポケットが妥当かと考えます。
それに、その、なんと申しますか、この場所は……落ち着きますので。
「おや犬子さん、尻尾がずいぶんとご機嫌ですね」
「や、その、これは……初詣とそれに続く一連のイベントが、楽しみでして」
マスターさんにドッグテイルの機動をご指摘され、とっさにごまかしてしまう私です。
や、5円からのトレードオフで願いをかなえられると言う初詣や、今年一年の動向を予言できる御神籤などが楽しみであるのも嘘ではありませんが。
……ごまかすといえば。
そういえば先ほど初詣を提案されたマスターさんにも、なにやらごまかされたような気がいたします。
もちろんお供には喜んで従いますが、一体なにかまずかったのでしょうか?
その直前には、マスターさんを賞賛させていただいただけなのですが……。
そうですね、推測するに……さすがに賞賛されるのを拒否したかったということもないでしょうし、これは きっと、マスターさんほどのお方ならば周囲の方々からも絶賛されていて、私程度の賞賛など聞き飽きていらっしゃったのでしょう。
なるほど、そう考えれば筋は通ります。自らの語彙の貧弱さに恥じ入るばかりです。マスターさんを賞賛する言葉の研鑽を、もっともっと積まねばなりません。
不意にぶるりと、マスターさんが身震いされました。
「どうされましたか、マスターさん」
「あー、いえ、急に寒気が……やはり冷え込みますしねぇ」
マスターさんは、コートの襟をかき抱くようにあわせます。
「それはいけません。早く暖まりませんと」
「まぁ大丈夫でしょう。参拝の行列に並べば、むしろ暑いくらいになるでしょうし」
そう仰りつつ、マスターさんは私を胸ポケットに収めたまま、行列の後ろに向かって歩き出されます。
……足取りが乱れているご様子もなし、心配はないでしょうか?
と、不意にその足が止まりました。
「どうされましたか、マスターさん?」
見上げて問いかける私を、マスターさんは覗き込みます。
「そうでした、大事なことを忘れていました」
「大事なこと、でしょうか?」
「はい、大事なことです」
マスターさんは、にっこりと微笑まれまして。
「新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
「あ、はい! あけましておめでとうございます、こちらこそよろしくお願いします!」
[[<その16>>土下座その16]] [[<その18>>土下座その18]]
[[<目次>>犬子さんの土下座ライフ。]]
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そんな感じで、お久しぶりの投下です。
web拍手をみるに、こんなにお待たせしてしまったのにもかかわらずずっとお待ちして下さった方々も
いたご様子で、有難い限りです。
だいぶ時間も空いてしまい、実際にこいつらを文面に起こすのも久しぶりではあったのですが、さすがといいますが、書き始めてみると勝手にしゃべるしゃべる。
こいつら武装神姫SSで何をシューキョー騙もとい語ってるのかと。
最初はジャンプと両足だけでさらっと書く予定だったんですがねー。
これからまたぼちぼち、続けていきたいところです。
ガンダム無双2が止まらない土下座でした。
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