「Red-Ride」(2008/11/03 (月) 05:33:33) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
まだまだ薄暗い空。さわやかさと不気味さが同居した不思議な空気。
しかし、雲に朝焼けの太陽の光が反射して綺麗なグラデーション。
ひんやりした風が肌につんつんとくる。
人の影はほとんどなく、時折同業者とすれ違うくらい。
んー、こういうのもなかなかオツなもんだぜ。
「マイマスター、ぼーっとしてないでよ。ココの御宅もそうでしょ?」
おおっとやばいやばい、己の本分を忘れてたぜ。
「すまんすまん、助かった。いやぁムラクモさんはいい子だなぁ、いいお嫁さんになるぜ」
「ばっ、バカいってないでほら!早くしないと時間内に終わんないよっ」
「ほいほーい、よいせっ……と、朝刊でーす」
自転車にしこたま積んである、灰色の紙の束を家の新聞受けに突っ込む。
「おーし、残りコレで半分、がんばるかー」
そんなところ、とどのつまり俺たちはバイトの早朝新聞配達でハッスルしてるのであった。
「ハッスルって言い方はどうなの!?」
「いやぁ、元気に働いてるって意味だよほっほっほ、いったい何を想像したのだいムラクモさんや。あと地の文読まないでぇ~」
「そ、想像なんか何も……」
「ふふふ、おぢちゃんには判るのだよ?このおピンク色め!」
「……女の子にその言い方はすっごいダメだよ!傷つくよ……」
「ああそっか、これは言い過ぎたかもしらん……ごめんな、ムラクモさん」
「あ、う、その……そんな素直に謝られても……えっと」
「かぁぁぁあああああいいぃぃいいいなぁあああああムラクモさんはぁああああああ!」
「―――な、な、なにその反応!?嵌められたの私!?」
しかし、このご時勢でも新聞は未だ紙媒体で手配りってのもすげーよなぁ。
ていうか今時自転車って、普通は単車の免許持ってるヤツとかに任せるんじゃないのか?
そのとき、もたもたと自転車を転がす俺たちの隣を、何かが駆けていった。
「うォ!?」
「ぅわっ!」
ちょっとよろめきつつも、なんとか転ばずにすんだ。危ない危ない。
「なんだァ?」
パッと見人間大のサイズじゃなかったけど……。
「……神姫だ」
「あに?」
「今のは神姫だよ、あの翼と白いカラーに大きな円筒状のパーツ……多分、アーンヴァル」
あの一瞬でそこまで見抜くか、ムラクモさん!
さすが……ハイスピードというだけあって反応速度がすごいぜ。
「いい速さだった……飛び方に淀みも無かったし……」
そこでそういう反応してるってことは、まさか……。
「……マイマスター!今ある!?トライク用一式ッ!」
「あ、あるけど……火ぃ、着いちゃった?」
ビシィッ、という擬音すらしそうなほどのまっすぐな発音でムラクモさんは俺に言う。
「あんないい速さなんだもん!我慢できない!見失う前に早く!」
あーあー。始まっちゃったわ……ムラクモさんのチェイサー魂に火がついてしまった。
ムラクモさん、自転車だろうとなんだろうと、自分の前を走るヤツを見るとこうなってしまう。
普通外に出るときはそういうことはほとんどないんだけど、このバイト中に限ってはやたらとバーニング。
こうなると、オーナーの俺でも止められないほどに、ムラクモさんは燃え上がる。
「わかったから、今から用意するぜ」
自転車を降り、新聞が入ってるのとは違うショルダーバッグから、グリスかかった真っ赤なパーツ群を取り出す。
説明しよう!俺はこういう事態に備えてバイト中でも武装パーツを持ち歩いているのだ!
―――しょうがないじゃんよー、こうでもしなきゃムラクモさんの熱治まんないんだもの。
はやくはやくと急かすムラクモさんに素早く、しかし確実に装備を施していく。
ものの2分もしないうちにムラクモさんINトライク完成。ただしガンポッドにミサイル、ホーミングレーザーはなし。
バトルさせるわけじゃないしねー。
「来てる……このエンジンの振動、来てるよ……ッ!」
実のところ、トライクはバッテリー消費型の電気駆動なのでいわゆるエンジンは無い。
無いのだが、トライクからはまるでバイクさながらの唸るようなアイドリング音と振動がする。
なんでも、開発中に『車はコレがないと車じゃない』という発言のために、苦労してわざわざ再現したんだとか。
―――俺、そういう無駄なチャレンジ精神大好物だぜ。
「よぉし……ブッちぎるッ!」
タイヤのスリップ音が響き、一気に急加速でかっとんでいく紅いヴィークル。
まぁ……今は登録しとけば携帯で自分の神姫の現在位置サーチできたりするから、今あわてて追いかける必要はないんだけど。
―――とりあえず、配達終わらせっか。
----
風を切り、空気を切り、私はその道を駆け抜ける。
体中に伝わってくるのは、路面走行から感ずる振動。
追うべき目標はただ一つ、私とマイマスターの横を駆けていったあの神姫!
なんでこんな朝から神姫が飛んでいるとか、オーナーはどうしたとか、そういう突っ込みどころはあるけど。
こうなってしまったらそんなことは些細なこと、ただただ、私はアイツを追いかけるのみ!
すで人間では目視できるギリギリの距離だけど、私はソレで十分。レーダーで姿さえ見えれば、追える。
目視、直線コース、進路上に障害物はなし、レーダーにも大型物体の反応なし。あるのは、アイツだけ!
スピードが乗ってきたところで、アクセルを全開まで開く。モーターの大きな唸りと強くなる風圧。
街灯が、塀が、周りの家々が吹き飛ばされるような速さで流れていく。
バトルでは味わえない、速さによる高揚感。
それは超高速のセカイ。
私が大好きな、光と風のセカイ。
アイツの、ドットのように小さかったその姿が、今はもうはっきりと人型だとわかる。
メットグラスに内蔵されているヘッドアップディスプレイでも捕捉。
……やっぱり、アーンヴァル。ビニール袋のようなものをぶら下げて高速飛行している。
でもあのスピードは普通のアーンヴァルじゃない。
最高速が通常の約3割り増し……ッ!?曲がった!
でも、この辺の地理はちゃんと私の中にある、それに曲がったってコトは多少なりとも減速したはず。
なら、曲がった先をシミュレートして先回りするようなコース取りをすれば……。
よぉし、燃えてきた!
----
「……朝刊でーす」
ポスッと新聞受けに新聞をつっこむ。
相変わらず自転車をゆっくりキコキコと流しながら新聞を配りまわる。
おもむろに携帯を開き、神姫追跡サービスを呼び出す。
液晶にこの辺の地理のマップが表示されて、その中を、一つの光点が物凄い速さで移動している。
―――ああ、まだやってるんだ、ムラクモさん。
毎度のこととはいえ、取り残される俺はなんとも……虚しいというか、寂しい気分だった。
「……朝刊でーす」
ボスッ。
虚しい。
----
いた!やっぱりここを通った!
いくつもの曲がり角を抜け、辿りついた先にアイツはいた。
さっきよりもハッキリとその姿が見える。
流れる金髪にヘッドギアユニット、純白のボディは、やはりアーンヴァルだった。
ビニール袋は少し角ばっていて、中に箱でも入ってそうな雰囲気だ。
ふと、アーンヴァルがこちらに振り向く。怪訝そうな表情は驚きの表情へ一瞬のうちに変わる。
黄色い円筒状のリアブースターから迸っていたオレンジ色の閃光が強く、大きくなった。
同時に上がるアーンヴァルの速度。近づきつつあった私との距離が、また開く。
でも遅い!ここからはもう、私の距離だ!
アクセル全開状態で、ハンドルにあるスイッチを親指で押し込む。
急激にかかる強烈な重力。モーターの駆動音に重なるように、ロケットのような轟音。
マイマスターにお願いしてつけてもらった、私のとっておき。
後輪ユニットに積んである、ニトロによる内蔵式ロケットモーター。
燃焼時間が5秒しかない上、ホーミングレーザーをつけると塞がっちゃうから使えなくなるけど。
私はこのカードをここで切る。ここで一気に、ブッちぎる!
再び迫る距離、アイツとの差はさっきよりも速いペースで縮まっていく。
「―――!?」
何か叫んでるけど、そんなものは高揚感と風圧とロケットで聞こえない。
あと120cm……110……90……ッ!
「―――ぇぇえ!!」
30……20……10……ッ!
「―――ぃでぇええ!!」
0……ッ!これで、エンドぉぉぉぉぉおおッ!
「こないでぇええええッ!!」
轟音の中で隣から聞こえてきた叫び声らしきもの。
しかし私は、追い抜いてやったという達成感で、そんなものは微塵も耳に入らないのだった。
そして私は駆け抜けていく。まるで私を祝福してるかのように差し込む、朝焼けへ。
光点が止まった、ということで、俺はその地点に向かった。ムラクモさんのチェイスが終わったと思ったからだ。
その頃にはすでに仕事も終わり、薄暗かった外は完全に明るくなっていた。
もたもたと自転車漕いでその場所へ行ってみたのだ。
確かに終わってた、どうもかなりヒートアップしたみたいで、ドレットパターンが地面に残ってる。
それはまぁいいんだ、いいんだが。
「うえぇええええ、ま、ますっ、ますたぁあああああ!わぁあああああああん!」
「ごめんなさい!ごめんなさいぃ!」
そこには、追いかけてたと思わしきボロ泣きのアーンヴァルに、ごめんなさいと頭を下げっぱなしにしてたムラクモさんがいたのだった。。
それからアーンヴァルのオーナーが現れ、あーだこーだと話した挙句、こうなったいきさつがわかった。
この子はとある店の、早朝でないと販売しないというマボロシのケーキを買いに行った。
その帰り、早く帰ろうとするために思いっきりスピードを出してたらしい。
そこをムラクモさんに目ぇつけられちゃったわけだ。
猛スピードで追いかけてくるムラクモさんを見て、ケーキを狙ってるんだと勘違いして思いっきり逃げ回った。
で……追いつかれ、追い抜かれてこんな惨状になったそうな。
とりあえずムラクモさんと一緒に謝っておいた。
向こうさんも笑いながら許しちゃーくれたけど、余計になんとも申し訳ない気分になってしまったのであった。
そして帰り、ムラクモさんは道中俺にもずっと謝りっぱなしだった。
「その、ごめん、なさい……まい、ますたー……」
「あー、もうその辺で、な?今回はちょっとヒートアップしたところが悪かっただけだって。俺は気にしてないから」
「でも……本当はマイマスターの手伝いに来てるのに……私がアツくなるたび、迷惑かけっぱなしというか……」
「いやーはっはっは、そんなしおらしいムラクモさんも可愛いなぁ」
「……茶化さないでよ……」
おやまぁ、ツッコミが弱々しい。責任感じちゃってるのかしら。
「まぁまぁ、俺はそんなムラクモさんが好きだぜ?そういうアツいところも全部含めて可愛いって言ってるんだ」
「あ……ぅ……」
顔を真っ赤にして、俯き気味に傾けるムラクモさん。うむ、可愛いぜ。
「だから迷惑とか、そんなもん考えんな。それが、ムラクモさんの個性なんだからさ」
うむうむ、なんだかんだで、俺もムラクモさんのチェイス葉見ててアツくなったりするんだぜ。
今回は時間かかったけど、その分だけとっても白熱したチェイスログが―――時間?
ふと、携帯の時計を見る。
なんか、すごい、やばい数字が表示されていた。
そしてダッシュで帰ってくるころには、もう時間とか準備とか色々ギリギリなのであった。
「時間がぁぁああああうぉぉおおやべぇええええええ!」
「マイマスターボタン違う!1個どころか3個ずれてる!」
「ボタンなんてかけりゃ全部同じよぉおお!」
「それは流石にダメぇええ!」
「うぉぉおおおおやぁぁぁってやるぜえええええ!?」
「叫ぶのはいいから早く準備してマイマスタぁあああ!」
騒がしく疲れつつも、今日の俺の一日は、まだ始まったばかりなのだ。
まだまだ薄暗い空。さわやかさと不気味さが同居した不思議な空気。
しかし、雲に朝焼けの太陽の光が反射して綺麗なグラデーション。
ひんやりした風が肌につんつんとくる。
人の影はほとんどなく、時折同業者とすれ違うくらい。
んー、こういうのもなかなかオツなもんだぜ。
「マイマスター、ぼーっとしてないでよ。ココの御宅もそうでしょ?」
おおっとやばいやばい、己の本分を忘れてたぜ。
「すまんすまん、助かった。いやぁムラクモさんはいい子だなぁ、いいお嫁さんになるぜ」
「ばっ、バカいってないでほら!早くしないと時間内に終わんないよっ」
「ほいほーい、よいせっ……と、朝刊でーす」
自転車にしこたま積んである、灰色の紙の束を家の新聞受けに突っ込む。
「おーし、残りコレで半分、がんばるかー」
そんなところ、とどのつまり俺たちはバイトの早朝新聞配達でハッスルしてるのであった。
「ハッスルって言い方はどうなの!?」
「いやぁ、元気に働いてるって意味だよほっほっほ、いったい何を想像したのだいムラクモさんや。あと地の文読まないでぇ~」
「そ、想像なんか何も……」
「ふふふ、おぢちゃんには判るのだよ?このおピンク色め!」
「……女の子にその言い方はすっごいダメだよ!傷つくよ……」
「ああそっか、これは言い過ぎたかもしらん……ごめんな、ムラクモさん」
「あ、う、その……そんな素直に謝られても……えっと」
「かぁぁぁあああああいいぃぃいいいなぁあああああムラクモさんはぁああああああ!」
「―――な、な、なにその反応!?嵌められたの私!?」
しかし、このご時勢でも新聞は未だ紙媒体で手配りってのもすげーよなぁ。
ていうか今時自転車って、普通は単車の免許持ってるヤツとかに任せるんじゃないのか?
そのとき、もたもたと自転車を転がす俺たちの隣を、何かが駆けていった。
「うォ!?」
「ぅわっ!」
ちょっとよろめきつつも、なんとか転ばずにすんだ。危ない危ない。
「なんだァ?」
パッと見人間大のサイズじゃなかったけど……。
「……神姫だ」
「あに?」
「今のは神姫だよ、あの翼と白いカラーに大きな円筒状のパーツ……多分、アーンヴァル」
あの一瞬でそこまで見抜くか、ムラクモさん!
さすが……ハイスピードというだけあって反応速度がすごいぜ。
「いい速さだった……飛び方に淀みも無かったし……」
そこでそういう反応してるってことは、まさか……。
「……マイマスター!今ある!?トライク用一式ッ!」
「あ、あるけど……火ぃ、着いちゃった?」
ビシィッ、という擬音すらしそうなほどのまっすぐな発音でムラクモさんは俺に言う。
「あんないい速さなんだもん!我慢できない!見失う前に早く!」
あーあー。始まっちゃったわ……ムラクモさんのチェイサー魂に火がついてしまった。
ムラクモさん、自転車だろうとなんだろうと、自分の前を走るヤツを見るとこうなってしまう。
普通外に出るときはそういうことはほとんどないんだけど、このバイト中に限ってはやたらとバーニング。
こうなると、オーナーの俺でも止められないほどに、ムラクモさんは燃え上がる。
「わかったから、今から用意するぜ」
自転車を降り、新聞が入ってるのとは違うショルダーバッグから、グリスかかった真っ赤なパーツ群を取り出す。
説明しよう!俺はこういう事態に備えてバイト中でも武装パーツを持ち歩いているのだ!
―――しょうがないじゃんよー、こうでもしなきゃムラクモさんの熱治まんないんだもの。
はやくはやくと急かすムラクモさんに素早く、しかし確実に装備を施していく。
ものの2分もしないうちにムラクモさんINトライク完成。ただしガンポッドにミサイル、ホーミングレーザーはなし。
バトルさせるわけじゃないしねー。
「来てる……このエンジンの振動、来てるよ……ッ!」
実のところ、トライクはバッテリー消費型の電気駆動なのでいわゆるエンジンは無い。
無いのだが、トライクからはまるでバイクさながらの唸るようなアイドリング音と振動がする。
なんでも、開発中に『車はコレがないと車じゃない』という発言のために、苦労してわざわざ再現したんだとか。
―――俺、そういう無駄なチャレンジ精神大好物だぜ。
「よぉし……ブッちぎるッ!」
タイヤのスリップ音が響き、一気に急加速でかっとんでいく紅いヴィークル。
まぁ……今は登録しとけば携帯で自分の神姫の現在位置サーチできたりするから、今あわてて追いかける必要はないんだけど。
―――とりあえず、配達終わらせっか。
----
風を切り、空気を切り、私はその道を駆け抜ける。
体中に伝わってくるのは、路面走行から感ずる振動。
追うべき目標はただ一つ、私とマイマスターの横を駆けていったあの神姫!
なんでこんな朝から神姫が飛んでいるとか、オーナーはどうしたとか、そういう突っ込みどころはあるけど。
こうなってしまったらそんなことは些細なこと、ただただ、私はアイツを追いかけるのみ!
すで人間では目視できるギリギリの距離だけど、私はソレで十分。レーダーで姿さえ見えれば、追える。
目視、直線コース、進路上に障害物はなし、レーダーにも大型物体の反応なし。あるのは、アイツだけ!
スピードが乗ってきたところで、アクセルを全開まで開く。モーターの大きな唸りと強くなる風圧。
街灯が、塀が、周りの家々が吹き飛ばされるような速さで流れていく。
バトルでは味わえない、速さによる高揚感。
それは超高速のセカイ。
私が大好きな、光と風のセカイ。
アイツの、ドットのように小さかったその姿が、今はもうはっきりと人型だとわかる。
メットグラスに内蔵されているヘッドアップディスプレイでも捕捉。
……やっぱり、アーンヴァル。ビニール袋のようなものをぶら下げて高速飛行している。
でもあのスピードは普通のアーンヴァルじゃない。
最高速が通常の約3割り増し……ッ!?曲がった!
でも、この辺の地理はちゃんと私の中にある、それに曲がったってコトは多少なりとも減速したはず。
なら、曲がった先をシミュレートして先回りするようなコース取りをすれば……。
よぉし、燃えてきた!
----
「……朝刊でーす」
ポスッと新聞受けに新聞をつっこむ。
相変わらず自転車をゆっくりキコキコと流しながら新聞を配りまわる。
おもむろに携帯を開き、神姫追跡サービスを呼び出す。
液晶にこの辺の地理のマップが表示されて、その中を、一つの光点が物凄い速さで移動している。
―――ああ、まだやってるんだ、ムラクモさん。
毎度のこととはいえ、取り残される俺はなんとも……虚しいというか、寂しい気分だった。
「……朝刊でーす」
ボスッ。
虚しい。
----
いた!やっぱりここを通った!
いくつもの曲がり角を抜け、辿りついた先にアイツはいた。
さっきよりもハッキリとその姿が見える。
流れる金髪にヘッドギアユニット、純白のボディは、やはりアーンヴァルだった。
ビニール袋は少し角ばっていて、中に箱でも入ってそうな雰囲気だ。
ふと、アーンヴァルがこちらに振り向く。怪訝そうな表情は驚きの表情へ一瞬のうちに変わる。
黄色い円筒状のリアブースターから迸っていたオレンジ色の閃光が強く、大きくなった。
同時に上がるアーンヴァルの速度。近づきつつあった私との距離が、また開く。
でも遅い!ここからはもう、私の距離だ!
アクセル全開状態で、ハンドルにあるスイッチを親指で押し込む。
急激にかかる強烈な重力。モーターの駆動音に重なるように、ロケットのような轟音。
マイマスターにお願いしてつけてもらった、私のとっておき。
後輪ユニットに積んである、ニトロによる内蔵式ロケットモーター。
燃焼時間が5秒しかない上、ホーミングレーザーをつけると塞がっちゃうから使えなくなるけど。
私はこのカードをここで切る。ここで一気に、ブッちぎる!
再び迫る距離、アイツとの差はさっきよりも速いペースで縮まっていく。
「―――!?」
何か叫んでるけど、そんなものは高揚感と風圧とロケットで聞こえない。
あと120cm……110……90……ッ!
「―――ぇぇえ!!」
30……20……10……ッ!
「―――ぃでぇええ!!」
0……ッ!これで、エンドぉぉぉぉぉおおッ!
「こないでぇええええッ!!」
轟音の中で隣から聞こえてきた叫び声らしきもの。
しかし私は、追い抜いてやったという達成感で、そんなものは微塵も耳に入らないのだった。
そして私は駆け抜けていく。まるで私を祝福してるかのように差し込む、朝焼けへ。
光点が止まった、ということで、俺はその地点に向かった。ムラクモさんのチェイスが終わったと思ったからだ。
その頃にはすでに仕事も終わり、薄暗かった外は完全に明るくなっていた。
もたもたと自転車漕いでその場所へ行ってみたのだ。
確かに終わってた、どうもかなりヒートアップしたみたいで、ドレットパターンが地面に残ってる。
それはまぁいいんだ、いいんだが。
「うえぇええええ、ま、ますっ、ますたぁあああああ!わぁあああああああん!」
「ごめんなさい!ごめんなさいぃ!」
そこには、追いかけてたと思わしきボロ泣きのアーンヴァルに、ごめんなさいと頭を下げっぱなしにしてたムラクモさんがいたのだった。。
それからアーンヴァルのオーナーが現れ、あーだこーだと話した挙句、こうなったいきさつがわかった。
この子はとある店の、早朝でないと販売しないというマボロシのケーキを買いに行った。
その帰り、早く帰ろうとするために思いっきりスピードを出してたらしい。
そこをムラクモさんに目ぇつけられちゃったわけだ。
猛スピードで追いかけてくるムラクモさんを見て、ケーキを狙ってるんだと勘違いして思いっきり逃げ回った。
で……追いつかれ、追い抜かれてこんな惨状になったそうな。
とりあえずムラクモさんと一緒に謝っておいた。
向こうさんも笑いながら許しちゃーくれたけど、余計になんとも申し訳ない気分になってしまったのであった。
そして帰り、ムラクモさんは道中俺にもずっと謝りっぱなしだった。
「その、ごめん、なさい……まい、ますたー……」
「あー、もうその辺で、な?今回はちょっとヒートアップしたところが悪かっただけだって。俺は気にしてないから」
「でも……本当はマイマスターの手伝いに来てるのに……私がアツくなるたび、迷惑かけっぱなしというか……」
「いやーはっはっは、そんなしおらしいムラクモさんも可愛いなぁ」
「……茶化さないでよ……」
おやまぁ、ツッコミが弱々しい。責任感じちゃってるのかしら。
「まぁまぁ、俺はそんなムラクモさんが好きだぜ?そういうアツいところも全部含めて可愛いって言ってるんだ」
「あ……ぅ……」
顔を真っ赤にして、俯き気味に傾けるムラクモさん。うむ、可愛いぜ。
「だから迷惑とか、そんなもん考えんな。それが、ムラクモさんの個性なんだからさ」
うむうむ、なんだかんだで、俺もムラクモさんのチェイス葉見ててアツくなったりするんだぜ。
今回は時間かかったけど、その分だけとっても白熱したチェイスログが―――時間?
ふと、携帯の時計を見る。
なんか、すごい、やばい数字が表示されていた。
そしてダッシュで帰ってくるころには、もう時間とか準備とか色々ギリギリなのであった。
「時間がぁぁああああうぉぉおおやべぇええええええ!」
「マイマスターボタン違う!1個どころか3個ずれてる!」
「ボタンなんてかけりゃ全部同じよぉおお!」
「それは流石にダメぇええ!」
「うぉぉおおおおやぁぁぁってやるぜえええええ!?」
「叫ぶのはいいから早く準備してマイマスタぁあああ!」
騒がしく疲れつつも、今日の俺の一日は、まだ始まったばかりなのだ。
[[トップへ>Black×Bright]]
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: