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*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第23話:The Maestromusic
予選が終わり、乱戦から対戦へと形式が変更されたバトルは対戦用の筐体を使って4試合が同時に行われる。
この形式で最大二回の勝ち抜き戦を行い、16名の中からベスト4を決めるのだ。
そして、ベスト4の戦いは再びバトルロイヤル用の大型筐体を使用し、1対1で4試合を行い決定する。
即ち、この大会で優勝するには乱戦、対戦の双方に長けなければ成らないと言う事になる。
更に、使用される対戦筐体はランダム。
運ですら味方につけねば勝利は覚束無い。
しかし、運をすら凌駕する実力があるのもまた確か……。
『WINNER、カトレア!!』
試合開始後22秒で対戦筐体の一つが決着を見た。
相手となったマオチャオも、ここまで勝ち進んで来ただけあって中々の実力者だったが、カトレアはそれすらも意に介さず斬り伏せる。
「……こうして外から見ると本気で強いな、カトレア……」
「無駄の無い装備編成と、高い技術力……。……正直、一般ユーザーのレベルで如何にかなるような神姫じゃ無いわね……」
「でも、如何にかしなくちゃ……」
相変わらず行方を眩ませている大人三人に加え、試合に出ている美空も席を外している為、テーブルに着くのは祐一とリーナ、そしてテーブルの上にアイゼンが居るだけだった。
……例によって、レライナは寝ている。
「んで、祐一はどうやってアレを倒すつもりなのかしら……?」
ノートパソコンを前に、カタカタと手馴れた所作でキーボードを叩きつつ、視線を外さぬままのリーナが問う。
「……カトレアにも言われたけど、やっぱり何か一つはカトレアに勝る能力が無いといけないと思うんだ……」
「……今更装備を改造する時間は無いわよ? 次の試合まで30分しかないんだし……」
今行われている試合も、どんな形であれ30分以内に決着が着く。
そうなれば、次は祐一とアイゼンの出番になる訳で、確かに大掛かりなカスタムを施す余裕は無い。
「……フランカーはもう一機持ってきているから材料には困らないんだけど、時間は無いよね」
「……もう一機って、……ああ、試作エンジンの方も組み上げたの? でも、別段性能に差異は無いわよ?」
フランカーのエンジンユニットはリーナの手によるもので、余剰部品として二組分のパーツを用意してあった。
それを組み上げてもう一機同性能のフランカーを組み立ててあるのだが……。
「ただの予備だよ。……それよりも、やっぱりこれしか手が無いんだよね……」
そう言ってアイゼンのフランカーを見せる祐一。
「……確かに、“フェルミオン・ブレイカー”の応用でソレも出来ると思うけど、……当たらなければ意味が無いんじゃない?」
「……でも、これなら威力は互角。持続性では大幅なアドバンテージが出来る……」
「そうね……。まぁ、使い方次第、かしら……」
「だったら大丈夫―――」
祐一は微笑んで見せるが、その目は笑っていない。
「―――俺の無茶な指示を遂行することに関して、……アイゼンの右に出る奴は居ない」
「……………ふ~ん、ついさっき惨敗したオーナーのセリフとも思えないわね……」
クスリと笑みを漏らし、横目でアイゼンの武装を見ながらも、キーを打つ手を休めないリーナ。
そんなリーナに祐一は苦笑しながら、トーナメント表に記されたアイゼンの対戦相手の名を見据えた。
「……まぁ、それ以前の段階でデルタに勝てるかどうか、だけど……」
「デルタ? ……手の内は割れてるんだし、アイゼンなら楽勝でしょ?」
祐一とアイゼンが挑む、本戦最初の対戦相手は村上衛のデルタ1。
リーナの言うとおり、奇策を用いるタイプで直接的な戦闘能力は高くない。
「……でも、相手が相手だけに油断は禁物……。どんな切り札があるか分かった物じゃない……」
「そうね、それには同意するわ……」
でも、と前置きをしてリーナは初めてディスプレイから顔を上げ、場内モニターの一つに目を向ける。
「……でも。……先にフェータの心配をした方が良いかもね……」
場内モニターの一つに映る対戦筐体の映像。
それは、早くも霧で閉ざされ、フェータに不利を強いている。
美空とフェータ。緒戦の相手は、過去に一度戦い勝利した神姫。
しかし、相手が何の成長もしていないと思うのは早計だろう。
目立ちこそしないが、その実力はまぎれも無く本物だったからだ。
……歌姫と称される程の“音”の使い手。
藤堂晴香の神姫、カレン。
それが、フェータの相手だった。
◆
『……霧、か……。何か前にもこんな事があったような……』
「マスター、本気で覚えていないんですか?」
『え? 何が?』
「……覚えていないんですね……」
溜息を一つつき、眉間を押さえるフェータ。
覚えるという事に頓着しない彼女の主は、忘れた事は中々思い出さない。
かつてあれ程苦戦した神姫であっても、勝てたのならば記憶には残らないのだろう。
(……と言うか、執念深いんですよね……。アイゼンさんの時は1年以上覚えていて、探し回ったのに……)
純粋に、オーナーとしての資質が通常とは真逆なのだ。
勝つ為に性能を求め、勝つ為に戦術を練る。
神姫バトルに対するオーナーのスタンスとは、これに尽きると言って良い。
だれしもその枷からは逃れられない。
島田祐一もそうであるし。
美空自身とて例外ではない…。
だがしかし。
祐一と美空に共通する信念が一つだけ存在する。
即ち……。
◆
「―――!? マテリアル、開放ッ!!」
会話の中でも警戒を忘れなかった神姫だからこそ出来る反応が、初手での手詰まりからフェータを救う。
「―――『フリッサー』!!」
突き出した左手から生じた衝撃波が大気を鳴動させ、音の爆発の中にある種の真空地帯を生み出す。
そこに潜り込まなければ、この先にフェータの勝ち目など有りはしなかっただろう。
『何!? 敵の攻撃!?』
美空の慌てた声を聞けば、索敵範囲に敵が居ないのはフェータの誤認ではあるまい。
「―――恐らく【オルフェウス】による音響攻撃……。ですが、威力と範囲が異常です!!」
対戦ステージは都市と森と湖の三要素からなる中規模フィールド。
中央の湖を挟み、都市と森とが隔てられ双方異なる密度と特性の障害物を形成している。
フェータは都市側からのスタート。
巡航速度での索敵飛行中に不意打ちを受けた形になる。
『接敵にしては早くない!? この霧じゃ敵だって索敵レンジは短くなる筈……』
美空の言に違わず、戦闘開始後しばらくして立ち込め始めた霧は、濃霧となって視界を遮る。
まさか霧に敵と味方の区別が付くはずも無し、索敵に関する悪条件はカレンにとっても同様でなければならない。
「……なのに、攻撃してきた……。それも、ニードル抜きに……」
今回の対戦相手であるイーアネイラ=カレン。
かつて戦った神姫の中でも随一の“音”使い。
故に、【オルフェウス】によるものと推測される攻撃自体には何の不可思議も無い。
元よりそういう神姫だ。
だがしかし、攻撃手段は過去に戦ったソレと大きく異なる。
「……かつての彼女でしたら霧に紛れてニードルガンを打ち込み、【オルフェウス】での共振作用を利用した遠隔攻撃を行ってきた筈……」
故に、カレンが実際に敵を直接攻撃するのは初手の一回。
ニードルガンを打ち込む、その一回だけで事足りるのだ。
だからこそ、ニードルガンを阻まず、互いの姿を隠し、音を遮らないカーテンとなる“霧”を防壁として使ってきたのだ。
『でも、ニードルガンなんて撃たれていないわよ!?』
「はい」
困惑する美空に即座に応じるフェータ。
状況の分析は、このペアにおいては神姫側の役割である。
「現状、ニードルガンによるダメージはゼロ。先ほどの音波攻撃は直接的なもので、共振作用によるものではありません」
『だったらおかしいじゃない……』
だからこそ矛盾する。
『……【オルフェウス】の効果範囲内だったら、この霧でも索敵範囲の何処かに敵が居なくちゃ』
オルフェウスの有効範囲は、この霧で閉ざされて尚、フェータの索敵範囲より下回るからだ。
◆
「本来。強力な砲撃装備を有しつつも、装甲と機動性には秀でないイーアネイラにとって、接近戦は鬼門なんだ」
水中であればこそ、“水”と言う名の盾と、敵にのみ通じる足枷を持つことでイーアネイラの優位性は保たれる。
しかし、その何れもが陸に上がった時点で利点を失い、潜水用の装備をデッドウェイトとした抜け殻だけが残るのだ。
ソレこそが『イーアネイラ』と言う神姫タイプの枷であり、限界でもあった。
「だから、イーアネイラには陸戦での近接格闘は重視されない。……近接戦で最も重要な敏捷性を、水中装備と言うデッドウェイトで潰されるからだ……」
「うん……」
祐一の言葉に頷くリーナの視線の先。
場内モニターに映る戦場で二発目の“音の爆発”が炸裂し、フェータの周囲のビル群を粉々に打ち砕いてゆく。
辛うじて【フリッサー】で凌いではいるが、刀しか武器の無いフェータには敵に接近する必要がある。
そしてそれは、敵を発見せずに成せることではないのだ。
「【オルフェウス】は元々、近接戦を弱点とするイーアネイラの為の近接“迎撃”兵器だ」
周辺に攻性音響を展開し、近付く者を無差別に襲う事こそ【オルフェウス】の特性であり、長所。
音波であるが故に、装甲では防げず。
無差別であるが故に、敵は避ける為には接近を諦め、イーアネイラから離れなければならない。
だからこそ、イーアネイラは“近付かれる”と言うリスクを最低限度まで減らすことが出来る。
「だけど、それはあくまで迎撃用。……格闘武器に対する予防程度の有効範囲のはずなんだ」
故に、【オルフェウス】での攻撃を受けていると言う事は、イーアネイラ。
……この場合はカレン自身がすぐ傍に居なければ成立しない。
その範囲は、霧で閉ざされていても尚、フェータの索敵範囲内。
つまり、射程距離は非常に短い筈なのだ。
そして、前回のカレンはその射程距離の限界を補う為に、距離が離れれば拡散してしまう音響を受信するアンテナとして、ニードルガンによる予備攻撃を必要としていた……。
「なのに、今回はニードルによる共振も無しに、視界外からのアウトレンジ……。つまり。……“音”の使い方が前回とはまるで別物と言うことだ……」
つまり、カレンは射程距離を補う別の策を有し、ソレを持ってフェータにアウトレンジからの音響攻撃を敢行しているという事になる。
「……この謎を解かなければ、反撃の手が無いぞ……」
「……」
二人の視線は揃って、逃げ惑う天使と、その向こうに居る筈のオーナー。伊東美空を追い続ける。
「……さあ、如何する美空?」
◆
『敵が見つからないんじゃ如何しようも無いじゃない!?』
致命傷を避けながら、必死に逃げ惑うフェータだが、そう何時までも続くものではない。
フリッサーの動力源である【マテリアル】は3器。
1器に付き数発の【フリッサー】発動を可能としているが、一度起動してしまえば数分で使用限界を超え、破棄される。
そして。一個目のマテリアルが尽きた。
「マスター、第一マテリアル放棄。第二マテリアルをセットアップ!!」
『……残り2個……。この攻撃、効果範囲が広すぎて避わし切れない……。耐える為には【フリッサー】を使わなければならないけど……』
今しがた使い切った第一マテリアルと同じく、第二、第三マテリアルを消費してしまえば、後はもう耐える手立てさえ無くなる……。
『(それまでに、攻撃の正体を見極めて、敵を探し出す……?)』
容易い難易度とは言えないだろう。
『……ふふ』
だからこそ。
『面白いじゃない!! ―――やるわよ、フェータ!!』
「―――はいっ、マスター!!」
だからこそ、彼女は伊東美空なのだろう。
◆
祐一と美空に共通する信念。
それは、島田祐一と同様に、彼女もまたその最大の目的を『楽しむ事』に据えている事にあるのだろう。
勝利は、そのための“手段”に過ぎず。
たとえ“敗れた”としても、“楽しめた”のならそれは目標を達した事になるのだ。
だからこそ、美空は勝った敵を忘れる。
だからこそ、祐一は負けた敵を覚える。
この二人の差異は、単純にパートナーとする神姫が強かったか、弱かったかの差でしかない。
強いフェータであるからこそ、勝った敵を忘れる事で何度でも楽しむことができ。
弱いアイゼンであるからこそ、負けた敵を覚える事でいつかはそれを越えられる。
故に。
二組のペアは、真逆の性質を持ちながらも、極めて近しい関係にあると言える。
だからこそ。
互いに互いを“気に入った”のかもしれない。
だとすれば。
試合を行う神姫たちにとって、彼らが主である事は、ある種の究極であるといっても良い。
故に。
フェータはどんな敵にだって負ける気がしなかった。
なぜならば。
神姫バトルというホビーにおいて、最も楽しめる者こそが最強であるに違いないからだ。
◆
先ずは、この攻撃の謎を解かなくてはならない。
敵の攻撃は音。
そこまでは間違いない。
だがしかし、その性質は大きく違う。
「本来遠くまで届かないオルフェウスで遠距離攻撃をする手段……」
それが何であれ、何処かで射線が通らなければ音の波は届かない。
「今回に限って言えば、拡散してしまう音波に共振する“針”はありません。つまり、必ず何処かから音で狙撃しているはずなんです」
『うん、つまり……』
「はい!!」
フェータは強い。
本来であれば、銃を使えない彼女は強さとは無縁の存在だろう。
例えば、人間の場合。
如何に数十年の刻を費やし無双の剣技を極めようとも、素人に10分も軽機関銃の扱いを教えれば立場は完全に逆転する。
勝てないとまでは言わないが、まず無理だろう。
広い場所を保持した敵に接敵するまでの間に確実に撃たれ、そして、それを避わす術も防ぐ手立ても無いからだ。
しかし、これが神姫にも通用するかと言えばそうでもない。
神姫の身体能力は、単純計算においてサイズ比で人間の10倍にも上る。
それは、逆に見れば銃器の有効度は人間同士で使う場合の10分の1にまで減じるとも言えるだろう。
神姫にとって、銃弾を避わすのも、防ぐのも、決して不可能な事ではないからだ。
更に、フェータの強さを伸ばすものとしてその剣技は外せない。
通常の神姫の格闘戦は、プログラムで行われる。
分かりやすく言うならば、格闘ゲームの技のようなものか…。
ボタンやコマンドに対応した幾つかの動作パターンを記録しておき、用途に応じて使い分けると言うのは、神姫のそれと非常に近い。
しかし、フェータはそうではない。
日常使用する所作の応用として刀を振るうのだ。
そこには相手と状況に応じ、千変万化に変化する受け手と、そこから派生する無数の業となって敵を襲う。
故に、フェータは強い。
しかし。
それではただ強いだけだ。
フェータをフェータとして真に恐ろしいモノとしているのは、唯一つ。
それは、美空の思考にこそある。
『(音の狙撃……。何処から狙っているのか分からないけど、どうやって狙っているのかは想像がつく……!!)』
フェータの脳裏に美空から転送されてきたフィールドマップが浮かび上がる。
『(破砕されたビルとオブジェクトのデータを適用……)』
敵の攻撃は視覚的にはともかく、音響的には非常に派手である。
逆に言えば、それは何処に攻撃をしているかが完全に判るという事だ。
とりもなおさず、自らがその対象となれば、威力も規模も殆ど完璧に推察できる。
「……つまり。破壊された地点と、そこへ射線の通る場所を見つけ出せば……」
狙撃を少しでも遮る為に、ビルの間を低空飛行で滑走。
彼女を追う様に、音が背後の空間を震わせ破砕が始まるが…。
『フェータ!!』
かなりの速度で移動している筈だが、この攻撃の効果範囲は凄まじい。
移動力だけで逃げ切るのはやはり不可能。
「2ndマテリアル開放!! 『フリッサー』!!」
速度を殺さぬままに振り向き、衝撃波の盾を展開。
音の爆発を遮ってビルの陰に移動。
『……変よ、フェータ……』
「如何しました、マスター?」
視界は濃霧で覆われ、移動はマップ頼りだ。
この状態で何かにぶつかれば装甲の薄いフェータはひとたまりも無いだろう。
いざとなれば障害物との間にフリッサーを展開し、衝突を防ぐしかない。
そんな緊張感を維持しながら、フェータは己が主に再度問う。
「……何か、問題でも?」
『……無いの』
返答は戸惑うような呟きからだった。
『無いのよ!! 今まで攻撃してきた場所全部を狙えるポイントが、何処にも……!!』
「そんな……。移動しているとかでは無いのですか?」
『いきなり、ビル街挟んで反対側とかあり得ないでしょ? それに―――』
その続きは、フェータにも予想がついた。
『―――それに、一番最初の狙撃。ビル街の中心にいきなり攻撃してきた……!! 周囲には360℃余す所なくビルがある。そこを狙える場所なんて、何処にも無い……!!』
そう、フェータにも判っていた事だ。
一番最初の奇襲。
それが奇襲として成立したのは、そして、フェータの警戒が過剰とも思えたのは、そこが周囲を全てビルで鎧われた、空間だったからだ。
つまり……。
「この攻撃は……」
『……狙撃ですら、無い?』
思考を絶たれたフェータと美空を、音の爆発が追い詰めてゆく。
◆
ごぽり、と音がして気泡が立ち上る。
周囲の視界は漆黒一色。
それは、到底ライトアップされたフィールドの中とは思えない、静寂の空間だった。
否。
今、が静寂なだけだ。
カレンの視界には周囲の景色ではなく、視覚化された装備運用状況がピックアップされている。
「……チャージ完了まで、あと10秒……」
同時に視覚化された索敵情報が、マップに重ねて表示される。
流石にアーンヴァル。
速いは速いが、逆にアーンヴァルであるが故に、彼女の索敵からは逃れられない……。
「……6、5、4……」
事実上、今のカレンはここに居ながらにして、このフィールドのあらゆる場所を攻撃できる。
それでいて、敵には彼女の居場所を知る事すら許さない。
故に、無敵。
「……3、2、1……」
敵の位置に合わせ移動を行い、微調整を完了する。
そして。
「鳴り響け!! 『ストゥルムン・アルケスタァ(攻性交響曲)』!!」
世界は音に満ちた。
◆
(……2ndマテリアル、残り20秒……、使用回数は約3回!!)
展開中のフリッサーは音の相殺で消え去る。
最初から全力で止めを刺しに来る敵に対し、長考の時間もはや無い。
しかし、敵の攻撃の謎は解けず、位置すらも把握できない一方的な防戦。
フェータはそんな戦局を強いられていた。
否。
フェータだからこそ、その戦局に耐えられる。
元々、暴力的な音の爆発に晒されて、耐えられる神姫など数えるほどしか居ないのだ。
フェータがその一人でなければ、勝敗はとっくに決していた筈だった。
もちろん、フェータの敗北と言う形で……。
「……手に負えない!!」
文字通り、手に負えない状況だった。
目の前に居るのであれば斬れば良い。
相手がどれ程強大だろうと、培ってきた剣技はそれを可能にするだろう。
どれ程困難だとしても、後はもうフェータ自身が頑張れば良いだけだ。
だがしかし。
『敵が何処に居るかも判らないなんて……』
交信関係の装備にもダメージが入ったのか、美空の声にも少しずつノイズが混じる。
視界を遮る鬱陶しい霧。
ノイズ交じりの交信。
敵の姿すら見えない一方的な防戦。
『……まるで……、セタの時みたいね……』
「?」
いま、何と言っていた?
「マスター?」
『だから、前にもこんな事があったでしょう?』
「……ぁ」
そう言えばそうだ。
一方的な防戦など初めてではない。
『……気付いた?』
「はい。そう言えば、セタさんと始めて戦ったときも……」
音響索敵と曲射砲の組み合わせにより、フェータは近付くことすら叶わずに撃破されている。
そう。つまり、状況は今回と極めて近しい。
『そうね、索敵は音で。攻撃は曲射砲で……。コイツも似たようなものだとすれば……』
「やってみる価値はあります!!」
言うや否、祐一がフェータの為に作った翼。ネストランザの出力をカット。
四肢とフラップを駆使して、それまでの勢いを推力代わりに滑空。
グライダーのような無音飛行に移行する。
と、同時に。
「……フリッサー!!」
進行方向とは別方向に向かってフリッサーを解放。
射程こそ短いが、衝撃波は神姫サイズのビル街位ならば、充分に効果的な攻撃となる。
音速と言う枷をはめられた破砕音が、次から次へと窓ガラスを片っ端から砕き、周囲を音で包んだ。
「……っと」
フェータはその音に紛れるようにして、フリッサーの衝撃を反動に、離れたビルの屋上へと着地。
音を極限まで殺すように膝と腰で衝撃を吸収。
間に合わず片手も使って、這い蹲るような姿勢で静かにビルの上に降り立ったのは、窓ガラスの破砕音が落ち着く直前の事だった。
「…………」
『…………』
…………。
「…………」
『…………』
……沈黙と。
そして、静寂。
「……攻撃は……」
『……来ない……』
賭けに勝ったようだ。
そう。
これは賭けだった。
音響索敵だと当たりは着けたが、それが真であるという確証など在りはしない。
もしも違えば、それで終わりになる可能性も極めて高い。
エンジンを止めるという事は、言うまでも無く機動性を失うと言う事だ。
そんな状態であの音響攻撃を受ければどうなるか……。
フリッサーを持ってしても、至近爆発の余波を防ぐので手一杯な攻撃だ。
直撃を受ければ、フリッサーを持ってしても耐えられるかどうかは五分五分。
仮に耐えられたとしても、移動できずに2発、3発と喰らえば……。
故に、それは一つの賭けだった。
しかし、勝ったからには配当がある。
静寂に包まれたフィールドの中。
使用限界を迎えたフリッサーの排莢を、フェータは静かに掌で受け止める。
「……行きますよ、マスター。準備は宜しいですか?」
『ええ、任せなさい。……見つけるわよ!!』
力強い美空の返答を受け。
フェータは手にした排莢を“投げ捨てる”。
放物線を描き、ビルの屋上からガラスの散乱した道路へと落ちてゆく排莢。
そして。フェータは静かに目を閉じて、その時を待った。
◆
「上手い……」
ステージの外で戦況を見守るリーナがそんな声を漏らす。
「飛行音を止めるだけじゃなく、窓ガラスを破砕して着地音を消すなんて……」
「……いや、多分そんな事まで考えて居ないと思う。着地音を誤魔化せたのは結果的だろうね……」
「え?」
祐一の呟きは、彼女達の戦略を否定するものに聞こえた。
「……美空とフェータは……、多分もっと攻撃的だよ……」
「……それじゃあ」
窓ガラスの破砕。
それが、着地音を消す為で無いのであれば……。
その意味が、変わってくる。
つまり、フェータがエンジンを止めたのは、負けない為の。守る為の一手ではない。
より攻撃的な、攻める為の一手。
勝つ為の、勝利への一手だった。
◆
状況が変化した。
視覚化された音響索敵の探知結果に、今まではっきりと敵の位置を示していた音源が映らない。
霧に包まれたフィールドにおいて、それを意に介さずに探知を行う音響センサー。
それが今は出力すべき情報を見失い、沈黙を守っている。
「マスター、撃破したのでしょうか?」
『……勝利宣言も出ないし、違うと思う。……音響データのログを調べるわ……』
カレンの主、藤堂晴香は周囲の評価以上に有能である。
彼女と、彼女の姉であるマイナ。
それに、恐らく。彼女の母親である奈津子しか気付いていないかもしれないが、藤堂晴香は非常に優秀な人材だ。
非武装でありながら、一騎当千の姉。
音と霧の連携に、今また『攻性交響曲』なる技を駆使するカレン自身。
自分と姉の実力が、並みの域にはない事は、カレン自身にも判る。
それだけではない。
厳格で知られる宋基女学園の教師陣と生徒会を説得し、神姫を使った部活動を認めさせたのは誰だったか?
神姫と遊びたいと言うだけで部活動に参加して来たやる気の無い部員を纏め上げ、公演の予定を取り付けたのは誰だったか?
結果として公演は失敗(?)に終わったし、晴香自身今では母親に無給でこき使われる奴隷以下の処遇だが、それは決して彼女が無能だからではない。
単に、晴香が関わった連中が、晴香の有能さ以上に“騒動を拡大する才能”に溢れていただけだし、晴香の母親が晴香を手玉に取るほどに狡猾なだけだ。
そんなバケモノ染みた連中と比べさえしなければ。
藤堂晴香は。
カレンの主は。
『……音響データ、出たわ……』
充分すぎるほどに優秀なのだ。
「……エンジン音が消える直前に、衝撃音? ……これは、ガラスが割れる音かしら……?」
『操作を誤ったか、エンジントラブルか……。ビルに激突したと断言は出来ないけれど、少なくとも、滑空で飛行できる時間は過ぎたでしょう。……つまり』
「……今、フェータさんは空に居ない?」
だとすれば勝ったも同然だ。
ココからフェータの居た地点まではかなりの距離がある。
万が一飛行システムが破損して飛べなくなったのなら、最早ココに辿り着くことさえ不可能だろう。
この時点でカレンの“負け”は無い。
仮に、飛行システムの復旧に成功したとして、飛行用のジェットエンジンは車やバイクとは訳が違う。
スターターを回せば直ぐ掛かると言う物でもない。
離陸するまでに必ず一度は、『攻性交響曲』を直撃させる機会が来る。
そして、移動範囲が限られるフェータ相手ならば、今までのような拡散放射ではなく、集中放射による段違いの威力を叩き込めるだろう。
先ほどからおかしな障壁を使って、こちらの攻撃を凌いでいるようだが、この集中放射に耐えさせない自信はある。
理論値ならば、防御状態のジュビジーですら直撃一度で完全に撃破できる威力なのだ。
少なくともアーンヴァル如きが耐えられるようなモノではない。
つまり。
居場所が判明すれば、その瞬間にチェックメイト。
カレンと晴香の勝利が確定する。
最後の問題として、敵であるフェータがこのまま姿を現さない可能性もあるが、現状、最早問題にはなるまい……。
ここまでの戦いの趨勢は、誰が如何見てもカレンの優勢だ。
時間切れで判定に持ち込まれるとしても、カレンの勝利は揺らぐまい。
(もっとも、フェータさんの性格を考えれば、このまま引き分けに望みを賭けるような真似は無いでしょうが……)
そして、それはカレンも望むこと。
ここまで来たのだ。
堂々とした勝利を収め、この所不運続きの主の慰めになりたい。
そう思う。
晴れの舞台を譲ってくれた姉のためにも。
最近ちょっぴり哀れに思えてきた主の為にも。
「……勝たせてもらいますよ。フェータさん!!」
フルチャージ完了。
今までで最高の威力を持った『攻性交響曲』の発動準備が終わる。
決着は―――。
―――目前だった。
◆
道路に、フェータの投げた排莢が落下した。
◆
「―――!! 敵機捕捉!!」
『―――!? え、これって……』
「鳴り響け!! 『ストゥルムン・アルケスタァ(攻性交響曲)』!!」
『ダメ!! カレン!!』
晴香の制止は間に合わなかった。
晴香の判断が遅かった訳でも、カレンの選択が悪かった訳でもない。
結果として、間違っただけだ。
しかし。
それはそのまま決着へと繋がる判断となった。
◆
ステージ中央にある湖。
カレンが生み出す霧の源でもあるその水面が、たわみ、歪む。
ドンッ、という低い衝撃は、最早物理的な密度すら持った音の塊であるが故に。
湖から、ほぼ垂直に、真上へと打ち上げられた音塊が、そのまま遠く、高く昇って行く。
そして、昇り詰めたその先で。
天井に跳ね返り、落下する。
そう。
音は跳ね返るのだ。
フェータがビル街を盾にしていれば、音の狙撃を受けないと思ったのは間違いではない。
もしも水平に音塊を放ったのならば、それは確かにビルの群れに阻まれただろう。
だがしかし。
ビルで、壁で跳ね返るのなら、天井で跳ね返らない訳が無い!!
カレンの攻撃の正体。
それは、天井の反射を利用した、言わば音の爆撃。
音は拡散するが、跳ね返る。
ならば、拡散した音を跳ね返し、一点に集中させれば、それは跳ね返る前の音源そのままの攻撃力を持つ。
言うなれば、遠距離でありながらオルフェウスに密着した状態で攻撃を受けるのと変わらないダメージになるのだ。
晴香が目を付けたのは水。
そして湖の構造だった。
水は音を空気以上に伝道させる。
そして、湖は“お椀”のような構造をした人口湖だ。
それは、スピーカーの構造と全くの同一。
即ち、水中でカレンが奏でたオルフェウスは、湖と言うスピーカーで収束し増幅される。
そして、真上に放たれ、天井で跳ね返るのだ。
言うまでも無いが、バトルステージの天井もドーム状の弧を描く。
それは、侵入角度の微細な違いを、跳ね返す先、即ち着弾地点の大きな変動として反映する据え置きの反射板(リフレクター)。
更には、上昇途中で拡散した音を一点に収束し直す作用すらある。
これこそ『攻性交響曲』。
これこそ、カレンと晴香の編み出した奥儀。
ステージの構造そのものを武器とする、攻防一体の戦陣。
正に、必勝の策だった。
だがしかし。
◆
『―――捉えた!!』
フェータの聴覚素子はデフォルトの物であるが、それは充分に高性能だった。
神姫ならば誰にでも出来る、音の発生源を割り出す機能。
何も難しい事ではない。
己が主に声をかけられ、その方向を向くと言う、ただそれだけの事。
神姫ならば誰にでもあるその機能が、今は敵の居場所を割り出すセンサーとなる。
「位置は!?」
『上、……殆ど真上よ!!』
「―――!?」
上を見上げるフェータ。
元より飛行を旨とするアーンヴァルだ。
如何に霧で視界を閉ざされようと、自分のフィールドである空に敵がいるか否かを間違える筈もない。
(空に敵が居るようなプレッシャーは感じない……、つまり……)
『敵は跳ね返る音の先!!』
そこまで聞けば充分だった。
美空もフェータも馬鹿ではない。
この瞬間にはもう、敵の攻撃の概要を把握していたし。
次の瞬間にはもう、敵の居場所を割り出しても居た。
『―――行きなさい、フェータ!!』
「―――はいっ!!」
跳躍。
決して強くはないフェータの脚力でも、軽いカラダを屋上の外に投げ出す事は出来る。
重力の腕(かいな)が彼女を捕らえ、引き寄せる力を推力に、翼は風を孕んだ。
翼断面の形状と角度が、翼の上下に気圧の変異を発生させ、そのカラダを重力の腕から取り返すまで1秒。
滑空状態で湖に向かうフェータの背で、目覚めの唸りを上げる【WHW5.5 ネストランザ】リアウイングユニット。
推力を失い、墜落するまでに7秒。
エンジンが起動するまでにも7秒。
「―――問題なし。行けます!!」
『よし、やっちゃえ!!』
「了解ッ!!」
◆
「させない!!」
緊急チャージで稼いだ出力では、『攻性交響曲』の威力は5割といった所。
だがしかし、それでも華奢なアーンヴァルを地面に叩き突けるには充分な威力。
「―――落ちろぉ!!」
カレンの世界が音で満ちた。
◆
『来たわよ、フェータ!!』
「―――ッ!!」
エンジンの起動は間に合わない。
だがしかし、バッテリーで駆動するフラップと可変翼そのものは動かせる。
「3rdマテリアル―――」
7秒待たずに墜落することを承知で、滑空状態のまま180度ロール。
背中を地面に向けた背面飛行で、フェータは落ちてくる音の塊を睨む。
視覚ではなく、AIの奥かどこか。
もしかしたら、それこそがCSCなのかもしれない“ソコ”で殺気としか形容できないモノを感知。
「―――解放……」
衝撃を放つ左手を鞘に添え、右手は納刀された刀の柄。
空を見据えた転地逆の抜刀体制から。
「……フリッサー!!」
フリッサーの起動と同時に、神速の抜刀を繰り出した!!
◆
振動値を最大に設定されたフリッサーが、鞘と、そこに収められた刀身とを震わせる。
耳を劈く(つんざく)高周波と、それを含んだ刀身が神速の抜刀速度で振るわれ―――。
―――大気そのものを切り裂いた。
音は、空気を介して伝達される。
如何に『攻性交響曲』だろうと、その枷からは逃れられない。
故に。
空気そのものを切り裂かれれば、その威力すらも両断される他無い。
そう、両断される他は無いのだ。
『―――!!』
「―――!!」
『―――!!』
「―――!!」
戦場に居る全ての人と神姫とが息を飲んだ。
それは、戦場の外でも同じだっただろう。
その光景を見ていた全ての人と神姫が息を呑む。
もしもこの先、映像記録でそれを見れば、やはり誰もがそうするだろう。
そんな一瞬が過ぎ……。
切り裂かれた音の爆発が、落下するフェータの身体を左右によけ、一足先に地面に着弾。
熱を伴わない爆風となって、落ちてゆくフェータの身体を巻き上げた。
『……7秒ジャスト』
「トドメっ!!」
唸りを上げるエンジン。
青白い噴射炎に身体を押し出され、弾丸の速度で突撃するフェータ。
決して短くない距離を一瞬で詰め、水面ギリギリの低空飛行で湖の真上に到達。
そして。
「―――フリッサー!!」
ゼロ距離でその衝撃波を水面に叩き込んだ。
音、即ち振動を媒介する水の中に居るカレンに。
衝撃波、即ち振動波を叩き込む。
スピーカーとマイクの構造は同一。
ならばそれは。
スピーカーとして機能した湖が。
カレンを打ちのめす衝撃波を集める為のマイクにもなると言う事。
それが、決着だった。
◆
「お疲れ、美空」
「えへへ……」
勝者として筐体を出た美空を祐一とリーナが出迎える。
「……勝った、よ」
「ああ、見てた」
「……」
「……」
暫しの沈黙。
そして、どちらからとも無く手を挙げて。
パンッと、それを合わせる。
「……勝って来い」
「……わかった」
そうして、祐一とアイゼンは筐体に入る。
敵は村上衛とデルタ1。
カトレアよりも、幽霊よりも……。
恐らくはあらゆる神姫の中でも屈指の、油断のならない相手だった。
[[第24話:Marionette Handler]]につづく
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祝!!
田村ゆかり、バトロン参戦記念!!
最近ちょっと鬱ってたのに、電ホ見て一発で復活しちゃったデスよ。
初代ACのCPUボイスからのファンとしては嬉しい限りでもうっ!!
と言う訳でイーダもう一個買ってきた。
でも相変わらず部品が使いづらい。
形と色が独特すぎて、他の神姫のパーツと合わない事合わない事……。
SSで使う神姫は塗装無し、切り張り無しと言う枷で作っている以上、リペイント版の販売を待つしかないのでしょうか?
良い良子の組み換えナイデスカネ?
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