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「Fanfare For The Common Man&Shinki」(2008/06/07 (土) 23:19:43) の最新版変更点
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彼女は強い。
それは承知していたはずだった。
しかし、思わず愚痴が出る。
「なにも、こうも簡単に…、嫌な娘なンだからッ」
彼女は公式バトルの経験はほとんどない。
事実、バトル用の筐体に入った彼女のパラメーターは新参のそれだった。
LP:lv.0
SP:lv.0
攻撃:lv.1
命中:lv.1
回避:lv.1
防御:lv.0
総合lv.3
今しがた受けた忍者刀での攻撃も、ダメージは軽微。LPも合計200弱ほど持っていかれただけ。ただ、その攻撃の内容が問題だった。
まず、彼女の気配を察知することができなかった。そして攻撃。交錯する瞬間に放たれたその一振りは、確実に自分の左手首に当たっていた。これまでに受けた攻撃は合計三回。最初は足だった。右足、そして左足の順で攻撃を受けた。もちろん、神姫バトルでは攻撃が有効か否かだけで、攻撃部位によって、被ダメージが変わるということはない。どこで受けても一定の計算式に則った値が自分に与えられたLP値から引かれるだけだ。
しかし、その、相手の四肢から攻めて動きを止める、という明確な意志が籠った攻撃は、屈辱でもあったが同時に驚きでもあり喜びでもあった。今まで神姫バトルで部位を考えて攻撃するなどということは、自分が知るどの神姫もー、必然が無かったからではあるが、採ったことが無い行動だったからだ。攻撃を受けたことは屈辱だが、これまでにない新しい経験をできたことに喜びを感じていた。
「流石イリーガルの相手をしている、ってことよね」
しかし、自分の攻撃も当たらない。本来なら、パラメーター上では決してはずすことのない回避レベルである。それでも彼女は遮蔽物を巧みに使い、パラメーターの低さを補っている。補う? 訂正。恐らく彼女は己の回避レベルを意識していない。
本当に戦っているなら、もう勝敗はついている。
しかし、これは公式ルールに則った神姫バトルだ。改めて、自分のステータスを確認する。次の接敵でスキルを発動させられる。
ひょい、と目の前に彼女が現れた。忍者刀の間合いにはまだ少し遠い。
「これで終わりにするよッ!」
クライモアを振り上げた。
春。東京、某大学。サークル棟。「神姫同好会」サークル室。
その少女、山崎恵子は目の前で繰り広げられたバトルに思わず声をあげた。
新入生の勧誘を兼ねて行われたエキシビジョンマッチである。
「すごいよ、巴」
テーブルで一緒に観戦していた自分の神姫に声を掛ける。
「はい、マスター。勝者の方も凄いですが、Cランクであそこまで戦ったあの忍者型は本当に凄いと思い………ます」
巴と呼ばれたその種型の神姫は己の主人の声に応える。
周囲では、山崎と同様に勧誘を受けた新入生たちが、ある者は興奮しながら、またある者はささやくように己の神姫と今のバトルについて意見を交わしていた。その内容は山崎恵子たち同様、短時間でspを溜め込みドラゴンクラッシャーを放った、勝者の花形神姫に対するものだった。
勝者の花型、名をゲンドゥルという、がマスターである間中優の手のひらの上で観客の新入生らに手を振って呼びかけをした。アーマー類は花型の標準武装のそれである。ボディ・アーマー部には青のグラデーションで、音楽のフォルテを模したと思われる記号が配されていた。
ゲンドゥルは打ち合わせていた通りに勧誘の台詞を話し始めた。
「皆さん、見てお解りいただけたように、この同好会は上位ランカーでなければ入れない、というわけではありません。いろんな方々に入って頂きたいんです。今でこそ神姫バトルがメインになっていますが、武装神姫である必要はありません! 互換があるMMS素体のマスターであればオッケー。神姫の服飾デザインに興味のある方や小物作りが好きな方なんかも大歓迎! あたし自身もバトル以外でも素敵な衣装が欲しいしね。気づいていると思うけど、室内の棚に飾っているのは同好会のメンバーが作った………」
「あ、すいません。じゃぁ、ウチの子なんかもいいんですか」
質問を投げかけた新入生の肩には、ホットパンツにビキニを纏ったMMSがちょこんと腰をかけていた。
「もちろん! 最近発表されたSOLの皆さんもオッケー。ローカルルールを作って異種バトルなんかも考えてます」
ゲンドゥルの声に新入生たちからどよめきが上がった。
山崎恵子は、ふと、自分の神姫があらぬ方向を見て動きを止めていることに気づいた。
「巴?」
一拍の間を置いて、神姫が彼女に応えた。
「マスター、わたし、あの人たちに会ったことがあるような気がします」
と、先ほどまでゲンドゥルと対戦していた忍者型とそのマスターを指した。
マスターの男性は、標準体型で身長は170センチを越えるくらい。髪を短く切りそろえ茶色いコーデュロイのジャケットを羽織っていた。山崎はその姿を見た瞬間、自分と同じものを感じ取った。理由はさほどない。ただ、自分と一緒だ、と感じただけだ。
「シラヌイ」
彼は自分の神姫をそう呼んでいた。
フィンランド、ヘルシンキ空港。出発ロビー。
若い女性の声。日本語。
「そういえば、シラヌイさんたち、今頃同好会の新入生の勧誘をしてるはずですね」
その声に、ベンチに座った男が応える。名を相原竜之介、という。
「おや、椿もそういうことをしてみたいのかい」
隣の席に置かれた鞄の上に立つ侍型の神姫に向かって声を掛けた。サンダル履きに作務衣の上下を着た相原の姿とは対照的に、その椿と呼ばれた神姫はフォーマルな桜色のスーツを身に纏っていた。
「いえ、彼も当初と比較して、人付き合いが上手くなったと思います。これもマスターの働きかけあってのことです。以前なら、そのようなことに参加するなんて思えませんでしたが」
「買いかぶり過ぎ…、だよっと」
相原は手にしたPDAをタップしてメーラーをチェックする。
「何か新しい情報がありましたか、マスター」
相原は奇妙な笑いを浮かべた。困ったような、嬉しそうな、人を小馬鹿にしたような表情にも見える。それは、この男が時折見せる特有の表情である。
「どうやら、ね。例のノード群の情報の流れを掴むことができたようだよ」
東京、西東京市。とあるアパート。
「うーん、何か調子ヘンなのよ、最近」
作業デスクの上から、悪魔型神姫がマスターの男性、天野敬三に訴えている。
「ユリ、君はどうだい」
天野は悪魔型の傍らに立つ天使型に尋ねた。
「ケイと一緒よ」
「って、何がヘンなんだ。もうちょっと具体的に」
そう言うと、二体の神姫は互いに顔を見合わせた。どこまで言っていいのかな、とでも言う風に。
「ネット上にアタシたち神姫が情報交換する掲示板があることは知ってるわよね」
悪魔型ー、ケイが切り出した。
「ああ、うわさは聞いたことがある。でも誰も見つけられないでいる。それがどうしたんだ」
「どこかのサーバーにあるわけじゃないからなの」
天使型の、ユリが続ける。
「私たち神姫同士がピアとして、直接データをやり取りしてるの」
天野は一瞬ポカンとして、次にパンと手を打った。
「思い出したぞ。大学の情報処理の講義で出てきた。確か今世紀初頭のP2Pソフトのwinny2で実装されていた掲示板機能だな。………そうか、それなら確かにネット上でその存在を探知することはほとんど困難になるはずだ! いや、上手い手を考えたなぁ」
興奮してひとりで話し始めた。
「おーい、馬鹿オーナーっ」
ケイが、デスクの上で跳ねる。悪魔型特有の長いツインテールがぴょこぴょこと揺れる。
「あ、いや。済まん。ーで?」
「えーっと、ですねぇ。わたしたちたが『おかしい』と言っているのは、本来、クレイドルでバックアップ、デフラグとアップデートをしているだけのスリープ状態のはずなのに、P2Pをしたときのような感じが残っているってことなんです」
話の腰を折られながらもとりあえず説明をするユリ。
一瞬、考えを巡らせた天野が口を開いた。
「むむむ………さて、それじゃー、とりあえず、次の休みにでも神姫センターにでも行ってみようか。ちょっと俺じゃ手に負えないしね。それまではスリープのときにはネットとの接続を切っておこう」
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