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「第三十六話『白牙』」(2008/05/10 (土) 00:00:47) の最新版変更点
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イヌ科の動物と言うものは基本群れる。
そこにいる隣人を信用し信頼し、愛する。
そういう意味では私はこれ以上無いほどにイヌ科なのだろう。
何せ私は狼だ。
考えたことが無いわけではなかった。もし主がいなくなったらどうするかと。
その問いに、答えなんてあるはずも無い。あるとしたら・・・待ち続けるというのが答えになるだろうか。
それだって究極的には何もしていないに等しい。待つということは受動であって、決して能動ではない。
・・・ならば、私はどうすればよいのか。
音なんて雨音しかないこの世界で、ただひたすらに主の帰りを待ち続ければよいのだろうか。
・・・不思議と、判る。
主はまだ生きている。理屈なんて関係なく、漠然と判るのだ。
電気駆動の人形が、第六感を語るなど愚の骨頂。所詮私達は単なるヒトガタ。魂も無ければ霊感などあるはずも無い。・・・けれど、今はそれだけが唯一の寄る辺だった。
だがその寄る辺が今、揺らいでいた。
離れていてもあれほど感じられた主の気配が、希薄になりつつある。
・・・もう待ち続けることなど出来はしない。
主のそばにいて、主と共に季節を過ごし、主と共に床に就く。
それが私、それが・・・主を愛す、彩女として為すべき事。否、これは私がそうありたいという願い。
・・・ならば、すべきことはただ一つ。
私は刀を手に立ち上がる。そして・・・普段は使うことの無い、白狼型としての武装を腕と足につける。そのまま廊下を横断し、玄関の扉を苦労して開ける。
外に出た私は、一度だけ屋敷を振り返ると前を向き、そのまま走り出そうとして・・・こちらに向かってくる何かに気がついた。
・・・あれは、一体?
そう思うまもなく、それは光を放ちながら・・・
*ホワイトファング・ハウリングソウル
*第三十六話
*『白牙』
「イィィィィィヤッホォオオオウウイ!!」
豪雨の中、赤と鮮やかな緑色の車体が暗い森を切り裂いた。
それは爆音を轟かせながら、悪路を物ともせずにただひたすらに走る。その姿はまるで一匹の獣のようだった。
それに乗っているのは誰だろう。
いうまでも無くアメティスタである。
「ちょっと飛ばしすぎじゃない!?」
その後ろを、ブラックホークに乗ったハウが追う。
漆黒の髪も先の白い尻尾も雨のせいで盛大に濡れているが、帽子だけは雨を弾いていた。
「・・・少しは安全運転を心がけてほしいものです」
ハウの少し後ろをストライクイーグルに乗ったサラが追う。
イーグルの後方に無理やり括りつけたライフルが雨に濡れていた。
「アメティスタさん! 少しスピードおとそうよ!!」
二度目のハウの声が聞こえたか、ようやく先行していたアメティスタは速度を落とす。
そのままハウと並んで走り出した。
「いやごめんごめん。本当に久しぶりの運転だったからさ。ついはしゃいじゃった」
そういって彼女はヘルメットの下で屈託なく笑う。
「頼みますよ・・・貴女に先に行かれたら、わたし達はどうしようもない」
後方から追いついてきたサラが言う。
ハウとサラにとってアメティスタはナビゲーターである。
彼女の予知能力によって最適かつ最速の道を選び、二人はそれについていく。故に、アメティスタに先に行かれると二人はどうしようもないのだ。
「だからごめんって。まぁもう少しでつくんだけど・・・あ、この先木が倒れてるから左折ね」
アメティスタの言葉に二人は肯くと躊躇無くハンドルを左に傾ける。
そのまま草むらの中の獣道に入った。
「・・・それにしても、まさかこんな場所を走ることになるとは思って無かったよ」
ハンドルを握りながらハウが呟く。
その呟きにサラが苦笑しながら返した。
「それはわたしも同じですよ、ハウ。・・・っていうか誰も考えてなかったでしょうね。作ったスバルでさえも」
そもそもイーグルとホークは神姫バトル用に作られた。
副産物としてレースにも使用することが出来るが・・・やはりこんな悪路の走行は全く想定していなかったのだろう。
もっとも、多少のカスタムで悪路に対応してしまう辺りは流石と言うしかない。
「・・・ん? 何だろう・・・これ・・・?」
と、ハウとサラの真中を走行していたアメティスタがふと呟く。
その表情はヘルメットに隠されうかがい知ることは出来ないが、声から何か困惑していることは伝わった。
「どうかしたの?」
「いや・・・何かボク達の後ろから・・・追ってくる・・・?」
その言葉を受けハウは後方を振り返る。
薄暗く雨に遮られてはいるが、見たところ何かいるような気配は無い。
「・・・マジですか」
と、同じく後ろを振り返っていたサラが呟いた。
「・・・何か、いるの?」
疑問に思ったハウがサラに問いかける。
「・・・大型犬くらいの大きさの生き物が、わたし達を追ってきてます。このままじゃ追いつかれますよ・・・」
サラはヘルメットに内蔵されたサーマルゴーグルの感度を上げる。
そこには・・・それが何かまではわからないが、こちらに向かって来る熱を持った何かがいた。
「・・・速度上げるよっ! 多分猪か何かだ!!」
アメティスタは言うが早いかフェンリルの速度を上げる。
サラとハウの二人も後に続いた。
「猪!? 猪ってあの豚みたいな奴ですか!?」
「この辺りにはよく出るんだ! 別に珍しくもなんとも無いよっ!」
サラとアメティスタがそういう間にも、その何かは近づいてくる。
「で、でも何で猪が僕達を追いかけてくるのさ!? 何もして無いよ!?」
「たまたまそこにいたからでしょ!」
アメティスタがそう叫ぶ頃には、すでにその何かは目視できる範囲にまで近づいていた。
大きな牙にも見える犬歯を持ったそれは成る程、どこからどう見ても猪である。しかし今問題なのは猪の走る速度が時速45kmと比較的高速な点と、その猪がなぜかアメティスタたちを追ってきていることだ。
「・・・追いつかれたらどうなりますかね」
「踏み潰されるか・・・食べられちゃうかもよ?」
冗談ではない。
「二人とも! アイツを撃てない!?」
アメティスタが二人に言う、が
「こんな悪路じゃ無理ですよ! 正直運転だけでいっぱいいっぱいです!」
「同じく!」
返ってきた答えは芳しくない。
そうこうしているうちにも猪はますます近づいてくる。今にも追いつかれそうな勢いだ。
「・・・何か・・・何か手はないか・・・!?」
アメティスタは未来を予知しながら考える。
フェンリルの後部にはエネルギーキャノンが二門搭載されている。それを使って足止めすることは出来ないだろうか。
無理だ。威力が高すぎるしなによりバッテリーを消耗する。
予知ができるとはいえ、この先何があるか全てを見通せるわけではないのだ。ならば温存するしかない。
そうなると上手くアイツを煙に撒くしかない。ないのだが。
「あぁもう! こんなときに限って都合のいい未来が見えてこないなんて・・・!」
当たり前だが、未来はいつもいいことばかりとは限らない。割合的には悪いことのほうが多いくらいだ。
「・・・アメティスタさん! あの倒れた木の下!!」
と、隣を走っていたハウが指を指しながら叫ぶ。その先には倒れた木があり、その下に僅かな隙間ができていた。
「でかした! 二人とも先に行って!!」
二人は無言で肯くと速度を上げ、木の下を潜る。
遅れてアメティスタも速度を上げるが
「――――やばっ!?」
このまま行くと、フェンリルのエネルギーキャノンがどうしても引っかかる。
かといって行かなければ後ろの猪に踏み潰されるだけだ。
「―――――――どうにでもなれっ!!」
アクセルを全開にし、最高速で木へと向かう。なるべく身体を低くし自分が当たらないようにと気を使う。
後ろを振り返らないが、もうかなり近くまで来ているのだろう。地を踏みしめる蹄の音が彼女の耳にもはっきりと聞こえていた。
・・・あと少し、あと少しで牙がフェンリルに触れるその直前。
「―――――っ!」
ギリギリの所で、フェンリルは木の下を通過する。
しかしその途中でエネルギーキャノンが引っかかり、基部から外れてしまった。
後方から響く、爆発の音。
「・・・・・・・ま、間に合った・・・」
アメティスタはそういって溜息をつく。
爆発ははっきり言って予想外だったが、猪も撒けたし結果オーライだ。
「大丈夫ですか!?」
と、前方を走っていたサラが速度を落として声をかけてきた。
「大丈夫・・・結構ギリギリだったけどね」
そういってアメティスタは軽く微笑む。
エネルギーキャノンは失ったが彩女を乗せる際に破棄する予定だったし、それに身軽になったと考えれば悪いことばかりではない。
「よかった・・・心配したんだよ?」
同じく速度を落としてハウが言った。
その言葉に苦笑しながら大丈夫、とアメティスタは返す。
一度は捨てた命、惜しくは無いが今はまだ死ぬべきではない。
「・・・さて、この先を越えたら記四季さんの家だ」
いまだ雨の止まぬ泥道、その先を見据えアメティスタは言う。
視線の先には・・・確かに見える。記四季の屋敷の壁があった。
「よかった・・・思ったよりも早くついたね」
「・・・その分、思ったよりもデンジャラスでしたがね」
「それは言わないお約束・・・え?」
と、アメティスタが何かに気づく。
記四季の屋敷の玄関、そこに誰かがいた。
「・・・あれ、アヤメじゃないですか?」
雨の中玄関先に佇むその銀髪の神姫、それは確かに彩女だった。
ここからではよくは見えないが・・・普段は甲冑を着込んでいるはずの両手が、何か別のものをつけている。
「―――――彩女!」
アメティスタは叫ぶ。
その声とヘッドライトの光に気づいたのか、彩女は三人の方を向いた。
「―――――――――――――」
その口が動き、何かを言う。
しかし雨の音に遮られアメティスタには届かない。
アメティスタは加速し、ようやく彩女のそばに辿り着いた。遅れてサラとハウもやってくる。
「彩女!」
フェンリルから飛び降りると彼女は叫んだ。
「・・・・・・・アメティスタ。・・・何故、ここに?」
ようやく会えた彩女の姿は・・・雨に濡れみすぼらしくなっていた。
目に光は無く、彼女自慢の銀髪は雨にぬれ頬に張り付いていたし、銀の耳も濡れそぼって痩せていた。
・・・なんて可哀相な姿。アメティスタはそう思う。
やはり自分は記四季を説得し、病院に連れて行くべきだったのだ。そうすれば、今彩女がこんな風になることも無かったし、なによりこんな危険なことをしなくて・・・サラとハウの二人も巻き込まずにすんだ。
アメティスタは彩女に向かって手を伸ばす。
「キミを迎えに来た。記四季さんを助けるために、一緒に来て欲しい」
彼女のその言葉をうけ、彩女の目に僅かな光が差す。
記四季を助けられる ―――そう思った彩女はアメティスタに手を伸ばす、が
「――――――アメティスタ。貴女・・・どこまで知っていました・・・?」
手が触れる直前、その手は止められた。
「――――――――え?」
「貴女は未来を見ることが出来る。私でさえ気づきかけた主の不調・・・貴女が知らないと言う事は、有り得ない」
彩女の表情は、前髪に隠されうかがい知ることが出来ない。
だがその声は・・・どこか、信じたい何かに縋るような、悲しみに彩られたものだった。
「・・・それは」
アメティスタは言葉に詰まる。
知っていた。彼女は確かに知っていた。
最初からこの状況を予見していたわけではないが、いずれは記四季が倒れることも・・・予知できなくとも予測はついた。
にも拘らず彼女は・・・記四季の頼みもあったが、口を塞ぎ、全てを黙認してきた。
そして状況は雨の屋敷へと至る。
「・・・知ってた。記四季さんの病気も、いずれは倒れることも」
アメティスタは、隠さずにそういった。
この状況を作ってしまったのは他ならぬ自分自身だ。それに・・・友人である彩女に、もう隠し事はしたくないと思っていた。
「――――――――――――――――」
その言葉を、彩女はただ黙って聞いていた。
「でも・・・記四季さんは、それでも・・・」
「―――――――――そう、ですか」
彩女がアメティスタの言葉を遮った、その、瞬間
「――――――――――っ!?」
アメティスタはサラに後ろから強く引かれ、その場に尻餅をついた。
「な、なにす ――――!」
「――――――何のつもりですか、アヤメ。・・・わたし達は戦いに来たのではありませんよ」
サラのその言葉にアメティスタは彩女を見る。
「・・・・・・・・・」
そこには右手を振り下ろした彩女がいた。
サラが後ろに引かなければアメティスタは殴られていただろう。
だがそれはいい。
自分がしたことを鑑みれば殴られるくらい安い・・・アメティスタはそう考えていたし、サラとハウも理解していた。だが・・・
「そのナックル・・・武装で殴るとは、どういうつもりです?」
そう、彩女が両腕につけていたのは普段の紅緒の装備ではない。今、彼女がつけているものは
「――――――手甲・ホワイトファング」
“狼”としての、彼女自身の“牙”である。
「あ ――――――やめ?」
それは彼女専用に開発された“牙”。
現実では非常に強固なただのナックルだが、一度筐体に入れば何よりも硬く、何よりも鋭い、敵を狩るための器官。
格闘から刀へ切り替え一度は手放した牙を、彩女は身につけていた。
「・・・御免なさい」
彩女は俯きながら謝る。
「今すべきことが何か、判ってはいるんです。・・・でも、どうしても・・・どうしても、抑えられない・・・!」
雨のせいでよく判らないが、彼女は泣いていた。
それはまるで・・・一人ぼっちで置き去りにされた、幼い子供のように。
「サラ様もハウも、アメティスタも主のために頑張ってくれている・・・でも・・・でも・・・! 私は・・・アメティスタを許せない・・・!!」
顔を上げ彩女は叫ぶ。
そのままゆっくりと・・・拳を構えた。
「彩女、ボクは・・・!」
アメティスタは立ち上がり、彩女へと駆け寄ろうとするが
「無駄でしょう。・・・こうなったら力尽くで連れて行くしかありません」
「・・・あんまり戦いたくないんだけどね」
サラとハウの二人に遮られる。
既に二人は獲物を手に取り、臨戦態勢だった。
「御二方――――そこを退いてくださいまし」
「いやだ・・・・っていったらどうする?」
彩女の言葉にハウが返す。
手はホルスターの上にかけられ、いつでも抜き撃ちが可能な状態だ。
「・・・・・」
「・・・・・」
お互いに言う事がなくなったのか、二人は無言で睨みあう。
と、次の瞬間
「破ッ!」
彩女が右の拳を振りかぶり一瞬でハウの顔面めがけ振り下ろした。
ハウはその一撃をアルファピストルの銃身で辛うじて防ぐ。
アメティスタは・・・その光景を呆然とした顔で見つめていた。
「・・・アメティスタ」
膠着状態に入った二人をよそに、サラが小声で話しかけてきた。
「少しでも時間を稼ぎます。その間に貴女は彩女を落ち着かせる算段を・・・わたしやハウでは付き合いが浅い。でも貴女ならできる」
そういうとサラはクラブハンドのブレードを展開し、彩女へと飛び掛った。
だが予測していたのか彩女は半歩身をずらすだけでそれを避ける。その隙にハウが銃そのもので殴ろうと振りかぶるが直後に彩女に腹部を殴られ遠くへと吹き飛ぶ。さらについでとばかりに後ろにいたサラを回し蹴りで弾き飛ばした。
ほぼ一瞬の出来事である。
「・・・・・・・・・・じょ、冗談でしょ? ・・・いくらなんでも、出鱈目すぎる・・・!」
遠く、庭の方へと殴り飛ばされたハウが帽子を直しながら呟く。
サラはと言うと柱に打ち付けられ呆然としていた。
それもそうだろう。彩女はいまだ抜刀すらしていない。
サラはともかく、ハウは近接格闘の心得もある。にも拘らず・・・ハウには動きが全く見えなかった。
「・・・・・・・」
二人を一瞬で弾き飛ばした彩女は、雨の中一歩も動かず佇んでいた。
[[前>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1847.html]]・・・[[次>]]
イヌ科の動物と言うものは基本群れる。
そこにいる隣人を信用し信頼し、愛する。
そういう意味では私はこれ以上無いほどにイヌ科なのだろう。
何せ私は狼だ。
考えたことが無いわけではなかった。もし主がいなくなったらどうするかと。
その問いに、答えなんてあるはずも無い。あるとしたら・・・待ち続けるというのが答えになるだろうか。
それだって究極的には何もしていないに等しい。待つということは受動であって、決して能動ではない。
・・・ならば、私はどうすればよいのか。
音なんて雨音しかないこの世界で、ただひたすらに主の帰りを待ち続ければよいのだろうか。
・・・不思議と、判る。
主はまだ生きている。理屈なんて関係なく、漠然と判るのだ。
電気駆動の人形が、第六感を語るなど愚の骨頂。所詮私達は単なるヒトガタ。魂も無ければ霊感などあるはずも無い。・・・けれど、今はそれだけが唯一の寄る辺だった。
だがその寄る辺が今、揺らいでいた。
離れていてもあれほど感じられた主の気配が、希薄になりつつある。
・・・もう待ち続けることなど出来はしない。
主のそばにいて、主と共に季節を過ごし、主と共に床に就く。
それが私、それが・・・主を愛す、彩女として為すべき事。否、これは私がそうありたいという願い。
・・・ならば、すべきことはただ一つ。
私は刀を手に立ち上がる。そして・・・普段は使うことの無い、白狼型としての武装を腕と足につける。そのまま廊下を横断し、玄関の扉を苦労して開ける。
外に出た私は、一度だけ屋敷を振り返ると前を向き、そのまま走り出そうとして・・・こちらに向かってくる何かに気がついた。
・・・あれは、一体?
そう思うまもなく、それは光を放ちながら・・・
*ホワイトファング・ハウリングソウル
*第三十六話
*『白牙』
「イィィィィィヤッホォオオオウウイ!!」
豪雨の中、赤と鮮やかな緑色の車体が暗い森を切り裂いた。
それは爆音を轟かせながら、悪路を物ともせずにただひたすらに走る。その姿はまるで一匹の獣のようだった。
それに乗っているのは誰だろう。
いうまでも無くアメティスタである。
「ちょっと飛ばしすぎじゃない!?」
その後ろを、ブラックホークに乗ったハウが追う。
漆黒の髪も先の白い尻尾も雨のせいで盛大に濡れているが、帽子だけは雨を弾いていた。
「・・・少しは安全運転を心がけてほしいものです」
ハウの少し後ろをストライクイーグルに乗ったサラが追う。
イーグルの後方に無理やり括りつけたライフルが雨に濡れていた。
「アメティスタさん! 少しスピードおとそうよ!!」
二度目のハウの声が聞こえたか、ようやく先行していたアメティスタは速度を落とす。
そのままハウと並んで走り出した。
「いやごめんごめん。本当に久しぶりの運転だったからさ。ついはしゃいじゃった」
そういって彼女はヘルメットの下で屈託なく笑う。
「頼みますよ・・・貴女に先に行かれたら、わたし達はどうしようもない」
後方から追いついてきたサラが言う。
ハウとサラにとってアメティスタはナビゲーターである。
彼女の予知能力によって最適かつ最速の道を選び、二人はそれについていく。故に、アメティスタに先に行かれると二人はどうしようもないのだ。
「だからごめんって。まぁもう少しでつくんだけど・・・あ、この先木が倒れてるから左折ね」
アメティスタの言葉に二人は肯くと躊躇無くハンドルを左に傾ける。
そのまま草むらの中の獣道に入った。
「・・・それにしても、まさかこんな場所を走ることになるとは思って無かったよ」
ハンドルを握りながらハウが呟く。
その呟きにサラが苦笑しながら返した。
「それはわたしも同じですよ、ハウ。・・・っていうか誰も考えてなかったでしょうね。作ったスバルでさえも」
そもそもイーグルとホークは神姫バトル用に作られた。
副産物としてレースにも使用することが出来るが・・・やはりこんな悪路の走行は全く想定していなかったのだろう。
もっとも、多少のカスタムで悪路に対応してしまう辺りは流石と言うしかない。
「・・・ん? 何だろう・・・これ・・・?」
と、ハウとサラの真中を走行していたアメティスタがふと呟く。
その表情はヘルメットに隠されうかがい知ることは出来ないが、声から何か困惑していることは伝わった。
「どうかしたの?」
「いや・・・何かボク達の後ろから・・・追ってくる・・・?」
その言葉を受けハウは後方を振り返る。
薄暗く雨に遮られてはいるが、見たところ何かいるような気配は無い。
「・・・マジですか」
と、同じく後ろを振り返っていたサラが呟いた。
「・・・何か、いるの?」
疑問に思ったハウがサラに問いかける。
「・・・大型犬くらいの大きさの生き物が、わたし達を追ってきてます。このままじゃ追いつかれますよ・・・」
サラはヘルメットに内蔵されたサーマルゴーグルの感度を上げる。
そこには・・・それが何かまではわからないが、こちらに向かって来る熱を持った何かがいた。
「・・・速度上げるよっ! 多分猪か何かだ!!」
アメティスタは言うが早いかフェンリルの速度を上げる。
サラとハウの二人も後に続いた。
「猪!? 猪ってあの豚みたいな奴ですか!?」
「この辺りにはよく出るんだ! 別に珍しくもなんとも無いよっ!」
サラとアメティスタがそういう間にも、その何かは近づいてくる。
「で、でも何で猪が僕達を追いかけてくるのさ!? 何もして無いよ!?」
「たまたまそこにいたからでしょ!」
アメティスタがそう叫ぶ頃には、すでにその何かは目視できる範囲にまで近づいていた。
大きな牙にも見える犬歯を持ったそれは成る程、どこからどう見ても猪である。しかし今問題なのは猪の走る速度が時速45kmと比較的高速な点と、その猪がなぜかアメティスタたちを追ってきていることだ。
「・・・追いつかれたらどうなりますかね」
「踏み潰されるか・・・食べられちゃうかもよ?」
冗談ではない。
「二人とも! アイツを撃てない!?」
アメティスタが二人に言う、が
「こんな悪路じゃ無理ですよ! 正直運転だけでいっぱいいっぱいです!」
「同じく!」
返ってきた答えは芳しくない。
そうこうしているうちにも猪はますます近づいてくる。今にも追いつかれそうな勢いだ。
「・・・何か・・・何か手はないか・・・!?」
アメティスタは未来を予知しながら考える。
フェンリルの後部にはエネルギーキャノンが二門搭載されている。それを使って足止めすることは出来ないだろうか。
無理だ。威力が高すぎるしなによりバッテリーを消耗する。
予知ができるとはいえ、この先何があるか全てを見通せるわけではないのだ。ならば温存するしかない。
そうなると上手くアイツを煙に撒くしかない。ないのだが。
「あぁもう! こんなときに限って都合のいい未来が見えてこないなんて・・・!」
当たり前だが、未来はいつもいいことばかりとは限らない。割合的には悪いことのほうが多いくらいだ。
「・・・アメティスタさん! あの倒れた木の下!!」
と、隣を走っていたハウが指を指しながら叫ぶ。その先には倒れた木があり、その下に僅かな隙間ができていた。
「でかした! 二人とも先に行って!!」
二人は無言で肯くと速度を上げ、木の下を潜る。
遅れてアメティスタも速度を上げるが
「――――やばっ!?」
このまま行くと、フェンリルのエネルギーキャノンがどうしても引っかかる。
かといって行かなければ後ろの猪に踏み潰されるだけだ。
「―――――――どうにでもなれっ!!」
アクセルを全開にし、最高速で木へと向かう。なるべく身体を低くし自分が当たらないようにと気を使う。
後ろを振り返らないが、もうかなり近くまで来ているのだろう。地を踏みしめる蹄の音が彼女の耳にもはっきりと聞こえていた。
・・・あと少し、あと少しで牙がフェンリルに触れるその直前。
「―――――っ!」
ギリギリの所で、フェンリルは木の下を通過する。
しかしその途中でエネルギーキャノンが引っかかり、基部から外れてしまった。
後方から響く、爆発の音。
「・・・・・・・ま、間に合った・・・」
アメティスタはそういって溜息をつく。
爆発ははっきり言って予想外だったが、猪も撒けたし結果オーライだ。
「大丈夫ですか!?」
と、前方を走っていたサラが速度を落として声をかけてきた。
「大丈夫・・・結構ギリギリだったけどね」
そういってアメティスタは軽く微笑む。
エネルギーキャノンは失ったが彩女を乗せる際に破棄する予定だったし、それに身軽になったと考えれば悪いことばかりではない。
「よかった・・・心配したんだよ?」
同じく速度を落としてハウが言った。
その言葉に苦笑しながら大丈夫、とアメティスタは返す。
一度は捨てた命、惜しくは無いが今はまだ死ぬべきではない。
「・・・さて、この先を越えたら記四季さんの家だ」
いまだ雨の止まぬ泥道、その先を見据えアメティスタは言う。
視線の先には・・・確かに見える。記四季の屋敷の壁があった。
「よかった・・・思ったよりも早くついたね」
「・・・その分、思ったよりもデンジャラスでしたがね」
「それは言わないお約束・・・え?」
と、アメティスタが何かに気づく。
記四季の屋敷の玄関、そこに誰かがいた。
「・・・あれ、アヤメじゃないですか?」
雨の中玄関先に佇むその銀髪の神姫、それは確かに彩女だった。
ここからではよくは見えないが・・・普段は甲冑を着込んでいるはずの両手が、何か別のものをつけている。
「―――――彩女!」
アメティスタは叫ぶ。
その声とヘッドライトの光に気づいたのか、彩女は三人の方を向いた。
「―――――――――――――」
その口が動き、何かを言う。
しかし雨の音に遮られアメティスタには届かない。
アメティスタは加速し、ようやく彩女のそばに辿り着いた。遅れてサラとハウもやってくる。
「彩女!」
フェンリルから飛び降りると彼女は叫んだ。
「・・・・・・・アメティスタ。・・・何故、ここに?」
ようやく会えた彩女の姿は・・・雨に濡れみすぼらしくなっていた。
目に光は無く、彼女自慢の銀髪は雨にぬれ頬に張り付いていたし、銀の耳も濡れそぼって痩せていた。
・・・なんて可哀相な姿。アメティスタはそう思う。
やはり自分は記四季を説得し、病院に連れて行くべきだったのだ。そうすれば、今彩女がこんな風になることも無かったし、なによりこんな危険なことをしなくて・・・サラとハウの二人も巻き込まずにすんだ。
アメティスタは彩女に向かって手を伸ばす。
「キミを迎えに来た。記四季さんを助けるために、一緒に来て欲しい」
彼女のその言葉をうけ、彩女の目に僅かな光が差す。
記四季を助けられる ―――そう思った彩女はアメティスタに手を伸ばす、が
「――――――アメティスタ。貴女・・・どこまで知っていました・・・?」
手が触れる直前、その手は止められた。
「――――――――え?」
「貴女は未来を見ることが出来る。私でさえ気づきかけた主の不調・・・貴女が知らないと言う事は、有り得ない」
彩女の表情は、前髪に隠されうかがい知ることが出来ない。
だがその声は・・・どこか、信じたい何かに縋るような、悲しみに彩られたものだった。
「・・・それは」
アメティスタは言葉に詰まる。
知っていた。彼女は確かに知っていた。
最初からこの状況を予見していたわけではないが、いずれは記四季が倒れることも・・・予知できなくとも予測はついた。
にも拘らず彼女は・・・記四季の頼みもあったが、口を塞ぎ、全てを黙認してきた。
そして状況は雨の屋敷へと至る。
「・・・知ってた。記四季さんの病気も、いずれは倒れることも」
アメティスタは、隠さずにそういった。
この状況を作ってしまったのは他ならぬ自分自身だ。それに・・・友人である彩女に、もう隠し事はしたくないと思っていた。
「――――――――――――――――」
その言葉を、彩女はただ黙って聞いていた。
「でも・・・記四季さんは、それでも・・・」
「―――――――――そう、ですか」
彩女がアメティスタの言葉を遮った、その、瞬間
「――――――――――っ!?」
アメティスタはサラに後ろから強く引かれ、その場に尻餅をついた。
「な、なにす ――――!」
「――――――何のつもりですか、アヤメ。・・・わたし達は戦いに来たのではありませんよ」
サラのその言葉にアメティスタは彩女を見る。
「・・・・・・・・・」
そこには右手を振り下ろした彩女がいた。
サラが後ろに引かなければアメティスタは殴られていただろう。
だがそれはいい。
自分がしたことを鑑みれば殴られるくらい安い・・・アメティスタはそう考えていたし、サラとハウも理解していた。だが・・・
「そのナックル・・・武装で殴るとは、どういうつもりです?」
そう、彩女が両腕につけていたのは普段の紅緒の装備ではない。今、彼女がつけているものは
「――――――手甲・ホワイトファング」
“狼”としての、彼女自身の“牙”である。
「あ ――――――やめ?」
それは彼女専用に開発された“牙”。
現実では非常に強固なただのナックルだが、一度筐体に入れば何よりも硬く、何よりも鋭い、敵を狩るための器官。
格闘から刀へ切り替え一度は手放した牙を、彩女は身につけていた。
「・・・御免なさい」
彩女は俯きながら謝る。
「今すべきことが何か、判ってはいるんです。・・・でも、どうしても・・・どうしても、抑えられない・・・!」
雨のせいでよく判らないが、彼女は泣いていた。
それはまるで・・・一人ぼっちで置き去りにされた、幼い子供のように。
「サラ様もハウも、アメティスタも主のために頑張ってくれている・・・でも・・・でも・・・! 私は・・・アメティスタを許せない・・・!!」
顔を上げ彩女は叫ぶ。
そのままゆっくりと・・・拳を構えた。
「彩女、ボクは・・・!」
アメティスタは立ち上がり、彩女へと駆け寄ろうとするが
「無駄でしょう。・・・こうなったら力尽くで連れて行くしかありません」
「・・・あんまり戦いたくないんだけどね」
サラとハウの二人に遮られる。
既に二人は獲物を手に取り、臨戦態勢だった。
「御二方――――そこを退いてくださいまし」
「いやだ・・・・っていったらどうする?」
彩女の言葉にハウが返す。
手はホルスターの上にかけられ、いつでも抜き撃ちが可能な状態だ。
「・・・・・」
「・・・・・」
お互いに言う事がなくなったのか、二人は無言で睨みあう。
と、次の瞬間
「破ッ!」
彩女が右の拳を振りかぶり一瞬でハウの顔面めがけ振り下ろした。
ハウはその一撃をアルファピストルの銃身で辛うじて防ぐ。
アメティスタは・・・その光景を呆然とした顔で見つめていた。
「・・・アメティスタ」
膠着状態に入った二人をよそに、サラが小声で話しかけてきた。
「少しでも時間を稼ぎます。その間に貴女は彩女を落ち着かせる算段を・・・わたしやハウでは付き合いが浅い。でも貴女ならできる」
そういうとサラはクラブハンドのブレードを展開し、彩女へと飛び掛った。
だが予測していたのか彩女は半歩身をずらすだけでそれを避ける。その隙にハウが銃そのもので殴ろうと振りかぶるが直後に彩女に腹部を殴られ遠くへと吹き飛ぶ。さらについでとばかりに後ろにいたサラを回し蹴りで弾き飛ばした。
ほぼ一瞬の出来事である。
「・・・・・・・・・・じょ、冗談でしょ? ・・・いくらなんでも、出鱈目すぎる・・・!」
遠く、庭の方へと殴り飛ばされたハウが帽子を直しながら呟く。
サラはと言うと柱に打ち付けられ呆然としていた。
それもそうだろう。彩女はいまだ抜刀すらしていない。
サラはともかく、ハウは近接格闘の心得もある。にも拘らず・・・ハウには動きが全く見えなかった。
「・・・・・・・」
二人を一瞬で弾き飛ばした彩女は、雨の中一歩も動かず佇んでいた。
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