「HLその3」(2008/05/15 (木) 05:14:08) の最新版変更点
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「まったく……」
ここ、神姫センターに来てから不満ばかり口にしている気がする。
そしてそのたびに耳元できぃきぃ言っていた声が今はしない。
ホントだったらありがたいことなのに、今に限ってかえって僕を苛立たせる。
「やれやれ……」
ティールームで時間を潰してしばらく、もう15分ほどで対戦時間という時に気づいた。
そろそろバトル筐体に向かおうとした所で、それに気づいた。
「まったく、どこに行ったんだ、あの馬鹿……」
つまり、あいつがいなくなったことに。
ティールームのディスプレイに対戦相手が表示されてから、僕はなんとなく黙り込んでしまったから、それからいつの間にあのチビ人形が落ちるにしろどこかに行ったにしろ、全然心当たりがない。
時間にして、五分ほど……だと思う。
バトルに乗り気だったあいつがわざわざすっぽかすためにどこかに行ったとは考えづらいから、そんなに遠くにいるはずはないんだけど……
「……おーい……」
なんとなく、小声で呼びかけてみる。
それ以上のことはできなかった。
少し大きな声で、名前を呼びながら探せばいくらなんでも見つかるだろう。
そんなことは分かってる。
だけど、そんな迷子を捜しているような真似をすることに抵抗があった。
落とした機械の名前を呼んで、探すという事に。
わかってる、別にそれは、非合理的なことじゃない。
感覚素子と、状況に対して判断するまるで人間のような機械を探すのに、名前を呼んで探すことは別におかしなことでもなんでもない。
だけど、なぜか、それをするのは躊躇われた。
僕が否定していたものに負けるような気がして。
あいつに……ジェヴァーナに人格が、心があるのを認めてしまうような気がして。
「……仕方ないな……受付に行ってみよう」
誤魔化すように、はぁ、と大きくため息をついてから、僕はカウンターへと歩いていった。
「いたたたた……こらマスターっ!!」
雑踏の中、少女が声を上げる。
雑踏と言っても少女の目線に人影はない。
その代わり少女の身長ほどの大きさの靴底が、いくつも並んでいるだけだった。
「……あれ?」
視線を上げれば見えるはずだと思っていた、彼女の主の頭は見当たらない。
「ボク、迷子になっちゃった……かな?」
さして不安そうでもない様子で少女……ジェヴァーナが小首をかしげる。
いくつもの、(彼女にとっては)巨大な足がジェヴァーナからそう遠くないところを踏みしめていく。
いつ彼女が踏まれてしまうかと、同じ目線を持つものならば、心配になってしまうかも知れない。
とはいえ、ここは神姫センターだ。
足元にいる神姫を誤って踏みつけような粗忽者がそうそういるはずもなく、少女の……神姫の苦難を見捨てるような者もそういない。
「おっと、大丈夫? マスターとはぐれたのかな?」
当然のごとくほとんど間をおかず、ジェヴァーナに救いの手が差し伸べられた。
ぬっ、と文字通り差し出された手のひらを少し見てから、ジェヴァーナが飛び乗る。
それと同時にジェヴァーナは持ち上げられ、神姫の視界から人間の視界へと移動する。
「ありがと。迷子になっちゃったみたいでさ」
「みたいだね」
明るい声と同時にジェヴァーナの前に現れたのは、にこやかな少年の笑顔だった。
年の頃は多分、彼女のマスターと変わらないくらい。つまり、中学にあがるかあがらないか。
やわらかい笑みは年相応の無邪気さと、少年らしい好奇心、この年齢で神姫を持つ子供たちにありがちな、育ちのよさそうな雰囲気が見てとれる。
「…………」
そして彼の肩には自分と同じ、ストラーフタイプの神姫。
同じタイプの神姫でもそれぞれ個性はある。
出荷時にはそれぞれメーカーによって規定されたパーソナリティしか持たない彼女たちだが、胸にはめられたCSCと、なによりそれぞれのオーナーと過ごした日々が彼女たち、人にあらざるものに『人格』を与える。
無表情に、しかし、まっすぐにジェヴァーナに向けられた瞳は工業製品であるのにもかかわらず、意志が宿っていることを強く認識させる。
自分と同じ顔を持ちながら、自分の浮かべたことのない表情を浮かべている少年の神姫を、ジェヴァーナは興味深そうに覗き込む。
「ボク、ジェヴァーナ」
「俺は……ん? どっかで聞いたような……」
名乗ろうとした少年が、次の瞬間に怪訝そうな顔ほ浮かべる。
そんな少年の様子から何かに気づいた様子で、肩にのった神姫が言葉を発する。
「マスター。次の対戦相手」
「ああ」
ぽん、と手を打って少年が得心顔を浮かべる。
「対戦相手?」
そんな二人の会話に一瞬意味がわからなくて、ジェヴァーナが首をかしげる。
「俺は島田祐一。ここでのバトル登録にはU1って書いたけどね。よろしく、ジェヴァーナ」
「アイゼン。よろしく」
にこっと笑いながら祐一が、無表情なまま手を差し出してアイゼンが、それぞれ名乗る。
「ん? 祐一……U1? アイゼン?」
さきほどのマスターとの会話、そして掲示板に表示されていた名前を思い出す。
「え、ええっ?!」
そう言うことらしかった。
「あーっ! マスターッ!」
後ろから聞こえた声に僕は思わず背中をすくませる。
「……?」
振り返るとそこには両肩に二体のストラーフをのせた、僕と同じくらいの年齢の男の子が立っていた。
「えーっと……」
別にストラーフタイプの声自体は、今に限らずあっちこっちで聞こえ続けてたんだけど、今の声はなんとなく、そのどれとも違っていて、なぜか僕を呼んでいたような気がして思わず振り返ってしまった。
「ひどいじゃないかっ! ボクを落としたりなんかしてさっ!」
びしっ、と僕を指差して言うのは、男の子の左肩に乗ったストラーフ。
って事はやっぱり……
「ジェヴァーナか……?」
「当たり前だよ。なに言ってるんだよ。もーっ!」
きぃきぃとわめいているジェヴァーナに辟易しているのか、肩にのせている男の子が、首を傾けて苦笑している。
「ええっ……と……」
とりあえず、恐る恐る男の子の方に近づいて、肩に乗っているジェヴァーナらしきストラーフと男の子の顔を見比べる。
僕も背が高いほうじゃないけど、それでもぎりぎり僕の目線に彼の額が繰るくらい。
だからたぶん、小学校4、5年生くらいなんだろう。
「き、君が拾ってくれたの?」
「あ、うん。偶然。まさか次の対戦相手だとは思わなかったけどね」
「……?」
僕と違って、物怖じしない調子で言う言葉の中に、なんだかよく意味のわからない言葉が混じっていた。
「そうそう、マスター聞いてよ! この人たちボクたちのは対戦相手!」
ぴょん、と僕の肩に飛び乗ったジェヴァーナが、遠慮なく大声で叫ぶ。
「……は?」
僕は間抜けな声をあげて、改めて目の前の男の子と、その肩に乗るストラーフを見つめた。
「その……ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
改めて礼を言うと、彼……島田祐一はにっこりと笑って答えた。
お互いに簡単な自己紹介をすましたところで、神姫バトル筐体のそばで順番待ちをしているところ。
アイゼンのマスター、U1……島田祐一は普段はここから少し離れた天海市でバトルをしているらしい。
驚いたことに、祐一は小学6年生……僕と1年しか違わないそうだ。
……てっきり、二つ三つは下だと思ってた……
なれなれしいだけの馬鹿な小学生かと思ったら、そんなのにありがちなうるさいほどの自己主張はない。
沈黙が重くならない程度に、自己紹介まじりの雑談をしかけてくるだけだ。
そんなところはむしろ大人びた印象さえ受けてしまう。
つまり一言で言えば、この島田祐一という少年は、「いい人」だった。
「いい人」といるのは、そうでない人といるのとはまた別の息苦しさがある。
相手の話を聞かなければならない、時には相手に話し掛けなければならない。
だからと言って、勿論「よくない人」と一緒にいたいっていうわけでもない。
つまり、僕は誰とも一緒にいるのが苦手なんだってだけなんだけど。
「で、俺はこの辺にきたのは初めてでさ、偶然この神姫センターを見つけたから、ちょっとバトルをしてみようと思って。バトルロイヤル筐体はないみたいだけど」
「マスター、それは、天海の方が希」
「へえ……」
「そっちはデビュー戦だそうだけど、やっぱりこの辺じゃ、ここが一番大きな神姫センターなのかな?」
「さ、さあ……」
「ああ、ごめんね、うちのマスター引きこもりだから」
「……っ! 余計なこというなよっ!」
反射的に肩にのったジェヴァーナを振り落とす。
「いたた、もう、マスターっ! 二度も落とすな! ホントのことなんだからさ!」
「こいつ……っ!」
今度は反射的にじゃない。
つかみあげたジェヴァーナを握り締めて、そのまま締め上げる。
「んくっ、ちょっ、と、さすがに、痛いよ、マスターっ……」
人形のくせに、人形のくせに! 人形のくせに!!
羞恥心が、ますます僕の怒りに火をつけて、今まで少しずつたまっていた胸の中のものを吐き出させようとする。
その瞬間。
「やりすぎだよ。そんなに苦しそうにしてるじゃないか」
今までの人の好さそうな表情から一転して、鋭い目つきでにらみつけ、僕とそう大して変わらない身長からは考えられないくらい強く僕の肩を握り締めて、祐一が言った。
「い、痛そうな振りしてるだけだろ、武装神姫なんてオモチャなんだから、心のある振りをしてるだけのさ」
一瞬、それにひるみそうになりながらも、僕は強がって答える。
「……本気でそんなこと考えてるの?」
「ほ、本気もなにも、そんなの、当たり前だろ? 武装神姫なんてただのおもちゃなんだからさ」
「………………」
精一杯の虚勢を張って言う僕を祐一はさっきより険を含んだ目で見返す。
その肩には、祐一と同じく、僕をにらみつけている彼の神姫、アイゼンがいる。
ジェヴァーナと同じ顔をした神姫が無表情に、まるでジェヴァーナの代わりにらみつけているような気がして、僕は少しだけ、気後れしてしまう。
「あ、マスター、そろそろ時間みたいだよ」
「え……?」
いつのまにか緩んでしまった手から抜け出していたのか、ジェヴァーナは僕の肩にのったまま、普段と同じようにそう言った。
「ほ、ほら、こいつがただのプログラムだから、こんななにもなかったみたいに……」
我ながら、捨て台詞みたいだと感じてしまう。
「キミは、神姫ってものがわかってないみたいだな」
「……そんなことない。ストラーフのスペックや、構造、機構についてはこの一週間で開発者にだって負けないくらい調べ尽くしてる」
自分にとって唯一自信がある機械いじりについて、思わず言い訳するように言っていた。
そんな僕を見たまま、祐一が少しだけ哀れむような感情をにじませる。
「言い直すよ」
そして、ひとつだけため息を吐く。
「キミ、心ってものがわかってないみたいだな」
「……っ!」
その言葉に思わず口篭もってしまった。
分かってないわけじゃない。
信じていないだけだ。
そういい返したくて、なぜか言い返せない。
目の前の僕よりひとつ年下の少年が、なぜか、僕よりずっと年上に感じてしまう。
「ジェヴァーナには悪いけど、負ける気がしない」
「ぼ、僕は別に、勝つつもりでやってるんじゃない。ただ、データを取りにきただけなんだから……」
思わず祐一から……それともアイゼンから、顔をそむけながら小声でつぶやく。
「……行こう、アイゼン」
「ん」
そんな僕の言葉は聞こえたのか聞こえてないのか、祐一は回れ右をして僕から離れ、筐体へと向かう。
「ほらほら、マスター、ボクたちも準備しないと」
「なん……だよ、武装神姫なんて、ただのオモチャなのに、なんであんなに必死になってるんだ?」
ジェヴァーナに、というわけじゃない。
負け惜しみみたいに、そうつぶやいていた。
「ふふっ、マスターは子供だなあ」
「え……? ど、どうしてだよ」
目が合うと、なぜかジェヴァーナがクスクスと笑い始める。
「そういうところが、だよ」
意味がわからない。
「さあ、ボクたちも準備しないと、バトルっていうより、ちょっと喧嘩みたいになっちゃったけどね。その辺の区別はしてくれる相手だと思うし。多分大丈夫だよ」
やっぱり意味のわからないことを言うジェヴァーナに促されるようにして、僕は対戦筐体へと向かっていった……
「マスター、怒ってる?」
島田祐一の肩で彼の神姫、アイゼンが声をかける。
「ん……ちょっとね。ああいうマスターもいるんだって、知ってはいるけどさ」
苦笑いを浮かべながら、少しだけ申し訳なさそうにアイゼンへと悪びれる。
「珍しく、ボケ体質じゃない普通のダメな人だった」
「まあ……確かに姉さんはじめ、周りのダメ人間はああいうタイプじゃないけどさ。幸か不幸か」
「突っ込み担当のマスターとしては、欲求不満?」
「別に俺もツッコミたくてつっこんでるわけじゃないんだけど」
「むしろ本能?」
「いやな本能だな、それ!」
「……大丈夫、クールボケ系はまかせて」
「まかせてないよ! 帰ってきてよアイゼン!」
「それが運命」
「いやな運命だな、それ!」
「マスターのこれからの人生、色んなボケ担当が集まってくるから、安心して」
「安心できないよ!? そんな人生ごめんだよ!」
「……よかった、いつものマスター」
「え?」
不意に笑みを返すアイゼンに、祐一は思わずきょとん、としてしまう。
「ちょっと普段のマスターと違ったから、心配した」
「……うん。もう大丈夫、ありがとうアイゼン」
「……どういたしまして」
やわらかい笑みを浮かべる祐一に、少しだけ唇の端を上げてアイゼンも微笑む。
「さて、とりあえずはこのバトルに集中しようか! 油断するなよ、アイゼン!」
「うん。分かってる」
ポケットから取り出したPDAから、祐一が手早くアイゼンの状態とステージ設定を読み取っていく。
明らかに素人離れした手つきでそれらの情報は祐一本人に吸収され、アイゼンへと伝えられる。
その次の瞬間、筐体が、試合開始を伝えた。
ちなみに、アイゼンのいろんなボケ担当が集まってくる、という予言は、その後5年間を経て成就されることになる。
閑話休題。
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「まったく……」
ここ、神姫センターに来てから不満ばかり口にしている気がする。
そしてそのたびに耳元できぃきぃ言っていた声が今はしない。
ホントだったらありがたいことなのに、今に限ってかえって僕を苛立たせる。
「やれやれ……」
ティールームで時間を潰してしばらく、もう15分ほどで対戦時間、そろそろバトル筐体に向かおうとした所で、それに気づいた。
「まったく、どこに行ったんだ、あの馬鹿……」
つまり、あいつがいなくなったことに。
ティールームのディスプレイに対戦相手が表示されてから、僕はなんとなく黙り込んでしまったから、それからいつの間にあのチビ人形が落ちるにしろどこかに行ったにしろ、全然心当たりがない。
時間にして、五分ほど……だと思う。
バトルに乗り気だったあいつがわざわざすっぽかすためにどこかに行ったとは考えづらいから、そんなに遠くにいるはずはないんだけど……
「……おーい……」
なんとなく、小声で呼びかけてみる。
それ以上のことはできなかった。
少し大きな声で、名前を呼びながら探せばいくらなんでも見つかるだろう。
そんなことは分かってる。
だけど、そんな迷子を捜しているような真似をすることに抵抗があった。
落とした機械の名前を呼んで、探すという事に。
わかってる、別にそれは、非合理的なことじゃない。
感覚素子と、状況に対して判断するまるで人間のような機械を探すのに、名前を呼んで探すことは別におかしなことでもなんでもない。
だけど、なぜか、それをするのは躊躇われた。
僕が否定していたものに負けるような気がして。
あいつに……ジェヴァーナに人格が、心があるのを認めてしまうような気がして。
「……仕方ないな……受付に行ってみよう」
誤魔化すように、はぁ、と大きくため息をついてから、僕はカウンターへと歩いていった。
「いたたたた……こらマスターっ!!」
雑踏の中、少女が声を上げる。
雑踏と言っても少女の目線に人影はない。
その代わり少女の身長ほどの大きさの靴底が、いくつも並んでいるだけだった。
「……あれ?」
視線を上げれば見えるはずだと思っていた、彼女の主の頭は見当たらない。
「ボク、迷子になっちゃった……かな?」
さして不安そうでもない様子で少女……ジェヴァーナが小首をかしげる。
いくつもの、(彼女にとっては)巨大な足がジェヴァーナからそう遠くないところを踏みしめていく。
いつ彼女が踏まれてしまうかと、同じ目線を持つものならば、心配になってしまうかも知れない。
とはいえ、ここは神姫センターだ。
足元にいる神姫を誤って踏みつけような粗忽者がそうそういるはずもなく、少女の……神姫の苦難を見捨てるような者もそういない。
「おっと、大丈夫? マスターとはぐれたのかな?」
当然のごとくほとんど間をおかず、ジェヴァーナに救いの手が差し伸べられた。
ぬっ、と文字通り差し出された手のひらを少し見てから、ジェヴァーナが飛び乗る。
それと同時にジェヴァーナは持ち上げられ、神姫の視界から人間の視界へと移動する。
「ありがと。迷子になっちゃったみたいでさ」
「みたいだね」
明るい声と同時にジェヴァーナの前に現れたのは、にこやかな少年の笑顔だった。
年の頃は多分、彼女のマスターと変わらないくらい。つまり、中学にあがるかあがらないか。
やわらかい笑みは年相応の無邪気さと、少年らしい好奇心、この年齢で神姫を持つ子供たちにありがちな、育ちのよさそうな雰囲気が見てとれる。
「…………」
そして彼の肩には自分と同じ、ストラーフタイプの神姫。
同じタイプの神姫でもそれぞれ個性はある。
出荷時にはそれぞれメーカーによって規定されたパーソナリティしか持たない彼女たちだが、胸にはめられたCSCと、なによりそれぞれのオーナーと過ごした日々が彼女たち、人にあらざるものに『人格』を与える。
無表情に、しかし、まっすぐにジェヴァーナに向けられた瞳は工業製品であるのにもかかわらず、意志が宿っていることを強く認識させる。
自分と同じ顔を持ちながら、自分の浮かべたことのない表情を浮かべている少年の神姫を、ジェヴァーナは興味深そうに覗き込む。
「ボク、ジェヴァーナ」
「俺は……ん? どっかで聞いたような……」
名乗ろうとした少年が、次の瞬間に怪訝そうな顔ほ浮かべる。
そんな少年の様子から何かに気づいた様子で、肩にのった神姫が言葉を発する。
「マスター。次の対戦相手」
「ああ」
ぽん、と手を打って少年が得心顔を浮かべる。
「対戦相手?」
そんな二人の会話に一瞬意味がわからなくて、ジェヴァーナが首をかしげる。
「俺は島田祐一。ここでのバトル登録にはU1って書いたけどね。よろしく、ジェヴァーナ」
「アイゼン。よろしく」
にこっと笑いながら祐一が、無表情なまま手を差し出してアイゼンが、それぞれ名乗る。
「ん? 祐一……U1? アイゼン?」
さきほどのマスターとの会話、そして掲示板に表示されていた名前を思い出す。
「え、ええっ?!」
そう言うことらしかった。
「あーっ! マスターッ!」
後ろから聞こえた声に僕は思わず背中をすくませる。
「……?」
振り返るとそこには両肩に二体のストラーフをのせた、僕と同じくらいの年齢の男の子が立っていた。
「えーっと……」
別にストラーフタイプの声自体は、今に限らずあっちこっちで聞こえ続けてたんだけど、今の声はなんとなく、そのどれとも違っていて、なぜか僕を呼んでいたような気がして思わず振り返ってしまった。
「ひどいじゃないかっ! ボクを落としたりなんかしてさっ!」
びしっ、と僕を指差して言うのは、男の子の左肩に乗ったストラーフ。
って事はやっぱり……
「ジェヴァーナか……?」
「当たり前だよ。なに言ってるんだよ。もーっ!」
きぃきぃとわめいているジェヴァーナに辟易しているのか、肩にのせている男の子が、首を傾けて苦笑している。
「ええっ……と……」
とりあえず、恐る恐る男の子の方に近づいて、肩に乗っているジェヴァーナらしきストラーフと男の子の顔を見比べる。
僕も背が高いほうじゃないけど、それでもぎりぎり僕の目線に彼の額が繰るくらい。
だからたぶん、小学校4、5年生くらいなんだろう。
「き、君が拾ってくれたの?」
「あ、うん。偶然。まさか次の対戦相手だとは思わなかったけどね」
「……?」
僕と違って、物怖じしない調子で言う言葉の中に、なんだかよく意味のわからない言葉が混じっていた。
「そうそう、マスター聞いてよ! この人たちボクたちのは対戦相手!」
ぴょん、と僕の肩に飛び乗ったジェヴァーナが、遠慮なく大声で叫ぶ。
「……は?」
僕は間抜けな声をあげて、改めて目の前の男の子と、その肩に乗るストラーフを見つめた。
「その……ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
改めて礼を言うと、彼……島田祐一はにっこりと笑って答えた。
お互いに簡単な自己紹介をすましたところで、神姫バトル筐体のそばで順番待ちをしているところ。
アイゼンのマスター、U1……島田祐一は普段はここから少し離れた天海市でバトルをしているらしい。
驚いたことに、祐一は小学6年生……僕と1年しか違わないそうだ。
……てっきり、二つ三つは下だと思ってた……
なれなれしいだけの馬鹿な小学生かと思ったら、そんなのにありがちなうるさいほどの自己主張はない。
沈黙が重くならない程度に、自己紹介まじりの雑談をしかけてくるだけだ。
そんなところはむしろ大人びた印象さえ受けてしまう。
つまり一言で言えば、この島田祐一という少年は、「いい人」だった。
「いい人」といるのは、そうでない人といるのとはまた別の息苦しさがある。
相手の話を聞かなければならない、時には相手に話し掛けなければならない。
だからと言って、勿論「よくない人」と一緒にいたいっていうわけでもない。
つまり、僕は誰とも一緒にいるのが苦手なんだってだけなんだけど。
「で、俺はこの辺にきたのは初めてでさ、偶然この神姫センターを見つけたから、ちょっとバトルをしてみようと思って。バトルロイヤル筐体はないみたいだけど」
「マスター、それは、天海の方が希」
「へえ……」
「そっちはデビュー戦だそうだけど、やっぱりこの辺じゃ、ここが一番大きな神姫センターなのかな?」
「さ、さあ……」
「ああ、ごめんね、うちのマスター引きこもりだから」
「……っ! 余計なこというなよっ!」
反射的に肩にのったジェヴァーナを振り落とす。
「いたた、もう、マスターっ! 二度も落とすな! ホントのことなんだからさ!」
「こいつ……っ!」
今度は反射的にじゃない。
つかみあげたジェヴァーナを握り締めて、そのまま締め上げる。
「んくっ、ちょっ、と、さすがに、痛いよ、マスターっ……」
人形のくせに、人形のくせに! 人形のくせに!!
羞恥心が、ますます僕の怒りに火をつけて、今まで少しずつたまっていた胸の中のものを吐き出させようとする。
その瞬間。
「やりすぎだよ。そんなに苦しそうにしてるじゃないか」
今までの人の好さそうな表情から一転して、鋭い目つきでにらみつけ、僕とそう大して変わらない身長からは考えられないくらい強く僕の肩を握り締めて、祐一が言った。
「い、痛そうな振りしてるだけだろ、武装神姫なんてオモチャなんだから、心のある振りをしてるだけのさ」
一瞬、それにひるみそうになりながらも、僕は強がって答える。
「……本気でそんなこと考えてるの?」
「ほ、本気もなにも、そんなの、当たり前だろ? 武装神姫なんてただのおもちゃなんだからさ」
「………………」
精一杯の虚勢を張って言う僕を祐一はさっきより険を含んだ目で見返す。
その肩には、祐一と同じく、僕をにらみつけている彼の神姫、アイゼンがいる。
ジェヴァーナと同じ顔をした神姫が無表情に、まるでジェヴァーナの代わりにらみつけているような気がして、僕は少しだけ、気後れしてしまう。
「あ、マスター、そろそろ時間みたいだよ」
「え……?」
いつのまにか緩んでしまった手から抜け出していたのか、ジェヴァーナは僕の肩にのったまま、普段と同じようにそう言った。
「ほ、ほら、こいつがただのプログラムだから、こんななにもなかったみたいに……」
我ながら、捨て台詞みたいだと感じてしまう。
「キミは、神姫ってものがわかってないみたいだな」
「……そんなことない。ストラーフのスペックや、構造、機構についてはこの一週間で開発者にだって負けないくらい調べ尽くしてる」
自分にとって唯一自信がある機械いじりについて、思わず言い訳するように言っていた。
そんな僕を見たまま、祐一が少しだけ哀れむような感情をにじませる。
「言い直すよ」
そして、ひとつだけため息を吐く。
「キミ、心ってものがわかってないみたいだな」
「……っ!」
その言葉に思わず口篭もってしまった。
分かってないわけじゃない。
信じていないだけだ。
そういい返したくて、なぜか言い返せない。
目の前の僕よりひとつ年下の少年が、なぜか、僕よりずっと年上に感じてしまう。
「ジェヴァーナには悪いけど、負ける気がしない」
「ぼ、僕は別に、勝つつもりでやってるんじゃない。ただ、データを取りにきただけなんだから……」
思わず祐一から……それともアイゼンから、顔をそむけながら小声でつぶやく。
「……行こう、アイゼン」
「ん」
そんな僕の言葉は聞こえたのか聞こえてないのか、祐一は回れ右をして僕から離れ、筐体へと向かう。
「ほらほら、マスター、ボクたちも準備しないと」
「なん……だよ、武装神姫なんて、ただのオモチャなのに、なんであんなに必死になってるんだ?」
ジェヴァーナに、というわけじゃない。
負け惜しみみたいに、そうつぶやいていた。
「ふふっ、マスターは子供だなあ」
「え……? ど、どうしてだよ」
目が合うと、なぜかジェヴァーナがクスクスと笑い始める。
「そういうところが、だよ」
意味がわからない。
「さあ、ボクたちも準備しないと、バトルっていうより、ちょっと喧嘩みたいになっちゃったけどね。その辺の区別はしてくれる相手だと思うし。多分大丈夫だよ」
やっぱり意味のわからないことを言うジェヴァーナに促されるようにして、僕は対戦筐体へと向かっていった……
「マスター、怒ってる?」
島田祐一の肩で彼の神姫、アイゼンが声をかける。
「ん……ちょっとね。ああいうマスターもいるんだって、知ってはいるけどさ」
苦笑いを浮かべながら、少しだけ申し訳なさそうにアイゼンへと悪びれる。
「珍しく、ボケ体質じゃない普通のダメな人だった」
「まあ……確かに姉さんはじめ、周りのダメ人間はああいうタイプじゃないけどさ。幸か不幸か」
「突っ込み担当のマスターとしては、欲求不満?」
「別に俺もツッコミたくてつっこんでるわけじゃないんだけど」
「むしろ本能?」
「いやな本能だな、それ!」
「……大丈夫、クールボケ系はまかせて」
「まかせてないよ! 帰ってきてよアイゼン!」
「それが運命」
「いやな運命だな、それ!」
「マスターのこれからの人生、色んなボケ担当が集まってくるから、安心して」
「安心できないよ!? そんな人生ごめんだよ!」
「……よかった、いつものマスター」
「え?」
不意に笑みを返すアイゼンに、祐一は思わずきょとん、としてしまう。
「ちょっと普段のマスターと違ったから、心配した」
「……うん。もう大丈夫、ありがとうアイゼン」
「……どういたしまして」
やわらかい笑みを浮かべる祐一に、少しだけ唇の端を上げてアイゼンも微笑む。
「さて、とりあえずはこのバトルに集中しようか! 油断するなよ、アイゼン!」
「うん。分かってる」
ポケットから取り出したPDAから、祐一が手早くアイゼンの状態とステージ設定を読み取っていく。
明らかに素人離れした手つきでそれらの情報は祐一本人に吸収され、アイゼンへと伝えられる。
その次の瞬間、筐体が、試合開始を伝えた。
ちなみに、アイゼンのいろんなボケ担当が集まってくる、という予言は、その後5年間を経て成就されることになる。
閑話休題。
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