「夏扉3・「夢絃」」(2008/02/13 (水) 00:52:03) の最新版変更点
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*「夢絃」
結局というかなんて言うか、アタシはあのアミューズメントパークの名前を知らないままでいた。
あれからまとまった時間をとる事が出来なかったのだ。
それは、本来の意味での目的にも時間を割く事ができないというワケで。
つまりアタシはやっぱり『桜田柄今』先生に会えずにいる。
時間を作れなかったのにはもちろんワケがあって、それはこの夏を曽祖父の家で過ごすためには必要な事だったから、たとえそれが興味をそそられる事がない退屈な用件だとしてもアタシはそれを辞退するわけにはいかなかった。
一応それなりに資産のある家の子女としては、こなさなければいけない義務もある。
要するにそういう類の用件だった。
そうなってくると、旅先と言うにはちょっと語弊があるけど、本来の生活地域でない所で出来た友人との関係なんて、わずかな時間で無くなってしまうものだと、アタシとしては諦めざるを得なくなる。
つまり、左右葉や刹奈とアタシの関係なんてそんなものでしかないというのが事実。
お互い名前は知っているけど、それ以上は踏み込んでいない。そんな関係。
わずかに取れた自由な時間を、祖父の家の近くの大きい公園を散策しながらアタシは、そんな風に考えていた。
だから、その再会はやっぱり偶然で、でも偶然が続けば運命を感じ始めるのは仕方がないと思う。
軽やかな三拍子を奏でるヴァイオリンの調べ。
珍しいな、と頭の隅で思いながらその音を辿る。
もちろん、ただの好奇心。そこに深い意味はない。
だからこそ、運命を感じてしまうような偶然で。
きっとその時のアタシはうれしかったんだと思う。 ……その時はそんな自分の感情にまるで気が付いてはいなかったけど。
最初にアタシに気が付いたのは、可憐な声に粗雑な言葉をのせて話す小さな……本当に小さな少女。
「え? えーーーー!? 朔良じゃんか! 何でこんな所にいんだよー!?」
表情といわず体全体でその驚きを表現したその神姫の名は刹奈。
その声に応えて、ヴァイオリンの調べが途切れる。
「お? 何だ、偶然だな」
アタシに向けられたその表情は、あまりにも自然に、当たり前に浮かべられた笑み。
「なんだよー、心配したじゃんかー。あたし結構朔良が来んの待ってたんだぜー?」
そう言う刹奈の顔にも、その所有者と同じような表情が浮かぶ。
アタシはさっきまで考えていた事がただの杞憂だった事に安堵し、同じく自然に微笑んだ。
「ホントびっくりだネ。こんな所で会うなんて。左右葉と刹奈ってこの辺に住んでんだ?」
「んー…… ま、実家がな。この近くなんだよ」
「刹奈ちん達は夏の間だけこっちに来てるってワケなのさー」
初耳だった。
それくらいに、アタシ達はお互いの事を何も知らない。
「へー、そうなんだー。じゃあ、普段はどこに住んでて、そして今は何をしてんの?」
アタシのその問いに、左右葉は少し照れたように頭を掻いて答える。
「一応この国の首都で、一人と神姫とで暮らしてるよ。俺はこう見えても実は音大生だからな。こいつの練習をしてたんだ」
と言って手にしたヴァイオリンをアタシに見せるように持ち上げる。
「刹奈ちんが言うのもアレだけど、夢絃ってばこう見えて結構すごいんだぜー? 何て言うの? 期待の新星って奴?」
「へぇー、すっごいじゃん!」
アタシは刹奈の言葉に素直に感心する。
そんなアタシのストレートな反応に、左右葉はぶっきらぼうに言葉を発する。
「刹奈の言い分は大げさなんだよ! そんなにすごいわけじゃねーって」
言葉とは裏腹に、真っ赤に染めた顔。けれどもその瞳には、それだけの自負と自信を持つ者が宿す光があった。
少なくとも、アタシはそう感じた。欲目もあったかもしれないけど。
「ね、ね。一曲聞かせてよー」
アタシはそれこそ子供のように左右葉にお願いする。
実はアタシは才能のある人間に弱いのだ。その中にはもちろん親友の結城セツナも含まれている。
アタシには実際何の才能も見出せないでいるので、突出した才能の持ち主に対しものすごい憧れを抱いている。
だから左右葉の瞳から感じ取ったその自信と刹奈のその言葉に、アタシは無関心ではいられなかった。
「んー……」
左右葉は少しだけ眉をひそめる。が、すぐにまた柔らかい表情に戻った。
「そうだな。たまには刹奈以外の観客がいてもいいか。コンテストの練習としちゃチョット物足りないけどな」
そう言って微笑む左右葉にアタシは思わず拍手。
そのアタシの拍手に答えるように左右葉は一礼。
「それでは先程演奏していましたエリック・サティ作曲で……ま、使い古されたネタって感は否めないけど――『JE TE VEUX』」
左右葉のその静かな所作にアタシは目を奪われた。
そうする事が当たり前で、そうなる事が正しいように左右葉は楽器を構える。
一拍の間。
そして爪弾かれる音。
どこかで聞いた事のあるその曲は、それなのになぜか初めて触れた時のような感覚を覚えさせる。
人間が音を認識するための感覚器は耳。だけど左右葉夢絃の奏でる音に、聴覚以外の感覚まで感応する。
視覚たる目に映るのは光り輝くまあるい柔らかな粒子。
触覚たる肌には風も吹いていないのに空気の振動を敏感に捉える。
鼻が司る嗅覚は甘い香りを。
だけど味覚はさわやかな酸味を感じ取っていた。
その全ての感覚器に、更に新しい刺激が与えられる。
曲に合わせて聞こえる声。
柔らかな光の粒子と戯れるように踊るその姿。
その全てに、アタシの体は自然と反応する。
アタシの声が、重なった。
夢絃の奏でる音に、ハミングするアタシと刹奈。
その音は、その声は、溶け合うように一つに紡がれて……
そして終わった。
「……………………」
三人共、ただ呆然としていた。
今の体験は一体何なのだろう。
「…………びっくりした」
やっとの思いで口にしたのはそんな一言だけ。
「……うん。あたしもびっくりした」
「なんて言うか、すっげー。なんか感動……」
「うん……」
アタシ達はただ静かにその感動を分かち合う。
そしてアタシは思ったんだ。
神姫も、人間も、科学的な事とかそんな視点じゃなくて、きっと同じ物で出来てるんだと。
光とか音とか、そういったあいまいな物で出来てるんだと強く思った。
[[戻る>せつなの武装神姫~なつのとびら~]] / [[まえのはなし>夏扉2・「アミューズメントパークにて」]]
*「夢絃」
結局というかなんて言うか、アタシはあのアミューズメントパークの名前を知らないままでいた。
あれからまとまった時間をとる事が出来なかったのだ。
それは、本来の意味での目的にも時間を割く事ができないというワケで。
つまりアタシはやっぱり『桜田柄今』先生に会えずにいる。
時間を作れなかったのにはもちろんワケがあって、それはこの夏を曽祖父の家で過ごすためには必要な事だったから、たとえそれが興味をそそられる事がない退屈な用件だとしてもアタシはそれを辞退するわけにはいかなかった。
一応それなりに資産のある家の子女としては、こなさなければいけない義務もある。
要するにそういう類の用件だった。
そうなってくると、旅先と言うにはちょっと語弊があるけど、本来の生活地域でない所で出来た友人との関係なんて、わずかな時間で無くなってしまうものだと、アタシとしては諦めざるを得なくなる。
つまり、左右葉や刹奈とアタシの関係なんてそんなものでしかないというのが事実。
お互い名前は知っているけど、それ以上は踏み込んでいない。そんな関係。
わずかに取れた自由な時間を、祖父の家の近くの大きい公園を散策しながらアタシは、そんな風に考えていた。
だから、その再会はやっぱり偶然で、でも偶然が続けば運命を感じ始めるのは仕方がないと思う。
軽やかな三拍子を奏でるヴァイオリンの調べ。
珍しいな、と頭の隅で思いながらその音を辿る。
もちろん、ただの好奇心。そこに深い意味はない。
だからこそ、運命を感じてしまうような偶然で。
きっとその時のアタシはうれしかったんだと思う。 ……その時はそんな自分の感情にまるで気が付いてはいなかったけど。
最初にアタシに気が付いたのは、可憐な声に粗雑な言葉をのせて話す小さな……本当に小さな少女。
「え? えーーーー!? 朔良じゃんか! 何でこんな所にいんだよー!?」
表情といわず体全体でその驚きを表現したその神姫の名は刹奈。
その声に応えて、ヴァイオリンの調べが途切れる。
「お? 何だ、偶然だな」
アタシに向けられたその表情は、あまりにも自然に、当たり前に浮かべられた笑み。
「なんだよー、心配したじゃんかー。あたし結構朔良が来んの待ってたんだぜー?」
そう言う刹奈の顔にも、その所有者と同じような表情が浮かぶ。
アタシはさっきまで考えていた事がただの杞憂だった事に安堵し、同じく自然に微笑んだ。
「ホントびっくりだネ。こんな所で会うなんて。左右葉と刹奈ってこの辺に住んでんだ?」
「んー…… ま、実家がな。この近くなんだよ」
「刹奈ちん達は夏の間だけこっちに来てるってワケなのさー」
初耳だった。
それくらいに、アタシ達はお互いの事を何も知らない。
「へー、そうなんだー。じゃあ、普段はどこに住んでて、そして今は何をしてんの?」
アタシのその問いに、左右葉は少し照れたように頭を掻いて答える。
「一応この国の首都で、一人と神姫とで暮らしてるよ。俺はこう見えても実は音大生だからな。こいつの練習をしてたんだ」
と言って手にしたヴァイオリンをアタシに見せるように持ち上げる。
「刹奈ちんが言うのもアレだけど、夢絃ってばこう見えて結構すごいんだぜー? 何て言うの? 期待の新星って奴?」
「へぇー、すっごいじゃん!」
アタシは刹奈の言葉に素直に感心する。
そんなアタシのストレートな反応に、左右葉はぶっきらぼうに言葉を発する。
「刹奈の言い分は大げさなんだよ! そんなにすごいわけじゃねーって」
言葉とは裏腹に、真っ赤に染めた顔。けれどもその瞳には、それだけの自負と自信を持つ者が宿す光があった。
少なくとも、アタシはそう感じた。欲目もあったかもしれないけど。
「ね、ね。一曲聞かせてよー」
アタシはそれこそ子供のように左右葉にお願いする。
実はアタシは才能のある人間に弱いのだ。その中にはもちろん親友の結城セツナも含まれている。
アタシには実際何の才能も見出せないでいるので、突出した才能の持ち主に対しものすごい憧れを抱いている。
だから左右葉の瞳から感じ取ったその自信と刹奈のその言葉に、アタシは無関心ではいられなかった。
「んー……」
左右葉は少しだけ眉をひそめる。が、すぐにまた柔らかい表情に戻った。
「そうだな。たまには刹奈以外の観客がいてもいいか。コンテストの練習としちゃチョット物足りないけどな」
そう言って微笑む左右葉にアタシは思わず拍手。
そのアタシの拍手に答えるように左右葉は一礼。
「それでは先程演奏していましたエリック・サティ作曲で……ま、使い古されたネタって感は否めないけど――『JE TE VEUX』」
左右葉のその静かな所作にアタシは目を奪われた。
そうする事が当たり前で、そうなる事が正しいように左右葉は楽器を構える。
一拍の間。
そして爪弾かれる音。
どこかで聞いた事のあるその曲は、それなのになぜか初めて触れた時のような感覚を覚えさせる。
人間が音を認識するための感覚器は耳。だけど左右葉夢絃の奏でる音に、聴覚以外の感覚まで感応する。
視覚たる目に映るのは光り輝くまあるい柔らかな粒子。
触覚たる肌には風も吹いていないのに空気の振動を敏感に捉える。
鼻が司る嗅覚は甘い香りを。
だけど味覚はさわやかな酸味を感じ取っていた。
その全ての感覚器に、更に新しい刺激が与えられる。
曲に合わせて聞こえる声。
柔らかな光の粒子と戯れるように踊るその姿。
その全てに、アタシの体は自然と反応する。
アタシの声が、重なった。
夢絃の奏でる音に、ハミングするアタシと刹奈。
その音は、その声は、溶け合うように一つに紡がれて……
そして終わった。
「……………………」
三人共、ただ呆然としていた。
今の体験は一体何なのだろう。
「…………びっくりした」
やっとの思いで口にしたのはそんな一言だけ。
「……うん。あたしもびっくりした」
「なんて言うか、すっげー。なんか感動……」
「うん……」
アタシ達はただ静かにその感動を分かち合う。
そしてアタシは思ったんだ。
神姫も、人間も、科学的な事とかそんな視点じゃなくて、きっと同じ物で出来てるんだと。
光とか音とか、そういったあいまいな物で出来てるんだと強く思った。
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