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「彩・第一話 第四幕」(2008/02/07 (木) 21:01:58) の最新版変更点
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・・・。
見慣れないそれ。自分の身体の上でクルクルと回るコンピュータグラフィックの髑髏のマークを目をぱちぱちとさせながら眺める。
敗北のデータをメインコンピュータに送っているのだろうか。それそのものは余り良い気分というではないが、何故か心はすがすがしい。
どうやらその間は体が言う事を効かないらしい。身体のあちこちが重く感じられる。動かそうと思えば動かせるが・・・。
それがようやく徐々に薄くなり、消えるのを待ってから。
「よいしょっ・・・と」
マーチは、のっそり身体を起こして立ち上がった。
コルヌを仕舞い。先ほど解いた・・・黒い刃を包んでいた紙を回収しながら、その仕草を見ていたノーヴスは一瞬目を丸くした。が、ふっと小さく笑う。
「・・・随分と力持ちね。その重さ・・・手を貸さなきゃ起きれないだろうな。・・・って。思ってたんだけど」
「あ。うん、大丈夫」
困ったように笑い返すマーチ。顔には残念そうな色も浮かぶが。それも笑顔の中に溶けていく。
「負けちゃった。初対戦」
「初・・・?」
「うん、CPUだけはやった事があるんだけど」
ノーヴスは眉を顰めて返す。
「どうして、今まで対戦を・・・」
その言葉に。ふっと、マーチの顔が、さみしげな色を浮かべた。
「対戦相手がね。いないから・・・うん。他の神姫と会う事も無いし」
「・・・。そう・・・」
函館における神姫は、名前くらいしか知られていないかもしれない。その数の少なさと。いたとしても・・・高年齢化と人口激減を反映する、老いた人々の話し相手がほとんどである。武装神姫ではなく純粋に「神姫」として。ヒトと付き合う者が多い。
「函館の神姫センターにも、旧式の筺体はあるんだけど・・・」
服飾を買いに来る人間のお客が多く、神姫とは余り会わない小さな店内。武装パーツそのものの販売も、ほとんど行われておらず。今年の秋に閉店が決定している。
「そうだったの・・・」
「ううん? 気にしてないよ? 私ね、ヘタだから・・・CPUでもほとんど攻撃が当たらないの。でも、CPUでは負けなしだったんだよ? ・・・えと。でもね。勝ちも無かったけどね」
どんな表情をすればいいのかと。困ったように頭を掻いて笑う。
だから、自分の中で『勝ち』を決めたりするんだよ。という事も話した。色々と話したかった。
トレーニングCPUは時間制限が短く。同時にタイムアップ判定の概念が無い。全てはDROWとして扱われる。
ノーヴスは『負けなし』という事を納得した。力押ししかしないCPU程度で。普通の種型よりも遙かに『重い殻』を突破する事は不可能だろう。
マーチは初めての対戦で興奮が収まっていないらしい。負けたにも関わらず、ノーヴスに嬉しそうに色々と問いかける。
「うん、初めての相手がね。ノーヴスで良かったなぁ。私」
「・・・」
そのセリフに、ちょっと困惑して。顔を背ける。
「マーチ、そういうセリフは・・・ちょっと」
「?」
そんな彼女の心情を知らずか、マーチはその薄紅色の唇を指で抑えながら首を小さく傾げる。
「・・・いや、いいか。うん、私もマーチの、初めての相手が出来て良かった」
人間ならば誤解されるやもしれないセリフだけど。
どうせ次の順番を待っている客はいない。ノーヴスは小さく頷きながら。その笑顔にしばし付き合った。
(・・・なんという、不思議な神姫だろう)
まるで。その笑顔は。胸の奥に吹き込む柔らかな風。彼女も穏やかな笑みを浮かべつつ。黒い刃を紙で包み始めた。
「マーチ? 貴女は・・・」
そこで。言葉が詰まった。
「・・・っ」
かしゃん。
身体に付いたホコリをはたいていたマーチの視界に、紙が半分ほど巻かれた黒い剣が落ちた。
「え?」
その音を不思議に思い、ふと顔を上げると。
「・・・!?」
「う、ぅ・・・っ」
苦しそうな呻き声。両手で頭を抑えながら、ノーヴスがたたらを踏んだ。
慌てて、その肩を抱きかかえる。
「嘘! の、ノーヴス!? どうしたの?」
「泥、の精霊が・・・引き・・・」
心底辛そうに。ぽつり、ぽつりと。それだけ呟くのが精一杯だった。
ノーヴスの身体からがくりっ、と力が抜け、そのままマーチに抱きかかえられる様に倒れこむ。
その、先ほどまでの力強さが嘘みたいに。ぐったりとした体を受け止めて、しばし呆然としていたが・・・。
「き・・・きゃあああああっ!?」
筐体内にマーチの悲鳴が、響き渡った。
・・・。
「うん。大丈夫だよ。きっとバッテリー切れだから」
レオは子供を宥めるように、それだけ言うと。
自分とノーヴスと。そして二人分の武器も一緒に背負って出てきた・・・泣き顔のマーチから。自分の神姫を受け取った。
「えっ?」
そのままバッテリーパックを付けた水色のポシェットを開けると、ノーヴスを入れて充電ボタンを押す。一度だけ電子音が鳴って緑色のランプが点灯すると同時、低い動作音が響きだした。
「ば・・・バッテリー? ですか? けど、さっきまでポケスタに入ってたんじゃ?」
こちらも何事かを慌てていたヤヨイが問いかけるが、レオは首を振った。
「彼女・・・ノーヴスは。バッテリーが故障しているんだ」
こしこし、と涙を拭うマーチの頭を、人差し指で撫でてあげながら。彼は続ける。
「実は、ちょうど出発する前日か。ちょっとしたアクシデントがあってね」
「アクシデント・・・?」
ようやく顔を上げたマーチがその言葉を反芻する。
「そう。けど、僕たちが行く場所は神姫の修理も出来る場所だから、そこで直してもらおうって。ノーヴスも、どうしても行くって聞かないから」
「修理も、出来る?」
「・・・うん、実はね。神姫センターに勤めてる、叔父のトコまで行く途中なんだよ」
そう言いながら、レオはマーチが差し出した黒い刃を、手際良く紙で包んでいく。
レオが言うには。ノーヴスはクレイドルから出れば普通にしていても30分。
そして、バトルなど激しい運動をすれば10分持たずにバッテリーが切れてしまうのだという。
(て、ことは・・・?)
あの騎士らしからぬ軽装も。已む無し、という意味での兵装だったのだろうか? 少しでも稼働時間を延ばす為に。
そんなヤヨイの考えを知らずか、マーチはノーヴスの寝顔を心配そうに見つめていた。
・・・。
ノーヴスは大丈夫。良ければ、あとで夕食時にでも会おうか。という言葉に甘える事にして。ヤヨイは自室に帰ってきた。
年上の男性に食事に誘われたというのに。胸が一向に高まらないのは、レオが持つ特有の雰囲気なんだろうか。
その背格好もあって、異性として見える時と。不思議な中性的に映る時。そして年下と感じる時が混在してしまっている。
いつしか。知らず、最初のぞっとするような深い視線は感じなくなっていた。
(少々の慌しさがあったけど、まさか船上で初バトルをするとは思わなかったなぁ)
そう。神姫を持っていると、色々と起こりえる物なのかもしれない。
『神姫』という存在は一種トラブルメーカーなのかもしれないな、と彼女は思ったりしつつ。ポケスタをベッドに置くと、マーチがぴょっと飛び出てきた。
「マスター」
「うん?」
「えと」
何やらもじもじとしていたが。
「友達が、出来ました」
ちょっと照れたような顔で。そう言うと、マーチは笑顔になった。
「・・・うん、おめでとう」
その言葉に、こっちも嬉しくなって笑顔で返す。と、彼女は不思議そうな視線を返す。
「マスターも、ですよね?」
「あ。・・・そっか」
言われて気付く。そうだ、丁度レオは『友達』という雰囲気なのかもしれない。
異性に慣れていない、だけではなく。人にも余り慣れていないはずの自分が。これだけすんなり話せるようになったのは。きっと彼が『友達』としての雰囲気を出してくれているからだろう。
「バトルも。負けちゃったけど。楽しかったです。えへへ、初めて」
「・・・うん。おつかれさま。マーチ」
・・・。
夕食は船内のレストランでとることになった。ノーヴスは充電中で来れないだろうし。それにマーチも疲れたという事で充電に入った為。ヤヨイはレオと二人でテーブルを囲んでいた。
「そっか。仙台で降りるんだ。明日でお別れだね」
その年齢を感じさせない落ち着いた雰囲気。レオはヤヨイの話を聞いて、残念そうに頷いた。
「はい、そこからは電車で」
マーチにもさっき伝えたら、とても残念そうな顔をしていて。悪いことをしたかな・・・とも思ったけど、決めていた事だった。
ただ行って、帰るだけではつまんないから。
これは、彼女が彼女になる為の旅でもあるのだから。
「えっと。電車で、まずは・・・」
言おうとして。すっと、手でその先を制された。
「うん。目的地は聞かないでおくよ。それが、家の『旅のルール』なんだ」
そう言ってレオは笑う。
互いの旅の途中で点として交わった事。その一瞬を出会いとする。その先もまた、知るべきではない。そう、彼は説明した。
「へぇ・・・」
ヤヨイなどは、お互いの目的地とか聞きたいと思っていたのだが。彼の言葉も、また尤ものように思えてくる。
「けど、そうだね」
ふっと、レオは大人っぽい視線をヤヨイに投げて寄越した。
どきり、とする程に深い黒。その視線に射抜かれて、思わず彼女は言葉を失った。
「また、会えるかもしれないね?」
「・・・あ。はい」
自分は赤面しているのだろうか。それさえも解らない。その言葉に。彼は不思議な空気を漂わせる笑顔で頷いた。
食事が進み、ヤヨイはマーチから聞いてきてくれと頼まれた問いを尋ねた。
「あの、レオさん」
「うん」
「ノーヴスは、どうして故障しちゃったんですか?」
「・・・あぁ。カレーが原因なんだ」
・・・。
その単語に、動きを止めてしまったヤヨイを見て。レオもまた食事の手を止めた。
「? カレー? ですか?」
「うん、棚の上の香辛料の位置を戻そうとしてくれたらしいんだけど。それで。バランスを崩して」
「・・・」
「滾っているカレーの中に・・・こう」
「・・・うわぁ」
聞いているだけで熱くなってくる。
「救出したのは10分くらい後だったかな。熱でバッテリーが異常をきたしていただけで済んだのが奇跡的だった」
なんとも。あの騎士様は中々にドジらしい。
さて。これをマーチに伝えるべきかどうするかを、ヤヨイは悩まなくてはいけなかった。
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