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「幻・其の十七 ~cogito ergo sum~」(2008/02/03 (日) 15:57:12) の最新版変更点
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ここに来るまでは我慢できていた涙が、「ネロ」という言葉を口にしたとたん、溢れ出した。
落ち着くまで、梓は何も言わず、待っていてくれた。
詳しいことは、僕自身よくわからない。ただ、出口で出くわしたあの人が言った「イヴ」という言葉、その後のネロに起こったこと、かすみさんの推測、落ち着いて考え合わせると、その男性がネロの――ネロの主人格を持った神姫のオーナーだった、ということになる。
そんな内容を、梓に話した。
「……矛盾してた。僕とネロの関係」
仮に普通にネロのオーナーが見つかったとして、その後のことを僕は考えていなかった。
「ごめん……。私のせいだよね、それって」
「ううん……」
たしかにオーナーを探そうと言い出したのは梓だけど、それを了承したのは僕だ。梓が悪いわけじゃない。
そもそも、ネロは本来、何処にいるべき子なんだろうか。
ついさっきは、幻でもいいから、僕といっしょにいてほしいと思った。
でも、終わりはあっけなく訪れて。
もし僕の前から、本当にネロがいなくなったりするなら。
「……どうすればいい、のかな……」
----
――……何処だろう、ここは。
見えるのは、見慣れた慎一の部屋でも、神姫センターの建物でも、さっきまでいた研究室でもない。
何か泡のような物が、出来ては消えていく。それが、自分のAIが反応して、しかし返しようのない、矛盾した問いに対する答えの欠片、そう気付くのに、そんなに時間はかからなかった。
というより、時間という概念が、ここでは感じられない。
「……はじめまして……、になるのかしら?」
どこかから、声が聞こえた。
「誰、ですか……?」
「イヴ」
視線を巡らすと、そこには青い髪と赤い瞳の少女……要するに、私と同じストラーフタイプの神姫が立っていた。
「あなたの主人格、あなたを生んでしまったもの……かな?」
……じゃあ、このひとが。
「ここは……何て言ったらいいのかな、人間で言う、深層心理? みたいな、うーん、まあ、そんなトコロ」
私の生みの親。
「……どうして、私は?」
ここにいるの?
「ここにいるってことは……まあ、ぶっちゃけて言っちゃえば、死んでるってコト」
「死んでる?」
「あなたの心が、私と同じように壊れたってコト。ここは、そういう表に出ないデータだとか記憶だとか、そーいうのが溜まる場所だから。生きてる子が、来る場所じゃないもの」
そうか……。じゃあ、私はやっぱり。
「もう、戻れないんですね」
そもそも、本来出会うはずのない私の主人格――私が私である時は、いないはずのひとが、私と同じトコロにいるのだから。
でも、
「……そうでもないのかもね」
「え?」
「私とあなたが出会ったのは、ただお互い心が壊れたから、って理由だけじゃないと思うんだけど」
「どういうことですか?」
「あなたにも私にも、オーナーがいるでしょ?」
彼女の、イヴのオーナーは、先ほどの男性。そして私のオーナーは……。
「……慎一は、私のオーナーではありません」
どれほど慎一と時間を過ごそうとも、これは事実。変えられない。
「そうかもね。でも、あなたはその、慎一君? 彼に名前を呼ばれて、どう感じた?」
私の心に、慎一の声が蘇った。
初めて名前を呼ばれたあの時。いっしょに過ごして、何度も名前を呼ばれて。おはよう、とか、ありがとう、とか、ごめんね、とか、その度に、慎一は名前を呼んでくれて。
そして、あの時も。私の心が砕けた時も、私の名前を、ネロという名前を、叫んでくれた。
嬉しかった。
「私もあなたも、大切な人がいる。だから、こうして出会えたんじゃないのかな?」
そう、かもしれない。でも、
「それでも、私は……!」
「難しく考えることなんてない。あなたは、ここにいるんだから」
ここに、いる?
「……cogito ergo sum」
「……?」
「我思う、ゆえに我あり」
「……」
「どこにいようと、あなたが思う限り、あなたはそこにいるの」
「私が思う、限り……」
「あなたは幻なのかもしれない。けど、あなたの思いは、幻じゃない」
私の思い……。
慎一に、私の名前をもっと呼んでほしい。
慎一に、笑っていてほしい。
慎一といっしょに時を過ごしたい。
「……だから、あなたは幻なんかじゃないよ」
----
「……どうすればいい、のかな……」
そう言う慎一君の表情は、沈んでいた。
「どうして、いなくなっちゃうんだろう……?」
ふと、今日の昼間に、小林さんに言われた言葉が浮かんだ。
(――「互いの気持ちが通じ合っていること、互いに幻でなくここに居ること、こういうのを最も手っ取り早く、かつ確実に感じられる手段」――)
「……私は、ここにいるよ」
そう、別にやましいことをするわけじゃない。
「私は、さ。その、慎一君のこと、好き……なの、かな?」
少なくとも、そう思ってるのは事実。
「だから、私はいなくならないから……」
慎一君の後ろに回って、首に腕をまわして。
「……え、?」
「私が、慎一君の慰めになるなら」
「……それ、は」
「……抱いて、くれていい、よ?」
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