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「彩・第一話 第一幕」(2008/01/27 (日) 14:14:23) の最新版変更点
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・・・。
動き出す体を抑えきれないとも言いたげにボストンバックをトランクに放り込み、デニムから助手席に滑り込んだ少女。ヤヨイは車が動き出すと、さっそく腰に吊るした黒い小さなポシェットを開けた。ひょこっとピンク色の髪が顔を出し、運転席にいるマスターの母に頭を下げる。
ヤヨイに急かされるようにフロントガラスの前に立つと、寂しささえ感じさせる夏の風景が後方に飛んでいく。
マーチにしてみれば、とても久しぶりの自動車。以前はそう、あの場所から帰るとき。
これまでは外に出ると言ってもヤヨイと一緒に散歩か、もしくはバスでちょっと遠出にお買物くらいであったので、その初めてともいえる経験のスピードが作り出す光景は、目を丸くするに十二分なものであった。
人口が00年代から減少の一途を辿るこの港街には。今や高層のビルなどほとんど新しく建てられない。この・・・いや、今となっては街と呼べるかも解らないほどに寂しい町。その名を冠した港に近づけば対向する自動車に会うことさえ少ない。かつては朝市で賑わったであろう、北海道有数の港町という呼ばれ名は、遥か過去の事になりつつある。
それでも、マーチは今の町も好きだった。冬は雪に閉ざされ、港である関わらず汽笛はほとんど無く波音さえ聞こえなくなる静寂も。夏、人口減少の為に緑化が進んだ町中に映える新緑も。
それらすべてが。彼女にしてみれば大切な物だったから。
やがて。車は函館港に到着した。
・・・。
「すごいですね」
いわゆる改札とでも言うべきゲートの前。壁一面の窓から見てとれるその姿を見ながら、感嘆と唖然が入り混じった声を漏らす。マーチはポシェットの中から、その巨大な船舶を見上げていた。水上ジェット機構を有さない、いわゆる「フェリーモデル旅客船」といわれる今となっては珍しいモデル。
「うん! すごいよね」
ヤヨイもまた、その興奮を抑えられないようだった。
その船体からは古さが感じ取れる。錨を繋いでいるのであろう鎖も部分部分が変色し、海によって汚されている事を誇示している。
声が浮かれているのが解る。母の注意というか小言を適当に聞き流して。彼女は大き目のボストンバックを、その細い肩で担ぐと。
「いってきます!」
そう言って、ぱっと駆けだす。
その後ろ姿に何か声をかけようとして手を挙げるが、母は困ったように笑って、その手を下ろすと。大きめのTシャツが揺れるのを見送っていた。
はじまりは純白に砕ける波間。
「『船旅』だって知らなかったです、マスター」
揺れるポシェットの中からマーチは問いかけた。
「えへへ、秘密にしておいたんだ」
「私、てっきり飛行機だと思ってました」
ステーション経由の大型飛行船が登場した今となっては、車や大荷物を持っていて、金銭的に節約したいのであれば別だろうが。一人で旅行するヤヨイなら空の便の方が、自分たちの目的地には遥かに速い。
「あのねマーチ。この船ね。私と同じ名前なんだよ?」
「え」
「函館には最後の寄港なんだって。だから、どうしても乗りたかったの」
『船舶名:弥生』・・・と書かれたチケットの客室番号を探しながら、ヤヨイは少し淋しげにそう言う。お客にはほとんど会わない。きっと人気のない航路なんだろうとマーチにも解った。
「それに・・・。あ、ここだ」
番号を確認してカードキーで部屋を開けると、一人用のシングル客室だろう。こじんまりとしているが、掃除が行き届いた部屋だった。
ぼすん、とバッグ。その上にぽすっとポシェットを置くと。丁度足もとに震動が伝わりはじめる。それを聞くとヤヨイは大きく伸びをした。
「んー・・・っ!」
栗色がかった髪が日の光に跳ね返る。
「本州はきっと暑いんだよね」
いつも見る天気予報には、こちらでは想像できないような気温が表示されている。この季節は特に。
じっと窓から海を見ていたヤヨイは、ひょいっとポシェットを拾い上げた。
「よし、探検にいこうよ。マーチ」
「・・・はい!」
元気に笑うマスターに、マーチも笑って答えた。
それに、の後がちょっとだけ気になったけど。
マーチが入っているポシェット。大きめのチャック部分に色んなフルーツの形をしたアクセサリー。
黒い合成樹脂で出来ているそれには、アダプターを差し込むジャックが存在している。
この正式名称を武装神姫専用携帯クレイドル「ポケットスタイル」。東杜田技研という所が発売している、ぱっと見ポシェットであるが。その実、名の通り携帯型のクレイドル。今回の旅行に合わせてヤヨイが母に買ってもらった物で、中にマーチはお気に入りのクッション(抱き枕)を持ち込んでいた。
なかなか流通していない・・・というよりも。現状ネット上の通信販売だけであり、存在を知られていない。逆にいえばこれを吊っているカバンがあったりすれば、それ即ち神姫のオーナーであるという事。なのだが、ヤヨイはこれまで自分の物以外はお目にかかった事がなかった。
だからこそ。
それがロビーに向かう途中。客室が並ぶ廊下の真ん中に落ちていたりすると。声を失ってしまう事になる。
「・・・」
ブラックカラーの自分の物と違い、スカイブルーのそれを足もとに。ヤヨイは首を捻った。
「わぁ。ポケスタですよ、マスター」
「ううーん?」
マーチは宝物を見つけたような声を出したが。これをどういうシチュエーションと考えるべきだろうか。ここは寄港数も少ない函館。下船のタイミングは終わっている。さっきここを通った時には何も落ちていなかった。そしてもう数分で出港。となれば、このポケスタは自分と同じくこの船に今も乗っている人の物であろう。
じゃなくて。
「ポケスタって、こんな所に落ちてるのかなぁ・・・」
とてもじゃないが、そうそう簡単にありえる話ではないと思えた。
「マスター、充電中になってます。あれ」
小さく細い指を伸ばして、嬉しそうにマーチは言う。その言葉に観念してポケスタを拾い上げると。なるほど、電池用ボックスが接続されており、底にある小さな緑色のランプが点灯している。
きょろきょろっと周囲を見回すが、人はいない。
と。ひときわ大きく汽笛が鳴り響いた。
『皆さま、間もなく出港のお時間です』
「あっ。いけない! 甲板に出なきゃ」
アナウンスに慌てて、ヤヨイはおろおろと手の中で青いポシェットを弄んでいたが、仕方ないとそのまま持って甲板に急いだ。
・・・。
見送ってくれた母に手を振って、函館が遠くなっていくのを見届けたが、どうにもセンチメンタルな気分に浸るというわけにはいかなかった。
「うーん、どうしようコレ。船員さんに届けて放送して貰えばいいのかな?」
休憩所のソファ。膝の上に原因の青いポケスタを置いて、ヤヨイは肩で溜息をした。人はまばら。次の仙台港でたくさん乗ってくるらしい。
「・・・?」
返事がないのでふと視線をやると。マーチはじーっと青いポケスタを興味津津といった感じで見つめていた。
自分以外の神姫に会うという事が、時々行く神姫センター以外ではほとんどない・・・それも船の上。こう状況は、彼女にしてみれば好奇心の対象らしい。
しばし、その姿を見て何かを考えていたが。
「・・・あ、そうだよ」
ひょい、とヤヨイは青いポケスタの裏を見た。緑色のランプが消えている。充電は終了したらしい。
「どうするんですか?」
「神姫に、マスターさんの名前を聞いて、その人を呼び出して貰おうよ」
そう笑って言うと。ぱっとマーチの顔が輝いた。
別に青いポシェットの落とし物、と放送して貰えばいいのだが。何せクレイドルであるという事は普通の人には解らないだろう。もしも重い物の下になったりすると故障してしまうかもしれない。それに・・・。
ちらっとマーチを見ると、その蒼い瞳に期待の光を輝かせていた。
悪いことかもしれないけど。ちょっとだけ、彼女も興味があった。
どんな神姫なんだろう?
不用心・・・と言っても良いか。かかっていたら諦めるつもりだったキーロックがかかっていない。そろっと口を開けると。
「わぁっ」
マーチの歓声。そこには瞳を閉じた、ブロンドヘアーの神姫が一体眠っていた。
「綺麗」
ヤヨイは思わずそう漏らした。可愛さなら負けない! と自信がある自分のパートナーとはまた違う。
すっと伸びた眉。長い睫。端正な色白の顔立ち。金色の髪を、白の紋様が入った藍の髪留め。銀色の髪飾りから伸びる紫色の羽飾りがうなじにかかり、思わず息を呑む。
「えっと。多分・・・サイフォス? 騎士型です」
マーチが顔を覗き込んで言う。少し自信無さげなのは仕方ないだろう。髪型も髪留めも変わっている。が、その濃藍色に特有の白いラインが走った素体は見紛う筈もない。
「マーチ、起こせるかな?」
「はい。やってみます。・・・もしもーし」
・・・。
起きない。すぅすぅと小さな寝息だけを返すだけだ。
顔を上げてヤヨイを見やる。彼女は小さく頷いた。
「おきてくださーい!」
マーチは肩を掴んで揺らしながら、耳元で大きく神姫を呼んだ。よく寝る神姫・・・といえば。マーチの人のことを言えないのだが。どうやらこのサイフォスも同じ・・・いや。
「・・・。起きません」
「うん。どうしたんだろ?」
どうやら、それ以上らしい。
「故障しちゃっているんでしょうか」
マーチはそう言って、サイフォスの顔を覗き込む。と。チチッ、という音が鳴り。ゆっくりと、騎士型は身じろぎした。僅かに紫電を伴いながら、その眼をゆっくりと開けると。すぐに眠そうに半分だけ閉じた。
「・・・ん・・・ぅ?」
その半眼のまま、じっと目の前にいる見慣れぬ神姫を見つめていたが。ようやく。
「・・・。・・・どちらさまでしょうか・・・?」
自分の置かれている状況を理解したらしく、マーチの顔を見ながら首を傾げたのだった。
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