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「幻・其の十五 ~夜明け前の暗闇~」(2008/01/23 (水) 21:44:33) の最新版変更点
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無力感、虚脱感。それが、ネロという神姫を調べた後の私を、支配していた。
どうしようもなかった。
そんな言葉で片付けていい問題じゃない。そんなことはわかってる。
でも、事実、どうしようもなかった。
いっそ、調べなければよかった。そんな風にすら、考えてしまう。後悔先に立たず、とは言うけれど。
「……はあ」
研究所の休憩スペース、そこに座って、そろそろ一時間。外は暗くなっている。夏の日は長いとはいえ、夏至はとっくに過ぎた8月。それなりに、日は短くなってきていた。
いつまでもこうしているわけにはいかないのだけれど、どうにも自分から動く気にはなれなかった。
「……かすみ」
いっしょにいた、はやてに呼ばれた。
「何、はやて?」
億劫ではあったけど、ちゃんとはやての顔を見て、答える。この子も、幾分かショックを受けているのかもしれない。かつて私の所へ来た時のように、不安定な状態になってしまうかもしれない。
そう思って、いたのだけれど。
「元気、出して」
次に来たのは、優しい言葉と、柔らかな感触。
はやてが、私の頭を抱いて、撫でてくれていた。
「……はやて……」
「あたしがつらい時、かすみ、いつもこうしてくれた」
ふと思い出す。彼女がここに来たばかりの、不安定だった時期。
私はよく、こうして彼女を落ち着かせていた。
「……だから、今度はあたしの番」
そのことを、覚えていてくれた。
「ありがと、はやて……」
優しい感覚に身を任せながら、私は言った。
「好きだよ、はやて」
かつて、彼女を抱きしめながら言った言葉を、今度は彼女に抱きしめられながら。
「……あたしも、かすみの事、好きだよ」
「うん」
「あたしは、人じゃないけど……」
「うん」
「本当はあたし、神姫だけど……、それでも、かすみが大好きだよ」
「うん」
「だから、……元気出して」
「……うん」
お互い知っていること。彼女の秘密。でも今まで、決して彼女から触れることはなかったこと。
それを自分から口にしたのは、彼女の、精一杯で最大限の、私への励ましだったと思う。
だから、私も。
少し離れて、立ち上がって。彼女と目線を合わせて。
彼女の唇と、私の唇を、重ねた。
数秒の後、離れて。私は唱える。
「大好きだよ、はやて。……ううん」
その名を。
「……アリス」
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丸一日以上経ってるから、充電は完了。あとは起動させるだけ。
ふと、ミナツキを初めて起動させた時を思い出した。あれから半年も経っていないのに、ずいぶん昔のように感じる。
いつしか、ミナツキは、私の中でとても大きく、大切な存在になっていたんだと、気付いた。
「……うん、よし」
自分にうなずいて、起動スイッチを入れる。
ゆっくりと、ミナツキのカメラアイ保護カバーが開いた。
「おはようございます、マス」
「ごめんなさい!!」
決まりきった挨拶遮って、開口一番、私はミナツキに謝った。
「……あの、マスター?」
「ごめん、ごめんね、ミナツキ。ひどいことしてごめん、ずっと放っといてごめん」
それしかないから、私は言葉の続く限り、ミナツキに謝り続ける。
そしてその言葉も続かなくなって、ただ頭を下げるしかなくなった頃。
「……顔を上げてください、マスター」
いつものような、猫型らしからぬミナツキの声に、私は頭を上げた。
「私は、マスターの神姫ですから。マスターがつらい時には、どんな方法であれ、つらさを軽くできるなら、それは私の喜びです」
そこで、少し目を逸らして、
「で……ですから、一昨日のようなことであっても、ご要望でしたら……」
普段の流麗な口調とは違う、今度はミナツキらしからぬ言い方に、少し、笑って。
「……もうしないよ、そんなこと」
私は答えた。
「ありがとう、ミナツキ」
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「――……ネロ!? ネロっ!?」
慎一君の絶叫が聞こえてきたのは、二人して、若干やりすぎたと思い、気まずくなって離れてから、少しして。
ちなみにこの間、私もはやてもすっかり存在を忘れていた第三者……舞と秋は、大いに大いに呆れていたらしいけれど。
それはともかく、私は声のした方へ走る。
そこに居たのは、しゃがみこんでネロ――動かなくなっていた――を、両手で抱える慎一君と、もう一人。
呆然と立ち尽くす、同僚の小林高明さん。
頭の中、一瞬で、点と点が繋がり、事態が理解できた。
多重人格。高明さんの昔の仕事、違法神姫の、非合法な摘発。聞かされていた、半年前の、神姫を失った事件。そしてネロの記憶は、半年前から……。
――迂闊だった!
「かすみさん……、ネロが、ネロが、っ……!」
「落ち着いて、慎一君」
むしろ私自身を落ち着かせるため、いつもより強めの口調で言って、ネロを覗き込む。反応がないのを見て、私は叫んだ。
「舞、秋! メンテベッド用意して!」
なぜだろう、私はこの時、外の暗さに恐怖を覚えた。
その暗さが、永遠に明けない――。そんな錯覚を、感じた。
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