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「妄想神姫:第六十六章」(2008/01/10 (木) 01:59:44) の最新版変更点
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*過去と流血に囚われし、嘆きの姫(その三)
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**第六節:感触
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ハンカチで止血されつつ、私は外神田の古びた外科医へと運び込まれた。
幸いにも目立った患者はおらず、すぐに処置室での治療が行われたのだ。
消毒液やガーゼによる激痛は、筆舌に尽くし難い。だが私は幸運だった。
「お~、晶ちゃんよぅ来たのう。今度は何をしたんじゃ?……おお?」
「先生、外傷と火傷があるみたいですの。出血は酷いですけど~……」
「ほうほう。こりゃまた派手じゃのぅ。ハンダごてでも掴んだかの?」
「痛たたたた!?そ、そう言う事にしといてくれぬか藤村先生……ッ」
好々爺の藤村先生は、私が店を開くよりも前から度々世話になっていた
熟達の外科医だ。私がロッテを受け入れて、彼女の為にと物を作る様に
なってから、未熟や油断故に生傷を作った私を的確に治療してくれる。
喰えない所もあるが、その腕は確かだ。私が言うのだ、間違いはない!
「ふむ……そうか、ハンダごてか。久しぶりじゃのぅ、そんなドジは」
「まぁ、そうなのかもな。して、どうだ先生……流石にこれは拙いか」
「いやいや。火傷と裂傷は多少あるが、どっちも筋は切っておらんよ」
「え?そ、それじゃあマイスターの“手”は大丈夫なんですかッ!?」
「有無。暫く痕は残るが、問題なかろ。ショック症状もなさそうじゃ」
その藤村先生は、私に何があったか……敢えて深く聞かずに治療した。
幸いにも出血以外大したことはない、という事らしい。有り難い物だ。
軽く傷の消毒やパッチによる火傷した皮膚の修復、軟膏の塗布に包帯の
巻き付けが為され、手当は完了する。痛みは酷いが、これも痛み止めで
抑え付けてくれた。後は様子見……という事で漸く先生の診断を聞く。
「さて、両手の怪我じゃがさっきも言った通り大した事はなかったの」
「む、そうか……?その、怪我した時は指の筋や神経でも切ったかと」
「ははは、晶ちゃんらしいの。血は酷かったが、傷口は手の縁じゃよ」
私の診断結果は、手の軽い火傷。即ち、弾痕等は見受けられないのだ。
あの拳銃は実弾を撃つ物ではなくて、エネルギー弾を放つ構造となる。
そう考えると、爆破の際に見かけた“プラズマの波紋”も説明が付く。
ロキ……あの娘も、確かに“プラズマ・ボマー”と言っていたからな。
「あの爆弾も……ひょっとしたらプラズマ弾を用いた物かもしれんな」
「……プラズマって、そこまで万能だったのかな。マイスター……?」
「プラズマを収束する銃は、ウィルトゥースも使用しているだろう?」
「あ、そう言えばそうですねぇ……なら、あの娘の持ってる武装って」
そう。神姫サイズの武装としてプラズマを利用できる程度には、技術も
進歩している。これを応用して、高密度のプラズマを球状に圧縮すれば
爆弾や銃弾として利用する事も、決して不可能ではないだろう。だが、
アルマ……茜が気付いた通り、ロキは重火器をプラズマ系で固めている
可能性があるのだ。これは、弾切れせず戦い続けられる事を意味する。
「放置しておけば、本当にその身が尽きるまで爆破し続けますの……」
「んむ?おお、そう言えば今日も秋葉原ではテロがあったそうじゃの」
「あ゛……嗚呼、それで驚いてハンダごてを掴んでしまってな。有無」
「やぁ、酷かったらしいぞ?ウチにも何人か、軽いケガで来たかのぅ」
慌てて場を取り繕いつつ、あの後何があったのかを藤村先生から聞く。
どうやら今回も、軽傷者を何人か出した物の……死者はいないとの事。
爆破されたビルも、高架下というその構造が幸いしてか致命的な損傷は
ないらしい。被害の少なさに安堵するが、それと同時に私はふと思う。
「……ひょっとしたら、あの娘には迷いか優しさが残っているかもな」
「それは、わたしも思いますの……ロキちゃんは、まだ大丈夫ですの」
「え!?マイス……じゃない、晶お姉ちゃん。本気なんですかッ!?」
それは私が見出した可能性。しかし、茜……アルマとクララは狼狽える。
怒りでも嘆きでもなく、ただ私に対する衷心より発せられた意見だった。
「ボクは反対だよ。マイスターがこうして傷ついたのに続けるなんて」
「あたしも嫌です……お姉ちゃんが、また怪我したらなんて思うと!」
茜に至っては、最早泣きそうな表情をしている……私が、あの様な行動に
出る等とは想像すらしていなかったのだろう。更に、相手が本当に危険な
存在であるという実感が、彼女らのブレーキとなっているのだ。しかし、
部外者……藤村先生と看護婦が見ているここでは、説得も出来ぬな……。
「ほほ。茜ちゃんや、君のお姉さんはどれだけ怪我しても退かぬぞ?」
「え……?どういう事ですか、藤村先生。お姉ちゃんが……どうして」
「そりゃ、やりたい事があるからじゃよ。どれだけ生傷を作ってもの」
「……そして手酷く傷ついても、傷を治して再び挑んでいたのかな?」
『そうじゃ』と、藤村先生は肯いた。その通り、私はどれだけの苦労を
しても……どれだけ傷ついても。ロッテの為、神姫の為に突き進んだ。
故にこそ、アルマやクララとも大事な“絆”を繋げられたのだと思う。
「ん、傷の処理は終わっとる。込み入った話は、待合室でするとええ」
「忝ないな、藤村先生。では暫し、待合室を占拠させてもらおうか?」
──────私は、諦めないよ。
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**第七節:認識
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保険証を翌日持参する、という念書を書いてから私達は会計を済ませる。
藤村先生の言う通り、多少の痛みはあるが……私の手は問題なく動いた。
どうやら、これからも“マイスター(職人)”としてはやっていけそうだ。
その結果に安堵しつつも、私は夕日の差す待合室のベンチへと腰掛ける。
「まぁ……皆も認識したと思うが、私の目標は更に先鋭化しつつある」
「……あの娘をどうにか止めて……改心させて、あげたいんですね?」
「その通りだ。今の彼女を放置すれば、その行く末には破滅しかない」
それが“当局による拿捕・破壊”なのか、“憎悪による自滅”なのかは
分からない。しかし凶行を繰り返すロキを放っておけば、何らかの形で
悲惨極まる結末を迎えてしまう事は……火を見るよりも明らかだった。
「彼女とて、その出生を考えれば神姫と言えるだろう。故に、かもな」
「神姫の為に生きてきた、自分を偽れないから……助けたいのかな?」
「如何にも。しかも、まだ助けられる可能性があるのだ……必然だな」
“神姫の笑顔の為”。たったそれだけの為に、歩姉さんを喪ってからの
私は存在する。ここで彼女を見捨て、世の横暴に委ねる事は出来ない。
無論こうして“悪党”を助けたい私の願望も、身勝手かもしれんがな?
「あの娘が憎悪を抱いて、滅びていくのは……耐えられませんの?」
「嗚呼、耐えられぬ。例え元のマスターが、邪悪だったとしてもな」
非常に難しい決断ではあったが、答えを出す事自体への躊躇はなかった。
死の商人として悪徳を振りまいたのは、マスター達“ラグナロク”の罪。
だが多くを傷つけたとは言え何も知らず、思慕の為にやったロキの行いは
果たして、死を以て償わねばならぬ程の“罪”なのか?私も、本来ならば
『そうだ』と答えただろう。しかし、歩姉さんは決して断罪を望まぬ筈。
あの人はそういう女性だ……そして私は、彼女を目指し生きてきたのだ。
「それに不可解なのは、彼女がマスターを喪ってもなお動いている事だ」
「あ……そう言えば、神姫はマスター情報の登録が抹消されると……!」
「機能を停止するんだよ。“マスター”は、一人しか存在できないもん」
「で、死んだっていう認識があるのに……ロキちゃんはまだ動けますの」
「そうだ。彼女には、マスター情報による行動抑制がないのかもしれん」
出自を考えると、それも頷ける話だ。オーナーとして想定されたのは、
何時死んでもおかしくないテロリスト。彼女は、そんな存在の試作機。
となれば、一々“マスターの死亡”で初期化されていては不便だろう。
故に、その辺の抑制コードを外されている可能性は十分に考えられた。
そもそも“アシモフ・プロテクト”さえ、無いのかもしれんのだ……。
「でも、あたしは反対です。やっぱり、マイスターを傷つけたくない!」
「ボクも嫌なんだよ……マイスターがそれを望んでいても、危険だもん」
無論それは、大きな危険を伴う。万一次に彼女を改心させられなければ、
その場で皆殺しにされてしまう程のリスクを孕んでいる。忌避したいのは
アルマやクララでなくとも、当然だった。どう説得した物か……迷うな。
「……わたしは、マイスターと一緒に……あの娘と対峙しますの!」
「ロッテちゃん!?本気ですか?……マイスターが、傷つくのに?」
「そうなんだよ、ボクらだけじゃない。皆が傷つくかもしれないよ」
だが、そんな空気の中で決然とロッテは言い切った。私の胸ポケットから
身を乗り出し、自分の胸を叩いて決意を確固たる物としている。“茜”の
肩に乗っていたクララが、ロッテの本心を量りかねてか説得に回る。茜も
同様に、泣き叫ぶ様にして縋る。しかし、ロッテの意志は……固かった。
「ここでロキちゃんを見殺しにする方が、傷つきますの。皆の“心”が」
何処までも真っ直ぐに、信念を貫く瞳で皆を見回すロッテ。彼女の気配に
アルマとクララは、息を呑み言葉を失った。そう……改心させようとして
失敗すれば、皆が傷つくだろう。しかし、諦めれば“心”の犠牲を伴う。
ロッテは、最初からその“両天秤”に対して答えを持っていたのだ……!
「……ロッテちゃん、意思は固いんですね?マイスターも、ですね?」
「有無。私はどうにかして、彼女を暖かい日常へ引き戻してやりたい」
「ロキちゃんに以前と同じ生活は、与えてあげられないんだよ……?」
「同じ物なんて、必要ないですの。わたし達が、包めばいいですの♪」
ロッテは微笑み、接近したクララを抱きすくめた。それは、眼前に聳える
“不安”という硝子の壁を打ち砕く様に、優しく強く……抱きしめる腕。
そうだ、彼女は誠心誠意……ロキを助けたい、その一心のみで決断した。
一切の妥協も、打算も……権謀術数も無い。“真心”から産まれた言葉。
何時だって、私達の中心となってきたのは……彼女、ロッテの魂なのだ!
「……そう、ですね。かつてはあたしも、同じ様にして戻ってきました」
「思い出したか茜……いや、アルマや。故にこそ、私はまた救いたい!」
「わかりました。あたしだけ助かって、って訳にはいきませんからね?」
「ボクも、助けられたって意味では同じだもんね……覚悟を、決めたよ」
「それなら……ロキちゃんの背景と、現在の状況を調べてみますのっ♪」
『はいっ!!!』
──────皆と一緒なら、必ず……大丈夫だよ。
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