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「ドキハウBirth その11 前編」(2007/11/04 (日) 03:35:58) の最新版変更点
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「うめー! 米うめー!」
湯気の立つ真っ白なご飯が、勢いよく口の中に押し込まれていく。
「ノリコも食え。ネギ塩カルビ、マジうめぇぞ」
炊飯器から新たなご飯をよそいながら、少年はテーブルの上に腰掛けた十五センチの少女に向けて声を掛ける。
「あの……峡次さん?」
少女も十二分の一スケールの茶碗と箸を器用に使いつつ。
遠慮がちに、主の名を呼んでみた。
「ネギ塩カルビって、カルビ抜きでもネギ塩カルビって言うんですか……?」
テーブルの上にあるのは、ネギ塩カルビのカルビを抜いたもの。
要は、塩で味付けされたネギの丸焼きだ。
ちなみにノリコの皿にも、千六本にされたネギを軽く炒めたものが山盛りになっていたりする。箸でつまみ上げればくたりと力なく曲がるそれは、ネギというより太めの素麺に近かった。
「だったら、ネギタン塩タン抜きでもいいけど」
「はぁ……」
ネギまと呼ぶには、串に刺さってないしな……などと呟く少年に、少女は苦笑するしかない。
「ま、仕方ないよ。中間テストが終わるまではバイトしないって約束だし」
峡次の通う東条学園は、バイトにそういった禁止事項を定めていない。まずは一人の生活に慣れる事が先決だと、実家の両親と約束したのだという。
ただ、一人の生活に慣れるべき開幕から、いきなりネギと塩だけの生活をしている少年には……むしろバイトで生活費を稼いでもらった方が良いのではないか、と少女はついつい思ってしまうのだが。
「お前の服の金貯めないと、いつまで経ってもバトル出来ないしな。普段着は鳥小さんが何とかしてくれたけど……バトルでも使える服って、結構高いしな」
そう。
実家からの仕送りが無いわけではない。
全ては、少女のためなのだ。
「……すみません」
肌色の手足を見て、ノリコはため息をひとつ。
彼女に裸と認識されるその色は、胸や腹など、素体全身をくまなく彩るベースカラーだ。今は階上の知り合いに安く譲ってもらった服を着ているが、バトル対応ではないその服は、戦場となるバーチャルフィールドに入った瞬間、ノリコの体から消え去ってしまう。
バーチャル戦闘対応の服を買うだけなら、すぐに買う事も出来るだろうが……。その後のバトルに費やすプレイ料やメンテナンス費用まで考えれば、まずはある程度の資金を貯めることが必要なのだ。
「もうジルさんと十貴さんは、セカンド昇格間近だっていうのに……」
ノリコ達とほぼ同時期に神姫を始めた彼らは、無敗に近い勢いでサードリーグのランキングを駆け上っていた。
間違いなく、ゴールデンウィーク中にはセカンド昇格を決めるだろう。
「気にするなって。そのくらい、すぐ追い付いてみせるさ」
端の焦げたネギをつまみ上げ、口の中に放り込む。
「その前に、まずは腹ごしらえと……テスト明けからのバイトをどうするか、考えないとな」
その様子をぼんやりと眺めていたノリコが、ふいと顔を上げた。
「峡次さん、お電話です」
その言葉と同時、部屋の隅に放ってあった携帯電話がブルブルと震え出す。
「ほいほい。千喜かな……って、静香さん?」
口の中身を水で流し込んだ峡次は、サブ液晶に表示された名前を見て首を傾げた。
行きつけのショップのバイトの娘だ。
同じ神姫マスター同士ということで、携帯の番号は交換していたが……バトルをしたことがあるわけでなし、彼女から掛かってくる用件が思い浮かばない。そもそもそれほど密な付き合いをしているわけでもないうえ、浮いた展開を期待しようにも静香にはちゃんと彼氏がいる。
「……あ、はい。峡次です。はい。え? はい、そうですけど……。はぁ、一日で終わるんですか? 嘘、マジっすか!? やります、はい、やらせてください! はい、よろしくお願いしますっ!」
ほんの一分ほどのやり取りで切れた電話を、峡次は震える手で握りしめたまま。
「……静香さん、どうしたんですか?」
通話時間の倍ほどの時間が過ぎても黙ったままのマスターに、そっと声を掛けてみる。
「ああ。ノリに、何か手伝って欲しいことがあるんだって」
「……私、ですか?」
ノリコと静香も、それほど接点があるわけではない。どちらかといえば、峡次と静香のほうが接点は多いはずだ。
その接点のないノリコを、静香は指名したという。
だが。
「うん。一日で終わる手伝いらしいけど……バイト代がわりに、静香さん手作りの戦闘服を一式くれるって」
「ホントですか!?」
峡次の紡いだひと言に、ノリコは思わずその場に立ち上がっていた。
----
**マイナスから始める初めての武装神姫
**その9 前編
----
門の向こうに広がる光景を見て、私は思わず息を飲んだ。
「ふわぁ……。ここなの? お姉ちゃん」
すぐ傍らに目をやれば、私に抱き付いたままの妹も呆然と門の向こうを眺めている。
「ええ、花姫。ここで……いいんですか? 静香」
外界とを仕切る鋼鉄のフェンスも、見上げるばかり。
私たち神姫は基本的に、人間サイズに作られた物体を『大きい』とは認識しない。生まれてからこのサイズしか見た事がないのだから当たり前ではあるものの……そのように習慣付けられた私の感覚を持ってしても、目の前のそれは『巨大』という感想しか出てこなかった。
「あたしも初めてだけど……そうらしいわね」
「……壁の上も、センサーの反応がすごいねぇ」
特許技術や最先端技術を扱う研究施設の面目躍如と言ったところだろうか。赤外線に電波、光学に音響。対物から対人まで、探査装置の見本会場だ。
センサー感知能力は標準クラスの私たちハウリンタイプでさえそうなのだから、感知能力の広いアーンヴァルの花姫は、もっと多くのセンサーを感知している事だろう。
「……それにしても」
まあ、驚くのはそのくらいにして。
私はもう一つの懸念事項を口にする。
「峡次さん、結局乗ってませんでしたね」
東条からここまで、私たち三人は電車で来たんだけど……同じ東条が最寄り駅であるはずの彼らは、同じ電車に乗っていなかった。
「そうねぇ……。ま、あたし達も一本早く来たワケだから、次の電車なのかもね」
「ですねぇ」
現在、九時五十分。
待ち合わせの時間は、十時。
最寄り駅から標準的なルートを使えば、私たちの一本あとまで。最短ルートで全力疾走するならば、私たちの三本あとの電車までが、待ち合わせの時間に間に合う計算になる。
「とりあえずもう五分待ってみましょ。それで、一度電話を掛けてみて……」
静香がそう言った瞬間、目の前に甲高いブレーキ音が響き渡った。
「静香さん! お待たせしましたっ!」
目の前に止まっているのは、驚くほど細身の自転車に乗った、少年の姿だった。
「……峡次君?」
カーボンフレームに細いタイヤ、くるりと回ったハンドルを組み合わせたそれは、静香が普段乗っているママチャリとは全く違う。いわゆるロードレーサーと呼ばれるタイプ……なのだと、プリセットされたデータベースには記されていた。
「ちわっす! ほら、ノリコも挨拶して」
流線型のヘルメットを取れば、確かに見慣れた峡次さんの顔。
「み、皆さん、どうも……です」
背負ったバックパックの中からは、何故かフラフラのノリコさんも顔を出す。
こんなにフラフラって……自転車で酔ったんだろうか?
「それにしても、なんでまた自転車で……」
東条からここまで、電車でもかなりの距離がある。もちろん静香は初めから自転車で来ようなんて言わなかったし……私もママチャリという選択肢は候補から外していた。
「いや、一時間くらいならこっちのが早いし、金かかんないし……」
峡次さんの言葉に、地図を呼び出してみる。
まあ確かに電車だと、直線で来られる自転車より、多少大回りになるけれど……。私の感覚で言わせれば、誤差の範囲内だ。
というか、この距離が自転車で一時間掛からなかったんですか?
「それにウチの地元、電車って一時間に一本なんスよ。どうも、電車って待たされるイメージがあって……」
……へ?
「お姉ちゃん。電車って、十分待てば来るよね?」
「だいたい、そのはずですけど……」
待ち時間の長い新幹線だって、二十分に一本はあるはずだ。
私は花姫と顔を見合わせるが、プリセットされたデータベースを呼び出しても、電車の概要が分かるだけで、答えなんか出てこない。
「カルチャーギャップねぇ……」
あーもう。また静香だけ分かったように笑って!
「ま、いいわ。時間もちょうど良いし、行きましょうか」
静香は笑いながら、私たちの頭を撫でてくれたけど……いまいち釈然としないまま。
まったく、もぅ。
----
異様に高い門をくぐり、守衛さんに自転車置き場を教えてもらって。
静香さんと再び合流できたのは、ドラマにでも出て来そうな整えられたロビーだった。
「えーと……」
俺は、いつも通りのTシャツにGパン姿。
「あの……峡次さん?」
ノリも、いつものワンピース姿。
「おう」
ちなみに受付のお姉さんと話している静香さんは、タイトスカートのスーツでビシッと決めている。
「私たち、すごく場違……」
「言うなっ!」
それはあのバカでかい門を見た瞬間から気付いてるっ!
そのうえ静香さんのスーツ姿を見た時には、美人秘書さん登場だと思う前に、泣いて帰ろうかと思ったくらいだ!
そもそも……だな。
この建物が……だな。
神姫の開発メーカーに来るとか、静香さんってただのアマチュア衣装ディーラーさんじゃないの……?
「まあそうなんだけど、ちょっとこっち方面の知り合いも多くてね」
受付から戻ってきた静香さんの言葉に、俺はもう言葉も出ないわけで。
「今回は軍人系の神姫服のモデルが欲しかったから、二人にお願いしたんだけど……言わなかったかしら?」
ちょっ!
「聞いてませんよ!」
なんかノリと一緒に出来る手頃なバイトって事と、報酬が服一式って事くらいしか!
「……静香」
静香さんのバッグのココが、呆れたように静香さんを見上げている。
「……峡次さん」
……俺も、呆れたような視線が突き刺さるのを感じていた。
俺と静香さんが通されたのは、バトル設備の置かれた研究室らしき部屋だった。入口のプレートには第四実験場とあったから、この規模の設備が最低あと三つはあるらしい。
こういう研究施設のこんな所まで来たのは、中学生の頃の社会科見学以来なわけで……もちろん、個人の用事で来たのは生まれて初めてだ。
「ははは。それは災難だったな」
スタッフらしいお兄さんは穏やかに笑ってるけど、こんな所で緊張しないわけがない。
何で神姫を始めてふた月も経ってない俺達が、こんな所にいるんだろう。
コネってスゲエ……。
「……いえ、お、俺……いや、ボクが悪いんですから」
「そんなに固くならなくて良いって。ちょっと君のノリコちゃんに、モデルのお願いをしたいだけなんだから」
「はぁ……」
ちなみにノリは、俺の肩には乗っていない。
少し向こうの机に設えられたサーカステントらしきもの……神姫用の仮設着替えブースなんだそうだ……の中で、新作の服とやらを着せてもらっている最中だ。
「そろそろかな……」
着替え終わるのを待っている静香さんは暇なのか、連れていたアーンヴァルの花姫と一緒に遊んでる。
さすが現役女子大生。俺とそんなに違わないのに、ものすごい余裕だ。
「お待たせしましたー」
着付けを手伝っていたココが出てくると、テントがゆっくりと立ち上がり、こちらと向こうを仕切る舞台幕に姿を変える。どうやら簡易テントだけではなく、簡易舞台装置としても使えるらしい。
……神姫サイズの舞台装置って、いったい何に使うんだ?
「さ、峡次くん。そのリモコンの赤いボタン、押してみて」
渡されたのは、十センチほどの小さなリモコンだった。言われるがまま、赤いボタンを押してみれば。
ゆっくりと幕が上がり。
中から姿を見せたのは……。
「…………」
裾を優雅に引き上げて、こちらに一礼する……ドレス姿のノリコだった。
足元まで伸びたロングスカートに、ふわりと乗っかる重ね履きのミニスカート。胸元を強調した細身の上着には袖が無く、代わりに上腕までを覆う長手袋が付けられている。
黒いドレスのあちこちに設えられた白いレースと、胸元の真っ赤なリボンが……。
「どう……ですか?」
いつものヘルメットを外したノリは、本当なら顔を隠したいんだろう。必死にこちらを見上げる視線は、恥ずかしさからか泣きそうになっている。
「い、いや……その……なんつーか……」
可愛いよ、ノリってサワヤカに言えばいいのか? それとも頭を撫でてやればいいのか……? つーか、この距離じゃ手が届かねえって!
「あ、峡次くん、照れてるー」
「こら、花姫」
「ば、ばっ! そ、そんなんじゃ……っ!」
照れてるんじゃなくて、どうしたらいいか分かんないだけであってだな!
「似合いません……か?」
う……。
バイザーを下げる代わりに、ノリは視線を落とし、耳まで真っ赤にしてうつむいている。
「んー。あたしの服、似合わないかなぁ?」
「そ、そんなこと……っ!」
静香さんの服はものすごく似合ってて、ですね!
ああもう、どう言えばいいんだ畜生っ!
「……峡次くん」
その時だ。
俺の肩に置かれる、大きな手。
「ここはそういう連中ばっかりだから、恥ずかしがることはないよ?」
……大人だなぁ。
「そうだよ。正直に言ってあげてください」
それに、ココも大人だ。
神姫だけど。
「えーと、なんつーか、だな。ノリ」
混乱した頭で、必死に言葉を紡ぎ出す。
とりあえず、言いたいことだけ言っちまおう。
「…………メチャクチャ可愛い。びっくりして、何て言えばいいのか分かんなかった。正直、惚れ直した」
「……ホント……ですか?」
うつむいていた顔が、ゆっくりと上がってくる。
「ンな嘘つかねぇって……」
「あ……ありがとうございますっ! ……ひゃあっ!」
た、と走って、途中で裾を踏んづけて。
「……だからって、そんなに慌てるなよ」
転びそうになったところを、慌てて受け止めた。
「……はい。ありがとう……ございます」
柔らかい布の感触の中、小さな頭が手の平にことりと押し付けられてくる。
片手でそっと撫でてやれば、たっぷりの布に埋もれた細い小さな腕が、きゅっとしがみついてきた。
「さて……マスターへのお披露目も終わったところで。私の『ドレスコード』、どうですか?」
「うん。可愛いし、デザイン的には問題ないと思う。みんなの反応もなかなか良いみたいだし」
「っていうか、今思ったんスけど」
ふわふわの、もう布の塊なんだか神姫なんだかよく分かんない物体を両手で抱きかかえながら、俺は思わず浮かんだ疑問を口にしていた。
「……何でこれが軍人神姫向けなんですか?」
似合う似合わないなら、間違いなく似合う。
でもこれと、ノリが必ずしもイコールかというと……静香さんの花姫やココ、十貴さんの所のジルでも十分似合いそうな気がするんだけど。
「えーっと、コンセプトが……」
「『軍主催の祝賀会でイヤイヤ出てる貴族出身の軍人のお嬢さん』だからね」
……何そのワケ分かんないコンセプト。
やっぱり凄い人たちの考えって、何だか凄い。
「だから、フォートブラッグかゼルノグラードかムルメルティアがいいなーってさ。で、フォートブラッグ持ってる峡次くんに頼んだの」
「でも、これなら問題無いかな」
「ですね」
スタッフのお兄さんと静香さんは、何やら色々盛り上がってる。
服のモデルとは言われたけど、別にファッションショーに出るとか、そういう話はなかった……ですよね?
ですよね?
「じゃ、次は……バトルの性能を見てみたいな」
……へ?
バトル?
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1352.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2769.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1426.html]]
「うめー! 米うめー!」
湯気の立つ真っ白なご飯が、勢いよく口の中に押し込まれていく。
「ノリコも食え。ネギ塩カルビ、マジうめぇぞ」
炊飯器から新たなご飯をよそいながら、少年はテーブルの上に腰掛けた十五センチの少女に向けて声を掛ける。
「あの……峡次さん?」
少女も十二分の一スケールの茶碗と箸を器用に使いつつ。
遠慮がちに、主の名を呼んでみた。
「ネギ塩カルビって、カルビ抜きでもネギ塩カルビって言うんですか……?」
テーブルの上にあるのは、ネギ塩カルビのカルビを抜いたもの。
要は、塩で味付けされたネギの丸焼きだ。
ちなみにノリコの皿にも、千六本にされたネギを軽く炒めたものが山盛りになっていたりする。箸でつまみ上げればくたりと力なく曲がるそれは、ネギというより太めの素麺に近かった。
「だったら、ネギタン塩タン抜きでもいいけど」
「はぁ……」
ネギまと呼ぶには、串に刺さってないしな……などと呟く少年に、少女は苦笑するしかない。
「ま、仕方ないよ。中間テストが終わるまではバイトしないって約束だし」
峡次の通う東条学園は、バイトにそういった禁止事項を定めていない。まずは一人の生活に慣れる事が先決だと、実家の両親と約束したのだという。
ただ、一人の生活に慣れるべき開幕から、いきなりネギと塩だけの生活をしている少年には……むしろバイトで生活費を稼いでもらった方が良いのではないか、と少女はついつい思ってしまうのだが。
「お前の服の金貯めないと、いつまで経ってもバトル出来ないしな。普段着は鳥小さんが何とかしてくれたけど……バトルでも使える服って、結構高いしな」
そう。
実家からの仕送りが無いわけではない。
全ては、少女のためなのだ。
「……すみません」
肌色の手足を見て、ノリコはため息をひとつ。
彼女に裸と認識されるその色は、胸や腹など、素体全身をくまなく彩るベースカラーだ。今は階上の知り合いに安く譲ってもらった服を着ているが、バトル対応ではないその服は、戦場となるバーチャルフィールドに入った瞬間、ノリコの体から消え去ってしまう。
バーチャル戦闘対応の服を買うだけなら、すぐに買う事も出来るだろうが……。その後のバトルに費やすプレイ料やメンテナンス費用まで考えれば、まずはある程度の資金を貯めることが必要なのだ。
「もうジルさんと十貴さんは、セカンド昇格間近だっていうのに……」
ノリコ達とほぼ同時期に神姫を始めた彼らは、無敗に近い勢いでサードリーグのランキングを駆け上っていた。
間違いなく、ゴールデンウィーク中にはセカンド昇格を決めるだろう。
「気にするなって。そのくらい、すぐ追い付いてみせるさ」
端の焦げたネギをつまみ上げ、口の中に放り込む。
「その前に、まずは腹ごしらえと……テスト明けからのバイトをどうするか、考えないとな」
その様子をぼんやりと眺めていたノリコが、ふいと顔を上げた。
「峡次さん、お電話です」
その言葉と同時、部屋の隅に放ってあった携帯電話がブルブルと震え出す。
「ほいほい。千喜かな……って、静香さん?」
口の中身を水で流し込んだ峡次は、サブ液晶に表示された名前を見て首を傾げた。
行きつけのショップのバイトの娘だ。
同じ神姫マスター同士ということで、携帯の番号は交換していたが……バトルをしたことがあるわけでなし、彼女から掛かってくる用件が思い浮かばない。そもそもそれほど密な付き合いをしているわけでもないうえ、浮いた展開を期待しようにも静香にはちゃんと彼氏がいる。
「……あ、はい。峡次です。はい。え? はい、そうですけど……。はぁ、一日で終わるんですか? 嘘、マジっすか!? やります、はい、やらせてください! はい、よろしくお願いしますっ!」
ほんの一分ほどのやり取りで切れた電話を、峡次は震える手で握りしめたまま。
「……静香さん、どうしたんですか?」
通話時間の倍ほどの時間が過ぎても黙ったままのマスターに、そっと声を掛けてみる。
「ああ。ノリに、何か手伝って欲しいことがあるんだって」
「……私、ですか?」
ノリコと静香も、それほど接点があるわけではない。どちらかといえば、峡次と静香のほうが接点は多いはずだ。
その接点のないノリコを、静香は指名したという。
だが。
「うん。一日で終わる手伝いらしいけど……バイト代がわりに、静香さん手作りの戦闘服を一式くれるって」
「ホントですか!?」
峡次の紡いだひと言に、ノリコは思わずその場に立ち上がっていた。
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**マイナスから始める初めての武装神姫
**その9 前編
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門の向こうに広がる光景を見て、私は思わず息を飲んだ。
「ふわぁ……。ここなの? お姉ちゃん」
すぐ傍らに目をやれば、私に抱き付いたままの妹も呆然と門の向こうを眺めている。
「ええ、花姫。ここで……いいんですか? 静香」
外界とを仕切る鋼鉄のフェンスも、見上げるばかり。
私たち神姫は基本的に、人間サイズに作られた物体を『大きい』とは認識しない。生まれてからこのサイズしか見た事がないのだから当たり前ではあるものの……そのように習慣付けられた私の感覚を持ってしても、目の前のそれは『巨大』という感想しか出てこなかった。
「あたしも初めてだけど……そうらしいわね」
「……壁の上も、センサーの反応がすごいねぇ」
特許技術や最先端技術を扱う研究施設の面目躍如と言ったところだろうか。赤外線に電波、光学に音響。対物から対人まで、探査装置の見本会場だ。
センサー感知能力は標準クラスの私たちハウリンタイプでさえそうなのだから、感知能力の広いアーンヴァルの花姫は、もっと多くのセンサーを感知している事だろう。
「……それにしても」
まあ、驚くのはそのくらいにして。
私はもう一つの懸念事項を口にする。
「峡次さん、結局乗ってませんでしたね」
東条からここまで、私たち三人は電車で来たんだけど……同じ東条が最寄り駅であるはずの彼らは、同じ電車に乗っていなかった。
「そうねぇ……。ま、あたし達も一本早く来たワケだから、次の電車なのかもね」
「ですねぇ」
現在、九時五十分。
待ち合わせの時間は、十時。
最寄り駅から標準的なルートを使えば、私たちの一本あとまで。最短ルートで全力疾走するならば、私たちの三本あとの電車までが、待ち合わせの時間に間に合う計算になる。
「とりあえずもう五分待ってみましょ。それで、一度電話を掛けてみて……」
静香がそう言った瞬間、目の前に甲高いブレーキ音が響き渡った。
「静香さん! お待たせしましたっ!」
目の前に止まっているのは、驚くほど細身の自転車に乗った、少年の姿だった。
「……峡次君?」
カーボンフレームに細いタイヤ、くるりと回ったハンドルを組み合わせたそれは、静香が普段乗っているママチャリとは全く違う。いわゆるロードレーサーと呼ばれるタイプ……なのだと、プリセットされたデータベースには記されていた。
「ちわっす! ほら、ノリコも挨拶して」
流線型のヘルメットを取れば、確かに見慣れた峡次さんの顔。
「み、皆さん、どうも……です」
背負ったバックパックの中からは、何故かフラフラのノリコさんも顔を出す。
こんなにフラフラって……自転車で酔ったんだろうか?
「それにしても、なんでまた自転車で……」
東条からここまで、電車でもかなりの距離がある。もちろん静香は初めから自転車で来ようなんて言わなかったし……私もママチャリという選択肢は候補から外していた。
「いや、一時間くらいならこっちのが早いし、金かかんないし……」
峡次さんの言葉に、地図を呼び出してみる。
まあ確かに電車だと、直線で来られる自転車より、多少大回りになるけれど……。私の感覚で言わせれば、誤差の範囲内だ。
というか、この距離が自転車で一時間掛からなかったんですか?
「それにウチの地元、電車って一時間に一本なんスよ。どうも、電車って待たされるイメージがあって……」
……へ?
「お姉ちゃん。電車って、十分待てば来るよね?」
「だいたい、そのはずですけど……」
待ち時間の長い新幹線だって、二十分に一本はあるはずだ。
私は花姫と顔を見合わせるが、プリセットされたデータベースを呼び出しても、電車の概要が分かるだけで、答えなんか出てこない。
「カルチャーギャップねぇ……」
あーもう。また静香だけ分かったように笑って!
「ま、いいわ。時間もちょうど良いし、行きましょうか」
静香は笑いながら、私たちの頭を撫でてくれたけど……いまいち釈然としないまま。
まったく、もぅ。
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異様に高い門をくぐり、守衛さんに自転車置き場を教えてもらって。
静香さんと再び合流できたのは、ドラマにでも出て来そうな整えられたロビーだった。
「えーと……」
俺は、いつも通りのTシャツにGパン姿。
「あの……峡次さん?」
ノリも、いつものワンピース姿。
「おう」
ちなみに受付のお姉さんと話している静香さんは、タイトスカートのスーツでビシッと決めている。
「私たち、すごく場違……」
「言うなっ!」
それはあのバカでかい門を見た瞬間から気付いてるっ!
そのうえ静香さんのスーツ姿を見た時には、美人秘書さん登場だと思う前に、泣いて帰ろうかと思ったくらいだ!
そもそも……だな。
この建物が……だな。
神姫の開発メーカーに来るとか、静香さんってただのアマチュア衣装ディーラーさんじゃないの……?
「まあそうなんだけど、ちょっとこっち方面の知り合いも多くてね」
受付から戻ってきた静香さんの言葉に、俺はもう言葉も出ないわけで。
「今回は軍人系の神姫服のモデルが欲しかったから、二人にお願いしたんだけど……言わなかったかしら?」
ちょっ!
「聞いてませんよ!」
なんかノリと一緒に出来る手頃なバイトって事と、報酬が服一式って事くらいしか!
「……静香」
静香さんのバッグのココが、呆れたように静香さんを見上げている。
「……峡次さん」
……俺も、呆れたような視線が突き刺さるのを感じていた。
俺と静香さんが通されたのは、バトル設備の置かれた研究室らしき部屋だった。入口のプレートには第四実験場とあったから、この規模の設備が最低あと三つはあるらしい。
こういう研究施設のこんな所まで来たのは、中学生の頃の社会科見学以来なわけで……もちろん、個人の用事で来たのは生まれて初めてだ。
「ははは。それは災難だったな」
スタッフらしいお兄さんは穏やかに笑ってるけど、こんな所で緊張しないわけがない。
何で神姫を始めてふた月も経ってない俺達が、こんな所にいるんだろう。
コネってスゲエ……。
「……いえ、お、俺……いや、ボクが悪いんですから」
「そんなに固くならなくて良いって。ちょっと君のノリコちゃんに、モデルのお願いをしたいだけなんだから」
「はぁ……」
ちなみにノリは、俺の肩には乗っていない。
少し向こうの机に設えられたサーカステントらしきもの……神姫用の仮設着替えブースなんだそうだ……の中で、新作の服とやらを着せてもらっている最中だ。
「そろそろかな……」
着替え終わるのを待っている静香さんは暇なのか、連れていたアーンヴァルの花姫と一緒に遊んでる。
さすが現役女子大生。俺とそんなに違わないのに、ものすごい余裕だ。
「お待たせしましたー」
着付けを手伝っていたココが出てくると、テントがゆっくりと立ち上がり、こちらと向こうを仕切る舞台幕に姿を変える。どうやら簡易テントだけではなく、簡易舞台装置としても使えるらしい。
……神姫サイズの舞台装置って、いったい何に使うんだ?
「さ、峡次くん。そのリモコンの赤いボタン、押してみて」
渡されたのは、十センチほどの小さなリモコンだった。言われるがまま、赤いボタンを押してみれば。
ゆっくりと幕が上がり。
中から姿を見せたのは……。
「…………」
裾を優雅に引き上げて、こちらに一礼する……ドレス姿のノリコだった。
足元まで伸びたロングスカートに、ふわりと乗っかる重ね履きのミニスカート。胸元を強調した細身の上着には袖が無く、代わりに上腕までを覆う長手袋が付けられている。
黒いドレスのあちこちに設えられた白いレースと、胸元の真っ赤なリボンが……。
「どう……ですか?」
いつものヘルメットを外したノリは、本当なら顔を隠したいんだろう。必死にこちらを見上げる視線は、恥ずかしさからか泣きそうになっている。
「い、いや……その……なんつーか……」
可愛いよ、ノリってサワヤカに言えばいいのか? それとも頭を撫でてやればいいのか……? つーか、この距離じゃ手が届かねえって!
「あ、峡次くん、照れてるー」
「こら、花姫」
「ば、ばっ! そ、そんなんじゃ……っ!」
照れてるんじゃなくて、どうしたらいいか分かんないだけであってだな!
「似合いません……か?」
う……。
バイザーを下げる代わりに、ノリは視線を落とし、耳まで真っ赤にしてうつむいている。
「んー。あたしの服、似合わないかなぁ?」
「そ、そんなこと……っ!」
静香さんの服はものすごく似合ってて、ですね!
ああもう、どう言えばいいんだ畜生っ!
「……峡次くん」
その時だ。
俺の肩に置かれる、大きな手。
「ここはそういう連中ばっかりだから、恥ずかしがることはないよ?」
……大人だなぁ。
「そうだよ。正直に言ってあげてください」
それに、ココも大人だ。
神姫だけど。
「えーと、なんつーか、だな。ノリ」
混乱した頭で、必死に言葉を紡ぎ出す。
とりあえず、言いたいことだけ言っちまおう。
「…………メチャクチャ可愛い。びっくりして、何て言えばいいのか分かんなかった。正直、惚れ直した」
「……ホント……ですか?」
うつむいていた顔が、ゆっくりと上がってくる。
「ンな嘘つかねぇって……」
「あ……ありがとうございますっ! ……ひゃあっ!」
た、と走って、途中で裾を踏んづけて。
「……だからって、そんなに慌てるなよ」
転びそうになったところを、慌てて受け止めた。
「……はい。ありがとう……ございます」
柔らかい布の感触の中、小さな頭が手の平にことりと押し付けられてくる。
片手でそっと撫でてやれば、たっぷりの布に埋もれた細い小さな腕が、きゅっとしがみついてきた。
「さて……マスターへのお披露目も終わったところで。私の『ドレスコード』、どうですか?」
「うん。可愛いし、デザイン的には問題ないと思う。みんなの反応もなかなか良いみたいだし」
「っていうか、今思ったんスけど」
ふわふわの、もう布の塊なんだか神姫なんだかよく分かんない物体を両手で抱きかかえながら、俺は思わず浮かんだ疑問を口にしていた。
「……何でこれが軍人神姫向けなんですか?」
似合う似合わないなら、間違いなく似合う。
でもこれと、ノリが必ずしもイコールかというと……静香さんの花姫やココ、十貴さんの所のジルでも十分似合いそうな気がするんだけど。
「えーっと、コンセプトが……」
「『軍主催の祝賀会でイヤイヤ出てる貴族出身の軍人のお嬢さん』だからね」
……何そのワケ分かんないコンセプト。
やっぱり凄い人たちの考えって、何だか凄い。
「だから、フォートブラッグかゼルノグラードかムルメルティアがいいなーってさ。で、フォートブラッグ持ってる峡次くんに頼んだの」
「でも、これなら問題無いかな」
「ですね」
スタッフのお兄さんと静香さんは、何やら色々盛り上がってる。
服のモデルとは言われたけど、別にファッションショーに出るとか、そういう話はなかった……ですよね?
ですよね?
「じゃ、次は……バトルの性能を見てみたいな」
……へ?
バトル?
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