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「第九話:舞姫と歌姫(後編)」(2007/10/01 (月) 20:48:10) の最新版変更点
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*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第九話:舞姫と歌姫(後編)
『それでは行きますよ。2on2、戦闘フィールドは草原、制限時間は30分』
晴香の宣言は悪い意味での予想を裏付けていた。
『Get Ready』
草原フィールド。
そこはアイゼンとレライナが戦った場所でもある。
そして、そのステージの端には湖があった。
『Go!!』
「行きますよ!!」
「応!!」
戦闘開始と同時に上空と地上を併走するフェータとレライナ。
最優先の確認事項は当然ステージ端の湖。
相手にイーアネイラ。水中戦への適正が高い神姫がいる以上、水辺を取られるのは避けねばならない。
出来れば湖の傍に相手が近づく前に交戦状態に入りたい。
水中と言う特殊な環境への配慮か、湖はステージの中央端にある。
どちらかのコーナーに極端に近ければ、水中戦型の神姫はどちらのコーナーでエントリーするかで勝率が変わってしまうからだ。
それを避ける為の措置だろうが、機動性に長けたフェータとレライナには都合のいい話だった。
二人の速さであれば、並の神姫では湖までの行程を半分も行かずに補足される。
「見つけた!!」
フェータが補足したのは二騎の神姫。紅緒とイーアネイラ。
『やっぱ、イーアネイラも陸戦で来た!!』
イーアネイラの装備に注目していた美空が、それに気づいたのは少し後、レライナと同時になる。
「…!?」
『…え、あれって…!?』
イーアネイラの装備はスタンダードな魚型神姫のものだった。
両肩に装備したレールガンと、申し訳程度のアーマー。
手にするは竪琴の形をした中距離用の全方位音響兵器、オルフェウス。
特筆するべきところの無い外観。
だから、驚愕を誘ったのは紅緒の装備だった。
…否。
紅緒の“装備では無かった”と言うべきだろう。
その驚愕は、紅緒が“何の装備も有していない”事によるもの。
防具はもちろん、武器も一切見当たらない『素体のままの神姫』。
そんなものが、戦場に居た。
「馬鹿な、正気か!?」
レライナの困惑も最もだ。
神姫は機械だ。
人間とは違い、鍛えるという概念は無い。
ゆえに、性能差とは、装備の差であった。
重く、硬い装甲を纏えば防御に長け。軽く、動きを妨げない装甲であれば回避を考慮した機動が出来る。
武器も同じこと。
長い砲身を持つ武器は、長距離での射撃精度に長ける反面取り回しが悪くなり、近距離での目標を狙う際にはその砲身の重さと長さが命中精度を逆に下げてしまう。
このように装備が性能を決定する以上、神姫の戦いの半分は装備を選定した時点で決まってしまう。
では、装備が無ければ?
当然の事だが、装甲には期待できない。
軽いと言うのならばこの上なく軽いため、回避力は確かにあるだろう。
だがそれは、砲弾の破片一発で戦闘力を喪失してしまう程度の防御力と引き換えである。
回避力が欲しいならバーニアなり何なり装備すれば、ある程度の装甲値を維持したまま同様の回避が出来る。
それでも回避力以外いらないのだとするなら、その状態で装甲を外す方がより高い回避力が得られる。
武器の方に関しては言うまでも無いだろう。
素手で出来る攻撃などパンチ、キックが精々で飛び道具など望めない。
そこら辺で石でも拾って投げる事もできるが、それで勝てるなら銃など開発されるはずも無い。
要するに、何の装備も無いと言うのは最低限度の戦闘力すら有さないと言う事。
そもそも戦う気が無いとしか思えない。
「貴様、どういうつもりじゃ!?」
レライナの怒号に薄く笑って返す素体のままの紅緒、マイナ。
「見ての通りおす。あんさんを倒すのに大仰な剣や槍など必要おまへん。ましてや鎧など不要でっしゃろ?」
「言うたな貴様!! この我を相手に無手で挑むと!?」
「そう聞こえんのやったらもう一度言いますえ? あんさんを負かすのに武器や防具は不要ですわぁ」
そう言って、一歩前に出るその意図は『斬れる物ならば斬って見ろ』と言う意味か…。
『言うじゃない、…良いわレライナ。叩っ切りなさい!!』
「言われるまでも無い!!」
稲妻の速度で弾かれた様に突進するレライナ。
神姫の限界に挑む程のダッシュ速度こそが、彼女の最大の武器だ。
「レライナさん!?」
フェータの静止を聞き捨て、レライナがマイナを攻撃範囲に収めるまで僅か1秒もかからない。
本来は背中や側面などの無防備な箇所を狙って軌道修正するのだが、今回は必要ない。
何せ相手は寸鉄すら帯びていない。“全身余すところ無く無防備”だった。
「迂闊な人おすな…」
だがしかしマイナは、そう呟いてゆっくりと右に半歩ずれる。
上半身を捻り、右腕を後ろに、左腕の肘を曲げて前に。
ゆっくりと、だがしかし、自分の剣に確実に速度を合わせながら動くマイナに、剣を振り下ろしてゆくのをレライナはスローモーションのように知覚していた。
「―――!?」
一秒後に起こった事だけを書くならば。
レライナの攻撃は全く通用せず、マイナの攻撃を一方的に喰らって弾き飛ばされていた。
「レライナさん!?」
フェータの声で正気に返る。
レライナの身体は未だ中空。
マイナに突き飛ばされ、甲冑を着込んだ彼女の身体は宙を舞っていた。
「―――っく!!」
フローラルリングで重心を制御し辛うじて脚から着地。
衝撃は膝と腰を沈めて殺し、追撃に備えて即座に立ち上がる。
霞む視界の向こうでは、先程の位置を動いていないマイナと、その後ろにイーアネイラ型のカレン。
戦闘を急ぐ気はないのだろう、悠然と構えたまま、こちらの動向をうかがっていた。
「大丈夫ですか!?」
霧を搔き分けるようにホバリングで降下してくるフェータ。
「今の一撃は…?」
「…ただ、突き飛ばされただけのように見えましたけど………」
フェータの目で見ても、レライナの受けた印象と同じ答えが出たようだ。
もちろん、それでは説明が付かない。
だから聞き返したのだが、理由はフェータにも理解できなかったようだった。
「もう一度行く。お主は魚型を抑えておれ!!」
言って再び突進。
今度は撹乱のために、マイナの直前で一端方向を変えて、背後にまで回るつもりだったが…。
「ほんに迂闊おす。おまけに、学習能力も無しと来ては勝負にもなりませんえ…?」
マイナは迷わず一歩前に出た。
そこはレライナの着地地点。
方向を変えるために一度蹴る必要のある足場だった。
「―――っ!!」
強引に攻撃するしかない。と結論付けたのは、着地の直前になってからだった。
それでもレライナならばまだ間に合う速さ。
だから、間に合わなかったのはマイナがもう一歩踏み込んできた所為だった。
再び突き飛ばされて宙を舞うレライナ。
それを器用にかわし、低空飛行のままフェータは間髪入れずにマイナに斬りかかった。
「…ふっ」
マイナは一瞬だけこちらに目をやり、霧を搔き分けるように飛びのいて離脱する。
方向は真横。
今からでは方向転換は間に合わない。
「―――っ!!」
諦め、上昇しようとしたフェータの目に飛び込んで来たのは、無数のキラキラと光る何か。
「―――っくうぅ!!」
強引なローリングで真横に翼を倒し緊急回避。
翼端で地面を掠めながらも、辛うじてそれをかわし切る。
飛んで来た方向は飛び退く前のマイナの背後。イーアネイラ型の方だった。
「かわしましたか、偶然か、あるいは実力か………」
視界は霧に霞んでよく見えないが、カレンと名乗ったイーアネイラの声に相違ない。
霧の向こうに見えるシェルエットがそのようだ。
「………? ―――霧!?」
そこで初めて気づく。
いつの間にかバトルフィールドが薄らとした霧によって覆われていた。
『…そんな、バトルフィールドに霧なんて…』
発生するはずも無い。
擬似的な戦場とは言え、そこはケージの中の小さな世界。
霧が発生する程の気候の変化は望むべくも無い。
『つまり、この霧は奴らの仕業って訳ね…』
冷静に状況を判断したリーナであっても、その意図までは判らない。
視界を塞ぐとは言え、あくまで距離があればの話だ。
近接攻撃のみのレライナとフェータにはさほど関係の無い話。
そして、敵側も霧に隠れて遠距離攻撃を行うつもりではないのは、相手の装備を見れば一目瞭然。
マイナは言うまでも無く近接戦しか出来ないし、カレンであっても遠距離砲撃のための装備は無い。
要するに、この霧には多少、…本当に“多少”視界が悪くなる程度の効果しか望めないのだ。
『美空、一対一に持ち込みましょう』
『…いいけど、何で?』
リーナの発案に異議は無いが、一応はそう聞き返しておく。
『この霧で一番怖いのは、いつの間にか敵の姿を見失う事よ。特に、レライナとフェータが両方でマイナにかまけていたら、カレンの方を見失いかねないわ…』
一対一で、カレンに集中する者がいれば、その心配は無い。
「それに、向こうは姉妹です。私とレライナさんよりも連携は遥かに上ですよ」
リーナに同意する旨を伝えてくるフェータ。
「先程の攻撃はおそらく、スクリーンショットの類だと思います。連携を続けさせたら、こちらが不利になりますよ…」
スクリーンショット。
連携の基本中の基本となる攻撃方法だ。
理屈は簡単。
前衛の神姫の影から、後衛の神姫が射撃を行うだけのもの。
しかし、タイミングよく放たれるそれは、前衛が飛び退いたら『いきなり砲弾が目の前にある』という不回避の状況を容易に生み出す。
まさしく前衛の神姫を、敵の目を塞ぐスクリーン(遮幕)に見立てた連携だった。
当然、両者共に前衛と言うフェータとレライナでは望むべくも無い。
『わかったわ。…で? どちらがどちらの相手をする?』
「我が紅緒に行く!! このまま引き下がれるものか!!」
『そうね。このまま引き下がるのは確かに癪だわ』
『オッケー。それじゃ、フェータはカレンの相手。良いわね?』
「了解です!!」
言って、二騎の神姫は左右に飛び出した。
「主殿、敵さん。散開しはりましたえ?」
「どうします、こちらも散開しますか?」
『………ええと。 霧は張り終えたのよね? なら大丈夫。マイナはサイフォス、カレンはアーンヴァルの相手をして』
「わかりました」
「はいっ!!」
答え、迎撃に向かう姉妹。
敵の思惑もこちらと同様の組み合わせだったのだろう。
カレンの目に、霧の中を突き進むアーンヴァルが見えた。
「悪いですけど、いきなり決め技で行きますよ!!」
宣言と同時に左右のレールガンでアーンヴァルに狙いを定める。
弾頭は、先程のスクリーンショットでも使用したニードルガンだった。
実際の所、霧の思惑は2つ。
元より装甲の無いマイナは当然として、装甲の薄いカレンであっても、遠距離からの砲撃や誘導ミサイルは歓迎しがたい攻撃だ。
その対策として、ステージ端に置いてきたポッドからの霧で視界を塞ぎ、遠距離からの補足を不可能にする事で、姉妹が得意とする近接、中距離の戦闘に持ち込みやすくする。
加えて大気の流動を目に見える様にする『霧』が、大気を引き裂いて飛来する砲弾やミサイルを見やすくするのだ。
その結果、回避も迎撃も容易になる。
それは、砲弾ならぬアーンヴァルであっても同じ事。
霧の流動が目視よりもハッキリと、アーンヴァルの挙動を教えてくれていた。
「当たれ!!」
電磁加速された両肩のレールガンから帯電したニードルが発射される。
ニードルは一射につき20本。左右あわせて40本にもなる針が、電磁気の反発で拡がりながら進んでゆく。
それは正に、ニードルによるショットガンであった。
「―――うそ!?」
カレンの武器がニードルガンである事を知ったとき、敵の反応は水中での使用を視野に入れた選択だと思うだけだろう。
だがしかし、ニードルガンを選択した本当の理由は、二つ。
そのうちの一つが、霧を搔き分けずに進む事だ。
霧の壁を押し分けず、隙間を通すように進むニードルガンは、霧に遮られ目視ししづらい。
敵の銃弾は見えるのに、カレンの針は見えない。
絶対的な射撃戦の優位がカレンの武器であったのだが、しかし、アーンヴァルはそれすらもかわす。
「―――先程の回避も、やはりまぐれではなかったか…!!」
外れた無数の針は、周囲の地面や岩に突き刺さるだけで終わった。
そして、飛来するアーンヴァルから逃れる事は出来ない。
「なら、追い払うのみ!!」
カレンは手にした竪琴、オルフェウスを最大出力で発動させた。
ジルダリア型のアレルギーペダルと同様の音響兵器であるオルフェウスは、神姫の聴覚素子に共鳴する音波を発生させ、エラーを引き起こす事で神姫を一時的に麻痺させる。
アレルギーペダルとの違いは、確実性が薄れる代わりに効果範囲が広い事。
近づいてくるアーンヴァルは、既に射程距離だった。
「―――!! オルフェウス!?」
混乱し始めた平衡感覚では、地上スレスレの低空飛行は自殺行為だ。
やむを得ず高度を上げるが、これを繰り返されていてはフェータに攻撃の機会は無い。
「マスター、どうします!?」
『近付けば音で、遠退けば針で攻撃してくる。おまけにどちらも回避は困難、か………』
そして厄介なのがこの霧。
霧の所為でフェータは敵から離れられない。…距離を得られない。
つまり、敵に対し加速する時間が殆ど得られないのだ。
そこへ下される謎の攻撃。
地面や岩に刺さったものを見れば、おそらくニードルガンの類だと想像も付く。
決してかわせない攻撃ではないが、かわせば速度を更に失う。
そして、さほど早くも無い速度のまま敵に近づけば、先程のようにオルフェウスでの迎撃を許してしまうのだ。
『さて、どうした物かしらね………』
それほどの逆境にあって尚、美空は不敵に微笑んだ。
『レライナ、慎重にね。敵の動きが妙だわ…』
リーナの言うとおり、レライナの前に立つ紅緒の動きは妙だった。
先程から何度もシミュレートした結果として判明している『事実』は二つ。
一つに、紅緒の動きはレライナよりも遅い事。
二つ目は、紅緒にはレライナを吹き飛ばせるほどの腕力は無い事。
だがしかし、先の二度の攻防で起こった『結果』は二つ。
一つは、紅緒はレライナの攻撃を優にかわし、レライナは紅緒の動きに反応できなかった事。
二つ目は、紅緒は確かにレライナを吹き飛ばしたという事だった。
この二つの謎を解かない限り、レライナに勝ち目は無いだろう。
だがしかし、リーナは既に二つ目の謎の方には見当をつけていた。
『要するに、フェータと同じ事をしているんだわ』
「…どういう事じゃ?」
レライナの疑問にリーナは答えた。
『非力なアーンヴァルであるフェータが、あれほどの攻撃力を持つのは、加速力と抜刀の速度を腕力に加えているからだわ』
「だが、マイナは翼も刀も無いぞ? 一体何を加えているというのだ?」
『簡単よ。…体全部』
リーナの言葉にようやくレライナも納得がいった。
レライナにも付与されている格闘用の汎用プログラムには、パンチやキックの基本動作も入力されている。
その動作プログラムは効率の良い動作を保障するものではあるが、あくまでそれらは基本でしかない。
だが仮に、一から格闘動作を学習した神姫がいたとすれば、それは千変万化に応用の利く打撃をもたらせる。
つまり、掌底の接触する瞬間に、つま先、足首、膝、股間、腰、胸、肩、肘、手首に至る全ての関節を全力で打撃力に変化させたのだ。
大地を支えに使い、斜め下から磐石の足場の反発全てを全身の力全て叩き込めれば、重たい甲冑を着込んだサイフォスであっても突き飛ばし、宙を舞わせられるだろう。
「なるほど、状況に対応できる万能のプログラムには真似の出来ない、限定下での打撃と言うわけか」
レライナの言うとおり、マイナの打撃は応用が利かない。
自分から撃っては出られないし、大地に両足を付けなければ、打撃の威力は半分以下になる。
身体に干渉するパーツ(アーマー)は装備できないし、無駄な重量(武装)もあるだけ邪魔になる。
当然、空中や水中でも使用できない使い勝手の悪い打撃だ。
『…つまり、そのお膳立てを整えるのが霧であり、パートナーのカレンな訳よ』
「近接迎撃専門の格闘技か…。相手の呼吸に合わせると言うのは、まるで舞踏だな…」
『…で、問題はそちらの方』
「どうやって我の動きを読んでいるか、じゃな」
言って、レライナは目の前のマイナを睨む。
迎撃専門、という種が割れてしまえば、絶好の間合いを詰めもせずにこちらの動向をうかがうのみと言うのも理解できる。
要するに、マイナには積極的な攻撃の手段が無いのだ。
密着するほどの距離でしか攻撃できないマイナは、自分から攻め込むのではなく、敵の攻撃に対し間合いを調整し最適の距離を確保して攻撃する他無いのだ。
それがつまり、マイナの弱点。
だがしかし、レライナから攻撃しない訳には行かなかった。
「敵に策があると知れば…」
『打ち破って進むのみ!!』
そこに、消極的な待ちの戦法や、相手の弱みを狙う狡猾さは必要無い。
『やりなさい、レライナ!!』
「応っ!!」
そうするに足る力をリーナは与え。
そうするに足る力をレライナは授かった。
ゆえに、レライナは迷わず攻勢に転じた。
「どう思います、島田君?」
戦いを見守る浅葱の声は硬い。
「勝ち目はあると思います?」
「…そうですね、数値的には勝てない相手じゃないですけど…」
「相手の策を何処まで見破れるか、ですわね………」
「リーナは武術とかには疎いだろうし、美空に針と琴の仕掛けに気づけと言うのも無理だと思いますけど………」
「…それじゃあ、勝てないじゃありませんの」
「そうですね」
祐一は苦笑する。
「アドバイスした方が良いんじゃありませんの?」
「どうしてです?」
「…負けちゃいますわよ、あの子達?」
「例えそうだとしても、きっと楽しんではいますよ。だったらそれで良いじゃないですか」
祐一はそう言って笑顔を見せた。
(…温泉旅行がどうとかって考えていた私が、まるで汚れた大人ですわね………)
まあ単に。
熱い戦いに密かに興奮している祐一は、賭けのこと等すっかり忘れ去っているだけだったりするのだが…。
楽しくない戦いに勝利しても意味など無い、と言うのは多分真理なのだろう。
そういう意味では、美空もリーナも、フェータもレライナも。
敵であるマイナとカレンにその主たる晴香も。
この戦いを楽しんではいた。
「正気ですか、マスター!?」
フェータの驚愕を美空は笑い飛ばした。
『じゃあ、他に手はある?』
「…それは………」
だからこその美空の策。
いや、それは策と言うのもおこがましい力任せの強行突破だった。
目視でカレンを捕らえられるギリギリの範囲で旋回を続けながら、攻めあぐねたフェータに美空が下した命令とは…。
『単純よ。速さが足りないのなら、補えばいい。この世界にはちゃんと強い力が満ちているんだから、それを借りるのよ』
「一歩間違えると只の自爆です」
『じゃあ、一歩も間違えずにカレンに勝てる?』
「…………わかりました。やりますよ。………でも…」
『やると決まったらやるのよ!! 行きなさい、フェータ!!』
「…はい!!」
主がそう決めた以上、これ以上の迷いは不要。
フェータは美空の剣として主が定めた敵を斬るのみである。
カレンに向かって加速を開始すると同時に、カレンも前に出る。
「さあ、フェータさん。イタチごっこは終わりです!!」
言って放たれるニードルの束。
かわせば速度を失い、近寄るまでにオルフェウスの発動を許してしまい。当たれば防御力の低いフェータは只ではすまない。
しかし…。
『一撃耐えればそれで充分!! さっきの岩に刺さった針を見れば、一撃の威力はさほど高くないっ!!』
「なら、私でも一撃は耐えられる!!」
そう言って、フェータは無数の針の弾幕に躊躇う事無く突っ込んでいった。
「勝った!!」
カレンはそうほくそ笑む。
実のところ、彼女が狙っていたのは終始“針を当てる”事であった。
威力は低く、真っ当な装甲を纏う相手には、表面を撫でる程度の効果しかないニードルガンだが、“どんな装甲にも刺さる”ように工夫はされていた。
そして、“刺されば充分”なのである。
物体には必ず周波数が存在する。そして、その周波数と同じ周波数の振動を受ければ、物体は共振を始めるのだ。
同じ音叉を二つ用意して、片方を叩き鳴らすと、もう片方も共鳴し勝手に振動を始めて音を出す。
そして、カレンの針は、オルフェウスと共振するように作られている。
つまり…。
「もはや距離の問題は消えました!! この戦闘フィールドの何処へ逃げようとも、私の呪歌から逃れる術はありません!!」
カレンのオルフェウスが発動すれば、大気の振動である音を通じて神姫の身体に刺さった針が、オルフェウスと同じ周波数の音。
即ち、神姫を麻痺させる呪いの歌を奏でるのだ。
複数の弦の振動がもたらす高周波音の効果範囲は限定的なものだ。
しかし、その振動が全て、対象となる神姫のすぐ傍でかき鳴らされるのだとしたら。
「…如何なる神姫も、私の呪歌の前に只ひれ伏すのみ!!」
文字通り、あらゆる動作を阻害された神姫はその場に倒れる他無くなるのだ。
これこそ、カレンが針と琴を武器とする第二の理由。―――呪歌の呪いであった。
「あとは―――」
迫るアーンヴァル。
「―――一撃だけかわせれば…!!」
初撃さえかわしてしまえば、反転したフェータが二の太刀を放つまでに、オルフェウスは充分な効果を発揮する。
それで積みだった。
マイナがこちらの動きを読む術は最後まで判らなかった。
レライナが、知覚しながらも反応できなくなる現象も謎のままだった。
だがしかし、レライナを見て、その行動を予測しているのは確実なのだ。
ならば、解決策は二つに一つ。
レライナを見せないか、レライナが見られても構わない状況を作り出すか…。
「行くぞ!!」
「きなはれ…」
レライナは一歩間合いを詰める。
そして…。
『右!!』
叫んだのはリーナだった。
「…なっ!?」
主の声に従って跳ぶレライナ。
跳躍は右斜め前。
兆候が無かったために反応は遅れ、慌てて目で追うが、それと同時にリーナの第二声が響く!!
『左よ、レライナ!!』
「承知!!」
返す返すもその速度は閃光のそれ。
跳躍のタイミングと方向を事前に知っていなければ、殆どの神姫は反応する事も出来ない速さ。
そして、マイナには事前にそれを知る術は有っても、知らずに反応するだけの反応速度は無かった…。
「…っ!!」
神姫の動きのクセ。
どんな神姫でも、強くなるためには動作を最適化してゆく。
それは効率よく身体を駆動させる事で、擬似的な能力値(パラメーター)のアップにつながるが、逆を返せば最適化されてゆく動作には数種類の極致しかないという意味でもある。
全体的な動作は神姫ごとに千差万別でも、ダッシュならばダッシュで、数種類の動作のみが最速を生み出しうる動作のパターンとして分類されるのだ。
その『機』を見破れれば、神姫が次に起こす行動の大まかな内容は予測が付く。
その予測で得られる情報は僅かではあるが、それほどの極地に至っている神姫との戦いであれば、その僅かな情報が生死を分ける分水線となる。
それを、レライナはマスターの指示をそのまま動作にすると言う方法で消去した。
当然、レライナも事前に自分の行動を認識している訳ではない。
レライナ自身でさえも行き当たりばったりな咄嗟の反応でしかないのだ。
ゆえに、多少その速度は落ちるのだが、元が元だ。
予備動作無しでのダッシュとは言え、簡単に捕らえられるものでは無い。
「…くぅ」
こうなればカンでしかない。
右か、左か。いや、相手は充分にこちらを脅威と認識しているだろう。
ならば…!!
「真後ろ…!!」
振り向いたカレンの動作と…。
『…そこで真後ろ!!』
叫んだリーナの声は全くの同時だった。
「…あかん!!」
振り向くのを中止しなければと思っても、動き始めた身体を止めて逆の動作を起こすには、初動の倍の力か時間を必要とする。
既に動いている身体を止めて、逆に動かすためにはどうしてもその力が必要なのだ。
ゆえに、全力で起こしたアクションは、止められない。
レライナが不可解に思った現象をいま、マイナ自身が追体験していた。
『今よ、レライナ!!』
右、左とジクザグの軌道で跳躍したレライナは、マイナの背後に回り、そこから後ろに向かって跳躍した。
丁度90度傾けた正三角形を描く軌道だ。
当然、位置的にはダッシュの開始前と大差無い場所へと戻って来る事になる。
しかしそこには、レライナが通り過ぎた筈の背後へ振り向こうとしているマイナの姿があった。
「貰ったぁ!!」
レライナは叫び、ようやく振り向きなおし始めたマイナに斬りかかった。
カレンが予想していた斬撃は来なかった。
フェータは直前で急上昇をかけ、霧を吹き払いながら上空へと昇ってゆく。
「…愚かな、只一度のチャンスであったものを!!」
既に呪歌の呪いはかかっているのだ。
どれだけ距離を離そうとも、もはやカレンのオルフェウスからは逃げられない。
「聴きなさい、呪いの魔曲を…!!」
カレンはオルフェウスをかき鳴らし、決定打となる一撃を放った…!!
上空120。
対戦用バトルフィールドの天井ギリギリまで上昇し、翼を立て、全身を使ってエアブレーキをかける。
只でさえ上昇のために重力の影響を受け、鈍っていた加速は天井に付く頃には限りなくゼロに近付いていた。
上下逆になり、天井へ脚部を押し付けるように残った速度を相殺するフェータ。
そして…。
「行きます!!」
天井を蹴り、地面へ向かって真逆さまに落下してゆく。
否!!
アフターバーナーすら吹かし、垂直に繰り出されるパワーダイブ!!
加速度は、重力と推力の全てを100%受けて、見る見るうちに上昇してゆく。
風を切る擦過音と狭まる視界。
上昇する際に吹き散らした霧の中央に、驚愕に目を見開くカレンが居た。
『今よ、フェータ!!』
美空の指示に従い、最近では切りっぱなしの切り札を切るフェータ。
「ウイング除装!!」
巨大なミサイルと化したウイングユニットは、フェータを追い抜き眼下のカレンに迫る。
「そんな!?」
呆然とするイーアネイラ型の眼前に落下した翼は、残りの燃料を変じさせた爆炎を高々と吹き上げた。
『カレン!?』
『…っ』
晴香の驚愕の声と、美空の不安を押し殺した声。
彼女らが目を凝らして見据える爆炎の中、カレンを引き摺ったフェータがその姿を見せた。
「ウチ等の負けどすな」
「完敗でした」
対戦が終わった後、マイナとカレンはそう言いながら現れた。
「おっしゃー温泉ゲット!! よくやったわフェータ」
「いえ、犠牲をいとわないマスターの勝利です」
「…犠牲?」
「…ええ、これでまた、ウイングセットがダメになりましたけど………」
「…あ゛っ」
青ざめる美空。
「…もしかして、そこまで考えていませんでしたか?」
「忘れてた~~~~~~っ!?」
美空の絶叫が響く。
ウイングセット一式の値段は、温泉旅館二泊三日と比して高いのか、安いのか…。
どちらにせよ、丸儲けと言う意図は潰えた。
「まあ、嘆く美空はさて置いて、レライナもお疲れ様。流石は私の神姫だわ」
「当然じゃ。我とリーナが挑んで勝てぬ可能性のあるものなど、アイゼンとフェータとセタ位のものじゃからな」
えっへんと、ふんぞり返るレライナ。
「しかし、ウチの心眼を見抜いたのは驚きましたえ? 予備動作でその先の行動を予測するのは、簡単な事ではおまへんけど、それを見抜くのもまた用意ではあらしまへん」
「いや、見抜いてなかったと思うぞ?」
マイナの絶賛を打ち消す祐一。
「結局、見抜いたというよりも、他の可能性が無くなるまで考え抜いたからの作戦だったんだろ?」
「そうね―――」
頷くリーナ。
「―――レライナの何を見ているのか判らなかったけど、レライナを見てその行動を予測しているとは思ったもの」
ゆえの策。
リーナが行動を指示する事で、レライナ自身にすら自分の行動をあらかじめ把握させない作戦であった。
「…なるほど、随分な力押しでおましたな…。ウチとは役者が違ったようどす………」
「…あのそれでは、最後に私のオルフェウスが効かなかったのは…?」
フェータの急降下からの一撃。
翼を先に着弾させ、その爆風をブレーキにして強引に着地し、目の前のカレンを斬り捨てた一連の動作。
そこに、オルフェウスによる麻痺は見られなかった。
その時点では確かに発動していたにも拘らず………。
「………多分、ドップラー効果じゃないかな?」
「ドップラー効果…?」
祐一の分析に首を傾げるカレン。
「救急車が近付いてくる時と、離れてゆく時とではサイレンの音が違はりますでしょう? それの事おす」
「………オルフェウスの周波数(音)が、フェータさんに届いたときには変わってしまっていた?」
「そうだね。あれだけの速さで近付いてきたフェータには、カレンがかき鳴らした音より高く聞こえてたんだろうね」
「だから、麻痺しなかった…」
呆然と呟くカレン。
「美空も、そこまで考えてた訳じゃないでしょ?」
「………………」
「ああ、今マスターは現実逃避中です。…確かにそこまで考えてはいませんでしたけど………」
「…つまり、私もお姉さまも、力押しで負けたのですね………?」
「…そうなるかな?」
割と残酷な結論だった。
「あの~、結局。私の公演はどうなるんでしょう…?」
「あ、マスターも居たんだっけ?」
アイゼンさん酷いです。
「いました~。最初から居ました~。晴香です。藤堂晴香です~。忘れないで~」
「晴香様、ご覧の通り敗北してしまいましたので公演の方は中止にするしかないかと…」
「それと、ご実家の方に連絡して事情を説明せなあきませんな、主殿?」
「…う゛っ」
「園長先生はんには平謝りする他無いのと違いますのん?」
「ご両親の説得も大変だとは思いますが、晴香様にならきっと、…出来るかもしれません」
自らの神姫にすら、微妙に信頼されて無い晴香であった。
「やっぱりそうなるのね~。うぅ、誰か助けて~」
「おっけ~♪」
「え?」
ふと気づくとすぐ傍に人の影。
「…あの、貴女は?」
「ん~? 世紀末救世主?」
「いや、姉さんだし」
「雅だし」
祐一と浅葱がため息を付いた。
「あんたね、どうやって嗅ぎ付けてきたのよ?」
浅葱が呆れた声を出す。
「…ふっ、知れたこと。可愛い弟の身に起きた出来事なら、お姉ちゃんは何時だって飛んで来る!!」
来て欲しくない時にも来るもんな~。など口には出せない祐一であった。
「さて、晴香ちゃん?」
「は、はい?」
「人形劇させてあげるから、あたしも旅館に招待して」
「…え?」
「後ついでに村上君も」
入り口を指差し雅は言った。
…見ればぐったりしている村上衛。
まあ、何があったのかは想像に難くない。…どうせ雅に無茶言われたに決まっている。
たとえば、街中を80キロでノンストップ疾走する自動車の助手席に載せられたとか………。
「…あの、人形劇、手伝ってくれるのですか!?」
「勿論よ。夏休みを満喫するためなら、いくらでも使っていいわよ?」
「あ、ありがとうございます!!」
感極まった声で感謝する晴香。
しかし、彼女は後にこう語る。
『いえ、まさかあんな事になるとは夢にも思わなくって…』
彼女の実家、季州館(きしゅうかん)において、後々まで語り継がれる凶事の幕開けであった。
―――It is somewhere then.
「なるほど、ようやく見つけたか」
『はっ。マスター』
『オリジナルのコピー。確度は90』
「よくやった。後はこちらで処理する。ヒモだけ付けて戻って来い」
『了解であります』
『帰搭予定は5時間後、以上。…交信終了』
通話は切れた。
「マスター、これで後は幽霊探しだけですわね?」
「ふん。…コピーの方も放置は出来ん。なんとしてもデータの回収だけはしなければならない」
「ユーレイ、キットこぴート、感染者ニ遭エナイ様二出来テル。こぴー探シテかうんたーういるすツクレバ会エルヨ?」
「だといいがね…。どちらにせよコピーの確保が先決だ。センター以外でなら仕掛けられる」
会話の主は女と二人の神姫だった。
「ばとるろいやるジャ無ケレバイインジャナイ?」
「そうだな、対戦の方でもチャンスがあれば仕掛けるさ…。どちらにせよ、最初はお前達がやるといい」
「宜しいんですの? 妹たちが怒りますわよ?」
「オ姉チャン特権。年ノ順二挑ムノガイイヨ」
男に答える神姫はジルダリアとツガル。
どちらも既製品をカスタマイズした違法改造級の神姫だった。
「順番など如何でも良いさ。結果として終わらせられれば其れで良い」
「御意」
「ワカッタヨ」
神姫の答えを聞き届け、女は地下室の扉を開けた。
外の光が差し込み、始めて女の相貌があらわになる。
背の高い女の怜悧な相貌の中、一際目を引くのは黒い眼帯。
「…まあ、コピーは欠陥品だからな。お前たちでは相手にもなるまいが………、その時が来たのなら、思う存分遊ぶといい…」
言って、眼帯の女は地下室を出る。
残された神姫たちはクレイドルの上で静かに眼を閉じる。
彼女らが威を振るうときがすぐそこまで迫っていた。
[[第十話:海だ山だ温泉だ(その1)]]につづく
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難産でした。
一言では言い表せないぐらいの難産でした。
おまけに長いです。(文章量は今までで最長。一話と二話足したのより長い………)
以下、長い言い訳アンド楽屋ネタ。
今回の縛りは2対2の戦い。
個別に一対一をやるだけでは2対2の意味無いし、4人の神姫が入り乱れると書ききれない(←実力不足)。
そこで前半乱戦、後半一対一と言う苦し紛れの構成…。
ちなみにこれ、書き直し4回目のプロットだったりします。
原因は。
①フェータ、レライナ共に攻撃手段が乏しく変化がつけ辛い(←そういう風にデザインしたのはALCです)。
(フェータが毎回ウイング切り離しを使っているのも、抜刀の他に攻撃手段はそれしかないからですし…)
②カレンとマイナの能力差(←だから、そういう風にデザインしたのはALCです)。
マイナは当初関節技(関節破壊=フレーム破壊なので、ALCの設定上リタイアにならない理由を思いつけなかった…のでボツ)と全身の力を一極集中させる打撃を武器にする神姫でした。
しかし、カレンは………。
作中でも使用している、針と竪琴によるコンボに加え、ツイントライデントとグラーブスアイビーを利用した、鞭で槍を振り回すという謎攻撃。
更にオケアノス(魚型支援ユニット:当初は霧もコイツの仕業にする予定だった)を利用したVLS(垂直発射ミサイル)攻撃と芸が多彩。
全部書いているとマイナの技のレパートリーが持ちませんでした………。
なにせ、新しい技を出す度にその説明をしなきゃならないし………。
いや、設定上、『一芸特化型の強い姉(マイナ)の脚を引っ張らない用に、色々と武器と技を満載した多芸な妹(カレン)』という予定がこの結果を生んだ訳です………。
③更に、武装神姫である以上マスターとの会話から勝機を見出す描写を加えたくて悪戦苦闘。
リーナはともかく、美空が敵の仕掛けを読み解くのは不自然ですし………。
その結果がコレですね…。
長くてブツ切りになった話が交錯するわかり辛い読み物の出来上がりです………。
次からしばらく(2、3話?)バトルはお休みでただ遊びまわる主と神姫を書きたいものです。
でも、ついに敵となるマスターとその神姫が(少しだけ)登場しましたし、密かに動いている〇と〇〇の目的も明かさねばなりません。
コピーとか、幽霊とか、謎のセリフも出てきました。
それでも一応、次の話は劇終了後の夏休みの話になります。
(劇の内容の方は番外編で思う存分いぢるとしましょう)
次はもうちょっと考えてプロット組もうと考えた、ALCでした。
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*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第九話:舞姫と歌姫(後編)
『それでは行きますよ。2on2、戦闘フィールドは草原、制限時間は30分』
晴香の宣言は悪い意味での予想を裏付けていた。
『Get Ready』
草原フィールド。
そこはアイゼンとレライナが戦った場所でもある。
そして、そのステージの端には湖があった。
『Go!!』
「行きますよ!!」
「応!!」
戦闘開始と同時に上空と地上を併走するフェータとレライナ。
最優先の確認事項は当然ステージ端の湖。
相手にイーアネイラ。水中戦への適正が高い神姫がいる以上、水辺を取られるのは避けねばならない。
出来れば湖の傍に相手が近づく前に交戦状態に入りたい。
水中と言う特殊な環境への配慮か、湖はステージの中央端にある。
どちらかのコーナーに極端に近ければ、水中戦型の神姫はどちらのコーナーでエントリーするかで勝率が変わってしまうからだ。
それを避ける為の措置だろうが、機動性に長けたフェータとレライナには都合のいい話だった。
二人の速さであれば、並の神姫では湖までの行程を半分も行かずに補足される。
「見つけた!!」
フェータが補足したのは二騎の神姫。紅緒とイーアネイラ。
『やっぱ、イーアネイラも陸戦で来た!!』
イーアネイラの装備に注目していた美空が、それに気づいたのは少し後、レライナと同時になる。
「…!?」
『…え、あれって…!?』
イーアネイラの装備はスタンダードな魚型神姫のものだった。
両肩に装備したレールガンと、申し訳程度のアーマー。
手にするは竪琴の形をした中距離用の全方位音響兵器、オルフェウス。
特筆するべきところの無い外観。
だから、驚愕を誘ったのは紅緒の装備だった。
…否。
紅緒の“装備では無かった”と言うべきだろう。
その驚愕は、紅緒が“何の装備も有していない”事によるもの。
防具はもちろん、武器も一切見当たらない『素体のままの神姫』。
そんなものが、戦場に居た。
「馬鹿な、正気か!?」
レライナの困惑も最もだ。
神姫は機械だ。
人間とは違い、鍛えるという概念は無い。
ゆえに、性能差とは、装備の差であった。
重く、硬い装甲を纏えば防御に長け。軽く、動きを妨げない装甲であれば回避を考慮した機動が出来る。
武器も同じこと。
長い砲身を持つ武器は、長距離での射撃精度に長ける反面取り回しが悪くなり、近距離での目標を狙う際にはその砲身の重さと長さが命中精度を逆に下げてしまう。
このように装備が性能を決定する以上、神姫の戦いの半分は装備を選定した時点で決まってしまう。
では、装備が無ければ?
当然の事だが、装甲には期待できない。
軽いと言うのならばこの上なく軽いため、回避力は確かにあるだろう。
だがそれは、砲弾の破片一発で戦闘力を喪失してしまう程度の防御力と引き換えである。
回避力が欲しいならバーニアなり何なり装備すれば、ある程度の装甲値を維持したまま同様の回避が出来る。
それでも回避力以外いらないのだとするなら、その状態で装甲を外す方がより高い回避力が得られる。
武器の方に関しては言うまでも無いだろう。
素手で出来る攻撃などパンチ、キックが精々で飛び道具など望めない。
そこら辺で石でも拾って投げる事もできるが、それで勝てるなら銃など開発されるはずも無い。
要するに、何の装備も無いと言うのは最低限度の戦闘力すら有さないと言う事。
そもそも戦う気が無いとしか思えない。
「貴様、どういうつもりじゃ!?」
レライナの怒号に薄く笑って返す素体のままの紅緒、マイナ。
「見ての通りおす。あんさんを倒すのに大仰な剣や槍など必要おまへん。ましてや鎧など不要でっしゃろ?」
「言うたな貴様!! この我を相手に無手で挑むと!?」
「そう聞こえんのやったらもう一度言いますえ? あんさんを負かすのに武器や防具は不要ですわぁ」
そう言って、一歩前に出るその意図は『斬れる物ならば斬って見ろ』と言う意味か…。
『言うじゃない、…良いわレライナ。叩っ切りなさい!!』
「言われるまでも無い!!」
稲妻の速度で弾かれた様に突進するレライナ。
神姫の限界に挑む程のダッシュ速度こそが、彼女の最大の武器だ。
「レライナさん!?」
フェータの静止を聞き捨て、レライナがマイナを攻撃範囲に収めるまで僅か1秒もかからない。
本来は背中や側面などの無防備な箇所を狙って軌道修正するのだが、今回は必要ない。
何せ相手は寸鉄すら帯びていない。“全身余すところ無く無防備”だった。
「迂闊な人おすな…」
だがしかしマイナは、そう呟いてゆっくりと右に半歩ずれる。
上半身を捻り、右腕を後ろに、左腕の肘を曲げて前に。
ゆっくりと、だがしかし、自分の剣に確実に速度を合わせながら動くマイナに、剣を振り下ろしてゆくのをレライナはスローモーションのように知覚していた。
「―――!?」
一秒後に起こった事だけを書くならば。
レライナの攻撃は全く通用せず、マイナの攻撃を一方的に喰らって弾き飛ばされていた。
「レライナさん!?」
フェータの声で正気に返る。
レライナの身体は未だ中空。
マイナに突き飛ばされ、甲冑を着込んだ彼女の身体は宙を舞っていた。
「―――っく!!」
フローラルリングで重心を制御し辛うじて脚から着地。
衝撃は膝と腰を沈めて殺し、追撃に備えて即座に立ち上がる。
霞む視界の向こうでは、先程の位置を動いていないマイナと、その後ろにイーアネイラ型のカレン。
戦闘を急ぐ気はないのだろう、悠然と構えたまま、こちらの動向をうかがっていた。
「大丈夫ですか!?」
霧を搔き分けるようにホバリングで降下してくるフェータ。
「今の一撃は…?」
「…ただ、突き飛ばされただけのように見えましたけど………」
フェータの目で見ても、レライナの受けた印象と同じ答えが出たようだ。
もちろん、それでは説明が付かない。
だから聞き返したのだが、理由はフェータにも理解できなかったようだった。
「もう一度行く。お主は魚型を抑えておれ!!」
言って再び突進。
今度は撹乱のために、マイナの直前で一端方向を変えて、背後にまで回るつもりだったが…。
「ほんに迂闊おす。おまけに、学習能力も無しと来ては勝負にもなりませんえ…?」
マイナは迷わず一歩前に出た。
そこはレライナの着地地点。
方向を変えるために一度蹴る必要のある足場だった。
「―――っ!!」
強引に攻撃するしかない。と結論付けたのは、着地の直前になってからだった。
それでもレライナならばまだ間に合う速さ。
だから、間に合わなかったのはマイナがもう一歩踏み込んできた所為だった。
再び突き飛ばされて宙を舞うレライナ。
それを器用にかわし、低空飛行のままフェータは間髪入れずにマイナに斬りかかった。
「…ふっ」
マイナは一瞬だけこちらに目をやり、霧を搔き分けるように飛びのいて離脱する。
方向は真横。
今からでは方向転換は間に合わない。
「―――っ!!」
諦め、上昇しようとしたフェータの目に飛び込んで来たのは、無数のキラキラと光る何か。
「―――っくうぅ!!」
強引なローリングで真横に翼を倒し緊急回避。
翼端で地面を掠めながらも、辛うじてそれをかわし切る。
飛んで来た方向は飛び退く前のマイナの背後。イーアネイラ型の方だった。
「かわしましたか、偶然か、あるいは実力か………」
視界は霧に霞んでよく見えないが、カレンと名乗ったイーアネイラの声に相違ない。
霧の向こうに見えるシェルエットがそのようだ。
「………? ―――霧!?」
そこで初めて気づく。
いつの間にかバトルフィールドが薄らとした霧によって覆われていた。
『…そんな、バトルフィールドに霧なんて…』
発生するはずも無い。
擬似的な戦場とは言え、そこはケージの中の小さな世界。
霧が発生する程の気候の変化は望むべくも無い。
『つまり、この霧は奴らの仕業って訳ね…』
冷静に状況を判断したリーナであっても、その意図までは判らない。
視界を塞ぐとは言え、あくまで距離があればの話だ。
近接攻撃のみのレライナとフェータにはさほど関係の無い話。
そして、敵側も霧に隠れて遠距離攻撃を行うつもりではないのは、相手の装備を見れば一目瞭然。
マイナは言うまでも無く近接戦しか出来ないし、カレンであっても遠距離砲撃のための装備は無い。
要するに、この霧には多少、…本当に“多少”視界が悪くなる程度の効果しか望めないのだ。
『美空、一対一に持ち込みましょう』
『…いいけど、何で?』
リーナの発案に異議は無いが、一応はそう聞き返しておく。
『この霧で一番怖いのは、いつの間にか敵の姿を見失う事よ。特に、レライナとフェータが両方でマイナにかまけていたら、カレンの方を見失いかねないわ…』
一対一で、カレンに集中する者がいれば、その心配は無い。
「それに、向こうは姉妹です。私とレライナさんよりも連携は遥かに上ですよ」
リーナに同意する旨を伝えてくるフェータ。
「先程の攻撃はおそらく、スクリーンショットの類だと思います。連携を続けさせたら、こちらが不利になりますよ…」
スクリーンショット。
連携の基本中の基本となる攻撃方法だ。
理屈は簡単。
前衛の神姫の影から、後衛の神姫が射撃を行うだけのもの。
しかし、タイミングよく放たれるそれは、前衛が飛び退いたら『いきなり砲弾が目の前にある』という不回避の状況を容易に生み出す。
まさしく前衛の神姫を、敵の目を塞ぐスクリーン(遮幕)に見立てた連携だった。
当然、両者共に前衛と言うフェータとレライナでは望むべくも無い。
『わかったわ。…で? どちらがどちらの相手をする?』
「我が紅緒に行く!! このまま引き下がれるものか!!」
『そうね。このまま引き下がるのは確かに癪だわ』
『オッケー。それじゃ、フェータはカレンの相手。良いわね?』
「了解です!!」
言って、二騎の神姫は左右に飛び出した。
「主殿、敵さん。散開しはりましたえ?」
「どうします、こちらも散開しますか?」
『………ええと。 霧は張り終えたのよね? なら大丈夫。マイナはサイフォス、カレンはアーンヴァルの相手をして』
「わかりました」
「はいっ!!」
答え、迎撃に向かう姉妹。
敵の思惑もこちらと同様の組み合わせだったのだろう。
カレンの目に、霧の中を突き進むアーンヴァルが見えた。
「悪いですけど、いきなり決め技で行きますよ!!」
宣言と同時に左右のレールガンでアーンヴァルに狙いを定める。
弾頭は、先程のスクリーンショットでも使用したニードルガンだった。
実際の所、霧の思惑は2つ。
元より装甲の無いマイナは当然として、装甲の薄いカレンであっても、遠距離からの砲撃や誘導ミサイルは歓迎しがたい攻撃だ。
その対策として、ステージ端に置いてきたポッドからの霧で視界を塞ぎ、遠距離からの補足を不可能にする事で、姉妹が得意とする近接、中距離の戦闘に持ち込みやすくする。
加えて大気の流動を目に見える様にする『霧』が、大気を引き裂いて飛来する砲弾やミサイルを見やすくするのだ。
その結果、回避も迎撃も容易になる。
それは、砲弾ならぬアーンヴァルであっても同じ事。
霧の流動が目視よりもハッキリと、アーンヴァルの挙動を教えてくれていた。
「当たれ!!」
電磁加速された両肩のレールガンから帯電したニードルが発射される。
ニードルは一射につき20本。左右あわせて40本にもなる針が、電磁気の反発で拡がりながら進んでゆく。
それは正に、ニードルによるショットガンであった。
「―――うそ!?」
カレンの武器がニードルガンである事を知ったとき、敵の反応は水中での使用を視野に入れた選択だと思うだけだろう。
だがしかし、ニードルガンを選択した本当の理由は、二つ。
そのうちの一つが、霧を搔き分けずに進む事だ。
霧の壁を押し分けず、隙間を通すように進むニードルガンは、霧に遮られ目視ししづらい。
敵の銃弾は見えるのに、カレンの針は見えない。
絶対的な射撃戦の優位がカレンの武器であったのだが、しかし、アーンヴァルはそれすらもかわす。
「―――先程の回避も、やはりまぐれではなかったか…!!」
外れた無数の針は、周囲の地面や岩に突き刺さるだけで終わった。
そして、飛来するアーンヴァルから逃れる事は出来ない。
「なら、追い払うのみ!!」
カレンは手にした竪琴、オルフェウスを最大出力で発動させた。
ジルダリア型のアレルギーペダルと同様の音響兵器であるオルフェウスは、神姫の聴覚素子に共鳴する音波を発生させ、エラーを引き起こす事で神姫を一時的に麻痺させる。
アレルギーペダルとの違いは、確実性が薄れる代わりに効果範囲が広い事。
近づいてくるアーンヴァルは、既に射程距離だった。
「―――!! オルフェウス!?」
混乱し始めた平衡感覚では、地上スレスレの低空飛行は自殺行為だ。
やむを得ず高度を上げるが、これを繰り返されていてはフェータに攻撃の機会は無い。
「マスター、どうします!?」
『近付けば音で、遠退けば針で攻撃してくる。おまけにどちらも回避は困難、か………』
そして厄介なのがこの霧。
霧の所為でフェータは敵から離れられない。…距離を得られない。
つまり、敵に対し加速する時間が殆ど得られないのだ。
そこへ下される謎の攻撃。
地面や岩に刺さったものを見れば、おそらくニードルガンの類だと想像も付く。
決してかわせない攻撃ではないが、かわせば速度を更に失う。
そして、さほど早くも無い速度のまま敵に近づけば、先程のようにオルフェウスでの迎撃を許してしまうのだ。
『さて、どうした物かしらね………』
それほどの逆境にあって尚、美空は不敵に微笑んだ。
『レライナ、慎重にね。敵の動きが妙だわ…』
リーナの言うとおり、レライナの前に立つ紅緒の動きは妙だった。
先程から何度もシミュレートした結果として判明している『事実』は二つ。
一つに、紅緒の動きはレライナよりも遅い事。
二つ目は、紅緒にはレライナを吹き飛ばせるほどの腕力は無い事。
だがしかし、先の二度の攻防で起こった『結果』は二つ。
一つは、紅緒はレライナの攻撃を優にかわし、レライナは紅緒の動きに反応できなかった事。
二つ目は、紅緒は確かにレライナを吹き飛ばしたという事だった。
この二つの謎を解かない限り、レライナに勝ち目は無いだろう。
だがしかし、リーナは既に二つ目の謎の方には見当をつけていた。
『要するに、フェータと同じ事をしているんだわ』
「…どういう事じゃ?」
レライナの疑問にリーナは答えた。
『非力なアーンヴァルであるフェータが、あれほどの攻撃力を持つのは、加速力と抜刀の速度を腕力に加えているからだわ』
「だが、マイナは翼も刀も無いぞ? 一体何を加えているというのだ?」
『簡単よ。…体全部』
リーナの言葉にようやくレライナも納得がいった。
レライナにも付与されている格闘用の汎用プログラムには、パンチやキックの基本動作も入力されている。
その動作プログラムは効率の良い動作を保障するものではあるが、あくまでそれらは基本でしかない。
だが仮に、一から格闘動作を学習した神姫がいたとすれば、それは千変万化に応用の利く打撃をもたらせる。
つまり、掌底の接触する瞬間に、つま先、足首、膝、股間、腰、胸、肩、肘、手首に至る全ての関節を全力で打撃力に変化させたのだ。
大地を支えに使い、斜め下から磐石の足場の反発全てを全身の力全て叩き込めれば、重たい甲冑を着込んだサイフォスであっても突き飛ばし、宙を舞わせられるだろう。
「なるほど、状況に対応できる万能のプログラムには真似の出来ない、限定下での打撃と言うわけか」
レライナの言うとおり、マイナの打撃は応用が利かない。
自分から撃っては出られないし、大地に両足を付けなければ、打撃の威力は半分以下になる。
身体に干渉するパーツ(アーマー)は装備できないし、無駄な重量(武装)もあるだけ邪魔になる。
当然、空中や水中でも使用できない使い勝手の悪い打撃だ。
『…つまり、そのお膳立てを整えるのが霧であり、パートナーのカレンな訳よ』
「近接迎撃専門の格闘技か…。相手の呼吸に合わせると言うのは、まるで舞踏だな…」
『…で、問題はそちらの方』
「どうやって我の動きを読んでいるか、じゃな」
言って、レライナは目の前のマイナを睨む。
迎撃専門、という種が割れてしまえば、絶好の間合いを詰めもせずにこちらの動向をうかがうのみと言うのも理解できる。
要するに、マイナには積極的な攻撃の手段が無いのだ。
密着するほどの距離でしか攻撃できないマイナは、自分から攻め込むのではなく、敵の攻撃に対し間合いを調整し最適の距離を確保して攻撃する他無いのだ。
それがつまり、マイナの弱点。
だがしかし、レライナから攻撃しない訳には行かなかった。
「敵に策があると知れば…」
『打ち破って進むのみ!!』
そこに、消極的な待ちの戦法や、相手の弱みを狙う狡猾さは必要無い。
『やりなさい、レライナ!!』
「応っ!!」
そうするに足る力をリーナは与え。
そうするに足る力をレライナは授かった。
ゆえに、レライナは迷わず攻勢に転じた。
「どう思います、島田君?」
戦いを見守る浅葱の声は硬い。
「勝ち目はあると思います?」
「…そうですね、数値的には勝てない相手じゃないですけど…」
「相手の策を何処まで見破れるか、ですわね………」
「リーナは武術とかには疎いだろうし、美空に針と琴の仕掛けに気づけと言うのも無理だと思いますけど………」
「…それじゃあ、勝てないじゃありませんの」
「そうですね」
祐一は苦笑する。
「アドバイスした方が良いんじゃありませんの?」
「どうしてです?」
「…負けちゃいますわよ、あの子達?」
「例えそうだとしても、きっと楽しんではいますよ。だったらそれで良いじゃないですか」
祐一はそう言って笑顔を見せた。
(…温泉旅行がどうとかって考えていた私が、まるで汚れた大人ですわね………)
まあ単に。
熱い戦いに密かに興奮している祐一は、賭けのこと等すっかり忘れ去っているだけだったりするのだが…。
楽しくない戦いに勝利しても意味など無い、と言うのは多分真理なのだろう。
そういう意味では、美空もリーナも、フェータもレライナも。
敵であるマイナとカレンにその主たる晴香も。
この戦いを楽しんではいた。
「正気ですか、マスター!?」
フェータの驚愕を美空は笑い飛ばした。
『じゃあ、他に手はある?』
「…それは………」
だからこその美空の策。
いや、それは策と言うのもおこがましい力任せの強行突破だった。
目視でカレンを捕らえられるギリギリの範囲で旋回を続けながら、攻めあぐねたフェータに美空が下した命令とは…。
『単純よ。速さが足りないのなら、補えばいい。この世界にはちゃんと強い力が満ちているんだから、それを借りるのよ』
「一歩間違えると只の自爆です」
『じゃあ、一歩も間違えずにカレンに勝てる?』
「…………わかりました。やりますよ。………でも…」
『やると決まったらやるのよ!! 行きなさい、フェータ!!』
「…はい!!」
主がそう決めた以上、これ以上の迷いは不要。
フェータは美空の剣として主が定めた敵を斬るのみである。
カレンに向かって加速を開始すると同時に、カレンも前に出る。
「さあ、フェータさん。イタチごっこは終わりです!!」
言って放たれるニードルの束。
かわせば速度を失い、近寄るまでにオルフェウスの発動を許してしまい。当たれば防御力の低いフェータは只ではすまない。
しかし…。
『一撃耐えればそれで充分!! さっきの岩に刺さった針を見れば、一撃の威力はさほど高くないっ!!』
「なら、私でも一撃は耐えられる!!」
そう言って、フェータは無数の針の弾幕に躊躇う事無く突っ込んでいった。
「勝った!!」
カレンはそうほくそ笑む。
実のところ、彼女が狙っていたのは終始“針を当てる”事であった。
威力は低く、真っ当な装甲を纏う相手には、表面を撫でる程度の効果しかないニードルガンだが、“どんな装甲にも刺さる”ように工夫はされていた。
そして、“刺されば充分”なのである。
物体には必ず周波数が存在する。そして、その周波数と同じ周波数の振動を受ければ、物体は共振を始めるのだ。
同じ音叉を二つ用意して、片方を叩き鳴らすと、もう片方も共鳴し勝手に振動を始めて音を出す。
そして、カレンの針は、オルフェウスと共振するように作られている。
つまり…。
「もはや距離の問題は消えました!! この戦闘フィールドの何処へ逃げようとも、私の呪歌から逃れる術はありません!!」
カレンのオルフェウスが発動すれば、大気の振動である音を通じて神姫の身体に刺さった針が、オルフェウスと同じ周波数の音。
即ち、神姫を麻痺させる呪いの歌を奏でるのだ。
複数の弦の振動がもたらす高周波音の効果範囲は限定的なものだ。
しかし、その振動が全て、対象となる神姫のすぐ傍でかき鳴らされるのだとしたら。
「…如何なる神姫も、私の呪歌の前に只ひれ伏すのみ!!」
文字通り、あらゆる動作を阻害された神姫はその場に倒れる他無くなるのだ。
これこそ、カレンが針と琴を武器とする第二の理由。―――呪歌の呪いであった。
「あとは―――」
迫るアーンヴァル。
「―――一撃だけかわせれば…!!」
初撃さえかわしてしまえば、反転したフェータが二の太刀を放つまでに、オルフェウスは充分な効果を発揮する。
それで積みだった。
マイナがこちらの動きを読む術は最後まで判らなかった。
レライナが、知覚しながらも反応できなくなる現象も謎のままだった。
だがしかし、レライナを見て、その行動を予測しているのは確実なのだ。
ならば、解決策は二つに一つ。
レライナを見せないか、レライナが見られても構わない状況を作り出すか…。
「行くぞ!!」
「きなはれ…」
レライナは一歩間合いを詰める。
そして…。
『右!!』
叫んだのはリーナだった。
「…なっ!?」
主の声に従って跳ぶレライナ。
跳躍は右斜め前。
兆候が無かったために反応は遅れ、慌てて目で追うが、それと同時にリーナの第二声が響く!!
『左よ、レライナ!!』
「承知!!」
返す返すもその速度は閃光のそれ。
跳躍のタイミングと方向を事前に知っていなければ、殆どの神姫は反応する事も出来ない速さ。
そして、マイナには事前にそれを知る術は有っても、知らずに反応するだけの反応速度は無かった…。
「…っ!!」
神姫の動きのクセ。
どんな神姫でも、強くなるためには動作を最適化してゆく。
それは効率よく身体を駆動させる事で、擬似的な能力値(パラメーター)のアップにつながるが、逆を返せば最適化されてゆく動作には数種類の極致しかないという意味でもある。
全体的な動作は神姫ごとに千差万別でも、ダッシュならばダッシュで、数種類の動作のみが最速を生み出しうる動作のパターンとして分類されるのだ。
その『機』を見破れれば、神姫が次に起こす行動の大まかな内容は予測が付く。
その予測で得られる情報は僅かではあるが、それほどの極地に至っている神姫との戦いであれば、その僅かな情報が生死を分ける分水線となる。
それを、レライナはマスターの指示をそのまま動作にすると言う方法で消去した。
当然、レライナも事前に自分の行動を認識している訳ではない。
レライナ自身でさえも行き当たりばったりな咄嗟の反応でしかないのだ。
ゆえに、多少その速度は落ちるのだが、元が元だ。
予備動作無しでのダッシュとは言え、簡単に捕らえられるものでは無い。
「…くぅ」
こうなればカンでしかない。
右か、左か。いや、相手は充分にこちらを脅威と認識しているだろう。
ならば…!!
「真後ろ…!!」
振り向いたカレンの動作と…。
『…そこで真後ろ!!』
叫んだリーナの声は全くの同時だった。
「…あかん!!」
振り向くのを中止しなければと思っても、動き始めた身体を止めて逆の動作を起こすには、初動の倍の力か時間を必要とする。
既に動いている身体を止めて、逆に動かすためにはどうしてもその力が必要なのだ。
ゆえに、全力で起こしたアクションは、止められない。
レライナが不可解に思った現象をいま、マイナ自身が追体験していた。
『今よ、レライナ!!』
右、左とジクザグの軌道で跳躍したレライナは、マイナの背後に回り、そこから後ろに向かって跳躍した。
丁度90度傾けた正三角形を描く軌道だ。
当然、位置的にはダッシュの開始前と大差無い場所へと戻って来る事になる。
しかしそこには、レライナが通り過ぎた筈の背後へ振り向こうとしているマイナの姿があった。
「貰ったぁ!!」
レライナは叫び、ようやく振り向きなおし始めたマイナに斬りかかった。
カレンが予想していた斬撃は来なかった。
フェータは直前で急上昇をかけ、霧を吹き払いながら上空へと昇ってゆく。
「…愚かな、只一度のチャンスであったものを!!」
既に呪歌の呪いはかかっているのだ。
どれだけ距離を離そうとも、もはやカレンのオルフェウスからは逃げられない。
「聴きなさい、呪いの魔曲を…!!」
カレンはオルフェウスをかき鳴らし、決定打となる一撃を放った…!!
上空120。
対戦用バトルフィールドの天井ギリギリまで上昇し、翼を立て、全身を使ってエアブレーキをかける。
只でさえ上昇のために重力の影響を受け、鈍っていた加速は天井に付く頃には限りなくゼロに近付いていた。
上下逆になり、天井へ脚部を押し付けるように残った速度を相殺するフェータ。
そして…。
「行きます!!」
天井を蹴り、地面へ向かって真逆さまに落下してゆく。
否!!
アフターバーナーすら吹かし、垂直に繰り出されるパワーダイブ!!
加速度は、重力と推力の全てを100%受けて、見る見るうちに上昇してゆく。
風を切る擦過音と狭まる視界。
上昇する際に吹き散らした霧の中央に、驚愕に目を見開くカレンが居た。
『今よ、フェータ!!』
美空の指示に従い、最近では切りっぱなしの切り札を切るフェータ。
「ウイング除装!!」
巨大なミサイルと化したウイングユニットは、フェータを追い抜き眼下のカレンに迫る。
「そんな!?」
呆然とするイーアネイラ型の眼前に落下した翼は、残りの燃料を変じさせた爆炎を高々と吹き上げた。
『カレン!?』
『…っ』
晴香の驚愕の声と、美空の不安を押し殺した声。
彼女らが目を凝らして見据える爆炎の中、カレンを引き摺ったフェータがその姿を見せた。
「ウチ等の負けどすな」
「完敗でした」
対戦が終わった後、マイナとカレンはそう言いながら現れた。
「おっしゃー温泉ゲット!! よくやったわフェータ」
「いえ、犠牲をいとわないマスターの勝利です」
「…犠牲?」
「…ええ、これでまた、ウイングセットがダメになりましたけど………」
「…あ゛っ」
青ざめる美空。
「…もしかして、そこまで考えていませんでしたか?」
「忘れてた~~~~~~っ!?」
美空の絶叫が響く。
ウイングセット一式の値段は、温泉旅館二泊三日と比して高いのか、安いのか…。
どちらにせよ、丸儲けと言う意図は潰えた。
「まあ、嘆く美空はさて置いて、レライナもお疲れ様。流石は私の神姫だわ」
「当然じゃ。我とリーナが挑んで勝てぬ可能性のあるものなど、アイゼンとフェータとセタ位のものじゃからな」
えっへんと、ふんぞり返るレライナ。
「しかし、ウチの心眼を見抜いたのは驚きましたえ? 予備動作でその先の行動を予測するのは、簡単な事ではおまへんけど、それを見抜くのもまた用意ではあらしまへん」
「いや、見抜いてなかったと思うぞ?」
マイナの絶賛を打ち消す祐一。
「結局、見抜いたというよりも、他の可能性が無くなるまで考え抜いたからの作戦だったんだろ?」
「そうね―――」
頷くリーナ。
「―――レライナの何を見ているのか判らなかったけど、レライナを見てその行動を予測しているとは思ったもの」
ゆえの策。
リーナが行動を指示する事で、レライナ自身にすら自分の行動をあらかじめ把握させない作戦であった。
「…なるほど、随分な力押しでおましたな…。ウチとは役者が違ったようどす………」
「…あのそれでは、最後に私のオルフェウスが効かなかったのは…?」
フェータの急降下からの一撃。
翼を先に着弾させ、その爆風をブレーキにして強引に着地し、目の前のカレンを斬り捨てた一連の動作。
そこに、オルフェウスによる麻痺は見られなかった。
その時点では確かに発動していたにも拘らず………。
「………多分、ドップラー効果じゃないかな?」
「ドップラー効果…?」
祐一の分析に首を傾げるカレン。
「救急車が近付いてくる時と、離れてゆく時とではサイレンの音が違はりますでしょう? それの事おす」
「………オルフェウスの周波数(音)が、フェータさんに届いたときには変わってしまっていた?」
「そうだね。あれだけの速さで近付いてきたフェータには、カレンがかき鳴らした音より高く聞こえてたんだろうね」
「だから、麻痺しなかった…」
呆然と呟くカレン。
「美空も、そこまで考えてた訳じゃないでしょ?」
「………………」
「ああ、今マスターは現実逃避中です。…確かにそこまで考えてはいませんでしたけど………」
「…つまり、私もお姉さまも、力押しで負けたのですね………?」
「…そうなるかな?」
割と残酷な結論だった。
「あの~、結局。私の公演はどうなるんでしょう…?」
「あ、マスターも居たんだっけ?」
アイゼンさん酷いです。
「いました~。最初から居ました~。晴香です。藤堂晴香です~。忘れないで~」
「晴香様、ご覧の通り敗北してしまいましたので公演の方は中止にするしかないかと…」
「それと、ご実家の方に連絡して事情を説明せなあきませんな、主殿?」
「…う゛っ」
「園長先生はんには平謝りする他無いのと違いますのん?」
「ご両親の説得も大変だとは思いますが、晴香様にならきっと、…出来るかもしれません」
自らの神姫にすら、微妙に信頼されて無い晴香であった。
「やっぱりそうなるのね~。うぅ、誰か助けて~」
「おっけ~♪」
「え?」
ふと気づくとすぐ傍に人の影。
「…あの、貴女は?」
「ん~? 世紀末救世主?」
「いや、姉さんだし」
「雅だし」
祐一と浅葱がため息を付いた。
「あんたね、どうやって嗅ぎ付けてきたのよ?」
浅葱が呆れた声を出す。
「…ふっ、知れたこと。可愛い弟の身に起きた出来事なら、お姉ちゃんは何時だって飛んで来る!!」
来て欲しくない時にも来るもんな~。など口には出せない祐一であった。
「さて、晴香ちゃん?」
「は、はい?」
「人形劇させてあげるから、あたしも旅館に招待して」
「…え?」
「後ついでに村上君も」
入り口を指差し雅は言った。
…見ればぐったりしている村上衛。
まあ、何があったのかは想像に難くない。…どうせ雅に無茶言われたに決まっている。
たとえば、街中を80キロでノンストップ疾走する自動車の助手席に載せられたとか………。
「…あの、人形劇、手伝ってくれるのですか!?」
「勿論よ。夏休みを満喫するためなら、いくらでも使っていいわよ?」
「あ、ありがとうございます!!」
感極まった声で感謝する晴香。
しかし、彼女は後にこう語る。
『いえ、まさかあんな事になるとは夢にも思わなくって…』
彼女の実家、季州館(きしゅうかん)において、後々まで語り継がれる凶事の幕開けであった。
―――It is somewhere then.
「なるほど、ようやく見つけたか」
『はっ。マスター』
『オリジナルのコピー。確度は90』
「よくやった。後はこちらで処理する。ヒモだけ付けて戻って来い」
『了解であります』
『帰搭予定は5時間後、以上。…交信終了』
通話は切れた。
「マスター、これで後は幽霊探しだけですわね?」
「ふん。…コピーの方も放置は出来ん。なんとしてもデータの回収だけはしなければならない」
「ユーレイ、キットこぴート、感染者ニ遭エナイ様二出来テル。こぴー探シテかうんたーういるすツクレバ会エルヨ?」
「だといいがね…。どちらにせよコピーの確保が先決だ。センター以外でなら仕掛けられる」
会話の主は女と二人の神姫だった。
「ばとるろいやるジャ無ケレバイインジャナイ?」
「そうだな、対戦の方でもチャンスがあれば仕掛けるさ…。どちらにせよ、最初はお前達がやるといい」
「宜しいんですの? 妹たちが怒りますわよ?」
「オ姉チャン特権。年ノ順二挑ムノガイイヨ」
男に答える神姫はジルダリアとツガル。
どちらも既製品をカスタマイズした違法改造級の神姫だった。
「順番など如何でも良いさ。結果として終わらせられれば其れで良い」
「御意」
「ワカッタヨ」
神姫の答えを聞き届け、女は地下室の扉を開けた。
外の光が差し込み、始めて女の相貌があらわになる。
背の高い女の怜悧な相貌の中、一際目を引くのは黒い眼帯。
「…まあ、コピーは欠陥品だからな。お前たちでは相手にもなるまいが………、その時が来たのなら、思う存分遊ぶといい…」
言って、眼帯の女は地下室を出る。
残された神姫たちはクレイドルの上で静かに眼を閉じる。
彼女らが威を振るうときがすぐそこまで迫っていた。
[[第十話:海だ山だ温泉だ(前日)]]につづく
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難産でした。
一言では言い表せないぐらいの難産でした。
おまけに長いです。(文章量は今までで最長。一話と二話足したのより長い………)
以下、長い言い訳アンド楽屋ネタ。
今回の縛りは2対2の戦い。
個別に一対一をやるだけでは2対2の意味無いし、4人の神姫が入り乱れると書ききれない(←実力不足)。
そこで前半乱戦、後半一対一と言う苦し紛れの構成…。
ちなみにこれ、書き直し4回目のプロットだったりします。
原因は。
①フェータ、レライナ共に攻撃手段が乏しく変化がつけ辛い(←そういう風にデザインしたのはALCです)。
(フェータが毎回ウイング切り離しを使っているのも、抜刀の他に攻撃手段はそれしかないからですし…)
②カレンとマイナの能力差(←だから、そういう風にデザインしたのはALCです)。
マイナは当初関節技(関節破壊=フレーム破壊なので、ALCの設定上リタイアにならない理由を思いつけなかった…のでボツ)と全身の力を一極集中させる打撃を武器にする神姫でした。
しかし、カレンは………。
作中でも使用している、針と竪琴によるコンボに加え、ツイントライデントとグラーブスアイビーを利用した、鞭で槍を振り回すという謎攻撃。
更にオケアノス(魚型支援ユニット:当初は霧もコイツの仕業にする予定だった)を利用したVLS(垂直発射ミサイル)攻撃と芸が多彩。
全部書いているとマイナの技のレパートリーが持ちませんでした………。
なにせ、新しい技を出す度にその説明をしなきゃならないし………。
いや、設定上、『一芸特化型の強い姉(マイナ)の脚を引っ張らない用に、色々と武器と技を満載した多芸な妹(カレン)』という予定がこの結果を生んだ訳です………。
③更に、武装神姫である以上マスターとの会話から勝機を見出す描写を加えたくて悪戦苦闘。
リーナはともかく、美空が敵の仕掛けを読み解くのは不自然ですし………。
その結果がコレですね…。
長くてブツ切りになった話が交錯するわかり辛い読み物の出来上がりです………。
次からしばらく(2、3話?)バトルはお休みでただ遊びまわる主と神姫を書きたいものです。
でも、ついに敵となるマスターとその神姫が(少しだけ)登場しましたし、密かに動いている〇と〇〇の目的も明かさねばなりません。
コピーとか、幽霊とか、謎のセリフも出てきました。
それでも一応、次の話は劇終了後の夏休みの話になります。
(劇の内容の方は番外編で思う存分いぢるとしましょう)
次はもうちょっと考えてプロット組もうと考えた、ALCでした。
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