「CL:第十七話 憧憬」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「CL:第十七話 憧憬」(2008/05/03 (土) 18:35:43) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
[[前へ>CL:第十六話 共鳴]] [[先頭ページへ>Mighty Magic]] [[次へ>]]
**第十七話 憧憬
『クエンティン、よろしいですか』
「えっ?」
シャフト内を降下するクエンティン。罠や待ち伏せがないか索敵しつつ降りるため、速度が出せない。目的地に着くまでには七分少々かかる。デルフィには動きはない。まるで到着するのを待っているようだった。そして、依然としてノウマンの反応も変わらない。
緊張を保ったままのときに、久々にエイダから呼びかけられたので、クエンティンはびっくりした。
こばむ理由はなかった。エイダとおしゃべりができることもあり、嬉しくもあった。
「なあに?」
『夢卵理音様のことをお伺いしたいのです』
「お姉さまのこと? いいわよ」
『大変失礼なことも訊いてしまうかもしれません』
「かまわないわよ。なんでも言っちゃう」
数秒の間。
『まずは、理音様のお名前です』
「ん? うん」
『ギヴンネームはともかく、ファミリーネームの“夢卵”は、日本の苗字としては非常に珍しいもののように思えます』
「そうねえ。あたしも最初は変だなと思ったんだけど。あれね、自分でつけたのよ」
『――、差し支えなければ、理由をお話できますか』
「親子の縁を切ったの。どうして切ったのかは、さすがにあたしも分かんない。で、自分の籍を新しく作って、新しい苗字を考えたのよ。でも、戸籍法が変わったとはいえ、その辺にある苗字はなかなか認められないらしくって。で、考えたのが、“夢”の“卵”と書いてユメウ、ってわけ」
『夢の卵、理の音、ですね』
「どう思う?」
『とても……、奇抜なお名前です』
「そうよねえ。神姫のあたしたちでもそう思うんだから、他の人間が聞いたら、きっとすごく驚いちゃうわよね。で、そんな名前を生かせる職業に就こうとして、イラストレーターになったらしいんだけど」
『たいへん苦労されたのではないですか』
「かもね。でも、そういうことはぜんぜん話してくれないのよ。隠してる、ってわけじゃないんだけど。なんというか、もう良い思い出みたいになっちゃってて、訊いてもしょうがない、みたいな」
『――』
「あとは何かある?」
沈黙。HUD上に移動先のインジケータが常に表示されており、それがメインシャフト脇のダクトを指す。シャフトの先は接続部であり、虹彩状のシャッターが完全に閉じられている。数センチの隙間も無い。これでは神姫でも通れない。
完全に自分ひとりだけを通す気だ、と、クエンティンは確信した。援護も邪魔者も入らない。二人だけの決着。誰と? デルフィとだ。
しかしノウマンの反応は依然、ある。デルフィの側にぴったりついて離れない。ノウマンの死亡はブラフだったのかもしれない。身代わりを使った偽装である可能性は高い。影武者を持っていることくらいおおいに考えられる。死んだやつが本人か偽者かは調べれば分かるが、おそらく作戦が終わるまでには間に合わない。
結局は自分が確認せねばならないわけだ。
エイダを作った男だ。エイダのセンサーを騙すこともできるだろう。
神姫一体がようやく通れるほどのダクトを進む。明らかに神姫が通るためのもので、造反組による接収に伴って改装された折に増設されたものだということが分かる。しかし戦闘による衝撃からか、所々水漏れを起こしている箇所があった。戦闘のための要塞として作られたのであれば、かなり粗末な設計だ。
一部水没しかかっている場所をくぐり抜けていると、エイダが会話を再開した。
『オーナーとの生活を』
「えっ」
『理音様との生活がどのようなものか、お聞かせください』
「お姉さまとの生活? ……うーん、難しいな」
『難しい?』
「うん。ずっと一緒にいるし、それが当たり前になっちゃってるから。あらためて訊かれると、わかんないな」
『そういうものですか』
「他の神姫はどうだか知らないけど、だいたいそうじゃない? しいて感想を言うなら……」
――。
「楽しい、かな?」
『楽しい――』
「そう。少なくとも、嫌だとか辛いとか、ネガティブな感情は起こらない。あたしは、ね」
『楽しい……』
エイダは何度も反復する。
楽しい――、楽しい――。
『それは、幸せということですか』
「んー、かもね」
『それでは私は、幸せを感じたことがない』
「えっ?」
刺さるような言葉だった。クエンティンは思わず立ち止まる。
エイダが発するような科白ではない。
――エイダにはオーナーがいない。
それを今さら思い出す。
「あっ、ご、ごめんエイダ。ちょっと無神経すぎた」
『いいんです。私にはオーナーがいない。それは事実です。謝るべきなのは私です。私が巻き込まなければ、こんなことには』
「それは過ぎたことでしょ。まあ色々あったけど、あたしもお姉さまもともかく不思議と無事だったし。
むしろ出会えてよかった、って感じかな。いろいろ考えられたしね」
『クエンティン……』
「言えるときに言っとく。ありがとね、エイダ」
すると、クエンティンは自分の中が熱くなるのを感じた。
それはエイダの感情であるとすぐに分かった。
エイダは感情を獲得したのだろうか? クエンティンはふと思う。
そう思うということは、出会った当初のエイダは感情がなかったということだろうか。少なくとも、自分自身はそう思っていたということか。
いや、最初に出会ったとき、彼女は、エイダは、こう言ったのだ。
「ごめんなさい、お身体をお借りします」
謝罪した。少なくとも謝罪すべきという気持ちはあった。だから感情が無いとはいえない。
ではなぜ?
自分がオーナーを持っているからか?
おそらく感情と呼ばれるものそのものの種類が違うのだ。
自分はオーナーを持っているゆえの感情しか知らないが、エイダはオーナーがいない感情しか、ない。そしてこの短期間で多くの、オーナーを持つ神姫とのコミュニケーションを見て、聞いて、体験してきた。
その中でエイダは、自らの感情と自分達との感情のせめぎあいを実感した。
逸れこそが他とのコミュニケーションだ。神姫はふつう、起動された瞬間からオーナーとのコミュニケーションを持つ。感情同士がせめぎあうのは大事なことだ。他存在と干渉しあうことで、初めて自己は生きるといってもいいかもしれない。
たとえ自分自身のそれがただのコンピュータ・プログラムだとしても、構造が似ていれば、干渉できる。神姫において、コンピュータはついに人間と同等の立場に立って干渉しあうことが可能になった。
だから神姫は、
生きているのだ。
しかし、生まれて最初にエイダが感じたのは……。
『もうひとつ、謝らなければならないことがあります』
「なあに?」
『いえ、これは謝ってすむ問題ではありません。クエンティン。私は、最大の過ちを犯してしまった』
「どうしたのよ、いきなり深刻になって」
ちりちり。
何かが頭の片隅で引っかかる。
エイダにはオーナーがいない。
エイダとデルフィは同等の存在。
では、デルフィにだけオーナーがいるということはありえない。デルフィのオーナーはノウマンだというが、それはブラフかもしれない。
ちりちり。論理矛盾。何処の論理が破綻しているのかは知らないが、論理矛盾が折り重なっているように感じる。負荷が強い。頭が痛い。
負荷が、交錯する――
『クエンティン、私は』
「いいのよ、エイダ。話して、なにがあったの?」
ずきずきと痛む頭をこらえて、つとめて正常に、受け答える。
『私は――』
頭痛がどんどん酷くなっていく。負荷が強まっている。論理矛盾が後ろに追いやられる。それとは別の負荷があり、……この負荷はなんだ。
『私は――』
ちりちりちりちりちりちり。
ぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢ。
頭が痛い。意識が、朦朧とする。
もう、動けない。
『私たちは、アーマーンを起動させてしまった』
ぱん!
破裂。頭が真っ白になる。プログラムの開放。頭痛が快感に変わる。ドラッグ的。薬物を摂取したことは無いが、たぶん、要らないデータを脳内から消去した時、同じような快感を覚えたことがある。
...***************/
....../
......reboot
「は」
気がつくとダクトの縁で倒れこんでいた。
体を起こす。体が軽い。
『ゼロシフトプログラム因子の解析完了。着床完了。デバイスフルオープン。ゼロシフト使用可能』
事務的にエイダは言った。
気を失う前に、再起動する前に、エイダはなんて言ったか。
アーマーンを起動させた?
「……教えて、くわしく。何があったか。全部」
つづく
[[前へ>CL:第十六話 共鳴]] [[先頭ページへ>Mighty Magic]] [[次へ>]]
----
[[前へ>CL:第十六話 共鳴]] [[先頭ページへ>Mighty Magic]] [[次へ>CL:第十八話 教育期間]]
**第十七話 憧憬
『クエンティン、よろしいですか』
「えっ?」
シャフト内を降下するクエンティン。罠や待ち伏せがないか索敵しつつ降りるため、速度が出せない。目的地に着くまでには七分少々かかる。デルフィには動きはない。まるで到着するのを待っているようだった。そして、依然としてノウマンの反応も変わらない。
緊張を保ったままのときに、久々にエイダから呼びかけられたので、クエンティンはびっくりした。
こばむ理由はなかった。エイダとおしゃべりができることもあり、嬉しくもあった。
「なあに?」
『夢卵理音様のことをお伺いしたいのです』
「お姉さまのこと? いいわよ」
『大変失礼なことも訊いてしまうかもしれません』
「かまわないわよ。なんでも言っちゃう」
数秒の間。
『まずは、理音様のお名前です』
「ん? うん」
『ギヴンネームはともかく、ファミリーネームの“夢卵”は、日本の苗字としては非常に珍しいもののように思えます』
「そうねえ。あたしも最初は変だなと思ったんだけど。あれね、自分でつけたのよ」
『――、差し支えなければ、理由をお話できますか』
「親子の縁を切ったの。どうして切ったのかは、さすがにあたしも分かんない。で、自分の籍を新しく作って、新しい苗字を考えたのよ。でも、戸籍法が変わったとはいえ、その辺にある苗字はなかなか認められないらしくって。で、考えたのが、“夢”の“卵”と書いてユメウ、ってわけ」
『夢の卵、理の音、ですね』
「どう思う?」
『とても……、奇抜なお名前です』
「そうよねえ。神姫のあたしたちでもそう思うんだから、他の人間が聞いたら、きっとすごく驚いちゃうわよね。で、そんな名前を生かせる職業に就こうとして、イラストレーターになったらしいんだけど」
『たいへん苦労されたのではないですか』
「かもね。でも、そういうことはぜんぜん話してくれないのよ。隠してる、ってわけじゃないんだけど。なんというか、もう良い思い出みたいになっちゃってて、訊いてもしょうがない、みたいな」
『――』
「あとは何かある?」
沈黙。HUD上に移動先のインジケータが常に表示されており、それがメインシャフト脇のダクトを指す。シャフトの先は接続部であり、虹彩状のシャッターが完全に閉じられている。数センチの隙間も無い。これでは神姫でも通れない。
完全に自分ひとりだけを通す気だ、と、クエンティンは確信した。援護も邪魔者も入らない。二人だけの決着。誰と? デルフィとだ。
しかしノウマンの反応は依然、ある。デルフィの側にぴったりついて離れない。ノウマンの死亡はブラフだったのかもしれない。身代わりを使った偽装である可能性は高い。影武者を持っていることくらいおおいに考えられる。死んだやつが本人か偽者かは調べれば分かるが、おそらく作戦が終わるまでには間に合わない。
結局は自分が確認せねばならないわけだ。
エイダを作った男だ。エイダのセンサーを騙すこともできるだろう。
神姫一体がようやく通れるほどのダクトを進む。明らかに神姫が通るためのもので、造反組による接収に伴って改装された折に増設されたものだということが分かる。しかし戦闘による衝撃からか、所々水漏れを起こしている箇所があった。戦闘のための要塞として作られたのであれば、かなり粗末な設計だ。
一部水没しかかっている場所をくぐり抜けていると、エイダが会話を再開した。
『オーナーとの生活を』
「えっ」
『理音様との生活がどのようなものか、お聞かせください』
「お姉さまとの生活? ……うーん、難しいな」
『難しい?』
「うん。ずっと一緒にいるし、それが当たり前になっちゃってるから。あらためて訊かれると、わかんないな」
『そういうものですか』
「他の神姫はどうだか知らないけど、だいたいそうじゃない? しいて感想を言うなら……」
――。
「楽しい、かな?」
『楽しい――』
「そう。少なくとも、嫌だとか辛いとか、ネガティブな感情は起こらない。あたしは、ね」
『楽しい……』
エイダは何度も反復する。
楽しい――、楽しい――。
『それは、幸せということですか』
「んー、かもね」
『それでは私は、幸せを感じたことがない』
「えっ?」
刺さるような言葉だった。クエンティンは思わず立ち止まる。
エイダが発するような科白ではない。
――エイダにはオーナーがいない。
それを今さら思い出す。
「あっ、ご、ごめんエイダ。ちょっと無神経すぎた」
『いいんです。私にはオーナーがいない。それは事実です。謝るべきなのは私です。私が巻き込まなければ、こんなことには』
「それは過ぎたことでしょ。まあ色々あったけど、あたしもお姉さまもともかく不思議と無事だったし。
むしろ出会えてよかった、って感じかな。いろいろ考えられたしね」
『クエンティン……』
「言えるときに言っとく。ありがとね、エイダ」
すると、クエンティンは自分の中が熱くなるのを感じた。
それはエイダの感情であるとすぐに分かった。
エイダは感情を獲得したのだろうか? クエンティンはふと思う。
そう思うということは、出会った当初のエイダは感情がなかったということだろうか。少なくとも、自分自身はそう思っていたということか。
いや、最初に出会ったとき、彼女は、エイダは、こう言ったのだ。
「ごめんなさい、お身体をお借りします」
謝罪した。少なくとも謝罪すべきという気持ちはあった。だから感情が無いとはいえない。
ではなぜ?
自分がオーナーを持っているからか?
おそらく感情と呼ばれるものそのものの種類が違うのだ。
自分はオーナーを持っているゆえの感情しか知らないが、エイダはオーナーがいない感情しか、ない。そしてこの短期間で多くの、オーナーを持つ神姫とのコミュニケーションを見て、聞いて、体験してきた。
その中でエイダは、自らの感情と自分達との感情のせめぎあいを実感した。
逸れこそが他とのコミュニケーションだ。神姫はふつう、起動された瞬間からオーナーとのコミュニケーションを持つ。感情同士がせめぎあうのは大事なことだ。他存在と干渉しあうことで、初めて自己は生きるといってもいいかもしれない。
たとえ自分自身のそれがただのコンピュータ・プログラムだとしても、構造が似ていれば、干渉できる。神姫において、コンピュータはついに人間と同等の立場に立って干渉しあうことが可能になった。
だから神姫は、
生きているのだ。
しかし、生まれて最初にエイダが感じたのは……。
『もうひとつ、謝らなければならないことがあります』
「なあに?」
『いえ、これは謝ってすむ問題ではありません。クエンティン。私は、最大の過ちを犯してしまった』
「どうしたのよ、いきなり深刻になって」
ちりちり。
何かが頭の片隅で引っかかる。
エイダにはオーナーがいない。
エイダとデルフィは同等の存在。
では、デルフィにだけオーナーがいるということはありえない。デルフィのオーナーはノウマンだというが、それはブラフかもしれない。
ちりちり。論理矛盾。何処の論理が破綻しているのかは知らないが、論理矛盾が折り重なっているように感じる。負荷が強い。頭が痛い。
負荷が、交錯する――
『クエンティン、私は』
「いいのよ、エイダ。話して、なにがあったの?」
ずきずきと痛む頭をこらえて、つとめて正常に、受け答える。
『私は――』
頭痛がどんどん酷くなっていく。負荷が強まっている。論理矛盾が後ろに追いやられる。それとは別の負荷があり、……この負荷はなんだ。
『私は――』
ちりちりちりちりちりちり。
ぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢ。
頭が痛い。意識が、朦朧とする。
もう、動けない。
『私たちは、アーマーンを起動させてしまった』
ぱん!
破裂。頭が真っ白になる。プログラムの開放。頭痛が快感に変わる。ドラッグ的。薬物を摂取したことは無いが、たぶん、要らないデータを脳内から消去した時、同じような快感を覚えたことがある。
...***************/
....../
......reboot
「は」
気がつくとダクトの縁で倒れこんでいた。
体を起こす。体が軽い。
『ゼロシフトプログラム因子の解析完了。着床完了。デバイスフルオープン。ゼロシフト使用可能』
事務的にエイダは言った。
気を失う前に、再起動する前に、エイダはなんて言ったか。
アーマーンを起動させた?
「……教えて、くわしく。何があったか。全部」
つづく
[[前へ>CL:第十六話 共鳴]] [[先頭ページへ>Mighty Magic]] [[次へ>CL:第十八話 教育期間]]
----
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: