「第七話:デルタ1」(2007/09/24 (月) 16:22:19) の最新版変更点
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*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第七話:デルタ1
「君、島田祐一くんだろ?」
いつも通り、美空、リーナと共に神姫センターに居た祐一は突然見知らぬ男に声をかけられた。
「…誰ですか?」
祐一が見上げる男は、眼鏡をかけた柔和な笑顔で、手にしたケースは神姫装備の運搬用。
「失礼、僕の名は村上衛。君がここら辺で一番強いアイゼンって神姫のオーナーだと聞いてね。挑戦したいな、って思ったんだけど……」
祐一は眉をひそめる。
神姫バトルのバトルロイヤルは、勝者となった神姫の名以外は公表されない。
だから、アイゼンが強いという噂が流れる事はあっても、そのオーナーが祐一であるという噂が流れるとは考えにくい。
「……何処で俺の名を聞いたんです?」
「申し訳ないが口止めされていてね、言ってはいけない事になっているんだよ」
「………口止めって、誰に?」
「ははは、秘密だよ」
乾いた声で笑う村上。
それを見て、なんとなく脳裏に来るものがあった。
「…お互い大変ですね。ウチの姉さんは容赦ないから」
「まったくです」
祐一のカマかけにうんうんと頷く村上。
…アホである。
これで判明した。姉さん、こと、下手人の名は島田雅。紛う事なき祐一の実姉である。
…と言うか、彼の周りで起きる厄介事はほぼ全てが姉絡みなので、今更と言えば今更である。
「……って事はあんた、姉さんの回し者か?」
「え、いや、あはは。どうだろうね?」
どうにもこの村上と言う男、自分の失言に気付いていない。
「…分かりました。対戦しましょう」
「―――え!? いいの、祐一?」
この失礼とも言える申し出を、受ける筈も無いと思っていた美空は軽く驚愕する。
「姉さんの回し者なら、何をやっても無駄だよ。どうせ戦う事になるなら早く終らせるに限る」
逆らっても無駄。島田雅を相手にする時の鉄則は、十五年以上一緒に暮らしていれば嫌でも身に付く。
「…で、対戦台で良いんですか?」
「そうしてくれるとありがたいね。もちろん費用はこちらで出すよ」
「助かります。今月はもうお金が無い」
今月はアイゼンの装備一式が三回も破損し、メーカー送りになっている。
特に、フェータと戦ったときの装備は、どれもこれも修復不能のレベルまで破損していたため、祐一の資金は既に底を尽く寸前であった。
「んとに壊し屋だよな、フェータって」
「申し訳ありません、祐一様……」
しゅん、と項垂れる美空の神姫フェータ。
一見すると清純そうな、ごく普通の天使型の彼女だが、その実居合いで何でも真っ二つにする恐怖のアーンヴァルだったりする。
「それじゃあ、市街戦のステージで良いかね? 先に行って待っているよ……」
「そう言えば村上さん。まだそちらの神姫の名を聞いてませんけど?」
祐一に呼び止められた村上は、一瞬表情を無くす。
「あ、ああ。僕の神姫はね。デルタ1って言うんだよ」
村上はそう言って対戦台の反対側に消えた。
「でるた・わん、……ねぇ。変な名前……」
「で、ユーイチ。勝ち目はあるの?」
苦笑する美空とは対照的にリーナは表情を硬くしている。
ちなみに日本語はずいぶん上手くなった。さすが天才児。
「勝ち目なんて、そんなの分からないよ。俺、まだ相手の神姫も見ていないんだから」
「パワーアーム、使えない。今ある装備は、フェータと戦ったときの砲戦装備……?」
祐一の肩にしがみ付いたままのアイゼンが言うとおり、修理中のパワーアーム一式は使えない。
先日、他ならぬリーナの神姫、レライナに破壊されたばかりだ。
つまり、今手元にあるのは買い直した砲戦装備一式のみ。
なお、破壊した張本人であるレライナと言えば、今もリーナのバスケットの中でお昼寝中だったりする。
実によく寝る子であった。
「仕方ない、それで行こう。今回は弾道計算のプログラムもインストール済みだし、真っ当な砲撃戦で戦える。フェータやレライナみたいのが相手で無い限り何とかできるだろう」
祐一はそう言って対戦台に歩を進めた。
『それじゃあ、始めようか。向こうの手の内が分からないから、油断はしないでね、アイゼン』
「ん、了解…」
コンピュータの告げる戦闘開始の合図。
アイゼンは換装した機械脚で大地を踏みしめ、戦場へ飛び出した。
「まずは索敵」
ストラーフの特徴の一つに、頭部にもハードポイントがあることが挙げられる。
アイゼンは平時にはアクセサリーパーツとしてツインテールをつけているが、今回は未知の敵との対戦ということで、索敵/砲撃用のセンサーとして角型の小型アンテナを取り付け、自身の性能を補強していた。
市販のパーツを、ストラーフのスパイクアーマーに押し込んだだけの簡単なものだが、数種類の複合センサーを持つ優れものだ。
敵の姿と動作を早期に発見することで、かなりのアドバンテージを得られるはずだ。
「……熱源探知。マスター、目標発見!!」
マルチセンサーの機能の一つである熱源探知に、早くもデルタが引っかかる。
ビルの影に潜んで、待ち伏せをするつもりだろうがそうは行かない。
「砲撃開始……!!」
アイゼンが背負ったフォートブラッグのバックパックから、砲撃補助用の機械脚を展開し砲撃体勢。
間髪居れずに、敵の居る場所に砲弾を連続で撃ち込んでゆく。
「やった?」
一通り砲弾を撃ち込むと、状況確認のために砲撃を中止。
センサーを全開にして敵に与えた損害を図る。
『これで倒れるとは思えないけど……』
「……!!」
その瞬間、アイゼンはとっさに身を捻ってビルの陰に逃げ込む。
『何!?』
アイゼンの立っていた場所に連続で着弾。
攻撃位置はビルの屋上。
「何時の間に!?」
砲撃から身をかわしてすぐに移動したとしても、まるで方向の違うビルの屋上へ登るには時間が足りなすぎる。
「アーンヴァルかツガル。エウクランテの可能性もある?」
アイゼンが出した名は高速飛行を得意とする神姫の名。
これらの機種なら、飛行して直接ビルの屋上に着地できるため、今の攻撃を説明できる。
しかし。
『それは無いな。もしそうなら、センサーに反応しない訳が無い』
会話をしながらもアイゼンは弾道計算を終了。
再度砲撃体勢を取って、斜め上に砲撃。
曲線を描いた砲弾が、攻撃者の潜むビルの屋上を粉砕する。
「────!!」
ビルの隙間から見えたのは、素早く飛び退く神姫の影。
シェルエットから判断すれば、人型から大きく外れるものではない。
どうやら、アーンヴァルやツガル、エウクランテと言った機影に特徴が出る装備では無いようだ。
『予め屋上に武器だけを置いて、リモコンか何かで操作したのかな? って思ったけど、それも無いみたいだね』
最初も次も、敵は確かに移動して砲撃をかわしている。
デコイの類ではない。
「────っ!?」
それは偶然、アイゼンの視界の隅で影が動いたから出来た反応。
真後ろからの機銃掃射を横に跳んで回避する。
『ちょと待て、今の後から!?』
「駆動音からヴァッフェバニーのミニガンと推測。攻撃地点は真後ろの路地!!」
『そんな馬鹿な、今のはアーンヴァルで直線移動してもギリギリのタイミングだろ!? それ以外の装備で如何にかなる訳が無い!!』
「ウイングを外しており、移動の際に装着したというのは?」
『装着にかかる時間がある。神姫一人で装着するとなれば歩いたほうが早い』
「とにかく、この場の移動を提案……」
『ああ、わかった』
アイゼンはビルの角を曲がり、見通しの悪い路地へ侵入する。
「敵の攻撃は二回とも、不意打ちじみたもの。攻撃できる場所を制限して索敵を集中すれば……、────!?」
アイゼンが足元に違和感を感じた瞬間。
────爆発が起こった。
『アイゼンっ!!』
左方至近距離で爆発。
ダメージ大。
バランサーに障害発生。回復まで15秒。
頭部追加センサー破損。機能喪失。
左脚部破損、機能22%低下。
左腕部、損傷軽微。
左滑空砲破損、使用不能。
『アイゼン、しっかりしろ!! 大丈夫か!?』
「マスター?」
祐一の声に意識を取り戻すアイゼン。
「私、どうして……?」
『いいからその場を移動しろ。来た方に戻るんだ!!』
「────!!」
祐一の指示は明確なもの、故にアイゼンが戸惑う必要は無い。
幸い位置特定機能に障害は無い。
敵の攻撃を受けた地点に戻る危険は感じながらも、アイゼンはもと来た道を引き返す。
『大丈夫か、アイゼン』
「被弾したようです。ダメージの確認を…」
『頭部の追加センサーと左の砲を失った。脚と腕にもダメージが来てるが戦闘不能では無い』
アイゼンの自己診断と一致する。
中枢部の損傷は無いようだ。
「自己診断と一致。戦闘続行?」
『…頼む』
「ん」
アイゼンは大通りを横切りフィールドの端を目指す。
途中でビルの上から射撃。
幸いにして被弾は無い。
「さっきの、何?」
『ブービートラップだと思う。直前の画像にワイヤーが映ってた』
祐一が解析したアイゼンの視覚情報には、爆薬とその起爆装置に繋がったワイヤーらしき物が映っていた。
恐らく、ワイヤーを脚に引っ掛けるなどして引っ張ると、爆薬が起爆するという物だろう。
頑丈なフォートブラッグのアーマーと脚部でなければ、あれで終っていたかもしれない。
「罠なんて、いつ?」
『分からない。少なくともそんな時間は与えてなかった筈だが……』
またもや発砲。
今度は前方の路地から。
「……くっ!!」
ビルに身を寄せ、アイゼンはアサルトライフルで応戦。
ガトリングガンを有し、アサルトライフルとの打ち合いならば分がある筈のデルタは、あっさりとビルの陰に引っ込んだ。
「ぜんぜん近付いてこない。これじゃ向こうだって致命弾は出せない筈なのに……」
『……どうやら、長期戦狙いらしいな。ここに居ても仕方ない。アイゼン、移動しろ』
「―――? ………ん、わかった」
わざわざ敵の射線に身を晒せ、という意味の指示に戸惑うが、アイゼンはビルの傍を離れた。
その瞬間、アイゼンの背後、すぐ傍の地面に着弾。
攻撃地点は。
『何っ!?』
「ビルの屋上!?」
今度こそ有り得ない。
デルタは、アイゼンが隠れていたビルの屋上から攻撃をしてきたのだ。
「────っ!!」
疑問も困惑も後回し。
とにかく応戦しながら距離を取る。
状況が分からない時に、その打破を試みても手玉に取られるだけだ。
アイゼンにとっての最善手は逃げる事のみである。
ビルの傍を離れ、隣のビルの路地に入り込む。
『アイゼン、足元っ!!』
「―――っ!?」
目立たないように仕掛けられていたワイヤートラップ。
二度も同じミスは犯さないとは言え、このトラップこそ仕掛ける時間は無かった筈だ。
何しろここは接敵前に一度通った場所。
つまり、接敵後の戦闘中に仕掛けたと言うことになるのだが、それほど長い間敵を見失っていた事こそは、断じて無い。
『まったく、どういう事だ、これ? 何かトリックがあるぞ……?』
「トリック?」
『うん、如何考えてもこんな事は出来ないって事ばかりだろ? まさか時間を止めてるとか言う訳でもないだろうし』
「なら、どうして……?」
『分からない。けどこうなったら、こっちから逆に嵌めてやるまでだ』
「ん」
アイゼンは頷き、手の中のものを見る。
『とりあえず、もうしばらくは踊らされてよう、反撃はその後だ』
「わかった」
「デルタ、状況は?」
『トラップの設置は一通り完了したです。現在までに一個起爆。デルタが見た限りではダメージは残念ながら軽微なのですけど、砲を一門奪い攻撃力を減じさせましたです』
村上の前のディスプレイに表示される各種データ。
「ふむ、想像以上に手強いですね。マヤアの時には数分でケリが付いたのですが……」
『マヤアちゃんより頭が良いみたいなのです。性能よりも戦術で戦うタイプなので、デルタも苦戦は必至なのです』
「分かりました。危険を犯さず遠巻きに仕留めなさい」
『………………』
しかし、村上の指示にデルタは困ったような溜め息を洩らす。
「如何しました。デルタ?」
『マスター。もう充分では無いのですか? マヤアちゃんの時とは違うのです。デルタの戦い方は普通の神姫相手では卑怯なのですよ?』
「そうですね。もちろん私も彼ならば充分だと思いますよ」
『それなら……』
「ですが、ここまでやれているんです。私は、彼が何処までデルタに対抗できるか見てみたい」
『いつも怨まれるのはデルタなのです。卑怯者呼ばわりはもう充分なのですよ』
恨み言を洩らし、上目遣いに睨んでくるデルタに村上は笑顔で答える。
「ははは、確かに現在のルールからすれば反則スレスレですね」
『ど真ん中で反則だと思うです』
「ですが、デルタは素晴らしいシステムなのですよ? 胸を張れとは言いませんが、卑屈になる必要も有りません」
村上の言葉が正しいのはデルタにも分かる。
そして、彼がこの戦いを途中で止めるつもりが無い、と言うのも分かってしまった。
『こういうズルイ戦い方はこれっきりにしてほしいのです……』
「そうなる様に、社長にお願いしてみたら如何ですか?」
『社長、時々恐いのです。この前もデルタは誘拐されそうになったですよ?』
「諦めなさい。あの人に逆らっても無駄です。浅葱さんより性質が悪い」
『ううう、最近のデルタは踏んだり蹴ったりなのですよ。────って! アイゼンさん、こっちに来たです』
「対応なさい、デルタ」
『分かりましたです!!』
逃げて来た先で更に発砲。
アイゼンがアサルトライフルの連射で応じ、デルタは迷わず逃走する。
『逃げてる敵に追い詰められている、って言うのもおかしな話だけど、だんだん仕掛けが分かって来たぞ』
「…ホント?」
『ああ、とりあえずは作戦通りで大丈夫。量も集まったし、次のポイントで仕掛けよう』
「ん」
そう言ってアイゼンは路地を通って“ポイント”を探し当てた。
罠には罠を。
それが祐一の作戦だった。
アイゼンは手早くデルタの仕掛けた罠を“仕掛けなおし”、周囲に罠を張る。
『よし、後は逃げるだけだ……』
センサーが破損しており、状況の確認は限定された範囲でしか出来ないが、祐一は確実にデルタが追って来ていると確信しているようだ。
しかし、行く手を阻むようにデルタが現れ、遠距離からガトリングガンを撃ち込んで来た。
「やはり敵は前方に……!!」
『構うな、応射しろ!!』
「────!!」
命令通りに発砲。
撃ち合う気は欠片も無いのか、デルタはまたもや物陰に引っ込んだ。
「マスター、残弾が10%を切りました。このままでは────」
アイゼンがそう言った時、遙か背後で爆発が起きた!!
『アイゼン!! 引き返せ、敵が罠にかかった!!』
「────!?」
アイゼンには状況が飲み込めない。
敵は今、前方に居た筈だ。
幾らなんでも遠すぎる。
しかし、アイゼンは即座に走り出す。
祐一の指示が常に的確である事を知っているからだ。
しかし、次の指示には流石のアイゼンも困惑を隠せない。
『アイゼン、ここにもう一回罠』
「え? しかし?」
まだ罠にかかった敵を確認していないとは言え、敵が後方に移動しているのは確かなのだ。
それなのに、ここに罠を張って何がかかると言うのだろうか?
『急いで、簡単で良いんだ。時間をかけたら罠にかかった敵に逃げられる』
「はい」
その一言で、アイゼンにも何となくデルタの使っているトリックが分かった。
曲がり角に手早く罠を仕掛け、爆発地点に向う。
『居たぞ!! まだ逃げてない!! トドメを!!』
「はいっ!!」
路地の向こうで蹲るデルタ。
アイゼンは砲撃体勢を取って滑空砲を発射。彼女の居た場所を吹き飛ばした。
流石に回避は出来ないだろう。
もちろん、最強クラスの攻撃力を有するフォートブラッグの滑空砲だ。
直撃を受けて耐えると言うのもそうそう考えられない。
しかし。
アイゼンの背後で二度目の爆発!!
先ほどの不可解な指示で仕掛けた罠に何かがかかった。
急いで爆発地点に急行するアイゼン。
そして、そこで再びデルタの姿を見る。
『……やっぱり神姫じゃない、か……』
祐一が呟くとおり、それは神姫ではなかった。
「マスター。デルタ2、3共に撃破されました!!」
『素晴らしい。一体どうやって?』
「アイゼンさんは、ボクの仕掛けた爆薬を回収し仕掛けなおしたようです」
デルタは自分の事を“デルタ”では無く“ボク”と言った。
その装備は、標準的なフォートブラッグをカスタムしただけの物。
脚にヴァッフェバニーのブーツを履き、バックパックもフォートブラッグのものからヴァッフェバニーのものへ換装している。
バーニアが頭上で前方を向いているのを見れば、それが雅のセタと同じくバーニアを流用したセンサーイヤーだと分かるだろう。
しかし、セタが吠莱壱式を装備していた部分には何も装備されていない。
本来、そこに装備される兵装こそ、デルタ2とデルタ3。
彼女の最大の武器であったのだが、それが今しがたアイゼンの罠にかかり、破壊されてしまったのだ。
「追い詰めたよ、デルタ」
デルタが爆発音の影響でセンサーイヤーの情報を失っている間に、アイゼンがすぐ傍まで接近していた。
「流石なのです、アイゼンさん。何時気が付いたのですか?」
「気付いたのはマスター。私が貴女の移動手段ばかり考えている間に、マスターはどうやって貴女が、見失った私を探しているか疑問に思った」
「それで?」
デルタはフォートブラッグの頭部装備であるバイザーを上げ、アイゼンと目を合わせる。
「以前、フェータが戦った相手にセタと言う神姫が居た。貴女も知っているでしょ?」
「ええ、良く知っているのですよ」
デルタにとって、セタは初めて出来た妹みたいな存在だ。
「彼女は貴女と同じく音響センサーを装備していた。そして、貴女のマスターが雅の関係者だとすれば、同じものを貴女が持っているというのは充分に考えられる話」
「なるほど、正解なのです。でも、それでデルタの仕掛けを読み解くのは、不可能だと思いますですよ?」
デルタの言葉にアイゼンは微笑する。
「言ったでしょ? 貴女はセタと同じ装備を持っている可能性があるって……。それはそのセンサーだけではないかもしれない」
「ぷちマスィーンズ、ですか……」
「ん。一対一の戦闘と思わせ、伏兵としてぷちマスィーンズが暗躍しているとすれば、状況そのものは理解できる。…もっとも、それが神姫の形をしているのは反則だと思うけど?」
「同感なのです」
デルタは苦笑する。
「ボクの武器はお察しの通り、神姫のフレームを流用した遠隔操縦の人形なのです。それを2体操り、ボク本体との連携やトラップで戦うのがデルタシステムなのですよ」
「……予想外もいい所の戦法。―――でも見事は、見事」
「……そう言って貰えると嬉しいです」
卑怯だと誹られる事を覚悟していたデルタは、顔を綻ばせた。
「じゃあ、決着をつける?」
「ええ、お願いしますです。デルタシステムが敗れたからと言って、ボクが敗れた訳じゃないのですよ」
そう言って、デルタとアイゼンは互いに武器を構えた。
「お見事です。まさか敗れるとは夢にも思っていませんでした」
「そりゃ、まぁ。普通は負けるような装備じゃないですね。セタを見たことが無ければ手も足も出なかったと思います」
「…ふむ。なるほど、案外社長はその為に……。何だかんだ言っておいて、結局ブラコンですから……」
「……で、アンタ祐一に何の用なのよ?」
美空だけではなく、リーナも村上を睨んでいる。
彼が単なる対戦の為に来たのではない事を、誰もが薄々感づいていた。
「ありていに言えばスカウトですよ……。祐一くん、私達の会社でアルバイトしませんか?」
「会社?」
「ええ、これを……」
そう言って村上が差し出した名詞には。
「何て書いてあるの?」
そう言って覗き込むリーナ。
日本語の読めない彼女の為に美空がそれを読み上げた。
「有限会社“典雅”開発部長、村上衛」
「ユウゲンガイシャ・テンガ?」
「テンガっていう、有限会社ね。テンガって言うのは英語だと“エレガント”って意味になるのかしら?」
「ん。待てよ、エレガント?」
小夜子の言葉に反応する祐一。
「もしかして、ここの社長って……」
「ええ、君のお姉さん。島田雅ですよ」
「げっ」
「いや、そんなあからさまに嫌そうな顔をしないで下さい」
「本当に、姉さんの会社なの?」
「ええ」
にこやかに頷く村上。
「真っ当な社員は、私と社長以外二人しかいなくて、他は全員本業持ちのアルバイト社員ですが……」
「よくそれで会社が成立しているね?」
「ま、資本食いつぶして社長の玩具を作るのが主な業務ですから……」
「ダメじゃん、それ」
「ええ、ですから貴方が必要なのですよ」
こめかみを押さえる村上。
どうやら彼も雅の犠牲者のようである。
「我々が開発しているのは、市販の神姫のパーツの改造用パーツです。例えばヴァッフェバニーのバーニアを流用したセンサーイヤーもラインナップの一つです」
「俺、そう言うのの自作はあまりやった事無いですよ?」
「いえ、そちらの方面を期待していないと言えば嘘になりますが、現状窮している状況は単にテスト用の神姫が不足してるという事です。デルタはデルタシステムに特化してしまっているため、他の装備は満足に扱えませんし。社長のセタは経験が少なく、バイト社員の神姫には強いのが居るんですけど、性格の方がデータ取りに致命的なまでに向いていなくって……」
なんだかトホホな会社である。
村上の苦労を偲び、祐一は肩を落とした。
「あら、デルタちゃんじゃない。はろろ~ん♪ ついでに衛ちゃんも」
「げ、社長!」
唐突に雅が現れ、引き攣る村上。
「ん? アイちゃん、フェーちゃん。それから美空じゃない? 知らない娘も居るけど、皆まとめてはろろ~ん。後ついでに祐一も」
「弟ついでかよ」
言って祐一は、雅の後ろに別の姿がある事に気づく。
「―――え? 斎藤せんせ!?」
「あら、島田君……?」
びっくり、などと呟く祐一の担任にして歴史の講師、斎藤浅葱。
「なんで斉藤せんせが?」
「それは先生の台詞だわ。何で君が村上くんと一緒に居るの?」
「ああ、こちらが先ほど話したバイトの社員ですよ。紹介しますね?」
「いや、村上君。あたしの生徒だから、この子」
空気を読まない村上の足を、ヒールの踵で踏む浅葱。
この男の暴走は、攻撃すれば一応止まるのだ。
―――逆に言えば、攻撃でもしないと止まらないのだが………。
ちなみに今日は知らない人も多いので、ずいぶん手加減している。―――猫を被っているのだ。
「あー、浅葱ぃ!! アイゼンが居る!!」
「もしかして、マヤア?」
肩の上に腹這いになってゴロゴロしていたマオチャオ=マヤアが、アイゼンと顔を見合わせる。
戦場で遭った事はあっても、そこ以外で会うのはこれが初めてだった。
「あらホント。あのこ、島田君がオーナーだったのね。世間は狭いわ………」
幾度と無くぶつかり、時には勝ち、時には負けるといった因縁の相手を見つけ、浅葱は目を細めた。
「ついでに言うと、あたしの弟だったりして?」
そんな浅葱に、にこやかに微笑む高校時代からの悪友、島田雅。
「………え?」
「あれ、気付いてなかった? 苗字同じじゃん?」
「…あれ、あれれ?」
「ついでに言うと、この前マヤアを倒したサイフォスがココに」
「―――むにゅう? なんじゃ、我はまだ眠い………」
リーナのバスケットを開ける祐一。
追撃のかけ方が姉そっくりである。
恐るべし、島田の血。
「あー、あんときのサイフォス!!」
「あら、いつぞやの《とても酷い表現なので自粛》じゃない。ココであったが百年目………」
「浅葱さん、痛い。痛いです!」
村上の足を踏んだまま眠ボケるレライナを見下ろす浅葱。
負けっぱなしは大嫌いだった。
「あうぅ。大混乱なのです」
「ですねぇ。やれやれです」
カヤの外で呆れ返るデルタとフェータ。
突如として始まった大騒ぎは、センターの職員に注意されるまで延々と続いたと言う。
[[第八話:舞姫と歌姫(前編)]]につづく
----
ようやく[[リセット(ギャグです)]]の村上と40人目の神姫デルタの登場です。
メインキャラはこれで出揃いました。
あとはライバルや強敵などが登場しつつ、「鋼の心 ~Eisen Herz~」の本筋に入ります。
稚拙な作品ですが(すでに自己発見している矛盾多数(困))、よろしければお付き合い下さい。
ALC
*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第七話:デルタ1
「君、島田祐一くんだろ?」
いつも通り、美空、リーナと共に神姫センターに居た祐一は突然見知らぬ男に声をかけられた。
「…誰ですか?」
祐一が見上げる男は、眼鏡をかけた柔和な笑顔で、手にしたケースは神姫装備の運搬用。
「失礼、僕の名は村上衛。君がここら辺で一番強いアイゼンって神姫のオーナーだと聞いてね。挑戦したいな、って思ったんだけど……」
祐一は眉をひそめる。
神姫バトルのバトルロイヤルは、勝者となった神姫の名以外は公表されない。
だから、アイゼンが強いという噂が流れる事はあっても、そのオーナーが祐一であるという噂が流れるとは考えにくい。
「……何処で俺の名を聞いたんです?」
「申し訳ないが口止めされていてね、言ってはいけない事になっているんだよ」
「………口止めって、誰に?」
「ははは、秘密だよ」
乾いた声で笑う村上。
それを見て、なんとなく脳裏に来るものがあった。
「…お互い大変ですね。ウチの姉さんは容赦ないから」
「まったくです」
祐一のカマかけにうんうんと頷く村上。
…アホである。
これで判明した。姉さん、こと、下手人の名は島田雅。紛う事なき祐一の実姉である。
…と言うか、彼の周りで起きる厄介事はほぼ全てが姉絡みなので、今更と言えば今更である。
「……って事はあんた、姉さんの回し者か?」
「え、いや、あはは。どうだろうね?」
どうにもこの村上と言う男、自分の失言に気付いていない。
「…分かりました。対戦しましょう」
「―――え!? いいの、祐一?」
この失礼とも言える申し出を、受ける筈も無いと思っていた美空は軽く驚愕する。
「姉さんの回し者なら、何をやっても無駄だよ。どうせ戦う事になるなら早く終らせるに限る」
逆らっても無駄。島田雅を相手にする時の鉄則は、十五年以上一緒に暮らしていれば嫌でも身に付く。
「…で、対戦台で良いんですか?」
「そうしてくれるとありがたいね。もちろん費用はこちらで出すよ」
「助かります。今月はもうお金が無い」
今月はアイゼンの装備一式が三回も破損し、メーカー送りになっている。
特に、フェータと戦ったときの装備は、どれもこれも修復不能のレベルまで破損していたため、祐一の資金は既に底を尽く寸前であった。
「んとに壊し屋だよな、フェータって」
「申し訳ありません、祐一様……」
しゅん、と項垂れる美空の神姫フェータ。
一見すると清純そうな、ごく普通の天使型の彼女だが、その実居合いで何でも真っ二つにする恐怖のアーンヴァルだったりする。
「それじゃあ、市街戦のステージで良いかね? 先に行って待っているよ……」
「そう言えば村上さん。まだそちらの神姫の名を聞いてませんけど?」
祐一に呼び止められた村上は、一瞬表情を無くす。
「あ、ああ。僕の神姫はね。デルタ1って言うんだよ」
村上はそう言って対戦台の反対側に消えた。
「でるた・わん、……ねぇ。変な名前……」
「で、ユーイチ。勝ち目はあるの?」
苦笑する美空とは対照的にリーナは表情を硬くしている。
ちなみに日本語はずいぶん上手くなった。さすが天才児。
「勝ち目なんて、そんなの分からないよ。俺、まだ相手の神姫も見ていないんだから」
「パワーアーム、使えない。今ある装備は、フェータと戦ったときの砲戦装備……?」
祐一の肩にしがみ付いたままのアイゼンが言うとおり、修理中のパワーアーム一式は使えない。
先日、他ならぬリーナの神姫、レライナに破壊されたばかりだ。
つまり、今手元にあるのは買い直した砲戦装備一式のみ。
なお、破壊した張本人であるレライナと言えば、今もリーナのバスケットの中でお昼寝中だったりする。
実によく寝る子であった。
「仕方ない、それで行こう。今回は弾道計算のプログラムもインストール済みだし、真っ当な砲撃戦で戦える。フェータやレライナみたいのが相手で無い限り何とかできるだろう」
祐一はそう言って対戦台に歩を進めた。
『それじゃあ、始めようか。向こうの手の内が分からないから、油断はしないでね、アイゼン』
「ん、了解…」
コンピュータの告げる戦闘開始の合図。
アイゼンは換装した機械脚で大地を踏みしめ、戦場へ飛び出した。
「まずは索敵」
ストラーフの特徴の一つに、頭部にもハードポイントがあることが挙げられる。
アイゼンは平時にはアクセサリーパーツとしてツインテールをつけているが、今回は未知の敵との対戦ということで、索敵/砲撃用のセンサーとして角型の小型アンテナを取り付け、自身の性能を補強していた。
市販のパーツを、ストラーフのスパイクアーマーに押し込んだだけの簡単なものだが、数種類の複合センサーを持つ優れものだ。
敵の姿と動作を早期に発見することで、かなりのアドバンテージを得られるはずだ。
「……熱源探知。マスター、目標発見!!」
マルチセンサーの機能の一つである熱源探知に、早くもデルタが引っかかる。
ビルの影に潜んで、待ち伏せをするつもりだろうがそうは行かない。
「砲撃開始……!!」
アイゼンが背負ったフォートブラッグのバックパックから、砲撃補助用の機械脚を展開し砲撃体勢。
間髪居れずに、敵の居る場所に砲弾を連続で撃ち込んでゆく。
「やった?」
一通り砲弾を撃ち込むと、状況確認のために砲撃を中止。
センサーを全開にして敵に与えた損害を図る。
『これで倒れるとは思えないけど……』
「……!!」
その瞬間、アイゼンはとっさに身を捻ってビルの陰に逃げ込む。
『何!?』
アイゼンの立っていた場所に連続で着弾。
攻撃位置はビルの屋上。
「何時の間に!?」
砲撃から身をかわしてすぐに移動したとしても、まるで方向の違うビルの屋上へ登るには時間が足りなすぎる。
「アーンヴァルかツガル。エウクランテの可能性もある?」
アイゼンが出した名は高速飛行を得意とする神姫の名。
これらの機種なら、飛行して直接ビルの屋上に着地できるため、今の攻撃を説明できる。
しかし。
『それは無いな。もしそうなら、センサーに反応しない訳が無い』
会話をしながらもアイゼンは弾道計算を終了。
再度砲撃体勢を取って、斜め上に砲撃。
曲線を描いた砲弾が、攻撃者の潜むビルの屋上を粉砕する。
「────!!」
ビルの隙間から見えたのは、素早く飛び退く神姫の影。
シェルエットから判断すれば、人型から大きく外れるものではない。
どうやら、アーンヴァルやツガル、エウクランテと言った機影に特徴が出る装備では無いようだ。
『予め屋上に武器だけを置いて、リモコンか何かで操作したのかな? って思ったけど、それも無いみたいだね』
最初も次も、敵は確かに移動して砲撃をかわしている。
デコイの類ではない。
「────っ!?」
それは偶然、アイゼンの視界の隅で影が動いたから出来た反応。
真後ろからの機銃掃射を横に跳んで回避する。
『ちょと待て、今の後から!?』
「駆動音からヴァッフェバニーのミニガンと推測。攻撃地点は真後ろの路地!!」
『そんな馬鹿な、今のはアーンヴァルで直線移動してもギリギリのタイミングだろ!? それ以外の装備で如何にかなる訳が無い!!』
「ウイングを外しており、移動の際に装着したというのは?」
『装着にかかる時間がある。神姫一人で装着するとなれば歩いたほうが早い』
「とにかく、この場の移動を提案……」
『ああ、わかった』
アイゼンはビルの角を曲がり、見通しの悪い路地へ侵入する。
「敵の攻撃は二回とも、不意打ちじみたもの。攻撃できる場所を制限して索敵を集中すれば……、────!?」
アイゼンが足元に違和感を感じた瞬間。
────爆発が起こった。
『アイゼンっ!!』
左方至近距離で爆発。
ダメージ大。
バランサーに障害発生。回復まで15秒。
頭部追加センサー破損。機能喪失。
左脚部破損、機能22%低下。
左腕部、損傷軽微。
左滑空砲破損、使用不能。
『アイゼン、しっかりしろ!! 大丈夫か!?』
「マスター?」
祐一の声に意識を取り戻すアイゼン。
「私、どうして……?」
『いいからその場を移動しろ。来た方に戻るんだ!!』
「────!!」
祐一の指示は明確なもの、故にアイゼンが戸惑う必要は無い。
幸い位置特定機能に障害は無い。
敵の攻撃を受けた地点に戻る危険は感じながらも、アイゼンはもと来た道を引き返す。
『大丈夫か、アイゼン』
「被弾したようです。ダメージの確認を…」
『頭部の追加センサーと左の砲を失った。脚と腕にもダメージが来てるが戦闘不能では無い』
アイゼンの自己診断と一致する。
中枢部の損傷は無いようだ。
「自己診断と一致。戦闘続行?」
『…頼む』
「ん」
アイゼンは大通りを横切りフィールドの端を目指す。
途中でビルの上から射撃。
幸いにして被弾は無い。
「さっきの、何?」
『ブービートラップだと思う。直前の画像にワイヤーが映ってた』
祐一が解析したアイゼンの視覚情報には、爆薬とその起爆装置に繋がったワイヤーらしき物が映っていた。
恐らく、ワイヤーを脚に引っ掛けるなどして引っ張ると、爆薬が起爆するという物だろう。
頑丈なフォートブラッグのアーマーと脚部でなければ、あれで終っていたかもしれない。
「罠なんて、いつ?」
『分からない。少なくともそんな時間は与えてなかった筈だが……』
またもや発砲。
今度は前方の路地から。
「……くっ!!」
ビルに身を寄せ、アイゼンはアサルトライフルで応戦。
ガトリングガンを有し、アサルトライフルとの打ち合いならば分がある筈のデルタは、あっさりとビルの陰に引っ込んだ。
「ぜんぜん近付いてこない。これじゃ向こうだって致命弾は出せない筈なのに……」
『……どうやら、長期戦狙いらしいな。ここに居ても仕方ない。アイゼン、移動しろ』
「―――? ………ん、わかった」
わざわざ敵の射線に身を晒せ、という意味の指示に戸惑うが、アイゼンはビルの傍を離れた。
その瞬間、アイゼンの背後、すぐ傍の地面に着弾。
攻撃地点は。
『何っ!?』
「ビルの屋上!?」
今度こそ有り得ない。
デルタは、アイゼンが隠れていたビルの屋上から攻撃をしてきたのだ。
「────っ!!」
疑問も困惑も後回し。
とにかく応戦しながら距離を取る。
状況が分からない時に、その打破を試みても手玉に取られるだけだ。
アイゼンにとっての最善手は逃げる事のみである。
ビルの傍を離れ、隣のビルの路地に入り込む。
『アイゼン、足元っ!!』
「―――っ!?」
目立たないように仕掛けられていたワイヤートラップ。
二度も同じミスは犯さないとは言え、このトラップこそ仕掛ける時間は無かった筈だ。
何しろここは接敵前に一度通った場所。
つまり、接敵後の戦闘中に仕掛けたと言うことになるのだが、それほど長い間敵を見失っていた事こそは、断じて無い。
『まったく、どういう事だ、これ? 何かトリックがあるぞ……?』
「トリック?」
『うん、如何考えてもこんな事は出来ないって事ばかりだろ? まさか時間を止めてるとか言う訳でもないだろうし』
「なら、どうして……?」
『分からない。けどこうなったら、こっちから逆に嵌めてやるまでだ』
「ん」
アイゼンは頷き、手の中のものを見る。
『とりあえず、もうしばらくは踊らされてよう、反撃はその後だ』
「わかった」
「デルタ、状況は?」
『トラップの設置は一通り完了したです。現在までに一個起爆。デルタが見た限りではダメージは残念ながら軽微なのですけど、砲を一門奪い攻撃力を減じさせましたです』
村上の前のディスプレイに表示される各種データ。
「ふむ、想像以上に手強いですね。マヤアの時には数分でケリが付いたのですが……」
『マヤアちゃんより頭が良いみたいなのです。性能よりも戦術で戦うタイプなので、デルタも苦戦は必至なのです』
「分かりました。危険を犯さず遠巻きに仕留めなさい」
『………………』
しかし、村上の指示にデルタは困ったような溜め息を洩らす。
「如何しました。デルタ?」
『マスター。もう充分では無いのですか? マヤアちゃんの時とは違うのです。デルタの戦い方は普通の神姫相手では卑怯なのですよ?』
「そうですね。もちろん私も彼ならば充分だと思いますよ」
『それなら……』
「ですが、ここまでやれているんです。私は、彼が何処までデルタに対抗できるか見てみたい」
『いつも怨まれるのはデルタなのです。卑怯者呼ばわりはもう充分なのですよ』
恨み言を洩らし、上目遣いに睨んでくるデルタに村上は笑顔で答える。
「ははは、確かに現在のルールからすれば反則スレスレですね」
『ど真ん中で反則だと思うです』
「ですが、デルタは素晴らしいシステムなのですよ? 胸を張れとは言いませんが、卑屈になる必要も有りません」
村上の言葉が正しいのはデルタにも分かる。
そして、彼がこの戦いを途中で止めるつもりが無い、と言うのも分かってしまった。
『こういうズルイ戦い方はこれっきりにしてほしいのです……』
「そうなる様に、社長にお願いしてみたら如何ですか?」
『社長、時々恐いのです。この前もデルタは誘拐されそうになったですよ?』
「諦めなさい。あの人に逆らっても無駄です。浅葱さんより性質が悪い」
『ううう、最近のデルタは踏んだり蹴ったりなのですよ。────って! アイゼンさん、こっちに来たです』
「対応なさい、デルタ」
『分かりましたです!!』
逃げて来た先で更に発砲。
アイゼンがアサルトライフルの連射で応じ、デルタは迷わず逃走する。
『逃げてる敵に追い詰められている、って言うのもおかしな話だけど、だんだん仕掛けが分かって来たぞ』
「…ホント?」
『ああ、とりあえずは作戦通りで大丈夫。量も集まったし、次のポイントで仕掛けよう』
「ん」
そう言ってアイゼンは路地を通って“ポイント”を探し当てた。
罠には罠を。
それが祐一の作戦だった。
アイゼンは手早くデルタの仕掛けた罠を“仕掛けなおし”、周囲に罠を張る。
『よし、後は逃げるだけだ……』
センサーが破損しており、状況の確認は限定された範囲でしか出来ないが、祐一は確実にデルタが追って来ていると確信しているようだ。
しかし、行く手を阻むようにデルタが現れ、遠距離からガトリングガンを撃ち込んで来た。
「やはり敵は前方に……!!」
『構うな、応射しろ!!』
「────!!」
命令通りに発砲。
撃ち合う気は欠片も無いのか、デルタはまたもや物陰に引っ込んだ。
「マスター、残弾が10%を切りました。このままでは────」
アイゼンがそう言った時、遙か背後で爆発が起きた!!
『アイゼン!! 引き返せ、敵が罠にかかった!!』
「────!?」
アイゼンには状況が飲み込めない。
敵は今、前方に居た筈だ。
幾らなんでも遠すぎる。
しかし、アイゼンは即座に走り出す。
祐一の指示が常に的確である事を知っているからだ。
しかし、次の指示には流石のアイゼンも困惑を隠せない。
『アイゼン、ここにもう一回罠』
「え? しかし?」
まだ罠にかかった敵を確認していないとは言え、敵が後方に移動しているのは確かなのだ。
それなのに、ここに罠を張って何がかかると言うのだろうか?
『急いで、簡単で良いんだ。時間をかけたら罠にかかった敵に逃げられる』
「はい」
その一言で、アイゼンにも何となくデルタの使っているトリックが分かった。
曲がり角に手早く罠を仕掛け、爆発地点に向う。
『居たぞ!! まだ逃げてない!! トドメを!!』
「はいっ!!」
路地の向こうで蹲るデルタ。
アイゼンは砲撃体勢を取って滑空砲を発射。彼女の居た場所を吹き飛ばした。
流石に回避は出来ないだろう。
もちろん、最強クラスの攻撃力を有するフォートブラッグの滑空砲だ。
直撃を受けて耐えると言うのもそうそう考えられない。
しかし。
アイゼンの背後で二度目の爆発!!
先ほどの不可解な指示で仕掛けた罠に何かがかかった。
急いで爆発地点に急行するアイゼン。
そして、そこで再びデルタの姿を見る。
『……やっぱり神姫じゃない、か……』
祐一が呟くとおり、それは神姫ではなかった。
「マスター。デルタ2、3共に撃破されました!!」
『素晴らしい。一体どうやって?』
「アイゼンさんは、ボクの仕掛けた爆薬を回収し仕掛けなおしたようです」
デルタは自分の事を“デルタ”では無く“ボク”と言った。
その装備は、標準的なフォートブラッグをカスタムしただけの物。
脚にヴァッフェバニーのブーツを履き、バックパックもフォートブラッグのものからヴァッフェバニーのものへ換装している。
バーニアが頭上で前方を向いているのを見れば、それが雅のセタと同じくバーニアを流用したセンサーイヤーだと分かるだろう。
しかし、セタが吠莱壱式を装備していた部分には何も装備されていない。
本来、そこに装備される兵装こそ、デルタ2とデルタ3。
彼女の最大の武器であったのだが、それが今しがたアイゼンの罠にかかり、破壊されてしまったのだ。
「追い詰めたよ、デルタ」
デルタが爆発音の影響でセンサーイヤーの情報を失っている間に、アイゼンがすぐ傍まで接近していた。
「流石なのです、アイゼンさん。何時気が付いたのですか?」
「気付いたのはマスター。私が貴女の移動手段ばかり考えている間に、マスターはどうやって貴女が、見失った私を探しているか疑問に思った」
「それで?」
デルタはフォートブラッグの頭部装備であるバイザーを上げ、アイゼンと目を合わせる。
「以前、フェータが戦った相手にセタと言う神姫が居た。貴女も知っているでしょ?」
「ええ、良く知っているのですよ」
デルタにとって、セタは初めて出来た妹みたいな存在だ。
「彼女は貴女と同じく音響センサーを装備していた。そして、貴女のマスターが雅の関係者だとすれば、同じものを貴女が持っているというのは充分に考えられる話」
「なるほど、正解なのです。でも、それでデルタの仕掛けを読み解くのは、不可能だと思いますですよ?」
デルタの言葉にアイゼンは微笑する。
「言ったでしょ? 貴女はセタと同じ装備を持っている可能性があるって……。それはそのセンサーだけではないかもしれない」
「ぷちマスィーンズ、ですか……」
「ん。一対一の戦闘と思わせ、伏兵としてぷちマスィーンズが暗躍しているとすれば、状況そのものは理解できる。…もっとも、それが神姫の形をしているのは反則だと思うけど?」
「同感なのです」
デルタは苦笑する。
「ボクの武器はお察しの通り、神姫のフレームを流用した遠隔操縦の人形なのです。それを2体操り、ボク本体との連携やトラップで戦うのがデルタシステムなのですよ」
「……予想外もいい所の戦法。―――でも見事は、見事」
「……そう言って貰えると嬉しいです」
卑怯だと誹られる事を覚悟していたデルタは、顔を綻ばせた。
「じゃあ、決着をつける?」
「ええ、お願いしますです。デルタシステムが敗れたからと言って、ボクが敗れた訳じゃないのですよ」
そう言って、デルタとアイゼンは互いに武器を構えた。
「お見事です。まさか敗れるとは夢にも思っていませんでした」
「そりゃ、まぁ。普通は負けるような装備じゃないですね。セタを見たことが無ければ手も足も出なかったと思います」
「…ふむ。なるほど、案外社長はその為に……。何だかんだ言っておいて、結局ブラコンですから……」
「……で、アンタ祐一に何の用なのよ?」
美空だけではなく、リーナも村上を睨んでいる。
彼が単なる対戦の為に来たのではない事を、誰もが薄々感づいていた。
「ありていに言えばスカウトですよ……。祐一くん、私達の会社でアルバイトしませんか?」
「会社?」
「ええ、これを……」
そう言って村上が差し出した名詞には。
「何て書いてあるの?」
そう言って覗き込むリーナ。
日本語の読めない彼女の為に美空がそれを読み上げた。
「有限会社“典雅”開発部長、村上衛」
「ユウゲンガイシャ・テンガ?」
「テンガっていう、有限会社ね。テンガって言うのは英語だと“エレガント”って意味になるのかしら?」
「ん。待てよ、エレガント?」
小夜子の言葉に反応する祐一。
「もしかして、ここの社長って……」
「ええ、君のお姉さん。島田雅ですよ」
「げっ」
「いや、そんなあからさまに嫌そうな顔をしないで下さい」
「本当に、姉さんの会社なの?」
「ええ」
にこやかに頷く村上。
「真っ当な社員は、私と社長以外二人しかいなくて、他は全員本業持ちのアルバイト社員ですが……」
「よくそれで会社が成立しているね?」
「ま、資本食いつぶして社長の玩具を作るのが主な業務ですから……」
「ダメじゃん、それ」
「ええ、ですから貴方が必要なのですよ」
こめかみを押さえる村上。
どうやら彼も雅の犠牲者のようである。
「我々が開発しているのは、市販の神姫のパーツの改造用パーツです。例えばヴァッフェバニーのバーニアを流用したセンサーイヤーもラインナップの一つです」
「俺、そう言うのの自作はあまりやった事無いですよ?」
「いえ、そちらの方面を期待していないと言えば嘘になりますが、現状窮している状況は単にテスト用の神姫が不足してるという事です。デルタはデルタシステムに特化してしまっているため、他の装備は満足に扱えませんし。社長のセタは経験が少なく、バイト社員の神姫には強いのが居るんですけど、性格の方がデータ取りに致命的なまでに向いていなくって……」
なんだかトホホな会社である。
村上の苦労を偲び、祐一は肩を落とした。
「あら、デルタちゃんじゃない。はろろ~ん♪ ついでに衛ちゃんも」
「げ、社長!」
唐突に雅が現れ、引き攣る村上。
「ん? アイちゃん、フェーちゃん。それから美空じゃない? 知らない娘も居るけど、皆まとめてはろろ~ん。後ついでに祐一も」
「弟ついでかよ」
言って祐一は、雅の後ろに別の姿がある事に気づく。
「―――え? 斎藤せんせ!?」
「あら、島田君……?」
びっくり、などと呟く祐一の担任にして歴史の講師、斎藤浅葱。
「なんで斉藤せんせが?」
「それは先生の台詞だわ。何で君が村上くんと一緒に居るの?」
「ああ、こちらが先ほど話したバイトの社員ですよ。紹介しますね?」
「いや、村上君。あたしの生徒だから、この子」
空気を読まない村上の足を、ヒールの踵で踏む浅葱。
この男の暴走は、攻撃すれば一応止まるのだ。
―――逆に言えば、攻撃でもしないと止まらないのだが………。
ちなみに今日は知らない人も多いので、ずいぶん手加減している。―――猫を被っているのだ。
「あー、浅葱ぃ!! アイゼンが居る!!」
「もしかして、マヤア?」
肩の上に腹這いになってゴロゴロしていたマオチャオ=マヤアが、アイゼンと顔を見合わせる。
戦場で遭った事はあっても、そこ以外で会うのはこれが初めてだった。
「あらホント。あのこ、島田君がオーナーだったのね。世間は狭いわ………」
幾度と無くぶつかり、時には勝ち、時には負けるといった因縁の相手を見つけ、浅葱は目を細めた。
「ついでに言うと、あたしの弟だったりして?」
そんな浅葱に、にこやかに微笑む高校時代からの悪友、島田雅。
「………え?」
「あれ、気付いてなかった? 苗字同じじゃん?」
「…あれ、あれれ?」
「ついでに言うと、この前マヤアを倒したサイフォスがココに」
「―――むにゅう? なんじゃ、我はまだ眠い………」
リーナのバスケットを開ける祐一。
追撃のかけ方が姉そっくりである。
恐るべし、島田の血。
「あー、あんときのサイフォス!!」
「あら、いつぞやの《とても酷い表現なので自粛》じゃない。ココであったが百年目………」
「浅葱さん、痛い。痛いです!」
村上の足を踏んだまま眠ボケるレライナを見下ろす浅葱。
負けっぱなしは大嫌いだった。
「あうぅ。大混乱なのです」
「ですねぇ。やれやれです」
カヤの外で呆れ返るデルタとフェータ。
突如として始まった大騒ぎは、センターの職員に注意されるまで延々と続いたと言う。
[[第八話:舞姫と歌姫(前編)]]につづく
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ようやく[[リセット(ギャグです)]]の村上と40人目の神姫デルタの登場です。
メインキャラはこれで出揃いました。
あとはライバルや強敵などが登場しつつ、「鋼の心 ~Eisen Herz~」の本筋に入ります。
稚拙な作品ですが(すでに自己発見している矛盾多数(困))、よろしければお付き合い下さい。
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