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「第2章 月下美人(3)」(2007/09/18 (火) 23:23:51) の最新版変更点
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黒雨、暗雨、酷雨、痛雨。
「なっんでっ・・・俺が・・・っ!!!」
がむしゃらに走る。ただ走る。服が雨で張り付いて気持ち悪い。さっき転んで泥だらけだ。でも走る。
「・・・っ! どうしてっ! 俺が・・・あいつの為に・・・」
今自分を動かしてるものが何かわかんない。あの神姫を助ける理由が、俺にはない。だって・・・
あいつはフォトンを殺したんだから―
「・・武装完了。火器管制、標準調整未了、しかし許容範囲。少尉、戦闘準備完了しました」
「フォトン、ただでさえリアルバトルなのに【MGシステム】も使えないんだ。ムリすんなよ」
愛用のガトリングガンを掲げながら静かに頷くフォトン。後は、法善寺の神姫を待つばかり・・・
「だぁ~っいじょうぶです! アンタはせいぜいフォトンちゃん心配させないようにどーどーとしてればいいんです!!」
「うぁっ!? あ、ああ・・・ !?」
突然背中に浴びせられた大声。そして振り返った時、俺は彼女に二度も驚いた。
そこに立っていた彼女、ツクハは“緑色の壁”になっていた。ホントにそう言うしかなかった。バカバカしいくらい大きくて不恰好な緑色の盾、それを両肩と背中、3枚も背負っていた。あれは見たことある。確か・・・限定品の【ジャコバ】ってシールドだったはず。
「ツクハ、本当にこれでいいの? その・・重そうだけど」
「しゅーこちゃん、つーは結構力持ちですよ?」
ツールボックスを片付けていた法善寺は、それでも不安そうだった。当たり前だ。どう見たって重量オーバーだよ。これじゃ他に何にも持てないだろ。
「・・・ってまさか! お前! 武器持たないつもりかよ!」
「そうですよ」
あっさり言い切りやがった。
「・・・どうやって戦うんだよ」
「戦わないですよ。説得するです。つーはみんな大好きだから仲良くしようって」
「ムリに決まってるだろ、相手は撃って来るのに・・・」
「つーは“ずっと”こうやって来たですよ」
何の屈託もなく、誇らしげに、彼女は笑った。
「そんなの・・・」
鳴音、呼音。
「あ、もう時間です。じゃあしゅーこちゃん、行って来るです♪」
最後の言葉は呼出し音に掻き消された。
『リアルバトル第3フィールド、これよりツクハ&フォトンペア対セツ&ブリジットペアの試合を始めます』
歓声、歓声。
オーナー席からガラス越しに見える、ミニチュアの近代都市。そこはいつものバーチャルじゃない実物のある世界。撃てば、壊れる。
その小さな世界にフォトンと法善寺の神姫はもう立っていた。2人に対峙するのは野太刀を構えた紅緒タイプと、大小のミサイルで固めたヴァッフェバニータイプ。あの男達の神姫だ。
『・・蹴散らす!』
疾、突進、猛進。
『牽制します」
連射、射撃弾幕。
『・・・なまくら弾など!!』
突進、逸、回避回避。
先に動いたのは敵の紅尾。でも敵の紅緒は弾幕に臆する事無く突き進んでくる。こっちの射撃は当たらない。足止めのつもりだから?違う、やっぱりセンサーが万全じゃないんだ。あいつ、また心配させないようにウソついてたのかよ・・!
『ちょっと! 待つです!』
乱入、割入。
すかさず法善寺の神姫が敵進路に割り込む。バトル慣れはしてるな。
『木偶の棒が!』
『つーの話を聞くです!』
轟振、接触、弾。斬、弾、斬、弾、斬、弾。
ブ厚い【緑の壁】は押し通ろうとする敵の猛攻を難なく弾き返す。でも・・自分も攻撃できなきゃ意味ないだろ・・・。
『セツっ! 構うな!!』
射出射出射出射出。
『ありっ?』
爆撃爆撃直撃、爆煙。
「ツクハっ!?」
法善寺が身を乗り出す。でも、あえなく、あいつはヴァッフェバニーのスティレットミサイルで爆炎に沈む。何も見えない。
「後一体だな・・・へっへっへ」
太目の男のキモチ悪い笑いがこだまする。やっぱりこんなの、ムリだったんだよ・・・。
「セツ、畳み掛けろ!」
『心得たっ!!』
抜刀。刹那、急進。
紅緒が、脇差に持ち替えたと思った瞬間。そいつはフォトンのすぐ近くまで踏み込んでいた。速い!
『くっ!』
構、標準。射・・・。
『遅いっ!!』
瞬、廻、殴打。
『うぐっ!?』
間に合わない、回り込んで柄で殴られた! しかも敵は追い討ちするつもりだ!
「フォトンっ!! 逃げ・・・」
刺突貫通。
『・・・もう、つーを無視してケンカなんかしちゃダメですよ』
『なっ・・・!?』
目を開ける。フォトンは、床に倒れこんでいた。でも無事だった。そこに【緑の壁】が来ていたから。
「・・ツクハっ!」
覆い被さるように敵を押し止めていたあいつは、法善寺の声に目だけ向けてほほえんだ。あの【ジャコバ】シールドもあれだけのミサイルの直撃にもほとんど無傷だ。やっぱ口だけじゃなかったんだな。・・・あれ? でも、法善寺の顔はまだ不安そうで・・!
裂傷、滴。
『貴様、身を呈してまでして・・!』
あいつは真正面から敵を受け止めてた。盾のない、正面から。背中の方に刀も突き出してる。きっと、わき腹のあたりに、突き刺さってる。
『えへへー。ちょっと痛いけど、でも、これでやっとお話が出来るですね』
『話だと!? 貴様正気か!』
『本気です♪ だって、つーはあなたと戦いたくなんてないもん』
『戦いたくない!? 馬鹿な! そんな話信じられるか!』
『本当です。今も、つーは何もしてないでしょ? つーはあなたが傷つくのも耐えられないんだもん』
『何故だ!』
『愛しているから、みんな』
柔、抱擁。
気付けば、優しく敵を抱きしめるその姿に、俺も法善寺も・・・誰も、声を出せないでいた。
『だから、セツちゃん?だよね、仲良くして欲しいです、つーと』
侵蝕。
『く・・・』
崩、項垂。
戦意をなくしたのか、あいつの腕からずるりと落ちて、敵の紅尾はその場に膝を突いた。・・・これが“神姫と戦えないのに戦闘経験がある”理由か。信じられねえよ。こんな・・・こんな戦い方をずっとしてきたのか、あいつは?
「おい! セツっ!! ふざけてんじゃねえよ! 戦え!!」
『・・・』
「セツっ! ふざ・・・」
『ふざけるなぁっ!!』
ものすごい、悲鳴みたいな怒りの声。それはヴァッフェバニーの声だった。
『戦いたくないだと!傷つけたくないだと!愛しているからだと! 馬鹿にして!! 私たちは武装神姫だ! 戦う事が意義だ! 少なくともこの戦場に立つ限り、それは私達の誇りだ!!』
金切り声が、泣くように響く。戦いの誇り。“そのために創られた”あいつらにとって、きっと俺たちが思うよりずっと重いもの。
『その誇りを、否定するなぁ!』
轟、発火、噴煙。
煙が上がった。ヴァッフェバニーが、その体中につけたミサイル全部に点火したんだ。まさか、あのまま自分ごと特攻するつもりか!?
「ブリジット、冷静になれ。お前らしくもない」
『・・・マスター、この一度だけ、私はあなたの命に背きます。これは私が“生きる”為の戦いです』
「・・・ただのうさ晴らしのつもりが、とんでもない相手に出会ってしまったようだな」
細身の男は、それ以上何も言わなかった。
『ツクハと言ったな! 私はこれからお前に特攻する。せいぜい逃げるか、自慢の盾で防いでみせろ。・・・ただし、そうすれば私はただではすまない』
『どうしても、やるですか?』
『誰も傷つけたくない、そんな幻想を本気で貫くつもりなら・・・』
噴煙、浮上、飛翔。
『せいぜい私を救ってみせろ!!』
轟、突撃。
「おい・・・あれはマジでヤバイって!」
「ツクハ・・・」
大きく飛び上がってから真っ直ぐあいつに向かっていく、ミサイルと化した敵。
「いいから逃げろよ! あいつの言う事なんて気にするな!」
『うん、そうですね・・・でも・・・』
鼓動、起動、鳴動。
『やっぱり、つーはみんな大好きなんです』
光、覚醒。
「・・・・え?」
一瞬目がくらんだ。そうしたら、そこにあった【緑の壁】が消えて、“花”が咲いていた。まっしろな花。月夜の花。脇腹に突き刺さった刀まで輝いて、きれいな花びらに見えた。
跳躍、飛翔。
・・・思い出した。【ジャコバ】シールド、あれって確かジュビジーのハイパーモード機能に連動して【剣】を作り出す、攻防一体のシールドって事だった。・・・でも・・・
盲進、構。
確か、あれは不良品で・・・【剣】を出してしまったら【盾】がコナゴナになるんだ。確かに、敵に真っ直ぐに向かっていくあいつの体にはもう、ひとつも、緑色が、装甲がない。まっしろだ。
『貴様―!!』
『・・・!』
「おまえ・・・ツクハっ!!!」
閃光。
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・・・自己診断開始。頭部強打により一時的に機能停止していた模様。機能回復終了。再起動。
「・・・」
「・・・あ。フォトンちゃん、起きたですね、良かったです♪」
「・・・はい、問題ありません」
眼を開いて最初に飛び込んだのは触れるほど近づいたツクハの顔。少し、驚く。
「ずっと起きなかったから心配したですよ? ごめんねです、つーがドジっちゃったせいで痛い目にあわせちゃって」
「損傷は軽微です。それより・・・試合は?」
「えへへー」
彼女が顔を退けると、その先には、座り込んでいる侍型と兎型、私達の対戦相手が居た。・・・無傷で。しかしその表情は焦燥し切っていてとても勝利に酔いしれているという風ではない。つまりは・・・
「つーの説得を聞いてもらえたです! ぶいっ♪」
「・・・有難う。ツクハがいなければ私もただでは・・・・!!」
「? どうしたですか?」
「ツクハ、“右腕”は?」
「あ、とれちゃった」
・・それだけではなかった。右の脇腹には大きな刺し傷、外装は黒くくすんで所々剥げ落ち、綺麗だった白緑色の髪は、焼けて、見る影もない。
侵蝕。
「・・・機能に問題は・・・その・・ダメージは?」
「え? コレ? ちょっと痛かったけど大丈夫ですよー。どうせ右手は義手だったですし」
静寂。見上げれば、オーナー席の少尉達も、試合は終了したのに観客席の人々も誰一人動かず、口を噤んで、ただ彼女を見つめていた。
侵蝕。
「それにしても、ちょっと頑張ったらおなかすいたですー。みんなで何か食べに・・・」
「貴女は! ・・・どうして笑っているのですか・・・」
気付いてしまった、彼女が何をしたのかを。・・・自己犠牲。あまりにも尊く、あまりにも儚く、あまりにも気高い。
侵蝕。
「だって、みんな傷つかなかったから、嬉しいのは当たり前です♪」
「・・・」
その心は、その屈託のない笑顔は、まるで一夜で崩れてしまう月下美人の花のように、美しくて、美しくて、けれど、脆くて。
侵蝕。
「・・・苦しくは?」
「・・つーは、愛するみんなが無事なら、それだけで幸せいっぱいです」
私も、誰もが、このひとの愛に溺れて、息も出来ない。
涙、泪、涕。
「なかないで、つーの大好きなフォトンちゃん」
侵蝕。
『・・ちょっと! ツクハちゃん何処!?』
『・・・え? 神無? どうして此処に? もしかして・・』
『いいから! ツクハちゃんは! あの子を戦わせちゃダメなんだって!』
『? 何を言って? ツクハならバトルフィールドに・・・』
「あっ! カンナちゃんですー! おーい・・・」
『早く戻して! ツクハちゃんは《G・L》って病気らしいの! だから神姫と一緒にいると病気が移って・・・』
『おい、豊嶋! いきなり入って来てなに訳わかんない事言ってるんだよ! 病気だからって・・・』
『“死んじゃう”んだよ! 一緒にいる神姫が!!』
「・・・え? フォトン・・・ちゃん?」
かたん。
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