「第五話:姫と騎士(前編)」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「第五話:姫と騎士(前編)」(2007/09/24 (月) 16:21:07) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第五話:姫と騎士(前編)
リーナ・ベルウッドは困っていた。
この国のポリスマンが、当てにならない事はなはだしかったからだ。
わざわざ世界公用語で話しかけても“私は英国の山は記せない”とか、訳の分からない返答を返される始末。
リーナはそんな事を聞いてはいない。
この国の人間は言葉も満足に話せないのか、と怒り心頭しコーバンを後にした。
やはり狭い国だけあって警察署も狭い。
だから知識も狭いのだろう、と寛容な心で無能なポリスマンに恩赦を下す。
仕方が無い、地図の一つでも探して自力でたどり着くほうが早そうだ。
リーナはそう判断を下し、あたりを捜索し始めた。
島田祐一が、看板を蹴飛ばしている少女に出会ったのは、刀使いのアーンヴァルとそのオーナーに知り合ってから約2週間たったある日のこと。
今日は日曜だが、対戦の為に“奇遇にも”10時に神姫センターで会うことになっていた。
その途上、暴力的な金属音に視線を合わせたら、その少女と眼が合ったのである。
[そこの少年、こっちへ来なさい]
聞こえてきた英語の中身は有無を言わせぬ命令形。
無視する事も出来ず、祐一は少女の下に歩み寄った。
[なにか困ってる?]
一応言葉は英語で返しておく。
[ああ、良かった。ようやく話の通じる人間に出会えたわ。この国の人間は言葉が不自由ね]
年の頃は10歳程。綺麗なアイスブルーの瞳に金色のウェーブヘア。
フリルをふんだんにあしらったドレスを纏うその姿は、おとぎ話のお姫様を髣髴とさせる。
[私は神姫センターに用事があるの。案内して頂戴]
[いいよ。着いて来て]
どちらにせよ目的地は同じようだ、断る理由は祐一に無い。
[あら、そのケース。貴方神姫のオーナーね?]
ふと、祐一がバッグのメッシュポケットに入れていた、神姫用のメンテナンスキットを目聡く見つけ、少女が声を弾ませる。
[私も神姫のオーナーよ。案内してくれるお礼に、対戦してあげてもいいわ?]
そう言って少女が手にしていた籠を持ち上げる。
[君も神姫のオーナーなんだ?]
[そうよ、リーナ・ベルウッドっていうの。それでこの子はレライナ]
微笑みながら、籠を僅かに開けてみせるリーナ。
隙間から見えたのは、非武装のサイフォスだった。
(何となく、サイフォスと言うよりはアーンヴァルやジルダリアが似合いそうな娘だけどな……)
そう思いながらもアイゼンの入ったケースをノックして、彼女を呼び出す。
[俺は島田祐一。こっちはアイゼンだ]
[私、アイゼン]
言われずともしっかり英語で返す当たりは、流石にアイゼンである。
[あら、ストラーフなのね? でもごめんなさい。私のレライナは寝起きが悪くてね、起こすのは神姫センターについてからでもいいかしら?]
[ん、お気遣いに感謝を]
アイゼンの返事に満足そうに微笑むと、リーナは祐一の腕を取る。
[ではユーイチ、エスコート宜しくね?]
嬉しそうに腕を抱く少女を、祐一が振り払える訳は無かった。
「あら祐一、奇遇ね」
神姫センターの入り口に着くなり、そう言って走り寄ってくる美空。
フェータのリハビリをしていたこの一週間、毎日“奇遇”は続いている。
[ユーイチ、誰? この不躾な女は?]
「………………」
祐一の腕に抱きつくリーナを眺め、表情を固まらせる美空。
(あ、なんか今、命の危機を感じる……)
「…で、なんで金髪ロリっ子と仲良く腕組んでるわけ?」
一見、笑っているように見えるが、眼はちっとも笑っていない。
(何だ? 俺、何か逆鱗に触れるような事したか!?)
覚えが無いので正直言う。
「さっきそこで声かけられた」
「逆ナンされてんじゃねぇ!!」
脛を狙った美空キック。
「痛たあっ!?」
思わず脚を抱えて飛び跳ねる。
「あんたって奴は……」
[待ちなさい!!]
詰め寄る美空の前に立ちはだかるリーナ。
[この私の前に立ちふさがった上、名乗りも上げず無礼千万な振る舞い。あまつさえ私の連れに手を挙げるとは不届きにも程があります。今なら見逃して差し上げますから、何処へなりとも消えなさい、この下郎!!]
「何言ってるか分からないわよ、いいから退きなさい。あんたなんかに用は無いわ!!」
[言葉も通じないとは、獣と一緒ね。狂犬は狂犬らしく国の施設で薬殺されなさい。電話がかけられないなら、私が代わりに電話して差し上げても宜しくてよ?]
「邪魔だから退けって言ってるでしょ。だいたい、いきなり出てきて何様のつもり? あんたなんかに構っている暇、あたしにも祐一にも無いのよ!!」
[ユーイチ? ユーイチの名を? 貴女、さては日本で流行していると噂のストーカーね? 困ったわ。この国の警察機構は無能みたいだし、私が直々に始末するしか無いのかしら?]
「ポリスぅ? 警察呼ぶって? 上等じゃない国外退去させてやるわ!!」
エスカレートしてゆく美空とリーナ。
方向性はともかく、息はぴったりと合っている。
「ああ、言葉が通じていないのにコミュニケーションが取れている。…戦争は万国共通な唯一の文化ってホントなんだな……」
「のんきに構えている場合ですか、マスターを止めてくださいよぉ!!」
涙声で祐一にしがみ付くのは美空の神姫、フェータ。
「アイゼン、如何しよう?」
「私にお任せを……」
言うや否、アイゼンはフェータを羽交い絞めにし、銃を突きつけた。
「美空様。フェータの命が惜しくば争いをお止め下さい」
「な、フェータ!?」
[あら、アーンヴァルじゃない?]
[リーナ様。こちらはマスターの戦友、藤堂美空様です。リーナ様に襲い掛かったのも、マスターを思っての事、どうか寛容な心でお許しを……]
[でもコレ、ユーイチにも襲い掛かってたわよ?]
[彼女は興奮すると、男性に暴力を振るう奇病に罹っているのです。感染はしませんので、受け入れてあげてください]
[そうね、老人と病人は敬うべきだわ]
一歩引いたリーナを見て、アイゼンは美空に視線を移す。
「美空様。彼女は許しを請うてます。どうかお許し下さい」
「え、ええ……別に良いけど」
「それから、マスターは道に迷っていた彼女をここまで案内しただけです。褒められこそすれ、咎められる謂れはございません」
「ええ、ごめんなさい。早とちりしたわ……」
頭を下げる美空。アイゼンは再びリーナに顔を向けた。
[リーナ様。このように美空様も反省しております。これにて和平となさって下さるとマスターも困らずにすみますので、どうか……]
[ええ。恩人に迷惑をかけるほど、ベルウッドの一族は恩知らずではなくてよ]
手を差し伸べるリーナ。
「さ、美空様もお手を……」
美空もリーナの手を取った。
それを見届けてアイゼンは祐一に向き直る。
「──以上です」
「ああ、見事だけど。誤解が解けたら大変なことになると思うぞ、コレ?」
「旅の恥はかき捨て、かかせ捨てと言うそうです。今この場さえ凌げば、今後特に問題に発展する事は無いかと……」
「あ、そういえば………」
アイゼンの言葉が終わるや否、羽交い絞めにされていたフェータが声を上げる。
「………リーナ・ベルウッドって言えば、ホームステイとかで来日される海外の従姉妹の方も、そんな名前でしたよね?」
「うん、すんごい小さい頃に会ったっきりなんだけどね………」
にこやかに笑う美空の言に、アイゼンは凍りついた。
[……へぇ、さすが本場ね。広い神姫センターだわ。サッカーくらいは出来そうね]
[もともと野球のスタジアムだったらしいからね、ここ]
[日本中の神姫センターがこんなに広いわけでは無いらしいです]
はしゃぐリーナを祐一とアイゼンが案内する。
ちなみに会話は英語だった。
「……」
「あの、マスター?」
不機嫌そうに2人の後をついて行く美空にフェータが恐々と声をかけた。
「なに?」
「通訳致しましょうか?」
「要らないわ、別に。…寂しくなんて無いもの」
ふん、と顔を背ける美空。
こうなったら、しばらく放って置くしかない。
意地を張った美空は、ちょっとやそっとでは折れないのだ。
[わぁ、凄いわ。あれがバトルロイヤルシステムね!!]
[最大12機の神姫を管理できるシステムだよ。普通のバトルとは全然勝手が違うから、きっと楽しめると思うよ?]
[素晴らしいわ。ねえユーイチ、参加するにはどうすれば良いの?]
[イギリスで使っていたカードはある?]
[ええ、持っているわ。使えるかしら?]
[コレなら大丈夫。次のバトルに申し込みしてこようか?]
[ええ、お願いするわ]
リーナと共にカウンターへ向う祐一。
「ふんだ、デレデレしちゃって見っとも無い」
「11歳の幼児相手に妬いても、仕方が無いと思いますけど?」
「祐一って、幼女趣味なのかしら?」
「それは無いと思います……」
苦笑しつつも、完全には否定しないフェータ。
「そう言えば、何で従姉妹がイギリス人なんですか?」
「ん? 私とあいつの母親が姉妹でね。コレがハーフだったりするのよ」
「……って、事はマスターってクォーター?」
「うん、四半分は英国の血が入ってるわね。リーナは四半分が日本の血になるのだけど………」
「なるほどー」
「あ、戻ってきたみたいね」
美空が示す方向を見ればリーナと祐一。
その様子を見て美空の肩に乗っていたフェータが主の頬を突付いた。
「マスター、何かもめているようですが…?」
「ふむ、行って見るか……」
美空はフェータと共に二人に歩み寄る。
[ほんとに一人で大丈夫?]
[大丈夫よ、レライナは強いもの]
[まあ、危なくなったらギブアップしてね。コンピュータが相手側の武装をロックしてくれるから]
[ユーイチ。女性に優しいのは紳士として素敵だけど、戦士の出陣を引き止めるのは筋違いよ?]
[…わかった。頑張ってね]
[ええ。終ったら対戦してあげるわ。約束だもの……]
祐一はリーナの言葉に苦笑する。
通常の対戦とは違い、多数の神姫が入り乱れて戦うバトルロイヤルは神姫の負担も大きい。
普通は連戦できる余力など残らない。
それを知ってか知らずか、リーナは悠々と専用筐体へ歩いていった。
「そろそろ始まるぞ」
バトルロイヤルの観客席はケージで仕切られた戦場と、モニターを見ながら観戦する事になる。
フィールドが広いため、視線だけでは隅々まで見渡せないのだ。
「リーナのコーナーは何処?」
「第八コーナー。俺達からは遠くの方だね」
祐一が反対側のコーナーの一角を指差したとき、戦いが始まった。
次の瞬間、赤い戦闘機のようなものがフィールドを切り裂くように横切った。
「何あれ!?」
美空の驚愕は一瞬。
迂闊なストラーフタイプが一機、その進路から逃れられずに弾き飛ばされる。
激突したその速度は、アーンヴァルタイプの最高速度に勝るとも劣らない。
当然、ストラーフは無傷では済まず、岩山に激突し大きなダメージを受けた。
そこに飛び込む神姫、素体のままのマオチャオ。
ダメージに朦朧としているストラーフに飛び掛ると、立て直す暇も与えず至近距離からのハンドガン連射で撃破する。
戦果の確認は一瞬。
興味は失せたとばかりに、マオチャオは次の獲物に襲い掛かった。
「ツガルのレインディアバスターのようですけど、本体はあのマオチャオかしら……?」
「アレって、遠隔操縦できたっけ?」
「マスターの分析では分離前に、予め行動をプログラミングしてるって…」
美空が神姫たちと交わす会話を聞きながら、祐一は表情を曇らせる。
「やばいな。マヤアだ……」
「え? 有名なの?」
珍しく重い声を出す祐一の顔を、美空が下から覗き込む。
「ツガル装備のマオチャオ・マヤア。この辺じゃ一、二を争うトップクラスの神姫だよ」
「祐一のアイゼンとどちらが強いの?」
「そりゃ、アイゼンが負けるとは思わないけど、苦戦は免れないね……」
「………………」
この一週間の戦闘訓練で、アイゼンの強さを充分に思い知っている美空は、それが只ならぬ相手だと即座に理解した。
刀による居合いを武器とするフェータが、どちらかと言えば特化した性能での奇襲を得意とするタイプなら。アイゼンは強化装備を用いて自身の能力を引き上げ、状況に応じた戦闘を展開するオールラウンダーだ。
そんなアイゼンに対抗しようと思えば、対応されないように一撃で決着をつけるか、対応してくる端から“対応し返す”しかない。
前者の場合には、アイゼンがとっさに対応し切れないだけの特化した性能が、後者の場合には、アイゼンのあらゆる能力と互角以上の性能を有する事が絶対条件だ。
では、マヤアと言う神姫はどちらか?
祐一の表情がその答えである。
前者のパターンなら、一度戦った相手に二度も敗北するほど、祐一もアイゼンも甘くは無い。
だが、後者のパターンなら?
相手を調べ、いくら対応を立てても、その対応は戦場で“対応し返される”可能性を秘めている。
ゆえに、更なる対応を模索し、その対応に対応する対応を模索する。
間違いなく、マヤアは後者のタイプ。
アイゼンにとっては、最も厄介な神姫であった。
戦場に視線を戻せば、レインディアバスターに乗ったマヤアが3機目の神姫を体当たりで吹き飛ばしていた。
分厚い稼動装甲キュベレーアフェクションに身を包んだジュビジータイプは、それでもレインディアバスターの突進に耐えて戦闘体制を立て直す。
マヤアの方でもそれを認めたのか、乗機を旋回させて再び接近。
そして……。
「……!! 変形した!?」
戦闘機じみたレインディアバスターが変形、分離しマヤアの身体を被う鎧として装着されてゆく。
赤い鎧と両腕の狙撃銃。背中からはレールガンとブレードが展開している特徴的なシルエット。
先手を取ったのはジュビジー。
右手の大型ハンドガンで牽制しながら、左手で持ったバズソー(回転ノコギリ)の一撃を狙い、慎重に間合いを計る。
しかしマヤアはそれに付き合うつもりは無い。
鎧の随所に装備されたバーニアを噴射して大きく跳躍すると、ハードルを飛び越えるような動きでジュビジーの胸部を目掛けて蹴りを放つ。
ジュビジーはこの一撃を稼動装甲を閉じて防御。マヤアの蹴りを防ぎつつその反動で距離を取ろうとするが、マヤアは蹴りを行なった脚の膝関節を曲げて衝撃を吸収。
跳び蹴りの勢いのまま装甲に吸い寄せられるように密着すると、反対側の踵をジュビジーの後頭部に引っ掛け、そのまま後方へ蹴り飛ばした。
「―――え!?」
ジュビジーを踏み台に、その頭上を飛び越えた形になったマヤアが、バーニアを軽く吹かして前方に半回転。天地逆になりながらも、両手に持った二丁のスナイパーライフルを連射。
分厚い装甲を持った前方よりは、遙かに無防備な背中を無数の高速弾が叩く。
反動でジュビジーが転倒。
その隙に、マヤアはライフルを遙か上空に放り投げ、両手を地面について半身を捻りながら着地。
ジュビジーが身を起こしたその時には、既に二門のレールガンは励起状態で照準が合わせられていた。
「これでト~ドメ♪」
マヤアはニヤリ、と唇を吊り上げ、躊躇する事無く二発の光弾を撃ち込む。
電磁加速された小口径弾が、立ち上がろうとしたジュビジーを直撃。
神姫の武装でも随一の頑強さを誇る稼動装甲を粉砕し、余波だけでジュビジータイプを撃破。
それを見ながら無造作に挙げた両手に、落ちてきたライフルがすっぽりと収まった。
接敵から僅かに数秒。
その強さは正に圧倒的だった。
ライフルを手にしたマヤアは、瞬時に次の目標を定めて突進。
狙撃で脚を狙い転倒させると、機動モードに変形したレインディアバスターに乗って突撃。
容赦なく跳ね飛ばし、撃墜数の4つ目を計上する。
「今日もいい調子だねぇ。この調子で11人抜きしちゃおっか?」
レインディアバスターを駆り、戦場を駆け抜けるマヤアにとって、他の参加者を一人で撃破する事はさほど難しくも無い。
何処か他所で決着が付き、勝手にリタイアされてはそうも行かないが、最近はマヤアの参加を知ると、手を組んで共闘してくるものも多い。
「いっその事、1対11で戦うのも悪くないかもねぇ?」
見得、などでは無い。
実際に、平均的な神姫相手ではその位で丁度いい。
「ん? 次の敵、発~見。サイフォスだね?」
もちろん、ゴリ押しだけで出せる戦果ではない。
軽口を叩き、能天気を装いながらも、マヤアは常に冷静に戦況を判断し、的確な戦術を選択してゆく。
戦場の中央に位置する丘。
その頂に剣を突き立て、両手をそこに置いて敵を待つその姿は、近接最強を謳われる騎士型神姫。
もちろん、わざわざマヤアがそれに付き合う必要は無い。
装甲が厚く鈍重なサイフォス相手ならば、多少命中精度に難があるとは言え、威力の高いレールガンの方が効果を期待できる。
そう考えてマヤアはレインディアバスターに変形を指示。
レールガンを飛行ユニットとして使用するフライトモードから、その威力を100%引き出せるアーマーモードへチェンジした。
次の瞬間。
原因不明の衝撃がマヤアを襲う。
「────!!??」
視界はブラックアウト。いや、地面に叩きつけられた?
変形ミス。
そんな言葉が胸中を過ぎり、同時に否定される。
マヤアにとって最大の隙とも言えるのがモードチェンジの所要時間だ。
そこは試行錯誤を重ねに重ね、初期設定のツガルに比して60%という短時間での変形を達成すると同時に充分に、距離を取っての変形を心がけている。
今だって変形前に警戒範囲には誰もいないことを確認済みだ。
「?? なんでぇ?」
視界が揺れる。
衝撃でバランサーが混乱していた。
立て直すまでに3秒。
遅すぎる。
即座に判断してバーニアを噴射。
タイミングをバランサーではなく視覚で計り、強引に上空へ離脱。
「遅いわ、戯け」
声は、その背後から聞こえた。
ぞんっ、と何かを叩き斬った様な音と共に背後で爆発が起こる。
その爆風に押され、マヤアは再び地面に叩きつけられた。
「今の。……サイフォス?」
マヤアは、回復したバランサーを酷使して強引に起き上がる。
被害は甚大。
レールガンとブレードは左右共に大破。
残された武器はスナイパーライフルが二丁とハンドガン一丁のみ。
そして、視線の先には青騎士、サイフォス。
肩を剥き出しにした軽装鎧とソードのみと言うシンプルな武装。
それが。
次の瞬間、目の前に迫っていた。
「────!?」
殆ど直感ともいえるマヤアの反応は、あらゆる神姫の中で最速の反射神経を持つマオチャオで、かつ積み重ねてきた幾つもの戦闘経験を有するがゆえのもの。
しかし、それでも僅かに遅い。
右上から左下へのスィング。
左のライフルを半ばから切断され、マヤアはそのまま体当たりで吹き飛ばされる。
「っ!?」
ダメージは少なくない。
しかし、チャンスでもあった。
吹き飛ばされた事で距離は開き、サイフォスは体当たりの隙を晒し、マヤアの右手にはスナイパーライフル。
好都合にも吹き飛ばされた際、ライフルの銃口がサイフォスの方を向いている。
僅かに照準を調整し即座に発砲。
「貰らったぁ!!」
必中を期した弾丸はしかし、空を切る。
サイフォスがいない。
発砲した瞬間には既にこちらに向けて、地を這うような低い跳躍で接近していた。
左から右への一閃。
それが、気絶する前にマヤアが見た、最後の光景だった。
「レライナだ。見知りおけぃ、愚民ども」
勝利を讃え、出迎えた祐一達にレライナは踏ん反り返る。
「うわぁ、すげぇ性格……」
苦笑する祐一にレライナは媚惑的な瞳を向けた。
「ほお、貴様がユーイチとやらか?」
「え?」
「ふん。戦(いくさ)の最中リーナの奴めが、貴様に良い所を見せよと煩くて敵わぬ。責任を取るが良い」
[レライナ、日本語で話してたら分からないわよ?]
[リーナよ。良き主君とは、下々の愚民どもに視線を合わせられる者を言う。支配すべき愚民の思考も分からぬは、その事こそを恥じと知れ]
[日本語覚えなきゃ、……ダメ?]
[覚えずとも構わぬが、ユーイチ程の男であれば、愚かな女より賢い女を好むであろうよ?]
[……わかったわ。日本語、覚える]
[なに。ユーイチに教わればすぐじゃ。貴様にも異存はあるまいユーイチよ?]
[ああ、分かった……]
色んな意味で圧倒され、最早言葉も無い祐一。
[さて、戦が終ったので我は寝る。しばらくは起こすでないぞ?]
鎧を脱ぎ捨て、籠の中に潜り込むレライナ。
[だめよ、この後ユーイチと対戦するんだから]
[ふむ、面倒な……]
籠から首だけ出して、眠そうな顔を見せるレライナ。
籠の淵にちょこんと添えられた手が、妙に可愛らしい。
[しばらく日本に居るんでしょ? 対戦は明日でもいい?]
[ユーイチがそう言うなら明日でいいわ]
[………………]
ふと、レライナが祐一を見上げ呆然とする。
[貴様……]
[なに?]
[いや、なんでも無い。我は寝る……]
そう言ってレライナは首を引っ込めた。
[さて、レライナも寝ちゃったし、そろそろ美空の家に行くとしましょう?]
「荷物は郵送?」
[うん、飛行機は同じだからもう着いてると思うわ]
「それじゃあ、いきましょう。案内するわ…」
美空とリーナはそう言って別れを告げ、帰路に着いた。
軽く手を振り、それを見送る祐一。
「……」
ふと気付くとアイゼンが祐一の顔を覗き込んでいる。
「なんだ?」
「………マスター、何かあった?」
「……?」
「なんか、様子が変……」
「………………」
どうにもアイゼンには妙な勘の鋭さがある。
そんなことを思い出し、祐一は苦笑した。
「……ちょっとね、あのレライナって神姫の事を思い出したんだよ」
「知り合い?」
「違う、違う。たしか、まだ置いてあると思うけど……」
祐一はそう言って、壁際に置いてある無料冊子を手に取る。
「……たしか、ここに……。ほら、あった」
「ん? 英国ウインターカップ優勝。春、夏、と合わせて三冠制覇。若干11歳の天才オーナー……。名実共に英国最強か? ……ってこれ!?」
「ああ、やっぱり本人だよな」
海外の事だからか、記事は余り大きくないが、そこに公開されている主従はリーナとレライナであった。
「え、あの子、イギリスのジュニアチャンピオン!?」
「そういう事になるんじゃないかな? だとすれば、あれだけ強いのもまあ、納得と言うか……」
「でも。あの神姫、たぶん致命的な欠点がある……」
アイゼンが冊子を見ながら小さく呟く。
「……アイゼンも気付いたんだ?」
「……ん」
「明日、勝てそう?」
「……弱みを突いても良いのなら、幾らでも……」
そうでなければ勝負はわからない。
相手の戦闘を観察した上で下す評価としては、最上級のもの。
戦うとすれば、レライナは間違いなく強敵だった。
[[第六話:青の騎士]]につづく
*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第五話:姫と騎士(前編)
リーナ・ベルウッドは困っていた。
この国のポリスマンが、当てにならない事はなはだしかったからだ。
わざわざ世界公用語で話しかけても“私は英国の山は記せない”とか、訳の分からない返答を返される始末。
リーナはそんな事を聞いてはいない。
この国の人間は言葉も満足に話せないのか、と怒り心頭しコーバンを後にした。
やはり狭い国だけあって警察署も狭い。
だから知識も狭いのだろう、と寛容な心で無能なポリスマンに恩赦を下す。
仕方が無い、地図の一つでも探して自力でたどり着くほうが早そうだ。
リーナはそう判断を下し、あたりを捜索し始めた。
島田祐一が、看板を蹴飛ばしている少女に出会ったのは、刀使いのアーンヴァルとそのオーナーに知り合ってから約2週間たったある日のこと。
今日は日曜だが、対戦の為に“奇遇にも”10時に神姫センターで会うことになっていた。
その途上、暴力的な金属音に視線を合わせたら、その少女と眼が合ったのである。
[そこの少年、こっちへ来なさい]
聞こえてきた英語の中身は有無を言わせぬ命令形。
無視する事も出来ず、祐一は少女の下に歩み寄った。
[なにか困ってる?]
一応言葉は英語で返しておく。
[ああ、良かった。ようやく話の通じる人間に出会えたわ。この国の人間は言葉が不自由ね]
年の頃は10歳程。綺麗なアイスブルーの瞳に金色のウェーブヘア。
フリルをふんだんにあしらったドレスを纏うその姿は、おとぎ話のお姫様を髣髴とさせる。
[私は神姫センターに用事があるの。案内して頂戴]
[いいよ。着いて来て]
どちらにせよ目的地は同じようだ、断る理由は祐一に無い。
[あら、そのケース。貴方神姫のオーナーね?]
ふと、祐一がバッグのメッシュポケットに入れていた、神姫用のメンテナンスキットを目聡く見つけ、少女が声を弾ませる。
[私も神姫のオーナーよ。案内してくれるお礼に、対戦してあげてもいいわ?]
そう言って少女が手にしていた籠を持ち上げる。
[君も神姫のオーナーなんだ?]
[そうよ、リーナ・ベルウッドっていうの。それでこの子はレライナ]
微笑みながら、籠を僅かに開けてみせるリーナ。
隙間から見えたのは、非武装のサイフォスだった。
(何となく、サイフォスと言うよりはアーンヴァルやジルダリアが似合いそうな娘だけどな……)
そう思いながらもアイゼンの入ったケースをノックして、彼女を呼び出す。
[俺は島田祐一。こっちはアイゼンだ]
[私、アイゼン]
言われずともしっかり英語で返す当たりは、流石にアイゼンである。
[あら、ストラーフなのね? でもごめんなさい。私のレライナは寝起きが悪くてね、起こすのは神姫センターについてからでもいいかしら?]
[ん、お気遣いに感謝を]
アイゼンの返事に満足そうに微笑むと、リーナは祐一の腕を取る。
[ではユーイチ、エスコート宜しくね?]
嬉しそうに腕を抱く少女を、祐一が振り払える訳は無かった。
「あら祐一、奇遇ね」
神姫センターの入り口に着くなり、そう言って走り寄ってくる美空。
フェータのリハビリをしていたこの一週間、毎日“奇遇”は続いている。
[ユーイチ、誰? この不躾な女は?]
「………………」
祐一の腕に抱きつくリーナを眺め、表情を固まらせる美空。
(あ、なんか今、命の危機を感じる……)
「…で、なんで金髪ロリっ子と仲良く腕組んでるわけ?」
一見、笑っているように見えるが、眼はちっとも笑っていない。
(何だ? 俺、何か逆鱗に触れるような事したか!?)
覚えが無いので正直言う。
「さっきそこで声かけられた」
「逆ナンされてんじゃねぇ!!」
脛を狙った美空キック。
「痛たあっ!?」
思わず脚を抱えて飛び跳ねる。
「あんたって奴は……」
[待ちなさい!!]
詰め寄る美空の前に立ちはだかるリーナ。
[この私の前に立ちふさがった上、名乗りも上げず無礼千万な振る舞い。あまつさえ私の連れに手を挙げるとは不届きにも程があります。今なら見逃して差し上げますから、何処へなりとも消えなさい、この下郎!!]
「何言ってるか分からないわよ、いいから退きなさい。あんたなんかに用は無いわ!!」
[言葉も通じないとは、獣と一緒ね。狂犬は狂犬らしく国の施設で薬殺されなさい。電話がかけられないなら、私が代わりに電話して差し上げても宜しくてよ?]
「邪魔だから退けって言ってるでしょ。だいたい、いきなり出てきて何様のつもり? あんたなんかに構っている暇、あたしにも祐一にも無いのよ!!」
[ユーイチ? ユーイチの名を? 貴女、さては日本で流行していると噂のストーカーね? 困ったわ。この国の警察機構は無能みたいだし、私が直々に始末するしか無いのかしら?]
「ポリスぅ? 警察呼ぶって? 上等じゃない国外退去させてやるわ!!」
エスカレートしてゆく美空とリーナ。
方向性はともかく、息はぴったりと合っている。
「ああ、言葉が通じていないのにコミュニケーションが取れている。…戦争は万国共通な唯一の文化ってホントなんだな……」
「のんきに構えている場合ですか、マスターを止めてくださいよぉ!!」
涙声で祐一にしがみ付くのは美空の神姫、フェータ。
「アイゼン、如何しよう?」
「私にお任せを……」
言うや否、アイゼンはフェータを羽交い絞めにし、銃を突きつけた。
「美空様。フェータの命が惜しくば争いをお止め下さい」
「な、フェータ!?」
[あら、アーンヴァルじゃない?]
[リーナ様。こちらはマスターの戦友、藤堂美空様です。リーナ様に襲い掛かったのも、マスターを思っての事、どうか寛容な心でお許しを……]
[でもコレ、ユーイチにも襲い掛かってたわよ?]
[彼女は興奮すると、男性に暴力を振るう奇病に罹っているのです。感染はしませんので、受け入れてあげてください]
[そうね、老人と病人は敬うべきだわ]
一歩引いたリーナを見て、アイゼンは美空に視線を移す。
「美空様。彼女は許しを請うてます。どうかお許し下さい」
「え、ええ……別に良いけど」
「それから、マスターは道に迷っていた彼女をここまで案内しただけです。褒められこそすれ、咎められる謂れはございません」
「ええ、ごめんなさい。早とちりしたわ……」
頭を下げる美空。アイゼンは再びリーナに顔を向けた。
[リーナ様。このように美空様も反省しております。これにて和平となさって下さるとマスターも困らずにすみますので、どうか……]
[ええ。恩人に迷惑をかけるほど、ベルウッドの一族は恩知らずではなくてよ]
手を差し伸べるリーナ。
「さ、美空様もお手を……」
美空もリーナの手を取った。
それを見届けてアイゼンは祐一に向き直る。
「──以上です」
「ああ、見事だけど。誤解が解けたら大変なことになると思うぞ、コレ?」
「旅の恥はかき捨て、かかせ捨てと言うそうです。今この場さえ凌げば、今後特に問題に発展する事は無いかと……」
「あ、そういえば………」
アイゼンの言葉が終わるや否、羽交い絞めにされていたフェータが声を上げる。
「………リーナ・ベルウッドって言えば、ホームステイとかで来日される海外の従姉妹の方も、そんな名前でしたよね?」
「うん、すんごい小さい頃に会ったっきりなんだけどね………」
にこやかに笑う美空の言に、アイゼンは凍りついた。
[……へぇ、さすが本場ね。広い神姫センターだわ。サッカーくらいは出来そうね]
[もともと野球のスタジアムだったらしいからね、ここ]
[日本中の神姫センターがこんなに広いわけでは無いらしいです]
はしゃぐリーナを祐一とアイゼンが案内する。
ちなみに会話は英語だった。
「……」
「あの、マスター?」
不機嫌そうに2人の後をついて行く美空にフェータが恐々と声をかけた。
「なに?」
「通訳致しましょうか?」
「要らないわ、別に。…寂しくなんて無いもの」
ふん、と顔を背ける美空。
こうなったら、しばらく放って置くしかない。
意地を張った美空は、ちょっとやそっとでは折れないのだ。
[わぁ、凄いわ。あれがバトルロイヤルシステムね!!]
[最大12機の神姫を管理できるシステムだよ。普通のバトルとは全然勝手が違うから、きっと楽しめると思うよ?]
[素晴らしいわ。ねえユーイチ、参加するにはどうすれば良いの?]
[イギリスで使っていたカードはある?]
[ええ、持っているわ。使えるかしら?]
[コレなら大丈夫。次のバトルに申し込みしてこようか?]
[ええ、お願いするわ]
リーナと共にカウンターへ向う祐一。
「ふんだ、デレデレしちゃって見っとも無い」
「11歳の幼児相手に妬いても、仕方が無いと思いますけど?」
「祐一って、幼女趣味なのかしら?」
「それは無いと思います……」
苦笑しつつも、完全には否定しないフェータ。
「そう言えば、何で従姉妹がイギリス人なんですか?」
「ん? 私とあいつの母親が姉妹でね。コレがハーフだったりするのよ」
「……って、事はマスターってクォーター?」
「うん、四半分は英国の血が入ってるわね。リーナは四半分が日本の血になるのだけど………」
「なるほどー」
「あ、戻ってきたみたいね」
美空が示す方向を見ればリーナと祐一。
その様子を見て美空の肩に乗っていたフェータが主の頬を突付いた。
「マスター、何かもめているようですが…?」
「ふむ、行って見るか……」
美空はフェータと共に二人に歩み寄る。
[ほんとに一人で大丈夫?]
[大丈夫よ、レライナは強いもの]
[まあ、危なくなったらギブアップしてね。コンピュータが相手側の武装をロックしてくれるから]
[ユーイチ。女性に優しいのは紳士として素敵だけど、戦士の出陣を引き止めるのは筋違いよ?]
[…わかった。頑張ってね]
[ええ。終ったら対戦してあげるわ。約束だもの……]
祐一はリーナの言葉に苦笑する。
通常の対戦とは違い、多数の神姫が入り乱れて戦うバトルロイヤルは神姫の負担も大きい。
普通は連戦できる余力など残らない。
それを知ってか知らずか、リーナは悠々と専用筐体へ歩いていった。
「そろそろ始まるぞ」
バトルロイヤルの観客席はケージで仕切られた戦場と、モニターを見ながら観戦する事になる。
フィールドが広いため、視線だけでは隅々まで見渡せないのだ。
「リーナのコーナーは何処?」
「第八コーナー。俺達からは遠くの方だね」
祐一が反対側のコーナーの一角を指差したとき、戦いが始まった。
次の瞬間、赤い戦闘機のようなものがフィールドを切り裂くように横切った。
「何あれ!?」
美空の驚愕は一瞬。
迂闊なストラーフタイプが一機、その進路から逃れられずに弾き飛ばされる。
激突したその速度は、アーンヴァルタイプの最高速度に勝るとも劣らない。
当然、ストラーフは無傷では済まず、岩山に激突し大きなダメージを受けた。
そこに飛び込む神姫、素体のままのマオチャオ。
ダメージに朦朧としているストラーフに飛び掛ると、立て直す暇も与えず至近距離からのハンドガン連射で撃破する。
戦果の確認は一瞬。
興味は失せたとばかりに、マオチャオは次の獲物に襲い掛かった。
「ツガルのレインディアバスターのようですけど、本体はあのマオチャオかしら……?」
「アレって、遠隔操縦できたっけ?」
「マスターの分析では分離前に、予め行動をプログラミングしてるって…」
美空が神姫たちと交わす会話を聞きながら、祐一は表情を曇らせる。
「やばいな。マヤアだ……」
「え? 有名なの?」
珍しく重い声を出す祐一の顔を、美空が下から覗き込む。
「ツガル装備のマオチャオ・マヤア。この辺じゃ一、二を争うトップクラスの神姫だよ」
「祐一のアイゼンとどちらが強いの?」
「そりゃ、アイゼンが負けるとは思わないけど、苦戦は免れないね……」
「………………」
この一週間の戦闘訓練で、アイゼンの強さを充分に思い知っている美空は、それが只ならぬ相手だと即座に理解した。
刀による居合いを武器とするフェータが、どちらかと言えば特化した性能での奇襲を得意とするタイプなら。アイゼンは強化装備を用いて自身の能力を引き上げ、状況に応じた戦闘を展開するオールラウンダーだ。
そんなアイゼンに対抗しようと思えば、対応されないように一撃で決着をつけるか、対応してくる端から“対応し返す”しかない。
前者の場合には、アイゼンがとっさに対応し切れないだけの特化した性能が、後者の場合には、アイゼンのあらゆる能力と互角以上の性能を有する事が絶対条件だ。
では、マヤアと言う神姫はどちらか?
祐一の表情がその答えである。
前者のパターンなら、一度戦った相手に二度も敗北するほど、祐一もアイゼンも甘くは無い。
だが、後者のパターンなら?
相手を調べ、いくら対応を立てても、その対応は戦場で“対応し返される”可能性を秘めている。
ゆえに、更なる対応を模索し、その対応に対応する対応を模索する。
間違いなく、マヤアは後者のタイプ。
アイゼンにとっては、最も厄介な神姫であった。
戦場に視線を戻せば、レインディアバスターに乗ったマヤアが3機目の神姫を体当たりで吹き飛ばしていた。
分厚い稼動装甲キュベレーアフェクションに身を包んだジュビジータイプは、それでもレインディアバスターの突進に耐えて戦闘体制を立て直す。
マヤアの方でもそれを認めたのか、乗機を旋回させて再び接近。
そして……。
「……!! 変形した!?」
戦闘機じみたレインディアバスターが変形、分離しマヤアの身体を被う鎧として装着されてゆく。
赤い鎧と両腕の狙撃銃。背中からはレールガンとブレードが展開している特徴的なシルエット。
先手を取ったのはジュビジー。
右手の大型ハンドガンで牽制しながら、左手で持ったバズソー(回転ノコギリ)の一撃を狙い、慎重に間合いを計る。
しかしマヤアはそれに付き合うつもりは無い。
鎧の随所に装備されたバーニアを噴射して大きく跳躍すると、ハードルを飛び越えるような動きでジュビジーの胸部を目掛けて蹴りを放つ。
ジュビジーはこの一撃を稼動装甲を閉じて防御。マヤアの蹴りを防ぎつつその反動で距離を取ろうとするが、マヤアは蹴りを行なった脚の膝関節を曲げて衝撃を吸収。
跳び蹴りの勢いのまま装甲に吸い寄せられるように密着すると、反対側の踵をジュビジーの後頭部に引っ掛け、そのまま後方へ蹴り飛ばした。
「―――え!?」
ジュビジーを踏み台に、その頭上を飛び越えた形になったマヤアが、バーニアを軽く吹かして前方に半回転。天地逆になりながらも、両手に持った二丁のスナイパーライフルを連射。
分厚い装甲を持った前方よりは、遙かに無防備な背中を無数の高速弾が叩く。
反動でジュビジーが転倒。
その隙に、マヤアはライフルを遙か上空に放り投げ、両手を地面について半身を捻りながら着地。
ジュビジーが身を起こしたその時には、既に二門のレールガンは励起状態で照準が合わせられていた。
「これでト~ドメ♪」
マヤアはニヤリ、と唇を吊り上げ、躊躇する事無く二発の光弾を撃ち込む。
電磁加速された小口径弾が、立ち上がろうとしたジュビジーを直撃。
神姫の武装でも随一の頑強さを誇る稼動装甲を粉砕し、余波だけでジュビジータイプを撃破。
それを見ながら無造作に挙げた両手に、落ちてきたライフルがすっぽりと収まった。
接敵から僅かに数秒。
その強さは正に圧倒的だった。
ライフルを手にしたマヤアは、瞬時に次の目標を定めて突進。
狙撃で脚を狙い転倒させると、機動モードに変形したレインディアバスターに乗って突撃。
容赦なく跳ね飛ばし、撃墜数の4つ目を計上する。
「今日もいい調子だねぇ。この調子で11人抜きしちゃおっか?」
レインディアバスターを駆り、戦場を駆け抜けるマヤアにとって、他の参加者を一人で撃破する事はさほど難しくも無い。
何処か他所で決着が付き、勝手にリタイアされてはそうも行かないが、最近はマヤアの参加を知ると、手を組んで共闘してくるものも多い。
「いっその事、1対11で戦うのも悪くないかもねぇ?」
見得、などでは無い。
実際に、平均的な神姫相手ではその位で丁度いい。
「ん? 次の敵、発~見。サイフォスだね?」
もちろん、ゴリ押しだけで出せる戦果ではない。
軽口を叩き、能天気を装いながらも、マヤアは常に冷静に戦況を判断し、的確な戦術を選択してゆく。
戦場の中央に位置する丘。
その頂に剣を突き立て、両手をそこに置いて敵を待つその姿は、近接最強を謳われる騎士型神姫。
もちろん、わざわざマヤアがそれに付き合う必要は無い。
装甲が厚く鈍重なサイフォス相手ならば、多少命中精度に難があるとは言え、威力の高いレールガンの方が効果を期待できる。
そう考えてマヤアはレインディアバスターに変形を指示。
レールガンを飛行ユニットとして使用するフライトモードから、その威力を100%引き出せるアーマーモードへチェンジした。
次の瞬間。
原因不明の衝撃がマヤアを襲う。
「────!!??」
視界はブラックアウト。いや、地面に叩きつけられた?
変形ミス。
そんな言葉が胸中を過ぎり、同時に否定される。
マヤアにとって最大の隙とも言えるのがモードチェンジの所要時間だ。
そこは試行錯誤を重ねに重ね、初期設定のツガルに比して60%という短時間での変形を達成すると同時に充分に、距離を取っての変形を心がけている。
今だって変形前に警戒範囲には誰もいないことを確認済みだ。
「?? なんでぇ?」
視界が揺れる。
衝撃でバランサーが混乱していた。
立て直すまでに3秒。
遅すぎる。
即座に判断してバーニアを噴射。
タイミングをバランサーではなく視覚で計り、強引に上空へ離脱。
「遅いわ、戯け」
声は、その背後から聞こえた。
ぞんっ、と何かを叩き斬った様な音と共に背後で爆発が起こる。
その爆風に押され、マヤアは再び地面に叩きつけられた。
「今の。……サイフォス?」
マヤアは、回復したバランサーを酷使して強引に起き上がる。
被害は甚大。
レールガンとブレードは左右共に大破。
残された武器はスナイパーライフルが二丁とハンドガン一丁のみ。
そして、視線の先には青騎士、サイフォス。
肩を剥き出しにした軽装鎧とソードのみと言うシンプルな武装。
それが。
次の瞬間、目の前に迫っていた。
「────!?」
殆ど直感ともいえるマヤアの反応は、あらゆる神姫の中で最速の反射神経を持つマオチャオで、かつ積み重ねてきた幾つもの戦闘経験を有するがゆえのもの。
しかし、それでも僅かに遅い。
右上から左下へのスィング。
左のライフルを半ばから切断され、マヤアはそのまま体当たりで吹き飛ばされる。
「っ!?」
ダメージは少なくない。
しかし、チャンスでもあった。
吹き飛ばされた事で距離は開き、サイフォスは体当たりの隙を晒し、マヤアの右手にはスナイパーライフル。
好都合にも吹き飛ばされた際、ライフルの銃口がサイフォスの方を向いている。
僅かに照準を調整し即座に発砲。
「貰らったぁ!!」
必中を期した弾丸はしかし、空を切る。
サイフォスがいない。
発砲した瞬間には既にこちらに向けて、地を這うような低い跳躍で接近していた。
左から右への一閃。
それが、気絶する前にマヤアが見た、最後の光景だった。
「レライナだ。見知りおけぃ、愚民ども」
勝利を讃え、出迎えた祐一達にレライナは踏ん反り返る。
「うわぁ、すげぇ性格……」
苦笑する祐一にレライナは媚惑的な瞳を向けた。
「ほお、貴様がユーイチとやらか?」
「え?」
「ふん。戦(いくさ)の最中リーナの奴めが、貴様に良い所を見せよと煩くて敵わぬ。責任を取るが良い」
[レライナ、日本語で話してたら分からないわよ?]
[リーナよ。良き主君とは、下々の愚民どもに視線を合わせられる者を言う。支配すべき愚民の思考も分からぬは、その事こそを恥じと知れ]
[日本語覚えなきゃ、……ダメ?]
[覚えずとも構わぬが、ユーイチ程の男であれば、愚かな女より賢い女を好むであろうよ?]
[……わかったわ。日本語、覚える]
[なに。ユーイチに教わればすぐじゃ。貴様にも異存はあるまいユーイチよ?]
[ああ、分かった……]
色んな意味で圧倒され、最早言葉も無い祐一。
[さて、戦が終ったので我は寝る。しばらくは起こすでないぞ?]
鎧を脱ぎ捨て、籠の中に潜り込むレライナ。
[だめよ、この後ユーイチと対戦するんだから]
[ふむ、面倒な……]
籠から首だけ出して、眠そうな顔を見せるレライナ。
籠の淵にちょこんと添えられた手が、妙に可愛らしい。
[しばらく日本に居るんでしょ? 対戦は明日でもいい?]
[ユーイチがそう言うなら明日でいいわ]
[………………]
ふと、レライナが祐一を見上げ呆然とする。
[貴様……]
[なに?]
[いや、なんでも無い。我は寝る……]
そう言ってレライナは首を引っ込めた。
[さて、レライナも寝ちゃったし、そろそろ美空の家に行くとしましょう?]
「荷物は郵送?」
[うん、飛行機は同じだからもう着いてると思うわ]
「それじゃあ、いきましょう。案内するわ…」
美空とリーナはそう言って別れを告げ、帰路に着いた。
軽く手を振り、それを見送る祐一。
「……」
ふと気付くとアイゼンが祐一の顔を覗き込んでいる。
「なんだ?」
「………マスター、何かあった?」
「……?」
「なんか、様子が変……」
「………………」
どうにもアイゼンには妙な勘の鋭さがある。
そんなことを思い出し、祐一は苦笑した。
「……ちょっとね、あのレライナって神姫の事を思い出したんだよ」
「知り合い?」
「違う、違う。たしか、まだ置いてあると思うけど……」
祐一はそう言って、壁際に置いてある無料冊子を手に取る。
「……たしか、ここに……。ほら、あった」
「ん? 英国ウインターカップ優勝。春、夏、と合わせて三冠制覇。若干11歳の天才オーナー……。名実共に英国最強か? ……ってこれ!?」
「ああ、やっぱり本人だよな」
海外の事だからか、記事は余り大きくないが、そこに公開されている主従はリーナとレライナであった。
「え、あの子、イギリスのジュニアチャンピオン!?」
「そういう事になるんじゃないかな? だとすれば、あれだけ強いのもまあ、納得と言うか……」
「でも。あの神姫、たぶん致命的な欠点がある……」
アイゼンが冊子を見ながら小さく呟く。
「……アイゼンも気付いたんだ?」
「……ん」
「明日、勝てそう?」
「……弱みを突いても良いのなら、幾らでも……」
そうでなければ勝負はわからない。
相手の戦闘を観察した上で下す評価としては、最上級のもの。
戦うとすれば、レライナは間違いなく強敵だった。
[[第六話:姫と騎士(後編)]]につづく
[[鋼の心 ~Eisen Herz~]]へ戻る
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: