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*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第二話:鋼の悪魔と天使の刃(後編)
「ずいぶん待たせるじゃない」
翌日。神姫センターに着いたら美空が待っていた。
「恐れをなして逃げたかと思ったわ?」
「いや、今2時。約束は3時からだろ?」
「あたしは1時から待ってたの!!」
「暇なのか、お前?」
「うるさい!! いいから勝負よ!!」
「って、俺達まだテストもしてないんだぞ!?」
「やったって同じよ。どうせあたし達が勝つわ」
その言葉にふと脚を止める祐一。
「そういや、何で俺らと戦いたがるんだ?」
「……!」
「そんなに強いなら幾らでも相手は居るだろうに?」
「……アンタには2回勝つって決めたのよ」
「?」
意味が分からず首を傾げる祐一。
「いいわ、もしも貴方が勝てたら、理由を教えてあげる」
「……ホントだな?」
「勝てたら、よ。どうせ無理だろうけどね」
「どうかな、終るまで分からないよ」
「じゃあ、始めましょうか?」
「そうだね」
そう言って互いに筐体へと歩いて行く。
神姫を対戦用のゲートに入れ、コンピュータの指示に従い対戦の準備を整えた。
「期せずしてぶっつけ本番だね。大丈夫アイゼン?」
「ん、大丈夫」
「よし、今回に限っては弾道計算も着弾観測も必要ないから、通常の火器管制プログラムを流用できると思うよ。後は打ち合わせ通りに」
「了解」
アイゼンが答えた直後、ゲームの開始をコンピュータが宣言して戦闘が始まった。
対戦用の筐体はバトルロイヤルのものに比べればかなり狭い。
それでもスペースに余裕のあるこの神姫センターでは、それなりの広さがある大型筐体を複数置いてある。
今回の戦場はその中の一つ、神姫サイズに作られた架空の都市だった。
立ち並ぶビルディングと交差する道が立体的な戦場を作り出しており、神姫の能力とオーナーの作戦次第で無限の戦況を生み出す。
そのフィールドでフェータは今回、美空の作戦に従いビルの合間を地面すれすれに飛行していた。
先の荒野での戦闘とは違い、遮蔽物が密集するこの地形では上空に飛び上がれば一方的に発見され、的にされる可能性が高い為だった。
反面こうして低空飛行をしていれば、早々狙いは付けられない。
最大の問題である旋回性は、向きを変えたい方の脚を地面に押し付ける事で強引に解決する。
地面との摩擦で脚部ユニットが磨耗する為、それほど長続きする戦法ではないが、たった一体の敵を見つけて切り捨てるだけなら充分におつりが来る。
「……目標発見!!」
程なく敵を発見したフェータが軽く驚愕する。
ビルディングの何れかに潜んでいるとばかり思っていたアイゼンが、堂々と大通りのど真ん中に仁王立ちしていたという事が一つ。
そしてもう一つは……。
「パワーアームがない!?」
ストラーフタイプの特徴とも言うべきパワーアームと、それを支えるレッグパーツが無い。
代わりに背後から巨大な砲身が二門突き出しており、脚部はストラーフのものより小型の機械脚に換装されている。
『あれってたしか、砲撃型の神姫(フォートブラッグ)!?』
フェータの視界をモニタしていた美空の驚愕。
それは今までの格闘戦主体の装備とは大きく異なる、長距離砲撃戦の装備であった。
美空の見立てどおり、アイゼンの背負っているのは砲撃型の神姫、フォートブラッグのバックパックだった。
ただし、砲は増設されて二門。
肥大化した重量と発射の衝撃に備える為、バックパックに付属している機械脚をもう一組用意し、神姫本体の脚部と置き換えて装備。
結果的に速度と格闘能力を切り捨てた形の武装になる。
当然、高速戦闘を売りとするアーンヴァル、ましてや刀以外の武装を一切持たず推力が有り余っているフェータの機動について行ける筈も無い。
だがしかし、逆に考えてみればどんな装備をした所でついていける速度では無いのだから、初めから速度を諦めるというのは選択肢の一つである。
もちろん、相手側の“速度を殺す”戦法も用意してある。
しかし、今のアイゼンが成すべき事は2つ。
初撃の一刀をかわし、最低限砲撃能力を失わない程度のダメージに止める事。
そして二つ目がその意図を悟られない事だった。
だから撃つ。
バックパックの機械脚を展開し砲撃モード。
照準もそこそこに発砲。
轟音と共に発射された1.2mm弾が空気を引き裂いてフェータに襲い掛かる。
至近距離を高速弾が通過した衝撃で軌道が乱れるが直撃ではない。
だが充分。敵にこちらが砲撃を持っていると判らせればそれでいい。
後は逃げるだけだ。
「逃がさないっ!!」
機械脚を収納し移動しようとするアイゼンに猛然と襲い掛かるフェータ。
ここで逃がせば手の届かない距離からの砲撃をもう一度受ける。
当然といえば当然だが、向こうはこれで決めるつもりのようだ。
だからもう一度、アイゼンは不安定な姿勢のまま砲弾を放った。
「そんな、装弾が早すぎる!!」
『落ち着きなさい、2門の砲を一発ずつ撃ってるだけ。次は無いわ』
しかし、美空が言い終えると同時にフェータの視界はブラックアウト。
「なっ!?」
アイゼンの撃った砲弾は狙いを逸れてかフェータの遙か手前、アイゼンとの中間点に位置するアスファルトに着弾。破片と埃を大量に撒き散らしていた。
通常ならただそれだけの話。
しかし、フェータは今高速でアイゼンに向って移動しているのだ。
それを見た次の瞬間には、彼女はその爆心地に頭から突っ込んでしまっていた。
「くっ!!」
視界を奪われ思わず上昇するフェータ。
爆風で軌道がゆがみ、再計算の余裕も無く、周囲の観測も出来ないフェータが、確実にビルとの接触を回避できる空間は真上だけだった。
砲撃する側としては良い的だが、幸いフォートブラッグの砲ならば未だ再装填の最中。
砲撃はしばらく無い。
一方でフェータの被害もさほどものでもない。
本体へのダメージは計上するほども無く、心配していたウイングユニットへのダメージも軽微だ。
ただ、索敵装置であるヘッドバイザーが破損しているが、既に敵を発見している以上今回の戦闘で使う事は無いだろう。
潔くデットウエイトとして切り捨て、フェータはアイゼンに目を向ける。
背を向けて逃走しているかと思いきや、彼女はビルの角に背中から突っ込んでいた。
「!?」
一瞬、こちらをおびき寄せる為の演技か、とも思ったが実際に砲も片方破損しており使用不能となっているようだ。
主兵装の二分の一。交互に射撃をすることで装填時間を補う事を考えれば、実際のダメージはそれ以上といえるだろう。演技にしては支払うリスクが大き過ぎる。
思えば彼女は機械脚を収納した直後の不安定な姿勢で強引に砲撃を行っていた。
反動でバランスを崩すのも当然だと言える。
まして、やわざわざ機械脚を展開して発砲するような高反動の砲である。
「自爆、ですね。これで終わりです!!」
彼我の距離と自分の速度。
敵側の砲の装填時間。
(勝った!!)
そう判断し、アイゼンに向けて加速するフェータ。
如何に早く刀を抜き斬り付けるか。
それに特化した技術はアーンヴァルと言う翼を得て神速の斬撃を可能とする。
移動に足を使い、重心を保てない人間には決して真似の出来ない高速移動中の居合い抜き。
抜刀の速度に翼の加速を合わせ、圧倒的な速度を攻撃力に転化するその一撃は“銃を使えない”フェータが唯一頼みとするただ一撃の全力だった。
「これでぇ!! ────っ!!」
アイゼンの砲身がこちらを向いていた。
ただそれだけに悪寒を感じ無理矢理身を捻る。
発砲は、その直後だった。
「やったか!?」
爆炎に包まれた戦場に目を凝らす祐一。
最初から砲撃戦を挑むつもりなど毛頭無い。
超高速の斬撃に対する対処として彼らが選んだのは、槍を砲撃に置き換えた迎撃。
古来より馬上突撃を行う騎兵に対し槍で迎撃を試みるのは戦場の常套手段であった。
それは人が神姫に、馬が翼に、槍が砲に置き換わったとしても有効な手段。
そして、その特性上“地面と水平”にしか行われないフェータの攻撃軌道はどうしても平面的なものになる。
立体的な機動力を有するアーンヴァルだが、流石に地面に向けて加速し抜刀を行うわけにはいかないし、地面より下から攻撃する事も不可能だ。
つまり、来る方向さえ分かっていれば、砲撃でも充分に命中を見込める。
それ故に半ば覚悟でビルに激突し、背後をビルで鎧い、前方の通りからの斬撃のみに敵の軌道を限定した。
さらにはビルを背負う事でフェータの“すれ違い様の斬撃”も防ぐ事ができる。
ビルとの激突を避けるため、知らず知らず速度を落としてしまったフェータの計算に狂いが生じたのは、予想外の幸運だったが、それが無くともかわせる物ではない。
……筈だった。
「マスター、まだだよ!!」
爆炎を上に突き抜けアーンヴァルの翼が飛び出してくる。
その姿はまさに満身創痍。
しかし、致命傷では無い。
『かわしたのか、あれを……』
被弾は恐らく右脚部。
パーツの半ばから引きちぎれ無残に火花を散らしているが中の素体は辛うじて無事な筈だ。
祐一のその判断を証明するように、フェータは破損した脚部を左右共に廃棄。
続いて全身の装甲パーツを放棄し眼下の地面に落とすと、三度抜刀の姿勢を取り加速する。
「まだ、来るのか……!」
「迎撃する!!」
アイゼンはそう言うが、今度こそ砲弾の装填は間に合わない。
────否。
もう、砲撃は。
出来ない。
砲弾の直撃により引きちぎれたアーンヴァルの右脚部は、アイゼンの背負う最後の砲身を直撃し半ばからへし折っていた。
もはや、アイゼンに残されているのは同じくフォートブラッグのハンドガン一丁。
当然、この威力では抜刀を止められない。
一撃でアーンヴァルを吹き飛ばすだけの威力は、フォートブラッグの砲を持ってするしかない。
それゆえの装備選択。
しかし、アイゼンも負けるつもりは無い。
もう一つだけ切り札になりそうなものがある。
単なる思い付きに過ぎないが、祐一が用意したこのお膳立ての上でならできるかもしれない。
いや、やらねばならない。
────覚悟を、決めた。
加速。
幸いにしてウイングユニットはほぼ無傷。
加えて全備重量は燃料、装甲とも殆ど失っている為、今までに無く軽い。
さらに今回は壁に激突する事も覚悟して加速する。
間違いなく、今までで最速、最高の一撃を放てる筈だ。
『もういいわ、フェータ。止めなさい』
「ダメですマスター。私には、もう時間が……」
『でも……』
「お願いです。これが最期なんです。決着を、付けさせてください……」
『………………』
「………………」
『………………絶対に、勝ちなさい』
「了解!!」
加速。
加速。
加速。
フェータは生まれて初めて体験する速度を全身で感じ、最後の手段、切り札を切る。
「ウイングパーツ、除装っ!!」
背中からウイングパーツを除去し、それを巨大な弾頭として動けないアイゼンに向けて打ち出した。
仮にその一撃にアイゼンが耐えたとしても、慣性に従い一呼吸送れて到達したフェータ自身の抜刀がケリをつける。
「今度こそ、終わりです!!」
フェータが吼えた。
「負けない!!」
アイゼンは、バックパックの機械脚を展開する。
砲撃モードではない。
上から振り下ろすように展開した機械脚が、突っ込んでくるアーンヴァルのウイングユニットを地面に叩きつけた。
パワーアームを標準装備とするストラーフタイプ。
故に、外付けパーツの制御に関して右に出る神姫はいない。
それは、フォートブラッグの機械脚を腕代わりに扱えるほどに。
5年と言う年月で培った戦闘経験の蓄積と、祐一が手がけた自分の性能に自信を持つゆえの荒業。
それは、アーンヴァルのウイングを捻じ伏せ、フェータの抜刀に対する盾となる。
ザクッ。
顔面を掠めた切っ先に左目の視界を奪われながら右手の銃を突きつける。
銃口の先には抜刀を終えたフェータ。
彼女に影を落とすのは、宙を舞う切断された機械脚。
それが、地面に落ちるよりも早く、一発の銃声が響き渡った。
「で、結局なんだったんだ?」
「……」
美空は喋らない。
「勝ったら話すって約束、覚えてる?」
「う゛っ……」
「マスター」
フェータの弱々しい声に促され美空が姿勢を正す。
「前に一度、貴方と戦った事があるのよ」
「へ?」
覚えてない。
「覚えてるわけ無いわよね、本気で一瞬だったんだもん」
初めてバトルに参加した時の相手が祐一とアイゼンだったと言う。
そしてそこで無残な敗北を喫し……。
「それ以来、フェータにいろんなエラーが出るようになったわ。それもだんだん酷くなって」
銃火器の制御が出来なくなり、アーンヴァル以外の装備も受け付けなくなった。
それゆえ火器管制に頼らない格闘装備しか選択肢の無くなったフェータ。
威力を重視しレーザーソードではなく刀への移行。
そして………。
「何度も練習して再戦の時を待ったわ。そして昨日、ようやく貴方を見つけたの」
そこで勝って一勝一敗。だから、決着をつける為に今日の戦いを挑んだのだが……。
「見事に負けたって訳。―――惨敗よ。あたしとフェータじゃあんた達には届かなかった……」
「でも、全力で戦いました。これでもう何時壊れても悔いはありません」
すがすがしくそう言うと、フェータは崩れ落ちるように腰を落とす。
カラッ……。
「ん?」
その音に思わずフェータを掴み上げる祐一。
「きゃっ!?」
驚く彼女をそのままシェイク。
カラカラカラ……。
「おい、待て。整備とかしてるのか?」
「クレイドルに乗せればいいんでしょ? 毎日やってるわよ」
「んじゃ何でこんな音がする?」
「……そう言うものじゃないの? 最初に買った時からそう言う音してたわよ?」
スパンッ!! と哀れな神姫に変わってハリセンで制裁を加え、祐一は隣のブロックにある修理センターへフェータを運んだ。
診断の結果、原因は初回起動時にCSCをセットした後、蓋のネジ止めを完全に忘れ去ったことにより内部で蓋がズレ、各種配線を傷つけた事にあった。
「おまえ神姫に謝れ、フェータに謝れ」
「しょ、しょうがないじゃない!! こんな複雑な機械分かるわけ無いでしょ。DVDの録画だって出来ないのよ!!」
「胸張って言う事か!」
「だから神姫にしたんじゃない!! 異常があれば自分で気がつくって言うから!!」
「一番最初にその回路を壊しておいて何言ってやがる!!」
「それこそ分かるわけ無いでしょ!! だいたい説明書だってちんぷんかんぷんで、最初CSCが入らないなー、とか思ってたら向きが逆だったりしたのよ。完成しただけでも上出来だと思わない!?」
「それでどうする!! これから先壊れたらどうするつもりだよ!?」
「アンタが直しなさい!!」
「はぁ!?」
「最初に壊したのはあんただもの。責任取りなさい!!」
「ちょ、何でそうなる!?」
「何よ、文句でもあるわけ!!」
「無いわけあるか!!」
主同士の言い争いを聞きながらアイゼンとフェータは溜息をつく。
「まぁ、要するに……」
「これからもよろしくって事で……」
いがみ合う人間を他所に神姫同士はその手を繋いでいた……。
[[第三話:魔弾の射手(前編)]]につづく
*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第二話:鋼の悪魔と天使の刃(後編)
「ずいぶん待たせるじゃない」
翌日。神姫センターに着いたら美空が待っていた。
「恐れをなして逃げたかと思ったわ?」
「いや、今2時。約束は3時からだろ?」
「あたしは1時から待ってたの!!」
「暇なのか、お前?」
「うるさい!! いいから勝負よ!!」
「って、俺達まだテストもしてないんだぞ!?」
「やったって同じよ。どうせあたし達が勝つわ」
その言葉にふと脚を止める祐一。
「そういや、何で俺らと戦いたがるんだ?」
「……!」
「そんなに強いなら幾らでも相手は居るだろうに?」
「……アンタには2回勝つって決めたのよ」
「?」
意味が分からず首を傾げる祐一。
「いいわ、もしも貴方が勝てたら、理由を教えてあげる」
「……ホントだな?」
「勝てたら、よ。どうせ無理だろうけどね」
「どうかな、終るまで分からないよ」
「じゃあ、始めましょうか?」
「そうだね」
そう言って互いに筐体へと歩いて行く。
神姫を対戦用のゲートに入れ、コンピュータの指示に従い対戦の準備を整えた。
「期せずしてぶっつけ本番だね。大丈夫アイゼン?」
「ん、大丈夫」
「よし、今回に限っては弾道計算も着弾観測も必要ないから、通常の火器管制プログラムを流用できると思うよ。後は打ち合わせ通りに」
「了解」
アイゼンが答えた直後、ゲームの開始をコンピュータが宣言して戦闘が始まった。
対戦用の筐体はバトルロイヤルのものに比べればかなり狭い。
それでもスペースに余裕のあるこの神姫センターでは、それなりの広さがある大型筐体を複数置いてある。
今回の戦場はその中の一つ、神姫サイズに作られた架空の都市だった。
立ち並ぶビルディングと交差する道が立体的な戦場を作り出しており、神姫の能力とオーナーの作戦次第で無限の戦況を生み出す。
そのフィールドでフェータは今回、美空の作戦に従いビルの合間を地面すれすれに飛行していた。
先の荒野での戦闘とは違い、遮蔽物が密集するこの地形では上空に飛び上がれば一方的に発見され、的にされる可能性が高い為だった。
反面こうして低空飛行をしていれば、早々狙いは付けられない。
最大の問題である旋回性は、向きを変えたい方の脚を地面に押し付ける事で強引に解決する。
地面との摩擦で脚部ユニットが磨耗する為、それほど長続きする戦法ではないが、たった一体の敵を見つけて切り捨てるだけなら充分におつりが来る。
「……目標発見!!」
程なく敵を発見したフェータが軽く驚愕する。
ビルディングの何れかに潜んでいるとばかり思っていたアイゼンが、堂々と大通りのど真ん中に仁王立ちしていたという事が一つ。
そしてもう一つは……。
「パワーアームがない!?」
ストラーフタイプの特徴とも言うべきパワーアームと、それを支えるレッグパーツが無い。
代わりに背後から巨大な砲身が二門突き出しており、脚部はストラーフのものより小型の機械脚に換装されている。
『あれってたしか、砲撃型の神姫(フォートブラッグ)!?』
フェータの視界をモニタしていた美空の驚愕。
それは今までの格闘戦主体の装備とは大きく異なる、長距離砲撃戦の装備であった。
美空の見立てどおり、アイゼンの背負っているのは砲撃型の神姫、フォートブラッグのバックパックだった。
ただし、砲は増設されて二門。
肥大化した重量と発射の衝撃に備える為、バックパックに付属している機械脚をもう一組用意し、神姫本体の脚部と置き換えて装備。
結果的に速度と格闘能力を切り捨てた形の武装になる。
当然、高速戦闘を売りとするアーンヴァル、ましてや刀以外の武装を一切持たず推力が有り余っているフェータの機動について行ける筈も無い。
だがしかし、逆に考えてみればどんな装備をした所でついていける速度では無いのだから、初めから速度を諦めるというのは選択肢の一つである。
もちろん、相手側の“速度を殺す”戦法も用意してある。
しかし、今のアイゼンが成すべき事は2つ。
初撃の一刀をかわし、最低限砲撃能力を失わない程度のダメージに止める事。
そして二つ目がその意図を悟られない事だった。
だから撃つ。
バックパックの機械脚を展開し砲撃モード。
照準もそこそこに発砲。
轟音と共に発射された1.2mm弾が空気を引き裂いてフェータに襲い掛かる。
至近距離を高速弾が通過した衝撃で軌道が乱れるが直撃ではない。
だが充分。敵にこちらが砲撃を持っていると判らせればそれでいい。
後は逃げるだけだ。
「逃がさないっ!!」
機械脚を収納し移動しようとするアイゼンに猛然と襲い掛かるフェータ。
ここで逃がせば手の届かない距離からの砲撃をもう一度受ける。
当然といえば当然だが、向こうはこれで決めるつもりのようだ。
だからもう一度、アイゼンは不安定な姿勢のまま砲弾を放った。
「そんな、装弾が早すぎる!!」
『落ち着きなさい、2門の砲を一発ずつ撃ってるだけ。次は無いわ』
しかし、美空が言い終えると同時にフェータの視界はブラックアウト。
「なっ!?」
アイゼンの撃った砲弾は狙いを逸れてかフェータの遙か手前、アイゼンとの中間点に位置するアスファルトに着弾。破片と埃を大量に撒き散らしていた。
通常ならただそれだけの話。
しかし、フェータは今高速でアイゼンに向って移動しているのだ。
それを見た次の瞬間には、彼女はその爆心地に頭から突っ込んでしまっていた。
「くっ!!」
視界を奪われ思わず上昇するフェータ。
爆風で軌道がゆがみ、再計算の余裕も無く、周囲の観測も出来ないフェータが、確実にビルとの接触を回避できる空間は真上だけだった。
砲撃する側としては良い的だが、幸いフォートブラッグの砲ならば未だ再装填の最中。
砲撃はしばらく無い。
一方でフェータの被害もさほどものでもない。
本体へのダメージは計上するほども無く、心配していたウイングユニットへのダメージも軽微だ。
ただ、索敵装置であるヘッドバイザーが破損しているが、既に敵を発見している以上今回の戦闘で使う事は無いだろう。
潔くデットウエイトとして切り捨て、フェータはアイゼンに目を向ける。
背を向けて逃走しているかと思いきや、彼女はビルの角に背中から突っ込んでいた。
「!?」
一瞬、こちらをおびき寄せる為の演技か、とも思ったが実際に砲も片方破損しており使用不能となっているようだ。
主兵装の二分の一。交互に射撃をすることで装填時間を補う事を考えれば、実際のダメージはそれ以上といえるだろう。演技にしては支払うリスクが大き過ぎる。
思えば彼女は機械脚を収納した直後の不安定な姿勢で強引に砲撃を行っていた。
反動でバランスを崩すのも当然だと言える。
まして、やわざわざ機械脚を展開して発砲するような高反動の砲である。
「自爆、ですね。これで終わりです!!」
彼我の距離と自分の速度。
敵側の砲の装填時間。
(勝った!!)
そう判断し、アイゼンに向けて加速するフェータ。
如何に早く刀を抜き斬り付けるか。
それに特化した技術はアーンヴァルと言う翼を得て神速の斬撃を可能とする。
移動に足を使い、重心を保てない人間には決して真似の出来ない高速移動中の居合い抜き。
抜刀の速度に翼の加速を合わせ、圧倒的な速度を攻撃力に転化するその一撃は“銃を使えない”フェータが唯一頼みとするただ一撃の全力だった。
「これでぇ!! ────っ!!」
アイゼンの砲身がこちらを向いていた。
ただそれだけに悪寒を感じ無理矢理身を捻る。
発砲は、その直後だった。
「やったか!?」
爆炎に包まれた戦場に目を凝らす祐一。
最初から砲撃戦を挑むつもりなど毛頭無い。
超高速の斬撃に対する対処として彼らが選んだのは、槍を砲撃に置き換えた迎撃。
古来より馬上突撃を行う騎兵に対し槍で迎撃を試みるのは戦場の常套手段であった。
それは人が神姫に、馬が翼に、槍が砲に置き換わったとしても有効な手段。
そして、その特性上“地面と水平”にしか行われないフェータの攻撃軌道はどうしても平面的なものになる。
立体的な機動力を有するアーンヴァルだが、流石に地面に向けて加速し抜刀を行うわけにはいかないし、地面より下から攻撃する事も不可能だ。
つまり、来る方向さえ分かっていれば、砲撃でも充分に命中を見込める。
それ故に半ば覚悟でビルに激突し、背後をビルで鎧い、前方の通りからの斬撃のみに敵の軌道を限定した。
さらにはビルを背負う事でフェータの“すれ違い様の斬撃”も防ぐ事ができる。
ビルとの激突を避けるため、知らず知らず速度を落としてしまったフェータの計算に狂いが生じたのは、予想外の幸運だったが、それが無くともかわせる物ではない。
……筈だった。
「マスター、まだだよ!!」
爆炎を上に突き抜けアーンヴァルの翼が飛び出してくる。
その姿はまさに満身創痍。
しかし、致命傷では無い。
『かわしたのか、あれを……』
被弾は恐らく右脚部。
パーツの半ばから引きちぎれ無残に火花を散らしているが中の素体は辛うじて無事な筈だ。
祐一のその判断を証明するように、フェータは破損した脚部を左右共に廃棄。
続いて全身の装甲パーツを放棄し眼下の地面に落とすと、三度抜刀の姿勢を取り加速する。
「まだ、来るのか……!」
「迎撃する!!」
アイゼンはそう言うが、今度こそ砲弾の装填は間に合わない。
────否。
もう、砲撃は。
出来ない。
砲弾の直撃により引きちぎれたアーンヴァルの右脚部は、アイゼンの背負う最後の砲身を直撃し半ばからへし折っていた。
もはや、アイゼンに残されているのは同じくフォートブラッグのハンドガン一丁。
当然、この威力では抜刀を止められない。
一撃でアーンヴァルを吹き飛ばすだけの威力は、フォートブラッグの砲を持ってするしかない。
それゆえの装備選択。
しかし、アイゼンも負けるつもりは無い。
もう一つだけ切り札になりそうなものがある。
単なる思い付きに過ぎないが、祐一が用意したこのお膳立ての上でならできるかもしれない。
いや、やらねばならない。
────覚悟を、決めた。
加速。
幸いにしてウイングユニットはほぼ無傷。
加えて全備重量は燃料、装甲とも殆ど失っている為、今までに無く軽い。
さらに今回は壁に激突する事も覚悟して加速する。
間違いなく、今までで最速、最高の一撃を放てる筈だ。
『もういいわ、フェータ。止めなさい』
「ダメですマスター。私には、もう時間が……」
『でも……』
「お願いです。これが最期なんです。決着を、付けさせてください……」
『………………』
「………………」
『………………絶対に、勝ちなさい』
「了解!!」
加速。
加速。
加速。
フェータは生まれて初めて体験する速度を全身で感じ、最後の手段、切り札を切る。
「ウイングパーツ、除装っ!!」
背中からウイングパーツを除去し、それを巨大な弾頭として動けないアイゼンに向けて打ち出した。
仮にその一撃にアイゼンが耐えたとしても、慣性に従い一呼吸送れて到達したフェータ自身の抜刀がケリをつける。
「今度こそ、終わりです!!」
フェータが吼えた。
「負けない!!」
アイゼンは、バックパックの機械脚を展開する。
砲撃モードではない。
上から振り下ろすように展開した機械脚が、突っ込んでくるアーンヴァルのウイングユニットを地面に叩きつけた。
パワーアームを標準装備とするストラーフタイプ。
故に、外付けパーツの制御に関して右に出る神姫はいない。
それは、フォートブラッグの機械脚を腕代わりに扱えるほどに。
5年と言う年月で培った戦闘経験の蓄積と、祐一が手がけた自分の性能に自信を持つゆえの荒業。
それは、アーンヴァルのウイングを捻じ伏せ、フェータの抜刀に対する盾となる。
ザクッ。
顔面を掠めた切っ先に左目の視界を奪われながら右手の銃を突きつける。
銃口の先には抜刀を終えたフェータ。
彼女に影を落とすのは、宙を舞う切断された機械脚。
それが、地面に落ちるよりも早く、一発の銃声が響き渡った。
「で、結局なんだったんだ?」
「……」
美空は喋らない。
「勝ったら話すって約束、覚えてる?」
「う゛っ……」
「マスター」
フェータの弱々しい声に促され美空が姿勢を正す。
「前に一度、貴方と戦った事があるのよ」
「へ?」
覚えてない。
「覚えてるわけ無いわよね、本気で一瞬だったんだもん」
初めてバトルに参加した時の相手が祐一とアイゼンだったと言う。
そしてそこで無残な敗北を喫し……。
「それ以来、フェータにいろんなエラーが出るようになったわ。それもだんだん酷くなって」
銃火器の制御が出来なくなり、アーンヴァル以外の装備も受け付けなくなった。
それゆえ火器管制に頼らない格闘装備しか選択肢の無くなったフェータ。
威力を重視しレーザーソードではなく刀への移行。
そして………。
「何度も練習して再戦の時を待ったわ。そして昨日、ようやく貴方を見つけたの」
そこで勝って一勝一敗。だから、決着をつける為に今日の戦いを挑んだのだが……。
「見事に負けたって訳。―――惨敗よ。あたしとフェータじゃあんた達には届かなかった……」
「でも、全力で戦いました。これでもう何時壊れても悔いはありません」
すがすがしくそう言うと、フェータは崩れ落ちるように腰を落とす。
カラッ……。
「ん?」
その音に思わずフェータを掴み上げる祐一。
「きゃっ!?」
驚く彼女をそのままシェイク。
カラカラカラ……。
「おい、待て。整備とかしてるのか?」
「クレイドルに乗せればいいんでしょ? 毎日やってるわよ」
「んじゃ何でこんな音がする?」
「……そう言うものじゃないの? 最初に買った時からそう言う音してたわよ?」
スパンッ!! と哀れな神姫に変わってハリセンで制裁を加え、祐一は隣のブロックにある修理センターへフェータを運んだ。
診断の結果、原因は初回起動時にCSCをセットした後、蓋のネジ止めを完全に忘れ去ったことにより内部で蓋がズレ、各種配線を傷つけた事にあった。
「おまえ神姫に謝れ、フェータに謝れ」
「しょ、しょうがないじゃない!! こんな複雑な機械分かるわけ無いでしょ。DVDの録画だって出来ないのよ!!」
「胸張って言う事か!」
「だから神姫にしたんじゃない!! 異常があれば自分で気がつくって言うから!!」
「一番最初にその回路を壊しておいて何言ってやがる!!」
「それこそ分かるわけ無いでしょ!! だいたい説明書だってちんぷんかんぷんで、最初CSCが入らないなー、とか思ってたら向きが逆だったりしたのよ。完成しただけでも上出来だと思わない!?」
「それでどうする!! これから先壊れたらどうするつもりだよ!?」
「アンタが直しなさい!!」
「はぁ!?」
「最初に壊したのはあんただもの。責任取りなさい!!」
「ちょ、何でそうなる!?」
「何よ、文句でもあるわけ!!」
「無いわけあるか!!」
主同士の言い争いを聞きながらアイゼンとフェータは溜息をつく。
「まぁ、要するに……」
「これからもよろしくって事で……」
いがみ合う人間を他所に神姫同士はその手を繋いでいた……。
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