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「あなたのかなでたい音色1」(2007/09/04 (火) 21:37:02) の最新版変更点
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SHINKI/NEAR TO YOU
Phase02-1 ouverture
アナタノネイロヲ、キカセテ
♪♪♪
六月といえば梅雨だ。ところであれだけ雨が降る月の呼び名が「水無月」というのはどういうことだろう?
そんなことを思った有馬駿(アリマ シュン)がゼリスにふと尋ねてみると、彼女は手にした大判の書籍を抱えたまま返事を返してきた。
「旧暦では水無月は現在でいう7月に相当しますから、梅雨明けというところから『水の無くなる月』という呼称がつけられたそうですね。また、その由来から外れることとなった現在においては、降水によって天の水が無くなるという解釈が適用されると言われます」
すらすら答える彼女――背丈14cmほどの小さな自動人形(オート・マタ)の少女はシュンの武装神姫、ゼリスだ。
「けどさ、今年なんかはホントに水無し月だよな」
「そうですね。伝聞においてもそのような話題が多いです。いわゆる〝空梅雨〟ってやつですね」
それからゼリスは、太平洋高気圧がどうだとかフィリピン海での対流がどうとか、ひとしきり講釈。
シュンはそんな彼女の突発的な講義を聞きながら、率直な感想を述べた。
「……そんだけ無駄に物知りだったらさ。僕が試験勉強してるときも手伝ってくれりゃいいのに」
先週までシュンの中学は中間考査の最中。そこそこの成績はキープできたと思うが、こいつが協力してくれればもっと楽できたんじゃないか?
「シュン、それでは貴方のためになりませんよ。それにシュンは私に勉学を教えて欲しいのですか?」
「…………やめとく」
ちょっと悩んだ後、かぶりを振る。きっと中学のどの教師よりも分かりやすく講義を行ってくれるような気もするが、きっと中学のどの教師よりも妥協してくれないだろうから。
それにシュンの通う学校はエスカレータ式だ。二年の今の時期から神姫の家庭教師の世話になる必要もないだろう。
シュンの返答を予想していたのか、ゼリスはそれ以上特に何も言うこともなく、手にした本をパタリと閉じてソファに置いた。こいつは最近絵本にハマッているらしい。タイトルは「人魚姫」だった。
急に読書を中断して何なのかと思ったら、答えはTVを観ればすぐに分かった。
「あっ、〝黒猫キッド〟だ~♪」
ちょうど二階の部屋から降りてきた妹の優が、楽しげにゼリスの隣に座る。
始まったのは『黒猫キッドの冒険』っていう、いわゆる子供向けの人形劇だ。悪の科学者にサイボーグにされた黒猫が、ガトリング銃片手に毎度巻き起こる騒動を切り抜けていくという……なんというか。観る者によってはたまらない作品らしい。
まあ、たまには一緒に見てみるか。平凡的な日本の男子中学生からすれば、試験明けの日曜の午前ともなれば、特に何もすることもない訳だし――。
そんなことをシュンが考えていると、唐突に玄関のチャイムが鳴った。
シュンは立ち上がる。母、京子がリビングに紅茶を淹れてきてくれたところだったので、来客には自分が対応する旨を伝えると「お願いね」と京子は微笑みながらリビングに入っていった。
玄関に向かう間にリビングからは「あら、ネコさんもう始まっちゃった?」とか言う声が聞こえる。
大人気だな黒猫キッド。
そんなことを思いながら、シュンは玄関の扉を開いた。
「こんにちは」
玄関の先には、シュンの知らない少年がひとり立っていた。
同年代くらいに思えるが、シックな服装に身を包んだその姿はいかにも育ちが良さそう……というか、上品なイメージ。何よりも整った顔立ち、美形だ。
はて、どこの国にも王子様の知り合いはいなかったはずだが?
シュンがポカンとしていると、彼はイメージに見合う爽やかな笑顔を浮かべ、会釈を返してきた。
「はじめまして、失礼ですがこちらにゼリスさんという方は居られますか?」
「はい?」
怪訝な顔で聞き返すシュンに、目の前の少年は穏やかな笑みを絶やさずに、胸元に手をやった。
「ほら、君からも説明しなさい」
そう呼びかける少年の胸元を見てみれば、上着の間から小さな顔がこちらを伺っていることに気がついた。
武装神姫だ。とうことは、この彼も神姫オーナーってことか。
「あの……こちらがゼリスさんのお宅だとお聞きしているのですが……違いますか?」
「いや、たしかにうちにはゼリスはいるけど……」
しかし、シュンにはこの神姫にも、そのオーナーの少年にも見覚えがない。
「何か勘違いしてるんじゃないでしょうか?」とシュンが尋ね返そうとしたところに、京子がゼリスと一緒にやってきた。戻ってこないシュンが気になり様子を見に来てくれたらしい。
「……まさか本当に訪ねてくるとは。そこまで貴女の気持ちが切迫しているとは思いませんでした」
ホッとしたのも束の間、来客を見るなりポツリと呟いたゼリスに、シュンは訝しげな目を向ける。
あの~、ゼリスさんはこちらの方々といったいどういったお知り合いで?
そんなシュンの気持ちを知ってか知らずか。「あらあら、ゼリスちゃんのお知り合い?」とのんびり訪ねる京子にゼリスはコクリと頷いた。
「彼女は、私の友人です」
♪♪♪
シュンはとりあえずふたりをリビングに通して、話しを聞いてみることにした。
少年の名は和光耕一(ワコウ コウイチ)、都内の私立中学に通う学生で、神姫の名はチカというらしい。耕一は音楽家を目指していて、ヴァイオリンの演奏がふたりの趣味なのだという(ちなみにあとで聞いたところ、耕一の通っているのはあの名門黒葉学園らしい。驚きだ)。
なるほど、どこかの国の王子様ではなかったらしい。で、そんな彼らとゼリスにいったいどんな接点があったのだろう?
「ゼリスさんとは、インターネットで知り合ったんです。いろいろと遣り取りをしているうちに、メールで時々相談にも乗っていただいて……」
シュンの疑問は顔にも出ていたらしく、チカがおずおずと語り出す。
「お前、いつの間にメル友なんて作ってたんだよ?」
ゼリスがパソコンをこそこそイジッているのは知っていたが、そんな遣り取りをしていたとは知らなかった。
「別に……日々を送るなかで様々な出会いを重ねるのは当然のことです。私がプライヴェートで友人を作っていたとしても、不思議はないでしょう?」
……そうですか。
ネット社会の広がりはシュンの生まれた頃からより顕著になっているそうだが、神姫の間にもそんな繋がりが存在しているらしい。すごいことになってるなぁ……。
「ゼリスさんのことはチカから伺っています。いろいろとお世話になっているそうで、ありがとうございます」
丁寧にお辞儀してくる耕一。そんなにかしこまられてもこっちが息苦しくなっちゃうんだけどな。けれど耕一の上品な様はとても自然で、きっとそういうのが当たり前な環境で育ってきたのだろう。
一方、耕一の神姫であるチカの方は少々はにかみ屋のようだ。今も礼をする彼の前で頬を赤く染めている。
「かしこまっていただかなくても、結構です。お世話になっているのはお互い様ですから。それよりも、本題に入るべきでしょう」
ゼリスはそんな彼らの挨拶をさらっと流し、さっさと話しを進める。
「せっかちな奴だな。せっかく友達が会いに来てくれたんだから、ゆっくり邂逅を分かち合えばいいじゃんか」
「いえ、ゼリスさんの言う通りです。あまり長居をしてご迷惑をお掛けしても悪いでしょうから」
耕一は「ほら」と自分の前に座るチカを促す。
「あれ? 耕一さんはチカさんの相談の内容を知らないの?」
不思議に思ったシュンに、耕一が苦笑を浮かべる。
「はい。私もそちらのゼリスさんとお会いするとまでは聞いていたのですが、具体的な目的までは彼女からまだ聞いていないのです」
耕一の言葉にチカはますます身を小さくする。オーナーにも話してなかったような悩み、それも直接会って聞いて欲しいような相談か。どんな内容なんだろう?
皆の興味を集めるなか、チカは耕一の顔をチラチラと伺いつつも、語りだした。
「わたしは、ヴァイオリンを弾いてみたいんです」
静かに話し出したチカ。しかし、その内容に一堂は首を傾げた。
「ヴァイオリンって……チカちゃん、ヴァイオリンならもう持ってるよね?」
きょとんする優の言うように、今もチカの隣にはヴァイオリンケースが寝かされている。これがヴァイオリンじゃなかったら何だってんだ?
シュンはちらっと耕一に目を向ける。
「確かに彼女が持っているのはヴァイオリンですが……そうだよね、チカ?」
「はい、そうなんですが……」
「貴女の持っているヴァイオリンが問題なのでしょう?」
耕一の質問に口籠ったチカは、ゼリスの助け舟にホッとした表情を浮かべた。
「そうなんです」
チカはケースを手元に寄せると、パチリとフタを開いた。
中から出てきたのは、褐色の木目美しいクラシックなヴァイオリン。チカはそのヴァイオリンを取り出すと、顎と肩で挟み、左手を弦の上へ、右手に持った弓をそっと添える。
響く音色。
曲はシュンでも知っている、バッハの弦楽器組曲第三番――G線上のアリアだ。チカのイメージそのままの、ゆったりとした優しい音色。
演奏を終えると、チカは丁寧にお辞儀をした。楽器を降ろし、一堂を見渡す。
「こういう事なんです」
いや、どういうこと? 話が飲み込めないシュンに対し、しかし、周りのみんなはチカの言葉に納得したのか、一様に考え深げな顔をしている。耕一も頷きながら、なんだか困ったような表情。シュンには全く意味が分からない……。
仕方がないので、どうやら一番事情を知ってるらしいゼリスに聞いてみる。
「シュン。彼女の演奏を聞いていて、気がつきませんでしたか?」
「へ? いや普通にいい演奏だと思ったけどそれがどうし……イタタタタッ」
素直に感想を述べただけなのに、いきなりゼリスにつねられた。
「何すんだよ、もう!」
「誰が感想の口述を要求したのですか? 注目するべきなのは、彼女の弾いているヴァイオリンの方です」
「……シンフォニック・ヴァイオリン」
耕一が呟く。
「そう。彼女の弾いているのは本物のヴァイオリンではありません。神姫用にダウンサイジングを施したシンフォニック・ヴァイオリンと呼ばれるタイプの物です」
「どういうことだ?」
楽器に詳しい訳じゃないシュンにはよく分からない。その様子を見取って耕一が教えてくれた。
ヴァイオリンという楽器は、とても繊細だ。名匠が創った名器を再現しようと、技師たちの努力や専門家による研究が続けられているように、ほんの僅かな形の違いから大きさ、果てやニス、あらゆる要素がその音色に影響する。
そんなヴァイオリンという楽器において、神姫用のそれを創るには大きな問題があるのだという。
「神姫用のヴァイオリンは、小さ過ぎるんです」
ヴァイオリンのような弦楽器の音には、弦の長さや太さなどが密接に関係する。
仕組みは同じ弦楽器と言えど大きさが変わることで、同じ弦楽器であるヴィオラやチェロのように異なる音色を出す楽器となる。
神姫の大きさに合わせた弦や弓そのままでは、ヴァイオリンの音色を出すことは不可能なのだそうだ。
「ですから神姫用のヴァイオリンを作ろうとするならば、電子化によって音を再現するしか方法がないのです。シンフォニック・ヴァイオリンと、弦と弓の振動によって音を発するバロック・ヴァイオリンとの相違点です」
耕一の説明をゼリスが引き取る。
つまりはチカの持ってるヴァイオリンは、本物じゃなくてヴァイオリン型のシンセサイザーみたいなものってことか。
「別にストラディバリウスやグァルネリのような名器でなくてもいいんです。ただ一度でいいから、電子的に作られた音色じゃなくて、弦を弓でこすることによってメロディを奏でる……そんな本物のヴァイオリンを弾いてみたいんです」
顔の前で指を組み合わせながら、真摯にチカは言う。
シュンは納得した。楽器や音楽のことは詳しくないけれど、人間のヴァイオリニストがストラディバリウスを弾くことに憧れるように、神姫であるチカにとっては人間の弾くような、バロック・ヴァイオリンを弾くことが夢なんだろう。
ふと気がつけば、さっきまでは晴れていた空はいつの間にかどんよりした雲に覆われていた。
やれやれ。どうやらチカの相談事は、一筋縄じゃいかないぞ
▲BACK///[[NEXT▼>あなたのかなでる音色2]]
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[[戻る>二アー・トゥ・ユー]]
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アナタノネイロヲ、キカセテ
♪♪♪
六月といえば梅雨だ。ところであれだけ雨が降る月の呼び名が「水無月」というのはどういうことだろう?
そんなことを思った有馬駿(アリマ シュン)がゼリスにふと尋ねてみると、彼女は手にした大判の書籍を抱えたまま返事を返してきた。
「旧暦では水無月は現在でいう7月に相当しますから、梅雨明けというところから『水の無くなる月』という呼称がつけられたそうですね。また、その由来から外れることとなった現在においては、降水によって天の水が無くなるという解釈が適用されると言われます」
すらすら答える彼女――背丈14cmほどの小さな自動人形(オート・マタ)の少女はシュンの武装神姫、ゼリスだ。
「けどさ、今年なんかはホントに水無し月だよな」
「そうですね。伝聞においてもそのような話題が多いです。いわゆる〝空梅雨〟ってやつですね」
それからゼリスは、太平洋高気圧がどうだとかフィリピン海での対流がどうとか、ひとしきり講釈。
シュンはそんな彼女の突発的な講義を聞きながら、率直な感想を述べた。
「……そんだけ無駄に物知りだったらさ。僕が試験勉強してるときも手伝ってくれりゃいいのに」
先週までシュンの中学は中間考査の最中。そこそこの成績はキープできたと思うが、こいつが協力してくれればもっと楽できたんじゃないか?
「シュン、それでは貴方のためになりませんよ。それにシュンは私に勉学を教えて欲しいのですか?」
「…………やめとく」
ちょっと悩んだ後、かぶりを振る。きっと中学のどの教師よりも分かりやすく講義を行ってくれるような気もするが、きっと中学のどの教師よりも妥協してくれないだろうから。
それにシュンの通う学校はエスカレータ式だ。二年の今の時期から神姫の家庭教師の世話になる必要もないだろう。
シュンの返答を予想していたのか、ゼリスはそれ以上特に何も言うこともなく、手にした本をパタリと閉じてソファに置いた。こいつは最近絵本にハマッているらしい。タイトルは「人魚姫」だった。
急に読書を中断して何なのかと思ったら、答えはTVを観ればすぐに分かった。
「あっ、〝黒猫キッド〟だ~♪」
ちょうど二階の部屋から降りてきた妹の優が、楽しげにゼリスの隣に座る。
始まったのは『黒猫キッドの冒険』っていう、いわゆる子供向けの人形劇だ。悪の科学者にサイボーグにされた黒猫が、ガトリング銃片手に毎度巻き起こる騒動を切り抜けていくという……なんというか。観る者によってはたまらない作品らしい。
まあ、たまには一緒に見てみるか。平凡的な日本の男子中学生からすれば、試験明けの日曜の午前ともなれば、特に何もすることもない訳だし――。
そんなことをシュンが考えていると、唐突に玄関のチャイムが鳴った。
シュンは立ち上がる。母、京子がリビングに紅茶を淹れてきてくれたところだったので、来客には自分が対応する旨を伝えると「お願いね」と京子は微笑みながらリビングに入っていった。
玄関に向かう間にリビングからは「あら、ネコさんもう始まっちゃった?」とか言う声が聞こえる。
大人気だな黒猫キッド。
そんなことを思いながら、シュンは玄関の扉を開いた。
「こんにちは」
玄関の先には、シュンの知らない少年がひとり立っていた。
同年代くらいに思えるが、シックな服装に身を包んだその姿はいかにも育ちが良さそう……というか、上品なイメージ。何よりも整った顔立ち、美形だ。
はて、どこの国にも王子様の知り合いはいなかったはずだが?
シュンがポカンとしていると、彼はイメージに見合う爽やかな笑顔を浮かべ、会釈を返してきた。
「はじめまして、失礼ですがこちらにゼリスさんという方は居られますか?」
「はい?」
怪訝な顔で聞き返すシュンに、目の前の少年は穏やかな笑みを絶やさずに、胸元に手をやった。
「ほら、君からも説明しなさい」
そう呼びかける少年の胸元を見てみれば、上着の間から小さな顔がこちらを伺っていることに気がついた。
武装神姫だ。とうことは、この彼も神姫オーナーってことか。
「あの……こちらがゼリスさんのお宅だとお聞きしているのですが……違いますか?」
「いや、たしかにうちにはゼリスはいるけど……」
しかし、シュンにはこの神姫にも、そのオーナーの少年にも見覚えがない。
「何か勘違いしてるんじゃないでしょうか?」とシュンが尋ね返そうとしたところに、京子がゼリスと一緒にやってきた。戻ってこないシュンが気になり様子を見に来てくれたらしい。
「……まさか本当に訪ねてくるとは。そこまで貴女の気持ちが切迫しているとは思いませんでした」
ホッとしたのも束の間、来客を見るなりポツリと呟いたゼリスに、シュンは訝しげな目を向ける。
あの~、ゼリスさんはこちらの方々といったいどういったお知り合いで?
そんなシュンの気持ちを知ってか知らずか。「あらあら、ゼリスちゃんのお知り合い?」とのんびり訪ねる京子にゼリスはコクリと頷いた。
「彼女は、私の友人です」
♪♪♪
シュンはとりあえずふたりをリビングに通して、話しを聞いてみることにした。
少年の名は和光耕一(ワコウ コウイチ)、都内の私立中学に通う学生で、神姫の名はチカというらしい。耕一は音楽家を目指していて、ヴァイオリンの演奏がふたりの趣味なのだという(ちなみにあとで聞いたところ、耕一の通っているのはあの名門黒葉学園らしい。驚きだ)。
なるほど、どこかの国の王子様ではなかったらしい。で、そんな彼らとゼリスにいったいどんな接点があったのだろう?
「ゼリスさんとは、インターネットで知り合ったんです。いろいろと遣り取りをしているうちに、メールで時々相談にも乗っていただいて……」
シュンの疑問は顔にも出ていたらしく、チカがおずおずと語り出す。
「お前、いつの間にメル友なんて作ってたんだよ?」
ゼリスがパソコンをこそこそイジッているのは知っていたが、そんな遣り取りをしていたとは知らなかった。
「別に……日々を送るなかで様々な出会いを重ねるのは当然のことです。私がプライヴェートで友人を作っていたとしても、不思議はないでしょう?」
……そうですか。
ネット社会の広がりはシュンの生まれた頃からより顕著になっているそうだが、神姫の間にもそんな繋がりが存在しているらしい。すごいことになってるなぁ……。
「ゼリスさんのことはチカから伺っています。いろいろとお世話になっているそうで、ありがとうございます」
丁寧にお辞儀してくる耕一。そんなにかしこまられてもこっちが息苦しくなっちゃうんだけどな。けれど耕一の上品な様はとても自然で、きっとそういうのが当たり前な環境で育ってきたのだろう。
一方、耕一の神姫であるチカの方は少々はにかみ屋のようだ。今も礼をする彼の前で頬を赤く染めている。
「かしこまっていただかなくても、結構です。お世話になっているのはお互い様ですから。それよりも、本題に入るべきでしょう」
ゼリスはそんな彼らの挨拶をさらっと流し、さっさと話しを進める。
「せっかちな奴だな。せっかく友達が会いに来てくれたんだから、ゆっくり邂逅を分かち合えばいいじゃんか」
「いえ、ゼリスさんの言う通りです。あまり長居をしてご迷惑をお掛けしても悪いでしょうから」
耕一は「ほら」と自分の前に座るチカを促す。
「あれ? 耕一さんはチカさんの相談の内容を知らないの?」
不思議に思ったシュンに、耕一が苦笑を浮かべる。
「はい。私もそちらのゼリスさんとお会いするとまでは聞いていたのですが、具体的な目的までは彼女からまだ聞いていないのです」
耕一の言葉にチカはますます身を小さくする。オーナーにも話してなかったような悩み、それも直接会って聞いて欲しいような相談か。どんな内容なんだろう?
皆の興味を集めるなか、チカは耕一の顔をチラチラと伺いつつも、語りだした。
「わたしは、ヴァイオリンを弾いてみたいんです」
静かに話し出したチカ。しかし、その内容に一堂は首を傾げた。
「ヴァイオリンって……チカちゃん、ヴァイオリンならもう持ってるよね?」
きょとんする優の言うように、今もチカの隣にはヴァイオリンケースが寝かされている。これがヴァイオリンじゃなかったら何だってんだ?
シュンはちらっと耕一に目を向ける。
「確かに彼女が持っているのはヴァイオリンですが……そうだよね、チカ?」
「はい、そうなんですが……」
「貴女の持っているヴァイオリンが問題なのでしょう?」
耕一の質問に口籠ったチカは、ゼリスの助け舟にホッとした表情を浮かべた。
「そうなんです」
チカはケースを手元に寄せると、パチリとフタを開いた。
中から出てきたのは、褐色の木目美しいクラシックなヴァイオリン。チカはそのヴァイオリンを取り出すと、顎と肩で挟み、左手を弦の上へ、右手に持った弓をそっと添える。
響く音色。
曲はシュンでも知っている、バッハの弦楽器組曲第三番――G線上のアリアだ。チカのイメージそのままの、ゆったりとした優しい音色。
演奏を終えると、チカは丁寧にお辞儀をした。楽器を降ろし、一堂を見渡す。
「こういう事なんです」
いや、どういうこと? 話が飲み込めないシュンに対し、しかし、周りのみんなはチカの言葉に納得したのか、一様に考え深げな顔をしている。耕一も頷きながら、なんだか困ったような表情。シュンには全く意味が分からない……。
仕方がないので、どうやら一番事情を知ってるらしいゼリスに聞いてみる。
「シュン。彼女の演奏を聞いていて、気がつきませんでしたか?」
「へ? いや普通にいい演奏だと思ったけどそれがどうし……イタタタタッ」
素直に感想を述べただけなのに、いきなりゼリスにつねられた。
「何すんだよ、もう!」
「誰が感想の口述を要求したのですか? 注目するべきなのは、彼女の弾いているヴァイオリンの方です」
「……シンフォニック・ヴァイオリン」
耕一が呟く。
「そう。彼女の弾いているのは本物のヴァイオリンではありません。神姫用にダウンサイジングを施したシンフォニック・ヴァイオリンと呼ばれるタイプの物です」
「どういうことだ?」
楽器に詳しい訳じゃないシュンにはよく分からない。その様子を見取って耕一が教えてくれた。
ヴァイオリンという楽器は、とても繊細だ。名匠が創った名器を再現しようと、技師たちの努力や専門家による研究が続けられているように、ほんの僅かな形の違いから大きさ、果てやニス、あらゆる要素がその音色に影響する。
そんなヴァイオリンという楽器において、神姫用のそれを創るには大きな問題があるのだという。
「神姫用のヴァイオリンは、小さ過ぎるんです」
ヴァイオリンのような弦楽器の音には、弦の長さや太さなどが密接に関係する。
仕組みは同じ弦楽器と言えど大きさが変わることで、同じ弦楽器であるヴィオラやチェロのように異なる音色を出す楽器となる。
神姫の大きさに合わせた弦や弓そのままでは、ヴァイオリンの音色を出すことは不可能なのだそうだ。
「ですから神姫用のヴァイオリンを作ろうとするならば、電子化によって音を再現するしか方法がないのです。シンフォニック・ヴァイオリンと、弦と弓の振動によって音を発するバロック・ヴァイオリンとの相違点です」
耕一の説明をゼリスが引き取る。
つまりはチカの持ってるヴァイオリンは、本物じゃなくてヴァイオリン型のシンセサイザーみたいなものってことか。
「別にストラディバリウスやグァルネリのような名器でなくてもいいんです。ただ一度でいいから、電子的に作られた音色じゃなくて、弦を弓でこすることによってメロディを奏でる……そんな本物のヴァイオリンを弾いてみたいんです」
顔の前で指を組み合わせながら、真摯にチカは言う。
シュンは納得した。楽器や音楽のことは詳しくないけれど、人間のヴァイオリニストがストラディバリウスを弾くことに憧れるように、神姫であるチカにとっては人間の弾くような、バロック・ヴァイオリンを弾くことが夢なんだろう。
ふと気がつけば、さっきまでは晴れていた空はいつの間にかどんよりした雲に覆われていた。
やれやれ。どうやらチカの相談事は、一筋縄じゃいかないぞ
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