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「あははぁ」
チーグルで握るロケットハンマー、それを右から真横に薙ぐ。
右足を大きく踏み込ませ、腰を軸に、脇を絞めて小さく薙ぐ。
その過程にある空気を叩き壊しながら、それはヴォッフェバニーの頭部を捉えた。
ばこん、いう音と共にヴォッフェバニーの身体が軽々と吹き飛び、電子の泡へと帰した。
「ははん」
降りぬいたロケットハンマーの勢いと共に右へ向き直り、そのままで大きく跳ぶ。
その直後、無数の破裂音が響いた。今までカーネリアンがいた場所に無数の弾丸が突き刺さる音だ。
「ふふぅん」
それを横目で眺めながら、右手に持つギロチンブーメランの切っ先を真後ろに突き出す。
そこに飛び込んできたマオチャオは勢いを殺す事が出来ず、喉元を貫かれた。
右手を勢い良く振り上げる。マオチャオの喉からギロチンブーメランが外れると同時に着地。
すぐに身体を屈める。すると、頭の真上をサイフォスの槍の一突きが通り過ぎた。
「あはぁ」
起き上がる代わりに、身体を大きく反らせ、両足を蹴り上げる。
丁度、バク転の形でサバーカの爪先をサイフォスの顎に滑り込ませた。
消えるサイフォスを見もせず、空中で上下反転したままの体勢で両手に持つギロチンブーメランを連結。背中に備える4基のエクステンドブースターを吹かしながら、投擲する。
ひゅん、という音と共にギロチンブーメランはツガルに向かう。が、ツガルはそれをジャンプする事で回避する。しかし、
「はっはーん」
ツガルの目の前、そこには身体を大きく反らせてロケットハンマーを大上段に構えたカーネリアンがいた。
ブースト。
ロケットハンマー打突部後部にあるブースターと、背中のエクステンドブースターが火を噴いた。
大きく反らせた身体に、激烈な加速を乗せる。
全ての推進力を一点に集中させる。
重心をロケットハンマーに移し、全体重をそれにかける。
最早音はしない。
あるのは壮絶な破壊の爪痕。
ツガルの身体は、文字通り粉砕された。
「師匠、どうしたんだろ……」
アリカは誰に言うでもなく呟いた。
「……恵太郎さんにしか、それはわかりません」
トロンベはアリカの頭の上で、少し気まずそうに言った。
普段なら喧騒に満ちるこの研究室にいるのは裕也とアリカ、そして蒼蓮華とトロンベだけだ。
ただそれだけ、それだけな筈なのにまるで隙間風が吹き込む様な肌寒さを感じている。
研究室のメンバー、そのうち一人がいないだけ、たったそれだけの事で。
恵太郎。恵太郎は何時も研究室にいる訳じゃない。むしろ、どちらかといえばいないの時の方が多い。それなのに、研究室はこんなにも薄ら寒い。
「……それでは、優勝した倉内さんにお話を聞いてみましょう」
少々古い型の液晶テレビからにこやかに喋るアナウンサーの声が研究室に響いた。職業柄、半ば強要されているその笑顔は酷く薄っぺらい。
研究室の雰囲気にとてもそぐわないそれは、酷く滑稽で笑えもしない。
最も、一番滑稽なのはそこに映っている人物の事なのだが。
「……今回の結果は僕自身の力でなく、彼女の力によるものだと思っています。ですので、インタビューでしたら彼女の方が適任です」
そこに映る恵太郎は、マイクを向けられても眉ひとつ動かさず平然とインタビューを受けている。
彼を良く知る人物なら見慣れた猫被り。しかし、見慣れた人間程その光景に違和感を感じる。
第一、恵太郎は極力目立ちたがらない性格なのだ。大会で優勝した場合も表彰を辞退する事が多い。それなのに、この恵太郎は平然とカメラの前でインタビューを受けている。
そして、これは彼の古い友人にしか分らない違和感。恵太郎の肩に乗るストラーフ型の神姫、ナル。彼女は何時もと同じ白い髪に赤い瞳を輝かせている。その違和感の正体、それは。
「……では倉内さんの神姫であるカーネリアンに……」
カーネリアン。
過去に置いて来た筈の名前。
過去に封じている筈の名前。
何故それを、その名で呼ぶのか。恵太郎は一体何を考えているのか。
裕也は、あの時の出来事を反芻しながら、恵太郎の行動の原因を考えていた。
しかし裕也は元来、考え事が得意な方では無い。いくら考えた処で原因になりそうなもの、恵太郎が何を考えているのか、全く見当が付いていなかった。
それでも、一つだけはっきりしている事がある。
それは恵太郎を慕う少女が落ち込んでいるという事だ。
普段は元気良く、夏の太陽の様に明るい筈の少女を見ながら、裕也は少ない語彙から言葉を弾きだした。
「……恵太郎は、きっと何か考えてんだ」
結局、良く分からない事を言ってしまう。裕也は己の不甲斐無さを恨んだ。
しかし、恨んだだけでは何も出来はしない。それでも、何か言葉をかけずにはいられなかった。
「あいつとはもう5年も付き合ってんだ……だから、元気出せよ」
アリカはその言葉に、一瞬頭を上げた。しかし「……はい」とだけ言うと直ぐに項垂れてしまった。
裕也はこんな時、姉がいればと思った。思慮深い姉ならばアリカを優しく励まして癒す事が出来るだろう。
それが出来ない自分が、恨めしい。
その時、グリーンとオレンジ色をした物体が動いた。
「アリカにゃん、元気出すのだ」
蒼蓮華はぴょいん、とアリカの目の前に降り立つとアリカを見上げてそう言った。
「……蒼蓮華」
蒼蓮華はにこり、と笑うとアリカの肩の上に飛び乗った。
「笑うのだ」
「え?」
満面の笑みを浮かべながら蒼蓮華は言った。
「辛い時こそ笑うのだ。裕子が言ってたのだ。そうすれば、何とかなるのだ~」
アリカは数瞬、にぃ~と笑う蒼蓮華に見惚れていた。
「うん……ありがとう」
そう言うと、アリカは軽く笑った。心の底から笑える状態でないにしろ、それは多少なりとも効果はあるものだ。
「さ、トロンベにゃんも」
アリカの肩から頭の上に到達した蒼蓮華は、今度はトロンベに掴みかかった。
そしてトロンベの頬っぺたを摘むと、左右に引っ張った。
「にぃ~~~」
「しょ、しょうりぇんか!」
突然の事態にトロンベは混乱し、蒼蓮華から逃げるようにアリカの頭の上でごろごろ転げまわった。
「いた、いたたた!」
アリカは心から笑っていた。
頭の上でじゃれ合う神姫達を落ちないように手で支えながら、時々走る軽い痛みに顔を嬉しそうに歪めながら、笑った。
裕也はその光景を見ながら、蒼蓮華に心の中で礼を言った。
それと同時に一つの決意をした。
この恵太郎を慕う少女に、部外者である少女に。
あの出来事を話す。そう決めた。
暗い、どこまでも暗くて無機質で只広い場所。
光源は、遠くの壁にある小さな窓から差し込む夕日だけ。脚元は愚か一寸先まで夕闇に包まれている。
至る所から聞こえてくる低く、唸るような機械音。普段なら気に止まらないそれも、この時だけは不気味に感じてしまうのは視覚が殆ど利かないこの状況で、その他の感覚が鋭敏化しているからだろうか。
人は五感の内、一つを失うとそれの分を他の感覚が発達するという。
今のように、視覚が使えない状態だと聴覚や触覚・嗅覚・味覚が普段より鋭敏になる。
機械の音、油の匂い、もたれている身体の感覚、口の中に広がる自分の味。
そして、思考力。
人は感覚ではなく、生活に置いても失われた分を他のもので補おうとするのではないだろうか。
例えば、私生活に満足出来なくて仕事でそれを埋める人。
これは別に仕事でなくても良い。料理でも、運動でも、勉強でも、ゲームでも、遊びでも、神姫でも。
抑圧された能力は、他の能力を伸ばす。
恵太郎は、まさにそれだった。
「裕子先輩、探しましたよ」
音を立てずに、ゆったりと歩きながら恵太郎が口を開いた。
「研究室に顔を出すのも気が引けるんで、骨でしたよ」
目を瞑ると変な事を考えてしまうのは昔からの癖だ。いつか直さなくてはいけない。
恵太郎はそんな心中を察する事無く、微笑みながら話を続ける。
「先輩が、まさかこんなとこにいるなんて夢にも思いませんでしたよ?」
裕子まで数メートル、というところで恵太郎は足を止めた。
その様子を見ながら、ようやく実感が湧いてくるのを裕子は感じていた。
「……一週間、何の連絡も無いなんて酷いのね」
自然と、言葉が出てきた。そして思ったよりも冷静な自分に裕子は内心驚いていた。
「ええ、やらなくちゃいけない事がありますから」
使命に燃える好青年。今の恵太郎の姿は、まさにそれだ。
しかし、ものを燃やすには燃料と火元がいる。その心の内で燃やすものは果たして何なのか。
「それは悪い事かしら?」
少し、悪戯ぽく言ってみた。何時もの恵太郎は、果たしてどんな反応で返していただろうか。
「さあ、どうでしょうね」
恵太郎もまた、悪戯ぽく笑って返した。
この子は、恵太郎は本当に変わった。
成長したといっても良いだろう。
初めて会った時は、まるで世の中全てを憎んでいるような、そんな嫌な空気を漂わせていたというのに。
人は、5年でこうも変わるものなのだろうか。
「ここ、明かりがついてないだけでこうも印象が変わるんですね」
そんな他愛無い会話をするなんて、あの頃からはとても想像できなかった。
何が彼を凶行に駆り立て、何が彼を変えたのか、そして、自分に何が出来るのか。
「要素一つで、物事は驚くくらい変わるモノよ。勿論、人間もね」
何故私は、この偶然出会った友人の事をここまで気にかけるのだろうか。
好きとは違う。母性本能でも無い。では何か?
「確かに、ここに裕子先輩がいるだけで、随分雰囲気が違いますしね」
もしかしたら、私はそれを見つける為にここに来たのかもしれない。
「先輩、ここに……バトルセンターに来るのは何回目ですか?」
闇を払う様な、鮮烈な光が其処を照らした。
リアルバトルセンター。
大きな体育館程ある面積の中に、6台の巨大なリアルバトルマシンが設置されているその場所。
恵太郎と裕子は、6台あるマシンの中、丁度中央に座すマシンを挟み、相対していた。
「確かに、両手の指で数えられるくらいね」
裕子はバトルが余り好きでは無い。
それは研究室のメンバーにも広く知れ渡っており、裕子自身もそれを深く自覚している。
ここは、その余り好きでないバトルをやるための施設。
「じゃあ、何でここに?」
急激に変化した明度に、戸惑う事も無く恵太郎は言った。
対する裕子は長い間、暗い空間にいたせいで軽く目を細めている。
そのせいではっきりと確認できない恵太郎の姿を見ながら、裕子は言った。
「可愛い後輩が、どれだけ成長したか確かめたくなった……じゃあダメかしら?」
裕子の言葉に、恵太郎は楽しげに笑った。
その笑顔は酷く歪んだ笑みだった。
「そうですね……それも、面白そうです」
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「あははぁ」
チーグルで握るロケットハンマー、それを右から真横に薙ぐ。
右足を大きく踏み込ませ、腰を軸に、脇を絞めて小さく薙ぐ。
その過程にある空気を叩き壊しながら、それはヴォッフェバニーの頭部を捉えた。
ばこん、いう音と共にヴォッフェバニーの身体が軽々と吹き飛び、電子の泡へと帰した。
「ははん」
降りぬいたロケットハンマーの勢いと共に右へ向き直り、そのままで大きく跳ぶ。
その直後、無数の破裂音が響いた。今までカーネリアンがいた場所に無数の弾丸が突き刺さる音だ。
「ふふぅん」
それを横目で眺めながら、右手に持つギロチンブーメランの切っ先を真後ろに突き出す。
そこに飛び込んできたマオチャオは勢いを殺す事が出来ず、喉元を貫かれた。
右手を勢い良く振り上げる。マオチャオの喉からギロチンブーメランが外れると同時に着地。
すぐに身体を屈める。すると、頭の真上をサイフォスの槍の一突きが通り過ぎた。
「あはぁ」
起き上がる代わりに、身体を大きく反らせ、両足を蹴り上げる。
丁度、バク転の形でサバーカの爪先をサイフォスの顎に滑り込ませた。
消えるサイフォスを見もせず、空中で上下反転したままの体勢で両手に持つギロチンブーメランを連結。背中に備える4基のエクステンドブースターを吹かしながら、投擲する。
ひゅん、という音と共にギロチンブーメランはツガルに向かう。が、ツガルはそれをジャンプする事で回避する。しかし、
「はっはーん」
ツガルの目の前、そこには身体を大きく反らせてロケットハンマーを大上段に構えたカーネリアンがいた。
ブースト。
ロケットハンマー打突部後部にあるブースターと、背中のエクステンドブースターが火を噴いた。
大きく反らせた身体に、激烈な加速を乗せる。
全ての推進力を一点に集中させる。
重心をロケットハンマーに移し、全体重をそれにかける。
最早音はしない。
あるのは壮絶な破壊の爪痕。
ツガルの身体は、文字通り粉砕された。
「師匠、どうしたんだろ……」
アリカは誰に言うでもなく呟いた。
「……恵太郎さんにしか、それはわかりません」
トロンベはアリカの頭の上で、少し気まずそうに言った。
普段なら喧騒に満ちるこの研究室にいるのは裕也とアリカ、そして蒼蓮華とトロンベだけだ。
ただそれだけ、それだけな筈なのにまるで隙間風が吹き込む様な肌寒さを感じている。
研究室のメンバー、そのうち一人がいないだけ、たったそれだけの事で。
恵太郎。恵太郎は何時も研究室にいる訳じゃない。むしろ、どちらかといえばいないの時の方が多い。それなのに、研究室はこんなにも薄ら寒い。
「……それでは、優勝した倉内さんにお話を聞いてみましょう」
少々古い型の液晶テレビからにこやかに喋るアナウンサーの声が研究室に響いた。職業柄、半ば強要されているその笑顔は酷く薄っぺらい。
研究室の雰囲気にとてもそぐわないそれは、酷く滑稽で笑えもしない。
最も、一番滑稽なのはそこに映っている人物の事なのだが。
「……今回の結果は僕自身の力でなく、彼女の力によるものだと思っています。ですので、インタビューでしたら彼女の方が適任です」
そこに映る恵太郎は、マイクを向けられても眉ひとつ動かさず平然とインタビューを受けている。
彼を良く知る人物なら見慣れた猫被り。しかし、見慣れた人間程その光景に違和感を感じる。
第一、恵太郎は極力目立ちたがらない性格なのだ。大会で優勝した場合も表彰を辞退する事が多い。それなのに、この恵太郎は平然とカメラの前でインタビューを受けている。
そして、これは彼の古い友人にしか分らない違和感。恵太郎の肩に乗るストラーフ型の神姫、ナル。彼女は何時もと同じ白い髪に赤い瞳を輝かせている。その違和感の正体、それは。
「……では倉内さんの神姫であるカーネリアンに……」
カーネリアン。
過去に置いて来た筈の名前。
過去に封じている筈の名前。
何故それを、その名で呼ぶのか。恵太郎は一体何を考えているのか。
裕也は、あの時の出来事を反芻しながら、恵太郎の行動の原因を考えていた。
しかし裕也は元来、考え事が得意な方では無い。いくら考えた処で原因になりそうなもの、恵太郎が何を考えているのか、全く見当が付いていなかった。
それでも、一つだけはっきりしている事がある。
それは恵太郎を慕う少女が落ち込んでいるという事だ。
普段は元気良く、夏の太陽の様に明るい筈の少女を見ながら、裕也は少ない語彙から言葉を弾きだした。
「……恵太郎は、きっと何か考えてんだ」
結局、良く分からない事を言ってしまう。裕也は己の不甲斐無さを恨んだ。
しかし、恨んだだけでは何も出来はしない。それでも、何か言葉をかけずにはいられなかった。
「あいつとはもう5年も付き合ってんだ……だから、元気出せよ」
アリカはその言葉に、一瞬頭を上げた。しかし「……はい」とだけ言うと直ぐに項垂れてしまった。
裕也はこんな時、姉がいればと思った。思慮深い姉ならばアリカを優しく励まして癒す事が出来るだろう。
それが出来ない自分が、恨めしい。
その時、グリーンとオレンジ色をした物体が動いた。
「アリカにゃん、元気出すのだ」
蒼蓮華はぴょいん、とアリカの目の前に降り立つとアリカを見上げてそう言った。
「……蒼蓮華」
蒼蓮華はにこり、と笑うとアリカの肩の上に飛び乗った。
「笑うのだ」
「え?」
満面の笑みを浮かべながら蒼蓮華は言った。
「辛い時こそ笑うのだ。裕子が言ってたのだ。そうすれば、何とかなるのだ~」
アリカは数瞬、にぃ~と笑う蒼蓮華に見惚れていた。
「うん……ありがとう」
そう言うと、アリカは軽く笑った。心の底から笑える状態でないにしろ、それは多少なりとも効果はあるものだ。
「さ、トロンベにゃんも」
アリカの肩から頭の上に到達した蒼蓮華は、今度はトロンベに掴みかかった。
そしてトロンベの頬っぺたを摘むと、左右に引っ張った。
「にぃ~~~」
「しょ、しょうりぇんか!」
突然の事態にトロンベは混乱し、蒼蓮華から逃げるようにアリカの頭の上でごろごろ転げまわった。
「いた、いたたた!」
アリカは心から笑っていた。
頭の上でじゃれ合う神姫達を落ちないように手で支えながら、時々走る軽い痛みに顔を嬉しそうに歪めながら、笑った。
裕也はその光景を見ながら、蒼蓮華に心の中で礼を言った。
それと同時に一つの決意をした。
この恵太郎を慕う少女に、部外者である少女に。
あの出来事を話す。そう決めた。
暗い、どこまでも暗くて無機質で只広い場所。
光源は、遠くの壁にある小さな窓から差し込む夕日だけ。脚元は愚か一寸先まで夕闇に包まれている。
至る所から聞こえてくる低く、唸るような機械音。普段なら気に止まらないそれも、この時だけは不気味に感じてしまうのは視覚が殆ど利かないこの状況で、その他の感覚が鋭敏化しているからだろうか。
人は五感の内、一つを失うとそれの分を他の感覚が発達するという。
今のように、視覚が使えない状態だと聴覚や触覚・嗅覚・味覚が普段より鋭敏になる。
機械の音、油の匂い、もたれている身体の感覚、口の中に広がる自分の味。
そして、思考力。
人は感覚ではなく、生活に置いても失われた分を他のもので補おうとするのではないだろうか。
例えば、私生活に満足出来なくて仕事でそれを埋める人。
これは別に仕事でなくても良い。料理でも、運動でも、勉強でも、ゲームでも、遊びでも、神姫でも。
抑圧された能力は、他の能力を伸ばす。
恵太郎は、まさにそれだった。
「裕子先輩、探しましたよ」
音を立てずに、ゆったりと歩きながら恵太郎が口を開いた。
「研究室に顔を出すのも気が引けるんで、骨でしたよ」
目を瞑ると変な事を考えてしまうのは昔からの癖だ。いつか直さなくてはいけない。
恵太郎はそんな心中を察する事無く、微笑みながら話を続ける。
「先輩が、まさかこんなとこにいるなんて夢にも思いませんでしたよ?」
裕子まで数メートル、というところで恵太郎は足を止めた。
その様子を見ながら、ようやく実感が湧いてくるのを裕子は感じていた。
「……一週間、何の連絡も無いなんて酷いのね」
自然と、言葉が出てきた。そして思ったよりも冷静な自分に裕子は内心驚いていた。
「ええ、やらなくちゃいけない事がありますから」
使命に燃える好青年。今の恵太郎の姿は、まさにそれだ。
しかし、ものを燃やすには燃料と火元がいる。その心の内で燃やすものは果たして何なのか。
「それは悪い事かしら?」
少し、悪戯ぽく言ってみた。何時もの恵太郎は、果たしてどんな反応で返していただろうか。
「さあ、どうでしょうね」
恵太郎もまた、悪戯ぽく笑って返した。
この子は、恵太郎は本当に変わった。
成長したといっても良いだろう。
初めて会った時は、まるで世の中全てを憎んでいるような、そんな嫌な空気を漂わせていたというのに。
人は、5年でこうも変わるものなのだろうか。
「ここ、明かりがついてないだけでこうも印象が変わるんですね」
そんな他愛無い会話をするなんて、あの頃からはとても想像できなかった。
何が彼を凶行に駆り立て、何が彼を変えたのか、そして、自分に何が出来るのか。
「要素一つで、物事は驚くくらい変わるモノよ。勿論、人間もね」
何故私は、この偶然出会った友人の事をここまで気にかけるのだろうか。
好きとは違う。母性本能でも無い。では何か?
「確かに、ここに裕子先輩がいるだけで、随分雰囲気が違いますしね」
もしかしたら、私はそれを見つける為にここに来たのかもしれない。
「先輩、ここに……バトルセンターに来るのは何回目ですか?」
闇を払う様な、鮮烈な光が其処を照らした。
リアルバトルセンター。
大きな体育館程ある面積の中に、6台の巨大なリアルバトルマシンが設置されているその場所。
恵太郎と裕子は、6台あるマシンの中、丁度中央に座すマシンを挟み、相対していた。
「確かに、両手の指で数えられるくらいね」
裕子はバトルが余り好きでは無い。
それは研究室のメンバーにも広く知れ渡っており、裕子自身もそれを深く自覚している。
ここは、その余り好きでないバトルをやるための施設。
「じゃあ、何でここに?」
急激に変化した明度に、戸惑う事も無く恵太郎は言った。
対する裕子は長い間、暗い空間にいたせいで軽く目を細めている。
そのせいではっきりと確認できない恵太郎の姿を見ながら、裕子は言った。
「可愛い後輩が、どれだけ成長したか確かめたくなった……じゃあダメかしら?」
裕子の言葉に、恵太郎は楽しげに笑った。
その笑顔は酷く歪んだ笑みだった。
「そうですね……それも、面白そうです」
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