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「悪魔のような天使の笑顔」(2006/10/21 (土) 18:54:49) の最新版変更点
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小さな冷たい鉄の塊を、ドアノブに差し込む。
がちゃり、と軋んだ音がする。
家の中は、暗い。
広さが重く押しかかる。
誰もいない家。わたし以外、誰もいない。
お父さんもお母さんも仕事でいない。帰ってくるのは夜遅く。
だから、私はひとりぼっち。
小学校でも、家でも、どこでも。世界でひとりぼっち。
テレビをつける。
テレビの光が、部屋を照らす。
流れてくる番組は、小さなロボットが戦うおはなし。武装神姫、といっただろうか。
クラスの子が自慢していたのを覚えている。
私には到底買えそうにない、高価なおもちゃだった。
テレビの中で、女の子とロボットが笑顔で話をしている。
――――無性に、腹が立って。
わたしは、テーブルの上においてあった花瓶をテレビに投げつけた。
くだらない。
つまらない。
なにが、ともだちだ。ロボットのともだち? ふざけてる。
そんなもの――――どうやったって、わたしにはこないのに。てにいれられないのに。
「そんなことないさ」
「!?」
わたしは驚いて振り向く。誰もいないはずなのに。
そこには、黒い服をきた男の人がいた。
泥棒? いそいで警察に――――
「おっと、怪しいものじゃない――といっても説得力がないかな。
でも、君に危害を加えるつもりはないよ。
君にお友達をプレゼントしにきただけのお兄さんさ。
そう、僕が何者かなんてそれこそ無価値だ。大切なのは――――」
その人は、手に持った箱をテーブルに置く。
武装神姫のバッケージ。
「君のために、ここに君の友達を連れてきたということだけ」
箱が開く。
その中にいた小さな天使が目を開ける。
かわいらしく、美しく、可憐な、天使。
「おはよう。あなたが、私のマスター?」
天使が私を見る。
違う。
マスターなんかじゃない。
わたしは――――
「いいえ…ともだち。わたしの、ともだちになって」
わたしは。
この天使に魅入られたかのように近づく。
そう、そうなんだ。天使が来てくれた。
わたしはもう――――ひとりじゃない。
少女と天使の出会いを、男は祝福する。
おめでとう、と。もうきみはひとりじゃない、と。
亀裂のような笑みをその顔に軋ませ、男はふたりを祝福する。
その天使は、口元に笑みを浮かべていた。
酷薄な、悪魔のような微笑を。
神姫狩人 第二話
悪魔のような天使の笑顔
武装神姫バトルサービス、小学生の部。
子供たちの「友達」である武装神姫を傷つけて悲しませないために、小学生の部はその大半が電脳仮想空間によるオンラインバトルで行われることが多い。
明日香が今回見物に来ているバトルステージも、その例に漏れずにオンラインバトルであった。
「つまんない」
明日香がデパートの特設巨大モニターを見ながら、頬づえをついてつぶやく。
「そうか? それなりに面白いとは思うが」
「でもねー。いくらリアルに迫っていても所詮は仮想データですよ。
なんというかこう、ぶつかり軋む鉄やプラスチックの音とか、そういう臨場感がっ」
「子供たちの戦いにそんなモノを求めるな頼むから」
「求めてませんよーだ。だからつまらないって言ってるんじゃないですか。
仕事じゃなきゃ、とっとと帰ってます」
「仕事…ね。この子供たちの戦いに、ボクらの仕事があるっていうのか?」
「ええ。次のカード、よく見ててください」
そう明日香が視線でモニターを指す。
天使型MMS『サマエル』
VS
犬型MMS『フェンリルβ』
「ボクと同じアーンヴァルタイプと…ハウリンタイプか。どちらを見ればいい?」
「見てればわかります」
そういっている間に、戦いが開始される。
子供の神姫だけあって、どちらも武装はほぼデフォルトである。基本セットの範囲内、そしてなんとか子供のお年玉や貯金で買える範囲の追加武装。
明日香たちが参加する一般の部の公式戦は、密かに行われる裏の非公式バトルでは間違いなく勝ち進むことは出来ないだろう。
そのはずである。だが――――
「……明日香、これは」
「ええ、やはりマルコにはわかりますね」
マルコは目を見張る。
確かに武装やスペックは特筆すべきものはない。
あくまで、その単体のみでは。
「あのアーンヴァル…サマエル、といったか……あのチューンナップは」
「ええ。可能範囲内で、機体のシステムを最大限に行かせるチューンですね。
長く神姫にかかわり、よく識らないとあの絶妙な動きはできません。
ほら、あまりの出来のよさに、CGで追いきれてません。まあこれは主催側のミスでしょうが」
そう、確かにフェンリルβよりもその動きは明らかに格上だった。
ヒットアンドウェイの高機動で確実に相手の戦力を削いでいく戦い。
だが――――
「それがどうしたんだ? 確かに強いが、ボクらが動く理由があるのか」
「ええ。経歴にそぐわぬ強さ。まあこれは、父親が金持ちでカネにあかして、なんていう場合もあるんでしょうけど、彼女の場合は両親共働きのごく一般の家庭。
加えて、家族親戚や交友関係にも、表だった神姫関連企業の影はありません」
「あきらかに不自然すぎる、と…?」
「ええ。そして……彼女と対戦した神姫たちに共通して、不審な行動が後に見られるようになってるんです」
「不審な行動?」
「簡単に言うと、言うことを聞かなくなる。動作不良が激しくなっている傾向が見られているようです」
「ふむ……それは確かに怪しいな。
つまり、その調査、そして調査結果いかんによっては非公式戦による撃破・回収が今回の仕事、か」
「ええ。子供相手ですから、気が進まないんですけどねー」
「確かにな。で、明日香。その彼女の名前は……」
明日香が答えるまでもなく、オペレーターがその名前を読み上げた。
『勝者、サマエルと…「氷雪恋(ひゆき・れん)」!』
「ここが、その子の家か」
夜。明日香の肩でマルコがいう。しかし……
「さすがに不法侵入は拙いんじゃないのか、その法的とか色々と。正当性というものが」
「仕事という大義名分がありますから」
「だからといって、忍び込んでというのはちょっと」
「ああもう、だったらどうするっていうんですか」
「しっ」
マルコが明日香の口を押さえる。
そして恋の家の扉を指す。すると、ガチャガチャとノブが回り、恋がその姿を現す。肩には、サマエルの姿も見て取れた。
「これは…スシがネタしょってやってきた、ってやつですね」
「かなり違う」
「似たよーなもんです。何はともあれ好都合だとは思いませんかマルコ」
「油断しないように、明日香」
二人は、恋の後を尾ける。もし仮に、この行動がサマエルの秘密に関係あるのなら、何としてでも尻尾を掴まねばならない。
……まあ、つかめなくてもやることは同じなのかもしれないが。
「デパート…?」
「昼間の、ですね。うーん…このパターンだと、ここの協会支部が丸ごと関わっている…ベタですけどね」
「結論を出すには早いだろう。ともあれ追おう」
「わかってますよ」
二人は恋とサマエルの後を追った。
「しかし……」
夜の無人のデパートというのは、とにかく、
「不気味ですね…なにか出そうです」
「とくに玩具売り場は、昼間と顔が違うな」
人形やぬいぐるみたちが、うつろな瞳で自分たちを見ているような感覚。
「……こんなところ早く出ましょうマルコ。私こういうの苦手なんですよ」
「キミにも苦手なものがあったなんてね。」
「失敬なことを言いますね、まったく。
さて……彼女はどこへ」
「武装神姫ブースの方、か……」
足を進める二人。
棚に並んでいる数々の武装神姫がそこにはある。
まだ起動していない彼女たちは、今はただの人形にすぎず、いや、彼女たちが「生きて」いることを知っている明日香たちから見たら、それはまるで死体が陳列されているかのような不気味さがあった。
「本当に…不気味ですね。早いところあの二人を探して…」
「誰を探してどうするって?」
明日香のつぶやきに、答える声があった。
「誰ですか!?」
「私? 私はサマエル。ずっと私たちを尾けていたのは、あなたたちね?」
その声は、特設モニターの上に腰掛けた神姫から。
くすくすと、鈴のような笑い声を響かせるその天使の姿に、明日香は言いようのない吐き気を覚えた。
「――見破られていましたか。
ええ、でもある意味手っ取り早いですね。
あなた達には不審な点が数多く見られます。おとなしく全てを吐いてくれれば悪いようにはしませんが」
「へぇ。じゃあ、吐かないって言ったら?」
「力づくで」
明日香の言葉に、マルコが翼を展開して宙に舞う。
「へぇ、やる気なんだ。
ねぇ、ならやっちゃってもいいよね、恋!?」
サマエルが笑う。その声に、モニターの下に立つ少女が、虚ろな笑顔で答える。
「うん。好きにしていいよ、サマエル…」
「ふふ、ありがとう、マイマスター」
サマエルもプロペラントタンクに火をつけ、飛翔する。
――――おかしい。
違和感。明日香は恋の表情になにか、言いようのないものを感じる。
違和感はそれだけではない。
先ほどの吐き気。厭な空気。軋む空気。このデパート、玩具売り場に足を踏み入れてからの言いようのない視線。
何かが――おかしい。
「はあああっ!!」
その違和感をよそに、マルコはビームソードを抜き、斬りかかる。
サマエルもまた、ビームソードでその剣戟を受ける。
同型の天使同士の戦い。
確かに、サマエルは強い。しかしその強さは、あくまでもデフォルト装備に毛の生えた程度の武装、その機能を最大限に活かすチューンナップによって得られたものだ。
マルコのように、レギュレーションの範囲内とはいえ改造に改造を加えた武装神姫とは違う。
現に、サマエルはマルコの高速の剣を受け流すのが精一杯だ。
では、何だ。
何なのだ、この違和感、焦燥感、危機感は。
「マルコ! 早く決着を!」
長引かせては拙い。明日香の勘がそう告げる。
「何を焦っているの、お姉さん?」
恋が明日香に声をかける。
「せっかくなんだもん、もっと楽しみましょう。時間をかけて、ゆっくり、たっぷり、みんなで、楽しく」
歌うような語りかけ。
いけない。何かが――――拙い。
「あなた、自分が何をしているか、わかってるの…!?」
「うん。お友達が出来たから。サマエルが、つれてきてくれるの、お友達を。
私はもう一人じゃない。一人なんかじゃないの」
「? 何、を……」
つれてくる? 何の話だ。
明日香はふいに思い当たる。
サマエルの対戦相手のMMSの動作不良。
オーナーの言うことを聞かなくなる。命令無視。命令無視? 違う。まさか。
聞かなくなるのじゃない、もし、仮に。
『他の誰かの命令を聞く』のだとしたら――――――
「だから。私はもう、ひとりじゃない。こんなに、友達がいるの」
瞬間、明日香は理解した。
先ほどからの違和感。視線、気配の正体を。
恋とサマエルを見守り、明日香とマルコを監視していた――――
無数の武装神姫。
「マルコ! 逃げなさいっ!!」
明日香が叫ぶ。だが、間に合わない。
マルコの背をハウリンタイプの砲撃が襲う。フェンリルβ。昼間、サマエルと戦った神姫だ。
「ぐあっ!」
続いて、何体ものアーンヴァルが襲い掛かる。砲撃で体勢を崩したマルコは避けることができず、手足をアーンヴァルたちに捕らえられる。
くすくす。
くすくす。
くすくす。
くすくす。
笑い声が木霊する。
「な、なんだ、これは……っ!?」
マルコが叫ぶ。何体もの同型MMSに羽交い絞めにされ、動けない。
「マルコっ!」
明日香が走る。もうこんなのはバトルではない。非公式バトルとはいえど、これは明らかに武装神姫の戦いより逸脱している。
なんとかマルコを助けようとし――――
「うあっ!?」
足に激痛。明日香はそのまま勢いを殺せずに倒れる。
そこには、ストラーフタイプが明日香の足に剣を突き立てていた。
「痛っ…! こ、このぉっ!」
力任せに振り払う。だが、MMSはその数を増やすばかり。
「どう? 私の友達。サマエルがつれてきてくれた、わたしのおともだち」
「あなた……!」
「そして、お姉さん、あなたも、お友達になろう?」
恋が笑う。明日香は気づいた、そう、とっくにこの少女は正気を失っている。
おそらくは、操られているこの武装神姫たちと、同じように。
「くすくすくすくす。そうよ、ご名答。でもね勘違いしないで。恋が自分で望んだの」
サマエルが、明日香を見下ろして笑う。
「……あなたはっ! この子たちに、何をしたっ!!」
「ねぇ、知ってる? AIの共鳴現象って」
聞いたことはある。
先日、とある神姫が感情を暴走させた。そしてそのバグは、周囲の神姫の感情回路にも影響を及ぼしたという。
――――まさか。
「そう、そのまさか。
私はね、大して強くもないわ。だけど、AIの電気信号を増幅して共鳴させて、ほかの子たちを操ることが出来るの。
共鳴現象を自動的に引き起こして操作する。
そしてね、人間にも応用できるの。だってそうでしょう? 人間の思考や感情も、つきつめていけば脳内で複雑にあまれた電気信号なんですから。
だから、私の声で、私の歌で、干渉できる」
「さっきからの吐き気や違和感の正体は――っ」
「ええ、私からの電波干渉。
あなたみたいに鈍くて意地汚い人間には効き目なんてあまりないけど、それでも恋みたいな素直な子には、よく効くの」
「サマエル…っ! あなた、自分が何をしてるかっ!」
「ええ、わかっているわ。だから何? 私はね、そのために生まれた武装神姫。
だから、やらなきゃいけない事を自分の意思でやるだけよ。
そしてね、もうすぐあなたの神姫も、私の友達になるわ」
「…! マルコっ!」
明日香がマルコへと叫ぶ。
マルコは、たくさんの神姫に囲まれ、押さえつけながら、必死に耐えていた。
洗脳。干渉。侵食されるAI。共鳴するココロ。増幅される憧憬。消されていく想い。
サマエルの声が。マルコに浸透していく。
「私の名前は、サマエル。神の毒と呼ばれる天使の名前。
私の毒は甘美でしょう? 一度味わえば、抗いたくなくなるほどに。
そうしてあなたも私たちの友達になるの。恋が、新しいマスターがあなたをかわいがってくれるわ。
そう、だから考えることはやめましょう? そして何もかもを投げ出して、楽になるの」
――――――――――――――い。
――――――――――――さ、い。
「さあ、私の声を聞いて、そして――」
うるさい。
黙れ。
これ以上、ボクを汚すな。ボクを踏み躙るな。
痛い。苦しい。消えてしまう。ボクの今までがなくなっていく。
掴むから苦しい。なら手放せば楽になれる――?
それこそ、ふざけるな!
「黙れぇぇぇっ!」
マルコが絶叫する。
「何もかも忘れて楽になる? ふざけるな。
明日香のことを忘れて、楽になるぐらいなら――――!!」
手に力が入る。ビームソードに再び光が灯る。
「煉獄の苦痛の方が、億倍もマシだっ!!」
光の氷柱。シャイニングアイシクル。神姫ハンター用の装備として用意された、回収対象のAIを強制シャットダウさせるための電磁兵器。
それを、マルコは、自らに突き立てた。
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」
放電。紫電が疾しる。
「マルコーっ!!」
その電撃に、周囲を囲っていた神姫が弾き飛ばされる。
「馬鹿な、自殺を選んだっていうの!?」
サマエルが空中で体勢を立て直す。
だが、マルコは――肩で息をしながら、全身をバチバチと放電させながら、それでも立っていた。
「何――!?」
そう。
サマエルが電気信号によってAIを狂わせ、支配下に置くのなら。
それ以上の電気によって、その電気の毒を洗い流せばいい。簡単なことだ。
「マルコ、あなた…!」
明日香が叫ぶ。そう、言葉では簡単なことだ。だがそれを実行に移すとなると――――
「…まったく、本当に痛いな…ああ、すごく痛い。ボクとしたことが、今にも泣き出したくなるぐらいに……
でも。
とても、いい気分だ」
シャイニングアイシクルの出力を調整。
AIをシャットダウンさせるかさせないかのギリギリのパワーの、超圧電流。
それを自分に叩き込み、気付けにする。言うは簡単だ。だが、その苦痛はいかほどのものか。
「――――狂ってる。あなた、正気!?」
「…お前には言われたくないな。
ああ、確かに狂ってるかもしれないさ。何故ならばね、教えてやるよ」
わき腹に突き立ったビームソードを引き抜く。オイルの血が流れ出る。それをものともせずにマルコは剣を構えた。
「神の毒、と言ったな、お前は。天使の名からとったのか。
ああ、ボクの名前も天使から由来している。
だからね、狂っているのは当然かもしれないさ。何故なら、ボクの名の由来は――――」
飛ぶ。剣を振るう。サマエルは反応できない。サマエルの右腕が薙がれ、落ちる。
「第七座天使(ソロウンズ)にして、堕天使、マルコシアス。それがボクの名の由来さ。
堕天使、つまり悪魔といっても同じだ。ほら、ならば確かに狂っていると言われても仕方がない!」
返す刃で、サマエルの片翼を切り落とす。
「きゃああっ!!」
「――だがな。それでもなお、捨てられぬ正義がある。
天より堕とされ狂気に沈もうとも、決して穢れないものがある。
――――お前は、それに踏み入った。
ああ、初めてだよ、サマエル。
初めてボクは、明確な殺意を抱いている」
そう、許せない。
自分たちだけではない。
子供たちとの、オーナーと神姫の心の繋がりを、この敵は踏み躙ってきた。
毒で心を殺し、操り人形にしてきた。
怒りだ。
その怒りが、激痛に耐えさせた。最後のところで自らを保たせた。
「武装神姫は、人と共に在る。そのためにボクらは生まれた――」
「ひ、ひいっ…!?」
地に落ち這い蹲りながら、サマエルは怯える。
なんだこれは。
今まで感じたことのない感情があふれてくる。
これは――――恐怖。そして絶望。
「お前は。けっして汚してはいけない聖域を。土足で踏み躙った――――!!!!!」
「れ、恋っ! 助けなさい、私の盾にっ!!」
サマエルが絶叫する。
その叫びに恋は、自らの体を盾にする。
だが。
「っ、くそぉっ――――!!」
痛む足に鞭を打ち、明日香が跳んだ。恋の体を突き飛ばすように抱きかかえ、そのまま転がる。
万策尽きた。
サマエルは絶望する。何故だ。何故こうなった。
こんなはずじゃなかったのに。
こんなはずじゃ――――――
「サァマエェェエエエエル!!!!」
マルコが叫ぶ。
最後の全身全霊のエネルギー。
リミッターをカットし、最大最強出力のシャイニングアイシクルを展開する。
「貴様の罪! 地獄で――――神姫たちに詫び続けろぉっ!!!!!」
飛翔。
流星のようなその輝く一撃。サマエルによけるすべはなく、ましてや、よける意思ももはやない。
何故ならば、ここにきてサマエルはようやく悟ったから。
自分は――――決して、侵してはならない領域に触れてしまったのだと。
そして。
悔恨と恐怖の中、サマエルは砕け散った。
「あれで、よかったのか?」
デパートを後に、マルコは言う。すでに自分で飛ぶ力も何も残っていないので、明日香の肩に腰掛けて体を預けている。
「いいんですよ、これで」
明日香は言う。
サマエルが破壊された後、恋の取り乱しようはなかった。
砕けた破片に泣きすがる恋。
「なんで…どうしてっ、ともだちだったのに…私には、もう、この子しか…っ!」
それを、明日香は平然と、
「自業自得です。言っておくけど、謝ったりはしませんから。悪いのはそっちですからねー」
と言い放った。
「明日香…っ!」
「なんですかマルコ。事実でしょうがー。さて、いいことを教えてあげましょうか、恋ちゃん。
私たちは、公式のバトルにも参加してます。
悔しかったら、お金を稼いで、神姫を新しく買って、自分の実力で私たちを倒してみせなさい。
ま、できたらの話ですけどねー」
ほほほ、と笑う明日香。そして振り返らずにその場を去る。
「…せない…」
その背中に、恋が怒りの言葉を投げかける。
「絶対に、許せない! 私は、必ず…っ! 必ずっ!!」
「ま、こんな商売してたら嫌われるのは日常茶飯事。どってことないですよー、ほほほ」
「……下手な慰めの言葉は、相手を傷つけ貶める」
マルコのつぶやきに、明日香は笑いを止める。
「怒りであれ憎しみであれ、前向きに歩くための活力は必要、か」
「…何か、言いたそーですね、マルコ」
「別に。ボクのマスターはとことんまで捻くれているへそ曲がりだな、と思っただけさ」
そう、自分が憎まれることで、あの少女が立ち上がれるのならそれでいい。
すでにあのMSSによる洗脳と思考操作は解けている、ならば……あとは、自分の足で立ち上がり、進めるだろう。
その原動力が、自分への怒りだとしても、それでも、何もせずに後悔と絶望に沈んだままよりはよほどいい。
しかし、それでも……
「癪ですね」
「何が」
「そーいう、見透かしたツラがです。いかにもお見通しですよー、みたいな」
「明日香、キミは判りやすいからね。ポーカーだって弱いし」
「関係ないでしょう!」
「さてね、どうだか。まあいいよ、今日はボクは疲れた。そろそろエネルギーが本気でカラになるから、寝る」
「…寝ている間に油性ペンで落書きしてやりましょうかね、こいつは……」
拳を振るわせる明日香。しかしマルコからの返答はない。
見ると。
「くー…すー…」
マルコは、明日香の肩で安らかな寝息を立てていた。
「――まったく。寝顔だけは、かわいい女の子なんですけどね」
指で、マルコの頬をなでる。
「……お疲れ様でした、マルコ」
「そう、本当にお疲れ様。いいデータがとれたよ」
デパートの監視カメラを眺めていた男が笑う。
亀裂のような笑みを顔に軋ませながら。
少女にサマエルを与えた男。彼は歌うように、慈しむように、賛辞の言葉を投げかける。
「だけど、まだまだ始まったばかりさ。いや、まだ始まってすらいないのかもしれないね。
なにはともあれ、今はただ一時の幕間を休むがいいさ。
神姫たちのワルツは、これから開幕するのだから――――」
男は笑う。男は哂う。男は哄う。
これから繰り広げられる姫たちの戦いに思いを馳せ、ただ滑稽に、道化は笑う。
その悪意もまた、彼女たちの輝きの前では「無価値」なればこそ。
男は演出する。
戦いの舞台を。
全ては――――未だ鳴らぬ、開幕のベルを待つばかり。
続く
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