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「ドキハウBirth その7 後編」(2007/07/19 (木) 04:43:28) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
交差点の向こうに走り去る少年の背中を見て、男は静かに呟いた。
「……行っちまったか。峡次のヤツ」
腫れ上がった頬をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。全力で山ほど殴られた所為か、まだ頭にはわずかに揺れる感覚が残っていた。
「何とかなる……と思いたいですけれど。あの子も一緒ですし」
引き抜いた刃を白鞘に納めつつ、サイフォスタイプの少女は肩をすくめてみせる。
峡次がオーナーに向かって駆け出したとき、彼女は彼からしっかりと飛び離れていた。その代わり、鳥小に投げられて倒れ込んだ彼の元には、一番最初に駆け寄っていた。
「そうでないと、困るけどな」
辺りを見回しても姿が見えないから、今もきっと一緒にいるはずだ。
たぶん。
少々反応の鈍い娘だから、途中でふり落とされてなければいいけれど……と、少女は心の中で祈りを捧げた。
「……オーナー」
「俺もちょっとはしゃぎすぎたよ。悪かっ……」
オーナーと呼ばれた男は、自らの巨躯を腕一本であっさりと投げ飛ばした少女に笑いかけ。
「たね、じゃねえっ!」
その笑顔を貼り付けたまま、肩から来た衝撃に横殴りに吹き飛ばされた。
再び二転、三転して、容赦なくアスファルトに沈むオーナーの巨体。
「店の前でケンカするのが店長の仕事かっ!」
その前にそびえるのは、鉄塊を削りだしたかのような大剣を右手で突き、緑の髪を右側で結んだ、ツガルタイプだ。
その剣の如き視線。炎の如き怒り。十五センチの小さな体は、今は十五メートルに匹敵する威と圧を併せ持つ。
「ア、アキさん……」
鳥小はおろか、身長二メートル近いオーナーでさえ、彼女の前には言葉を失ったまま。
「なにやってんだお前ら! そこ座れ! そこ!」
「は、はいっ!」
鳥小、オーナー、サイフォスの娘。
それに加えて、騒動の成り行きを見守っていた客の少女とその神姫もがアスファルトに正座する。
「ウチが何の店か、忘れちゃいねえよなぁ? 鳥小」
「……ドールショップです」
背中にかかる『真直堂』の看板には、控えめだがしっかりと「ドール取り扱い」と記されていた。
「それから!」
「……神姫の仕事斡旋所です」
大きな体を縮こまらせて呟く、オーナー。
看板の上にある窓からは、二十を超える神姫達がひしめき合うように顔を出していた。
二階の縫製所で働いている、アルバイトの神姫たちだ。
「ウチで預かってるお嬢様がたが、変なこと覚えちまったらどう責任取るつもりだ? あぁ!?」
一番悪影響を与える存在は、目をつり上げているツガルだろう……とその場にいる誰もが思ったが。
それを口に出せるものは、誰一人としていなかった。
----
**マイナスから始める初めての武装神姫
**その7 後編
----
涙でにじんだ角を曲がり。
裏路地の段ボールを跳び越えて。
息を切らせた苦しさは、大通りの直線を加速して紛らわす。
人ごみで肩がぶつかって、後ろから罵声が聞こえてきたけど……吐き出す息の音で、無理やりにかき消した。
肺が痛い。
腕が痛い。
足が痛い。
喉が痛い。
目が痛い。
頬が痛い。
背中が痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
その痛みで、もっと痛いところの痛みと混乱を強引に上書きして。
俺は秋葉原の街を全力で駆けていく。
「…う……ぁ……」
また誰かにぶつかったのか、女の人の声。
ごめん、と心の中で謝って、俺は速度を緩めない。
「…じ、さぁ……ん」
また?
酸欠気味で頭がクラクラしてるから、体の感覚も怪しげだ。けど、それでも肩や腕にぶつかった感触くらいは残るはず。
そういえば、さっきの声がしたときもぶつかった感じはしなかった。
「きょ……さぁ……」
……あれ?
罵声じゃない。
俺の名前を呼ぶ声だ。
「峡次……さぁん……」
……まさかと思いながら歩を緩めてみる。
背中に伝わってくるのは、俺のシャツの裾から伝わる妙な重み。
手を伸ばせば、小さな体がぶら下がってる。
「……ノリ!?」
ちょっと待て!
俺は慌ててノリの体をすくい上げ、人の来ない歩道の隅へ移動する。
「や、やっと……気が付いてくれたぁ……」
俺の手の中にへたり込んで、息を切らせてる小さな体。
「ご、ごめん。大丈夫!?」
こいつ、全力で走る俺の裾にずっと掴まってたのか。
「は、はぁ……何とか」
バイザーを閉じたまま、ノリは力ない笑顔でそう答えてくれた。
……バカ。俺のバカ!
----
広いお寺の境内で……お寺っていう建物を初めて見るので、ホントは広いのか狭いのかは良く分かりませんでしたが……峡次さんはベンチに腰を下ろして、膝の上にわたしを乗せてくれました。
肩の上だと横顔しか見えなかったけど、ここからだと峡次さんの顔がちゃんと見渡せます。
「ほい、ノリ」
元気のない様子の峡次さんが差し出してくれたそれは、さっき入口の売店で買っていた白いクリームの塊でした。そっと口を近付けてみたら、クリームの感触よりも先に、冷たい空気が唇に触れて。
「冷たぁい」
触れたクリームは、その空気よりも冷たいのに、今まで触った何よりも柔らかくて。
舌を出してみたら、そのまま舌先ですくえちゃいました。
「美味しい?」
甘くて、冷たくて。
「はいっ! とっても!」
確か、売店の看板には『ソフトクリーム』って書いてあったっけ。
「そっか」
峡次さんはわたしの口元に付いたクリームを指先で拭って、少しだけ笑顔。そのまま口を大きく開けて、クリームの山の半分をまとめて削り取りました。
あ……。
ソフトクリーム、もっと食べてみたかったけど……峡次さんのぶんを分けてもらったんだから、もう我慢です。峡次さんはわたしの何十倍も大きいから、何十倍も食べないと同じ『おいしい』にならないんですから。
「………?」
けど峡次さんは、そんなに美味しそうじゃないみたい。ソフトクリーム、嫌いなのかな?
「ごめんな。変なところ、見せちゃって」
それが、さっき店長さんと戦ってたことだって思いつくまで、少し時間がかかりました。
「いえ……。あの店長さんは?」
少なくとも、わたしの『一般常識』のライブラリには、初対面の人と殴り合うあいさつの仕方は載ってません。地方の風習まではフォローしてないから、峡次さんはそういう習慣のある所で生まれたのかもしれませんけど。
「……兄貴」
えーっと、兄貴=お兄さん。同じ親から生まれた年上の男……って。
「そ、そうなんですか?」
お兄さんとは、殴り合うのがあいさつの仕方なんでしょうか? わたしには姉妹はいないから、良く分かりません。
でも、ベルさんやプシュケさんとは殴り合わなかったです。それとも、さっきの戦闘は神姫バトルに相当するコミュニケーション行為なんでしょうか……? 途中で鳥小さんも参戦してましたし。
「ああ」
ソフトクリームの下の、茶色いところをパリパリと食べながら、峡次さん。
あ、あの……そのパリパリも、食べて……。でも、峡次さんのだから、ダメだよね……うん。我慢、我慢。
「結構、凄い人だったんだぜ? 大学の研究室で、CSCの開発に関わったとか、神姫の素体の研究をしてたとか……」
CSCはわたしの胸に入ってる『心』の部品。
素体は、この体のこと。
っていうことは、峡次さんのお兄さんは……。
「じゃあ、わたし達の生みの親……?」
「……どこまでがホントかは知らないけどな」
峡次さんは楽しく無さそうな笑い顔を浮かべると、手の中に残った三角の紙をくしゃりと丸めて、隣のゴミ箱へ。
さようなら、ソフトクリームさん。おいしい思い出をありがとう。また、会えます……よね?
「ただ、神姫や武器作りの腕は本物だった。兄貴のハウリン……クウガは、俺が知ってる中じゃ最強の神姫だったしな」
クウガさんっていうのが、お兄さんのハウリンタイプの名前みたい。
第二期モデルの犬型神姫・ハウリン。砲戦特化のわたしとは対照的なコンセプトを持つ、オールラウンダータイプの汎用神姫。
特化した能力はないけど、銃や砲撃だけじゃなくて、剣も格闘も何でもこなせるスゴい子です。
「なら、何でそんな人にキックを……?」
峡次さんは、そんなお兄さんのことが大好きなんでしょう。クウガさんの名前を出した時の峡次さん、ソフトクリームを食べた時より嬉しそうでしたし。
「……さっきの店、見ただろ?」
寂しそうな問いに、わたしは小さく頷きました。
真直堂、ですよね。ちょっとしか見えなかったけど、可愛い服が沢山あって、すごく楽しそうなお店でしたけど。
「何か、腹が立って来ちゃってな。神姫界最速の神姫のマスターが、技術屋どころか何でドールショップなんかやってるんだって……な」
「……峡次さん」
その言い方がすごく怖くて、わたしは思わずバイザーを閉じました。
ホントは、バイザーの内側に映像なんて映らないんです。機械仕掛けのわたしの瞳の、画像情報を得る元が少し切り替わるだけ。
「ん?」
もちろん切り替わった後のセンサーもわたしの物だから、それが気のせいなのは分かってるんですけど……。バイザーひとつ挟むだけで、怖い顔を直接見なくて済む気がするんです。
「ホントは、クウガさんみたいな……ハウリンが、欲しかったんですか?」
だから、本当は言いたくなんかないことも、ゆっくりとだけど言えました。
「んー……まあ、な。最初はそう思ってた」
やっぱり。
わたしの胸のCSCが。峡次さんのお兄さんが作ってくれた部品が、きしりと嫌な音を立てた気がしました。
「なら……なんでわたしを返品しなかったんですか?」
胸が、痛い。
でも、ちゃんと言わないと。
「……返品?」
峡次さんは、わたしの言葉に首を傾げるだけ。
「私、あのお店で買われた神姫なんですよね? でしたら……」
フォートブラッグの基本スタイルは、砲戦特化。どれだけカスタマイズしても、装備を変えても、万能型になるには限界があります。あくまでも近付けるだけで、本当に万能型にはなれないでしょう。
それに、素体は戦闘用のパターン素体を展開出来ない不良品。服を着て戦うなんてイロモノの戦い方をしないと、恥ずかしくって戦うのも難しいでしょう。……主に私が、ですけど。
「……お前、返品されたいワケ?」
そんな!
「そんなわけないじゃないですか!」
CSCがかっと熱くなって、言葉が思わず流れ出ました。
返品なんてされたいわけありません。
けど、けど……!
「わたし、はだかですよ? 服を着て戦うのだって、ホントはしたくないんですよね?」
「……まあ、そうだけど」
峡次さん、昨日寝る前に通帳とにらめっこしてたの、知ってるんですよ? お金ない、バイトしなきゃって言ってたのだって、ちゃんと聞いてるんですから。
「わたし、近接戦って苦手ですよ? 峡次さん、近接戦ベースで神姫を組み立てたかったんですよね?」
「……何でその事を」
さすがにそれには峡次さんも驚いたみたい。
「峡次さんの部屋にあったの、組み立てかけの剣とか、加速用のパワーユニットとか、近接装備ばっかりじゃないですか」
わたしだって武装神姫。基本的な装備運用のシミュレートパターンくらいは入ってます。
もっとも、フォートブラッグのそれは自分で使うというよりも、相手の戦術を見極めるためのものだから……使いこなせるかどうかは別問題なんですけど。
「そう、なんだけどさ」
「たぶんわたし、クウガさんみたいな高機動戦は出来ないと思います」
わたしの脚は速度を叩き出すものじゃなく、確実に戦場を走破することと、砲撃の安定性を高めるためにある。
「だろうなぁ……」
「だろうなぁ……じゃなくて。わたし、砲撃しか出来ないんですよ?」
初期設定の戦術プログラムだって、弾道計算や弾種ごとのダメージシミュレートが主で、峡次さんがしたいような高速斬撃戦になんて対応してません。
その手の戦い方は、きっとベルさんやプシュケさんの方が得意なはず。
「何とかなるだろ」
何とかって……そんな、何とかなるなら……。
なるなら!
「わたしじゃ、マスターの期待に答えられないと思います! お役に立てないと思います!」
わたし、マスターのお役に立ちたいんです。
マスターの期待に応えて、喜んで欲しいんです。
嬉しい、ありがとう、って言って欲しいんです。
でも、バトルで一番の期待に応える方法は、これしか思いつかなくて……。
「……あのさ」
峡次さんは、わたしを向いてはぁとため息。
「はい」
嫌な音。
CSCが、何だかきしりと痛みます。
「バイザー、上げな」
「……はい?」
バイザー?
「バイザー。上げな」
「はぁ」
大きな手がいつ来るか怖かったけど、峡次さんの声に従って、バイザーを上げてみる。
バイザーモードから切り替えた視界は、ぼやけてよく見えなかった。喋りながら泣いてたんだと……わたしは、その時になって初めて気が付いた。
そして。
「ノリ……」
大きな手が、わたしに向かって延びてきて。
ああ、やっぱり……返品されるんだ。
でも、たぶんそれが一番いいんです。峡次さん。
次に来るハウリンには、わたしの分まで優しくしてあげて……。
「ん……っ」
思わず身を硬くしたわたしの目元を、峡次さんの太い指がそっと拭ってくれて……って、あれ?
「うん。ノリは、そっちのほうが可愛いよ」
峡次さんは、優しい笑顔。さっきまでの怖い感じは、もうしてません。
「……はい?」
このまま握られて、真直堂に返品に行くんじゃないんですか?
「ノリさ。今日、電車に乗っただろ」
?
「はい」
話が良く分からなかったけど、とりあえず頷いておきました。
「すっごく喜んでたじゃない」
「……酔っちゃいましたけどね」
最初は景色がびゅんびゅん流れて、すっごく楽しかったんですけど……そのうち処理が追い付かなくなって、システムが落ちそうになっちゃいました。
「それでも、喜んでた」
「……はい」
頷くわたしに、峡次さんは笑顔。
「ソフトクリームも、美味しかった?」
「……はい、とっても」
もうちょっと食べたかったですけど。
でも……。
「後は……さっきの……」
「あぅう……」
あれはもっともっとしてほしかったですけど……。
「もちろんバトルもするよ? けどさ。そういうのも、なんかいいなーって思ったんだわ。今日」
「はぁ」
でも……。
「で、それが出来るのは、ノリだけなんだよな」
「……そんな、こと……。神姫なら、誰でも出来ることです」
ベルさんだって、プシュケさんだって。
お兄さんのタツキさんや、静香さんのココさんも……。起動したてのどんな神姫だって、さっきは怖かったもう一人のツガルさんだって、アイス食べたり、笑ったり、そんな事くらい簡単に出来るはず。
「うん。そりゃ、最初に起動させたのがハウリンだったら、そいつに同じ事を思ったかもしれないけどさ」
ですよ……ね。
だから、期待なんか……させないでください。
「でも、俺が最初に起動させたのは、ノリなんだよ」
だから……。
「砲撃しかできないなら、最高の砲撃が出来る武器を作ってみせるさ」
期待、なんか……。
「……峡次さん」
「それくらい出来なきゃ、神姫でバトルやっていきますなんて言えないしな」
バイザーを通さずに見た峡次さんの顔は、とっても優しくて。
「俺、頑張るよ。ノリが頑張れるように」
「……はい」
もぅ……。
この人は、なんで……。
「だから、ノリは……バイザーを上げて、笑っててくれ。多分、俺はそれで頑張れるから」
期待、しちゃいますよ?
「……いいん、ですか?」
「何が?」
「わたし、マスターのお側にいて」
ずっと、置いてくれるって。
返品なんか、しないって。
マスターの望んだ戦いの出来ない。砲撃しかできないダメな子でも、ずっと一緒に戦ってくれるって……望んじゃいますよ?
「ノリがいてくれなきゃ俺、どうやって神姫バトルすんのさ?」
ああ……っ!
マスター!
マスターっ!
「返品させる気がないなら、よろしくな。ノリ」
そう言って、マスターは手を差し出してくれて。
「……はい! はいっ!」
わたしはそう答えて、大きなその手に抱き付いていた。
マスターの手は、わたしを握り潰すことなんかしなくて……ただ、やさしく撫でてくれるだけだった。
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交差点の向こうに走り去る少年の背中を見て、男は静かに呟いた。
「……行っちまったか。峡次のヤツ」
腫れ上がった頬をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。全力で山ほど殴られた所為か、まだ頭にはわずかに揺れる感覚が残っていた。
「何とかなる……と思いたいですけれど。あの子も一緒ですし」
引き抜いた刃を白鞘に納めつつ、サイフォスタイプの少女は肩をすくめてみせる。
峡次がオーナーに向かって駆け出したとき、彼女は彼からしっかりと飛び離れていた。その代わり、鳥小に投げられて倒れ込んだ彼の元には、一番最初に駆け寄っていた。
「そうでないと、困るけどな」
辺りを見回しても姿が見えないから、今もきっと一緒にいるはずだ。
たぶん。
少々反応の鈍い娘だから、途中でふり落とされてなければいいけれど……と、少女は心の中で祈りを捧げた。
「……オーナー」
「俺もちょっとはしゃぎすぎたよ。悪かっ……」
オーナーと呼ばれた男は、自らの巨躯を腕一本であっさりと投げ飛ばした少女に笑いかけ。
「たね、じゃねえっ!」
その笑顔を貼り付けたまま、肩から来た衝撃に横殴りに吹き飛ばされた。
再び二転、三転して、容赦なくアスファルトに沈むオーナーの巨体。
「店の前でケンカするのが店長の仕事かっ!」
その前にそびえるのは、鉄塊を削りだしたかのような大剣を右手で突き、緑の髪を右側で結んだ、ツガルタイプだ。
その剣の如き視線。炎の如き怒り。十五センチの小さな体は、今は十五メートルに匹敵する威と圧を併せ持つ。
「ア、アキさん……」
鳥小はおろか、身長二メートル近いオーナーでさえ、彼女の前には言葉を失ったまま。
「なにやってんだお前ら! そこ座れ! そこ!」
「は、はいっ!」
鳥小、オーナー、サイフォスの娘。
それに加えて、騒動の成り行きを見守っていた客の少女とその神姫もがアスファルトに正座する。
「ウチが何の店か、忘れちゃいねえよなぁ? 鳥小」
「……ドールショップです」
背中にかかる『真直堂』の看板には、控えめだがしっかりと「ドール取り扱い」と記されていた。
「それから!」
「……神姫の仕事斡旋所です」
大きな体を縮こまらせて呟く、オーナー。
看板の上にある窓からは、二十を超える神姫達がひしめき合うように顔を出していた。
二階の縫製所で働いている、アルバイトの神姫たちだ。
「ウチで預かってるお嬢様がたが、変なこと覚えちまったらどう責任取るつもりだ? あぁ!?」
一番悪影響を与える存在は、目をつり上げているツガルだろう……とその場にいる誰もが思ったが。
それを口に出せるものは、誰一人としていなかった。
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**マイナスから始める初めての武装神姫
**その7 後編
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涙でにじんだ角を曲がり。
裏路地の段ボールを跳び越えて。
息を切らせた苦しさは、大通りの直線を加速して紛らわす。
人ごみで肩がぶつかって、後ろから罵声が聞こえてきたけど……吐き出す息の音で、無理やりにかき消した。
肺が痛い。
腕が痛い。
足が痛い。
喉が痛い。
目が痛い。
頬が痛い。
背中が痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
その痛みで、もっと痛いところの痛みと混乱を強引に上書きして。
俺は秋葉原の街を全力で駆けていく。
「…う……ぁ……」
また誰かにぶつかったのか、女の人の声。
ごめん、と心の中で謝って、俺は速度を緩めない。
「…じ、さぁ……ん」
また?
酸欠気味で頭がクラクラしてるから、体の感覚も怪しげだ。けど、それでも肩や腕にぶつかった感触くらいは残るはず。
そういえば、さっきの声がしたときもぶつかった感じはしなかった。
「きょ……さぁ……」
……あれ?
罵声じゃない。
俺の名前を呼ぶ声だ。
「峡次……さぁん……」
……まさかと思いながら歩を緩めてみる。
背中に伝わってくるのは、俺のシャツの裾から伝わる妙な重み。
手を伸ばせば、小さな体がぶら下がってる。
「……ノリ!?」
ちょっと待て!
俺は慌ててノリの体をすくい上げ、人の来ない歩道の隅へ移動する。
「や、やっと……気が付いてくれたぁ……」
俺の手の中にへたり込んで、息を切らせてる小さな体。
「ご、ごめん。大丈夫!?」
こいつ、全力で走る俺の裾にずっと掴まってたのか。
「は、はぁ……何とか」
バイザーを閉じたまま、ノリは力ない笑顔でそう答えてくれた。
……バカ。俺のバカ!
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広いお寺の境内で……お寺っていう建物を初めて見るので、ホントは広いのか狭いのかは良く分かりませんでしたが……峡次さんはベンチに腰を下ろして、膝の上にわたしを乗せてくれました。
肩の上だと横顔しか見えなかったけど、ここからだと峡次さんの顔がちゃんと見渡せます。
「ほい、ノリ」
元気のない様子の峡次さんが差し出してくれたそれは、さっき入口の売店で買っていた白いクリームの塊でした。そっと口を近付けてみたら、クリームの感触よりも先に、冷たい空気が唇に触れて。
「冷たぁい」
触れたクリームは、その空気よりも冷たいのに、今まで触った何よりも柔らかくて。
舌を出してみたら、そのまま舌先ですくえちゃいました。
「美味しい?」
甘くて、冷たくて。
「はいっ! とっても!」
確か、売店の看板には『ソフトクリーム』って書いてあったっけ。
「そっか」
峡次さんはわたしの口元に付いたクリームを指先で拭って、少しだけ笑顔。そのまま口を大きく開けて、クリームの山の半分をまとめて削り取りました。
あ……。
ソフトクリーム、もっと食べてみたかったけど……峡次さんのぶんを分けてもらったんだから、もう我慢です。峡次さんはわたしの何十倍も大きいから、何十倍も食べないと同じ『おいしい』にならないんですから。
「………?」
けど峡次さんは、そんなに美味しそうじゃないみたい。ソフトクリーム、嫌いなのかな?
「ごめんな。変なところ、見せちゃって」
それが、さっき店長さんと戦ってたことだって思いつくまで、少し時間がかかりました。
「いえ……。あの店長さんは?」
少なくとも、わたしの『一般常識』のライブラリには、初対面の人と殴り合うあいさつの仕方は載ってません。地方の風習まではフォローしてないから、峡次さんはそういう習慣のある所で生まれたのかもしれませんけど。
「……兄貴」
えーっと、兄貴=お兄さん。同じ親から生まれた年上の男……って。
「そ、そうなんですか?」
お兄さんとは、殴り合うのがあいさつの仕方なんでしょうか? わたしには姉妹はいないから、良く分かりません。
でも、ベルさんやプシュケさんとは殴り合わなかったです。それとも、さっきの戦闘は神姫バトルに相当するコミュニケーション行為なんでしょうか……? 途中で鳥小さんも参戦してましたし。
「ああ」
ソフトクリームの下の、茶色いところをパリパリと食べながら、峡次さん。
あ、あの……そのパリパリも、食べて……。でも、峡次さんのだから、ダメだよね……うん。我慢、我慢。
「結構、凄い人だったんだぜ? 大学の研究室で、CSCの開発に関わったとか、神姫の素体の研究をしてたとか……」
CSCはわたしの胸に入ってる『心』の部品。
素体は、この体のこと。
っていうことは、峡次さんのお兄さんは……。
「じゃあ、わたし達の生みの親……?」
「……どこまでがホントかは知らないけどな」
峡次さんは楽しく無さそうな笑い顔を浮かべると、手の中に残った三角の紙をくしゃりと丸めて、隣のゴミ箱へ。
さようなら、ソフトクリームさん。おいしい思い出をありがとう。また、会えます……よね?
「ただ、神姫や武器作りの腕は本物だった。兄貴のハウリン……クウガは、俺が知ってる中じゃ最強の神姫だったしな」
クウガさんっていうのが、お兄さんのハウリンタイプの名前みたい。
第二期モデルの犬型神姫・ハウリン。砲戦特化のわたしとは対照的なコンセプトを持つ、オールラウンダータイプの汎用神姫。
特化した能力はないけど、銃や砲撃だけじゃなくて、剣も格闘も何でもこなせるスゴい子です。
「なら、何でそんな人にキックを……?」
峡次さんは、そんなお兄さんのことが大好きなんでしょう。クウガさんの名前を出した時の峡次さん、ソフトクリームを食べた時より嬉しそうでしたし。
「……さっきの店、見ただろ?」
寂しそうな問いに、わたしは小さく頷きました。
真直堂、ですよね。ちょっとしか見えなかったけど、可愛い服が沢山あって、すごく楽しそうなお店でしたけど。
「何か、腹が立って来ちゃってな。神姫界最速の神姫のマスターが、技術屋どころか何でドールショップなんかやってるんだって……な」
「……峡次さん」
その言い方がすごく怖くて、わたしは思わずバイザーを閉じました。
ホントは、バイザーの内側に映像なんて映らないんです。機械仕掛けのわたしの瞳の、画像情報を得る元が少し切り替わるだけ。
「ん?」
もちろん切り替わった後のセンサーもわたしの物だから、それが気のせいなのは分かってるんですけど……。バイザーひとつ挟むだけで、怖い顔を直接見なくて済む気がするんです。
「ホントは、クウガさんみたいな……ハウリンが、欲しかったんですか?」
だから、本当は言いたくなんかないことも、ゆっくりとだけど言えました。
「んー……まあ、な。最初はそう思ってた」
やっぱり。
わたしの胸のCSCが。峡次さんのお兄さんが作ってくれた部品が、きしりと嫌な音を立てた気がしました。
「なら……なんでわたしを返品しなかったんですか?」
胸が、痛い。
でも、ちゃんと言わないと。
「……返品?」
峡次さんは、わたしの言葉に首を傾げるだけ。
「私、あのお店で買われた神姫なんですよね? でしたら……」
フォートブラッグの基本スタイルは、砲戦特化。どれだけカスタマイズしても、装備を変えても、万能型になるには限界があります。あくまでも近付けるだけで、本当に万能型にはなれないでしょう。
それに、素体は戦闘用のパターン素体を展開出来ない不良品。服を着て戦うなんてイロモノの戦い方をしないと、恥ずかしくって戦うのも難しいでしょう。……主に私が、ですけど。
「……お前、返品されたいワケ?」
そんな!
「そんなわけないじゃないですか!」
CSCがかっと熱くなって、言葉が思わず流れ出ました。
返品なんてされたいわけありません。
けど、けど……!
「わたし、はだかですよ? 服を着て戦うのだって、ホントはしたくないんですよね?」
「……まあ、そうだけど」
峡次さん、昨日寝る前に通帳とにらめっこしてたの、知ってるんですよ? お金ない、バイトしなきゃって言ってたのだって、ちゃんと聞いてるんですから。
「わたし、近接戦って苦手ですよ? 峡次さん、近接戦ベースで神姫を組み立てたかったんですよね?」
「……何でその事を」
さすがにそれには峡次さんも驚いたみたい。
「峡次さんの部屋にあったの、組み立てかけの剣とか、加速用のパワーユニットとか、近接装備ばっかりじゃないですか」
わたしだって武装神姫。基本的な装備運用のシミュレートパターンくらいは入ってます。
もっとも、フォートブラッグのそれは自分で使うというよりも、相手の戦術を見極めるためのものだから……使いこなせるかどうかは別問題なんですけど。
「そう、なんだけどさ」
「たぶんわたし、クウガさんみたいな高機動戦は出来ないと思います」
わたしの脚は速度を叩き出すものじゃなく、確実に戦場を走破することと、砲撃の安定性を高めるためにある。
「だろうなぁ……」
「だろうなぁ……じゃなくて。わたし、砲撃しか出来ないんですよ?」
初期設定の戦術プログラムだって、弾道計算や弾種ごとのダメージシミュレートが主で、峡次さんがしたいような高速斬撃戦になんて対応してません。
その手の戦い方は、きっとベルさんやプシュケさんの方が得意なはず。
「何とかなるだろ」
何とかって……そんな、何とかなるなら……。
なるなら!
「わたしじゃ、マスターの期待に答えられないと思います! お役に立てないと思います!」
わたし、マスターのお役に立ちたいんです。
マスターの期待に応えて、喜んで欲しいんです。
嬉しい、ありがとう、って言って欲しいんです。
でも、バトルで一番の期待に応える方法は、これしか思いつかなくて……。
「……あのさ」
峡次さんは、わたしを向いてはぁとため息。
「はい」
嫌な音。
CSCが、何だかきしりと痛みます。
「バイザー、上げな」
「……はい?」
バイザー?
「バイザー。上げな」
「はぁ」
大きな手がいつ来るか怖かったけど、峡次さんの声に従って、バイザーを上げてみる。
バイザーモードから切り替えた視界は、ぼやけてよく見えなかった。喋りながら泣いてたんだと……わたしは、その時になって初めて気が付いた。
そして。
「ノリ……」
大きな手が、わたしに向かって延びてきて。
ああ、やっぱり……返品されるんだ。
でも、たぶんそれが一番いいんです。峡次さん。
次に来るハウリンには、わたしの分まで優しくしてあげて……。
「ん……っ」
思わず身を硬くしたわたしの目元を、峡次さんの太い指がそっと拭ってくれて……って、あれ?
「うん。ノリは、そっちのほうが可愛いよ」
峡次さんは、優しい笑顔。さっきまでの怖い感じは、もうしてません。
「……はい?」
このまま握られて、真直堂に返品に行くんじゃないんですか?
「ノリさ。今日、電車に乗っただろ」
?
「はい」
話が良く分からなかったけど、とりあえず頷いておきました。
「すっごく喜んでたじゃない」
「……酔っちゃいましたけどね」
最初は景色がびゅんびゅん流れて、すっごく楽しかったんですけど……そのうち処理が追い付かなくなって、システムが落ちそうになっちゃいました。
「それでも、喜んでた」
「……はい」
頷くわたしに、峡次さんは笑顔。
「ソフトクリームも、美味しかった?」
「……はい、とっても」
もうちょっと食べたかったですけど。
でも……。
「後は……さっきの……」
「あぅう……」
あれはもっともっとしてほしかったですけど……。
「もちろんバトルもするよ? けどさ。そういうのも、なんかいいなーって思ったんだわ。今日」
「はぁ」
でも……。
「で、それが出来るのは、ノリだけなんだよな」
「……そんな、こと……。神姫なら、誰でも出来ることです」
ベルさんだって、プシュケさんだって。
お兄さんのタツキさんや、静香さんのココさんも……。起動したてのどんな神姫だって、さっきは怖かったもう一人のツガルさんだって、アイス食べたり、笑ったり、そんな事くらい簡単に出来るはず。
「うん。そりゃ、最初に起動させたのがハウリンだったら、そいつに同じ事を思ったかもしれないけどさ」
ですよ……ね。
だから、期待なんか……させないでください。
「でも、俺が最初に起動させたのは、ノリなんだよ」
だから……。
「砲撃しかできないなら、最高の砲撃が出来る武器を作ってみせるさ」
期待、なんか……。
「……峡次さん」
「それくらい出来なきゃ、神姫でバトルやっていきますなんて言えないしな」
バイザーを通さずに見た峡次さんの顔は、とっても優しくて。
「俺、頑張るよ。ノリが頑張れるように」
「……はい」
もぅ……。
この人は、なんで……。
「だから、ノリは……バイザーを上げて、笑っててくれ。多分、俺はそれで頑張れるから」
期待、しちゃいますよ?
「……いいん、ですか?」
「何が?」
「わたし、マスターのお側にいて」
ずっと、置いてくれるって。
返品なんか、しないって。
マスターの望んだ戦いの出来ない。砲撃しかできないダメな子でも、ずっと一緒に戦ってくれるって……望んじゃいますよ?
「ノリがいてくれなきゃ俺、どうやって神姫バトルすんのさ?」
ああ……っ!
マスター!
マスターっ!
「返品させる気がないなら、よろしくな。ノリ」
そう言って、マスターは手を差し出してくれて。
「……はい! はいっ!」
わたしはそう答えて、大きなその手に抱き付いていた。
マスターの手は、わたしを握り潰すことなんかしなくて……ただ、やさしく撫でてくれるだけだった。
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