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ドキドキハウリン その19後編 - (2007/03/12 (月) 14:45:34) のソース
宇宙に流れる赤い羽衣を、晶は満足そうに見つめている。 「あの布が、マイスターの……?」 「有無」 それこそが、晶の創り上げた静香の秘密兵器。 「布のしなかやさと鋼の強度を持つフレキシブルフレームが欲しいなど、相当な無茶を言われたがな……」 静香が思い描いたのは、自由自在に動く強固な薄布。それを羽衣のようにまとい、戦う、ココの姿。 そのイメージの実現に、静香の実力は今一歩及ばなかった。静香以上に鋼と布を使いこなす晶だからこそ形に出来た、二つのマテリアルの完璧な融合物。 「でも、それを何とかするのがマイスターですの!」 ロッテの言葉に、晶は悠然と頷いてみせる。 「引き受けた以上、形にしてみせるのが……私の務めだからな」 しかし、完璧な姿で生み出された鋼鉄の羽衣も、静香のイメージの三分の一しか形に出来ていないという。 「見せてみろ、戸田静香。私の作品さえ構想の一部と言い切った、『フェザー』の完全な力をな」 晶はディスプレイから視線を逸らさない。 『フェザー』と銘打たれた、その武器の真の姿を見届けるために。 ---- **魔女っ子神姫ドキドキハウリン **その19 後編 ---- 右コンテナの爆発に吹き飛ばされながら、私は右手を伸ばし、羽衣を大きく展開させた。大気を孕んだ羽衣で回転の勢いを殺し、体勢を整える。 既に両手の光刃はない。今のフェザーは、純粋にスタビライザーの役割だけを果たしている。 「ココ。獣王の調子はどう?」 静香の問いに、フェザーの中頃からぶら下がるストラップがワンとひと吠え。今の獣王はフェザーの制御ユニットとして、私の意志をサポートしてくれている。 「ファーストギア、順調だそうです。いつでも行けますよ」 ミカエルは防御フィールドに続き、左右のコンテナも失っていた。後はメガビーム砲だけ何とかすれば、勝利への道は自ずと見えてくる。 「OK。なら、セカンドに上げるわよ」 「了解です。フェザー、ヴォワチュール・リュミエール」 たなびくフェザーは私の声に反応し、円状に変形。光を帯び始めたサークルは推力を吐き出し、新たな私の翼となる。 「ココ、左下方。ミカエル、いまだ健在」 静香のナビゲートに、私はそちらの方向を確かめようとして。 「は……」 そのまま、絶句した。 それを、何と形容すればいいのだろうか。 先程までのミカエル……巨大宇宙戦闘機型神姫の面影は、もはやどこにもなかった。 宇宙に咲いた巨大な華。 そう、華だ。 神姫よりも大きな八本の超々巨大アームと、それをサポートする八本のサブアーム。ミサイルや光学兵器がびっしりと敷き詰められた、八枚の鋼の花弁。 その中心部、全ての超巨大武装の接続基部に身を埋めるのは、バイザーで表情を隠したミカエルの姿。 バトリング用のATやガブリエルでさえ、その前には子供同然に見えるはずだ。 「……あのサイズのラビアンローズなんて、どうやってサイドボードに入れたのよ」 そのあまりの巨大さに、流石の静香も呆れ顔。私はもちろん、呆れ果てて声も出ない。 「アウリエルは兄貴を倒すための最終兵器だったのに……。くそ、叩き潰せ!」 大紀の言葉と共に超弩級巨大武装……アウリエルというらしい……はゆっくりと動き出す。十六本の巨大アームがこちらを指差して。 「食らえ! 神の火を!」 放たれた粒子砲は、一発がガブリエルのメガビームの数倍の太さを持っていた。 「ココ、回避!」 言われたときには既にフェザーの出力を全開にして回避してる。相手は小回りが利かないのがせめてもの救いだけど……。 「逃がさん!」 次に来たのは、八枚の花弁に備えられた小型砲とミサイルの豪雨。小型と言ったって、私の吠莱と同じくらいの口径はあるはずだ。どちらが当たっても、無事では済みそうにない。 「フェザー! ツインバスター!」 私の声に赤い羽衣はサークル状態を解除し、両腕に絡み付く。細く長い筒状になった一対のそれを構え。 「ファイア!」 放たれた二条の閃光は、迫り来る無数のミサイルを片っ端から薙ぎ払う。 誘爆する弾幕を見届けながら、砲撃形態のフェザーを解除。 「フェザー、エクステンドブースター」 その言葉と共に筒状の羽衣は形を緩め、太さを増した。起動の命令と共に砲口から放たれたのは、ビームではなく推進器の炎だ。 「ココ」 リュミエールに数倍する加速で小型砲の弾幕をかいくぐっていると、静香の声が聞こえてきた。 「何です?」 アウリエルの攻撃は止む気配がない。そのうえ本体の周りにはお馴染みの反発フィールドまで張っているらしく、さっきのツインバスターも弾かれたようだった。 「埒があかないわ。オーバートップで一気に畳みかけたいんだけど……行ける?」 「了解です!」 そして、私はブースターの出力を全開。 一気にアウリエルへと接敵する。 ---- 高速で近付いてくるハウリンに、大紀は驚くより先に呆れていた。 あの奇妙な布は様々な武器に変形するらしいが、掛け声は丸聞こえ、発動にも一瞬のタイムラグがある。あれでは防御や回避には使えても、攻撃の役には立たないはずだ。 「撃ち落とせ! アウリエル!」 それに比べてこちらの火力は圧倒的。仮に弾幕をかいくぐって来たとしても、武器を切り替える間に撃ち落とす自信があった。こちらが攻撃していない間であれば、反発フィールドで弾き飛ばしても良い。 その思惑を知ってか知らずか、小さなハウリンはブースターを全開にして迫り来る。反発フィールドに正面から来るなど、無謀の極み。 「無駄……ッ!」 だ、とまでは言えなかった。 構え、前へと伸ばされた右の腕。何の言葉も、予備動作もなく、そこから放たれるのは、無数の鋼弾だ。 ガトリング。 毎分千発を超える鋼弾がフィールドの反発力を手数で圧倒し、本体に牙を剥く。その根本にあるのは、反発フィールドのジェネレーターだ。 「バカな……撃て、撃ち落とせっ!」 叫んだときにはもう遅い。 ブースターの急機動でココはその場をすぐに離脱。花弁から放たれた光の弾幕は空しく空を切るのみだ。 今度はアウリエル再外縁にある大型サブアームに近付くと、後ろに向けていたブースターの右腕を大きく振りかぶって。 「今……ッ!」 やはり、だ、とは言えなかった。 ハウリンは一瞬の遅滞もなく、右腕を振り抜いていたのだ。振り抜かれた右腕の先、絡み付いた布から伸びるのは、赤く輝く光の刃。 サブアームの一本が中程からずれ、爆発した頃には、ブースター形態に戻した両腕でハウリンは一気にその場を離れている。 「くそっ! まだ一本落とされただ……!」 大紀の言葉は最後まで続かない。 先程までブースターだったはずの羽衣は、二門のバスターライフルへと姿を変え、断たれたサブアームの左右に伸びる二本のアームを撃ち抜いている。 また、離脱。 掛け声も、予備動作も一切無い。 自在に動く両手から放たれるのは、時に光刃、特に粒子砲。ガトリングかと思って迎撃に動けば、ブースターで逃げられる。 斬っては翔び、舞っては落とす。 レーザーブレード、ガトリング、バスターライフル、ブースター。光のリングで撹乱したかと思いきや、その内からミサイルさえ放ってみせる。 「くそ……くそ……ッ!」 予測不能な攻撃に、鶴畑大紀は追い付くことさえ出来なかった。 無敵のはずのアウリエルは、赤い羽衣が閃く度に無敵の力を削ぎ落とされて。 「チェック・メイトです」 システムに直結させられたミカエルの正面。 かざされた右腕。 目の前の敵を迎撃する術さえ、アウリエルには残されていない。 「くそォォォォォォォォォッ!」 右腕を覆う筒状の羽衣。 叩き付けられた最後の一撃は。 「ドキドキ☆ストラーーーーーーーイクッ!」 容赦ない、パイル・バンカーの一撃だった。 ---- 叩き付けられた最後の一撃に、ジルはやれやれと呟いた。 「……あれ、魔法じゃねえよな」 「いつも通りだけどね」 勝者、ココ。 オーロラビジョンに映し出された判定に、ほっと一安心。 ボク達の感想はそれだけだったけど、隣にいた二人の感想は少し違っているらしい。 「……ミラー。あの技、使いこなせそうですか?」 穏やかそうな男の人と、隣に座る銀髪のアーンヴァル。 第六会場第三試合、第二戦に挑むプレイヤーと、その神姫だ。 「仕掛け自体は大したことないが……パターンを覚えるのが大変そうだな」 「でしょうねぇ」 最近よくエルゴに顔を出す彼らとは顔見知り。その繋がりもあって、一緒に静姉の戦いを見てたんだけど……。 「……あの仕掛け、分かったんですか? 御影さん」 戦術の解析が二人の得意分野とはいえ、静姉の仕掛けをたった一戦で見抜くなんて思わなかった。 「あの布は手元を隠して攻撃タイミングを悟らせないためのダミー。コールの度に内側に武装を転送して、変幻自在に見せているだけ……違いますか?」 「です」 全くその通り。 特殊な動きをする羽衣に気を取られがちだけど、あれはココの手持ち装備を隠すための役割しかない。そのうえ、無数の武器に切り替わる仕掛けのほうは、タネが分かれば本当に大したことがなかった。 あの羽衣があれば、フェザーを再現することは誰にでも出来るだろう。御影さんとミラーほどの技量も必要ない。もちろん、ボクとジルでも出来ていたりする。 ……再現するだけなら。 「ただ、装備変更のタイミングが分からない。途中までは掛け声でタイミングを合わせていたようだが……。恭二、最後のラッシュのパターン、いくつあると思う?」 「うーん。十五、いや二十は越えているように思いましたが……」 「三十は多すぎるか」 二人とも、ボク達と同じ所で詰まってる。 普通、そう思うよねぇ……。 「最後のラッシュは、打ち合わせなしのアドリブらしいですよ。多分、ココも静姉が何を出してくるか分かんなかったんじゃないかな」 起動状態のファースト。 口頭で武装選択をするセカンド。 武装選択をマスターに一任し、短い掛け声で転送タイミングだけを合わせるトップ。 そして最終段階、オーバートップ状態のフェザーは、武装選択もタイミング合わせも行わない。ココの動きを先読みした静姉が最適なタイミングで武装を選択・転送し、ココは送られた装備を使って戦う。 もちろん、ココの予想に反した武器が送られることだって普通にある。その時は、それに応じた戦術を即座に組み直し、何とかして使う……んだそうだ。 ココに言わせれば「静香の行動が予想できないのはいつものこと」らしいけど、それに合わせられるココも相当なものだと思う。 「…………正気ですか」 ボクとジルもフェザーを借りて試してみたけど、戦闘中に使えるのはセカンドが精一杯。もちろんセカンド状態じゃこっちの装備は筒抜けだから、フェザーの有効性は激減する。 だからこそ、静姉はその大したことない仕掛けを、最後の切り札に選んだんだろう。 万能のハウリンの。そしてココの望んだ戦い方の、ひとつの完成型として。 「何というか……あれだけの装備とフォーメーションが出来るなら、もうちょっと効率的な戦い方があるんじゃないでしょうか?」 「……ボクもそう思います」 そんな事を話していると、フィールドから御影さんとミラーの名前を呼ぶ声がする。 「さて。それでは、次はぼくの番ですね」 対するは、ツガルタイプ・シルヴィア。 「楽しそうですね、御影さん」 「それはもう。ではミラー、行きますよ」 御影さんの声に、ツガル装備のマスターミラーもふわりと舞い上がる。彼女も御影さんと同じく、どこかしら楽しそうだ。 二人の勝利を祈っておいて、ボクもその席を立ち上がる。 「じゃ、ジル。ボク達も行こう!」 「おう!」 今日のジルが背負うのは、アーンヴァルの白い翼。ボク達の本当の役割を果たすため、彼女もふわりと舞い上がる。 ---- 会場の裏。ゴミ捨て場に近いベンチで、ボクとジルは静姉達が来るのを待っていた。 ようやく遠くに見えた、小さな姿。携帯に呼び掛けながら、その姿に向かってボクは大きく手を振ってみせる。 「静姉! こっちこっち!」 ボク達を見つけた静姉が慌てて駆け寄ってきた。その手には、通話状態の携帯がしっかりと握りしめられている。 静姉が駆け寄ったのはボク達じゃない。 ベンチの上。二つ折りのハンカチの上に横たえられた、ボロボロの小さな体。 「姫っ!」 鶴畑大紀に捨てられた、『今回の』ミカエル。 かつてボク達に花姫と呼ばれていた、神姫の姿だ。 「これ……あの人が?」 「……多分ね」 ボクの肩に乗り移ってきたココの問いに、ため息を一つ。 静姉に負けた腹いせでされたんだろう。白い素体の腕は折れ、足は片方潰されていて、お腹にも大きな亀裂が走っている。 機械といえど人間に近い性格を持った女の子だ。……正直、こんな事が出来る人の正気を疑ってしまう。 「十貴子……」 流石のジルも堪えたらしい。彼女にしては珍しく、ボクの頬にそっと身を寄せてくる。 「大丈夫。ボク達は……」 絶対にしない。 言いかけたその時。 「するわけないでしょうっ!」 ボクに倍する静姉の声が、ボク達三人の体をしたたかに打ち据えた。 「絶対に……するもんですか……」 震える声でハンカチを持ち上げ、神姫保管用のケースに花姫の体をそっと横たえる。 「……静香。どうなんですか? 姉さんは」 トートバッグに納め、ほぅとひと息。 「何とかなりそう。十貴、工具、貸してくれる?」 「うん。好きに使って」 その言葉に、緊張の糸がふっと緩む。 「……良かったぁ」 静姉も、ようやく穏やかに笑ってくれる。 「……ありがとう。ココ」 ココを抱き上げて、その右頬に唇を触れさせた。 「ありがとう、ジル」 ふわふわと浮かぶジルを招き寄せ、左頬にそっとキス。 「ありがとう……」 そして、ボクを抱き寄せて。 「十貴」 ボクの唇に、柔らかな唇が重なり合う。 ---- 抱かれた静香の胸元からは、二人のキスがよく見えた。 ジルはニヤニヤしながら見てるだけだけど、何というか、居心地悪いことこの上ない。かといって、二人の邪魔をするのも何だし……。 永劫に続くかとも思われた、そんな時間。 「……ぷは」 唇を離した静香は、とろんとした瞳の十貴を抱いたまま、私に向けて視線を寄越す。 「それと、ココ……」 「ええ。ミラーとはちょっと戦ってみたかったですけど、早く姉さんを治してあげてください」 私達は第一戦が終わった後、すぐに花姫を捜しに出たから……ミラーとシルヴィアの戦いを見ていなかった。まさか、あんな結末を迎えているなどと予想できようはずもない。 けど、それは大会が終わってから知った話。 今の私にとって大切な事は、ミラーの戦いの結末を知ることでも、次の試合に臨むことでもなかった。 「ありがと。大好きよ、ココ」 静香のこの笑顔を、守ること。 「やれやれ。冬だってのに暑いねぇ、十貴子ぉ」 相変わらずのジルと、顔を真っ赤にしている十貴子。 みんなの笑顔を、守ることだ。 「……じゃ、帰ろっか」 「はい!」 そして、私達は家へと向かう。 新しい……いや、帰ってきた、家族を連れて。 [[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/724.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/733.html]]